書籍詳細
不器用な唇 First love
ISBNコード | 978-4-86669-394-1 |
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サイズ | 文庫本 |
ページ数 | 264ページ |
定価 | 836円(税込) |
発売日 | 2021/05/18 |
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内容紹介
人物紹介
吉岡裕紀(よしおか ゆうき)
名門校から転入してきた。意地っ張りだけど芯が強い。
小田切洋治(おだぎり ようじ)
とある事故で二年だぶっている年上の同級生。
立ち読み
十六年も生きていれば、誰だって秘密のひとつやふたつあるはずだ。隣の席の小菅が保健医の矢野に迫ってフラレたことや、優等生の千葉が裏では信ぴょう性の薄い他者の悪評を広めていることなんかは、秘密とは言っても面と向かって本人に問い質さないだけで皆が知っていることだけれど、たとえばいつも肩で風を切って歩いている遠藤にじつはゲイの気があるなんて、誰が想像できるだろう。
ひとが秘密を持つのは、後ろめたいからだ。それが性的なものであればなおさら隠したくなる。
取り繕って、辻褄を合わせて、なんとかバランスを保とうと躍起になるのは当然と言えば当然だった。
「吉岡。吉岡裕紀」
窓の外、晴天の秋空に向けていた目を、裕紀は教壇へと戻した。まだ白い鰯雲が焼きついている網膜に、若い数学教師を映す。
「名前を呼ばれたらまず返事をして立つ。基本だろ?」
黒板を指しながら寺沢が裕紀の名を呼ぶのを、座ったままで見た。狭い空間でどうして無駄に声を張るのか、自分には理解できない。それ以前に、なぜこの教師が自分を標的にするのか、それを考えると反感がこみ上げてくる。
授業中にぼんやりしている生徒は他にいくらでもいるのに、おそらく注意しやすいのだろう。真面目だけが取柄の、わけありの生徒だから。
「吉岡」
三度目には、仕方なく立ち上がった。
教壇を下りて歩み寄ってきた寺沢が、裕紀の席の目の前で足を止めた。
「おまえさあ、いっつもぼうっとしてるよな。いまの聞いてたか? 聞いてなかったよな。いったいなにに気をとられていたのか言ってみろ」
「…………」
「外に好みのコでもいたのか?」
小指を立て、ウィンクをしてくる教師に心中でため息をこぼす。
こういうタイプの教師はどこにでもいる。生徒を理解しているつもりで、兄貴分を気取って—もっとも苦手とするタイプだ。
「せんせー、そんなイジメると吉岡くん泣いちゃうよぉ」
誰かが囃し立て、くすくすと笑う声が教室内に広がる。
「おいおい、いくら吉岡でも泣きゃしないだろ。な、吉岡」
寺沢も調子を合わせて、笑いながら顔を覗き込んできた。
「なにを見てたんだ? 吉岡。言ってみろ」
「……鳥を、見てました」
渋々適当に答える。
案の定、寺沢は大袈裟に両手を広げた。
「鳥? これはまた吉岡にぴったりの可愛い趣味だな。だが、いまは授業中だぞ」
白い歯を?き出しにして笑う様に、嫌悪感がこみ上げる。
「……すみません」
早く解放してほしいのに、なにがそんなに可笑しいのか、その後も笑い続ける寺沢がどうにも気持ち悪かった。
いっそ怒鳴られたほうがマシだ。
「前を見たくなかったので」
とうとう耐えきれず、本音を口にする。
一瞬静まった教室が、次の瞬間、どっと沸いた。囃し立てる生徒たちのなか、さっきまでのにこやかさが嘘のように寺沢の顔が一変する。
眦が吊り上がり、口許は醜く歪んだ。
「前に出ろ、吉岡! 前に出て、問題を解け!」
喚き散らしながら、痛いほど腕を掴んでくる。無理やり前に引っ張られた裕紀は、反射的にその手を振り払っていた。
「吉岡……おまえっ」
それが火に油を注ぐ結果になった。目を血走らせ、怒りをあらわにした寺沢がいっそう顔を近づけてくる。
「すみ、ません。体調がすぐれないので」
いまにも唾がかかりそうで、吐き気に襲われた。眩暈さえしてきて、これ以上ここにいると倒れそうだった。
