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妖精王のもとでおとぎ話のヒロインにされそうです

かいとーこ / 著
ICA / イラスト
ISBNコード 978-4-908757-68-6
定価 1,320円(税込)
発売日 2017/02/28
ジャンル フェアリーキスピュア

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内容紹介

《素敵な皇子様と恋に落ちる『絶世の美女』の私……って全部嘘ですから!》
老皇帝に嫁ぐ途中、妖精の森へと攫われて『絶世の美女』なんてあり得ない噂を広められてしまった小国の王女イーズ。それもこれも根性の悪い妖精王のせい! 怒った皇帝は妖精の森に攻めてくるし、助けに来た美貌の皇子様はさっさと捕まって一緒に捕虜になる始末。彼と仲良くはなったけど、事態は何も好転しない! そんな中、次第に妖精王のある計画が明らかに。どうやら彼の頭には世界を救うためのシナリオがあるらしく――? 登場人物は凡庸な姫君に色々不憫な皇子様、演出は性悪妖精王と、破壊が趣味の天使様!? あれこれ偽装を重ねつつ、何とも〝美麗なおとぎ話〟が展開される!

立ち読み

 綿菓子を千切ったような雲が流れる空は高く青く澄んで、身体から魂が抜け出して空に浮き上がっていきそうなほどだった。そして魂を吸い込まれそうなほど澄んだ湖は、そよ風に吹かれて静かな波音を立てており、浜辺には水(すい)棲(せい)の美しい妖精達が寝そべっている。
 木々の枝に止まる可憐な青い小鳥達は楽しげに歌い、森の妖精達は弦(げん)をつま弾き、それに合わせて手に握れるほどの大きさの小妖精達が輪を作って踊っている。
 真面目に黄金の糸を紡ぐ者、機(はた)を織る者もいる。
 トンカンと、遠くから金(かな)鎚(づち)で金属を打つ音が響いてくる。
 美しいこの島はまさに楽園だ。もしこの光景を人間達が目にすれば、妖精達の愛らしさに目を輝かせ、神秘性に震えるほど感動するだろう。
 そんな光景が眼下に見える部屋で、イーズは邪魔な黒髪を払いのけ、白く細い指でペンを持つ。

『天国のお母様。今日も妖精達に囚われるという私の悪い夢は続いています。花嫁の私が捕まったことで、色情狂のクソ皇帝が怒りを我が国にぶつけていないか心配です。でも私がそのままお嫁に行って、ガッカリさせてしまっても同じことになっていたかもしれないし、私はどうすればいいんでしょうか』

