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愛さないと言われましたが、やり直したら騎士が溺愛してきます

火崎勇 / 著
カトーナオ / イラスト
ISBNコード 978-4-86669-576-1
サイズ 文庫本
ページ数 248ページ
定価 836円(税込)
発売日 2023/06/16

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内容紹介

お前の居場所は俺がつくる
アルカムが目を覚ますとそこは前世の世界で、騎士の友人・エディアールに告白して玉砕し命を落とした時から、三年前の時空に転移していた。伯爵令息のアルカムは、騎士として名高いレイムンド家の嫡男だったが、華奢で力が弱く騎士になれなかったため、今世も文官として仕事に尽力し、エディアールにも告白などせず、末永く友人関係で居続けようと努力する。しかし、なぜかエディアールは優しく触れてきて、更に一緒に住まないかと提案してきて!? 前世の時と展開が違う事に戸惑うしかなくて……。
生きている年数は還暦オーバー。男性同士の知識は現代で得た純情青年とクール騎士侯爵令息との転生&転移&溺愛ラブ!
★初回限定★
特別SSペーパー封入!!

人物紹介

アルカム

エディアールに告白するも玉砕後、巻き戻った世界でよい友人でいようとする。

エディアール

優秀な騎士。アルカム以外にはクール。

立ち読み

 自分が騎士に向いていないのはわかっていた。
 剣の腕はまあまあだったが、それは飽くまで訓練の時だけで、人に真剣を向けると手が震え出してしまったから。
 子供の頃から、人を傷つけることができなかった。
 自分のせいで誰かが傷つくと考えると、泣きたくなった。
 そんな俺を、父親は酷く嫌っていた。
「我がレイムンド伯爵家は代々優秀な騎士を輩出し、騎士伯と呼ばれている名家だ。それなのに人に向けて剣を構えられないとは何事だ。お前は本当に意気地無しだな、アルカム」
 冷たい目で見下ろされ、何度その言葉を投げ付けられたか。
「身体の弱い母親に似たのか……」
 と言われるのも辛かった。
 母は侯爵家の三女だった。
 父は母の父である侯爵に是非にと望まれての結婚だったが、そこに愛情はなかった。
 珍しいことではない。
 貴族の間では、地位と名誉の繋がりで結婚するのが当然なのだ。
 父は侯爵家に望まれてその娘を娶り、侯爵家は騎士として名高い父に三人目の娘を嫁がせて体裁を整える。どちらにも悪くない結婚だ。
 だが、母は身体が弱く、俺が七つの時に亡くなった。
 子供は俺一人。
 跡継ぎである男の子ではあるが、そんなわけで騎士には向かない子供。
 茶色い髪でがっしりとした筋肉質の父ではなく、母譲りの金髪に青い瞳。体格も母に似てほっそりとして女っぽい。
 父が俺を好んでいないというのは、子供心にもわかっていた。
 飽くまでも『好んでいない』程度だ。無視はされていたが、迫害を受けることはないし、まだ騎士に育てる夢も捨てていないだろうという態度も見せた。
 貴族の子供達が通う学園にちゃんと通わせてもくれていたし。
 だから希望の通りの息子でないことを申し訳ないとは思うけれど、父を嫌うということはなかった。
 学園に通うと、座学の学力は学年でトップを争うほどになり、文官としての才能を目覚めさせた。
 情けない子供として生きてきた自分が、優秀と呼ばれるようになった。
 けれど、父は文官としての名誉には目を向けてくれなかった。
 騎士でなければレイムンド家には用がない、と言わんばかりに。
 学園を卒業し、文官になっても。
 文官として出世街道を歩んでも。
 父は俺を認めてくれなかった。
 それには理由があった。
 父には愛人がいたのだ。
 結婚する前から付き合っていた、平民の女性が。
 貴族に愛人がいるのは珍しくない、基本平民の女性が伯爵と結婚はできない。相手の貴族が次男以下であったり、女性がどこかの貴族の養女になればできるだろうが、それにも準備期間がいる。
 もしかしたら、父はそういう準備をしていたのかもしれない。
 だがその望みが叶う前に侯爵からの縁談が来てしまった。
 自分より上位の貴族からの申し出は断れず、父は母と結婚した。恋人を愛人として。
 その愛人の女性との間に、息子がいたのだ。
 俺は会ったことはないが、どうやら彼は父によく似ているらしい。