「いいかげんにしろよ、吉岡! 俺はおまえを特別扱いしないからな」
「……本当に気分が悪くて」
ふらふらと椅子に腰を下ろした裕紀だが、すぐにまた乱暴に引きずり上げられる。寺沢の手を振り払おうにも、すでにそうする力も出ない。両腕を捕らえられた格好でかぶりを振るしかなかった。
掴まれた場所の他人の体温と、背中を伝う冷たい汗が気持ちの悪さに拍車をかける。これ以上我慢ができそうにもない。胃の中身が喉元までせり上がってくる。
吐いてしまいそうになった、そのときだ。
「先生」
開け放たれたままの教室の外から、低い声が割って入った。その声で、教室内は静けさを取り戻す。囃し立てていた者らは口を閉じ、一斉に声の主へと視線を向けた。
声だけでそれが誰なのかわかった裕紀には、確認する必要もない。寺沢の手が緩んだのを幸いに椅子に崩れるように座り込むと、肩で何度も息をついた。
「……なんだ。小田切か。いま、授業中だぞ」
「知ってるよ。ちょっと腹の調子が悪いから、保健室に行く途中」
「だったら、早くいけ」
寺沢の意識がそれたおかげか、それとも他に理由があるのか、ふたりの会話を耳にするうちに吐き気はおさまる。ほっとしたのもつかの間、
「けど、まずいんじゃないの? 先生。そいつ、死にそうな顔してるよ」
ふたたび注目を浴びたせいで、台無しになった。
「お、俺はなにもしてないぞっ」
「べつに先生のせいだとは言ってねえけどな」
早口で言い訳をする若い教師に対して、小田切は終始落ち着いている。これではどちらが年上なのかわからない。
落ち着いたその声だけを耳に入れて、何度か深呼吸をした。
「吉岡」
声をかけてきたのは、小田切だ。裕紀は重い頭を上げ、小田切へ目を向けた。
「ついでに俺が保健室に連れてってやろうか」
そう言うが早いか、首をひょいと屈めて鴨居をくぐった小田切は、口許に薄ら笑いを滲ませて近寄ってくる。がっしりとした肩で羽織っているブレザーが自分と同じ制服に見えない、なんて言う気はないが、小田切は少なくとも他の誰よりずっと大人びている。
「来いよ」
誘われるまま、裕紀は立ち上がった。このままここに留まるくらいなら保健室のほうがいいし、相手が小田切ではそもそも自分に選択権はない。
「かまわねえだろ、先生」
裕紀の腕をとった後で、小田切は有無を言わせない口調で寺沢に問う。
「あ、ああ」
小さな舌打ちは寺沢なりの抵抗だろうが、聞こえないふりをして小田切の背中を追った。
「小田切さん」
教室を出る直前、同じクラスの町田の顔が視界に入る。
ああ、そうかと裕紀は腹の中で嘲った。
小田切が通りかかったのは偶然ではなかったらしい。それはそうだ。こんな上手いタイミング、あるはずがない。
今回も町田だ。小田切の金魚の糞、子分の町田が教室をこっそり抜け出して、隣のクラスの小田切を呼びにいったというわけだ。
余計なことをと、自然に眉根が寄る。
寺沢にしても小田切にしても、自分にとって厭な奴には変わりない。直接害があるという点では、むしろ小田切のほうがたちが悪いと言える。
「吉岡」
大きな歩幅で前を歩く小田切が、ふいに口を開いた。びくりと肩を跳ねさせてしまったことを悔やみつつ、顔には出さず無言を貫く。
どうせ、この後の台詞はわかっていた。
「このまんま出よう」
ほら、やっぱりだ。
これにも黙ったままでいると、初めから拒否されるとは少しも思ってない小田切は、返事も聞かずに渡り廊下から昇降口へと向かった。
「鞄……」
「町田が持ってくるだろ」
断られるとはこれっぽっちも思っていないのだろう、振り向きもせず前だけ見て歩く小田切のあとに裕紀はついていった。
どこへ行くのか、とは聞かない。小田切の向かう場所、それが自分の行き先だ。
上履きから靴に履き替え、裏門から外へ出る。
いつの間にか吐き気はおさまり、あれほどの不調もすっかりもとに戻っていた。
少し歩いて路地裏へと入り、小さなスナックの勝手口の前で小田切は足を止めると、我が物顔で中へと入っていった。
