書籍詳細
王宮騎士の溺愛
ISBNコード | 978-4-86669-239-5 |
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サイズ | 文庫本 |
定価 | 754円(税込) |
発売日 | 2019/10/18 |
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内容紹介
人物紹介
鈴木玲哉(すずき れいや)
18歳大学一年生。王様と間違えられて異世界に召喚されてしまう。
レナード・ローゼン
28歳。王宮騎士団の団長。玲哉に忠誠を誓うけど…。
立ち読み
「オラン、そなたにこの子を頼みたい」
お産を終えたばかりで少し窶れた、しかし美しい女性が生まれたばかりの我が子を示す。傍らには同じ顔の赤子がもう一人、産着に包まれて眠っていた。
「双子は不吉と言われても、わたくしには我が子を害することはできません。だからそなたに託したいのです」
「二度と会うことは叶いませんが、それでよろしいので?」
黒いローブ姿の魔導師長が尋ねる。
「生きていてくれさえすればよい」
「わかりました。お引き受けします」
「よろしく頼みます」
女性は赤子を抱き締め、離れがたいとばかりに頬擦りした。そして断腸の思いであることを表情に滲ませながら、赤子を差し出す。
側に控えていた女官が恭しく赤子を受け取り、魔導師長に手渡した。
ドアの向こうで騒ぎが起きている。女性はさっと青ざめて魔導師長を見た。
「急いで。彼らが確かめに来ます。ここで出産したのがばれたのだわ」
「お気を確かに。下手を打ったらあなた様も赤子も、そしてわたしも、命がなくなります」
「わかっています。この子を生かすためなら、どんな演技でもして見せましょう。さあ、オラン、行って」
女性の言葉が終わる前に、魔導師長と赤子の姿はその場から消えていた。
「よかった。これであの子は助かる」
女性は深く息を吐き、ぐったりと枕に身体を預けた。女官が甲斐甲斐しく世話をする。
「あなたがわたくしの実家に仕える魔導師で、本当によかった。忠実なリア。これからもわたくしを助けてね」
「御意」
「さあ、お芝居の幕が上がるわ。わたくしはやり遂げてみせる。生まれたのはこの子一人。こんなところで産んだのは、たまたまここで産気づいたから。リア、よくって」
「はい、王妃様」
どんどんと乱暴にドアがノックされ、兵士が押し入ってきた。彼らの眼前にあったのは、子供を産んだばかりの神々しい美しさに溢れた女性の姿だった。
「控えなさい! 王妃様の御前です!」
ぴしりと言った女官の言葉に、兵士たちは慌ててその場に跪いた。
鈴木玲哉、大学一年(18)はコンビニでのバイトを終え、帰宅しようとしていた。あと少しで自宅アパートに着くというそのとき、いきなり地面が陥没してその中に吸い込まれてしまう。悲鳴を上げ、何かに掴まろうと手を振り回した。このまま呑み込まれると恐怖に震えた次の瞬間、その腕をがしっと掴まれ引っ張られる。
た、助かった。
ぐいと引き上げられてなんとか固い地面の上にへたり込み、ほうっと息を吐く。腕を掴んで引き上げてくれた男は、玲哉がその場にちゃんと立つのを待ってから手を引いた。
「失礼いたしました」
と勝手に触れたことを謝り、一礼する。
「とんでもない。ありがとう……」
ございますと続けるところだったのに、顔を上げた玲哉はぽかんと口を開け、男を見た。森林を思わせる濃く深い緑の瞳、光を盛大に跳ね返す豪奢な金髪。ゲームなどで見る騎士のコスプレをした、精悍な雰囲気の男だ。
鍛えているのだろう、肩幅が広くがっしりとした身体つきで、騎士の衣装がしっくり馴染んでいる。
しかし、なんでここでコスプレ? と首を傾げたあとで、周りに視線を流してさっと血の気が引いた。
周囲にいた残りの二人も、全員コスプレ姿だったのだ。
執事ふうの衣装を着た中年の男、真っ白な髪と顎髭を持ち、黒いぞろりとしたローブを纏った男、そして玲哉を助けてくれた騎士姿の男。
「陛下、ご無事のお帰り、何よりでございます」
執事ふうの男が恭しく頭を下げて、玲哉に告げた。
はあ!? 陛下!? それ誰のこと? 僕? ええ!! 僕が陛下!?
