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異世界召喚された聖女(男)、仕事として×××しろとのことなので、前の世界で好きだった男と激似の男を指名します

箱根ハコ / 著
木村タケトキ / イラスト
定価 1,320円(税込)
発売日 2025/01/10

電子配信書店

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内容紹介

幼馴染みで初恋の男に「ゲイは気持ち悪い」とフラれた省吾は、失意の中異世界に聖女として召喚される。そこには省吾をフッた男と激似の兵士ミロがいて!? 誰かと週一回“お務め”することでこの世界を救うことを求められた省吾は、その顔に惹かれてミロを指名する。優しく抱いてくれて、お務め以外での何気ない日常も共に過ごしていくうちに、いつしか彼自身を好きになっていて――。しかし、異性愛者であるミロが、省吾を抱く日は、いつも精力剤を飲んでいたことを知ってしまう。男だけど自分相手だから興奮してくれてたと思ってたのに、そうじゃなかった……? 「俺もお前が好きだ。ずっと好きだった」一途な兵士と聖女(男)の切なすぎる恋。

人物紹介

省吾

幼馴染みで初恋の男にフラれた失意の中、聖女として召喚される。週一回セックスすることを命じられたので、好きだった男と激似のミロを指名する。

ミロ

省吾の初恋の男と激似の小隊長。省吾に“お務め”相手に指名される。省吾を恋人のように優しく接してくれるが……。

立ち読み

 第一部


「いや、冗談だろ。お前ゲイだったのかよ。気持ち悪い」
 高校の卒業式で、三(み)崎(さき)省(しょう)吾(ご)の恋はあっさりと終わりを迎えた。愛した人の嫌悪とともに。
 そうだよなぁ。
 省吾は初恋相手である飯(いい)島(じま)蓮(れん)のしかめられた顔を見て納得する。
 友だちだと思っていた同性からいきなり恋愛感情を向けられたら気持ち悪いと思うよな。
 そんなことはわかっていた。けれど、少しの望みにかけて卒業式の今日、告白に踏み切った。希望はあっけなく打ち砕かれたけれど。
 体育館の裏というありふれた告白スポットは桜も咲いておらず、男女比九対一の工業高校ということもあり人はいなかった。だから告白しようと思ったのだ。
「そっか。うん、わかった」
 省吾はせいいっぱいの笑みを浮かべる。
「変なこと言って悪かったな。忘れてくれ」
 蓮とは進路が分かれる。うまくやればもう二度と会わないだろう。
 こうして省吾は幼稚園からの幼馴染みをたった一秒でなくしたのだった。


