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騎士団長の愛しの補佐官 ~そばかす騎士は溺愛される~

叶崎みお / 著
榊空也 / イラスト
定価 1,320円(税込)
発売日 2024/11/08

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内容紹介

騎士のニッキーは、「歩く兵器」と恐れられる騎士団長・オルランドに幼い頃から恋をしている。昔は優しかったオルランドも、今ではすっかり無愛想な団長になってしまったけれど、彼の補佐として少しでも長く傍にいられるように仕事に精を出すニッキー。しかし、ある日オルランドから「お前には、俺の補佐の仕事を離れてもらう」と告げられる。自分はもう必要ないのだと落ち込むけれど…「昔から、俺はお前が可愛くて仕方ない」ニッキーを手放したオルランドには何やら秘密があるようで!? コワモテ騎士団長×健気に頑張る有能補佐、すれ違い続けた二人の溺愛ラブ!

人物紹介

ニッキー

オルランドの傍にいたくて、向いていない騎士になった。書類仕事とお菓子作りが得意。

オルランド

圧倒的な強さと才覚で若くして騎士団長に上り詰めた。厳めしい風貌のうえ、無愛想なので団内では恐れられているが…。

立ち読み

   1.そばかす騎士の嫁力は53万

 今日も団長の周りを様々な花が取り囲んでいる。
「ガルシアス団長は、結婚のご予定は?」
 可憐な花のひとつが、そう問いかけた。
「ありません」
 バリトンの硬質な声を耳にして、ニッキーはこめかみを押さえた。その受け答え不合格っすよ! と、今日も後から文句を言わなくては。
 多方面から質問されすぎて嫌気が差している問いであることは知っている。が、令嬢たちのご機嫌取りは仕事なのだ。王宮内の騎士団施設の視察案内を担当するとはそういうものである。鍛錬や要人警護、要所防衛などと比べると騎士らしい仕事とは言えないが、視察案内も騎士団内における立派な業務。責任者なんだから、なんとかがんばってほしい。騎士団の予算がかかってるんだから、しっかりしてほしい。まじで。
 シュガーリア国騎士団長オルランド・ガルシアスは、三十三歳、男ざかり。
 古くは王の槍(やり)を意味したというガルシアスの名を持つ、国内屈指の名門貴族の長男である。家督は次男に譲ったといえど、なにか問題を起こして絶縁されたわけでもなく家族仲は良好。
 家名を賜った祖先のように、国と王家のために人生を捧げるつもりで騎士になったのだと噂(うわさ)されている。
 貴族の嫡男が家を継がないのはシュガーリアでは珍しいケースだが、オルランドが変わり者として好奇の目を向けられることがなかったのは、選んだ道で成功したからだろう。エリート揃(ぞろ)いの魔法騎士隊で活躍し見事な才覚で、若くして騎士団長に上り詰めたのだ。非の打ち所がないとはまさにオルランドのことだとまで言われている。
 奥方の座に就くことができれば、裕福な暮らしは約束されているようなもので――つまりは令嬢方の格好の狙い目なのであった。
 そして、立場だけでなく、見た目も魅力的とくれば、競争率は何倍にも跳ね上がるのである。
 暗めの銀髪は短く刈り上げられており、野性味のある整った顔立ちに似合っている。
 強い魔力を示す紺色の眼は鋭い光を宿していて、騎士らしく鍛え上げられた肉体は筋骨隆々。鎧(よろい)などなくとも迫力がある。勤務中に身につけている鎧姿であればなおのこと雄々しい。
 ちょっといかつすぎるという声もあるが、ワイルドで格好いいという声の方が強い。
 友人の魔術師キーランは職業柄、周囲の人間が痩せ型の者ばかりだからか、騎士のことを筋肉ゴリラとうっかり口にしていた。その筆頭は間違いなく騎士団長のオルランドだろう。どこに出しても恥ずかしくないボス筋肉ゴリラだ。
 さて。このボス筋肉ゴリラ、「愛想よくしといて下さいね」と散々言い含めておいたのに、ニコリともしない。
 ワイルドというよりは無愛想って言われても仕方ないんじゃないの? といつもニッキーはヒヤヒヤする。表情筋が固まってるんじゃないだろうか。
 令嬢たちが「このドレスは、今日のために新調しましたの」とか言っても「はあ」としか返事しない。ばかばか! ちゃんと『褒め言葉一覧』の書類をまとめて渡したじゃないか! 難しい作戦や人員配置は一発で覚えられるんだから、やる気見せてよ!
