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にわか婚約者は幼なじみを落としたい

夏目みや / 著
涼河マコト / イラスト
ISBNコード 978-4-86669-042-1
定価 1,320円(税込)
発売日 2017/10/27
ジャンル フェアリーキスピュア

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内容紹介

片思いをしている幼なじみのクラウドと、恋人の振りをすることになったアレット。鬱陶しい縁談を断るための策だが、アレットはこのチャンスを生かしてクラウドと両思いに! と意気込む。一方のクラウドからは本物らしく見せるためと恋人のレッスンを提案されるが……もしやドキドキしているアレットをからかっている!? 水面下で応援してくれる侍女連盟や、ポエム連発のナルシスト男、《特技、嘘泣き》マウンティング女子も入り乱れて、波乱含みのアレットの恋。素直になれないツンデレ令嬢が奮闘する、ドキドキ★ラブコメディ!
「俺は自分の気持ちに正直になると決めた。だから覚悟してくれ」

立ち読み

「キース様、お招きありがとうございます」
 広間の入り口に立ち、招待客一人一人に挨拶をしていたキース様に、まずはご挨拶。
「アレット、来てくれてありがとう」
「チャリティバザーのお礼の場を設けるなんて、素晴らしいですね」
 私がそう言うと、キース様は眉を少し下げたあと、周囲をキョロキョロと見回す。そして誰も近くにいないことを確認したあと、こっそり耳打ちをしてきた。
「表向きはお礼の場と言っているけど、今後とも寄付を続けてもらうのが狙いだよ。長いお付き合いをしなければね」
 ほがらかに笑うキース様は、次に思い出したように言った。
「ああ、そうだ。アレット、リリアナなら、もう来ているよ」
 キース様の視線の先にはリリアナがいた。
 ふんわりとしたドレスを着て、そこにいるだけでこの場が華やかになる雰囲気を醸し出していた。そして、二人の男性とおしゃべりをしていた。
 どうしよう、自分から近づいて行こうかしら。
 でも今はおしゃべりに夢中になっているみたいだから、あとからにしよう。
 そう意を決していると、一人の女性が私たちに近づいてきた。
「お兄様」
 年齢は私と同じぐらいで、ウェーブのかかった長い髪が印象的だった。丸顔にくりくりとした大きな瞳を輝かせている女性は小柄で、すごく可愛らしい。
「ああ、アレット。紹介するよ。妹のマリー」
「こんにちは」
 にっこりと微笑んだ彼女は、兄妹だというだけあってキース様の面影があった。
「はじめまして。兄から話は聞いていますわ。どうぞ私のことはマリーと呼んで下さい」
「はじめまして、マリー。では、私のこともアレットと呼んで下さい」
 人当たりがよくて人懐っこい笑みを見せる彼女の態度に、心が軽くなる。キース様といいマリーといい、ブルーンズ家の方たちは気さくで、人づきあいが上手だ。
「ねえ、お兄様。ランクフラン家のリリアナ様をご招待したの?」
「ああ、そうだよ。彼女は毎回バザーに焼き菓子を出品してくれる方だからね」
 どこか不満気な顔を見せたマリーは唇を嚙んだ。もしかしてリリアナとは、あまり仲が良くないのかもしれない。
「そうなの!? 彼女がねぇ……」