「どうしてあの子に出来ることがお前には出来ないのだ」
 という言葉を何度か聞かされ、ぼんやりと対象がいるのだということには気づいていた。
 だから、父からその存在をはっきりと告げられた時には『やっぱり』としか思わなかった。
 父が、弟を跡継ぎにしたいと言い出した時にも、俺は『やっぱり』と思った。
 父が望むならそれでもいいかな、と。
 だが親族は大反対だった。
 侯爵家の血を引く長男がいるのに、どうして平民の子供に伯爵家を継がせなければならないのか、と。
 父と親族はかなり揉めて、最終的な決定権を俺に委ねてきた。
「アルカム、お前はどうなんだ?」
 俺はどちらでもよかった。
 むしろ、今まで父の望みを何一つ叶えてやれなかった自分が、ここで頷けば一つは叶えてやれるのでは、と考えてしまった。
 けれど、親族が大反対する中で跡継ぎとして迎えても、その結果がよくないこともわかっている。
 なので、一つの提案をした。
「弟に、オリバーに名誉があればよいのではないでしょうか?」
 その場にいた全員が、俺に注視した。
「平民の血よりもレイムンド家の血が濃い、とわかれば問題はないはずです」
「見かけだけでは……!」
 青筋を立てたのは叔父だ。
「ええ、もちろん外見ではありません。今年の剣技会に出場し、三位以内に入れば、認めてもよいかと思います」
 叔父も、伯爵家から出たとはいえ騎士だった。というか一族郎党、騎士職に関連する地位に就いている。
 だから『剣の腕がある』というのは認めるに相応しいと考えるだろう。
 父の言葉から、弟のオリバーがかなりの腕だというのも知っていたし。
 けれど、親族の連中は今日初めてオリバーの存在を知ったようで、彼に剣の腕があることを知らなかった。
 俺が父を慮って、諦めさせる理由を考えた、と思ったのだろう。全員が「それならば」と了承してくれた。
 ただ、親族が帰った後に、父は聞いてきた。
「それでいいのか? 本当に?」
 わかっているのか、という顔で。
「レイムンド伯爵家に相応しい、という言葉の意味は知っています。自分が騎士にはなれないことも」
「オリバーは……」
「きっと強いでしょうね。父上に似て」
 それだけで、父は俺の気持ちをわかってくれた。
 そして今から一週間前、オリバーは剣技会の一般の部で優勝した。
 これで俺はレイムンド伯爵家の跡継ぎではなくなったのだ、と安堵した。
 そう、『安堵』だ。落胆ではない。
 跡継ぎ、という言葉に含まれる重責から抜け出せたことが嬉しかった。
 レイムンド伯爵家の跡継ぎは、騎士でなければならない。伯爵家を繋ぐために、結婚をしなくてはならない。
 けれど俺は騎士にはなれず文官の道を歩んでいた。
 父がオリバーのことを悩んでいたのか、俺に興味がなかったのか、貴族の息子としては珍しく婚約者も決められていなかった。
 というか、自分の意志でも縁談から逃げていた。
 一つは、愛のない結婚をしたくなかったから。
 父と母を見ていたから、自分のような子供を作りたくなかった。
 不謹慎な話だが、母が亡くなってくれていてよかったと思う。父は母が亡くなるまできちんと夫としての務めは果たしていたし、母は愛人のことを知らなかっただろう。
 でも跡継ぎ問題が持ち上がったら、その全てを打ち明けたに違いない。それは母にとって悲しいことだ。
 俺が騎士になれなかったことも、父に愛人がいたことも知らずに亡くなった母はそれなりに幸福だったと思う。
 そしてもう一つは、自分には愛する人がいるから。
 だが結婚などできるはずもない相手だから、だ。
 エディアール・カラムス侯爵子息。
 男性だ。
 エディアールは、母の遠縁であるカラムス侯爵の三男だった。
 遠いけれど親戚と言えないことはない。その関係で、俺達は幼い頃に知り合った。
 三男とあって侯爵家を継ぐことはできないが、彼には剣の才能があったので、父が気に入ってよく我が家に呼んでいた。
 つまりは、幼馴染みということだ。
 子供の頃からずっと一緒で、学園でも親しくしていた。
 卒業と同時に彼は騎士団に入団し、才能があった上に好んで父が教えていたのもあって一年で二番隊の副隊長になり、二年目には隊長に大抜擢された。
 いずれ騎士団の団長にもなるだろうと噂されている。
 さらりと前髪を垂らした漆黒の髪、眼光鋭い深い濃紺の瞳、通った鼻梁にキリッとした眉、引き締まった薄い唇。
 普段は無口で愛想がないのに時々見せる笑顔は色っぽくて、女性達に黄色い声を上げさせる。一部男性にも。
