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枯れた薔薇_カバー1

悪役は恋しちゃダメですか?

葉月クロル / 著
山下ナナオ / イラスト
ISBNコード 978-4- 86669-089- 6
本体価格 本体1,200円+税
発売日 2018/03/27
フェアリーキスピュア

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内容紹介

恋愛初心者の悪役令嬢、俺様王子にイジられ倒される!!!!
高飛車な悪役令嬢のミレーヌは、大好きな王子レンドールと婚約中。しかし転生者であることに気づいたことで、普段はツンツンな上から目線なのに、イジられると真っ赤になり、本当はウブで泣き虫キャラだとバレてしまった! そんなミレーヌの泣き顔が彼のツボを刺激したようで……「俺を煽って、あぶり殺す気か。俺以外の男と絶対に口をきくな。きいたら泣かす!」という俺様ぶりを発揮されて!? レンドール王子からは大人のいじめ(!?)を仕掛けられ、イケメンドS従者からは容赦なく突っ込まれる。ミレーヌを欲しがる隣国の王子も入り乱れて、恋愛初心者な悪役令嬢ミレーヌ、ドキドキが止まりません!?
「可愛いな、ミレーヌは砂糖菓子でできているようだ……」
「ひゃあっ、舐めるのは禁止です! 味見はお断りいたしますので!」

立ち読み

「さあエルダ、お前のエプロンをわたくしに貸しなさい!」
 翌日の午後、授業が終わったわたしは高らかに叫んだ。
 侍女は「はいはい」と言いながら、ライディに白いエプロンを渡す。
「今日は、クッキーを作るのよ」
「はいはい」
「メイリィ・フォードと友達になったのよ」
「はいはい」
「何と、メイリィはわたくしの恋を応援してくれるというのよ、何て美しい友情でしょう」
「ものすごい手のひら返しですね」
「呆れを通り越して、いっそ清々しいな」
「これもわたくしが潔く非を認めて頭を下げたからです。勇気ある振る舞いですわ」
「自画自賛」
「鬱陶しいな」
「なによ、お前たちがわたくしをほめないからでしょう! わたくしはほめて伸びる子なのよ」
「はいはい」
「偉い偉い偉いからもう黙りなさいお嬢様」
 歯をむき出して笑いながら、ライディがわたしの頭をグシャグシャと撫でた。
「痛い痛い痛い、乱暴者っ!」
 わたしはライディの手から逃れて頭を押さえた。
「あのね、子どもは叱ったら倍ほめないといけないのよ」
「確かにお嬢様はお子様ですが、うっかりほめるとすぐ調子に乗りますからね」
 エルダがそう言いながら乱れたわたしの髪を素早く整えた。
「早く行かないと、メイリィさんを待たせてしまいますよ」
「あら、いけない。行くわよ、ライディ」
 わたしは従者の開けたドアから出て、エルダを振り返った。
「上手くできたら、エルダにもクッキーをお土産に持って帰るからね!」
 エルダは口の端でふっと笑い、「行ってらっしゃいませ、お嬢様」と頭を下げた。

