書籍詳細 一覧へ戻る

9784866692067

私を変身させてくれるはずの魔法使いが元カレだった件。

兎山もなか / 著
なま / イラスト
ISBNコード 978-4-86669-206-7
本体価格 本体1,200円+税
発売日 2019/05/27
ジャンル フェアリーキスピンク

お取り扱い店

  • Amazon
  • honto
  • セブンアンドワイ
  • 楽天

電子配信書店

  • Amazon kindle
  • Renta
  • ブックパス
  • ドコモ dブック
  • ebookjapan
  • DMM
  • 楽天kobo
  • パピレス
  • どこでも読書

内容紹介

前世で別れた因縁の二人が、シンデレラの世界で再会!?
不器用者同士の両片思いケンカップルが織り成す、ドキドキ・ラブバトル!
シンデレラの世界に転生した佳苗の前に現れた魔法使いロイ。彼は前世で誤解からケンカ別れした元カレだった! 「お前、家事苦手じゃん。人んちの掃除とか洗濯とかできんの?」この男、相変わらず俺様で失礼すぎる! しかし憎まれ口を叩きながらも魔法の効き目をよくするためと、甘く囁いて……「きみは綺麗で、とても可愛い。俺の手で、もっと美しくしたい――」不器用ですれ違いばかりな両片思いの二人は、この世界でやり直すことができるか!?

立ち読み

 (…………来た!)
 魔法使いだ! 本当に来た!
 ……でも、あれ? 待って。ちょっと早くない? 魔法使いって夜になって継母と義姉たちが出払ってから、私が一人の時に現れるんじゃなかったっけ? ちょっと! 台本通りに頼みますよ!
 ――なんてアレコレ考えつつも、私は待ち侘びた存在の登場に興奮していた。
 逆光で黒く塗りつぶされていた姿の全容が、魔法使いが近付いてくるにつれて徐々に明らかになっていく。魔法使いはどんな顔をしているんだろう? 前世で子どもの頃に見た絵本やビデオでは、多くの場合ふくよかなお婆さんとして描かれていた気がする。実際のところどうなの?
 これから私が対峙しようとしている魔法使いのシルエットはわりとすっきりしている。スレンダーなお姉さんとか? それもアリだ。お姉さんにスマートに格好よく変身させてもらいたい。
(……あれ?)
 気付けば魔法使いの影はどんどん大きくなっていて、もう目前。今にも私にぶつかろうとしていた。ちょうどいいところで〝すちゃっ〟と格好よく着地するんじゃなかったのか。
「ちょっ……え……わっ……!?」
「ばっか、お前! 突っ立ってんな退けっ……あぁぁぁぁっ!」
 ゆらゆら、ふよふよ、どすん! ――ってな具合で、私は正面から緩くぶつかってきた黒い影を受け止めきれず、後ろに尻餅をついた。
「っ……いたた……」
 一体何が起きたんだろう。私の魔法使いは無事?
 一瞬男の野太い声が聞こえた気がしたけど、気のせいですよね?
「っ、くっそ……なんで棒立ちなんだよ。怪我はっ――……間違えた。お怪我はありませんか?」
 なぜか紳士的な言葉遣いに言い直しながら、私の頭を抱き起こす魔法使い。外傷がないかを確認してくる顔を見て――私は愕然とした。それはこの世界では初めて顔を合わせた人物。
「な……なんでっ……!?」
 驚きと動揺のあまり声が裏返る。無理もない。私がずっと待ち侘びていた魔法使いは老婆ではなく、そもそも女性ですらなかった。男性で、しかも、その顔は――――。
「なんで……なんで、匡也くんが降ってくるのよ!」
「……お前、記憶あんの?」
 前世ですったもんだの末に破局した、私の元・恋人だった。



 必要ないと思って軽く流していたけど、ここで前世の私の人生について少しだけ詳しく振り返っておく。

 私こと〝ガーネット〟の前世は〝千石佳苗〟という人間。現代日本で経理部員として働くしがないOLだった。顔も中の中、平均ど真ん中くらいで特別可愛いわけじゃない。勉強は苦手ではなかったのでそこそこ偏差値の高い私立大学に入り、卒業後は一部上場企業に入社した。
 そこで佳苗は人並みに恋をした。相手は同じ会社の営業〝白井匡也〟。彼は元から容姿とスタイルの良さ、仕事の出来具合から注目されていて、社内の女性からもモテていた。〝私とは接点のない人だな~〟とぼんやり思っていた矢先、彼の急ぎの伝票を私が処理したことで初めて言葉を交わし、なんやかんやで二人は付き合うことになった(ここの経緯については話すと長くなるので、また機会があれば)。