玲哉の頭の中は真っ白。茫然と立ち尽くし、眼前に並ぶ男たちを凝視する。
悪寒がしてぶるっと身震いしたら、手に提げていたコンビニの袋がかさかさと音を立てた。袋の中にはバイト先で買った弁当が入っている。従業員価格で分けてもらえるので、コンビニでバイトしたあとの玲哉の夕食はいつもこれだ。
つい先ほどまでの、ごく普通の日常を象徴するモノ。
肩から提げていたはずのバックは影も形もない。あの中にはスマホも財布も入っていたのに、どこかで落としたようだ。コンビニの袋を握り締めるより、そっちの方が大事だろ。ほんと間抜け。
そろっと見回した周囲は石組みの壁。足許には複雑な文様が描かれていて、玲哉はその中心に立っていた。まさに秘密の地下室。帰宅途中の道路上にいたはずなのに、ここは薄暗い秘密めかした部屋の中だ。
陛下ってなに。ここはいったいどこなのか。なぜ自分はこんなところにいるのか。
真っ白な頭の中には疑問だけが渦巻いている。
誰か返事をして、助けてと、無意識に自分を引き上げてくれた騎士ふうの男を見た。すると男は、案じるような眼差しで玲哉の視線を受け止めてから、周りの男たちに言ってくれる。
「突然の転移で混乱しておられるようです。場所を移動して少しお休みいただいては」
落ち着いた声に、玲哉はほっとする。男の声は温かく、玲哉を包み込んでくれるようだった。彼は味方だと自然に思わされる。
「そうですね、それがよろしいでしょう。強引に事を進めたので驚かれたでしょうが、これも陛下がお姿を隠されたゆえ。どうかご寛恕のほどを」
執事ふうの男が言う。また陛下だ。このコスプレ男たちがなぜ間違えているのかはわからないが、自分は陛下ではないと言っておいた方がいいだろう。ま、本物の陛下のことを言っているのではないだろうけれども。
玲哉はこくりと唾を飲み込み、口を開いた。
「あの、何か勘違いされているようです。僕は陛下ではありません。大学生で一般人です。名前は鈴木玲哉といって、今年進学で故郷から出てきました」
すると執事ふうの男が、情けなさそうに眉を下げた。
「陛下、いくら国王の地位がお嫌でも、逃げ出したばかりか自分は一般人だと抗弁なさるとは。わたくしは情けのうございます」
頭を振りながら窘められる。
「でも、僕は本当に、大学生なのです!」
何か違和感を覚えた。まさか本気で僕を陛下と思っているのかと懸命に訴えると、騎士姿の男がおや? という顔をして、黒いローブの男を見た。見かけからすると魔法使いのような感じだ。
「オラン魔導師長、どうなされたのです?」
その言葉で、玲哉と執事ふうの男も、オラン魔導師長と呼ばれた男に視線を向ける。彼は「うむむむ」と唸りながら、額を押さえていた。
「やらかしてしまった。いや、その、少しばかり失敗を……」
「「失敗!?」」
騎士ふうの男と執事ふうの男の声がハモった。声は上げなかったが、玲哉もぴくっと身体を震わせる。
「いったいどこを失敗なさったのですかっ」
執事ふうの男に詰め寄られ、魔導師長は首を竦めた。
「陛下を探し出すつもりが、異世界から召喚してしまったようじゃ。長い構文のほんの一カ所だけ間違えてしまってのう」
親指と人差し指で幅を示し、ほんのちょっとと強調されても、その違いは大きすぎる。何しろ玲哉がここに呼ばれたのだから。
異世界! なんてことだ。ここは自分の世界ではない?
男たちの服装や周囲の状況から、もしかしてという疑いは持ったものの、全力で否定したそれ。ゲームやラノベではありふれた設定だが、まさか自分に降りかかるとは夢にも思わなかった。いや、今でも信じたくない。これは夢ではないのか。
だって言葉が通じている。夢かもしくは、そうだ、ドッキリとか。
最近は一般人相手にもドッキリを仕掛けることがあるのは、テレビを見て知っている。
しかしそう思い込むには、あまりにもこの状況がリアル過ぎた。
それまで握り締めていた指から力が抜け、コンビニの袋が滑り落ちる。ふらっと身体が揺れ、そのまま頽れた。
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