 誰も答えてくれないと分かっていても、愚痴を書かずにはいられなかった。そもそも答えを求めて書いているわけではないのだから。
 現在、ガローニ国王女イーズは囚われの身だ。軟禁場所であるこの家の庭先で羽根を羽ばたかせながらクルクルと踊る可愛らしい小妖精は、何を隠そうイーズの見張り役だ。だが小妖精本人にその自覚がなさそうなところを見ると、何とも言えぬ空(むな)しさを覚える。
 彼らが真剣でないのも無理はない。ここは島。森の中にある湖に浮かぶ妖精の国なのだ。
 船もなく、飛べないイーズに逃げる術(すべ)はない。だから彼らの仕事はとても手抜きだ。
 イーズはこの妖精達の住まう島の存在をずっと伝説だと思っていた。周りを囲む森は確かに妖精の森とも呼ばれているが、こんな島を浮かべられる大きな湖は存在しないからだ。魔物が棲(す)み、人の方向感覚を狂わすため、人間は滅多に足を踏み入れない森だからそのように言われているのだと思っていた。そして、そんな危険な場所に妖精が住むとも思えなかった。
 だが妖精の島は実在した。妖精達の神秘の業(わざ)によって隠されていた。外から見た湖はもっと小さかったが、入ってみればずっと大きく、まったく別のものと言える。過ごしやすい気候で、住民達は愛らしく気も良く、観光目的であれば夢中になっただろう、楽園のような場所だ。
「あぁ……どうして私なんかがこんな目に遭うの。皇帝のクソジジイが各方面から恨みを買ってるのは分かってたけど、まさか妖精にまでこんなに恨まれているだなんて」
 羽根ペンを置いて呟いた。
 顔を上げると、視界の隅に鏡が映る。鏡には青白いこけた頬をした女の姿があった。肌は荒れ果て、ぎょろりとした目は恨みがましく、その周りにはどす黒い隈(くま)ができている。自慢だったはずの黒い髪も潤いをなくして乱れている気がした。
 とても美しいとは言えないこの顔が、紛れもなくイーズの顔だ。
 記憶の中ではもっと綺麗だった気がしたが、鏡は嘘をつかない。いやむしろ、自分の部屋の古ぼけた鏡が間違っていたのだろう。この妖精の鏡は人間の作った鏡よりも歪みがなく、曇り一つないように見える。間違いなく、イーズの鏡よりは上等な物だろう。
「ああ、うらめしい」
 醜いこの姿を呪う。皇帝に嫁ぐことになった以上、世界一でなくとも、美しいと胸を張れるだけの美貌がなければならないのに、この顔はとてもひどい。とても人に見せられるものではない。皇帝に見られたらイーズの人生は終わってしまう。
「いくらなんでもひどすぎる。こんな顔じゃどう転んでも終わりだわ。身の破滅だわ。八方塞がりだわ」
 世を儚(はかな)み、恨むイーズの背後に、人影が現れた。小妖精ではなく、普通の人間の大きさだ。
「本当にひどいな」
 人影はそう言って、背後から手を回してイーズの頬を撫でる。
 美しく曇りのない鏡は、背後の男の美しい顔をそのまま映し出す。
 豊かな黄(こ)金(がね)色(いろ)の髪。すっと通った鼻(び)梁(りょう)に、この空のように澄んだ青い瞳。そばかす一つない陶磁器のようなすべらかな肌の中、一際鮮やかな赤い唇には、あざけるような笑みを浮かべている。
「知っているか? 妖精王にさらわれたガローニ国のお姫様は、この世の者とは思えぬ儚げな美女とのもっぱらの噂だ」
「ひっ」
 ささくれ一つない指で、ひどく荒れた額を撫でられ、イーズは息を呑んだ。
「雪のような白い肌、黒(こく)檀(たん)のような黒髪、血のような頬と唇。神に祝福されて生まれたかのような美貌の姫だそうだよ」
「ま、まさか。なぜそんなことにっ!? なぜそこまでひどいことにっ!?」
 イーズはさらに驚愕する。確かに自分の容姿は普通よりは上で、妹達には疎(うと)まれていた。つまり一家で一番の美人、程度の容姿だったのだ。それがどうしてそんなありえない噂を立てられたのだろう。
「そなたの先祖の〝林(りん)檎(ご)姫(ひめ)〟を讃(たた)える文句そのままだな。かの女(おんな)も黒髪に白い肌をして、妖精を虜(とりこ)にし、その力を借りて王妃となり、果てはおとぎ話にまでなっているからな。妖精王にさらわれたお前と結びつけるのも仕方のないことだが──人間の噂というのは実に愉快なものだ。小さな火種が大火となるのがこれほど早いとは。実に面白い」


