書籍詳細
悪役令嬢に転生したので王子を捨てて推し騎士を愛します
定価 | 1,320円(税込) |
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発売日 | 2023/04/28 |
電子配信書店
内容紹介
立ち読み
光り輝くシャンデリア。
大広間に集う装った高貴な人々。
「セシリア・イル・ウォルバーグ公爵令嬢。君の男爵令嬢メリリアに対しての嫉妬故の執拗な嫌がらせは目に余る。とても未来の王妃、国母と認めることはできない」
社交シーズンの開始を告げる王城の宵(よい)春(はる)の宴。そのパーティー会場に響き渡るのは、この国の王太子エセル・ラグ・オドネルの声。
金髪に青い目の美しい王子は、険しい視線を目の前の女性に向け、指をさした。
「因(よ)って、君との婚約は破棄する」
指さされた銀髪に水色の瞳を持つ美しい女性は強ばった顔をし、王子の傍らで震えている赤みがかった銀髪、つまりピンクの髪の女性を睨みつけた。
「私よりもそんな女がよいとおっしゃるの? たかが男爵の娘ごときを」
「彼女を愚弄するな。犯罪者となった君よりも彼女はずっと高潔だ」
「私は公爵の娘ですわ!」
会場はこのやりとりを聞き逃すまいとシンと静まり返っている。
その中で、王子は大きくため息をついた。
「君がメリリアに毒を盛ったのはわかっている。既に証拠は挙がっているのだ」
「王妃になるのは私よ!」
「君にその資格はない! もう一度言う。セシリア、君との婚約は破棄する。そして貴族への殺人未遂、犯罪を行っておきながら王籍に名を連ねようとした王家侮辱罪で極刑を言い渡す」
極刑という言葉に、彼女は膝を折ってその場に崩れ落ちた。
「連れて行け」
そして彼女は衛兵に引きずられるようにパーティー会場から連れ出された。
「またこの夢だわ……」
深い眠りから覚めて天井を見上げながら、私は気分を変えるために目を擦った。
今見た夢は、乙女ゲーム『王宮に咲く光の薔薇』、別名『ヒカバラ』のワンシーン、しかもあまり好きではない悪役令嬢の断罪シーンだ。
ヒカバラのストーリーは月並みだが、貧乏な男爵令嬢メリリアが孤児院の慰問、教会の手伝い、食堂の手伝いなどをして攻略対象と出会い、貴族の令嬢として社交界にデビューするというもの。
デビューしてからは、お茶会や夜会に出席し、ダンスの大会に出場したり、サロンで歌や楽器の才能を認められ、攻略対象の好感度を上げてゆく。
攻略対象は王子、宰相の息子、騎士団長の息子の若き騎士、商人、王立学院の学者の五人。
それぞれにライバルがいて、王子が相手だとその婚約者、宰相の息子だと彼の妹、騎士なら女騎士で商人は彼を狙う貴族令嬢、学者なら同僚の女性学者となっている。
王子の婚約者である公爵令嬢セシリアは、王子ルートではメイン悪役で、バッドエンドでは極刑。
だが、王子ルート以外の全員のルートでも『たかが男爵令嬢がでしゃばるな』と地味に嫌がらせをしてくる。
そして罰は軽いが断罪された。社交界追放とか、修道院行きとか、貴族令嬢にとっては生命線を絶たれる罰で。
私は全ルート攻略したので知っているのだ。
ありがちなゲームで難しくもなかったヒカバラをどうして全ルート攻略したのか。それは偏(ひとえ)にこのゲームのスチルがとにかく美麗だったからだ。
神絵師の描くスチルは全てうっとりするほど素晴らしかった。全てを手に入れなければ、という使命感に燃えるほど。
けれど私が好きだったのは五人の攻略対象ではない。
悪役令嬢の護衛騎士として時々背後に映っている男性だった。
攻略対象より年上っぽい黒髪黒目で精(せい)悍(かん)な面差しの彼は、セシリアの背後に立ってるぐらいしか描かれないのだが、どのシーンで出てくるかわからないので全てのルートを攻略して彼の姿を探した。
使命感に燃えたのは彼のためだったと言っても過言ではない。
一番のお気に入りは、騎士ルート。騎士が単独でセシリアに疑いを正しに来る時に、『お引き取りを』と彼を門前払いにするアップと、騎士団で彼と模擬戦をするシーンだ。
模擬戦はムービーが入る。護衛騎士は負けるけれど、うっとりだった。
反対に断罪シーンは嫌いだ。
護衛騎士はパーティー会場に入れないのでスチルには登場しないし、見てるとイライラするからだ。
だって、婚約者がいるのに他の女に浮気する王子ってどうよ。
男爵令嬢が好きなら、先に婚約解消すればいいじゃない。しかもわざわざ衆人環視の中で破棄を言い渡す必要ある?
