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ウブな王女と初恋こじらせ王子 〜溺愛包囲網からは逃げられません!?〜

立花実咲 / 著
椎名咲月 / イラスト
ISBNコード 978-4-86669-046-9
サイズ 文庫
定価 754円(税込)
発売日 2018/03/23
レーベル ロイヤルキス

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内容紹介

気に入った。おまえを俺の妃にすると決めた。
フィオナは優しい父王と五人の兄王子達に溺愛されて暮らす末姫。フィオナを守るという掟のため、男装させられ窮屈な思いで過ごしていた。いよいよ16歳の誕生日。身分を隠すことを条件にドレス姿で舞踏会へ出られることに。初めてのパーティに胸を躍らせていると、煌びやかで逞しい隣国の王子・レインが現れて!? 「大事にしてやる」と情熱的なレインの独占欲に翻弄され、押し倒されたフィオナは、熱い灼熱を挿し入れられ、純潔を奪われて? 腰使いが淫らに蕩ける極甘ウェディングラブ?
★初回限定★
特別SSペーパー封入!!

人物紹介

フィオナ

ローゼン王国の王女。国の掟で男装して暮らしている。

レイン

クラインス王国の第二王子。身分を隠してローゼン王国を視察中。

立ち読み

第1章 とある国の事情

 腰まで伸びた美しい金髪はシルクのようになめらかで指通りがよく、こぼれんばかりの大きな青い瞳は、大海原の水面のきらめきを閉じ込めてしまったかのように煌めく。
 慎ましく結ばれた唇は、咲き始めた薔薇のつぼみのように愛らしく、たおやかな彼女の仕草はまさに高貴なる王女そのもの。
 彼女を見る者はたちまち心を奪われ、息をのむように魅入られる。微笑みは天使かあるいは女神のそれのよう。彼女こそが王女の中の王女といえるに違いない。
 ところが——。
「いつまで、私はこの格好をしなければならないのかしら」
 十六歳を迎えたローゼン王国の王女、フィオナ・アレンス・ローゼンは、今しがた『仮の姿』から『本来の姿』へと変貌を遂げた鏡の前で、大仰にため息をついてみせる。
 窓辺からは初夏の爽やかな風が入り込み、カーテンが魚のように泳いでいる。ときおり雲から顔を出した陽の光が彼女のきめ細やかな肌を白く輝かせるものの、いつになっても彼女の表情は陰鬱なままだった。
「ため息ばかりつくと、幸せが逃げてしまうといいますよ」
 侍女のモニカにそう慰められるものの、フィオナのため息は止まらない。
「私はもう十六歳なのよ? 今度の建国祭では舞踏会に参加できることを楽しみにしていたのに」
 フィオナは言ってから、唇をきゅっと引き結んだ。泣きたくなってしまったのを一瞬で我慢したのだ。
「わかっていたけど……心のどこかでは……ダメなんだって」
 辛くても泣かない。悲しくても笑顔で、悔しくても凛々しく。そう言い聞かせ続け、フィオナの心も『仮の姿』に沿うように鍛えられていた。それでも、嵐が続けば川の堤防が決壊するように、いつかは限界がくる。その限界を、フィオナはこの頃ひしひしと感じているところだ。
「殿下……」
 憐れむようなモニカの声がむなしくその場に余韻を落とした。
 フィオナだってわがままを言いたいわけじゃない。他の誰にも打ち明けられない鬱積した想いは、こうして側についている侍女にでも聞いてもらうほかないのだ。
 なぜ自分は王女に生まれてしまったのだろうと、フィオナは苦悩する。
「その殿下っていうのも、聞き飽きたわ。誰も名前で呼んでくださらない。私が王女だというのなら、せめて王女殿下って言ってほしいのに」
 困った顔をするモニカを尻目に、フィオナはむぅっと頬を膨らませた。
「とにかく、十六歳になったんですもの。『仮の姿』でいなくちゃいけない理由はちゃんと教えてもらうわ。ぜったいに」
『仮の姿』というのは魔法で姿を変えられた……などといったファンタジックなものではなく、男装のことである。
 実は、フィオナは幼い頃から特別に許された時以外ドレスを着ることを禁じられていた。公式の場に出ることは叶わず、居城以外の王宮内では王女ではなく王子の一人として振る舞えと命じられていたのだ。それがフィオナには不満だった。
