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この世で一番美しいのは『王子です!』

しき / 著
加々見絵里 / イラスト
ISBNコード 978-486669-156-5
定価 1,320円(税込)
発売日 2018/10/29
ジャンル フェアリーキスピュア

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内容紹介

《白雪姫をさしおいて、鏡の精はヒロインになれるのか!?》
白雪姫の継母である魔女に召喚されて、鏡の精にされてしまった賀上美環(かがみみわ)ことミラ。だけどこんな性悪魔女に「一番美しい」なーんて言うのはまっぴらごめん! だって私にとっての一番は隣の国の王子、イージオ様なんだもの。鏡の中の世界から見た目は美麗、中身はヘタレなイージオ様を密かに観賞していたある日、ひょんなことから鏡を通じて彼と親しく交流できるように。けれど彼には『白雪姫』との縁談が持ち込まれているようで――?

立ち読み

「ねぇ、鏡よ鏡。この世で一番美しいのは誰?」
 ニッコリと微笑んだ魔女が私を見据えて尋ねる。
 毎回毎回、よく飽きずに同じ質問をするなぁと呆れながらも、私も魔女に笑みを返す。
「今回のミラのお薦め! この世で一番美しい『筋肉』を持つのは!!」
 ババーンと効果音でも付きそうな勢いで予め用意しておいたプラカードを取り出す。
「クロウェル王国の騎士団長、ムキーマン・ジェネロフ様です!!」
「……確かに素晴らしい筋肉ね。でも、私は筋肉についてなんて全く訊いてないのだけど?」
 呆れ顔をしつつも、私が提示したムキーマン騎士団長の写真付きプラカードをしっかりとチェックしている。
 この写真付きプラカードは厳密には写真を使っているわけではなく、鏡に映った映像を切り取り魔力でプラカードに貼り付けて私が作った代物だ。
 ちなみにこの写真は、クロウェル王国の騎士団の室内訓練場に設置されている鏡を通して見た、訓練後に上半身裸で汗を拭っているムキーマン騎士団長を激写したもの。
 魔女が惚れ込んでいる王様はどちらかというと中性的な美丈夫だし、きっと魔女の好みからしたらムキーマン騎士団長は外れるだろう。
 でも、好みではなくても、美しいものは美しい。
「お薦めはこの綺麗に割れた腹筋ですよ! まさに黄金比と言っても過言じゃありません!!」
 ビシッとプラカードの写真に写っているムキーマン騎士団長のむき出しの腹筋を指差す。
「ま、まぁ、悪くないわね」
「そんな事は訊いていない」と文句を言いつつも、チラチラとムキーマン騎士団長の腹筋を見ている魔女に、思わず笑いが込み上げてくる。
「それに見て下さい、この上腕二頭筋! 逞しい中にもしなやかさがある!! きっと王妃様なんか軽々持ち上げてくれますよ!!」
 今度はタオルで体を拭く事で盛り上がっていた腕の筋肉を指差す。
 魔女も私の言葉につられて視線をそこへと移した。
「抱き締められたら壊れちゃいそうね」
 そう言いつつも食い入るように見つめている辺り、きっと今、彼女の頭の中では逞しい腕に抱きすくめられる自分の姿が想像されているのだろう。
「何を仰います。ムキーマン騎士団長様の筋肉は、そこらの脳筋の筋肉とは違い、必要最低限のものを無駄なく付けているのです。謂わば計算しつくされた少数精鋭筋肉。そんな筋肉を付けられるお方が女性を壊すような抱き締め方をする訳がありません!! それ故に、私はムキーマン騎士団長様の筋肉を最も美しいと位置付けたのです!!」
 どうだと言わんばかりにプラカードを前に突き出す。
 ……いや、うん。自分でも何言ってるんだろうとは思ってるよ?
 でもね、これには事情があるんだって。
 魔女を「この世で一番美しい」って言いたくないとか、別の美しい女性の名前を挙げるとお伽話の白雪姫のように酷い目に遭わせられる心配があるとか、魔女の事を美しいって言いたくないとか、言いたくないとか……うん、主に私が魔女の事を「この世で一番美しい」と言いたくないんです。
 でも、この女が今まで出会った事がないレベルで美人なのは確かだし、『この世』というのがこの異世界を指すなら、尚更『一番美しい人』というのはこの人しかいなくなる。
 だってまだこちらの世界に来てから一年程度しか経ってないから目にした人物の絶対数が少ないし、日本と違いテレビや雑誌がある訳じゃないから、綺麗な人をまとめて見る事も出来ない。
 結果、私は地道に鏡を覗いて、魔女の問い掛けを受け流す為の『一番』を男性の中から探す事にした。
 何故男性で探すのかといえば、魔女の嫉妬からうら若き女性を守るためだ。
 魔女は男好きだから、男に対しては『一番美しい』という言葉を使っても、興味を示すだけで嫉妬はしない。