意地悪したから相手を貶(おとし)めたいと考えるのはわかるけど、仕返しなんて子供の発想よ。
一国の王子たるもの、二人きりでちゃんと話し合って、婚約を破棄すると告げて、罪を犯した罰を与えるなら、罰を与えればいいだけでしょ。
公開処刑なんてドン引きよ。
しかもそんな大袈裟な婚約破棄をした王子に、貴族も国民も付いて行くわけないじゃない。
自分の恋愛をメインにして一人の女性の人生奪って、何してんのよ。
そりゃ、意地悪したり毒殺未遂までした悪役令嬢は酷いと思うわ。でも最初の苛めが発覚した時点で監視でも付けておけば毒殺まではいかなかったでしょう。
いや、そもそも王子が浮気をしなければ何も起きなかったのよ。
……などと腹が立ってしまうのには理由がある。
「お嬢様、お支度に参りました。起きてらっしゃいますか?」
「ええ、起きてるわ」
侍女のアニカの声に返事をする。
テンプレだが、私がその悪役令嬢セシリア・イル・ウォルバーグに転生してしまっていたからだ。
ふかふかのベッドから起き上がり、淡いブルーのナイトドレスを着た銀色のストレートヘアーの美少女。
それが今の私、セシリアだ。
白百合の意匠で揃えられた豪華な部屋で目覚め、侍女に瞳の色と合わせた淡い水色のドレスに着替えさせてもらいドレッサーの前に座ると、鏡には眦(まなじり)がちょっと吊り上がった睫毛バサバサの美少女の顔が映る。
付け睫毛なんて必要ない。
何なら、化粧だって必要ないくらい整った顔立ち。大人になったらマナーとしてしなくちゃならないんだろうけど、それだって薄化粧でいいだろう。
キラキラしたアクアマリンみたいな水色の瞳に、形の良い眉、通った鼻筋と少し肉の薄いピンクの唇とほっそりとした顎。
うん、何度見ても美少女だわ。
その美しい顔に、侍女が顔色を整えるための薄い白粉と頬紅だけのせると、よりグレードアップされる。
残念なことに、気の強そうな意地悪顔だけど。
「お美しいですわ」
「ありがとう、アニカ」
「セシリア様は自慢のお嬢様です」
毎朝褒めてくれる侍女に微笑んだところでノックの音。
「おはようございます。失礼してよろしいでしょうか」
「ええ、入って」
私の専属護衛騎士の声が響いて、私は背筋を伸ばした。
今日も一日セシリアとしての生活をしっかり送るために。
自分が転生者だと気づいたのは、七歳の時だった。
その日、私はエセル王子の婚約者選びのお茶会に出席した。
婚約者選びとはいえ、既に候補は二人に絞られていた。一人は侯爵家の令嬢マリアンヌ、そしてもう一人は私、公爵令嬢セシリアだ。
お茶会は、いっぱい集めてみたけどやっぱりこの娘がよかったと言い訳するためのもの。
内々に決めちゃうと問題があるから、建前でも開かれた婚約者選びだったとしておきたかったのだろう。
その席で、私はエセル王子に挨拶した。
金髪碧眼の見目麗しい王子は、確かに観賞用としては最高だった。
が、一目惚れはしなかった。
私以外の令嬢達は皆(みな)うっとりしていたけど、他の令嬢達にマウント取るために婚約者になってもいいかな、ぐらいにしか思わなかった。
この時点ではまだ私は前世の記憶を取り戻していなかったので、天上天下唯我独尊の我(わ)が儘(まま)お嬢様だったのだ。
恋だの愛だのを語るには幼すぎたし。
家に戻った翌日。
王室から正式な使者が来て、やっぱり王子の婚約者はセシリア様にと私が選ばれた時も感慨はなかった。
当然よ。
もう一人の候補者より私の方が美人だったし、侯爵より公爵の方が爵位が上だもの。
でも所詮は子供なので、お祝いとして、お父様が郊外の公園でのピクニックを許可してくれたのは嬉しかった。
前々から行ってみたかったのだ。
城に出仕していた父親と公園で待ち合わせてお昼を食べるというだけのことだったけれど、箱入り娘には特別なことだった。
公爵家の護衛の騎士に守られて郊外の公園へ、たったそれだけの道程で馬車が襲われた。
襲ってきたのは婚約者選びに負けた侯爵家だと後でわかった。
悪事が暴かれた後は降爵して今は子爵家になった上、当代の侯爵は隠居。当時十二歳の嫡男が爵位を継いだ。
私は襲撃の時、馬車の中にいた。
剣が打ち合う音や男達の怒号に脅え、震えていた。だって七歳だもの。
怖くて、怖くて、パニックになってるところに護衛騎士が扉を開けて飛び込んできた。
「お嬢様!」
大きな手で抱き上げられ、これでもう大丈夫なのだと安堵した瞬間、意識を失い……、覚醒した。
自分の中にもう一人の自分がいる、と。
つまり、前世の記憶が蘇ったのだ。
私は車も電車も飛行機もある、現代で生きていた。
母は私が小学生の頃、浮気した父と離婚して女手一つで私を育ててくれた。
幸いにも私が中学の時再婚したが、義父との関係はさほど良いものではなかった。
最初は良かったんだけど、自分の子供が産まれると疎遠になったのだ。
ただし、虐待などはなかった。敢えて言うなら空気? 同居人?