「それに、だんだん胸元が苦しくて……窮屈で仕方ないの。このままでは息ができなくて倒れてしまうわよ」
 ふっくらとしたデコルテのあたりを押さえながら、フィオナは呟く。
「たしかに、このところ殿下は、ますます女性らしく立派に成長されましたものね」
「そうよ。だから、男装なんてしていることが不自然なのよ」
 なぜ男装をしなければならないのか、フィオナが父である国王に尋ねたとき、その理由は国の掟だから十六歳になったら教えようと濁された。
 物心ついたときから十六歳までの間ずっと、男装をしなさいと命じられた。「それがこの国の王女の務めである」と言われれば、不本意ながら従うほかない。だが、矛盾している命令もあった。男装をしろと言う割に、王女としての所作を忘れずにいなさいと言うのだ。それがどうしても腑に落ちなかった。
 王女を隠さないといけない国の政治的な事情があるかもしれないと、フィオナなりに感じることもあった。でも、いったいいつまで続ける必要があるのだろうか。日に日に女性らしく成長する自分の身を思うと、もういっそ男として生きる覚悟をしなさいと命じられた方が潔く諦めもつくというもの。
(この先……政略結婚でも考えているとか?)
 フィオナは一抹の不安を抱く。今まで、それらしい話題が出ることもなかった。あまつさえ、国王は六人きょうだいの末姫であるフィオナにはとても甘く、会話をする機会があるたびに、「嫁に出したくない。ずっと側にいてほしい」と語りかけてくる。側近が呆れるくらいの溺愛っぷりだ。
 王妃はフィオナが五歳のときに他界している。それで父はもしかしたら寂しいのかもしれないと、フィオナは思った。母の面影を探すようにフィオナ見つめては、遠き日を恋しく思うような目をしてやさしく微笑むのだ。
 無論、国王夫妻が相思相愛であることはフィオナの誇りでもある。父からしか聞く事のできない母との馴れ初めや昔話はとても嬉しいものだった。
 フィオナには五人の兄がいる。彼らはみな父に負けず劣らず、末の王女であるフィオナに甘い。目にいれても痛くないといわんばかりに溺愛する。そこはみな父譲りかもしれない。
 兄たちは各々公務や勉学に励んでおり、忙しい身であるが、今日は七日後に訪れるフィオナの誕生日の前祝いとしてお茶会を催してくれるのだという。その為に、侍女のモニカにドレスを着付けてもらっていたところだった。
 ドレスなんて久しく袖を通していなかったフィオナは朝から浮かれていた。しかし同時に、理不尽に強いられてきた特別な環境への不満がここぞとばかりに爆発したのである。
「たっぷりおめかしをしてお兄様たちにお披露目したら、ずっとこのドレス姿でいてほしいって言ってくださらないかしら」
 密かな野望を抱きつつ、フィオナはドレスの裾をひらひらと左右に振ってみる。
「では、お支度を万全に整えなくてはいけませんね」
 どうにか機嫌を直してもらおうと、モニカがフィオナを鼓舞するように語りかける。
「ええ。お願い。私をいつも以上にきれいにしてくれる?」
「かしこりました。王女殿下」
 モニカはくすりと小さく笑った。おおかた、幼い少女のように浮かれているフィオナがおかしかったのだろう。
 フィオナは不服だったが、モニカのことは心から慕っている大事な臣下である。いうなれば、やさしい姉に甘えているような気持ちなのだ。
 いつもひとつに束ねている髪をほどき、丁寧に櫛を入れてもらう。頬にはおしろいをつけて、愛らしい唇には真紅の薔薇のような紅を塗ってもらった。
 鏡に映された女性は、父と出会った若かりし頃の母の肖像画とよく似ていた。
「とてもよくお似合いですよ」
 と、モニカが褒めてくれる。
 フィオナもまんざらではなかった。美しく変わってゆく自分の姿を目にしつつ、五人の兄達の反応を想像し、思わず頬を緩めるのだった。
「——おまたせしました。王女殿下。いかがでしょうか?」
「ええ。とってもいいわ」
 支度が一段落し、鏡の前でフィオナはご機嫌な調子で答える。モニカもホッと安堵し、笑顔になった。
「では、さっそく、王子殿下がお待ちになられている庭園へ、ご案内いたしましょう」
 準備が整い、モニカに先導されて部屋を出ようとしたその時。突如ノックの音が響きわたった。
「どうぞ」
 返事をするやいなやドアが開かれ、上品な香りとともに、高貴な微笑みを浮かべた人物が部屋の中に堂々と入ってくる。そしてその人物はフィオナを目にした途端に感嘆のため息をこぼすと、大仰に彼女を褒め讃えはじめた。