 けれど、女性を少しでも褒めようものなら……その女性に対する、とても陰湿な嫌がらせが待っている可能性が高い。
 以前、国王陛下が魔女の前で、とある女性の髪を褒めた事があった。
 私はそれを鏡の中から見ていたんだけど……その女性は数日後には髪を無残に切り刻まれ、辺境の地へと追いやられていた。
 あれを見た瞬間、私は魔女より美しい女性は探さないでおこうと心に決めた。
 そしてある程度成長するまでは、魔女の宿敵である我らがヒロイン――白雪姫の姿も見ないようにしようとも。
 知らない事、見ていない事は分からないと答える事が出来る。
 知っていても黙っている事は出来る。
 けれど、知っている状態で魔女に尋ねられた時に何も答えないのは不自然だし、「知らない」と噓を吐く事は出来ない。
 そのため私はこうして日々様々なジャンルで一番の男を探し、それを答えている。
 ……決して、私自身が美女より美男子の方が興味があるからという訳ではない。
 趣味と実益を兼ねた防衛策というやつだ。私心は少ししか入っていない。……少ししか。
「まぁ、確かに美味しそうな体ね」
 魔女がムキーマン騎士団長様の映っているだろう鏡面をスゥッと指先で撫でた。
 その目も声も艶を含んでいて、狙いを定めた肉食獣の雰囲気を漂わせている。
「今度お会いする機会があったら、お話ししてみようかしら?」
 上機嫌にフフッと笑った魔女を見て、私は内心胸を撫で下ろす。
「今日も楽しませてもらったわ。次はきちんと『この世で一番美しい人』について答えて頂戴ね」
 ニッコリと笑った魔女が私に背を向けて部屋から出て行く。
 魔女は私が「この世で一番美しい女性は貴女(魔女)です」と答えるのを嫌がって、わざと答えを逸らしている事には気付いている。
 気付いていて答えを強要しないのは、「自分が一番美しい人だ」という自信を持った上で、私の反応と私が提示する一番の男を娯楽として楽しんでいるからに他ならない。
「残念だけど、私、女性には興味がないのよね。だから、私の一番美しい『人』は既に貴女じゃないの」
 魔女が完全に部屋から離れたのを足音で確認してから、ボソリッと呟く。
 一番美しい『女性』と訊かれたら、私は魔女だと答える事しか出来ない。
 でも、一番美しい『人』と訊かれたら、私は魔女だと答える事が出来ない。
 だって、私の一番は……。
「さぁて、今日の王子様は何をしているかな?」
 魔女の鏡に背を向けて、私はスタスタと迷う事なく歩き出す。
 この鏡の世界では、生きているもの以外の欲しい物は願うだけで得る事が出来る。
 食べ物も飲み物も家も。山や川も何もかも作ろうと思えば作れる。
 どうやらこの鏡には特別な魔法が掛けられていて、中で欲しいと思うと魔力でそれを作れるようになっているらしい。
 召喚されてすぐ空腹と喉の渇きに耐えられなくなった時にその事に気付いた私は、お腹を満たした後、すぐに家を建てた。
 一日中鏡だらけの空間にいる事も嫌だったし、体を休めるならやはり居心地の良い空間が良かったから。
 それが今私がいるこの家だ。
 ただ、他の鏡はこの家の中に入ってこないように出来たけど、魔女と繫がっている鏡だけは、私から離れてくれなかった。
 たとえそれが家の中であったとしても、五メートル以上離れると、自動的に後を追ってくるのだ。
 それに、繫がった空間であれば多少遮るものがあっても大丈夫だけど、完璧に仕切られてしまうといつの間にか私のいる空間に移動してくる。
 つまりカーテンや衝立は可だけど、ドアで区切られた別室は不可。
 多分、魔女がいつ私を呼んでも聞こえるようにって事なんだろうけど……完璧に一人でいられる時間がないって、どれだけの酷い労働環境なんだっての。
 だから、この家にはドアというものがほとんどなく、代わりにカーテンや衝立でそれぞれの部屋を仕切っている。
 なるべく魔女の鏡の監視から離れられるようにする為の苦肉の策だ。
 魔女の鏡を浮かべたままのリビングからカーテンで仕切られた自室として使っている隣の部屋へと移動し、箪笥と箪笥の間にこっそりと隠してある鏡を取り出す。
「さぁ、鏡よ鏡、この世で一番美しいイージオ様を映して頂戴」
 魔女の真似をして冗談交じりに呟けば、私の愛しの王子様の姿が映し出される。
 うん、今日もやっぱり王子様は美しい。
 魔女よりも、ムキーマン騎士団長様よりも、他の誰よりも私にとっては美しい。
 憧れのアイドルをテレビ越しに見るような心境で、今日も私は麗しの王子様を観察する。
 これは私の秘密の楽しみ。
 魔女にだって、イージオ王子様の事は絶対言うものですか。
 絶対に餌食になんてさせないんだからね!!
 決意も新たにグッと拳を握り締め、今日も私は王子様観賞に耽るのだった。