 マリーはリリアナに一度視線を投げたあと、どこか意味深な台詞を吐いた。
 だがそのあとに、すぐさま私に顔を向けた。
「ねえ、それよりも、アレットはあのクラウド様の恋人なのでしょう?」
「えっ、ええ」
「クラウド様は二人でいると、どんな様子なのかしら? じっくりお聞きしたいわ」
 興味津々といった様子で瞳を輝かせてつめ寄ってくるマリー。
 どんな様子って言われても、皆が知っているクラウドと同じだと思うわ。
「よしなさい、マリー。初対面から質問攻めにするなんて、アレットが困っているじゃないか」
 兄であるキース様にたしなめられたマリーは、ばつが悪そうに肩をすくめた。
 可愛らしいその仕草を見てホッとしていると、キース様が私と向き合った。
「で、本当のところはどうなんだい? クラウドはどんな風に愛をささやくんだい?」
 直球すぎる質問に、真っ赤になって目を瞬かせた。
「お兄様こそ、突っ込んだ質問しすぎよ!」
 今度は妹のマリーにたしなめられている。
「僕はアレットには何度か会っているから、そろそろいいだろうと思って聞いてみたんだ」
 そう言いながら開き直るキース様は、目を輝かせている。
「おや、噂をすればご本人様の登場だ」
 キース様の発言に反応し、背後を振り返る。そこには、こちらに向かって歩いてくるクラウドの姿があった。
 長い手足に、すらりとした長身。姿勢も良くて、グリーンの瞳を真っ直ぐに向けて歩いてくる姿を視界に入れた瞬間、胸がときめき出す。
「クラウド」
 名を呼ばれ静かにうなずいた彼は、そのままキース様に向き合った。
「なんだ、悪口でも言っていたか?」
「いや、違うよ。アレットから日頃のクラウドの様子を聞き出そうとしていたのさ。どうやって愛をささやくのか、ってね」
 悪戯心たっぷりに微笑んだキース様は、まるでクラウドがどういった反応をするのか楽しんでいる風だった。
 愛をささやくって、ささやかれてみたいわー!
 思わず願望が口から漏れ出るところだった。まずいと思いながら口元を手で押さえた。
「でもごらん、アレットは照れてしまって、赤くなっているじゃないか。これは普段から濃厚な愛のささやきをしているに違いないね。彼女にだけ見せる特別な顔があるのだろう?」
 キース様に肘で小突かれるクラウドと、それを見て笑うマリー。私は首まで赤くなってしまい、変な汗までかいてきた。
 つとクラウドが私に視線を投げ、口を開いた。
「アレット」
「は、はいっ!!」
 名を呼ばれただけで思わず声が裏返る。
 クラウドの手がすっと伸びてきたと思いきや、そっと私の髪を撫でる。それから耳に触れ、まるで悪戯するように、指先で耳たぶをなぞられて、身じろぎした。
「それは二人だけの時にな」
 そう切り返したクラウドの対応に全身が痺れた。二人だけの時って、どんな時!?
 妄想が脳内に広がり始め、平常心ではいられなくなってくる。
 そして周囲も騒がしくなり、キース様が興奮して口を開く。
「今のを見たかい、マリー!?」
「見ましたわ、お兄様!!」
「二人だけの時は、もっと熱い語り合いをしているのだろうと、容易に想像がつくな!!」
 クラウドは涼しい顔をしているけど、私の方はいっぱいいっぱいだ。
 クラウドから与えられる熱にのぼせてしまいそう。
 両手で頰を挟んで、火照った顔を隠そうと必死になる。
 は、恥ずかしくてこの場にいられないわ……!!