菫というスナックに来るのはもう何度目かになるが、今日は時間が早いせいかまだ明かりもなく、店内は薄暗かった。
「章子」
小田切の呼びかけに、二階から二十代半ばの女が下りてくる。
「早いのね」
かなりの美人だ。どこか寂しげな目をしている。指の間に細い煙草を挟んで、章子はカウンター席につくと、気だるげな仕種で手にしていた缶ビールに口をつけた。
「洋ちゃんも飲む?」
未成年に飲酒を勧めるなんて—と常識を振りかざしたところで意味がない。
「いや、いい」
小田切は毎回断るし、ここへは飲酒のために来ているわけではないのだ。ちらりと一度こちらを見てきた小田切が、
「二階、貸して」
人差し指で上を示す。
呆れたように章子が肩をすくめるのも、いつものことだった。
「昼間っからお盛んっていうかなんていうか」
章子の一言を、唇の内側を噛んでやり過ごす。不躾な視線にどこを向いていいかわからず、絨毯の染みをじっと見つめていた。
たいしたことではない。こんなことはなんでもない—口中でくりかえして、先に階段を上がる小田切の後ろについていく。
木製の急勾配の階段がきしきしと軋み、それが足の裏から体内に侵入してきて、体内でも音を立て始める。
「壁薄いんだから気をつけてよ」
章子の忠告の意味は十分わかっていたが、考えないようにした。鈍感でいることが、自分にできる唯一の手立てだ。
階段を上がりきると、小田切が襖を開ける。狭い和室に置かれた卓袱台の上にはグラスや茶碗が置きっぱなしで、タンスに入り切らない派手な服が鴨居からぶら下がっている。
小田切はそれらに見向きもせずに足を踏み入れ、そのまま奥の部屋に入った。同じ六畳の和室だ。こちらには鏡台があるくらいで、六畳にしては広々として見える。
無言で布団が敷かれる間、裕紀は所在なく立っているほかなかった。
ブレザーのジャケットを脱ぐや否や、布団の上に胡座をかいた小田切は静かな、それでいて欲望に満ちた双眸を裕紀に向けてくる。その前では、まるでヘビに睨まれたカエル同様に、動けなくなる。
ぽん、と自身の膝を小田切が叩いた。
「来いよ」
きしきしという体内の音が心音だったと、このときになって気づく。それはどんどん大きくなっていき、やがて他のすべてがどうでもよくなった。
「ぜんぶ脱いで、跨がれ」
誰もいないのに、誰かに見られているような気がして、裕紀は一度室内へ視線を巡らせる。当然、誰もいない。自分と小田切以外は。
目の前の小田切に目を戻すと、震える手でジャケットの釦を外していった。
小田切の要求に従うために。
小田切洋治の噂は、編入してすぐ耳に入ってきた。
裕紀がそれまでの名門私立校を一年でリタイアしたあと、復学するのに隣町の高校を選んだのには理由があった。
そこそこの偏差値で、そこそこの評判。しかも、自分のように馴染めずリタイアした生徒を積極的に受け入れていたからだ。
いや、一番の理由は父親に対する当てつけかもしれない。不登校になったときも、別の高校に行きたいと頼んだときも、父親の返答は「好きにすればいい」とそれだけだった。
なら好きにさせてもらうと編入した高校は、思っていたとおりの場所で、いっそ拍子抜けした。転入生に嫌がらせをする奴もいない一方、寄ってくる者もいない。そういう対応を望んでいた自分にしてみれば、うってつけだと言ってよかった。
もっとも、何事にも例外はある。
平均的な高校の例外は、小田切洋治だ。
百八十を上回る身長。がっしりとした体躯、長い手足。恵まれた体躯は、バスケットでインターハイに出場経験があるという体躯教師にも劣らないのに、小田切本人はそれを活かす気はないらしく、どんなに誘われても帰宅部を貫いている。
そのため小田切が走ったり飛んだりする姿を、体育の授業以外で目にしたことがなかった。
大人びていて、常に落ち着き払っている小田切は、恵まれた身体つきと相俟って視線ひとつで上級生どころか教師ですら黙らせる。
右の目尻に走る傷痕もおそらく無関係ではないだろう。
小田切には近寄らないほうがいいよ、と編入日にお節介なクラスメートが俄かには信じがたい話をいろいろと教えてくれた。