「では、行きますわよ!」
 厨房で、エルダのエプロンを着けたわたしは気合いを入れる。
 手に持った卵を、そっと台に打ちつけた。
 こん、こん、と慎重に何度か叩くと、卵にひびが入る。
「ひびの真ん中に両方の親指をかけて」
「こうかしら?」
「そうです、そのまま開くように力を入れて……そうよ」
 器の中に、ポトンと生卵が落ちた。
「できましたわ!」
 前世の記憶があるとはいえ、残念な女子高生だったわたしは恥ずかしながら卵もろくに割れない女子でした。バレンタインデーの友チョコも、溶かして型に流し込むだけなのに、なぜか油と変な固まりに分離させて失敗してましたが、なにか?
「上手にできましたね。殻が入っていないか、よく見てください。殿下が食べた時にガリッとしたら大変ですからね」
「ええ、レンドール様に卵の殻を食べさせるわけにはいきませんもの」
 そんなことをしたら、変なお仕置きをされそうだしね。
 卵の殻を確認したら、さっきバターとお砂糖を混ぜてふわふわになるまでかき混ぜたものに加え、またよく混ぜる。そこに、メイリィが小麦粉を振るいながら入れた。
「ここはさっくりと、底からこすり上げるように混ぜて、あまりこねないで」
「わかったわ」
 炒った木の実と干して刻んだ果物を入れたクッキーだねを、天板にスプーンで落として焼いたら出来上がり。
「すごいわメイリィ、わたくしクッキーを作れたわ」
「あまりオーブンに近づくと火傷しますよ。あら、鼻の頭にたねが付いているわ」
 メイリィが鼻を拭いてくれた。
「ありがとう」
 わたしが言うと、メイリィは笑った。
「本当に、ミレーヌ様は率直な方なんですね。いじめもわかりやすかったし。あら」
 メイリィがうっかり言っちゃった、と口を押さえた。
「……いいのよ。本当のことだから。わたくし、腹芸が苦手なのよ。貴族ならば必要なのに」
 わたしはため息をついた。
「だから、あなたにレンドール様を取られると思って突撃しちゃったの。くだらないことをしてごめんなさい」
「陰険なことをされるよりも、むしろよかったですよ」
 メイリィが落ち込むわたしを慰めてくれた。
「この学園に入学する時、辛いことがあるのはある程度覚悟していたし、あれくらいでは負けませんよ。庶民は打たれ強いんですから」
「たくましいのね」
「ええ、いい就職口を見つけるためにはがんばりますよ、わたし!」
 このヒロインは、見た目と中身が随分違うみたい。
「そろそろ焼けたかな」
 熱いからここはわたしがやりますね、と言って、メイリィがクッキーの載った天板をオーブンから出してくれた。
「まあ、ちゃんとクッキーだわ!」
「味見してみましょう」
 あつあつのクッキーを頰張りながら、わたしたちは美味しい美味しいと笑った。メイリィと一緒に作ったクッキーは、何だか特別に美味しい気がした。
「ライディ、こっちにいらっしゃい」
 部屋の隅で待機していたライディを呼んで、口にクッキーを放り込んだ。
「どう? 美味しい」
「うまい」
 イケメン従者はもぐもぐと口を動かしていて、それがちょっと可愛くて笑ってしまった。あの王子にやるのはもったいないな、という呟きが聞こえたのは気のせいだろう。

 後片付けをしてから、レンドール王子に渡す分のクッキーを紙袋に入れた。
 喜んでくれるかな?
 そういえば、わたしがレンドール王子に手作りの物をプレゼントするのは初めてだ。
 今まではお金にものを言わせていたからね!
 メイリィに「がんばって!」と見送られ、わたしは王子のいる建物に向かった。