 そう思った時、リリアナの姿が視界に入った。
「私、リリアナにご挨拶に行ってくるわ」
 その場から逃げるように立ち去った。だって恥ずかしくて、いてもたってもいられなかったからだ。
 それにキース様のお誘いを受けたのは、リリアナと話すためでもある。
 そう、この前は私も大人げなかったと一言謝罪しに行こう。勇気がいるけれど、先延ばしにしても、いいことはないからだ。
 意を決したあと、リリアナの方に向かって足を進めた。さっきまで側にいた男性と話を終えたところらしく、今は一人だ。
 近づく足音に気づいたリリアナが、顔をこっちに向けた。
 そして目が合った。
 眉を少し上げたあと、目つきがほんの少しだけ鋭くなったように感じた。もしかしたら、まだ怒っているのかもしれない。だけど怯まずに足を進めた。
「こんにちは、リリアナ」
「ええ、アレット。久しぶりね」
 笑顔で答えてくれたけれど、声は硬かった。それを聞いて後悔し始める。
 やはり声などかけなければ良かったのかしら。
 でもここまで来たらもう後悔などしない。
「前のバザーでのことだけど、不快な気分にさせてしまってごめんなさい」
 そう切り出すと、リリアナは黙り込んだ。そして、どこか不機嫌そうな空気を感じ取った。
 緊張していると、リリアナが口を開いた。
「……それよりも今日はクラウド様と一緒じゃないの?」
 謝罪を軽くかわされた気がしつつも、うなずきながら答えた。
「クラウドはブルーンズ家の皆さんと一緒にいるわ」
 そう話しているうちに、人混みの中からクラウドがこっちに向かって歩いてきた。リリアナがクラウドへ笑顔を向ける。
「こんにちは。クラウド様」
「ああ、リリアナ」
 リリアナとクラウドが会話をするのを見て、胸がチクリと痛む。
 ただの挨拶だっていうのに、こんな風に感じてはダメだと自分自身に言い聞かせた。
 その時、広間がざわついた空気に包まれる。
 皆の視線が一点に集中している。なにが起こったというの?
 人混みをかき分けて現れたのはキース様だった。両手を広げ、扉まで近づいて行く。
 その視線の先にいたのは、まばゆいほどの金の髪にサファイアを思わせる青の瞳を持つ、長身の堂々たる風貌の美麗な男性だった。
「アルベルト!! 来てくれたのか!!」
「ああ、楽しそうな集まりじゃないか。久々に交ぜてくれ」
 キース様は感激しているようで、顔をくしゃりと歪めて笑った。
「アルベルト様だわ」
 リリアナが小さな声で呟いた。
「アルベルト様って……」
 その名前は聞いたことがあるけれど、実際にお会いするのは初めてだった。
「現国王の甥に当たる方よ。キース様とは仲が良いと聞いているわ。アルベルト様は最近、ご婚約をされたのよ」
 それは聞いたことがあった。なんでも初恋のお相手と婚約されたとかで、一時貴族社会で噂になった。
 容姿端麗なアルベルト様から一途に思われていた相手がうらやましいと、年頃の女性たちはため息をついたとか、なんとか……。
 ま、私はクラウド一筋だったから、ちっとも興味がなかったけれど!
 だがなるほど、女性たちが夢中になるのも無理はないといった容姿をしていた。
「セレンじゃないか! 二人揃って来てくれるなんて、嬉しい」
 キース様の感激する声につられて、アルベルト様の隣に並ぶ女性を見る。
 ほっそりとして儚げな印象の美しい女性。
 あの方が貴族社会で人気のあったアルベルト様から、一途に想われていた女性なのか。
 二人寄り添っている姿がすごく素敵で、憧れてしまう。
 いいなぁ。
 私もクラウドの隣に立って、誰からも公認の仲になりたい!