 出世頭で美形、完璧な男だ。
 だが友人はあまり多くなく、俺が一番の親友だった。
 女性との結婚に目を向けない自分が、そんな完璧男と過ごしていれば、だんだんと心惹かれてゆくのも無理はないと思って欲しい。
 最初は騎士になれないでいじけていた自分にも優しくしてくれる幼馴染み、父が目を掛ける羨望の対象。やがて文官を目指す俺を認めてくれた親友。
 彼が騎士になってからは男性としての憧れ。
 さらに、自分だけを特別扱いしてくれる彼を独占できる優越感。
 もう心を傾けるなという方が無理だろう。
 女性といるよりもエディアールといる方が楽しい、彼に近づかれるとドキドキする。
 母親に似て少し女性的な面差しの自分が好きではなかったが、それすらも彼は『美しくていいじゃないか』と笑って褒めてくれる。
 男性同士の恋愛は、決してタブーではない。
 跡継ぎにはなれない貴族の次男三男の中には、家を構えることが金銭的に難しいからと敢えて男色に走る者もいる。
 辺境に住まう貴族の中には、妻の他に遠征に出る時にはそういう目的の小姓を連れる者も。
 娼館にも、男性はいた。
 だから、自分の気持ちをエディアールに伝えてみたいと思った。
 もしかしたら、彼も自分と同じ気持ちでいてくれるのではないか。
 王城の一角にある男性だけのサロン。
 若い貴族達が親交と情報交換を目的とした集まりで顔を会わせた時、俺はエディアールを遠乗りに誘った。
 彼は一も二もなく了承し、近くの森へと馬を進めた。
 他愛のない話をしながら周囲に人の気配のない場所まで来てから、終に心を決めて口を開いた。
「エディアール、真剣に聞いて欲しいことがあるんだ」
 緊張した面持ちの俺に、他の人には見せない穏やかな微笑みを向けてくれる。
「何だ、いきなり」
 馬を止め、二人で並ぶ。
「実は……、俺はずっとお前のことが好きだったんだ」
「何を今更、俺だって好きだぞ」
 ああ、伝わってないな、とすぐにわかった。
 だがここでめげてはいけない。
 告白すると心を決めたんだから。
「友人としてじゃない。恋人のようにお前を愛してしまったんだ」
 口がからからに渇いていた。
 それでも何とか告げることはできた。
「真剣に……、考えてくれないだろうか?」
 すぐに答えが貰えるとは思っていなかった。せめて、少しは悩んでくれるとか、これから向き合うと言ってくれるとか、そう言ってもらえればと考えていた。
 けれど、目の前にある親友の顔は険しく歪んだ。
 ……エディアール?
 嫌な予感に背中が汗で濡れる。
「……困る」
 胸が痛い。骨が折れたんじゃないかと思うほど。
「お……、男同士だから考えづらいよな?」
「そうじゃない」
 逃げ道を作ったつもりがピシリと遮断されてしまう。
「アルカムとだけは、そういうことは考えられない」
 ガンッ、とハンマーで後頭部を殴られた気分だった。
 俺だけは……?
「二度とそんなことは考えないでくれ。お前とは友人でいい」
 手綱を握る手が冷たくなる。
 全身から力が抜ける。
「恋人にはなれない」
 きっぱりとした答えに、涙が出そうだった。
「そ……うか……」
 苦しい。
 苦しい。
 母が亡くなったことより、父に騎士になれないことを失望された時より、悲しくて、苦しくて、切なかった。
 そうか、こんなにも親しくしていても俺ではダメか。
 同じ気持ちなのではと思っていたけれど、それは間違いだったか。
 こんなにも近くで、笑って、触れて、どんな時にも寄り添ってくれていても、恋にはならなかったのか。
「悪かった。……忘れてくれ」
 そう言うのが精一杯で、もう友人の顔が見られなくなって、俺は馬の腹を蹴って走らせた。
 人生で初めてと言っても過言でないほどの決意だった。
 彼を愛していると気づいてからずっと、彼のことだけを考えてきた。彼もきっと俺のことを意識していると確信していた。
 何という思い上がり。
 絶望と共に恥ずかしさに襲われ、俺は馬を駆った。
「アルカム!」
 我慢できずに溢れた涙が視界を曇らせる。
 悲しみが力を奪う。
 それでもこんなみっともない姿を見せたくなくて、エディアールから離れたくて、馬を走らせ続け……。
「あ……っ!」
 馬が少し跳ねた拍子にぐらりと身体が崩れた。
「アルカム!」
 マズイ、と思った瞬間、手綱が手からするりと抜け、視界に地面が迫る。
 ガッと脳髄に響くような痛みを感じたと思ったら、世界が暗転した……。