 オルランドは、ニッキーの幼馴染みである。九つ年の離れたオルランドは、ニッキーにとっては昔から憧れのお兄ちゃんだった。残念なところも散々知っているけれど、兄弟同然に育っているニッキーは、オルランドがいかに優秀かをいつも見てきた。やろうと思えば、令嬢たちに愛想よく振る舞うことだって完璧にできることを知っている。
 とはいえ、完璧に紳士として振る舞われたら、令嬢方の熱はずっと冷めないから――それはそれで困るなぁと思ってしまうあたり、自分も面倒くさい思考をしている。
 油断している間に、令嬢の一人が表情を冷ややかに変化させていく。
 まずい。
 焦ったニッキーは慌てて口を開いた。
「気持ちが明るくなる黄色ですね! ルーベラ嬢の髪の色が映えて、とても素敵ですよ」
 そばかすの散る赤毛のひょろひょろ騎士がにっこり笑うより、無表情でも銀髪の男前騎士団長が口にした方が令嬢方は嬉しいだろうから任せていたのだけど。仕方ない。
 ――オル兄は視察の案内がほんとに苦手なんだから。仕方ないなぁ!
 ちょっと怒りたくもなるけれど、自分が彼の役に立てることがあるのは嬉しい。手がかかる子ほどかわいい、だっけ? オル兄の方が全然年上だけど。
 この人には自分がついてないとだめだなぁ、なんて、この一瞬だけでも思いたくて。けれどそんな気持ちをきちんと胸の中に押し込めて、ニッキーは口(くち)許(もと)にきれいな弧を描く。
「ルマンディ嬢の上品な紫色のドレスも、レースがとても愛らしいですね。素敵なセンスだと思います」
 ニッキーは他の令嬢にも笑いかける。隣の無愛想ボス筋肉ゴリラとは対照的に、ニッキーはまさに笑顔の大安売りである。
 令嬢たちは大事なスポンサーの娘、もしくは未来のスポンサーの奥方だ。騎士団に対する印象が悪くなるのは困る。
 それに何より、ニッキーは和やかな空気が好きな平和主義者だ。周りの人に笑っていてほしいし、少しでもオルランドの気を引きたくてがんばっている彼女たちをいじらしいと思うのだ。
「……まあ。ありがとうございます」
 まんざらでもない様子で令嬢二人が照れる。
 よし、彼女たちの機嫌が回復した。ニッキーはこっそりガッツポーズを決める。
「わたくしたちと違って、騎士団の方々は装いを変えて気分転換というのも難しいお仕事ですものね。その分、休日に息抜きが必要ではありませんの?」
 令嬢の一人が気を取り直してアタックしてきたけれど、オルランドはやはり表情を変えない。
「必要ありませんね。ニッキーが様々と気を配ってくれるおかげで、普段から退屈してませんので」
 デートへ誘う取っ掛かりの言葉をスッパリと切り捨ててしまうオルランドは、ニッキーの苦労をわかってくれない。あああああ、機嫌を持ち直したばかりなのに令嬢方の眉間に皺(しわ)が……!
 いつものことなんだけど、この、空気が冷えていく感じは怖いんだって! もうちょっと乙女心をわかってあげてよ、オル兄ってば!
「たしかに、ニッキーさんの気配りは素晴らしいですわね」
「そうでしょう?」
 会話を広げるための令嬢からの相(あい)槌(づち)に、オルランドは食い気味に頷(うなず)いた。えっ、今までの反応と差がありすぎじゃないっすか。令嬢方も怪(け)訝(げん)な顔してるじゃん。
「ニッキーさんの気配りには及びませんが……わたくしお菓子作りが趣味なんですの。よろしかったら、毎日お仕事が大変な騎士様方へ差し入れしても?」
「だ――」
「菓子もニッキーが作ります。パティシエールの息子なので、それはもう見事な腕前ですよ。自分は、ニッキーとその母君のおかげで舌が肥えてしまったので」
 大歓迎です、と言うはずだったのに、遮られたどころか真逆の言葉を吐かれて、ニッキーは内心悲鳴を上げる。
 ――何言ってんの、ほんと何言ってんのオル兄! 本職の母さんみたいには上手くないから! オル兄の好みの甘さに調節できるってだけだからね!? うわぁぁぁ、もう、令嬢たちが呆れた顔になってるじゃんかー!
「ホワイトリリー嬢の手作りなんて、騎士たちは大喜びですよ! 団長は……ちょっとひねくれてるので、お気になさらないでくださいね!? 本当に武骨ですみません、うちの団長が……! 差し入れ、いつでも大歓迎ですので!」
 頭を下げつつ、明るい声で必死にフォローを入れる。余計なこと言って令嬢たちのテンション下げるのほんとやめてもらわないと、ニッキーの心臓がもたない。まじで。