 目標にしたくなるほどのお似合いの二人を見て、ああなりたいと願ってしまう。
 隣に立つクラウドをチラリと見れば、彼は涼しい顔をしてキース様に視線を投げていた。
 その時、キース様が周囲を見回してキョロキョロしている。まるで誰かを探しているかのようだ。そしてクラウドを見て視線を止めると、声をかけた。
「クラウド! アルベルトのご登場だ。こっちに来ないか」
「ああ」
 声をかけられたクラウドは静かに返事をした。
 それに驚いた私は思わずクラウドの服の裾を引っ張った。
「クラウド、アルベルト様と知り合いなの?」
「ああ。お互いの屋敷を行き来してチェスをする仲だ」
 そう聞いて軽く衝撃を受ける。
 知らなかった……。
 思えば私はクラウドの交友関係をよく知らない。思い知らされて、ショックを受けた。クラウドの服の裾を摑んだまま、呆然と考え込んだ。
 クラウドはじっと私を見下ろしている。
「あ、ごめんなさい」
 彼はキース様に呼ばれている。行かなくてはいけない。裾を摑んでいた手を離すと、彼がフッと笑った。
 その笑顔に胸がときめいた瞬間、手を力強く摑まれた。驚いて目を瞬かせていると、クラウドが口を開く。
「一緒に行くぞ」
「えっ……」
 返事をする間もなく、ぐいぐいと手を引っ張って誘導してくれる。私は前を歩くクラウドの背中を見つめながら進んだ。
 やがてキース様とアルベルト様の目前までやって来ると、キース様は苦笑していた。
「クラウド、もう少し優しくエスコートしてやりなよ。いくら早く、美しい恋人の自慢をしたいからといっても、アレットが驚いているだろう」
 その言葉に反応したのはアルベルト様だった。
「クラウドに恋人ができたと聞いていたが、驚いた。早く紹介してくれ」
 クラウドは隣に立つ私の背中に手を回した。
「紹介しよう。アレット・ローレンスだ」
 背中を軽くそっと押されたのを感じて、口を開いた。
「アレットと呼んで下さい。お目にかかれて光栄です」
 ああ、こんな風に皆に恋人だって紹介される日がくるなんて……!!
 感激に胸が震えてしまう。
 夢みたいだわ、生きてて良かったー!!
 大袈裟じゃなく、純粋にそう思った。
「アルベルトだ。そして俺の婚約者のセレンスティアだ」
 そう言ってセレンスティア様まで紹介してくれた。セレンスティア様はアルベルト様の言葉に頰を赤く染めた。そんな姿も可愛らしくて、女性の私でさえ見とれてしまう。これなら男性たちが放ってはおかないだろう。そう思える女性だった。
「はじめまして、セレンスティアです。仲良くして下さると嬉しいわ」
「は、はい」
 セレンスティア様は美しい見た目をしているけれど、気さくな方だった。おまけに緊張している私に優しく微笑みかけて下さって、嬉しくなった。
「アレット、セレンと話でもしてやってくれ。よろしく頼む」
「はい、よろこんで」
 アルベルト様はこうやってセレンスティア様のことまで気遣ってくれて、とても大事にされているのだと感じた。セレンスティア様が笑顔で口を開く。
「じゃあ、女性は女性同士、あちらでお話でもしましょう。アルベルトも久々に皆と会えて嬉しそうだし、私はアレットとたくさんお話ししてくるわね」
 セレンスティア様がそう告げると、アルベルト様はうなずいた。
 そして人混みの中、セレンスティア様と私は共に歩き出した。
「ねぇ、あちらの方に行きましょう」
 そう言って彼女が指さしたのは、人気の少ないバルコニーの方だった。
「人混みが苦手なの。ごめんなさいね」
 そう言ったセレンスティア様の考えに同意する。
「私も人混みが苦手です。なんだか気疲れしてしまって……」
「本当? じゃあ、私たち同じね」
「はい、同じですね」
 そう言って二人で微笑みあった。
 だけど、特におしゃべりが上手といったわけでもないので、退屈させてしまったら申し訳ないと思っていると、セレンスティア様が質問してきた。
「クラウド様は、アレットの恋人なのでしょう?」
「こ、恋人だなんて……! そ、そんな!!」
 真っ赤になって、口ごもってしまう。
「あら、違うの?」
 首を傾げてくるセレンスティア様の仕草が可愛らしくて、これまた悶絶級だ。
 この機会に相談してみようかしら。
 どうしたらクラウドの心を自分に向けられるのかしら、って。
「実は表向きには恋人同士なのですけど……」
 そこで言いよどんだ私の話を急かすことなく、じっと待っているセレンスティア様。
 いいや、相談しちゃえ!
