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転生したら悪役令嬢、推しの幸せ全力応援いたします

夏目みや / 著
八美☆わん / イラスト
ISBNコード 978-4-86669-463-4
定価 1,320円(税込)
発売日 2022/03/25
ジャンル フェアリーキスピュア

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内容紹介

自分の幸せは二の次! 悪役令嬢の推しはヒロイン!?
せっかく推しと同じ世界に転生したのだから、推しを愛でなきゃダメでしょ!?
乙女ゲームの悪役令嬢に転生したことに気づいたアリーネは、自分の幸せより、推しであるヒロインを愛でることを決意。推しの幸せを最優先に、美形王子であるアレックスとヒロインをくっつけることに奔走する。貴族令嬢らしさをかなぐり捨て、推しの尊い姿に感激の涙を流すアリーネの姿に、アレックスは――「見ていて飽きない。むしろ、目が離せない」断固、ヒロインをオススメしたいんですが! 果たして孤軍奮闘する悪役令嬢の努力は実を結ぶのか!?
「意地が悪いように見えるだろう。だが構いたくて――触れたくてたまらなくなる」

立ち読み

 なるべく人目につかないように校舎に入り、ドレスルームを目指す。ルーカスが反対側から歩いてきた。
「あら、お兄様。ありがとうございます」
 ルーカスから荷物を受け取ると、ドレスルームの扉を開けた。
「この部屋の前で待っていてください」
 ちょうどいいや、ルーカスを門番代わりに使うことにする。こうすれば誰も入ってこないだろう。
 ルーカスはまた静かにうなずいた。
 中は普段教室として使っていると思えないぐらい、見事にドレスルームと化していた。
 さすがお金持ち学校だ。我が家も毎年多額の寄付金を出しているだけあるわ。
 そうしてさっそくテーブルに置いたトランクケースを開けた。
 出てきたのはピンクベージュのドレス。幾重にも重なるスカートのレースには、ところどころに色とりどりの花模様が刺繡されている。フワッとした丸みを帯びたデザインで、リネットに絶対似合いそう。
 なにを隠そうこれは、私がリネットのためにデザインしたものだ。
 ゲームの中でもリネットは意地悪をされてドレスが濡れてしまっていた。その時に意地悪したのは、他でもないこの私、アリーネだ。わざと飲み物をぶっかけた。
 今の私はそんなことをするつもりなど一切なかったが、どうなるかわからないため、万が一のために用意していたのだ。
 ええ、そりゃあ、もしリネットが着るとなったら、こんなデザインがいいかな? 色は淡い色がいいかしら? それとも意外に目も覚めるようなコバルトブルーで大人っぽさを演出しちゃう? などと想像を膨らませながらデザインを考えた日々は楽しかった。
 推しに似合うドレスを考えるなんて最高である。
 リネットをいじめたイザベラとその取り巻きたちには腹もたつが、一方で感謝してもいいかもしれない。そうね、取り巻きの名前ぐらいは覚えてあげよう。次からは。
「これ、予備のドレス。着てみて」
「えっ!! いけません、そんな!!」
 両手を激しく振って断りの意志を示すが、そんなことお構いなしだ。
 グッと彼女の手元にドレスを押し付けた。
「着なさい」
「で、ですがこんな素敵なドレスをお借りするなんて……」
 困惑するリネットはドレスを手にして、そわそわと落ち着かない様子だ。
「そんなこと気にしなくていいのよ。それよりもその服、どうにかしなさい」
 早く着て見せて欲しい。絶対可愛いに決まっているんだから。そのドレスを着て、アレックスの目に留まり、彼と踊るの。そして親密度がアップして、幸せルートへ一直線。誰の邪魔も入らず、私もバッドエンドにいくことなく、皆がハッピー!!
