書籍詳細
聖女を召喚したはずが、異世界の帝王が来ました
定価 | 1,320円(税込) |
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発売日 | 2023/11/10 |
電子配信書店
内容紹介
もっと、お前の奥まで触れたい
瞳を見せると不運を呼ぶという理由から目隠しをつけさせられ、城の中で隠すように育てられてきた第二王子・イクリス。彼が暮らすグルフープ王国では、ここ数年で爆発的に広がった瘴気に悩まされていた。この危機を解決しようと聖女召喚の儀式が行われるが、その場に召喚されたのは、なんと異世界の帝王・アーシャンティで…!? 覇王のようなオーラを放つアーシャンティに周りが怯える中、イクリスは勇気を振り絞り国を救ってほしいと願い出る。しかし、そんな姿を気に入った帝王は、報酬としてイクリスを自国に連れて帰ることを望んできて!?
人物紹介
イクリス
グルフープ王国の第二王子。十歳の時から瞳を隠して生きてきた。
アーシャンティ
ランディア帝国の初代帝王。イクリスを自分の世話係に命じる。
立ち読み
第一章
夜空には二つの月が煌(こう)々(こう)と輝く。
月明かりは王城の北側に位置する石造りの塔の最上階に描かれた魔法陣を、昼間のように明るく照らしていた。
魔法陣の周りには十人の魔術師。その周囲で王族や貴族、騎士たちが見守る。
この数年で瘴(しょう)気(き)は爆発的に範囲を広げた。なんの害もなかった動物が瘴気により魔物に変化し、人を襲い始め早四年。何度も討伐を試みてはいるが、焼け石に水状態。
当初から「片っ端から倒せば良い」と研究が重要視されなかったため、今でも魔物化が感染するものなのかすら分からず、他国へ協力も要請したが、近隣国は我がグルフープ王国への往来を禁止。
自国のみで解決するには、すでに限界がきてしまった。
この問題を解決すべく魔術省の一人が文献を読み漁って見つけ出した、百五十年前まで何度か行われていたという、聖女召喚の儀式が。
――今まさに行われようとしていた。
魔術師が一斉に呪文を唱える。魔法陣は徐々に青白い光を帯び、溢れた光は塔の天井にぽっかりとあいた穴から、天まで一気に突き抜ける。
あまりの光の量に誰もが目を瞑(つむ)った。
しばらくして光が収まり、ようやくそろりと目を開けた時。
まだぼんやりと輝く魔法陣の真ん中に――赤い髪の人が立っていた。
長身で赤い髪は腰まである。筋骨隆々ではないのに、一目で鍛えられていると分かる身体。この国では見たことがない洗練されたデザインの服。高級素材であろう真っ黒なマント。頭にいくつもの大きな宝石がついた冠を載せ、長い金色の杖を手に持つ。
驚くほどに強そうで、同性であろうとも目を奪われる端正な顔。明らかに地位の高い男だ。
――――え、誰? ……男?
…………聖女は?
この時、全員の気持ちは一致していただろうと思う。
その召喚の場に居合わせ、少し離れたところから見ていたこの国の第二王子イクリスは、いつものように目を覆う特殊な黒い布を巻いたまま、この場に現れたその男の風貌に絶句しながらも――布の下ではキラキラと目を輝かせていた。
燃えるような赤い髪はワイルドさに溢れている。自信に満ちたような眉も強い瞳も……すべてが自分と正反対で、憧れを具現化したような人。この場にいる誰よりも威厳があり、誰よりも強そうなのに美形。
彼はいきなり召喚されたにもかかわらず、動じる気配を微(み)塵(じん)も見せない。笑みさえ浮かべている……というよりも周囲を見下しているように見える、と言った方が的確だろう。
誰も言葉を発せず、しんと静まり返っていた。もちろんイクリスも、その場の一番後ろの壁際で遠くから見ているだけだ。
「――ここはどこだ。俺に何用だ?」
口角をほんのり上げたまま静かに口を開いただけなのに、ビリビリと空気を震えさせるほど圧倒的な、人を支配する強者の声。イクリスは息を呑んだ。
聖女について、文献では黒目黒髪のかよわくも優しい女性が異世界から召喚されると書かれていて『この世界を救えるのはあなただけなのです、どうかお助けください』とお願いすると、ためらいながらも協力してくれるという。その後、歴代の聖女は王子と結婚しているそうだ。
イクリスの兄である第一王子アレクシスなど、瘴気による魔物は怖いし国のことも憂いてはいるが、実は可愛らしい聖女が来ることを期待していたのが見え見えだった。
