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悪役は恋しちゃダメですか?2 腕利きシェフは「王家の至宝」!?

葉月クロル / 著
山下ナナオ / イラスト
ISBNコード 978-4-86669-155-8
定価 1,320円(税込)
発売日 2018/10/29
ジャンル フェアリーキスピュア

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内容紹介

料理大好きな悪役令嬢、魔法学園で溺愛される!?
見た目は美少女、中身はお料理大好きな悪役令嬢。破滅フラグを回避しつつ、立派な淑女になってみせます!
肉料理が得意な《肉乙女》と名を馳せるアナベルは、消息不明だった王家のじゃじゃ馬娘の孫だとわかり、伯爵家に引き取られることに。優しく面倒を見てくれる伯爵家の貴公子セディールにときめきを覚えるが、編入した学園で乙女ゲームの悪役令嬢に転生したことに気づいてしまう。その上攻略対象キャラである第一王子との婚約が持ち上がり、予想外の展開に。そんな矢先、前作の悪役令嬢ミレーヌまでもが登場。セディールとの恋を貫くため、料理人アナベルはミレーヌと一緒に国のピンチに包丁(!?)を持って立ち向かう!

立ち読み

「アナベルーッ!」
「に、兄さま!? そのお姿は……」
 兄さまの姿を見たわたしは、ソファーから飛び起きた。セディール兄さまは、頭から水をかぶってびしょ濡れになり、髪や肩や背中に花をたくさんくっつけていたからだ。
「アナベル、なんということだ、ああかわいそうに、アナベル! わたしのアナベル!」
 こっちが『なんということだ』って聞きたいわ!
「はい、アナベルですわっ、大丈夫ですか、どうなさったの、兄さま!?」
 あまりにも必死の形相だったので、てっきりなにか非常事態が起きたのだと思い、わたしはすばやく兄さまに駆け寄った。
「兄さまったらこんな姿になって、いったいなにが……」
 クールなイケメンが台無しだよ!
 花を背負うのは、ゲームのエフェクトだけにしてよ!
「アナベル!」
「はい!」
 兄さまがわたしの手を取ったので、わたしもぐっと握り返した。
「なんでしょうか!?」
 もしかして、森の中から魔物の群れが出てきて町を襲っているのかしら!?
 それならば大丈夫よ、この肉乙女戦士アナベルが『肉切り包丁・改』を手に見事戦ってみせてよ!
 だが、襲ってきたのは魔物ではなかった。
「学園でケイン第一王子殿下に襲われて、む、無体なことをされたというのは本当か!?」
「へいっ!?」
 あらやだ、変な返事になっちゃったわ……じゃなくて、わたしがケイン王子に襲われたですって? そんな認識はないんだけど。
「兄さま、それはちょっと違うような……なにかの誤解を……っていうか、王子に対してそれを言っちゃうのは、兄さまの立場的にまずいかなー、なんて思うんだけど……」
 しかし、セディール兄さまは頭に血が上っているらしく、顔面を蒼白にして言った。
「くうっ、わたしの純真無垢なアナベルに、なんてことを……握られたのはこの手か!? 許せない、いくら相手が王族でも許すことはできない! カティ、急いで濡れた布を持て!」
「承知いたしました。……ベルさま、申し訳ございません。興奮したセディールさまをなんとかお鎮めしようとしたのですが……」
 兄さまは頭の花を飛ばしながら、カティの方を向いて叫んだ。
「カティ、急ぐんだ!」
「……はい」
 え? もしかすると、カティが止めようとして、あのどったんばったんした音と兄さまの花まみれ姿が発生したの?
 兄さまの花は、もしかすると、カティが花瓶を……。
 カ、カティ、恐ろしい子!
 目を丸くしたわたしに肩をすくめてみせたカティが布を取りに行っている間、セディール兄さまが「アナベル、怖かったか? かわいそうに……」とわたしの顔を見つめながら手を撫でるので、わたしはいたたまれない気持ちになった。
 あのね、襲われてないからね!
 カティったら、兄さまにいったいどんな報告をしたの?