 失恋したと同時に落馬して死んだ。
 最低な人生だったとしか言いようがない。父の期待に応えられず、告白した途端幼馴染みの親友も失ってしまった。
 彼もきっと呆れただろう。
 穴があったら入りたいという心境とはこういうことかと実感した。
 そんな前世を思い出したのは、中学生の時、学校の階段から転落した時だった。
 ああ、俺ってばとんだ『やらかし』の前世だったんだな。
 現実を受け入れた時、最初に思ったのはそれだった。
 もちろん、それまでの記憶が消えたわけではないので、現実は受け入れた。
 そして過去の記憶については封印することにした。
 正に中学生、『前世が』なんて厨二病を口にしたらリアル中二病。友人達にどんな目で見られるかよくわかっていたので。
 過去は、過去。
 今更戻れるわけではないのなら、忘れるべきた。
 ……とはいえ、エディアールのことを忘れることはできなかった。
 ずっと好きだったし、恥を忍んで告白するくらい本気の相手だったのだ。
 しかも彼は美しかった。
 生まれ変わったこの世界で、どんなにイケメンと言われる男を見ても『エディアールの方がもっとかっこよかった』と思ってしまうほどに。
 心に抱く相手がエディアールだから、ここでも女性に食指は動かない。
 でも男性もエディアールと比べると興味が湧かない。
 結果、俺は学業優秀で顔も悪くなく友人もたくさんできたのに、一度として恋をすることがなかった。
 こういうの推しがいるから、と言うのだろうか?
 現実の結婚を夢見ているわけではないのに頭から相手のことが離れない。その人のためなら何でもするのに、というところが。
 もっとも、エディアールに対してできる推し活は何もないのだけど……。
 この世界では男性同士の恋愛はタブー視から市民権を得たばかりというようだが、色々情報は溢れていた。
 そう。意識しなくても俺の頭に入ってしまうくらいに。
 アルカムだった時には、エディアールを愛していても最終目的は抱き合ってキスするぐらいまでしか想像していなかったのだが、ここでの溢れ返る情報のせいでその先のことを知ってしまった。
 そうか、男同士でも男女と同じように閨を共にすることができるのか、とか。結合部分には痛みを軽減させるためにこういうものが使われるのか、とか。
 入れたからってどうにかなるわけでもない知識だったけど、妄想は刺激された。
 三十歳になるまで童貞だと魔法使いになれる、などという話を聞けば、その時になったら魔法を使って元の世界に帰れないかな、エディアールもこの世界に転生させられないかな、とも考えたりした。
 妄想だ、妄想。
 でも考えることは楽しかった。
 自分だけのハッピーエンドは誰にも邪魔されなかったし。乙女な心を持っていても、口にさえしなければ誰にも嗤われたりしないのだから。
 けれど……。
 俺は魔法使いにはなれなかった。
 童貞を捨てたわけではない。
 三十歳になれなかったのだ。
 騎士として馬に乗ることが叶わなかったからと、代わりにハマッていたバイクで一人ツーリングを楽しんでいた時、雨上がりの山道で事故ってしまったから。
 明かりの少ない下りの山道。
 多分、トラックから落ちたのであろうビニールシートに乗り上げスリップした。
 あ、と思う間もなくバイクは横滑り、俺は高く崖側に放り出された。
 前世が落馬、今世は落車か。
 俺ってばつくづく乗り物に向いてないのかな。
 そう思って次に来る痛みと衝撃を覚悟した。
 あの世でなら、エディアールに会えるのかな、と思いながら……。