前任の保健医と保健室で『やってる』のが見つかったせいで、保健医が飛ばされたとか。近くの女子高生をやるだけやって捨て、その子が自殺未遂を起こしたとか。暴力沙汰は日常茶飯事で入院させた奴は両手でも足りないとか。鑑別所を出たり入ったりで二年ダブっているとか。
ひとり暮らしで夜のアルバイトをしていて女を連れ込み放題、とか。
まるで絵に描いたような不良だ。
そのときは非行のスーパーマーケットだなと心中で噴き出し、まだ会ったことのない小田切の話を適当に聞き流した。
二年の留年と、夜のアルバイトについては事実らしいとあとから知ったが、自分には関係がないと思っていた。
それが間違いだったとわかったのは、編入して二週間がたった頃だ。
その日は風が強くて、まともに目も開けられないような有様だった。
よく憶えている。忘れられるはずがない。
いつもなら正門から出てバス停に向かうが、どういうわけかその日に限って近道だからと裏門から出ようとした。
グラウンドの横を進み、自転車置き場を通り過ぎてクラブハウスが建ち並んでいるほうへとひとり向かった。まだ部活中で、四、五人の生徒が屯しているのは目に入っていたものの、特に気に止めなかった。
最初に目が合ったのは、同じクラスの町田だった。制服を着崩した、不良っぽい見た目のクラスメートという印象くらいで、挨拶すらしたことがなかったためすぐに目をそらした。どうせ向こうも知らん顔するにちがいないと思っていたのに、そのときの町田はちがっていた。
あからさまに、やばいという表情を貼りつけたのだ。それがきっかけで、うっかり集団に目を戻してしまった。そこが野球部のクラブハウスの前で、確か野球部は廃部扱いと聞いたはず—と頭の隅で思い出しながら。
町田の視線の行方に気づいた他の者たちもこちらを見てきた。直後、ひとりが慌てて煙草を隠したのがわかり、本来なら見て見ぬふりで足早に立ち去るべき状況にもかかわらず、裕紀はそうしなかった。
理由はひとつ、彼らのなかにいた長身の男が視界に飛び込んできたからだ。
小田切洋治だと、直感した。
高校生とは思えない体躯。冷めた双眸に、大人びた仕種。目があったとき、小田切が微かに笑ったような気がしたが、本当のところはわからない。
風にはためく髪を、まるでたてがみのようだとそのときの自分は思った。
目が合ったのはたぶんほんの数秒ほどだったろう。十分すぎる時間だった。
立ち尽していると、当の小田切が歩み寄ってきた。
「町田のところの転入生か」
その一言ともに肩にのせられた手に、掴まれたわけでもないのに身動きひとつできなくなる。当然振り払うこともできず、野球部のクラブハウスへ入る集団に流されるように裕紀も中に入った。
「町田、鍵」
カチャリと音がして、それが施錠されたせいだと知ったとき、身体の震えを止められなくなった。
立ち入り禁止のクラブハウスの合鍵をつくっているのを見たせいか、それとも喫煙のほうか、どちらにしても最悪の状況なのは間違いない。
「名前は?」
電灯ひとつの、昼間でも明るいとは言い難いクラブハウスは乱雑で、汗と泥の匂いが充満していた。口で息を吸うと喉に埃が絡みつくようだった。
薄く開いた小さな明かり取りの窓から、わずかに外の喧騒が漏れ聞こえてくる。
たった数センチ、コンクリートで隔てられているだけで、気が遠くなるほど外界から隔絶された場所も同然に感じられた。
「吉岡、吉岡裕紀」
返事のできない裕紀に代わって町田が口を挟む。小田切はむっとした顔をして、町田を睨んだ。
「おまえに聞いたんじゃねえよ」
「けど、小田切さん。連れ込んだの見つかったら……」
心配げな顔でそう言った町田に、小田切はひょいと肩をすくめた。
「俺がいつ連れ込んだんだよ。いまのは、向こうから入ってきてくれたんだろ?」
なあ、と同意を求められても、返答できるはずがない。
「いや……でも」
小田切に答えながら、町田が気にしているのはどうやら長髪の男らしい。ちらちらと彼に視線を流す町田に、なぜおとなしく入ってしまったのかと後悔でいっぱいになっていた。