 気持ち悪い、かぁ。
 すぅ、と重苦しい風を胸いっぱいに吸い込んだ。山(やま)形(がた)の春はまだ寒い。省吾は自宅に戻り、ベランダから外を見上げていた。
 三月の夕暮れは物悲しく、いっそう省吾の心を落ち込ませる。
 団地の三階にある省吾の部屋には彼以外誰もいない。部屋の中には引っ越し用のダンボールが梱包された状態で積まれていた。四日後に就職予定の会社の社員寮に引っ越す予定である。
 蓮の笑った顔が好きだった。そっけない中に隠し持った優しさに触れるたびに心がほんわりと温かくなる気がしていた。祖母がドイツ人の血を引いているクォーターらしく、独特の雰囲気がある外見は、道を歩いていて多くの女性が振り返るくらいに整っている。身長が高く無愛想な彼はクラスの中で怖いと言われることが多かったが、幾人かのクラスメイトからは慕われていた。
 省吾もその一人だった。
 小学校三年生の春に蓮に誘われて入ったサッカー部は中学高校になっても継続し、お互いの家を行き来する形で交流は続いていた。弱小サッカー部だったので二人ともレギュラーではあったが、よくて地区大会一回戦、悪ければ予選落ちをする程度のものだった。だから、練習はさほど厳しくはなく、多くの時間を蓮と省吾はこの団地で過ごした。
 省吾はというと、絵に描いたようなスポーツ少年で、髪も短く筋肉もついている。身長も一七五センチと到底女性とは思えないような高さだった。
 せめて自分がかわいらしく華(きゃ)奢(しゃ)で女性のような外見だったなら、少しは蓮のお眼鏡にかなったのかな。そんなありもしないことを考える。
 省吾は即座に首を振った。
 女性としてではなく、男性として蓮を愛し、愛されたかったのだ。
 けれど彼には気持ち悪いと言われてしまった。
「はぁ……」
 ため息をつく。
 今日も家には誰もいなかった。母子家庭である省吾の母は水商売をしており、めったに家に帰らず彼氏のところに居着いているようだった。
 物心がついた時から、母は最低限の金を時折置いて出ていく、それだけの存在だった。そんな省吾に優しくしてくれたのが、蓮と、蓮の家族だった。
 近所に住んでいた蓮は部活後にはほぼ毎日省吾の家に来てくれるようになったし、蓮の母も時折蓮に惣菜を持たせてくれた。
 彼は省吾が心配だと言っていた。誰もいない家に一人でいるのはかわいそうだ、と。たまに母と居合わせた時などはもっと家に帰るようにも勧めていた。
 そんな蓮に拒絶された。
 蓮はこの世界でただ一人の味方のような気がしていたのに。
 世界の誰からも自分は必要とされていない気がして、視界が滲(にじ)む。
「……死にたい」
 心の底から呟(つぶや)いた。
 団地の端にある省吾の部屋のベランダから見下ろすと、舗装されたコンクリートの地面が広がっている。駐車場になっているが誰もおらず、まるで誘われているような心地になった。
 誰からも必要とされていない自分はいらない存在なのだろう。
 そう思うと同時に、足がベランダの柵を乗り越え、体を投げ出していた。
 重力に従い省吾の体が地面に落ちていく、その瞬間だった。
 ふいに白い光に包まれ、次の瞬間には中世ヨーロッパの応接間のような空間に移動していた。