 見た目の格差から二人は「どうせすぐ別れるだろう」と噂されていた。しかし実際そんなことはなく、佳苗と匡也はなかなかうまくやっていた。彼には少々〝口が悪い〟という欠点があったけれど、それもただの〝照れ隠し〟だとわかってしまえば可愛いもの。悪態をつく匡也くんを私は「はいはい」と笑って受け流し、二人は良いバランスを保ったまま順調に交際を重ねた。
 ――五年の時が流れた頃、順当な流れで彼がぶっきらぼうに「一緒に暮らさないか」と言って、それがそのまま結婚の約束になった。同棲を始めて、お互い何も問題がないようなら一年後には籍を入れる。〝初めての同棲〟とは言っても私は頻繁に匡也くんの家で寝泊まりしていたので、その延長のようなものだった。今更何か大きな不満が相手に芽生えるとも思えないし、匡也くんの憎まれ口はまあ相変わらずだったけど……それだってすっかり慣れていた。

 二人ともが〝このまま自分たちは結婚するんだ〟と何の疑いもなく信じていたんだと思う。しかし、そんな結婚秒読みの段階になって――匡也くんが私の浮気を疑い始めた。相手は二人が勤める会社の同僚で、私の上司。社長の息子で、つまり御曹司だった。名前は〝小早川英智〟という。どういうわけかこの御曹司・小早川さんが私のことを口説き始め、そこから匡也くんと私の関係はおかしくなっていった。
 過剰な束縛と嫉妬。私は匡也くんの言うことに対してだいたいが〝愛情の裏返し〟だと笑って許してきたが――自分の気持ちや匡也くんに対する誠実さを疑われることだけは、我慢ならなかった。そして匡也くんが私に八つ当たりをするたびに、彼自身が自己嫌悪で傷ついていくのももう見ていられなかった。

