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王様のデセール —Dessert du Roi—

妃川 螢 / 著
笹原亜美 / イラスト
ISBNコード 978-4-86669-409-2
サイズ 文庫本
ページ数 248ページ
定価 836円(税込)
発売日 2021/06/18

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内容紹介

おまえの理想に叶うのは、俺だけだ
洋菓子店“パティスリー・ラ・サンテ”のオーナー・比呂也は、パティシエの退社で閉店の危機に直面していた。その窮地に現れたのは、比呂也の理想を実現するに申し分のない腕を持つパティシエ・孚臣。だが彼は、先日、成り行きで肉体関係を持ってしまった相手だった!? 『オンとオフの切替さえすれば』自分の理想のために孚臣の採用を決めた比呂也だったが『こっちも込みで』と伸ばされた手をなぜか振り払うことができなくて……。
天才パティシエ×美麗オーナーのデリシャスラブ
★初回限定★
特別SSペーパー封入!!

人物紹介

早瀬比呂也(はやせ ひろや)

スイーツ好きなスイーツ店経営者

野島孚臣(のじま たかおみ)

窮地を救ってくれた俺サマな天才パティシエ

立ち読み

          1


 昼間、甘い香りが満ちる店内に、いまは淫靡な熱がこもっている。
 落とされた照明下、店の奥のソファ席で、早瀬比呂也はギャルソンエプロンを乱され、白シャツをはだけられた恰好で、後ろから穿たれていた。
 自分より大柄な男に組み敷かれる快感を知ってから、もう半年ほどが経つ。その間に比呂也の身体を拓いたのは後ろの男ひとりだが、その密度はあまりにも濃すぎるものだ。
 パティシエコートに包まれた屈強な肉体は、およそ甘い香りに似つかわしくない。
 一見無骨そうに見える指先は、宝石のように美しいスイーツを生み出す繊細さを持っていて、その器用さは比呂也の肌を暴く行為にも、その才覚をいかんなく発揮する。
 ここが店で、閉店後の後片付けと翌日のための仕込みの途中であることを除けば、この快楽に?れることに、なんら問題はない。
「う……んっ、は…ぁ、あぁ……っ!」
 たくしあげられたシャツの下、ぷくりと起った胸の突起を嬲られ、大きな手に先端からしとどに蜜を零す欲望を擦られて、短い期間にすっかり慣らされた肉体が焦燥を訴える。淫らに腰が揺れて、比呂也は自身を嬲る大きな手に、自分の手を重ねた。
 後ろの男に先を促すように首を巡らせると、苦しい体勢で口づけられる。
「……っ、…んんっ」
 喘ぐ声をも奪う深く貪る口づけが、昂る肉体を絶頂へと追い上げた。
「…っ!」
 しなやかな肉体を戦慄かせ、比呂也は自身を嬲る手に白濁を吐き出す。直後、身体の深い場所で、攻める男の欲望がドクリと震えた。
「は……ぁっ、あ……」
 最奥を汚される快感が、喉を震わせ、甘く掠れた声をあふれさせる。
 快楽の余韻を味わうかのように、しなやかな肉体が戦慄き、内壁をきつく絞り上げる。背後の男—野島孚臣が、悩ましい吐息を零した。
 大きな手が肌を這う。その心地好さを味わいながらも、比呂也は手前勝手な不服を申し立てる。
「も……抜け…よ」
 足りないならまたあとで、ちゃんとベッドの上ですればいい。なにも店の片隅で、忙しなくまぐわう必要はないのだ。自分たちは、店の二階の住居で、一緒に暮らしているのだから。—義兄弟として。
「誘ったのはそっちだろうが」
 多少不服そうに言いながらも、孚臣は身体を離す。その刺激に甘く喉を鳴らすものの、余韻もそこそこに、比呂也は乱された着衣を整えた。
「いますぐここで襲えなんて、俺は言ってねぇよ」
 都合よく受け取って、襲いかかってきたのはそちらだと、情緒のかけらもうかがえない声音で返す。
「そうだったか?」
 比呂也の不服を平然と受け流して、孚臣はソファ席に背を沈ませる比呂也の二の腕を?んで引き上げる。そして、リーチの長い腕に囲い込むように抱き寄せて、唇に軽いキスを落とした。
 思わず目を瞬いて、間近にある男の顔をまじまじと見やる。だが何を言っていいかわからず、比呂也はひとまず話を戻すことにした。
「試食」
 閉店後の店で、オーナー店長とパティシエがなにをしていたのかといえば、明日の仕込みと新作スイーツの試食だ。
「……情緒のないやつだな」
 キスを深めようとしたところで現実的な話を持ち出された孚臣は、ひとつ嘆息して身体を離す。
「あってたまるかよ」
 毒づく比呂也の声は、厨房に消える背に届いているのかいないのか。
 ややしてテーブルに給仕されたのは、新鮮なフルーツをたっぷりと使った季節限定のタルト。ソースとエディブルフラワーを飾って、美しい一皿に仕上がっている。
 比呂也の口許が満足げに綻ぶ。
「見た目は合格だな」
 オーナーの目で初見の印象を口にする。
「味も満点のはずだ」
 オレサマなパティシエは、口許に不遜な笑みを浮かべ、自信をうかがわせる声で言った。