だが今ここにいる人はどう見ても、これっぽっちもかよわくも優しくもなさそうだし、可愛らしさはまったくない。ついでに黒髪でもない。
そして……どう見ても女ではない。
――物語の、覇(は)王(おう)のような男。
魔術師たちは咄(とっ)嗟(さ)に膝をつき、震えながらもなんとか説明を始めた。
「も、も、申し訳ございませんっ!! せ、聖女召喚の儀式を行ったのですが……なぜか、なぜかあなた様が……召喚されてしまいました……!」
「――ほう。俺はたった今まで即位十年の式典の最中だったんだがな……?」
ニッコリと微笑む男の目は、少しも笑っていない。もう瘴気など目ではないくらい、オーラが禍(まが)々(まが)しい。口角だけは上がっているが、目からは破壊光線でも出そう。
皆の予想では弱々しげな女の子が出てきて、半強制的に瘴気殲(せん)滅(めつ)を手伝わせる予定だったのだ。聖女召喚の儀式に対して慎重派だったイクリスは、皆が明らかに怯え言葉もないこの様子を滑(こっ)稽(けい)に思いながら見ていた。
瘴気研究に予算をというイクリスの声は『そんなものはいらない、魔物が出たら対処すればいいだけだ』と失笑されてきた。結局行き着いたのは、他人任せの聖女召喚。関係のない少女を巻き込むのか、という声は『国のためだ』との一言で片付けられた。
それを言ったのが、嫌われ者のイクリスだったからだろうか。誰からも相手にされない王子だからだろうか。そんなことが頭をよぎり、イクリスは首を振った。
(――そんなことは今、どうでもいい)
即位ということは、この男は国の上に立つ人間。さらに我が国の国王とは比べ物にならないくらい強者であり絶対的な施政者だろう。
唯一そうは思わなかったらしい、空気の読めない国王が一歩前へ出た。その瞬間、誰もが「あ、ヤバイ」と感じただろう。
止めようとした宰相はすんでのところで間に合わなかった。宙を掴んだ宰相の手が虚しい。
「わしはこのグルフープ王国の国王、ライネルである。聖女召喚の儀でお主が召喚されたのだから、お主が聖女なのじゃろう。女ではなさそうだが……まぁ良い、仕方あるまい。お主! 瘴気と魔物を殲滅せよ!」
でっぷりと太り、政治に関してなにも分からずふんぞりかえるだけの国王はいつも空気が読めない。宰相に今回も「決して口を開かないように」と言われていた。
だが、誰も何も言わないから、今こそ自分の出番だ! とでも思ったのだろう。
国王を御(ぎょ)しきれなかった宰相がこの発言を聞き、真っ青になり今まさに倒れてしまった。
「……あ?」
覇王っぽい男はご機嫌が急降下したようで、一気に愛想笑いをやめ国王を見下ろした。これだけの数の魔術師と騎士がいるにもかかわらず、彼は圧倒的な自信と威厳と……平伏したくなるほどの殺気を放っている。今までとは比べ物にならないくらいの威圧感と恐怖。イクリスは全身の毛穴が開き、冷や汗が出るのを感じていた。
空気も気配も何一つ読めない国王を除けば、他は誰一人、顔を上げることができずにいる。この男に楯(たて)突(つ)けば、こうなるであろうことは予想済みであったというのに。
(……父上ぇっ!)
覇王(仮)と国王以外の者たちは、ただひたすら俯(うつむ)き地面を見続けぶるぶる震えている。『この……バカ国王がっ!!』と心の中で全力で罵(ののし)っている声が、イクリスには今にも聞こえてきそうだ。
「それ、俺に言ってんのか? 魔物ねぇ……ふーん面白い。魔物がいる国ごとぶっ潰したら良いか? 俺の世界はもう平和であんまり面白くなくてな。それも良いだろう……で、その対価は?」
薄(うっす)らと微笑みを浮かべながら、覇王(仮)はすごく恐ろしいことを言った。
(――国ごとぶっ潰す……?)
明らかにとんでもないのを召喚してしまって、可愛い女の子が祈りを捧げて瘴気がどうのという話ではなくなってしまった。
この男は人間兵器だろうか。いや、異世界から来ているのだから、もしかしたら人間ですらないかもしれない。何か特殊な種族とか。物語に出てくる魔王とかの可能性だってある。
このまま国王が話を進めることはできないだろうし、宰相は倒れている。イクリスはこの場をどう乗り切るべきか考え、第一王子アレクシスをちらりと見た。兄は召喚されたのが可愛い女の子ではなかった上に、こんな人が来たことでショックと恐怖を受けたのか、完全に頭が真っ白になっているようだ。
ふと見れば、国王は憤(ふん)慨(がい)からか顔を真っ赤にしている。
(――あ、父上がまた何か言ってしまいそうだ。もう……どうにでもなれ! 父上よりはマシなはずだ!)