 困惑して激しく瞬きを繰り返すリネットを残し、ドレスルームから先に出た。
 外ではルーカスが腕を組み、扉の前で仁王立ちしていた。
「お兄様、助かりました。ありがとうございます」
「ああ」
 しかし、このルーカス。無表情で、いまいち考えていることはわからないけど、私の言うことはよく聞いてくれる。不愛想な番犬みたいだと、クスッと笑った。
「女とはあのような顔があるのだな」
 ボソッとつぶやいたルーカスが珍しく自分から語り出した。
「俺に近寄ってくる時は媚びた声を出すが、裏の顔は実に興味深い。俺が姿を現したら、あのような顔を見ることはなかっただろう」
 確かにイザベラと取り巻きたちはルーカスがいるとわかっていたなら、すぐに引いたはずだ。
「じゃあ、すぐに姿を現せば、リネットが水に濡れることもなかったのでは?」
 ちょっと意地悪かと思いつつ、言ってみた。
「……だからこそ、こうやってお前を手伝っている」
 あ、リネットを助けられなかったこと、ちょっとは申し訳なく思っているんだ。仏頂面で読めないけど、やっぱり優しいんだわ。
 クスッと笑ってしまう。
「お前こそ、いいのか? いつもならアレックス様の側に――」
「あっ、私のことならいいのです」
 片手を上げ、ルーカスの言葉を遮る。推しのリネットの救出の方が大事ですから。
「そうか」
 ルーカスがつぶやいた時、ドレスルームの扉が静かに開いた。
「あっ、あの……」
 申し訳なさそうな表情を浮かべ、隙間からひょこっと顔を出すリネットを見て、私は倒れそうになった。
 あまりにもドレスが似合っていて、神々しくて。
 ため息が出るほどの、鮮やかな花をたっぷりと刺した、フラワードレス。アクセントカラーを施した、幾重ものチュールスカートが印象的だ。肌に馴染む優しい色合いのピンクベージュがとても似合っていて繊細で可憐なイメージである。
 淡い色が彼女の白い肌にはえる。
 額に手を当て、ふらついた。そんな私をルーカスが無言で支えた。
 どうしよう、私の推しが尊い……!! 尊すぎて目がくらむ。
 なに、女神なの? それとも天使? 背中に羽でもはえているの? 後光が差して見える。
 目の前に現れた推しが私の選んだドレスを着て、はにかんだように立っている。
 我が人生に悔いなし……!!
 歓喜にむせび泣きそうになり、天を仰ぐ。
「アリーネ様、本当によろしいのでしょうか。このような素敵なドレスを私がお借りするなど……」
 そわそわしているリネットの言葉に我に返る。
 はっ、彼女の不安を取り除かなければ。
 気を取り直して両手でガシッとリネットの肩を摑み、足のつま先から頭のてっぺんまで無遠慮に見つめた。
「足りないわね」
「はい?」
「あなた、せっかくドレスを着ているのに、その髪型はなに? 似合ってないわ。ちょっと来て」
 そう言うと彼女を再びドレスルームの奥へと、引き連れていった。そしてトランクケースから宝石箱を取り出す。
「髪飾りもたくさん持ってきたのよ。どれがあなたの好み? この大きなサファイア、星をイメージしているけど、どうかしら。それとも蝶をかたどった金の髪飾りはどう?」
 戸惑うリネットを前に次から次へと取り出して見せる。まるで押し売りみたいだわ、私。
 リネットは眉尻を下げ、目を伏せて考えこんだ。だがやがて顔をパッと上げる。
「アリーネ様にお任せいたします」
 ぺこりと頭を下げたリネットに気分が良くなった私は指示を出す。
「では、そこの椅子に座って」
 推しの髪に触れ、自分の手で磨き上げることが出来る喜びを感じ、私はがぜん張り切った。

 そしてしばらくしてから、ルーカスの前に戻った。
 両サイドに編み込みを入れ、トップはふんわりボリュームを出して後ろに髪を流す、華やかなヘアスタイルだ。そこにパールの髪留めをつけて完成させた。
 私の推しが可愛すぎる。ご満悦の私。
「ありがとうございます」
 おずおずと礼を口にするリネットにドヤ顔を見せる。
「まぁ、私の腕がいいってことね」
 素材はもっといいけどな!!