「嗚呼……なんと美しいのだ、我が妹よ。想像以上だ。僕はいったいこの日をどれほど待ちわびていたことか」
 感極まっている彼は、フィオナそっくりの金色の長髪にそっくりの青い瞳を持つ、ローゼン王国の第一王子であり、フィオナの一番目の兄である。
「我が姫よ。愛らしい花よ。もういっそ、僕のこの手で手折り……散った花々を隅々まで食べてしまいたいね」
 ロベルトは興奮したように言い、妹のフィオナの髪をたぐりよせると、毛先にまでも敬意を示すべく、唇を寄せる。このまま止めなければ、ずっと髪の毛に顔を埋めているかもしれない。
「あの、ロベルトお兄様……散ってしまったら、どうにもならないわ。できたら、かわいい花のままでいたいものね」
 フィオナはやんわりと拒絶を試みる。
「散りゆく姿もまた、そそるものなのだよ。まだ、おまえには分からないかもしれないけれどね」
 妹への溺愛も五人の兄の中でも彼が一番重症である。それはもう一種の病といえるほど。
 フィオナの髪の毛から離れた彼は、名残惜しむように手の甲にキスをしはじめ、それでも飽き足らず、指先にキス、さらに唇にまで熱烈にキスをしようとする。
 さすがにフィオナは慌てて身を引いた。
「ロベルトお兄様……!」
 困惑した妹の声を聞き、ようやくロベルトはハッとしたらしい。
「あ、ああ、ごめんよ。この唇は……もう少し先にとっておいてあげよう」
 と言いつつ、それでもまだ未練があるらしく、フィオナの唇をつんと指先でなぞった。
「はぁ……おまえが妹じゃなかったから……どれほどよかったか。いや、おまえが妹だからこそ、こんなにも血が騒ぐのか。惹かれてしまうのか」
 そんなことまで言い出した。今にも押し倒しかねない勢いだったため、側にいた侍女のモニカが止めに入ってくれようとしたところ、別の誰かの声が割って入った。
「おい、変態兄王子。その辺にしろ。妹に変な気を起こすんじゃない」
 不機嫌そうな低い声が響きわたる。
 その声を聞いて、今度こそロベルトは憑き物がとれたらしい。物凄く嫌そうな顔をしてフィオナから離れた。
 見れば、騎士のマントを羽織った短髪の男が、仏頂面を浮かべて立っていた。
「なんだ。カイ。おまえも早く見たくてたまらなかったんじゃないか」
 ロベルトはそう言い、男をからかう。男はむっとしたように眉間に皺を寄せる。
「そうじゃない。変態から大事な妹を守るためだ」
 剣呑な表情を浮かべつつ、男は気難しそうな口調でそう言った。
 彼は、第二王子のカイ。冷静沈着かつ男気のある性格で、近衛騎士隊を率いている人物である。
「フィオナ、頭のおかしい兄は放っておいて、行くぞ」
 そう言い、カイは強引にフィオナの手を取った。ゴツゴツとした無骨な手に掴まれると、逃れる術はない。
「ひゃっ……カイお兄様!」
 一刻も早く離れようといわんばかりにカイに手を引っ張られ、フィオナは慌ててついていくほかなかった。
「待ちなさい。兄への敬意を教えなくてはならないようだね、カイ?」
 当然、ロベルトは憤慨して二人の後ろをついてくる。
「知ったことか。早く引き離さなくては、妹に変態がうつる」
 カイは軽蔑の目でロベルトを一瞥すると、さらに歩みを速めた。
「なんだ、その目は。僕はかわいい妹を愛でていただけだ。人聞きの悪いことを言わないでくれないか。とにかく、フィオナから離れるんだ」
「断る」
 張り合っている二人の兄たちを尻目に、フィオナは苦笑いを浮かべるばかり。
 この調子では、ロベルトの愛に感謝していいのか、カイに助けてもらえたことに御礼を言っていいのか、複雑だ。
(もう、お兄様たちは、仲がいいのか悪いのかわからないわね、いつも……)
 フィオナはロベルトとカイに挟まれながら庭園の方へと行く。すると、そこにはまた別の二人の男の姿があった。
「あら?」
 フィオナは思わず声をあげた。
 彼女の声に反応した二人の男たちは、ぱあっと表情を明るくした。第三王子のエリックと、第五王子のニコラである。しかし彼らはすぐに困惑した表情を浮かべた。
「ん? 何があったんだ?」
 同じく彼らに気付いたカイが話しかけると、エリックとニコラの二人は顔を見合わせてため息をつく。
「兄上、実は先ほどから姿が見えない方がいるのですよ」
