書籍詳細
無職になった俺に与えられた職は、騎士団長の嫁でした
定価 | 1,320円(税込) |
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発売日 | 2024/11/08 |
電子配信書店
内容紹介
離さないと心に誓ったんです
騙されて職も金も家も失ったヤンは、やむを得ず十年前に飛び出したきりだった故郷に帰ることに。職探しに奔走していると紹介されたのは、とある貴族の家での住み込みの仕事。思わぬ好条件に契約書もろくに読まずサインすると…なんとそれは雇い主である騎士団長・ベルとの結婚契約書で!? 「僕のお嫁さんとして、永久就職してくださり嬉しいです」実は十年前、この男に強引に抱かれたことがきっかけでヤンは故郷を去ったのだった。「どこまで逃げても、逃がしはしません。権力も特権も実力も全て行使します」重たすぎる執着愛をぶつけてくるベルからヤンは逃げることが出来るのか…!?
人物紹介
ヤン
貧乏伯爵家の嫡男だったが、とある事情から十年前に家を出た。根っからのお人好し。
ベル
騎士団長かつ、伯爵家の当主。幼少期からずっとヤンに想いを寄せていて…!?
立ち読み
翌日、俺は地図に描かれている住所に向かった。
指定先は王都の隣街ブルテールだ。街の中心広場には大きな時計塔があり、それを囲むように店が軒を連ねている。活気ある街並みを横目に歩を進めると、徐々に人(ひと)気(け)が少なくなり閑静な住宅街へと入った。さらに道なりに歩くと目の前に小丘が現れる。丘の上に目をやると、三角屋根の大きな館が建っていた。
「へぇ、あそこがブルテールの領主館か」
マークからは“とある貴族”だと教わっていたが、道ゆく住民に聞けば、この栄えたブルテールの領主の住まいだと言うではないか。
――流石(さすが)、社交性に富むマークだ。
兄にいい案件を持ってきてくれた弟に、早くも猛烈に感謝したい気持ちに襲われながら、丘を登り領主館の前に立った。
館を囲む広い庭の優美さに息を呑みながら、またとないチャンスに、俺は自分の両頬を叩いて気合を入れる。大きな門をくぐりドアをノックした。
「はい」
「俺……いえわたくし、マーク・スコットの紹介で参りました。ヤン・スコットと申します。本日、面接に伺いました」
ゆっくりと開かれた玄関ドアの先には、黒のスーツを着用したグレイヘアの初老の男がいた。
「ようこそおいでくださいました、スコット様。どうぞ、中にお入りください」
「はい」
初老の男は美しい所作で俺を屋敷に招き入れた。
アーチ状の天井、広々とした玄関広間、大理石が嵌め込まれた床は自分の姿が映るほど輝いている。自分の靴の汚さに申し訳ない気持ちになりながら、初老の男の後ろをついていく。
案内された客間は、花を生けた花瓶があちこちに置かれ、濃厚な花の香りが立ち込めていた。
「スコット様、こちらにおかけになってお待ちくださいませ。お茶をお持ちします」
「はい」
室内の中心には藤色のソファがあり、俺は促されるままにそこに腰をかける。その座り心地に驚きながら、室内を見渡した。ふかふかの絨(じゅう)毯(たん)に、美しい曲線の脚を持つテーブル、手触りや見た目から全て一級品だと分かるが、色味は抑えられていて居心地がいい。
貴族とは名ばかりのスコット家とは全く違う。
もしかしたら俺も長く庶民として暮らしてきて、マナーが抜け落ちているかもしれない。今のうちにメイドたちの立ち振る舞いを覚えておかねば、と彼女たちに視線を向けたとき、初老の男がお茶を持って戻ってきた。
「お待たせしました」
「え……」
ティーカップに注がれる美しい赤茶色の紅茶、そして焼き菓子まである。
まるで客人みたいにもてなされているのは何故だろうか。
「あの、わたくし、面接を受けにきたのですけども……」
「承知しております。申し遅れました。わたくし執事のジェンキンスと申します。わたくしどもは、スコット様さえよければ是非、主人を支えて頂きたく存じます」
「……っ」
その言葉に思わず、俺は目頭が熱くなった。
面接に来て、こんなに丁重に対応してくれたのは、ジェンキンスさんだけだ。
ここで長く働きたい気持ちが溢(あふ)れてくる。はじめは見習いとして迷惑をかけることもあるだろう。その分、頼まれたことは何でも引き受け、一刻も早く仕事を覚えよう。
ジェンキンスさんのようなパリッとしたスーツを身に纏(まと)う自分を想像して、俺は思いっきり首を縦に振った。
「はい! 喜んでこちらで働かせていただきます!」
そう言うと、傍(そば)で静かに見守ってくれていたメイドたちから、歓声と拍手が起こった。あ、すごい。皆歓迎ムード!?
俺は立ち上がって、メイドたちに頭を下げた。
職場の人間関係がいい。絶対的理想条件だ。
「では、こちらが契約書になります」
「はい――……え」
渡された契約書に記載された給料を見て、俺は目を見開いた。
え、住み込み二食付き、――高時給!!