 満足げにうなずいて、隣に並ぶルーカスに視線を送る。
「ねぇ、お兄様、悪くないですわよね?」
 うきうきと同意を求めて兄を見る。
 こんなに可愛いリネットがドレスを着たり、髪型を変えたりしたんだから、さぞかし見とれているに違いない。
 するとルーカスは瞬きを一つした。
「ああ」
 たった一言告げただけで、期待したほどの反応ではなかった。まったく残念な兄である。
 しかしリネットは照れたのか、首まで真っ赤になった。
「お兄様、彼女をエスコートして会場まで案内お願いしますわ」
 ルーカスは静かにうなずいた。
「えっ、そんな、大丈夫です。一人で行けます」
「あなた、イザベラ達に会うかもしれないでしょう。またドレスを汚されたらどうするの? もう替えはないわよ」
 リネットは押し黙った。それにルーカスが側にいれば、下手に近づいてこないはずだ。
「先に行ってるわ」
 ダメだ、これ以上顔が取り繕えない。
 サッと踵を返し、背を見せた。
「アリーネ様!!」
 大声で呼ばれ反射的に振り返る。リネットが背筋を正し、真っすぐに私を見つめた。
「ありがとうございました!!」
 深々と頭を下げる彼女に思わず言いたくなった。
 こっちこそ、ありがとう、と――。
 いや、本当、眼福だったわ。幸せだ。フッと笑った。
「別に。たまたま居合わせただけよ」
 なんでもない風にクールに告げ、リネットに背を向け、歩き出す。
 端から見てかっこよく決めたつもりだが、顔はとんでもなく、にやけていた。
 こんな姿、誰にも見せられないと思いながら、会場を目指した。

 戻ってきた会場は、先ほどよりさらにすごい熱気に包まれていた。一仕事を終えて喉が渇いたので、水が入ったグラスを手にする。そのまま一気飲みして、プハッとグラスを口から離す。
 はしたないけど誰も見てないわよね。
「どこに行ってたんだ」
 その時、背後から聞き覚えのある声がかかり、まさかと思ってギギギッと首だけを回す。
 そこにいたのは両腕を組み、どこか不機嫌そうに私を見下ろすアレックスだった。
「えっ、ええと、庭園に」
 突然のことだったので、挙動不審になる。
 まるで私がいないことを責めているような口調に内心焦ってしまった。
 彼はジッと私を見つめ、返答を待つ。
「お、お散歩していましたの」
 噓は言ってない、噓は。
 アレックスは鼻で笑う。
「まあ、いい」
 じゃあ、聞くなよ。
 なんて思ったが口には出さず、あいまいに笑って見せた。
 しかし、やっぱりかっこいいよなぁ。改めてアレックスを観察してしまう。スラッとした長軀に長い足、白い上着に胸元に輝くタイピンは王族の紋章だ。光り輝く金の髪に碧眼、端整な顔立ちは見る者すべてを魅了する。
 圧倒的な存在感を放つ、まごうことなきヒーロー!!
 待っててください、もう少ししたらあなたのヒロインがここに到着しますから。心の中で二人のツーショットを想像してウキウキしてしまう。リネットは天使のような可憐さだし、きっと見たら卒倒するかもしれない。私が。
 その時、流れる音楽の曲調が変わった。
 周囲を見回すと、中央にスペースが出来て、男女ペアになって輪になっている。
 ああ、ダンスの時間なのだ。でも私は参加するつもりもないので、隅で大人しくしていよう。
 そう心に決めた時、目の前にスッと手が差し出された。
「踊るか」
「…………ヒェッ」
 驚きすぎて変な裏声出たわ。
 えっ、まさか私と踊ると言っているの? そこにある手を怪訝な顔で見つめる。恐る恐る顔を上げると、目が合った。
「わ、私とですか?」
 誘う相手を間違えているんじゃないのかしら? 私はあなたからうとまれる悪役令嬢のアリーネ・ヘイゼルですよ?
「リネットをお誘いするのでは?」
「なぜ?」
「えっと……」
 ここでリネットと踊れば、最高に目の保養になるし、周囲にも二人の仲を印象付けられるじゃない。そして私は心のシャッターを何度も切るから! さぞかし素敵なツーショット。スチル画像そのままの場面が目の前に! 