「……は?」
 省吾は目を丸くして周囲を見る。
 石造りの荘厳な一室だった。ドーム型の部屋の中に男女が数人立っている。
 正面に立派な椅子に座った地位の高そうな老人が怪(け)訝(げん)な顔をして省吾を見ていて、彼の周囲を鎧(よろい)を着た兵士たちが取り囲んでいた。
 さらに視線を横にずらすとローブを纏(まと)った数人の男女が不思議そうな顔をして省吾を見つめている。昔、蓮の家でしたゲームの世界に迷い込んだような気分に陥った。
「……これが、聖女か?」
 正面の老人が省吾の隣にいた青年に尋ねる。うすい背中までの銀髪に碧(へき)眼(がん)のたれ目、右の目尻の下に泣き黒子(ぼくろ)があるその男は顎に指を当てた。
「そのはずなんですけどねぇ」
 男はほんわりとした口調で応える。体も華奢でいかにも学者といった風貌だった。浅(あさ)葱(ぎ)色のローブに教会の司祭が肩にかけているような細長いスカーフみたいなものをつけている。
「いや、聖女って……、俺、男なんだけど」
 俺は老人に向かって答える。周囲の騎士たちが目を見張ったが、老人は動じる様子なくふむ、と顎に手を当てた。地位の高い人物なのだろう。
「だよねぇ、どう見ても男性の体に見えるよねぇ」
 一方の気安く、若い男は小首を傾げる。ふと足元を見ると魔法陣のような模様が描かれていた。
「能力さえあれば男でも女でも構わん。それはわかるのか?」
 老人に尋ねられた男は省吾のほうに向き直った。
「ちょっとごめんねぇ」
 手を伸ばし、省吾の服を剥(は)ぐ。プチプチとボタンを外し、シャツをまくり、腹を出させた。
「あ、ありましたぁ」
 彼の視線の先をたどり、省吾も自分の腹を見る。そこには昨日までには確実になかったはずのタトゥーのような紋章が刻まれていた。中央に六角形が描かれており、その横に目盛りのような線がある。更にその周囲に文字のような記号が円を描くように刻印されていた。
「聖女の証拠です。よかった! 召喚成功ですね、王様」
 老人のほうを振り返り、男はぱん、と手を叩く。やはり彼は王だったか、と省吾はちらりと見た。腹をまじまじと観察されてしまっており、気まずくて思わず省吾は自分の服をまくっている銀髪の麗人を突き飛ばした。
「おい!」
 若い男の後ろに控えていた、鎧を身に纏った兵士たち数名が飛び出す。その中の一人の男の顔を見て省吾は目を丸くし固まった。
「……え?」
 黒い髪がさらりと揺れ、意志の強そうな瞳は省吾を捉えている。視線が交差した瞬間、省吾は瞬きをすることを忘れていた。
 心臓がうるさい。頭が真っ白になり、はくはくと息を吐き出すしかできなかった。
「……蓮?」
 蓮がいる。
 咄(とっ)嗟(さ)に思い、慌てて首を振って自分の考えを打ち消す。
 こんなところに蓮がいるわけがない。
 けれど、彼は幼馴染みの省吾ですら同一人物だと思ってしまったほどに蓮にそっくりだった。髪の色も、瞳の色も蓮と同じで、そのままコスプレをしているのかとすら思う。
 胸が高鳴ったのは一瞬で、すぐに蓮に気持ち悪いと言われた苦い記憶を思い出し、泣かないように眉間にシワを寄せる。唇を噛(か)んで思考を散らそうとするが、やはりときめく気持ちは抑えられなかった。
 あんなことを言われても、まだ好きだと感じる自分の心がままならなくて呆れてしまう。
「ノア……、召喚士に対して何をするんだ」
 蓮に似た騎士は省吾と銀髪の男――ノアというらしい――との間に立ちふさがる。
「あ、そうだ、悪い。思ったより強く押しちまった」
 省吾もノアに対して謝罪をする。普段サッカー部の男たちとふざけて押し合うような力は華奢な彼に対しては強かったようだ。
 騎士もノアも目を丸くして省吾を見る。
 召喚士はすぐに笑った。
「いいよ。確かにいきなりお腹を見られたら気持ちいいものじゃないよね。ごめんね。俺のほうが無配慮だった。ミロ、俺は大丈夫だから警備に戻りなよ」