それでも高校までは出してくれたし、専門学校にも通わせてくれた。
でも二人目の子供が産まれると、そのまま一緒に暮らすのはお互い無理だと悟って私は家を出た。もちろん両親はアパートを借りる時の保証人になってくれたので、険悪ではなかった。
義理の家族に気を遣う必要がなくなって、貧しいながらも六畳一間のアパートで悠々自適な独り暮らし。
就職には失敗して会社員にはなれなかったけれど、近くの洋食屋に勤めることができた。
ここがいいお店だったのだ。
実家に寄り付けない私の事情もよくわかってくれて、オーナー店主の老夫婦は実の孫のように可愛がってくれた。
お子さんがいないこともあって、いっそ私が店を継ぐかなんてことも言ってくれていた。
なのに……。
私は死んでしまった。
逆走した車がトラックと衝突し、弾かれるように歩道を歩いていた私に激突したのだ。
ああ、オーナーさん夫婦より先に死ぬのか。実家の家族は私のお葬式を出してくれるんだろうか? アパートの部屋、もっと片付けておけばよかった。
そんなことを考えているうちに意識が遠のいた。
ということを思い出したのだ。
もちろん、セシリアとしての記憶もあった。
つまり、乗っ取りや憑依ではなく転生だ。
流れ込んで来る膨大な記憶に頭がバーストして三日寝込んだ。
その時に気づいてしまった。
セシリア? エセル王子? それってどこかで聞いたことのある名前じゃない?
それって確か……、私がやってたゲームの登場人物だ!
旅行することも買い物に耽(ふけ)る余裕もない自分が唯一楽しんでいたスマホのゲーム。
目が覚めてから、もう一度ゆっくり考えて確定した。自分が『王宮に咲く光の薔薇』、ヒカバラの悪役令嬢だということが。
冗談じゃないわ。
せっかく新しい人生をもらったのに、死んでたまるもんですか。
三日寝込んだ後、ベッドの中で決意した。
よし、人生を変えよう。
元々他人に嫌がらせなんかしたくないし、いくら美形だったとはいえ二十歳を過ぎた記憶と意識を持った新生セシリアにとって王子は子供に過ぎない。
人の上に立つということが大変な重責を担うものだと知っているから、王妃という立場にも興味はない。
既に王子の婚約者に決まってしまってはいるが、そこを何とか逃げ切れれば断罪イベントは避けられるのではないだろうか?
答えを出してから、私は現状を確認した。
私は馬車で襲われた。
ゲームではそんな設定は知らないが、実際の七歳児だったら絶対トラウマものだ。ならばそれを理由に引きこもりになって社交を避けてもいいのでは?
あの時、護衛の騎士が飛び込んで来るまで本当に怖くて……。
護衛の騎士!
頭の中にあの時の様子がパッと浮かんだ。
脅えて縮こまっていた私の前に扉を開けて飛び込んで来た騎士。いえ、まだ従騎士だったかもしれない年若い青年。
彼の顔を思い出したからだ。
あれは、私の推しの護衛騎士様だ!