 王族であるレンドール王子は、寮ではなく特別な離れに暮らしている。ちなみに、隣国の王子であるケインもそっちにいる。わたしは扉をノックして、レンドール王子の侍従に取り次ぎを頼んだ。
 実は、入学した当初、レンドール王子会いたさに何度もここに押しかけて、わたしは出入り禁止になっているのだ。
「お渡ししたい物があるから、レンドール様に取り次ぎなさいと言っているのよ」
「しかしながら……」
「中には入らないわ。レンドール様はいらっしゃるんでしょう? お会いできないとおっしゃるなら、これをお渡しして帰りますわ」
 本当は直接手渡ししたいんだけど。
 侍従がしばらくして戻ってきた。ちょっとびっくりした様子だ。
「殿下が中でお待ちいただくようにとおっしゃってます」
 あら、出入り禁止は解かれたのかしら。
 ライディを連れたわたしは王子の部屋に案内された。
「従者の方はここで待機していただきます」
 促され、クッキーを持ったわたしはひとり中に入った。
「お嬢様、ふたりっきりになったからって、殿下に襲いかかっちゃダメですよ。『わたくしたちは婚約しているから少しくらいいいでしょう』っていうのはなしでお願いします」
「なっ、ライディ、お前はわたくしを何だと思っているの!」
 とんでもないことを耳元で囁く従者を睨みつけてから、侍従に案内されたわたしはレンドール王子の部屋に入った。
 襲いかかるですって?
 前世の記憶を取り戻した今は、残念ながらあんなキラキラ眩しい生き物に襲いかかるなんて勇気は持っていませんからね。まあ、元のミレーヌもそんなはしたないことはしていないけれど。
「失礼いたします」
 誰もいなかった。
 とりあえず、クッキーの入った紙袋を持ったまま、そこにあるソファに座って王子を待つ。
「待たせたな」
「レンドール様、ごきげんよ……ひぃっ」
 立ち上がり、現れた王子に向かって挨拶をしかけたわたしは、喉から変な声を出して息を呑んだ。
 思わず腕に力が入り、胸に抱えた袋からはバキバキバキと嫌な音がした。
 王子、何で上半身裸なんですか!?
 男の子の半裸なんて日本で生きていた時の学校のプールの時間で見慣れているはずなのに、心の準備もなく見てしまったレンドール王子の身体は、わたしのメンタルに大きなダメージを与えた。
 だいたい、かっこよすぎるのだ。服を着ている時にはわからなかったけど、細身ながらも鍛えている身体は筋肉の形がはっきり浮き出していて、芸術のように美しい。肩の辺りは綺麗な三角を描いて、お腹なんて腹筋のすじが入ってしゅっとしている。腕のラインもしっかりついた筋肉で男らしくたくましい。
 これはやばい。この目のやり場に困るくらい魅惑的な身体に秀麗な金髪の美形顔が付いていて、わたしに向かって笑いかけてくるのだ。
 全身の血流が一気に沸き上がって、いろいろな血管に負担がかかってまずいことになりそう。
 主に鼻の血管が。
 わたしは鼻を押さえ、大きく後ずさった。
「ちょうど今、剣の訓練をしてきて湯浴みをしたところなんだ。授業でやるだけでは足りないからな」
 そんなことを言いながら、肩に引っ掛けていたシャツに腕を通す。お付きの者が世話をしに来ないところを見ると、彼は身の周りのことは自分でやる主義らしい。器用にボタンを留めると、わたしに近づいてきた。
「そ、そうなのですか。ご熱心ですわね」
 だからいいお身体をなさっているのですね。
 今夜の夢に出てきそうだわ。
「王族には近衛が付くと言っても、いざという時に自分の身を護れるくらいには鍛えておかないとな。人の力に頼ってばかりのお飾りの国王にはなりたくない。お前もそうだろう?」
「はい?」
「お飾りの王妃になりたくないから、がんばって教養を身に付けているんだろう」
「……そうですわ」
 わたしは、上から目線で威張っているだけではなく、レンドール王子の横に立つのに相応しくありたいと思って、幼い頃から努力を重ねてきたのだ。
 それを、レンドール王子はわかっていてくれたの?
「いろいろ迷走することもあるが、お前はなかなかよくやっていると思うぞ」
「レンドール様……ありがとうございます」
 ものすごく優しい笑顔でほめられて、わたしは嬉しくて、今度は別の意味で顔が熱くなった。
 そっと手で頰を押さえる。
「充分強くなって、お前の身は俺が護ってやるからな、安心してそばにいろ」 
 この部屋に誰もいないからですか?
 甘い! 王子がものすごく甘いんですけど!
 大好きな、とびきり素敵な王子様にそんなことを言われ、わたしは嬉しすぎてクラクラした。
 マジ倒れそうです。
「それで、俺に何の用事だ?」
 そうだ、王子の素敵発言にぽおっとして、用件を忘れるところだった。
「ええとあの……その前に、ひとつお聞きしてもいいですか?」
「かまわない」
「今日はどうしてレンドール様のお部屋に入れてくださったのですか? いつもは玄関までなのに」
 出入り禁止が解除されたのかしら。
「あれは、お前が愚かな振る舞いをしていたからだ。メイリィに妙な対抗心を燃やして俺にべたべたまとわりついて、ここまで押しかけてきていただろう。だから少し距離を置こうと思ったんだ。でも、どういう心境の変化があったのか知らないが、ここのところのお前はまともに戻ったらしいからな、許可した」
「あ、えーと、すみませんでした」
 変に嫉妬して、馬鹿なことやってましたすいませんっ!
 うっかり女子高生バージョンの言葉遣いで謝ってしまう。
 さっきのライディの『襲っちゃダメ』発言も、その辺りから来たのだろうか。
「そのことに関しては、言い訳しようもございません。ご迷惑をおかけしました」
「ああ、迷惑だった」
 うわーん、キラキラした笑顔できっぱり言わないで!
「ええと、でもですね、メイリィとの問題は解決しましたわ。今日はメイリィと一緒にお菓子を作ったのでお持ちしましたの。……あら?」
 紙袋を振ったら、なにやら不穏な音がする。そっと紙袋を覗くと、何とクッキーが割れていた。さっき、レンドール様の裸を見てびっくりした時に、手に力を入れちゃったせいだわ。
「申し訳ありません、クッキーが割れてしまいましたの。こんなものをレンドール様に食べていただくわけにはまいりませんわ」
 せっかく上手にできたのに。
 わたしがしょんぼりしていると、頭の上に手が乗った。そのまま、ぽんぽんと軽く叩かれる。
「そんなにがっかりするな。お前が俺のために作ってくれたんだろう? 多少割れたからって気にしない、腹に入ってしまえば一緒だからな」
 そう言うと、レンドール様は侍従を呼び、テーブルにお茶の用意をさせた。
「ここに座れ」
 ソファの隣を示されたわたしは、レンドール様の横に座った。今日のレンドール様はとても機嫌がよく、いい雰囲気なので、わたしは嬉しくなった。
「メイリィが素朴な味わいのクッキーの作り方を教えてくれましたの。木の実や果物が入っていますのよ。普段レンドール様が召し上がっている高級なお菓子とは違いますけど、たまにはこういうのもよろしいかと思いました」
「そうか。怪我などしなかったか?」
「はい、大丈夫です。わたくしが火傷をしないようにって、メイリィがとても気をつけてくれて……まるでお母様みたいなんですのよ」
 レンドール王子は面白そうに声を上げて笑った。
「ずいぶんと大きな子どもができたな。彼女はしっかり者でお前はうっかりしているから、ふたりの様子が目に浮かぶ」
「まあ、酷いわ。でも、美味しくできましたの。焼き立てをライディの口に放り込んだら、彼も美味しいと言っていましたわ」
「なに?」
 それまで和やかだった雰囲気が、急に険しい顔をしたレンドール王子のせいで一転した。
「……俺のために作った菓子を、俺が食べる前にあの男に食わせたと?」
「え、あの」
 わたし、地雷を踏んだ!?
「しかも、お前の手ずから口に入れたというのか」
「違うんです、毒見をさせただけなんです、たまたま護衛で近くにいたから」
「そうだな、あの男はいつもお前の近くにいるな……目障りなことに」
 だって、従者だもん。
 ボディガードだもん。
 それは近くにいるでしょう。
「ミレーヌ……あまり男に気を許すな」
 レンドール王子が、思わず離れようとしたわたしの腰に手を回して、ぐいっと引き寄せて言った。
「お前はもう十六だな? 十六にしては少々振る舞いが子どもじみている。やっていいことといけないことの区別がついていない」
「レンドール様」
 近い! 近いよ!
 わたしは彼の胸板を両手のひらで押したけれど、まったく離れてくれなかった。
「申し訳ございません」
「なにがいけないのか、わかっているのか?」
「ええっと……」
 あーん、綺麗な顔が迫ってきて怖いんですけど。
 これこそやってはイケナイことだと思うんですけどっ!
「レンドール様、申し訳ございません、ね、謝るからちょっと離れてくださいませ」
 涙目になったわたしが言うと、彼は鼻と鼻がくっつくんじゃないかと思うくらい顔を近づけて言った。
「お子さまのミレーヌも、さすがにこうすると危機感を感じるというわけだな」
 至近距離でしばらく見つめ合い、わたしがぶるぶると震えていると、レンドール様が笑った。
「俺たちは婚約しているのだから、少しくらいいいだろう?」
 わー、どっかで聞いたセリフだよ! 
 ライディに釘を刺されたやつだよ!
「いけませんわ、お願いです、離して」
 とうとう一粒、ぽろっと涙をこぼすと、レンドール様はそれを親指で拭って言った。
「……では、仕置きを与えよう」