〝もう別れたい〟

 私が打ち明けた言葉に匡也くんは怒るかと思われたが、彼は一瞬悲しそうな顔をして、それから「うん、そうしよう。ごめんな」と力なく笑って見せた。



 ――そんな因縁の元カレが、今生では私を綺麗に変身させてくれる魔法使いだなんて。
 神様、ちょっと悪趣味すぎやしませんか。

「よりにもよってお前かぁ~」
 つい今しがた私の前に現れた(※不時着した)魔法使い(※元カレ)は、威厳のある態度で(※偉そうに)地面の上に胡坐をかき、やる気がなさそうにしている。
「それ完全に私のセリフだと思うんだけど……っていうか、本当に……ほんっっっとうに、匡也くん?」
 未だに魔法使いとして現れたのが彼だということに納得できず、私は同じ質問を繰り返し続けていた。魔法使いは質問に飽きたらしく、うんざりした顔でもう何度目かわからない返答をする。
「だから何度もそうだって言ってるだろ、しつこいな。あと現世での名前は〝匡也〟じゃない。〝ロイ〟だ」
 そう言われましても……。
 自分も〝ガーネット〟という名前の女に転生しておいてアレだけど、見知った顔の人から「〝ロイ〟だ」と自己紹介されてもなんだか冗談みたいだ。
「でもまさか……お前まで前世の記憶持ちとは。誤算だった……」
「え? 何か言った?」
「いや、別に」
 一人でブツクサと何かつぶやいていた彼は〝なんでもない〟と頭を振った。
 私はまじまじと彼の容貌を観察する。紋様の描かれたローブと手にしている杖は明らかに魔法使いのソレだが、声や顔つきは完全に前世の元恋人である白井匡也と一致している。目や髪の色は違うものの、本質が一緒というか……。
〝ロイ〟と名乗った魔法使いの話によると、彼は白井匡也としての人生を終えた後、この世界の天上にある〝魔法省〟の人間として新たに生を受けたらしい。魔法省の人間はそれぞれ複数あるお伽噺の世界線へ派遣され、お伽噺の主人公をハッピーエンドへ導く役割が課せられている……という話をされた。本当かどうかは定かではない。
 魔法使いは完全にモチベーションを失った様子で私に言う。
「だいたい〝王子の花嫁探し〟に挑みに行くったってさ。お前、家事苦手じゃん。人んちの掃除とか洗濯とかできんの?」
 そういう記憶まで持ってるのか。厄介だなぁ……。
 確かに、彼と付き合い始めた頃の私は実家住まいが長く、家事全般が苦手だった。掃除機を壊して怒られたこともあったし、彼のお気に入りのシャツをピンクに染めて怒られたこともあった。
 しかしここで言い負かされている場合じゃない!
「そうだね。誰かさんが姑みたいにうるさいから、とっくに苦手じゃなくなってたけどね」
「……まあ、そうか」
 そうなのだ。付き合い始めて彼に怒られまくった結果、私の家事スキルはなかなかなレベルに達した。料理だって最後のほうには私のがうまいくらいだったし――何より、彼自身〝結婚してもいい〟と思うくらいには申し分なかったはずだ。その結婚はいろいろあって流れたけれど。
〝ここは突けない〟と判断したのか、ロイは攻める部分を変えてきた。
「お前も、ここが『シンデレラ』の世界だって転生してすぐに気付いたって言ってたよな?」
「え? うん……」
「っていうことは、魔法使いに変身させてもらって舞踏会に行くつもりだった?」
「そうだけど」
 ロイは〝ヘッ〟と馬鹿にしたような顔になって言う。
「厚かましい奴だな」
 私は思った。
(この魔法使いは一体何をしにきたのか……)
 なんというか、本当に、ほんっっっとうに不安になってきた。私の『シンデレラ』の物語、ほんとにこれで大丈夫?
 ずっと、魔法使いがこの窮屈な世界を変えてくれることを夢見てきたけど……その肝心の魔法使いが元カレなんて。しかもあんまり私を幸せにしてくれる気はなさそうで、ちょっと泣きそうだ。これまでの我慢はどうなるの?
 私は深く嘆息する。
「なんか、そういうところ……全然変わんないね」
「…………えっ?」
 本当に変わらない。〝そういえばこういう奴だった〟と、私は彼と話しながら思い出していた。口が悪く子どもっぽい。すぐに悪態をつこうとする悪いくせがある。
(転生しても性格って変わらないものなんだな……)
 今はどうか知らないけれど――昔は全部、照れ隠しだった。喜んでいることがバレたくないがための。私を好きだということが筒抜けになるのが恥ずかしいがための。幼稚な男だと常々思っていたが、それも、惚れた弱みで可愛く見えてしまう時期が私にもありました。ええ、ありましたとも。だって結婚しようと思っていたくらいだもの!
 思い出して更に脱力した。ひねくれた彼の性格を思い出すほど、匡也くんはアテにできない。私はやる気のない魔法使いに向かって言う。
「じゃあ……もう、いいです」
「は?」
「自分でなんとかするので、どうぞ魔法省にお帰りください」
 丁寧にお辞儀して、今にも日が落ちそうな空を指さす。仕事をまっとうしてくれない魔法使いに用はないのだ。
「ああ……そうかよ」
 ロイは不機嫌そうに短く返事をして、ローブを翻し〝しゅるっ〟と黒い影になって地面に溶けて消えた。
(……行っちゃった)
 ですよね。私が「帰れ」って言ったんだし……。
〝自分でなんとかする〟とは言ったものの、何か得策があるわけじゃあない。ドレスもなければ、お城まで行くための手段もない。
(これは舞踏会への参加は望み薄か)
 ……と思ったが。
(それで……そんなんで…………諦めがつくはずがないでしょう!)
 こちとら苦節十年、幸せになる日を夢に見ながら奴隷生活に耐えてきたんです



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ――魔法省管轄、物語メンター課(mentor:指導者、助言者)。

 俺こと〝白井匡也〟が生まれ変わった先での所属は、正式にはそんな名前がつけられている。物語メンター課にはいわゆる〝魔法使い〟が複数所属していて、魔法使いは男だったり女だったりするのだが。魔法省内の学校で必要課程を修了した魔法使いは一人前と認められ、物語の中に入り込む任務を与えられる。
 この世は複数の世界線で構成されている。『シンデレラ』や『白雪姫』、『人魚姫』に『赤ずきん』など、挙げればキリがないほどたくさんのお伽噺の世界が存在し、魔法使いはその数ある世界のどこか一つに配属され、配属先の世界の主人公をハッピーエンドに導く役割が課せられている。
 そしてその任務は俺にも例外なく課せられており――配属された『シンデレラ』の世界。
 主人公は俺の(前世の)元カノだった。