◇◇◇◇◇

「――まぁ、そんな訳で、私はこうして今もこの鏡の中に閉じ込められている訳ですよ」
 王子と向き合う事、約一時間。
 ひと通り今まであった事をイージオ様に話し終えた私は、冷えた緑茶をゴクゴクと飲み干した。
 魔女以外と話すのは本当に久しぶりだ。それに魔女は自分が聞きたい事だけ聞くとさっさと部屋を出て行ってしまうから、こうやって長時間話すのも本当に久しぶり。
 それが嬉し過ぎて泣きそうだ。
 ……まぁ、実際に泣いているのは、私じゃなくてイージオ様なんだけど。
「く、苦労をしたんだな……ッ……」
 真っ白なハンカチで、目元を拭うイージオ様。
 その動作一つ取っても無駄がなく美しいんだけど……今、私尋問中なんじゃないっけ?
「イージオ様、私の為に泣いて下さるのは大変嬉しいのですが、人を疑う事を覚えましょう?」
 自分で言うのも何だが、思いっきり不審者な私の言う事を素直に受け入れて涙して下さるその純粋さに強い不安を覚える。
「噓なのか!? それは良かっ……」
「本当の事ですけど、どう見ても不審者な私の言う事を鵜呑みにし過ぎです! これが本当に悪い人だったら、良いようにされてしまいますよ!?」
 何故、そこで噓である事を喜ぼうとする!?
 怪しい人が噓を吐いてたら、怒らなきゃ駄目だから!!
 ちゃんと問い詰めて、真偽を明らかにしないといけないから!!
 じゃないと、王子――しかも王妃に悪意を向けられている王太子という立場上、これから生き残れないから!!
 ……なんて事を考えていたら、イージオ様がキョトンとした表情を浮かべ、首を傾げた。
「確かにただ鏡から現れただけの女性だったら不審者以外の何者でもないだろうけどね。でも、今聞いた話を総合すると、私を刺客から救ってくれたのは君なんだろう?」
 イージオ様の言葉に、今度は私の方がキョトンとしてしまう。
 そういえば、そういう事もあったっけ。
 その後の、鏡がイージオ様と繫がった事件のインパクトが強過ぎて、去った危険の事はすっかり頭から抜けていたよ。
「ん? 違うのか?」
 咄嗟に答える事が出来ずに無言になってしまった私に、イージオ様がそのプラチナブロンドの髪をサラリッと揺らして、再度首を傾げて尋ねる。
「いえ、まぁそうと言えばそうかもしれませんけど。……でも、私に出来たのは鏡を割って音を立てる事くらいしかありませんでしたから」
「救った」と言われても、本当にそれくらい。
 本当は大声を出して助けを呼んだり、自分の手で彼を助けられれば良かったんだけどね。
「でも、それのお陰で私は目を覚ます事が出来て、無事刺客を撃退する事が出来た」
 それから、彼は私が鏡を割ってから、こうして彼と話せるようになるまでの事について話し始めた。
 否。話そうとして……途中で話が脱線していった。
「私には可愛い弟のグレンという奴がいてね、今日は彼の仕事を手伝う為に徹夜をする予定だったから、メイドに頼んで眠気覚まし用に濃い目に淹れてもらった紅茶を飲んでいたんだ」
 うん。『可愛い弟』っていうの以外だったら知ってる。それに、『屑王子』グレンだったら知ってる。
「いつもとは雰囲気を変えていたけど、持ってきてくれたのは母上のメイドだったから安心してそのまま飲んでしまったんだ。しかし、どうやらそこに遅効性の睡眠薬が入っていたみたいでね。いつもだったら寝ていても、人が入ってきたら気配で気付けるんだけど、いつもより眠りが深くなってしまっていたみたいだったから、助かったよ」
「何故、あの王妃のメイドだからと警戒を解く!? しかも、それ変装してたパターンだよね!?
怪しさMAXだよね!?」
「マ、マックス?」
「凄く怪しいって意味!!」
 突然怒鳴り出した私に、ビクッと体を震わせたイージオ様が戸惑った様子で瞬きを繰り返す。
 これは本気で分かっていないパターンだ。
 この危機管理能力の低さで、よく今まで生き延びられたなと真剣に思う。
「な、何故だ? 母上はとても優しい。不甲斐無い私に、いつも忠言してくれる」
「あれは忠言じゃなくて八つ当たりとイージオ様の評判を下げる為だから!! 王妃は虎視眈々とイージオ様を追い落として、自分の子供であるグレルを王太子に据えようとしてるから!!」
「で、でも! 先日だって、父上がホワイティスの姫との縁談を進めていると話された時、まだ年若く経験のない女性を王妃に据えると私が苦労するから、代わりにグレルの妻にすべきだと言って下さって……」
「いや、それ単純に優良物件を横から掻っ攫って、実の息子の妻にしようとしただけでしょ!!」
「え?」
「いや、むしろそこで驚く理由が、私には分からない」
「??」
 眉をハの字にして、困惑した表情で首を傾げるイージオ様。
 そんな様子もとても美しいけれど……今の私はそれを見ても溜息しか出ない。
「ホワイティス王国のスノウフィア王女は凄く可愛くて、国民の人気も高いお姫様だよ。前王妃ともよく似ているから、前王妃をとても愛していた王様にも溺愛されてる。つまり、そんな姫をお嫁さんに貰えれば、ホワイティス王国との繫がりもしっかりと得られ、立場も確固たるものになるだろうね。どこからどう考えても得しかない」
「そ、そうなの?」
 私の言葉に、イージオ様が衝撃を受けたように目を見開く。
「噓だと思うなら調べてみれば良いよ。すぐに分かる事だろうしね。あと、ついでに言えばイージオ様の言う『可愛い弟』殿は貴方に仕事押し付けて、お部屋にメイドを連れ込んでベッドで仲良しこよししてるよ」
「仲良しこよし? やっぱり弟は使用人にも好かれ……」
「仲良く二人でベッドの上で服脱いで運動って言えばさすがに分かるかな!?」
「!?」
 私の言葉に、一瞬悩むような様子を見せたイージオ様だったけれど、その直後、私が言いたい事に思い至ったのか、ブワッと全身を真っ赤に染めた。
 うん、非常に初心でよろしい。グレルとは大違い。萌える。