 どうしてこうなった? 
 クッキーの袋を抱えたわたしは、ソファでレンドール様の膝の上に横抱きにされていた。
「それでは、お前が作った菓子を食べよう」
「でも、この体勢は……」
「早くしろ」
 とろりと蕩けそうな笑顔のレンドール様が言う。
 わたしは割れたクッキーを指先で摘むと、少し開けた美しい唇の間にそっと差し入れた。慌てて指を引っ込めると、レンドール様がクッキーを咀嚼する。
「うん、なかなか美味いぞ」
「それはよかったですわ」
「もうひとつ寄越せ」
 何だか猛獣に餌付けをしているような気分だ。また欠片を摘むと、開いた口の中に入れる。その手を摑まれた。
「きゃ」
 声を上げたわたしの目をじっと見つめがら、レンドール様はわたしの指ごと口に含んだ。
「やあっ」
 指先をねっとりと舌で舐められたわたしは、小さく悲鳴を上げる。
「美味い」
 舐めた! 
 指舐められた!
「なにをなさるのですか」
「菓子の粉がついているから、舐め取っただけだが」
「舐め取っただけって……普通こんなことをしません」
「ほら、早く残りを食べさせろ」
 聞いてない!
 妙に色っぽい顔をした金髪のキラキラ王子様は、有無を言わさず命令する。
「うう……」
「こういうことをしていいのは、俺だけだからな。わかったか?」
「でも……」
「でもじゃない。こんな真似を他の男にしたら、そいつを殺す。だから、二度とやるな」
「ライディは指を舐めたりしていません!」
「当たり前だ。舐めていたらあの男を斬り捨てている」
「!」
「早くしろ……それとも、口移しでくれてもいいが、どうする?」
「ひいっ」
 急いでクッキーを摘んで口に入れると、今度は手のひらまで舐められた。
「甘いな」
 半ベソをかいたわたしが袋の中のクッキーを全部食べさせるまで、この精神力をガリガリと削るお仕置きが続いたのだった。


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