 蓮にそっくりな男はミロというのか、と省吾は少しずつ高鳴っていく心臓を服の上から押さえて思う。別人だとわかっていても、捨てきれていない恋心が暴れてしまう。
 ミロはノアと省吾を交互に見てから表情を消して他の兵士とともに隊列に戻った。
「すまないな、警備の者が粗相をした」
 老人に話しかけられ、省吾は姿勢を正す。わけがわからないながらも王様に言葉を投げられたのだ。小市民である省吾はどうしても緊張してしまう。
「いえ……。あの、結局ここはどこなんですか? 聖女って? 男でもなれるんですか? てか、なんで俺とあなたたちは言葉が通じているんですか?」
 疑問が次から次へと湧いてくる。日本語以外わからないので白色人種に見える彼らとは言葉が通じないはずである。
 ノアが左手をあげて省吾の視界に映りこんだ。
「それは俺の口から説明させてもらうね」
 ノアの人差し指が床に描かれた魔法陣を示す。
「君はこれで異世界から召喚されたんだ。聖女……、うぅん、この言い方は奇妙だね。とりあえず、俺たちの世界の言葉では『ヒジリ』って呼んでいるんだけど、この言い方でもどう翻訳されるんだろうね」
 ヒジリ。聖ということでいいのだろうか。
 省吾は脳内で漢字を思い浮かべる。
「あ、翻訳って言うのはね、今俺たちの言葉と君の言葉で自動的になされているんだ。それもここに書いてある術式のおかげなんだけどね」
 思い浮かべられる語句に変換されていること自体が翻訳の力なのだろう。
 ノアは今度は触らずに省吾の腹を指さす。
「で、俺たちが君を呼び出したのはね、君に俺たちの国、エルミナを守ってほしいからなんだ」
「……え?」
 省吾は眉根にシワを寄せる。この国はエルミナというのか。少なくとも省吾の知識にはない国名で、なるほど、異世界にいるのだと実感した。
 確かに異世界転生モノのセオリーだが我が身に降りかかると話が違う。省吾はこれといった取り柄がない。少し前までただの学生だったのだ。
「うんうん。そういう反応だよね。前代のヒジリ様も同じ反応だったらしいよ」
「……前代のヒジリ? そいつは今どうしてるんだ? そいつじゃだめなのか?」
 尋ねると、ノアは悲しそうに眉尻を下げた。
「それがね、前のヒジリ様は一昨年亡くなられたんだぁ。その時の召喚士も高齢で身(み)罷(まか)られたから、俺が今回初めての召喚をしたんだよ。そうして成功して、君が呼び出されたんだ」
「……はぁ」
 男を呼び出した時点で失敗しているのでは?
 そう言いたいのを省吾はすんでのところでこらえる。先程自分の腹にあった紋章を見る限り、成功なのだろう。王も能力さえあれば男でも女でも構わないと言っていた。
 そういえば、と省吾は動きを止めた。
「能力って何のことだ? 俺は何をやらされるんだ?」
「セックスだよぉ」
「……は?」
 まるで女性のような男の笑顔での言葉に省吾は聞き間違いかと思った。
「だから、セックスだよ」
 聞き間違いではなかった。
「セックスって、誰と?」
「誰でもいいよ。そして君が気持ちよくなれば、君のお腹の、さっきの紋章に力が溜(た)まるんだ。で、その力を使うとね」
 ノアは省吾の腹に人差し指を近づける。触れそうで触れない距離だった。
「俺たちの街に魔獣が訪れなくなるんだ」
 ますます意味がわからない。
 気持ちよくなったら力が溜まるって何だ。
 そもそも災害ってセックスで止められるのか。
 考えていることが顔に出ていたのだろう、ノアは、ふふ、と小首を傾げた。
「嘘くさいって顔をしているね」
「まぁ……、そりゃ」
「そうだよね。未だにこの世界では魔獣とセックスとヒジリ様の因果関係が解明されていないんだ。そもそもヒジリ様は一度に一人しか召喚できない。サンプル数が少ないんだよね。君が死なないと次のヒジリ様は呼び出せないんだ」
 省吾の顔が強(こわ)張(ば)る。
 つまり、このまま駄々をこねた場合、彼らの望むヒジリ様を呼び出すために省吾は殺される可能性があるのだ。