〝よりにもよってお前かぁ~〟

 この『シンデレラ』の世界のヒロイン・ガーネット。前世の名前は千石佳苗。
 通常、前世の記憶は完全に消えた状態で次の生を受けるのだが、前世に強い未練がある場合、稀に現世で前世の記憶を取り戻してしまうことがあるという。俺は完全にこのパターン。そして偶然にも、彼女も前世の記憶を持っているらしい。ガーネットは俺の顔を見るなり白井匡也の生まれ変わりだと認識していた。
 それが俺にとっては厄介だった。〝ヒロインが自分の辿る物語の顛末を前世で見聞きして知っている〟なんてケースは聞いたことがない。それに、忘れてくれているほうがよかった。ガーネットに前世の記憶がなかったなら、俺は前世の記憶に蓋をして〝初めまして〟を装い、最初から問題なく友好な関係を築くことができたはずだ。
 ガーネットが出会い頭に俺を〝匡也くん〟と呼んだから、〝なんでお前まで覚えてるんだよ!〟と焦った。焦って――前世の俺を知っているとわかると、事前にシミュレーションしていた紳士的なセリフは頭から吹き飛んだ。
 代わりに俺の口から出てきたのは、こんな言葉。
〝お前、家事苦手じゃん。人んちの掃除とか洗濯とかできんの?〟
〝厚かましい奴だな〟
 ――憎まれ口を叩きまくって、ガーネットからは「どうぞ魔法省へお帰りください」と丁重にお引き取り願われた。


「呆れた……。そんな話は魔法省が始まって以来、聞いたことがない」
「いや、ほんとに……すみません」
 そして今、俺は目下お叱りを受けている。
 庭で洗濯物を取り込んでいたガーネットと対面を果たし、彼女を怒らせてしまって早々に喧嘩別れした後、俺は神様から呼び出しを受けた。物語の世界の中に作られた異次元空間。神様と魔法使いだけが行き来できるその空間は、前世でいうところの某番組の部屋のセットに似ている(たまねぎヘアの大御所タレントが旬な芸能人や芸人をゲストに呼び、独特のテンポの会話を繰り広げ窮地に追いやるあの番組のことである)。
 上座のソファに深く腰掛けているのが神様。俺の腰の高さほどもない身長に小さな手足。ブロンドヘアに碧い瞳は一国の王子様のようでもある。……というか、見た目は完全にショタ。
 前に「なんでその姿に擬態しているんですか?」と質問すると、「この姿なら多少の無理を言ってもパワハラ扱いされないから」と真っ黒な答えが返ってきた。ここだけの話、魔法省はなかなかのブラック企業である。
 そして俺はソファに座る神様の足元に正座し、怒られている。
「自分の使命わかってる? ナメてんの?」
「ナメてないです。すみません……」
 ソファの肘掛けに頰杖を突いて、貧乏揺すりをして怒りを示す神様。こんなショタは嫌だ。しかし神様が言うことはもっともなので弁解する余地もない。
 物語メンター課の魔法使いたちを束ね、俺の直属の上司でもある神様は、魔法使いの役割を俺に説く。
「〝主人公を幸せにする〟っていうのがきみの大事な役目なのに、意地悪言って怒らせてどうすんのさ。最初から喧嘩腰だから何事かと思ったわ」
「昔のクセが抜けなくて」
「どんな付き合い方してたのきみたち……」
 神様も呆れている。〝どんな付き合い方〟と言われると俺はまた弱ってしまう。基本的に反省しかないからだ。前世で白井匡也は千石佳苗と結婚秒読みの状態までいったのに、嫉妬をこじらせて自爆。佳苗から婚約解消を言い渡された過去がある。
(あいつへの接し方も改めようと思ったのに……学習しないなぁ、俺……)
 正座した状態で項垂れていると、頭上から聞こえる神様の声は、もう怒ってはいなかった。
「せっかく生まれ変わったんだからさ。いい機会だと思って、別人になったつもりで素直になってみれば?」
「別人…………」
「……あーあーもう、そんな自信のない顔をするな。無理そうならいい」
 俺はそこまで自信のない顔をしていたか。確かに〝別人……無理……〟と心の中で思っていた。
 最初はそのつもりだったんだ。〝紳士的で優しい魔法使い〟をまっとうする予定が、あいつが前世の記憶持ちだったせいで最初の態度から間違えてしまった。今更コロッと態度を変えても不審に思われるだけだろうし、どうすれば……。
「仕方ないからきみらしくやんなよ」
「え」
「あの子のこと、幸せにするんでしょ?」
 顔を上げると偉そうなショタが柔らかそうな頰をポリポリ搔いていた。俺は頷く。――そうだ、こんな初っ端から躓いている場合じゃない。ガーネットが前世の記憶を持っているのは誤算だったが、俺の目的は変わらないはずだ。
「ちょっと、もう一回頑張ってきます」
「うん。行っといで」
 送り出す言葉と共に、神様がサイドテーブルの上のオレンジジュースを天井に向かってぶちまける。本来なら染みを作るはずのオレンジジュースが異次元空間の中に裂け目を作り、俺はそこから空間の外へと放り出された。