 女性向け情報誌で特集を組まれることも多いお洒落な街の、駅から少し外れた場所。知る人だけが足を延ばしてくる、拘りのパティスリーがある。
《patisserie la sante》—la santeとは、フランス語で健康を意味する。
 ただ美味しいだけでなく、身体にいいものを食べてほしい。
 それは、病気で両親を亡くした経験を持つ比呂也の願いで、両親の死をきっかけにサラリーマン生活に終止符を打ち、この店を開店したことからも、その意気込みがうかがえる。
 店を切り盛りするのは、オーナー店長でありホール係でもある比呂也と、パティシエの孚臣、そして製菓学校からの依頼で受け入れている、下積みの研修生が常に数人。多忙時には、比呂也の姉が店を手伝ってくれている。
 偏食がひどかった幼いころ、比呂也に野菜を食べさせるために、母は苦心してニンジンケーキやカボチャのプリンといった、野菜を使ったおやつを手づくりしてくれた。その影響で、比呂也は甘いものが大好きになった。
 だが、とくに比呂也が十代のころには、スイーツ男子なる造語もない時代で、少年がひとりでスイーツを食べ歩くのはもちろん、ケーキを買いに話題の店に足を向けるのも、気恥ずかしさはいなめなかった。
 スイーツ男子なる言葉ができるずっと以前から、男に存外と甘いもの好きが多いことは、実は知られた事実ではあったけれど、世間の風潮というかなんというか、彼女連れや集団でならまだしも、ひとりで甘いものを食べ歩くのはなかなかに困難だったのだ。
 そんな時代の風潮のなかでも、比呂也はスイーツ好きを隠さなかったし、むしろ女の子たちを連れてテレビや雑誌で話題の店を食べ歩いた。
 社会人になってからは、時間が読めないのもあってひとりで行動することが多かったけれど、このころになると、ひとりでふらりとパティスリーに立ち寄るのにも慣れきって、周囲の目など気にならなくなっていた。
 だが、あくまでも比呂也は食べる専門。つくろうとはしない。
 人気のパティスリーがお菓子教室も開いているというので、足を向けたこともあったが、のめり込むどころか、自分には向いていないと自覚させられたにすぎなかった。
 プロをも唸らせる舌を持つかわりに、比呂也には繊細なスイーツを生みだす器用さが備わっていなかったのだ。
 きっちりと計量をする必要のない家庭料理は問題ないのだが、化学反応を利用したお菓子づくりは、感覚で生きるタイプの比呂也の範疇ではなかったということだろう。
 だが、それならそれで、食べることを楽しめばいいと思っていた。
 美味しいスイーツを食べること、探すことが、多忙な日々の息抜きだった。美食家の父と料理好きの母の血が、比呂也には色濃く流れていたのだ。
 父母も、どこそこの蕎麦が美味しいと聞けば高速道路を車を飛ばして食べに行ったり、わざわざ新幹線に乗ってシェフ拘りのビーフシチューを食べに行ったり、シーズンになれば最高のウニを食べるためだけに礼文島くんだりまで旅行に行ったりと、食べることには労力を惜しまない人たちだった。
 家での食事も、素材にまでこだわったものが常にテーブルに並んでいた。米はもちろん、味噌や醤油といった調味料類に至るまで、主に父の目で選んだ逸品を使って、母はいつも手の込んだ料理をつくってくれていた。
 ところが、父母が病に倒れて生活が一変した。