 青くなった省吾の顔を見てノアは慌てたように両手を振った。
「あ、誤解しないで。俺たちが君を殺すわけがないよ。さっきも言ったでしょ? 君は二年ぶりに召喚できたヒジリ様なんだって。今殺しちゃったら次はいつ呼び出せるかわからないんだから」
 だから安心しろ、と言いたいのだろうが、それは裏を返せば次のヒジリが召喚できるのであれば省吾は死んでしまっても構わないとも捉えられる。
 いきなり呼び出されたかと思えばいつ殺されるかもわからないなんて。なんでだよ、と省吾は奥歯を噛んだ。自殺しようとしておいて何だが、殺されるとなれば話は違ってくる。
 正面に座った王は威厳ある口調で続ける。
「私からも殺すつもりはないとは言っておきたい。この二年の間、我が国の情勢はかなり悪いものだったからな。魔獣が襲ってくるから人手が足りず産業も発達しない。孤児は増える一方だった。役目さえ果たしてくれれば厚遇を約束しよう」
 省吾は胡(う)乱(ろん)な視線を返す。
 男である自分が嫌悪を感じているのだ。女性が呼び出され、体(てい)のいい性奴隷として扱われていたとなると可哀想だと思った。他人の心配をしている場合じゃないのだけれど。
「……てか、相手は誰でもいいって言っていたけど、そっちには制約はないのかよ」
「ないようだね。要はヒジリ様の満足度に比例して安寧が訪れるようだから」
 ノアが答える。
「満足度って……、どうやったらわかるんだ」
 強張った顔のまま省吾は尋ねた。
「それ」
 再度ノアは省吾の下腹を指さした。中央に円が描かれており、ゲージのようにメモリがついている。
「君が満足していたらまるでビーカーに色水を流し込んだように満杯の表示になるんだって。今は全く溜まってないね。色が変わり終えた状態で俺のところに来てくれたら後は俺が君から力を取り出して色々して、終わり」
 それってすごく恥ずかしいことなのではないだろうか。
 省吾は無意識に先程のミロという男を目で探す。彼は無表情で省吾を見つめていた。
「じゃあ、たとえば相手はお前でもいいのか?」
 省吾はノアに向き直る。召喚士は目を丸くした。
「え? 俺? いいけど、満足してもらえるかな? 初めてだけど頑張るね」
 何故少し乗り気なのだ。省吾は口の端を引きつらせる。
「いや、えっと……、つまり、俺から指名できるってことなんだな?」
「うん。歴代のヒジリ様たちはそうしていたよ。記録では毎回違う人にお願いしていた人もいるらしいし、なんなら街でも名のあるセックスワーカーさんたちをお迎えすることもできるよ。男性でも、女性でもどっちでも大丈夫。実際、過去に女性のヒジリ様で女性同士で惹(ひ)かれあってお妃(きさき)様とセックスしていた人もいるらしいよ。ちょっとしたN(ネ)T(トラ)R(レ)だよね」
 NTRに相当する言葉がこちらにもあるのか、と省吾はひっそりと考えた。
 それから、ミロのほうを向く。
「なら、あいつがいい。ミロっていったっけ?」
 周囲の視線がミロに向けられる。彼は目を丸くしていた。
「は? 俺?」
 素で出た声なのだろう。すぐにミロは顔を引き締めて王のほうを見た。王が無表情で頷(うなず)いたので、彼も顔から感情をなくして頭を下げた。
「お望みとあらば」
 様子から彼がどう考えているかはわからないが、おそらくいい感情ではないだろう。
 どうせ誰かとしなければいけないのならば、前の世界で好きだった相手に似ている男を指名してもいいじゃないか。自分で自分をかばうようにそんなことを考えた。
 空気を読まないノアのおっとりとした声が響く。
「ミロなら安心だね。よかったぁ」
 安心、というのは慣れているのだろうか。詳しく聞こうとしたところで王がぱんぱんと手を叩いた。
「であるならば、さっそく今晩務めに励んでもらおう。お前、名前はなんといった?」
「え、あ……、三崎省吾です。名前が省吾で、姓が三崎」
「そうか。では省吾。お前はノアに居室を紹介してもらえ。ノア、よろしく頼んだぞ」