「カティから聞いた。アナベルは、その……男性との個人的な深い関わり方について、詳しくないのだと」
 兄さまはわたしの手を濡れた布でせっせと拭きながら言った。
「ケインめ……アナベルが初心なのをいいことに、いきなり手を握って迫るなどと……」
「失礼ながら、殿下はアナベルさまの額に口づけもなさいました」
「……なんだと!?」
 カティの言葉に、セディール兄さまのアイスブルーの瞳が、ギラリと輝いた。
 うわ、今、兄さまの目からアイスビームが出るかと思っちゃったわ!
 ってゆーか、兄さまは、ケイン王子が手を握ったというカティの報告だけで、ここまで取り乱していたの? そして今、カティが兄さまの怒りの炎にさらに油を注いだように思えるんだけど?
「ちょっと、カティ!」
「一度に済ませてしまいましょう」
 カティが目を細めて言った。
「ここは、ひと思いに」
 いやいやいやいや、分割した方が良くない!?
「アナベルが幸せになれるならと思い、自分を抑えていたが……やはり無理だ! ケインなどにアナベルを任せられない!」
「兄さま、そんな恐ろしい顔をしないでくださ……いたいたいたいた」
 濡れた布で額をごしごしと擦られて、わたしは悲鳴を上げた。
「やめて、痛い、兄さま、痛いわ」
 昨夜の変な笑顔は、兄さまが自分の気持ちを隠していたから、ということなの?
「ここに、あの若造の口が触れたのか! よくも、アナベルを汚すような真似を……」
 ケイン王子は汚物なの!?
 だが、兄さまに拭かれると、本気で痛い。
「兄さま、そんなに擦られると、額が禿げてしまいますわ!」
 カティがぷっと噴き出したが、笑い事ではない! エルスタンのアイドル『王家の至宝』の額の生え際が禿げてしまっては大変なのだ!
 笑いを嚙み殺しながら、カティが言った。
「セディールさま、それくらい拭けば充分だと存じます」
「……いや、しかし……」
「アナベルさまの額が禿げてしまっては大変ですので……そうですわね、セディールさまが、同じ場所に口づけをなさればよろしいのでは? そうすれば、ケイン王子殿下のなさったことは取り消しになると存じます」
 ええええええええええーっ!?
「なるほど、それもそうだな」
 ええええええええええーっ!!!?
 セディール兄さまは、わたしの顎に指をかけて、くいっと上向きにさせた。そして、兄さまの美しい顔が迫ってきたので、わたしは耐えきれずに目を瞑ってしまった。
 額に、温かいものが触れて、それもケイン王子の十倍くらい長く触れて、そして離れた。
「……よし」
 わたしが目を開けると、兄さまのドアップがあった。そう、なにを血迷ったのか、セディール兄さまは、今度はおでことおでこをくっつけているのだ!
「これで、ケインの奴が触れたことは帳消しだ、わかったね?」
「……はい……」
「いい子だ」
 頭に薔薇の蕾をつけた兄さまは、微笑んでわたしの頰を撫でた。
「王家には抗議を行い、二度とこのようなことが起こらないようにしてもらうからね、安心しなさい」
「……はい、兄さま……」
「なんなら、わたしが直々にケインをシメてもいいし、もちろん父上や母上にもこのことは伝えておくから、そちらからも不届きな王子にお叱りが行くだろう」
「……はい……」
「では、夕食の席でまた」
 セディール兄さまは、もう一度わたしの頰をひと撫ですると、ちゅっと音を立てて口づけを落とし、何事もなかったように部屋を出ていこうとした。
「畏れながら、セディールさま」
 カティの言葉に、兄さまが振り向いた。
「ベルさまがケイン第一王子殿下と婚約、そして結婚なさるということは、これ以上の関係になるということです。それで本当によろしいのかを、今一度お考えくださいませ」
「……カティ……」
 驚いた兄さまに、カティが続ける。
「わたくしは、正直申し上げましてベルさまの幸せを一番に考えておりますが、セディールさまにも幸せになっていただきたいと思っております」
 さらにカティは、兄さまに向けてどこか凄みのある笑い方をして「ベルさまが一番ですから、情けない男性にお任せする気はございませんの」と低い声で言った。兄さまははっとしたような表情でわたしを見つめてから「……わかった」と言って去っていった。
 兄さまの背中を見送ると、わたしはへなへなと絨毯に座り込んでしまった。
「ベルさま?」
「腰……抜けた……」
 わたしは、燃えるように熱い頰を、両手で押さえてカティに言った。
「どうして? どうして、兄さまの方が……」
 兄さまに口づけされた方が、ケイン王子にされた時よりも……。
「兄さまの方が、一万倍くらい、恥ずかしくて……」
 嬉しいの?
 乙女心を揺さぶる大事件が立て続けに起こり、思考回路がショートしてしまったわたしを、忠実な侍女であるカティは優しくお世話してくれたのであった。