 丁寧な口調で話すメガネをかけた彼はエリック。その隣で困った表情を浮かべている童顔の彼がニコラだ。
「ユアンがいないんだよ。ボク、ちゃんと時間は知らせたのにな」
 と、ニコラがぼやく。
 どうやら、第四王子のユアンが揃っていないらしい。周りには近衛兵が配備されているが、ユアンの付き人である騎士が、必死にあたりを探し回っている様子だ。
 フィオナはその様子を見て、ピンと閃いた。
「あ、ユアンお兄様だったら、どこかでお昼寝しているんじゃないかしら」
 フィオナが言うと、一同はそれぞれ頷いた。
「まあ、そんなことだろうとは思っているんだけど、でも、所在が分からないんだよ。ある時は木の上に、ある時は厩の中に……まったく王族とは思えない自由人っぷりにはもういっそ敬意を示すべきか」
 ニコラは腕を組み、ため息をつく。
「あ、待っていて。きっとあそこにいると思うの」
「あてがあるのか?」
 と、カイが問いかける。
「ええ」とフィオナは自信満々に答える。
 ついこの間「最高のお昼寝場所を見つけた」とユアンが言っていたことをフィオナは思い出したのだ。
「じゃあ私がユアンお兄様に声をかけてくるわ」
「おや、抜け駆けはいけないね。僕も一緒についていこう」
 ロベルトがそう言い、またもフィオナについてくる。実は、兄から逃れるための口実でもあったのだけれど、そう簡単に自由にはさせてくれないらしい。
「ならば、俺も行く。変態が何をしでかすかわからんからな」
 カイまでもそう言い出し、マントを翻して二人の後に続く。残されたエリックとニコラは互いに顔を見合わせてどうしようかと相談する。
「喧嘩にならないように、私も一応ついていきましょう」
「だったらボクも!」
 結局、末のお姫様のあとには四人の王子がぞろぞろとついていくことになったのだが——。
「フィオナ、待ちなさい。そんなに急いでは転んでしまうよ。怪我でもしたらどうするんだい」
 ロベルトの心配する声がフィオナを呼び止める。
「大丈夫よ。慣れているもの」
 と答えながら、フィオナは思わずため息を零した。普段の男装姿のことを思い出してしまったからだ。
「だが、今はドレスだろう。淑やかに歩いた方がいいんじゃないのか?」
 カイに嗜められたフィオナは、仕方なく歩調を控えめにした。
「私がドレスを持ちましょうか?」
 と、エリックが真顔で言う。しかしそれでは不格好だ。
「ボクも一緒に探しに行くよ。待って、フィオナ」
 今度はニコラがまるで子犬がじゃれつくかのように、軽快に駆けてくる。
(もう。キリがないわ)
 フィオナは苦笑し、兄たちひとりひとりに構うのをやめた。そして普段から誰より身軽なフィオナは、男装しているときと同じ調子でぐんぐんと広い庭の奥へと進んでいく。
「待ちなさい。フィオナ」
「走ると転ぶぞ」
「怪我をしたら大変です」
「あっ置いていかないでよ、フィオナ」
 とりあえず過保護な兄たちのことを今は無視しよう。そろそろお腹が空いてきたし、早くユアンを見つけて、楽しみにしていたお茶会を開きたい。その一心だった。
 息を切らしてお目当ての場所に到着したフィオナはきょろきょろと見回す。至るところから甘い香りが漂ってくる。
(あ、やっぱり……)
 薔薇のアーチが架かった庭園をすり抜けると、ガゼボの背面にできた小さな森の木陰に寄り添い、うつらうつら眠っている猫っ毛の男を発見した。彼こそが、探していた最後の一人だ。
「もう、ユアンお兄様ったら。ねえ、起きて。とっくにお茶会の時間になったわ」
 フィオナはそっと近づいて、声をかけた。しかし彼はまったく反応しない。
 長いまつ毛がふわふわと風に揺れ、端正な横顔に光が当たっていた。彼が前世は猫だといっても誰も疑わないかもしれない。
「……ねぇ、紅茶は好きでしょう?」
 ユアンの腕を掴んで、ゆさゆさと揺すぶってみる。彼は目をつむったまま迷惑そうに彼は眉間に皺を寄せた。フィオナはさらに声を大きくする。
「お兄様、起きて!」
「ん……」
 彼はうるさいといわんばかりに、いきなりフィオナを抱きしめた。
「きゃっ」
 不本意にも、ユアンの腕に飛び込む形になってしまった。息が苦しくてもがくと、わずかに腕の力が緩む。そして気だるそうなため息がこぼれてきた。
「……今日は昼寝には最高だ。フィオナ、一緒に寝よう」
