書籍詳細
花嫁は豪華客船で熱砂の国へ
ISBNコード | 978-4-86669-179-4 |
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サイズ | 文庫本 |
定価 | 754円(税込) |
発売日 | 2018/12/18 |
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内容紹介
人物紹介
優真
姉の結婚パーティでマラークに見初められて!?
マラーク
サイヤード王国の第二皇子。優真に一目惚れする。
立ち読み
第一章
シチリア島の沖に、世界有数の豪華客船クイーン・ローライド号が停泊していた。
全長二百五十メートル、全幅三十メートル、総トン数が五万トンに及ぶクイーン・ローライド号は、乗客とクルーを合わせ千人余りを運ぶことができる巨大な客船だ。
眩いばかりに白い船体が、水平線の彼方に沈みつつある夕陽を受けて、鮮やかなオレンジ色に染まっている。
この豪勢な客船に両親、兄とともに乗り込んだ香住優真は、上質な生地で仕立てたモーニングコートを纏い、大勢の客たちで賑わうデッキの手摺りに寄りかかっていた。
「こんな豪華客船を貸し切りにできるんだから、ホントにすごいよなぁ……」
ひとり呆れ気味につぶやいた優真の?を、緩やかに流れる潮風がかすめていく。
優真はこの春、大学を卒業したばかりの二十二歳で、顔立ちは可愛らしく、身体つきも男性にしては華奢なほうだが、堂々とモーニングコートを着こなしている。
大手石油メーカー〈香住興産〉の次男として生まれた御曹司であり、社長を務めている父親に連れられ、幼いころから兄、姉とともに幾度となく海外を訪れているため場慣れしているのだ。
両親は後継者である長男はもちろんのこと、ひとり娘と優真にも英才教育を施したため、子供たちはみな海外でも通用するだけの社交術を身につけ、語学にも長けていた。
優真は今年の秋から、イギリスの大学に留学することが決まっている。新たな学生生活が始まるのは半年近く先であり、今は自由に過ごせる身だ。
とはいえ、新学期までの暇つぶしに、優雅で贅沢な船旅を家族で楽しむために、クイーン・ローライド号に乗船したわけではなかった。
この巨大な豪華客船では、シチリア島の教会で結婚式を挙げたばかりの新郎新婦を祝う盛大なパーティが行われており、優真と家族は招待客として乗り込んだのだ。
「優真、こんなところにいたの?」
艶やかなライムグリーンのロングドレスに身を包んだ香住桃花が、緩やかなウェーブがかかった長い黒髪を風になびかせながら歩み寄ってくる。
「花嫁がひとりでフラフラしてていいの?」
晴れやかな表情を浮かべている美しい姉に笑顔を向けた優真は、背を預けた手摺りに片肘を乗せた。
「早々とパーティを抜け出したくせにそんなこと言ってないで、私にも息抜きくらいさせてよ」
軽く睨みつけてきた桃花はそのまま前に進み、海に身体を向けて手摺りを軽く握る。
パーティの主役である桃花は、優真の二つ違いの姉だ。そして、義兄となる彼女の夫は、産油国として世界でも名高いサイヤード王国の王位継承者、サハド・アル=アトラシュ第一皇子で、クイーン・ローライド号を借り切った豪快な男でもあった。
産油国の王位継承者と日本の大手石油メーカーの娘の結婚は、政略的なものだとの噂が流れたりもしたが、実際には父親とサイヤード王国を訪れた桃花をサハドが見初め、結果的に大恋愛の末に結婚をしたのだ。
「お偉いさん方への挨拶ばかりで、もう疲れちゃったわ」
気持ちよさに空を仰ぎ見ながら、桃花が愚痴を零した。
サイヤード王国第一皇子の結婚披露パーティだけあり、普通であれば会う機会など絶対にないような、世界各国の大物が一堂に揃っている。
桃花は王位継承者の妻として、招かれた客のひとりひとりに挨拶して回っているのだから、社交界慣れしているとはいえ、愚痴を零したくなるほど疲れているのも理解できた。
「いずれは王妃になるんだからしかたないよ。でもさぁ、姉さんが王妃ってなんか変な感じがする」
優真は不思議な思いで、桃花の横顔を見つめる。
「サハドが王位を継ぐのはまだまだ先のことよ。それまではただの嫁」
こちらを向いて手摺りにもたれた桃花が、なにかを見つけたのか急に前方に目を凝らした。
「マラーク!」
高く挙げた片手を大きく振る桃花が見つめる先に、優真は視線を移してみる。
すると、金糸の刺繍を贅沢に施した豪華なアラブ服を身に纏った長身の男が、ゆったりとした足取りでこちらに向かってきた。
あれは、確かサハドの弟のマラーク・アル=アトラシュだ。国王には第五夫人までいて、子供の数は二十人近い。皇子にいたっては、サハドを含めて十二人いる。
その皇子の頂点に立つのがサハドなのだが、すぐ下の弟になるマラークは、大勢いる桃花の義弟の中で唯一、歳上なのだと教えられた。
挙式の前にアトラシュ一族を紹介されたのだが、皇子や王女の数が多すぎて、名前と顔はとても一度では覚えられそうになかった。
ただ、フランス人の母親を持つマラークだけは、はっきりと記憶に残っている。それだけ、彼は印象深い外見をしていたのだ。
「姉上、こちらにいらしたのですか。パーティの主役がいないと騒ぎになっていますよ。早くお戻りください」
マラークから流暢な英語で窘められると、桃花はわざとらしく大きなため息をもらした。
「もう……しかたないわね、そろそろ行かないと」
英語でつぶやきながら肩をすくめてみせた彼女が、寄りかかっていた手摺りから離れ、船内へと続く入り口に向かって歩き出す。
渋々といった顔つきをしていたが、パーティ会場に向かう彼女の足取りは思いのほか軽く、口で言うほど嫌がってはいないのだとわかる。
もともと華やかで賑やかな場が好きな彼女らしくもあり、軽やかに歩く後ろ姿を見て優真は思わず笑ってしまう。
「兄上の妃として相応しい、美しく利発な方だ」
高い位置から聞こえてきたマラークの声に、桃花に気を取られていた優真はハッと我に返って隣に視線を向けたが、咄嗟に謙遜の言葉が浮かばなかった。
そればかりか、間近で見た彼の端正な顔に目を奪われてしまう。カフェオレ色の肌、西洋の血を色濃く感じるエキゾチックな顔立ち、少し茶色がかった瞳など、アラブ人とフランス人のハーフである彼は、とても魅力的な風貌をしているのだ。
「そなたユーマといったな? 私の顔になにかついているか?」
マラークがどこか面白がっているような顔つきで見返してくる。
「すみません……」
優真が不躾な視線を向けてしまったことを詫びると、マラークは気にするなと言いたげにおおらかな笑みを浮かべた。
「珍しがられるのには慣れている。私はアラブ人としては異質だからな」
彼は笑みを浮かべながらも、意志の強そうな瞳で真っ直ぐに見つめてくる。
あまりにも強烈な視線に、優真は目のやり場に困ってしまう。
アトラシュ一族と初めて顔を合わせたとき、絶大なる力を持つアラブの王族の目力の強さと、威厳ある態度に圧倒された。
肌の色と顔立ちのせいで、一見するとマラークは優しそうな雰囲気があるのだが、やはりアラブ人の血を受け継いでるだけあり、瞳には力強さが感じられる。
そんな瞳で見つめられると、わけもなく気恥ずかしくなってしまい、優真はついに視線を逸らしてしまった。
「せっかくだから、座って話そう」
マラークがいきなり優真の腰に片手を添えてきた。
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