「そんな怯えられると、期待に応えなきゃいけないような気になってくるじゃん」
髪を掻き上げながらそう言ってきたのは、長髪の男だ。不揃いな肩までの髪は金に近く、右耳にはピアスが光っている。目立つ要望だが、裕紀は彼を知らなかった。
「え、遠藤さんっ」
慌てるあまり上擦った声で町田がその名前を呼ぶまでは。
聞き憶えのある名前だ。小田切の噂を教えてくれた クラスメートの口から、遠藤の名前も何度か出た。確か—二年生は二回目だ、と。
もちろんよくない噂だ。
どこであろうとはみ出し者はいる。不登校、保健室登校、素行不良。裕紀自身、はみ出し者だったから高校を変わった。
「やっぱり近くで見ても可愛いね。なんとかってアイドルに似てるって、裕紀くん、結構噂の的だよ」
遠藤がへらへらと笑う。
「こんなつまんない学校に優等生が編入してきた奴が、アイドルっぽいってさぁ。なんの漫画だよって感じ? でも、ちょうどよかった。ついさっきも、町田に紹介しろって言ってたところ」
ふいに伸びてきた手が顎に触れてきて、裕紀は考えることをやめ、身をすくませた。
「髪もさらさらだし、肌なんかつるつるしてんじゃん」
遠藤が近づくぶん、後退りする。遠藤の手には、寺沢とは別の不快感を覚えた。
「俺、裕紀くんのこと気にいっちゃった。小田切、俺がもらっていいよな」
「え」
どういう意味だ……疑問を抱く間にも体重をかけられた。抵抗する隙も与えられず、あっという間にテーブルの上に押し倒され、両手首を頭の上で拘束されていた。
「遠藤さん、やばいですって」
町田が止めに入ろうとする。
「うるせえな。おまえは黙ってろ」
遠藤は一蹴すると、ジャケットの釦を外しにかかる。
「な、なんで……っ」
なにがなんだかわからず、振り解こうと手足をばたつかせたが、いっそう体重をかけられてしまった。
「暴れちゃダメよ〜」
揶揄するようにそう言った遠藤は、
「手を押さえとけ」
仲間に向かって命じる。
「遠藤さんも好きだねえ。女も男も見境ないから」
含み笑いとともに、ふたりがかりで押さえつけられた。
「人間愛と言ってくれ。ていうか、やるならあと腐れがないぶん男のがいいな。裕紀くんみたいなの、もろ好み」
あからさまな言葉にようやくなにが起こっているのか気づき、パニックになる。半ば無意識のうちに助けを求めて、周囲を見渡した。
苦い顔をして町田が目をそらす。小田切はなにも考えていないのか、壁に凭れた格好で、自分には関係ないとばかりに素知らぬ顔をして眺めている。
ネクタイを解かれ、容赦なくシャツの前がはだけられた。
「いかにも初心な乳首だね〜」
?き出しになった胸を直接を手のひらで撫で回され、身体の震えが止められない。気持ちの悪さに勝手に目尻に涙がたまる。
「い、やだ……やめ……ろっ」
「裕紀くん、下も見せてな」
「厭だ!」
必死で足をばたつかせたが、なんの抑止にもならない。ベルトを抜かれ、一気にズボンを下ろされた。
「お、白のブリーフ」
遠藤と、加担している仲間が笑う。
「は……離せっ……やめろ!」
恐怖と嫌悪感に耐えきれず、とうとう涙がぽろぽろ流れた。拘束されて役に立たない手の代わりに、せめてもと首を振り続けていた裕紀だが、目の隅に相変わらず冷めた顔を認めた瞬間、その名前を口にしていた。
「小田切……助けて!」
ここで自分を助けられるのは小田切だけだと、本能的に察していたのだろう。
「小田切!」
小田切は落ち着き払った仕種で、咥えていた棒つきキャンディをがりがりと噛み砕くと、棒だけ口から吐き出した。
「助けたら、なにかいいことがあるのか?」
こんなときになんて奴だ、と平常なら反感を持ったはずだ。が、平常ではなかったので懸命に訴える。
「なんでもする」
遠藤から逃れたい一心だった。救ってくれたらなんでもすると本気で思いつつ、小田切に救いを求めた。
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