◇◇◇◇◇


「そんな大勢でどうしたの? この部屋に妖精王とお付きの騎士以外が来るのは珍しいわね」
 大きな人影は妖精王と同様、人と同じ大きさの妖精達だった。この郷(さと)を守っている妖精の戦士達だ。誘拐されたのでなければぽーっと見とれてしまうだろう、戦(いくさ)用(よう)の虹色に輝く幻想的な鎧に身を包んでいる。もっともイーズが誘拐されなければ、このような鎧を彼らが着ることはなかっただろうが。
「うん。王様に言われて運んできたんだ」
 見張り役の小妖精が代表して答える。
「運ぶ? 次はどんな嫌がらせ?」
「ちがうよ。人間を捕まえたんだ!」
 と小妖精は胸を張って言った。
「え、人間? まさか皇帝陛下の兵まで誘拐してきたの?」
 よく見れば大きな妖精達は、妖精ではない者達、つまり人間の男達を扉の外に引き連れていた。ここからではよく見えないが、十人はいるように感じた。
「違うよ。そんな臭そうなの誘拐して何が楽しいんだい」
 見張りの小妖精が首を横に振り、イーズはますます混乱した。そんなイーズの前に、後ろ手に縛られた男達が部屋の中に蹴り入れられた。その内の一人と目が合う。
 険しい顔をしているが、イーズが今まで見てきた人間の中では、一番美しい青年だった。いかにも育ちが良さそうな、金髪の貴公子である。妖精を見たことがなければ、ぽーっとしてしまっていたのだろうが、幸いにもここ数日で世にも麗(うるわ)しい妖精王に見慣れてしまったので驚きはなかった。しかし育ちの良さがにじみ出る青年はただ者には見えず、イーズの腕に鳥肌が立った。
「こ、この方達は……どこのどなたなの?」
「イーズを取り戻しに妖精の小道を渡ってやってきた救出部隊ご一行の騎士達だよ!」
「ひぃ、最悪にも程があるわよ!」
 イーズは思わず頭を抱えて叫んでいた。
 帝国の騎士。残虐と言われる皇帝を支える、無慈悲で忠実な者達だと言われている。考えられる中で最悪の部類に入る人間達だった。胃がきりきりと痛み、呼吸が浅くなる。
「ああ、だめ。落ち着かなきゃ。喚いても状況は良くならないわ」
 深呼吸して身体を落ち着かせる。一瞬で悪化した胃の痛みは我慢する。
「で……ど、どうしてわざわざ私のところに?」
 驚かせようという悪戯心にしては、妖精の戦士達がいるのが解(げ)せなかった。彼らは妖精の中では比較的真面目な性格なのだ。
「この部屋に押し込めておけって、王様が命令したから連れてきたんだよ」
「なんでこの部屋なのよっ!? 意味が分からないにも程があるわよ! 帝国の騎士なんかと一緒は嫌よ!」
 反射的に怒鳴ってしまったイーズは、一行の鋭い視線を受けて後悔する。
 帝国の騎士は皇帝同様、女子供を殺すのすら躊躇しない外道と言われているが、そんな彼らでもさすがに身分の高いイーズを殺すことはないだろう。そうは思っていても、睨まれると怖いのだ。
「賢者がいるから、下手なところに入れたら逃げられるかもしれないって王様が」
「え? 賢者? 帝国の賢者までいるのっ!?」
 尋ねると妖精達は頷いた。賢者は噂に聞いたことがあるだけだが、すごい魔術師だという。
 美女でない顔を見られた以上、皇帝に報告されても困るので、逃げられない方がありがたい。
 皇帝が配下に、噂の美姫は美姫ではなかったと言われて兵を引いてくれるような男なら、イーズはこれほど悩んでいない。妖精の次の殲(せん)滅(めつ)対象に、イーズと母国も加わる可能性があるから悩んでいるのだ。
 今まではガローニ国の堅牢な地形や有益な特産品の関係で支配されずにいたが、些細なことがきっかけで二国の関係は簡単に崩壊するのだ。だから今彼らに逃げられてはたまったものではない。
 それに、しばらく捕まってくれていれば、皇帝の怒りはイーズだけではなく、無能な彼らにも向けられるかもしれない。可哀想だが、もしもの時は一緒に死んでもらおう。
 思わず腹黒いことを考えていると、小妖精がくるくると回りながらイーズの肩に舞い下りた。
「ここは王が住む場所だから、守りが厳重なんだよ。逆に言えば、賢者でも逃げ出すのは大変」
「そうなの……って、王? ここ、妖精王の部屋だったの?」
 初日からずっとこの部屋を使っているイーズは、驚いて声を上げた。
「そうだよ。ここは王様の部屋だよ。お姫様なんだから、この部屋がいいだろうって王様が貸してくれたんだ。住みやすいだろ?」
 ふと、睨まれているのに気づいてイーズは硬直した。騎士達の視線だ。先ほどの会話を聞いて彼らがどう思うのかと考えると、また胃が痛くなった。
 救出部隊に選ばれるほどだから、腕が立つのだろう。そんな人達がこのような屈辱を受けて、このようなやりとりを見たら、イーズが敵と仲良くしているように受け取って良く思わないのは間違いない。
「大丈夫。わたしたちもいっしょにいるから」
 リリが、イーズの膝元に来て慰めてくれた。裏表のないこの小さな妖精は、イーズの癒やしだ。
 そんなやり取りの間に、騎士達ご一行は全員部屋に押し入れられ、小妖精達を残して外から鍵をかけられた。小妖精達は床に転がった人間達の上にわらわらとよじ登っている。
「どうして小妖精さんばかり残ってるの……?」
「戦士達は忙しいから! 明日も人間達をおちょくりに行かなきゃならないからね!」
 彼らにとって人間との争いは、悪戯の延長のようだ。だが小さな彼らしかいないのに、帝国の騎士と同じ空間に残されるなど、怖(おぞ)気(け)が走る。
「ぷはっ。くそ、そこをどけっ! 乗るなっ!」
 人間達は小妖精達に猿ぐつわを解かれたらしく、彼らを睨み付けて命令した。
「野蛮だなぁ。人間ってすぐにキレるよね。やれやれだね」
「ちょ、よけいに怒らせてどうするのっ!?」
 誰だって背中を踏んづけられたら嫌に決まっている。彼らとて何かの役に立つかもしれないから、友好的に話をして、少しでもいい印象を与えたかったのだが、こういう時の男性は下手なことを言うとなおさら怒る。ではどうすればいいのか。怒る男性を宥(なだ)めた経験のないイーズには見当もつかなかった。ましてや帝国の騎士。彼らと縁があるのは死ぬ時だとか、他国からは散々に言われているのだ。
「君が、陛下の花嫁か」
 部隊の中の一人、最初に目が合った美しい騎士に声をかけられた。彼はあまり乱暴そうには見えない。しかしどれだけ優しげに見えても、その性根など分かったものではない。慈悲深そうな貴族が自分の服の裾に泥を撥(は)ねさせた子供を斬り殺す、などという暴挙が当たり前のように行われていると言われているのが帝国だ。
「その花嫁……のはずです」
 イーズは消え入りそうな声で答えた。すると彼は眉間にしわを寄せた。
「……噂と、ずいぶんと……」
「ほ、放っといてください! 私が噂とはほど遠い不器量なことはよく分かってるんですっ!」
 そう言い放つと、少しぎょっとしたような顔をされた。
 彼は騎士の中でも一番身分が高いように見えた。いかにも育ちの良さそうな顔をして、革製だが無駄に装飾された、とても立派な鎧を身につけている。革製なのは、物音が出ないようにするためだろう。転がされてもほとんど音がしなかった。だから彼らがこの島に忍び込んだか、もしくは忍び込もうとして捕まったのが分かる。
「タリス皇子に向かって無礼なっ」
 自分の不器量さに嘆くイーズに、騎士の一人が怒鳴った。
 しかしイーズは、男性に怒鳴られたことよりも、その内容に恐怖した。
「……は? おおお、皇子!?」