◇◇◇◇◇

「それよりも、ミラは大丈夫なのかい? 契約の戒めが発動したという事はミラも無事じゃなかったんだろう? それに、この鏡の状態は……」
 イージオ様の声に、私への心配と同時に、苛立ちのようなものが滲んでいる気がする。
 それは、普段の穏やかなイージオ様からは想像がつかないような感情だ。
「私も魔女の怒りを買ってしまったみたいで、お仕置きだそうです。今は外の様子を見る事も出来ません」
「ミラ……」
 イージオ様がまるで自分が痛みを感じているかのように、振り絞るような声で私の名を呼ぶ。
 それを聞いた私は、彼の魔力を僅かに纏った闇色の鏡面に向かって、心配しないでとばかりに笑みを作った。
 当然、彼には見えていない事を承知の上で。
「大丈夫です! 今は痛い思いとか怖い思いとかしてないんで」
 本当は怖いし不安だし、まだ体全体が魔女に与えられた痛みの後遺症で、痛いような怠いような感じがする。けれど、直接何かをされている訳ではない。
 だから、必要以上に彼を心配させないように、なるべく明るい声を意識して話した。
「私の事よりも、今はスノウフィア王女です。魔女はスノウフィア王女を殺すつもりです。狩人を呼ぶと言ってました。おそらくこの後、スノウフィア王女は狩人の手から逃れて森にある七人の小人の家に行き保護されます。そして、その後再度、魔女に命を狙われるはずです」
 まだ不確定な未来だけど、物語通り話が進んでいる現状なら、きっとそうなる。
 いや、今はそうなると信じて進むしかない。
「ミラ、君は何故そんな事を……」
 未来予知に近い言葉を語る私に、イージオ様が戸惑う気配が伝わってくる。
 けれど、今はその事について詳しく説明してあげる事は出来ない。
 だって、イージオ様との繫がりは徐々に保ちにくくなっている。
 思考もボーッとする。
 泣いたせいもあるのか、頭もズキズキと痛み始めた。
「今はそれを説明している余裕がありません。……そろそろ、この鏡を繫ぐのも限界なんです」
 そう告げる声は、何処か弱々しいものになる。
「……分かった。ミラがそう言うなら私はその言葉を信じるよ」
 仕事の時は相手の言葉の真偽を慎重に精査して判断を下すイージオ様だけれど、ほぼ間を開けずに私の言葉を信じてくれた。
 その事が、私への信頼の証のように思えて、こんな時にもかかわらず……否、こんな時だからこそ、凄く嬉しかった。
「イージオ様、森へ……森へ行って下さい」
 そうすれば、貴方は貴方の最高の伴侶となるお姫様に会えて、二人はハッピーエンドを迎えられるはずだから。
「イージオ様が向かわれた時、スノウフィア王女がどのようになっているかは分かりません」
 物語通りにいけば、イージオ様が着いた時、スノウフィア王女は毒林檎を食べてしまい、息を引き取り、小人達の手によって棺に納められているはずだ。
 けれど、イージオ様の当初の出発予定日までまだ間がある今、すぐにイージオ様がスノウフィア王女救出に向けて動いてくれれば、物語の中で二人が出会うタイミングより早く、小人の家に着く事は出来るかもしれない。
 そうなれば、スノウフィア王女が毒林檎を食べるのは何とか止められる可能性がある。
「彼女がどんな状態になっていても、希望は捨てないで下さい。……愛の力があれば、大概の事はきっと乗り越えられますから」