「アルカム! しっかりしろ!」
 そう、エディアールの声はこんな声だった。
 いつもは低い声でポツリとしゃべるのだが、俺の前では饒舌で。怒った声は怖かったけど何故か艶めいてると思ってしまった。
「頭を動かすな」
 ん?
「馬車の手配を」
 これ、は誰の声だ?
「いや、それより抱えて走ります」
 今のはエディアールの声だよな。
「ばかか、揺らさずに抱えて走るなど無理だろう」
 でもこれは……。
「エスト様、ローデリックが馬を走らせました」
 これも違う。
 何か……、人がいっぱいいる?
 俺はそうっと目を開けた。
「アルカム!」
 目の前に、心配そうに俺を覗き込む黒髪の男。
「……エディアール?」
 彼の顔を見た瞬間、ぶわっと喜びが胸に溢れる。
 これ、走馬灯ってヤツかな。地面に叩きつけられるまでに見る、幸せな夢?
「エディアール、揺らすな」
 そんな彼を押しのけて視界に入って来たのは、赤毛の男性だった。
 たしか……。
「エスト……様」
 侯爵位を継がれた、俺達より年上の方だ。
「私がわかるか?」
「え? あ、はい……」
「どこか痛むところは?」
 痛む……。
 言われて腰と背中に痛みを感じる。
「腰と背中が……」
「頭は?」
「いえ、頭は別に」
 答えると、エスト様がほうっとため息をついた。
「よかった。頭から落ちたのではないようだな」
「あの……、ここは……?」
「ばか! お前は落馬したんだ。だから手綱はしっかりと握れと……!」
 怒った顔のエディアールが再び視界に入る。
 けれどまたすぐにエスト様に押し返された。
「わからないのか?」
「俺……山道をバイクで……」
「山道? ばいく? 記憶が混乱しているのか? お前はセイガル伯爵主催の狩りに参加していて、馬から落ちたんだぞ?」
 セイガル伯爵主催の狩り……。
 ああ、そういえば、学園を卒業する記念にとセイガル伯爵が自分の息子を含めた卒業生達を狩りに招待してくれたことがあったっけ。
 俺は一匹も仕留められなかったが、エディアールは見事な牡鹿を仕留めていた。
「だめだな……、よくわかってないようだ。もういいぞ、アルカム。目を閉じてゆっくり休め。すぐに救護テントに運んでやる」
 救護テント……。狩りの時には万が一を考えて女性達の待機する場所に医師や治療士を揃えた救護テントがあるものだったっけ。
 そっか、死ぬかもしれないと思ったから、昔の救護テントのことなんか思い出したんだな。
 でもそろそろ地面に叩きつけられる頃だ。
 最後にエディアールの夢が見られてよかった。
 俺は静かに目を閉じた。
「馬車がここまで入りません」
 まだ周囲では人声がする。
 大勢の足音も聞こえる。
「馬車のところまで俺が運びます」
「無理をするな」
「大丈夫です」
 ふわりとお姫様抱っこされる感触。
 運ぶと言ってた声はエディアールのものだった。
 俺は今あいつに抱き上げられてるのかな?
 だとしたら本当にいい夢だ。男の俺が彼に抱き上げられるなんて、夢でしかあり得ない。
 彼の顔をした天使に抱えられて天国へ。
 最後の最後で、神様ありがとう。
 うっすらと目を開けると、エディアールの真剣な顔が見えた。そうそう、この顔だよ。ずっと好きだった人の顔を覚えていて、記憶も間違ってなかったことが嬉しい。
 ちょっと若い気もするけど。
 顎からじゃなくて正面から見たかったなぁ、と思いながら再び目を閉じた。
 一秒でも長くこの夢が続きますように、と祈りながら。