 だが残念ながら私の期待とは裏腹に、アレックスにその気はなさそうだ。
 こうなれば仕方ない。一曲ぐらい踊るか。終わった頃には本命ヒロイン、リネットが登場するはずだから。そしたらバトンタッチよ。
 差し出された手に自分の手をスッと重ねた。
「私、あまり自信がないのですが、お手柔らかにお願いします」
 これは本当だ。アリーネが体で覚えていることを期待するしかない。
「ああ、気にするな」
 クスッと笑ったアレックスを見て、胸がときめいた。
 ちょっと、これは反則よ。イケメンがヒロイン以外に優しく微笑みかけちゃダメだって。これは勘違いしてしまう人もいるはず。
 広い胸板に長い手足、大きな手で私の腰を支えて優雅にリードしてくれる。こうやって目の前に立たれると、圧倒的な存在感がある。
 ゆったりとした曲に合わせてステップを踏む。
 幸いなことにダンスは問題なく踊ることができた。どうやらアリーネの体に染みついていたようだ。さすが生粋のお嬢様。
 ホッとしているとアレックスが顔を近づけてきた。サラリと彼の美しい金髪が耳に触れてドキリとする。
「なかなか上手いな。もう一曲いくか」
 耳元でささやかれ、心臓が跳ねた。
 ちょっと、やめてよ。低音ボイスで聞かされる身にもなれ!!
 私を見つめるアレックスは、どこか面白がっているように感じた。楽しそうに目を細めてじっとこちらを見ている。このまま流されてしまいそうだ。
 けど、ダメだ。
 彼とくっつくのはリネットじゃないと。私はあくまでも悪役、物語を進めるために必要なポジション。自分の立場をわきまえて行動しないといけない。
「私ばかりがアレックス様を独占するわけにはいかないので、次はお相手を変えるのがいいですわ。そうですわね――リネットを推薦しますわ」
 一応考える素振りを見せたあと、にっこり微笑む。
 するとアレックスは押し黙ってから、顎でクイッと指し示した。
 不思議に思ってそちらに目を向けるとなんと、リネットが踊っていた。しかも相手はルーカス!!
 なんで、どうしてあの二人が一緒に?
 仏頂面のルーカスに笑顔のリネット。その場所、アレックスと交代しなさい。
 リネットも慣れない様子だが、懸命に足を動かしている。ルーカスは自然な様子でリネットに合わせていた。
「まだ余裕そうだな」
「はっ?」
 その時、耳に吐息がかかる。再度、低音の声でささやかれ、思わずのけぞる。
 耳を手で押さえながら顔を向けると、不敵な笑みを浮かべるアレックスがいた。
「俺といるのに、よそ見をさせるわけにはいかないな」
「えっと、それは……」
 言葉に詰まっていると、急に腰に手がそえられ、グッと引き寄せられた。アレックスの腕に力が込められ、私の腰がギュッと彼の体に密着する。
 こ、これは近づきすぎだ。
 焦って離れようとするも、男らしい腕に包み込まれて、全然びくともしない。
「ちょっと、近づきすぎです!!」
 思わず本音を口走る。それにこんな場じゃ、皆が見ているじゃない。注目を浴びやしないかと心配してしまう。
 首を横に向けると、リネットが視界に入り、目が合った。
 ちょっ、誤解しないで!! これでは私がアレックスに気があると勘違いされてしまう。
 リネットは頰を赤く染め、瞳をキラキラと輝かせると、はにかんだように微笑んだ。
 か、可愛い……!!
 じゃなくて、違うからね!! 彼が本来踊りたいのはあなたのはずだから。
「もう一曲いくぞ、ついてこい」
 アレックスはニヤリと笑うと同時に、曲調が変わった。先ほどよりもテンポが速い。
「えっ……!!」
 戸惑う私を愉快そうに見つめるアレックス。
 ちょっと、頭にきた。私が困る姿を見て楽しんでいるんでしょう。いいわ、そっちがその態度なら、私だって負けないから。
 本来の負けず嫌いの性分が顔を出した。アレックスの手をギュッと握る。リズミカルに足を動かしながら、ジッと私を見つめる彼に微笑んだ。
「私、速いステップの曲は慣れていませんの。足を踏んだら申し訳ありません」
「ああ、その前に避けるとしよう」
 そして再び踊り始めたが、速いステップについていくだけで精一杯だった。
「で、庭園の散歩は楽しかったか? 誰と行ったんだ?」
 なのに相手は涼しい顔で平然と会話までしてくるものだから、信じられない。
「後で答えますので、今はちょっと黙っててください!」
 そう、踊るのに必死なんだから、話しかけないで。
 私の無礼な態度にも彼は気分を害した様子もなく、平然としている。それどころか、クスリと笑う。
「ダンスには笑顔も大事だぞ」
 ああ、わかっているわ!!