 美食が病気のもとになることを、知識として聞きかじったことはあっても、この日まで真に理解してはいなかったし、自身や身近な人の身に降りかかるものでもないと思っていた。
 現代医学はもっと万能だと思っていた。
 けれど、父母があっけなく亡くなって、比呂也は思い知らされたのだ。対症療法には限界があるということを。
 何が健康をもたらすのか。
 その疑問に憑かれ、さまざま調べまくって、辿りついた結論が、食事。食べるものが人間の身体をつくっている事実。
 だが、もたらされる結果に納得はしても、その見た目や味に、比呂也は納得できなかった。
 健康のために提案される食生活は、概して質素で色味も地味で、素朴な美味しさはあるものの、ドキドキ感やワクワク感とは無縁だ。
 とくにスイーツは、どれも似たような味だったり、見た目も華やかさがなくて、よほど強い意志のもとに食生活を管理している人でもない限り、わざわざお金を払ってまで食べたいとは思わないだろう。
 少なくとも比呂也には、そう感じられた。
 だから、美味しくて健康にもいいスイーツの食べられる店を開くことを決意した。
 もっとワクワクドキドキできて、でも健康にもいい、美味しいスイーツを提供できる店が開けないかと考えたのだ。
 ヘルシーさを前面に押し出すのではなく、煌びやかなスイーツを普通に食べていても、身体に悪い食材を口にしないですむ、何気なく日常に取り入れられる、そんな店だ。
 だから、店の名前の由来も、とくに掲げはしなかった。客に聞かれたら答えるだけだ。
 仕事を辞めて、蓄えと両親の残してくれた保険金を注ぎ込んで、店を開いた。姉は、思うようにやってみればいいと応援してくれた。
 自分の考えに共感してくれる腕のいいパティシエを捜して、なんとか開店に漕ぎつけた。
 店は瞬く間に評判になった。
 味はもちろん、店のコンセプトや雰囲気、そして駅から少し離れた場所にある隠れ家感が、時流に乗って成功を呼び込んだのだ。
 だが、比呂也がオーナーパティシエであれば起きない問題が、オーナーとしてパティシエを雇い入れている限り、避けては通れない問題として横たわっていた。開店当初からの懸念であったそれは、開店から一年を待たずに襲った。パティシエが、自分の店を持つために辞めたいと言い出したのだ。
 なんとか引きとめようとしたが、田舎に帰って、自然のなかで店を開きたいという彼の夢を、止めることはかなわなかった。父親が病に倒れたという境遇も、比呂也の口を閉じさせた。傍にいたいだろう気持ちが、痛いほどにわかったからだ。
 早急に、新しいパティシエを捜さなければならなかった。
 だが、容易ではないと思われた。開店時にパティシエを捜したときにも、かなりの苦労があったのだ。比呂也のコンセプトを理解してくれるのはもちろんのこと、それをかたちにできるだけの腕がなければ意味がない。
 何より、急に味が変われば、客が去ってしまう危険性もある。これまで以上にクオリティの高いものを提供しなければ、客は納得しない。
 一時的に閉店するしかないのだろうか。
 そんな諦めの気持ちに駆られていたとき、偶然の出会いはもたらされた。
 けれど、それがよかったのか悪かったのか、実のところ答えは出ていない。店にとっては、間違いなく幸運といえる出会いだった。だが比呂也個人にとっては……。
 —なんであんなことしちまったかな、俺。