 こんな風にヒヤヒヤしっぱなしだし、令嬢方に気を遣いっぱなしで疲れるけれど、ニッキーは視察案内の時間が結構好きなのだ。
 というか、オルランドと一緒にいられれば、どんな時間だって、ニッキーは嬉しい。
 多忙を理由に、訓練の見学だけでご容赦ください、と令嬢方へ断ることもできるのに。
 表情筋は固まってて無愛想だし、令嬢方の神経逆撫でするような受け答えしかできない自覚あるだろうし、こういう仕事は不向きで苦手なはずなのに。
 何故かいつも、オルランドはニッキーと一緒に案内役を務めてくれるのだ。
 本当は、令嬢方の案内をさせるより、部下の稽古をつける仕事に集中させてあげたいと思っている。
「一人で案内できますから、団長は余計な手間増やさないでくださいっす」と断ればいいだけだし、そうした方がいいと頭ではわかっている。わかっているけど。
 ――だって、団長自身が希望してるから。
 そんな風に言い訳して、ニッキーは目を逸(そ)らしている。
「ニッキー」
 溜め息混じりに名を呼ばれただけで、オルランドが何を望んでいるかは理解できるので、ニッキーは自然な動きで果実水を差し出す。
「はい団長、水っす」
 要望を読み違えることなく世話を焼き、令嬢たちが退屈しないように案内を続ける。オルランドが果実水を飲み終えたタイミングでも、特に言葉を交わすでもなく何事もなかったかのようにグラスを回収し、ニッキーはスケジュールをこなしていった。

 案内が終わる頃には、令嬢方の目から騎士団長への憧れの色は消え、代わりに赤毛の青年を応援するような色が滲(にじ)んでいた。
 ニッキーさんはまるで残念な旦那のフォローをする奥方みたいだわ――などと令嬢方がひそやかに声を交わしていたことを、ニッキーは知る由(よし)もなかった。