◇◇◇◇◇


「そうだな。では、少し一緒に歩かないか?」
 タリスはイーズに手を差し出した。
「かまいませんが……」
 差し出された手を取るのは躊躇(ためら)われた。
「こういう時は、躊躇わずに手を差し出すものだ。そうでないと男は傷つくんだぞ」
「そう……なんですか?」
「好かれていないと分かっていても、そこまで嫌われていると思うと傷つく。意外と繊細にできているからな」
 そう言って彼は強引にイーズの手を取った。籠の編み方を教えた時に何度か触れたが、握られたのは初めてで戸惑った。自分の手の方がかさついているのだ。
「そんなに嫌か?」
 タリスはイーズの手を引いて歩きながら、イーズを見て少し悲しげに尋ねた。
 嫌で戸惑ったわけではないが、彼のことを信頼していないのは間違いない。嫌っているのと大差ないだろう。
「いえ、あの……綺麗な指先だなぁと」
 妖精王と違って、男性らしい大きい手だ。しかし妖精王と同様、ささくれ一つなく、爪も綺麗で、がさがさしていない。
「お父様やお兄様と全然違って、妖精達の指先みたいです」
「帝国では、男でも手を手入れする習慣がある」
「そうなんですか。私の国の男達は鍛えるのに夢中で、そういうことを気にかけないから、不思議で。父の手はごつくてガサガサして、頬を撫でられるとちょっと痛いんです」
 すると、彼の肩から力が抜けた。
「しかし、比較対象は父君の手か」
「それが何か問題だったでしょうか?」
「いや……君の国の男は、女性に手を貸さないのかと」
「はい。他人には触れません。特に異性とは。帝国の方は赤の他人とも触れ合うと聞いていたので覚悟していましたが、やっぱりいきなりだと慣れません。申し訳ありません」
 タリスは自分の手を見て、気まずげな顔をした。そして顔を背けて、少し拗(す)ねたように言った。
「……妖精王には触れられていただろう。あれはいいのか?」
「彼は……中身が小妖精と同じで子供みたいなので。見た目は立派ですけど、やっていることはレムと大差ないです。花嫁って言ってるのも、人間が反応するから楽しいだけみたいですし」
 タリスは少し考え込む。
「なるほど。レムだと可愛いが、でかいと腹が立つだけか」
 彼も妖精王に何かされたようだ。イーズの見ていない間に、レムのするようなことを。
「そうか。子供扱いか。あれを子供扱い……ふふっ」
 少し機嫌が戻ったようで、小さく笑った。彼はイーズが妖精にたらし込まれているとでも思っていたのだろうか。妖精達はそれだけ美しいから、勘違いされても無理はない。
「では、これからは少し、他人と触れ合うことに慣れるといい」
 そう言って、彼はイーズの手を握り直した。まるで話に聞く恋人同士のような繋ぎ方だった。帝国ではこれが普通なのだろうかと、訳が分からなくてどぎまぎした。

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