「クラウドの本心がわからないのです」
「それはどうして?」
「特別になにも言われませんし。セレンスティア様がうらやましいです。あんなに素敵なアルベルト様と相思相愛で」
 素直に心情を吐き出すと、セレンスティア様は微笑んだ。
「私と彼も、すぐにこんな関係になったわけではないわよ。今ではうまくいっているけど、最初は彼のことなんて、どうとも思わなかったわ。むしろ『面倒なことになったな』ぐらいにしか思わなかったわ」
「そうなのですか?」
 思わぬ告白を聞いて驚いてしまう。するとセレンスティア様は人差し指を立てて、声をひそめた。
「この話は内緒ね」
 その可愛らしい仕草につられて、うなずいた。
「彼の本心が最初はわからなくて、ただ私のことをからかっているだけかと思っていたの。だけど一緒にいて彼の優しさに触れていくうちに、徐々に惹かれていったのよ」
 セレンスティア様は頰を赤く染めながらも、こっそりと教えてくれた。私は真剣な顔で、その想いを聞いていた。
「最初は素直になれなかったけれど、これではダメだって気づいたの。だから自分から告白しようと決心したら、彼から告白されたの」
 それは両想いだったということだ。幸せそうに語るセレンスティア様を見ていると、こっちまで温かい気持ちになってくる。そして、うらやましいと思う。
「だからね、私から言えることは、相手の本心が知りたかったら、まずは自分が素直になるべきよ」
「自分から?」
「ええ、そうよ。素直になることって難しいと思えるけど、吹っ切れると案外、どうってことないわよ」
「素直になる……」
 そう呟いたあと、うつむいた。
 確かに私はクラウドに対して、無理に素っ気ない態度を取ってみたり、やたらと素直じゃない。それは照れもあるけれど、自分でも不器用だと感じていた。
 でも考えると、一度でも素直になって自分の気持ちをぶつけたことはあった?
 よく思い出してみても、そんな時は一度もなかったかもしれない。
 なのにこのまま婚約まで持っていこうと、下手な策を考えた挙句、誘惑しようとして失敗したり……。思えば私の行動は空回ってばかりだ。
 無言になった私の顔をのぞき込んだセレンスティア様は、小さく笑った。
 その顔を見ていると、愛されている自信があるのだと感じた。
「私もセレンスティア様みたいに、素直になればうまくいくのでしょうか」
「そうね、まずはそこからだと思うわ。だって、相手の本心がわからないから下手に動けないのでしょう? それって相手もそう思っているのだとしたら? お互い平行線になって、そのままよ。最初の一歩を踏み出す勇気はいるけれど、なにかが変わるかもしれないじゃない」
 セレンスティア様のアドバイスは、心にすごく響いた。
 回りくどい策を練って失敗するより、ありのままの自分の気持ちをぶつけるだけでいいのだと、やっと気づいた気がする。
 決心して顔を上げた。
「頑張ってみます」
「好きだという気持ちがあるのなら、頑張らないとね」
 セレンスティア様の言葉で、背中を押された気分だ。
 素直になってクラウドに接すればいいのだ。今さら恥ずかしいけれど、一番ストレートなやり方かもしれない。
 その時、意を決していた私に、近づいてきた人物がいた。
「アレット」
「リリアナ」
 リリアナが側に来て、セレンスティア様に頭を下げた。
「こんにちは、セレンスティア様。このたびはご婚約おめでとうございます」
「ありがとうございます」
 嬉しそうに頭を下げたセレンスティア様にリリアナが続けた。
「私はリリアナ・ランクフランです。アレットの親友です」
 その言葉を聞き、驚きに目を見開いた。
 は!? 
 私とあなたが親友だというの?