 戻った先はガーネットが暮らす家の中。彼女の継母と二人の義姉が城に向けてちょうど出発するところだった。
〝私たちが帰ってくるまでに家をピカピカにしておきなさい〟
 継母の、顎で使うような物言いにカチンときた。『シンデレラ』の物語は事前に学んでいたので継母の性格は知っていたが、それにしたってあんまりな言い草で。
 ガーネットは言い返さなかった。困ったように笑って「行ってらっしゃい」と継母たちを送り出していた。――何をヘラヘラ笑ってるんだ、と、俺はガーネットに腹を立て、前世のことを思い出していた。
〝千石佳苗〟にもそういうところがあった。経理部で働いていた彼女はそのおっとりした雰囲気のせいか頼まれごとをされがちで、真っ当なお願い以外にも相当な無茶を振られていた。その上、自分のせいじゃないミスまで押し付けられたりして。それなのに彼女は誰のことも怒らず、責めず、すべて自分一人で被っていた。〝自分一人が我慢して済むものなら〟と耐え忍び、いつも困ったように笑って「大丈夫です」と。
 白井匡也とのことだって、本当は思うところがたくさんあったはずなのだ。それなのに彼女が笑ってなんでも許すから――――いや。
(違うか)
 俺が彼女に、何も言えなくさせていたんだ。