 自分で言った言葉に、ズキンッと胸の奥の柔らかい場所が痛む。
 頭に浮かぶのは、白雪姫の物語のクライマックスとも言える王子と白雪姫のキスシーン。
 スノウフィア王女の姿を実際に見てしまった事で、より一層リアルにイージオ様とスノウフィア王女のキスシーンをイメージしてしまった。
 美しい二人が見つめ合うそのシーンは、私の胸に激しい痛みと暗い影を落とす。
 それは、以前二人が婚約するかもしれないという話を聞いた時よりも、重く暗く痛い。
 一緒にお喋りをしたり、お酒を飲んで笑ったり愚痴を言い合ったりしている内に、彼は私の中でただのアイドル的な存在ではなく一人の男性になっていた。
 ……とてもとても大切な男性に。
 けれど、これから綺麗なお姫様と幸せな人生を歩むであろう彼に横恋慕するなんて、報われなさ過ぎる。
 だから、この思いは口に出さず胸の中にしまい込んでしまおう。
 イージオ様は私にとって憧れのアイドルで、癒し。
 それで良い。
 それが良い。
「愛の……力?」
 私の言った言葉を繰り返すイージオ様に、私は泣きながら笑みを浮かべた。
 鏡が互いの姿を映し出さなくて良かった。
 声だけだったら、何とかこの辛さを誤魔化せる。……元気に振る舞える。
「そうですよ! 愛の力!! それがあればどんな困難な状況だってきっと覆せます。大切な人を救う事だって出来ます」
「大切な人?」
「そうです!! だから、どうかお願いです。諦めないで最後まで頑張って下さい。それでハッピーエンドをイージオ様の力でもぎ取って下さい!!」
『……こうして王子様と王女様は末永く幸せに暮らしました』。
 そんな結末を迎えて下さい。
 そして……
「……ついでに、余裕があったら、出来れば私の事も助けて欲しいなぁ……なんてね」
 お願い。ハッピーエンドを迎えた後、出番のなくなった道具でしかない私の事を忘れたりしないで?
 邪魔したりしないから、せめて今までみたいに友達のような距離感で……ううん、臣下の一人でも良い。貴方の事を見守らせて?
「助けるよ。私にとって大切なのは……」
「……あっ」
 キーンと耳鳴りがして、細い細い彼との繫がりがプツッと小さな音を立てて切れた。
 微かでも触れていた気配がどんどんと遠ざかっていくのを感じる。
 咄嗟に再び自分の体にある魔力を振り絞って伸ばそうとしたけれど、もう限界に達していた私の精神力では上手く操作する事が出来ず、あっという間に彼へと通じる道を見失ってしまった。
「イージオ様……」
 再び最初から道を作り直すだけの気力も体力も、もう私には残っていない。
 彼ともう一度話す事は出来ない。
 瞼が重い。
 頭に黒く厚い布を被せられたかのような感覚。意識が沈んでいく。
 上体を支えるのすら困難になり、ゆっくりと倒れ込むように私は膝の上の鏡へと頰を寄せた。
 頰を流れる涙は冷たく、頰に触れた鏡はほのかに温かいように感じる。
「お願い、『私を』助けて。……怖いよ……嫌だよ……」
 意識が途切れる瞬間に零れ出た本心。
 イージオ様との繫がりが切れた後で良かった。
 自分の思いを優先してしまう浅ましい私を、綺麗な彼に見せずに済んだから。


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