名前も付いていなかった護衛騎士。スチルより若かったけれどそれは当然だろう。何せゲームより十年も昔なのだ。
「アルバート……」
でも今の私は彼の名前を知っていた。
彼は私が五歳の時に公爵家の騎士団に見習いとして入ってきた少年だ。騎士団の中では一番年が下で、前世を思い出す前の私も兄のように懐いていた。
というか、実の兄より言うことを聞いてくれるアルバートに甘えて我が儘を言っていた。
……反省だわ。
彼と親しくなりたい。
今すぐは無理でも、いつか彼に護衛騎士になってもらいたい。
断罪ルート回避よりそっちの方が先だわ。
私は更に二日ベッドの中で考えてから、お父様に馬車で襲われたから外に出ることが怖いと泣きついた。
そして自分を助けてくれた騎士達を護衛騎士として付けて欲しいとお願いした。
本当はアルバートだけでいいのだけれど、それでは怪しまれるかと思って『あの時の騎士達』と言ったのだ。
でも馬車に飛び込んできてくれた人が一番信頼できる、と付け足しておいたけど。
そして三人の騎士が私に付けられることになった。
「改めてよろしくお願いいたします、お嬢様。本日よりセシリアお嬢様の護衛騎士を務めさせていただきます。アルバート・シュテフと申します」
黒い髪に黒い瞳。すらりと背の高い精悍な顔立ちの殿方。
引き合わされた護衛騎士の姿を見て、私は心の中でガッツポーズをとった。
やった。
やったわ。
スチルでちょっぴりしか見ることのできなかったアルバート様だわ。
ああ、もう断罪ルートなんて何でもいい。
生アルバート様よ?
こんな御褒美ないわ。
転生してよかったと心から思った。
彼は八つ年上の十五歳。うん、中身二十歳過ぎの私にとっては年下だけど、美少年の王子よりは恋愛対象。
ゲームでは見ることのなかったちょっと若いアルバート様は眼福。
他の二人のうち一人の護衛騎士は年配の手(て)練(だ)れ、別の一人は体格のいい脳筋タイプだったけれど気のいいおじさんだった。
でも、ごめんなさい。私の目はアルバートしか見ていませんでした。
こんな御褒美をいただいたのだもの、本気で頑張らなくては。彼に嫌われないように意地悪な悪役令嬢には絶対にならないぞ、と心に誓った。
まず、ゲームのセシリアは高慢で縦ロールで頭が悪かったから、髪は巻かない、高慢な態度も我が儘も止めた。
とはいえ断罪も怖いので、外出を控えたい、その代わり家庭教師を雇って勉強したいとお父様にお願いした。外に出なければ断罪に繋がるイベントもスルーできるはず、と。
王子との婚約が決まった以上社交は必要最低限でいいと判断したのだろう。案外あっさりと私の引きこもりは許可された。
現代で高等教育を受けた身としては、勉強など難しいことではない。特に数学は家庭教師も驚くほど優秀だった。
歴史や地理は一からだけれど、単語帳カードを自作し丸暗記。伊達に受験戦争越えてきたわけではないのだ。
化学や物理は貴族の令嬢には必要ないけど、もちろんこれも優秀。
ダンスとピアノとマナーはセシリアとしてもっと幼い頃からたたき込まれていたので身体が覚えていたが、基礎があるとはいえちょっと苦労した。
もちろんアルバートにはもう我が儘は言わなかった。彼の言うことには素直に従ったし、目一杯懐いた。
でも所詮身体は子供だから、恋愛対象にはならない。歩みが遅いと抱っこされたり、重い本を持ってもらったりぐらいだけど、距離は近づけたと思う。
見かければ真っすぐ走ってって長い脚に抱き着いたりもした。
メイド長に怒られたけど。
ちなみに、抱っこは子煩悩なおじさん騎士が最初に始めたことだ。私が強(ね)請(だ)ったわけではない。喜んだら、皆がしてくれるようになっただけだ。
引きこもり令嬢となって五年。
引きこもりでも優秀な令嬢となれたと思う。
その間エセル王子は、婚約者となったのに私を訪ねて来ることはなかった。
王子だから出歩けないというのもあったかもしれないけど薄情じゃない? 仮にも婚約者が襲われて寝込んだのよ? 引きこもったのよ?
婚約者となったのだから一回くらい見舞いに来てもいいのに。
まあエセル王子の婚約者でいる限り破滅エンドへまっしぐらだから距離をとれたのはありがたいと思うことにシマシタ。
できればこのまま婚約破棄してくれないかな。
つまらない人生でも平穏が一番。何なら結婚なんて誰ともしなくていい。
取り敢えず、あまり親しくし過ぎて任務を外されないように適切な距離をとって、私はアルバートを堪能できればいい。
王子の婚約者である公爵令嬢と護衛騎士では結ばれる可能性はないに等しいことぐらいわかってるもの。
王子と結婚するにしても、ゲームのように婚約破棄されるにしても、この身分制度が厳しい世界で私がアルバートと結婚なんてあり得ないでしょう。
でも、それとなく好意は伝えておくけれどね。彼がちょっと困った顔で笑うのも、見て楽しかったし。
いつも無表情な彼の微笑みは極上なのだ。
もっとも、年齢が年齢だから子供の戯言としか思われていないだろうけど。
今はそれでいい。
いつか、この状況を打破する方法が見つかるように、と祈りながら。
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