 元々魔法を当てにしていたガーネットは、俺が彼女を魔法で変身させると言うと、喜んで魔法にかかってくれた。「魔法省にお帰りください」と一度は俺を突っぱねたが、自力では舞踏会に行けないと自分でもわかっていたらしい。
 魔法にかかるために必要なものは本人の自信。学校で学んだ通りの手順を踏んでガーネットに魔法をかけた。たくさんの褒め言葉をガーネットに浴びせ、彼女にそれを信じさせる。――とは言っても、俺は〝お世辞〟というものがほとほと苦手だったので、ほとんど全部思っていたことを打ち明ける形になってしまった。
〝綺麗だ〟
〝小さすぎず大きすぎない目が、好き〟
〝意志が強くて、へこたれない目がいい〟
〝瞼の先から伸びる長い睫毛も、形の良い鼻も、笑うと口角がキュッと上がる口元も可愛い〟
〝派手じゃないけどちゃんとしてるし、仕草もすごく女っぽくてそそられる〟
〝「仕方ないなぁ」って困ったみたいに優しく緩む顔も、可愛い〟
 前世では到底言えなかった言葉を、頑張って思いを振り絞るように言った。〝あくまで魔法使いの仕事〟として淡々とやり切ろうと思ったけど、途中で恥ずかしくて死ぬかと思ったくらい。
 ガーネットは照れながらも信じてくれたようで、無事魔法にかかってくれた。ドレスアップした彼女の姿は、直視し難いほどに綺麗だった(ガン見したけど)。しかもそのドレスというのが……前世で、〝結婚式を挙げる時には「これを着て」ってお願いしよう〟と目論み、スマホにスクショ保存したウェディングドレスそのもので、自分の未練に目も当てられない気持ちになった。
 夢にまで見た姿に見惚れるのも束の間、時間がない。続けて俺は魔法で彼女の髪をセットしティアラを載せ、『シンデレラ』の物語で重要な役割を果たすガラスの靴を創り上げた。決して彼女以外の足には合わぬよう特別な魔法で。
 最後に家の外にカボチャの馬車を用意し、俺はガーネットを連れて王城へと出発した。
 馬の蹄がカッポッカッポッと小気味いい音を鳴らすのに合わせて馬車が揺れる。巨大カボチャの中はその形の都合上そこまで広いわけではなく、俺とガーネットがゆったり並んで座れる程度。三人目が座れるスペースはない、くらいの広さだ。
「お城ってどんなところなのかなぁ……」
 高揚した気持ちを隠しきれず、彼女は頰を染めている。俺は隣の座席で窓に肘を突き、その表情を横目で見ながら真顔で思っていた。
(はー……クソ可愛い~……)
 ちょっと俺の魔法、完璧すぎじゃないか?
 彼女に似合う髪型、アクセサリー、アイシャドウやチークの色といったメイクに至るまで、すべてパーフェクト。前世でもそうだったけど、彼女は元があっさり顔だから化粧が映える映える。完璧だ。完璧すぎて怖い! ――なんて思っていることはたとえ火炙りにされても言えないので。
「……まあ〝お伽噺~〟って感じの場所だよ。あのテーマパークのメインシンボルみたいな」
「前世の話持ち出すのやめて。なんか一気に現実感がチラついちゃうから……」
「今のきみの現実はこっちの世界だろ」
「そうだけど……」
 彼女の言わんとすることもわからないわけじゃない。本当なら前世のことなんてなーんも知らないで、ただこの『シンデレラ』の世界のヒロイン・ガーネットとして生きていたはずなんだ。それが前世の日本の記憶なんてあるばっかりに、今のこの世界に対するスタンスまで変わってしまって。
 前世の記憶が蘇った理由についてガーネットは〝偶然〟だと思っている。俺の知識では〝前世に強い未練がある場合、稀に現世で前世の記憶を取り戻してしまう場合がある〟――という話だが。もちろん、彼女には話していない。そんな話になれば俺はたぶん〝俺と別れたことがそんなに未練だったのか〟とか言ってしまう。たぶん言う。絶対言う。そして彼女から蔑む目で「は? んなわけねぇーだろ自惚れもたいがいにしろ」なんて言われた日には――もう立ち直れる気がしないので、その話には触れない(注:千石佳苗はそんなに口の悪い女ではなかった)。
「変な感じだよね、前世の記憶があるって」
 ガーネットは言う。
「前世の千石佳苗と今の私が〝同一人物〟かっていうと違う気がするし。かといって、〝他人〟として切り離すには記憶がありすぎる気がするし……」
「……ああ」
 そっか。お前はそういう感じなのか。俺は結構ほぼ〝同一人物〟のような感覚なんだけど……。そもそも前世の記憶を持つ人間自体ほとんど出会ったことがないから、前世へのスタンスに個人差があることも知らなかった。
 千石佳苗とガーネットの間には少し距離があるというなら、気になっていることを訊いてもいいだろうか。
「あのさ」
「ん? なに?」
 こっちの目を見て問い返してくる顔に一瞬たじろいでしまう。見た目はもろに千石佳苗そのもの。その上化粧を施した顔が完璧すぎて言葉を失う。……って何回目だ。いい加減慣れよう、俺。
 誤魔化すように咳払いをし、俺は窓の外を見るフリで彼女から目線を逸らし、何でもないことのように尋ねた。
「千石佳苗の人生は幸せだったのか?」
 しばらく待ったが返事はなかった。どうなんだよ、と内心で焦れる。俺は彼女の前世について、婚約を解消してからしばらくまでのことしか知らない。
 待てども待てども返事がないから、痺れを切らした俺は視線をガーネットに戻した。
「なあ、幸せだったのかって――」
 彼女は俺の質問を無視したわけでもなく、聞こえていなかったわけでもなかった。手を口元にあてて〝うーん……〟と考え込んでいる。
「人生を総括して〝幸せだったか〟を決めるのって、結構難しいね」
「ああ……まあ、確かに」
「しかも私、あなたと別れてからのことはあんまり覚えてないんだ。だから余計に、千石佳苗が幸せだったかは……」
「…………俺と付き合ってた頃は? つらかった?」
 ぽろっと、訊くはずのなかった言葉が口から漏れていた。俺と別れてからのことをあまり覚えてないと言われて、〝それは俺といる時間が一番色濃かったからじゃないか〟と都合のいい解釈をして。それで付き合ってた頃のことを〝楽しかった〟と評してもらえたら……と希望を持ったが、現実はそう甘くはない。


この続きは「私を変身させてくれるはずの魔法使いが元カレだった件。」でお楽しみください♪