 身体の中心に残る熱を自覚しつつ、ふとある瞬間に考える。
 一度きりだと思ったから、はめをはずしただけだったのに。よもや一緒に働くことになって、しかもいったいどういう運命のいたずらか、姻戚によって義兄弟になってしまうなんて。
「満足そうだな」
 それこそ満足そうな声に意識を引き上げられ、比呂也はフォークを口に運ぶ手を止めて、顔を上げる。
 向かいの椅子に腰を下ろして足を組み、頬杖をつく男の端整な顔が、すぐ間近にあった。つい数十分前まで見せていたケダモノじみた牡の表情などどこへやら、すっかり腕っこきパティシエの顔をしている。
「悔しいけど美味いな」
 降参だ、と肩を竦める。
 サックリとしたタルト生地は、上にのせるフィリングとフルーツに合わせて、使う粉の配合から変えられている。甘いだけではないフィリングには多少クセのあるスパイスが使われているが、フルーツと一緒に口に入れると、それが思いがけず素材の味を引き立てるのだ。
「じゃあ、来月からメニューに—」
「ダメだ」
 課題をひとつクリアしたとばかりに腰を上げようとするのを、短い言葉で止める。なんだ? と訝る顔をする天才パティシエに、比呂也はニヤリとした笑みを向けた。
「皿」
 指先でとんとんと、新作スイーツの盛られた皿の端を叩く。
「無地のスクエア型を使おう。そのほうがプレーティングが栄える」
 スイーツに求められるのは、美味しさだけではないのだ。美しいプレーティングも店の雰囲気も、合わせるドリンク類も、すべての相乗効果で味がより際立つ。
「了解だ。オーナー」
 たしかに比呂也の言うとおり、スクエア型の皿のほうがこのプレーティングに合うと、孚臣が納得顔で頷く。
「あとはネーミングだな」
 新作スイーツにどんな名前をつけるのかも、売上に大きくかかわってくる、重要なポイントなのだ。
「その点はおまえのほうがセンスがいい。いつもどおり適当に考えてくれ」
 この店を開くまで、数多くのパティスリーを巡って、何百というスイーツを食べ歩いた比呂也のほうが、客の心理はよく理解している。
「言われなくとも考えるさ。女性客にウケそうなやつを」
 貴様にそんな期待はしていないと返すと、孚臣は眉間に軽く縦皺を刻んだ。
「天然でたらし込むなよ」
 また面倒に巻き込まれるぞ、と指摘を寄こされる。ふたりの出会いのきっかけになった事件のことを言っているのだ。
「面倒、ね……」
 何をもってして面倒と言うのか。
 そんな気持ちで、使い終わった皿とカトラリーを手に腰を上げる。厨房の業務用食器洗浄機に傷をつけないように丁寧に入れて、あとは機械任せだ。
 すると、スルリと腰に絡んでくるリーチの長い腕。
「……? なんだ?」
「さっきのつづきだ。—風呂でするか?」
 背後を振り仰いだ比呂也の耳朶に落とされる、抑揚の少ない誘いの言葉。
「……情緒がないのはどっちだよ」
 もう少し色っぽく誘ってみろよ…と、冗談でしかない言葉を、濃い呆れの滲む声音で呟く。
 —恨むぜ、姉貴。
 一夜限りのことだと思って身体を許した相手を、その腕に惚れ込むあまり雇ってしまったのがそもそもの間違いだったわけだが、一緒に働きはじめて数カ月、よもや義兄弟になる日がこようとは……。
 なんでよりにもよって孚臣の兄貴と結婚するかな…と、自分とこの店が姉夫婦のキューピッドになった事実を棚上げして、比呂也はウンザリと嘆息した。