   2.そばかす騎士は譲らない

「おはようございます、団長。朝の鍛練盛り上がってましたね」
「ああ」
 始業時刻とともに執務室に姿を現したオルランドへ声をかければ、素っ気ない頷きが返ってくる。
 さほど汗をかいている様子もないが、果実水の入ったグラスを手渡し、水分補給を促す。オルランドの節くれだった指と接触したことに内心どぎまぎするけれど、努めて平静な顔を装って、ニッキーは決裁待ち書類を差し出した。
「今日確認してもらう分です」
「ぐっ……」
 朝から鍛練に参加できて機嫌のよさそうだった顔が、二割くらい輝きを失う。まあ多少輝きを失ってもニッキーの目には相変わらず格好よく映るのだが。
「次の朝の鍛練にも参加できるように、がんばって仕事片付けましょう」
「ああ」
 ニッキーの励ましに、オルランドは紺色の眼を細めて静かに頷いた。重厚な造りの机に着席した彼が書類に目を通し始めたことを確認してから、ニッキーも仕事を再開する。ちなみに、オルランドが戻ってくる前に執務室の掃除は終えているので、今からニッキーも書類仕事に取りかかる予定だ。
 上がってきた報告書や申請書を王宮内、王都、地方ごとに分け、決裁が必要なものは不備がないか確認してオルランドへ回す。こちらは書類が山にならないように、オルランドの机の書類の減り具合を確認しながら渡していく。書類の山を見るとオルランドのやる気がガタ落ちするからだ。
 ──オル兄、身体動かす方が好きだもんなぁ。
 普段から厳(いか)めしい表情をしているが、書類に向き合っている時は眉間の皺が深くなる。ちらりと横顔を覗(のぞ)き見ると今日も格好いい。いや、格好いいのはいつものことなんだけど、普段よりも険しい顔つきになっている。今日は書類の数が多めだから、休憩時間の手作りケーキを増やしてねぎらってあげよう。
 魔獣の討伐演習などでは終日休みなく戦闘をしていても平然としているオルランドだが、書類を前にした際の集中力はもって数時間といったところだ。
 ──多少苦手な分野がある方が人間らしいよね!
 とはいえ、書類仕事もある程度一人で捌(さば)けてしまうほどオルランドは優秀なのだが。
 騎士団内では責任の大きさに比例して書類や雑務が増えるため、一定以上の役職になれば補佐や従騎士たちに仕事を割り振る者が多い。今まで騎士団長を務めた方々には補佐が二人か三人ついて書類仕事や団内の取りまとめのフォローをしていたらしいし、身の回りの世話や雑務は従騎士や小姓が数人ついて取り組んでいたそうだ。
 だがしかし、騎士団長となったオルランドが傍(そば)に置いた補佐役はたった一人。何の役職も持たない一般騎士、魔力も腕っぷしも騎士としての水準ギリギリのニッキーである。──自分で言うのもちょっと悲しくなるけど、事実なので仕方ない!
 二年前、シュガーリア建国以来史上最速の三十一歳でオルランドは騎士団長へ就任したが、それまで補佐も従騎士も小姓もただの一人も抱えたことがなかった。彼自身が優秀なので、傍に置く相手にも妥協しないのだろうと言われ続けてきた。そんな傑物が団長就任にあたり唯一の補佐役として望んだ直属の部下がヒョロヒョロの下っ端だったので、当時はあちこちから注目されたし、今も一部でいろいろ言われている。
 いくらオル兄でも、騎士団のトップともなれば補佐の一人もいない状況は厳しかったらしい。というか、さすがに人の手を借りてほしいって思ってたし、おれが力になれるなら喜んで! って感じだよね。
 オルランドから補佐を任された時、ニッキーは大変に浮かれた。騎士続けててよかった! オル兄が認めてくれた! とスキップしそうなくらいに。
 だが、浮かれた気持ちはオルランドの一言で、一瞬にしてぺちゃんこになった。
『副官の用意ができるまでの間、補佐を任せたい』
 どうやらニッキー以外の誰かを迎えるまでの繋ぎとして望まれたらしい。彼の特別になれたわけではないのだと強く思い知らされてしまった。
 乱高下する複雑な気持ちをぐっと呑み込み、笑顔で頷いた当時の自分はとてもがんばったと今でも思う。
 他の者たちを差し置いてニッキーが補佐に就くことになったのは、昔からの知り合いだから気兼ねしなくていい、とかその程度の理由なんだろう、きっと。他の騎士たちよりは近しいかもしれないけれど、彼の特別なわけではない。
 それでも、嬉しい気持ちはちゃんとある。
 ──だって、傍にいられるから。
 繋ぎだろうがなんだろうが、オル兄の傍で仕事できることには変わりないし! 高望みさえしなければ、充分しあわせな状況だ。
 ニッキーは討伐演習に数時間参加するより書類仕事を丸一日こなす方が向いているようなタイプだ。文官になった方がいいんじゃないかとたびたび言われながらも、騎士として歯を食いしばってきてよかった。騎士を続けていたからこそ、書類仕事が得意という少数派の騎士として、ニッキーは騎士団長の補佐の仕事ができる。
 自分が彼の役に立てることがあるのは嬉しい。正式な副官が決まるまでの期間限定だとしても、一番近くで役に立てるなら、それでいい。


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