「こうでしょうか?」
 顔を上げ、ニコリと微笑む。そのせいで足の動きがおろそかになり、アレックスの足をムッギュウと踏んでしまった。
「あっ!!」
 今のは痛いはず。
「も、申し訳ありません」
 さすがに慌てて謝罪する。
「そうだな、骨が折れたかもしれない」
「そんなわけないでしょ!!」
 グワッと目を見開いてツッコんだあと、やばいと思って口を手で押さえる。
「失礼しました。そんなわけないです、でした」
 失礼な物言いをしてしまったことを後悔する。だがアレックスは愉快そうに声を上げて笑った。
「いつもその言い方でいい」
「なにがですか?」
「堅苦しい言葉はいらない」
 えっ、それは敬語をやめろということ?
「ダメです、それはできません」
 フルフルと首を横に振る。
「なぜだ」
 だが食い下がってくるアレックス。
「あなたはこの国の王子ですから。気安い態度を取れません」
 ジッと目を見つめ、訴える。ここで逸らしてはダメだ。主張するんだ。
「では、二人きりの時だけ、そうしてくれ」
「ふ、二人きり……とは?」
 思わず声がうわずってしまう。一体、彼はなにを言っているのだろう。
 そんな時間がこれからくるというのだろうか。
 その時、アレックスが前かがみになる。顔が近づき、心臓が跳ねた。フワッと香る爽やかな香りは彼の香水かもしれない。
 そして彼は耳元でささやいた。
「婚約者候補ということは、今後、二人の時間が増えるだろう」
 な、な、なにを言っているのだろう。動揺して思わず体がのけぞった。そのせいで、彼が私に覆いかぶさる体勢になる。
 あなたは私を拒否してヒロインに恋する運命なの。それなのに、なぜ私に思わせぶりな態度を取るの!
 眉をひそめて目を白黒させていると、アレックスは笑いがこらえきれない様子で、口の端を上げる。
「本当、予想とは違う姿ばかりを見せるな、お前は」
 まさかの『お前』呼び!!
 ちょっとちょっと、気安いんじゃない。いつから私たち、そんなに親しくなりましたっけ? このままアレックスに近づいて、断罪ルートに突き進むのは困るんです。
「外に出るか」
 その時、アレックスが顎をクイッと向けた先はバルコニーだった。ちょうどいい。外の空気を吸って、少し落ち着こう。
 私はアレックスの誘いを受け、バルコニーへ向かった。

 バルコニーには人がおらず、結果的に私たちの貸し切りだった。外の空気が気持ち良く感じられ、火照った体を冷ますにはちょうどいい。
 広間に続くガラス越しに、リネットの姿が見えた。
 その瞬間、私はガバリとガラスに張りついた。
 やっぱり、ピンクベージュのドレスは似合うわ。選んだ私ってば、天才じゃない? ほら、チュールスカートがひらひらと軽やかに舞って、とても綺麗だわ。
 あっ、でもスカイブルーのドレスも似合うかもしれないわね。幾重にもきらめく星をイメージして、ビジューをふんだんにちりばめてみたり。今回が花をモチーフにしたドレスなら、次は星をイメージしてもいいかもしれない。爽やかな印象に甘さもプラスしたデザインで、レースをふんだんにあしらったドレスで可愛らしさが爆誕か。
 自然と思考がダダ漏れしていたらしい。後ろでアレックスが怪訝そうな声をかけてくる。
「なにをさっきから、ブツブツつぶやいているんだ」
 しまった、すっかり存在を忘れていた。
「気になる男がいるわけではないだろう」
 一瞬、緊迫した空気が流れる。彼は私をジッと見つめている。
「まさか。気になるのはリネットだけですわ」
「は?」
「いっ、いえ、彼女に似合っているドレスだと思いまして」
 眉をひそめたアレックスの視線をかわし、首を横に振りながら笑ってごまかした。
「ああ、似合っているな」
 真っすぐに私を見つめるアレックス。私の背後に誰か見えるの? 疑問に思い振り返ると、アレックスは苦笑した。
「お前に言っている」
「えっ?」
 驚いて首が前のめりになった。
「お前に言っているんだよ、アリーネ」
 これはお礼を言った方がいいのか……?