国王・宰相・第一王子が使えないとなると、順番的に第二王子であるイクリスが出ざるを得ない。
あまり姿を見せないように、瞳は必ず隠すようにと幼少期より家族から厳しく言われ、学院にも通わせてもらえず友人もいない。誰かに話しかけようとしても逃げられ、城からほとんど出たことのない嫌われ者の王子だとしても……イクリスは王族の責務を忘れたくなかった。
隅っこの壁際から素早く前に進み出て、男の前に片足をつき跪(ひざまず)いた。
両目を覆う黒い布でイクリスの顔は半分隠れているが、魔術が施されているので視界は良好である。
「口を挟み申し訳ございません。グルフープ王国第二王子のイクリスと申します。このたびは突然の召喚、誠に申し訳ございませんでした。あなた様は異世界でさぞ名のあるお方なのでしょう。大事な式典の最中だったとか……重ねてお詫び申し上げます。――我が国は瘴気と魔物により現在経済も低迷しており、あなた様にお支払いできるほどの金銭の余裕はないかもしれません。ですが、できる限りのお返しをしたいと思いますので……どうか、お力をお貸しいただけないでしょうか?」
イクリスは跪いたまま顔を上げ、初めて正面から男の顔を見た。
バチッと目が合ったような……そんな気がした。イクリスの目には布が巻かれているのだから目が合うはずはないのだが、赤い髪の男は目を見開いている。
(この人の目、茶色かと思ったら金なんだ。吸い込まれそう……)
あまりに綺麗なその色にしばし見入って、凝視してしまう。恐怖を感じているわけではないのに、心臓が早鐘をうつ。
「いいぞ」
「……え?」
「いいぞ、協力してやろう」
あっさりと。
驚くほど簡単に返事をした男はイクリスに手を差し伸べ、顎(あご)だけで、立てと指示をする。ためらいながらその手を取るとぐいっと引っ張られ、勢いで男の腕の中にすっぽりと入ってしまった。
「も、申し訳ございません」
慌てて謝罪するが、彼は腕の力を緩めることはない。
「アーシャンティだ」
「……はい?」
「俺の名はアーシャンティ・ルナリ・メイズ・ランディア。ランディア帝国の初代帝王だ」
「ランディア、王……?」
「――イクリス、お前にはアーシャと呼ぶ権利を与えよう」
帝王は片腕でイクリスの腰を抱き、視線を逸らすな、とばかりにイクリスの顎を軽く掴んだ。
イクリスの瞳は黒い布に隠れ、見えないにもかかわらず。
帝王の顔を間近で見た。少し薄い唇、高く通った鼻筋にすっきりしたシャープな顎。端正な顔になぜか色気すら感じてしまい、動悸が止まらない。
(――ち、近いっ! なんでこんなに心臓がうるさいんだ!? ……あ、近いからか)
このグルフープ王国では、同性であってもある程度の物理的距離を保つことが通常である。しかも、イクリスに近づく人は家族以外では皆無。半径一メートル以内に人がいることがこの十年、ほぼなかったため緊張してしまうのだろう。
帝王が住む国は、人との距離が近い文化なのかもしれない。
とはいえ、別の世界の王を愛称で呼ぶことなどできない、と辞退を申し出た。
「いえ、そんな恐れ多い。とんでもないことでございます」
「お前がそう呼ばないなら協力しない」
「……え」
恐ろしいほどにかっこよく、男の中の男みたいな帝王がいきなり駄々っ子のようなことを言い始めた。
これも異世界仕様だろうか? 呼び名くらいで協力してもらえるなら、受け入れるほかない。
「かしこまりました……アーシャ様、でよろしいでしょうか」
「良いだろう。ではしばらくの間、世話になるとする」
ニカッと笑ったアーシャンティは威圧感など一切出さず、イクリスを見つめながら楽しそうに告げた。その様子に、イクリスの胸がまたしても跳ね上がる。
そしてアーシャンティは周囲に視線を向けた途端、表情を一変させた。
「現状と被害状況の報告をし、魔物と瘴気の分布図を持ってこい。俺の世話係はイクリスに。対価は……終わった後にこの国に無理のない範囲で要求する。ひとまず部屋に案内しろ。……全員何を固まっている? 早く動け!」
「「「はっ!」」」
ひと睨みしただけで、多くの人が咄嗟に返事をしてしまった。本来自分たちが仕える人ではないというのに。
すべてを従える王の器というのが存在するのだろう。とはいえ、他国の王を招いたパーティーに参加した時でさえ、こんな人は見たことがなかったが。
イクリスは隣の帝王を羨(せん)望(ぼう)の眼差しで見つめた。
そしてこの日から――グルフープ王国の人々の、アーシャンティに振り回される日々が始まった。
(――って、あれ? 僕、いつのまにか世話係になってないか?)
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