長期でこの待遇の良さ、即決しなければ人員はすぐに埋まってしまうだろう。二枚目を捲(めく)れば、自分の名を記入する欄がある。
俺は、すぐにペンを持ちサインをする。このとき、好待遇すぎやしないかと疑問も頭によぎったが、不運が続いた分、運が巡ってきたのだと思った。
何より、ここよりいい仕事はない。
「はい――確かに契約書を頂戴いたしました。暫くここでお待ちください」
ジェンキンスさんは俺から受け取った書類を確認した後、その場を離れた。ひとり残された客間で俺はこぶしを小さく上げる。
――こんなに好条件で契約できるなんて信じられない。奇跡だ。
緊張と期待で落ち着かない。喉がやたらと渇いて、紅茶を一口飲んで待っていると、ジェンキンスさんは戻ってきた。
「では早速、主人の元へと向かいましょう」
「はい!」
主人の部屋は二階だそうで、白の手すりがついた螺(ら)旋(せん)階段を上る。
とんとん拍子でここまで話が進んだが、初対面で失敗するのは避けたい。
「ご主人様はどういう方でしょうか? 挨拶する前に注意しておくことはありますか?」
「いえ、そのように緊張なさる必要はございません。とても優しい方です。仕事の詳細に関しては主人が直接ヤン様にご説明されたいそうです」
「直接……それは光栄です」
そしてジェンキンスさんは一室の前で立ち止まった。ここが主人の部屋か。
俺はひとつ首を縦に振り、重厚感のあるこげ茶色の扉をノックする。
「はい」
低くて張りのある美声。
思ったよりも若い声だと思いながら、俺は自分の名を名乗り、ドアを開けた。そこにいる男を見て――
「失礼しま……した」
そして、閉めた。
一瞬固まったのち、後ろを振り返る。
「あは……は。ジェンキンスさん、すみません。この話はなかったことにしてください」
閉めたドアは、すぐに開いた。
この館の主人であろう金髪碧(へき)眼(がん)の男が、俺を見て微笑む。
「お久しぶりですね、ヤンさん。こちらへどうぞ」
「……えーっと、俺、どうやら間違えていたみたいです! 失礼しま――ひぃっ」
この場から去ろうとした途端、俺の腕は金髪男に掴まれた。その腕の力はとても強く、俺の身体は、あっという間に室内へと引きずり込まれる。
抵抗を許さない強引さだというのに、金髪男の表情はとても優しげで柔らかい。
整った甘いマスクが、穏やかそうな雰囲気を醸し出しているのかもしれない。
「改めまして。ヤンさん、とても会いたかったです」
「く……っ!」
俺は、自分の腕を掴む強引な手を叩いて振り解(ほど)いた。
金髪男の身長は百九十センチ近く、筋肉質でがっしりとした体躯をしている。
マークと同じかそれ以上の体格だ。何を食べたらそんなにでかい図体になれるのか。
「お前の館だなんて分かっていたなら、絶対来なかった! オーウェン!」
「ふ――そうだと思って、内緒にしてもらったのです」
「は?」
驚いたが、“内緒”という言葉にマークのことを思い出す。
マークとオーウェンは、同級生で幼(おさな)馴(な)染(じみ)だ。弟がこの男と共謀していたことに気づく。
俺はオーウェンを睨みつけた後、くるりと踵(きびす)を返して彼に背を向けた。
ドアノブを掴んだ、そのとき――
「あぁ。同意して頂き、ありがとうございました」
同意?
その言葉にぎくりとして振り向くと、オーウェンは一枚の紙きれをひらひらと揺らす。
それは先程俺がサインした用紙だった。時給よし、高待遇で……
「僕のお嫁さんとして、永久就職してくださり嬉しいです」
「……はぁ?」
何をとんちんかんなことをと思ったが、その男の不敵な笑みに不安を覚える。
まさか、そんなこと有り得ない――よな?
戸惑いながら、オーウェンが持つ用紙を見つめる。ひくっと俺の目元が引きつった。
「――う、そ……」
俺が同意した書類には、結婚契約書と書かれていたのだ。
◇◇◇
結婚契約書――結婚?
誰と、誰が?
あまりの驚きに、俺の意識は少しだけ飛んだ。
オーウェンは感極まった表情で両手を広げ、呆然としている俺の身体を抱きしめる。
――運が巡ってきたのではない。ますます悪い方向へ向かっている。
「愛しのヤンさん、とても嬉しいです」
「ひぃっ!?」
熱い息が耳に吹きかかる。意識を飛ばしている場合じゃない。俺はオーウェンが右手に持っている紙に手を伸ばした。
――それなら、今、この場で契約書を粉々に破り捨ててやる。
だが俺が用紙を掴む前に、オーウェンがその手を高く上げてしまう。リーチ差が大きく、奴の胸元を掴んで背伸びをしても届かない。
「ふふふ。早速、僕といちゃついてくださるなんて嬉しいです」
俺の腰に添えられている手に力が入り、しっかり身体が密着する。
「うひぃぃぃぃぃっ!」
ゾゾゾっと悪寒が走る。
俺は、思いっきりオーウェンの足を踏んだ。だが、その巨体はビクともしない。
「可愛い抵抗ですね」
薄ら笑いは、非力な俺を嘲笑っているようだ。
「くっそ、離せ、オーウェン!」
「オーウェンだなんて他人行儀な。昔のようにベルと呼んでください。ちなみに貴方(あなた)もオーウェンになるのですよ。ヤン・オーウェン」
「ふざけるな。なんで俺が嫁にならなくちゃいけないんだ! 昔、お前が俺にしたことを忘れたのか!?」
「あぁ、どのことでしょうか?」
それはとっくに終わった過去。思い出したくもなくて、物言わずに睨んだ。
なのに、この男は敢(あ)えてそれを口にする。
「貴方に恋人が出来るたび、別れさせたこと? それとも、僕が貴方を抱いたことですか?」
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