「情けない。レイムンド家の息子が落馬で運ばれて来るなんて」
 好きな人に抱き抱えられて天国へ一直線という夢を見た、と思っていたのに。目を開けて一番に目に入ったのは厳しい父親の顔だった。
 俺がバイクで出掛けるのを見送ったサラリーマンの父親ではない。騎士になれなかった俺を散々嘆いていた方の父親、レイムンド伯爵だ。
「馬ぐらいはまともに乗れると思っていたのに、それも駄目だったのか」
 相変わらず冷たく突き放す声。
「学園を卒業して少しはまともになったかと思ったが、所詮はその程度か」
 イライラしてるなあ。
「医師によれば打ち身だけで大したことはないというから、暫くおとなしくしていろ」
 でも、あの頃は気づかなかったけれど、これは一応『ゆっくり休め』って言ってくれてるのかもしれない。
「……申し訳ありませんでした」
 父上は俺の言葉を聞くと、少しだけ目を細め、そのまま出て行った。
 不器用な人なんだろうな。
 俺のことを大切だとは思っていないだろうけど、息子としては気遣ってくれてるんじゃないかなとは思える。
 なんて、そんなことを考えてる暇はない。
 俺はしっかり目を開けて周囲を見回した。
 ここは……、俺の部屋だ。
 大きなマホガニーのデスク、壁一面の本棚。アルカム・デア・レイムンドだった時の俺の部屋に間違いない。
 ということは、だ。俺はまた転生したのか?
 頭が混乱する。
 俺は学園なんかとっくに卒業して、既に文官として働いていたはずだ。なのに、落馬事故は卒業記念の狩りの場だったようだ。
 ということはあの告白の日の三年前ということになる。
 あの現代の世界は俺の夢で、告白したのも夢だったんだろうか?
 いや、いくら夢とはいえ、飛行機やバイク、電話にテレビを自分が妄想したとは考えられない。あんな発想、俺にはないはずだ。
 現代に生きていたことが事実なら、その前に死んだことも事実で、ということは告白して落馬したことも事実ってことになる。
 あああああ……、恥ずかしい。
 フラれた相手にまた会わないといけないのか?
 エディアールにまた会えるのは嬉しいけど、どんな顔して会ったらいいんだ。
 ……いや、待て。
 巻き戻ったなら、俺はまだ告白していないってことか。それなら……。
 コンコン、とドアをノックする音がして思考が中断する。
「坊ちゃま、エディアール様がお見舞いにおいでです。お通ししてよろしいでしょうか?」
 言ってるそばから来た!
「あ、ああ……、どうぞ」
 思わず手櫛で髪を整え、身体を起こす。
 ドアが開くと、メイドと共にエディアールが入って来た。
「アルカム」
 前髪を流した黒い髪。まだ真新しい濃紺の軍服を着たエディアールは、眩しいほどに凛々しく美しかった。
 大股で近づいて来た彼は、おもむろに俺に抱き着いた。
「よかった、もう起きれるんだな」
 これだよ、これ。
 エディアールは俺にだけ、スキンシップが激しいのだ。だから愛されてると誤解してしまったのだ。
 しかも久し振りとあって、破壊力は絶大だった。
 思わず顔が熱くなってしまう。
「エ、エディアール。ちょっと苦しい」
「ああ、悪い」
 悪気なく、パッと手が離れる。
「打ち身があるんだったな。熱もあるんじゃないのか? 顔が赤いぞ?」
 言いながら、乱れた俺の髪を耳に掛けてくれる。
 これはエディアールの癖だ。
 俺の長い髪が零れるのがどうにも気になるらしく、気が付くとすぐに手が伸びてくる。それは彼との関係に恋愛を意識する以前から好きな仕草だった。
 だから、父上に男らしくないと言われながらも男としては好ましくないふわふわな髪を伸ばしていたのだ。
 彼が『綺麗な髪じゃないか』と褒めてくれる白みがかった金髪は自慢でもあった。
「いや……、大丈夫だ」
 心を落ち着けて、軽くエディアールの身体を押し返す。
 もちろん彼は素直に身体を離し、近くにあった椅子を引き寄せて腰を下ろした。
 まだ残っていたメイドが、俺の背中にクッションを入れようとすると、それを受け取ってエディアールがクッションと枕を整えて背もたれを作ってくれる。
「すぐにお茶をお持ちいたします」
 メイドは微笑ましくその様子を見て退室した。
 二人きり、というだけで妙に緊張してしまう。
 だって久し振りだったから。


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