「あ、ありがとうございます」
 おずおずと告げる。
「では、今度、俺がアリーネに似合うドレスを見立ててやろうか?」
「えっ?」
 いきなりそんなことを言い出したものだから、頭に疑問が浮かぶ。いぶかしむ私を前に、彼はバルコニーの柱によりかかり、笑い出した。
「しかし、意外だったな」
「なにがでしょう」
「以前のアリーネからは想像もつかない」
 鋭いことを言われ、一瞬表情が強張る。だが動揺を隠すため、手で口を覆って笑う。
「昔の私のことは忘れてください」
 できればノーカンでお願いします。
「幼少の頃から、口を開けば俺を褒めちぎる言葉ばかり言って、まとわりついてきた。陰では俺と関わる令嬢を侮辱するどころか、脅迫までしたりと、いくら言ってもやめなかっただろう。それがどういった心境の変化だ」
 こうもはっきり聞かれて戸惑った。きっと、彼にうわべだけのことを言って言い逃れしようとしても、見透かされてしまうだろう。そんな気がした。
 唇を真一文字に結び、ギュッと嚙みしめてから口を聞く。
「幼い頃、アレックス様と夜の庭園でインフェを見たのを覚えていますか?」
 インフェとは蝶の種類で、夜になると体が光る。城の庭園では秋の夜にインフェが集まってくるスポットがあり、貴族の子供たちが招待されたことがあった。
「あの時、アレックス様と一緒にインフェを探し回った楽しい記憶があります。幼い頃は私に優しく微笑みかけてくれました。ですが、最近では避けられていると感じていました。長く時間がかかりましたが、ようやく気づいたのです。こうなったのは、誰のせいでもない、自分の問題だと」
 改心してますアピールのため、私は必死に訴えた。
「今の方がずっといい」
「そうですか」
「ああ、自然な姿だし。なにより、こんなに面白い奴とは気づかなかった」
「面白い……ですか」
 その表現にどう反応すればいいのだろう。私が困っていることに気づいたアレックスは腕を組み、言い方を変えた。
「ついからかってみたくなるというか」
「それも微妙です」
 即答するとアレックスは声を出して笑う。
「先ほど言っていた件だが、ここでは二人だぞ」
「えっ?」
 しばし考えて、先ほどの彼の台詞を思い出す。確か二人の時は、敬語をやめろと言われたっけ。彼は王族。私がそんな態度をしたら本来なら不敬罪にあたる。だけど、彼本人がそれを望むのなら、従わない方が悪いのかしら。
 改めて考えてみると断罪ルートを回避するために、彼とは親しくなっておいた方が、なにかと都合がいいのではないだろうか。
 彼の婚約者の座を狙う気はさらさらないけど、友達の座ならいいかもしれない。私と彼が親しくなれば、リネットを彼に勧める機会も増えるだろうし。
 なにより友達なら、断罪するにも気がひけるはず!!
 名案が浮かび、希望が生まれた。
「先ほどから、なにを考えている?」
 あなたと友達になることを決めました、たった今ですが。とはさすがに口に出来ず、ごまかすように笑った。
「ちょっと疲れたなと思って」
 そう、まずは敬語をやめてみよう。彼と友達になる第一歩だ。
 アレックスは私の言葉遣いに気づいたらしく、目をパチパチと瞬かせた。
 だが次に、フッと微笑む。
「お前は本当に変な奴だ」
「はい?」
 ちょっと、それは聞き捨てならない。
「堂々とした振る舞いをしているかと思えば、時折感情がすぐ顔に出る」
 自分でも自覚していたけど、考えていることが顔に出すぎるらしい。気をつけよう。
 ポーカーフェイスぐらいがちょうどいいかしら。慌てて表情をひきしめる。
 その時、ガラス越しにルーカスの姿が見えた。うん、アレぐらいまでいくと仏頂面の領域になってしまうが、ちょっとは見習おう。
 というか、なんとルーカスはまだ踊っていた。しかもパートナーを代えるでもなく、相手はリネットのまま。ちょっと、リネットを独占しすぎだ。むしろ私に代わって欲しい、そのポジション。
「俺の前で他のことを考えるなんて余裕だな。なにを考えている?」
 その時、顎に手が添えられ、グッと窓から視線を引き離される。


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