 そして、翌日。昨日のイケメンデコチュー(しかも、ダブルだ!)事件のショックを引きずっていたわたしは、なぜかセディール兄さまと一緒に王宮に招待された。
 兄さまは昨日、ケイン王子のフライングにたいそう立腹していたので、世話役の権限でお断りするのかと思ったら、今朝になったらおじさまに向かって「世話役であるわたしの同席のもとで、ケイン王子とアナベル姫とでよく話し合う必要がありますね」と言い出して身支度を始めた。
 伯爵家のセディール・リシュレーとして、わたしとケイン王子をくっつけたいのだろうか。この流れはもしや、ゲームの矯正力が働いているのだろうか。
 さらに解せないのは、兄さまにされたデコチューの方が、ケイン王子のファーストデコチューより衝撃的だったことだ。
 確かに、セディール兄さまは銀の髪に淡いブルーの瞳をした、とびきり素敵な男性だし、初対面の時から憧れのようなものを感じていたし、このゲームの攻略対象者であるケイン王子や騎士フレデリックとは違った落ち着いた大人の魅力がある。兄さまには、一緒にいると安心できる包容力があるのだ。しかし、キラキラ度ではケイン王子たちには敵わない。
 あ、マレイド先生は大人だけど陰鬱な魅力の人なので、除外してみたよ。
 人間離れした美貌のケイン王子にちゅーされた時には、ちゃんとときめいた。なんとなくロマンチックな気分になった。
 けれど、毎日同じ屋根の下で暮らしているセディール兄さまに、時々膝に抱っこなんて恥ずかしいことをしてくれる優しい兄さまに、甘え放題なわたしを優しく受け止めてくれる兄さまに(わたしったら、どれだけ『兄さま好き』なの!)、額に唇を押し当てられたら……なんだかそこから電流が流れてきたようにビクッとなって、身体が熱くなって、脚に力が入らなくなって、おまけに全力疾走したかのように心臓の鼓動が早くなってしまったのだ。
 おかしい。
 そして、さらにおかしいことに、それからわたしは兄さまの顔をまともに見られなくなってしまったのだ!
 そんなわたしは、現在馬車に乗って揺られております。セディール兄さまとカティと三人で。
 あああーっ、カティがいて良かったよ! 座り順は横並びに、兄さま、わたし、カティなので身体が触れてしまっていてすごくドキドキしちゃってるけど、ふたりきりじゃなくてよかった。
「まったく、せっかくの休日にアナベルを呼びつけるだなんて。ケインめ、横暴な王子だな。あんな奴にはアナベルはやれないな」
『王族への敬意』という概念がすっかりお空の果てに飛んでいってしまったらしいセディール兄さまは、馬車の中で不満げに言った。
「アドバイザーと称して、毎日アナベルのそばをうろついているくせに、それだけでは足りないとは……だいたい、まだ学生のアナベルと婚約しようだなんて、わたしは早すぎると思う。アナベルはリシュレー伯爵家でまだまだたくさんのことを学ぶ必要がある、そうだろう?」
 カティが冷静に答えた。
「セディールさま、婚約なさっても、アナベルさまはリシュレー伯爵家でお過ごしになられるのではないのですか?」
「それはもちろん、世話役のわたしとしては、アナベルにそうさせるつもりだが……」
 セディール兄さまが、鋭い視線でわたしを見たので、身体をびくりと震わせてしまう。
「カティにも言われたが、この婚約をよくよく考えてみたら、あの王子と結婚することが本当にアナベルの幸せなのだろうかという疑問を持ったのだ。確かに、未来のエルスタン国の王妃になるのは大変名誉なことだし、アナベルにはそれだけの器がある。しかし、それだけだろうか? これから深く勉学に励んでいくと、アナベルの可能性はもっと広がり、さらに人生の選択肢が増えるのではないだろうか? わたしはそう考えたのだ」
「兄さま……それほどまでわたしのことを買ってくださっていたなんて……」