 さっきまで私に怒っていたじゃない。
 豹変した態度にどう接していいのかわからず、目を泳がせてしまう。リリアナは私の態度に気づかずに続けた。
「アレットとはよく一緒に焼き菓子を焼いたりしています」
 そう言うけど、あなたはラッピングをしただけじゃない。
 それによく一緒に焼くって……。
 開いた口が塞がらないとは、このことを言うのだろうか。
「まあ、焼き菓子作りも楽しそうでいいわね」
「セレンスティア様もぜひ一緒にいかがですか? ねえ、アレット」
 そこでにっこりと笑みを向けてくるリリアナの真意がわからない。動揺して声がうわずったまま、返事をした。
「え、ええ。まぁ……」
 どうにも気乗りしない返事になってしまったけれど、セレンスティア様は気を悪くしていないだろうか。心配になっていると、セレンスティア様が感心したように口を開いた。
「リリアナはとても手先が器用なのね」
「そんなことありませんわ。アレットの方が全然器用ですわ」
 気がつけば周囲には男性が集まってきていた。
「やあ、アルベルトの婚約者殿は、噂にたがわぬ美しい女性だ」
 きっとアルベルト様のご友人なのだろう。皆がセレンスティア様の美しさを褒めたたえる。だが、それも当然のように思えた。
 ほっそりとした体にさらさらとして癖のない栗色の髪。少し下がり気味な瞳から色気を感じて、見つめられたらドキッとしてしまう。
 なによりうらやましいと思ったのが、彼女が放つ内面からあふれ出てくるオーラだ。自身の美しさを自負するものじゃなく、きっとこれは愛されている者が放つ自信だ。
 愛し愛されている幸せなオーラが彼女を包んでいた。
「こちらはセレンスティア様のご友人ですか? あなたたちも美しい」
 周囲にいる男性が話の矛先を私たちへと向けてきた。
「いえ、私なんて、全然ですわ」
 謙遜したリリアナがそう答えると、相手はそれも褒めてくる。
「美しい上に謙虚な方なのですね。レースがふんだんに使われたドレスも、あなたのような可愛らしい雰囲気にピッタリで、実に素敵ですよ」
「ありがとうございます。私、自分の体型が好きじゃないのです。背も低いから、大人っぽいドレスなど似合わないし、着たいドレスが好きに選べなくて困ってしまいます。だから長身のアレットがうらやましいです」
 急に自分の名が出てきたので、会話に耳を傾けてしまう。
「いや、そんなことはないですよ。背が低いのは女性らしくて可愛らしいので、我々男から見て理想ですよ。男なら誰もが守ってやりたい感情にかられる。小柄な方が女性らしいじゃないですか」
 私は女性にしては長身だ。これは自分なりにコンプレックスなのだ。目の前の男性はリリアナを慰めるためだけに気を遣っているのだろうけど、隣にいる私は背が高いから! ちょっとは気づいてよ。内心すごく気にしているので、自分に言われているようで心にグサグサと針が突き刺さる。
 その後も、そのような会話が続き、地味に心にダメージを受けながら、聞き流していた。
 やがて男性たちが去ったあと、リリアナは私に笑いながら声をかけた。
「私はフワッとした造りの可愛い系のドレスしか着ないことにしているの。大人っぽいドレスは、肌の露出が多いでしょう? 下手に首や胸などを出していると、安っぽい女性に見られそうだし。それによほど自分の体型に自信がなければ着られないわよね」
 私の今日のドレスは、まさに大人っぽさをイメージしたカクテルドレスだ。派手な飾りはついていないものの、濃い水色のドレスは人目を引く。それにいつもより胸のあたりがざっくりと開いているデザインだ。
 それって、私のこと言っているの? それとも卑屈になりすぎ?
 言葉のはしばしから、チクチクと刺されているような気がするのは、単に私の考えすぎなのかしら。
「ではセレンスティア様、失礼しますわ」
「ええ、リリアナ。またお話ししましょうね」
 そう言って去って行ったリリアナの後ろ姿を二人で見つめていると、隣からボソッとした声が聞こえた。
「どこの国にもマウンティング女子って、いるのねー」
 その言葉の意味がわからず、首を傾げた。
「マ、マウンティング……?」
「あら、なんでもないのよ。気にしないで」
 そう言って慌てて取り繕った様子を見せたセレンスティア様は苦笑していた。

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