          2


 時間は半年ほど遡る。
 その日、早瀬比呂也が野島孚臣と出会ったのは、本当に偶然だった。



 オープン以来、思いがけず順調に経営できていた《patisserie la sante》だったが、パティシエを失う危機に面して、比呂也は手詰まり感に陥っていた。
 業界紙に求人を出したり、知り合いに紹介を頼んでみたり、あれこれ手を尽くしたものの、これはという人材に巡り合わない。
 辞表は受理したものの、せめてもう少し時間的猶予が欲しかった。辞めると心を決めてしまった相手をひきとめる術はないが、店にとっては痛手だ。
 こういうことがあるから、オーナーシェフやオーナーパティシエといった肩書で店を切り盛りする人が多いのだろう。オーナーでありながらも厨房に立っていれば、ソロバンをはじく経営者との意見の相違に悩むこともないし、今現在比呂也が直面しているような問題にぶつかることもない。
 それを承知で店を開いたのだが、しかしこんなに早くに問題にぶつかるとも思っていなかった。ありえるとすれば、年単位の時間がすぎてからだろうと思っていたのだ。
 だが事実、《patisserie la sante》はチーフパティシエを失って、一時的な閉店の危機に瀕している。
 だからといって、妥協して人を雇い入れることはできない。比呂也の高い理想をかたちにできるだけの腕がなければ意味がない。
 逆に言えば、それだけの腕を持つパティシエなら、自分の店を持つことも可能なわけで、わざわざ雇われパティシエをやろうとする人も少ないのだ。
 手詰まり感いっぱいで、苛々も頂点に達していたこの日、比呂也は息抜きのために街に出た。最近になってテレビや雑誌で頻繁に名前を見かけるようになったパティスリーの味見に出かけたのだ。
 自分の店を持ってからは、以前ほど食べ歩きに出かけられなくなっていて、新規開店の店の開拓も、なかなか思うようにできていなかった。
 このころ、比呂也をイラつかせていたのは、一向に光明の見えないパティシエ捜しにかかわる問題だけではなく、外出を躊躇う気持ちもあったのだが、いかんせん精神的に限界だった。美味しいものを食べたい。作り手の気持ちに触れたい。そんな欲求を抑えきれなくなっていた。
 店名に名を冠したパティシエは、それまで聞いたことのない名前だったが、これほど評判になるのには、何かしらの理由があるに違いない。比呂也は久しぶりに高揚した気持ちでその店を訪れた。
 インターネットの口コミサイトでも、なかなか悪くない評価だった。賛否両論あるのはしかたない。店に足を運ぶ人が増えれば口コミの件数も増えるが、同時にさまざまな嗜好の人の口に入ることにもなる。
 ところが、期待した店の味は、比呂也の舌を満足させるものではなかった。
 まず、素材がよくない。素人の舌は誤魔化せても、比呂也の舌は騙されない。安い精製小麦に精製白砂糖、加工品を仕入れていると思しきフルーツやナッツ類、艶のないチョコレート。
 メニューには、AOC認定された有名ブランドの発酵バター使用と書かれていた。だが、いかにバターの品質がよくても、ほかが同レベルでなければ意味がない。
 何より、一から手づくりするのではなく、すでに加工された素材を仕入れて使っているためだろう、食品添加物特有の、嫌な後味が不快だ。
 見た目は華やかだった。そして、食品添加物に慣れた現代人の舌は、その不自然さを感じるより先に、慣れた味に安堵を覚える。評判が悪くない理由は知れた。だが、本物を求める人には見抜かれる。
 —長くはもたないだろうな。
 美味しくないクランブルタルトとフランボワーズムースを、それでも綺麗に平らげて、嫌な後味を、これも煮詰まった苦いだけのコーヒーで胃に流し込みつつ、比呂也は店内を観察した。
 フロアに出ている女性店員はアルバイトのようだが、なかなかこなれている。接客も合格点だった。
 女性客が多いが、男性のひとり客の姿もある。
 自分のようなやつがほかにもいるのかと、少しの驚きとともに難しい顔でスイーツを口に運ぶ男性客の横顔をつい観察してしまったのは、その相貌が思いがけず端正だったから。ワイルドさ際立つ容貌は比呂也の比ではなく女性客の多い店内で目立って、目を奪われる。だが、あまりジロジロ見るわけにもいかず、興味を惹かれつつも視線を外した。


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