 わたしは感激のあまり恥ずかしさも忘れ、兄さまの顔を見つめながら口元を押さえて言った。カティも「セディールさま……お見それいたしましたわ。セディールさまは、ベルさまの幸せを深く深くお考えになられていたのですね。殿下へ嫉妬してあんな極端な振る舞いをなさっていたのではなく……」とため息交じりに呟いた。
 セディール兄さまは、力強く頷いて言った。
「そうだ。わたしはアナベルを引き取って世話役の任に就いてから、アナベルのことを本当の妹のように思って大切にしているのだ。どこの馬の骨ともわからないケインなどに、おいそれとやれるわけがないだろう!」
 いやいやいやいや、ケイン王子は馬の骨じゃなくて、王族ですからね。めっちゃ由緒正しい血統ですからね。兄さまは、理路整然と話しているようで、少しおかしいですね。
「ん? どうしたんだい、アナベル」
 わたしが兄さまをちらちらと見ていたら、優しく尋ねられてしまい、かっと顔が火照るのを感じてしまった。
「いえ、あの、てっきり兄さまは、わたしをケインさまと結婚させたいのだとばかり思っていたから……リシュレー伯爵家の皆さまも、その方が喜ばれるのかなって思っていたんだけど……」
「アナベル」
 急に手を握られて、わたしは驚いてセディール兄さまの顔を見つめた。
「婚約の話が出てから様子がおかしいと思っていたら、そんなことを考えていたのかい? おバカさんだな」
「兄さま……」
 鼻の頭をつつかれた。
「んもう、淑女の鼻をつつくなんて!」
 わたしが膨れると兄さまはいつものように甘く笑い、わたしに言った。
「アナベルは周りの思惑など気にせずに、心配しないで自分が好きな道を選ぶといい。わたしが全力でアナベルを守ってあげるからね。……たとえ、王家を敵に回しても」
『王家を敵に回しても』。
 その言葉に、わたしは驚きのあまり言葉を失った。エルスタン国の貴族として、次期宰相の地位を約束された者にあるまじき言葉を、兄さまは口にした。それは、セディール・リシュレーとしての全てを投げ捨ててもわたしの意思を尊重するという誓いの言葉なのだ。
「に……さま……」
 わたしは言葉を詰まらせて、涙声になった。目からは涙が零れ落ちる。
「いけないわ、そんなことを……口になさっては……」
 肝の座った侍女であるカティも、驚愕に目を見開いている。馬車の中には三人きりだが、それでも口に出すには重すぎる言葉なのだ。
「わたしは本気だよ」
 兄さまが、わたしの涙を指で拭った。
「必ずアナベルを守ってみせる」
 そして、わたしは雷に撃たれたような衝撃が身体を走ったのを感じた。
 今、自覚した。わたしは、セディール兄さまのことが誰よりも好きなのだ。
 いや、彼は『兄さま』なんかじゃない。
 わたしは、セディール・リシュレーのことを、男性として愛している。

「さあ、アナベル」
 わたしは、ふわふわする身体を持て余しながら、先に馬車から降りた兄さまの手を取った。
「馬車に乗って、気分が悪くなってしまったのかい? 珍しいね」
 足をふらつかせたわたしを支えながら、セディール兄さまが言った。繫いだ手が熱くて震える。
「大丈夫? 抱いていこうか?」
「いえ、歩けるわ」
「ならば、もっとわたしに寄りなさい」
 くいっと腰に回した手を引き、身体を寄せられた。
「に、さま、近いです」
 愛を自覚したらわたしの頭は混乱してしまい、なんだか目が意味もなくうるうるしてきた。顔を赤らめて涙の浮かんだ目で兄さまを見つめると、セディール兄さまははっとした表情になった。
「まさか、発熱しているのか?」
「に、兄さまっ!」
 おでことおでこをこつんとしたーっ!
 ここは、王宮の入り口なのだ。人目があるのだ。そこで、なんのためらいもなく、おでこをくっつけて熱を計る兄さまを、男らしいと言っていいの!?


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