 そう言いながら、ユアンは意地でも目を開けてくれない。弄ばれていると感じたフィオナはむっとして、耳元でわざとはっきりとした口調で言った。
「私、とってもお腹がすいたの。おいしいお菓子がいっぱいあるのよ。お兄様だって好きでしょう?」
「ふうん……だからおまえから甘い匂いがするのか」
 気だるげな調子でユアンは言う。まだ起きてくれそうにない。
「ね、早く、起きてったら」
 痺れを切らしたフィオナはユアンの身体をさらに揺さぶった。
「そうだな……おまえが、キスしてくれたら起きてもいい」
 ふっと口端を引き上げ、いたずらっぽい口調で言う。フィオナはさすがに呆れてしまったが、ここで折れてしまったら、兄は再び夢の世界へと落ちて行ってしまう。それだけは全力で阻止しなくては。
「もう。これならどう?」
 フィオナはユアンの頬に軽くキスをする。なんていうことのない国の流儀である家族への挨拶のキスだ。
 すると、ようやくユアンは片目を開けた。
「それだけか」
 名残り惜しそうにユアンはフィオナを見つめる。
「……それだけ?」
 きょとんとするフィオナに、ユアンはふっと笑みを浮かべた。
「なぜ、俺たちきょうだいがおまえを溺愛するのか、考えたことはあるか? 血に飢えた異種の生き物だったとしたら?」
 ユアンが声を潜めてそう言い、長い指先を伸ばし、フィオナの首筋をつっとなぞる。刹那、フィオナはぞくりと戦慄を感じた。しかしユアンは本気で言っているわけではない。目元が揶揄を楽しむように緩んでいる。
「もう、お兄様、からかわないでくださる?」
 フィオナは白い目でユアンを見た。彼はいつもこんなふうに面白おかしくフィオナで遊ぶのだ。
「嘘か本当か。試してみればいい。そうだな。おまえが俺の唇を受け入れてくれたら、俺が、おまえの肌に牙を突き立て、最高に甘美な経験をさせてあげよう」
 油断をしていたら腕を掴まれ、ユアンの方に引き寄せられてしまう。
「待っ……」
 フィオナは目を丸くする。ユアンの顔が近づいてきたそのとき、突如、二人の間に降り注いでいた光が遮られた。
「待ちなさい!」
 剣呑な声が響きわたった。
「その唇は、おまえには渡さないよ、ユアン」
「チッ。変態がここにもう一匹いたか」
 振り返れば、ロベルトとカイが顔を引き攣らせながら、ユアンとフィオナを見下ろしていた。
「いったいどういうつもりなんだい」
 ロベルトが憤慨したように言う。
「ちょっとした休息に妹で遊んでいただけさ」
「遊んでいた、だって?」
 飄々としたユアンの態度を見たロベルトは、ますます怒りはじめた。掴みかかりかねない様子だったため、その緊迫した空気を割るように、すかさずエリックが仲裁に入る。
「ま、まあまあ。落ち着いてください。見つかったわけですし、早く連れて戻りましょう。フィオナが楽しみにしているんですよ。かわいい妹のためにも、ね」
 その後ろで、平和主義を決め込んだニコラもうんうんと頷く。
「主役はフィオナなんだから、誰のものでもないでしょ。早くお茶会開こうよ。ねえ、フィオナ」
「ええ。楽しみにしていたんですもの。だから、ユアンお兄様も、いきましょう」
「……はぁ。仕方ないな。わかったよ」
 ユアンが渋々と気だるそうに身体を起こすと、すかさずフィオナとニコラが彼の手を引っ張った。
「早く、早く」
「……おい、歩くのはゆっくりさせてくれ」
 低血圧らしいユアンが眉をひそめる。それから、ぐんと背伸びをすると、ユアンはぽつりと呟いた。
「フィオナも十六歳か……」
 その言葉に、残りの四人の王子たちがぴくりと反応する。すると、ロベルトが険しい表情を浮かべた。
「わかっているね? 各々ぬかりなくやるように」
 声を潜めて言うロベルトに、それぞれが無言のまま頷く。
「なんの話?」
 様子のおかしい兄たちを見て、フィオナが首をかしげる。
「いや、なんでもないよ。お茶会のことさ。おまえのお祝いができるのが嬉しいんだよ」
 ロベルトはにっこりと微笑んだ。
 フィオナは五人の王子をそれぞれ見回す。同じようにやさしく見つめる視線を受け、フィオナは嬉しくなって頬を緩めた。
「ありがとう。とっても楽しみだわ」
 このときフィオナは、兄たちが何を企たくらんでいるかなんて考えもしなかった。


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