 こうしてノアに案内された部屋は豪華ホテルのスイートルームのような広さだった。スイートルームなんて泊まった経験はないが、映画で見た部屋がこんな感じだったのだ。
 キングサイズのベッドが居室の中央に配置され、周囲にテーブルやら椅子、ソファが取り付けられている。
「わぁ~、素敵な部屋。ヒジリ様ってこんないい部屋をもらえるんだねぇ」
 ノアの後ろには数名の執事やメイドのような服の人間が三人控えていた。省吾の視線に気がついたノアは彼らを手で示す。
「この人たちはヒジリ様専属のメイドと執事だよ。何か困ったことがあったらなんでも言ってね。それ以外にも悩みとかあったらちょっとしたことでもいいから話してね」
 ぺこり、と彼らが頭を下げる。
 女性二人に男性一人。全員省吾の親と同じくらいの年齢に見えた。
「省吾でいいよ。俺もノアって呼んでいいか?」
 尋ねると、ノアは目を丸くした。けれどすぐに人好きのする笑みを浮かべる。
「いいよ。これからよろしくね」
 ノアは手を差し出してくる。握手かと思い握り返すと当たりだったのだろう、彼は嬉しそうに目を輝かせた。
「異世界の人って手を繋ぐことで親愛を示すって本当だったんだね。俺、この職につくためにたくさん異世界の慣習を勉強したんだよ」
「へぇ……、異世界って、毎回俺みたいな……、髪が黒くて目も黒か茶色の人が来るのか?」
「うん。こっちの人種とは少し違って面白いよね」
 ということは、歴代のヒジリ様とやらはアジア圏から来ているのだろうか。
 そこのところは考え出したらキリがなさそうなので省吾は今はやめておいた。
「それで、俺、本当に今日することになんの?」
 省吾は熱くなる頬を無視できず、そっぽを向いた。うん、とノアはあっさりと返す。
「楽しめるといいね」
「う……、ん……、まぁ、おぅ」
 どうやら省吾とノアではセックスに関する感覚が違うようだ。あくまでこちらの人間からするとセックスは楽しいものなのだろう。
 そんな彼を見てどう思ったのか、ノアは繋いだ省吾の手をぶんぶんと振りながら続けた。
「大丈夫だよ~。ミロはこういうのに慣れているし。なんたって彼は十五歳の時には経験してたもん」
「え!? あ、そうなのか!?」
「うん。近所のお姉さんにペロリと食べられちゃったの。で、そのお姉さんは街でも大人気のセックスワーカーで、ミロも彼女にきっちり仕込まれたらしいし、省吾に恥をかかせはしないと思うよ」
 そうなのか。
 ずっしりと心が重くなる。元の世界では犯罪だが、ノアの口調からしてこの世界だと倫理的に問題はないようだった。
 内心でその女と比べられたらへこむな、と思ったが、それでも蓮にそっくりな顔を持った男に抱かれたいと望んでしまう。
「……詳しいんだな」
「うん、俺と彼は幼馴染みだから」
 そう言ってノアはミロについて教えてくれた。年齢は省吾より一歳年上の十九歳。十六歳の時に士官学校を卒業し、同じ年に兵団に入った。たった三年で小隊長にまで上り詰めたのは歴史上珍しく、彼の他にはたった二人しかいないということ。おかげで年上の部下ばかりで苦労していること。面倒見がよく、ノアの方が二歳年上なのによく面倒を見てもらっていたという。
 本当に違う世界の住人なのだな、と省吾は感じた。ミロはもう少し年上だと思っていた。同時に彼の話ではノアは二十一歳だとわかり驚く。こちらは同い年か年下に見えていた。
 会話が一区切りしたので、ノアは歩き、部屋の隅に備え付けられた扉を開いた。
「ここがお風呂。上下水道はしっかり完備してあるから、遠慮なく使ってね」
 それを見て、今度こそ省吾の顔は真っ赤に染まった。
 蓮に恋をしてからというもの、自分で男とする方法を調べ、彼に抱かれる妄想をして何度後ろの穴を弄(いじ)ったかわからない。
 力なく頷く。ノアは省吾の顔つきに気がついていないのか、過去のヒジリの一人が水道について教えてくれたおかげで設備が整っているのだと楽しそうに語っていた。
 そうして一通り説明を終えると彼は部屋を出ていったのだった。
 食事をもらい、風呂に入る。ノアの言葉通り蛇口をひねればお湯が出て、シャワーまでついていた。備え付けられていた石(せっ)鹸(けん)と手ぬぐいのようなやわらかい布で体を洗う。
 夜になり、省吾の緊張は極限にまで達した。メイドも執事もいなくなり、たった一人でベッドの上に正座しミロの訪れを待つ。
 逃げようと考えなかったわけではないが、蓮の顔と似ている男とヤれるかもしれないという欲望と、逃げても行き先がないという諦めで、こうして緊張とともに待つしかできなかったのだった。
 コンコン、とノックの音が響く。
「はいっ!」
 思ったよりも大きな声が出た。扉を開けると、鎧を脱ぎ、正装らしき衣装に身を包んだミロの姿があった。
「このたびはご指名いただきありがとうございました」
 彼は跪(ひざまず)き胸に手を当て、目をつむる。よく映画などで見る中世の騎士が王の前で跪くポーズだった。
「いや、そんなにかしこまらないでください……!」
 慌てて省吾は近寄り屈(かが)む。出会った時はタメ口で話していたが、年上だと知ってしまった今、以前のようにフランクには話せない。ミロの顔が省吾のほうを向き、至近距離で視線が交差する。
 見れば見るほどクォーターである蓮に似ている。
 心臓がどくどくと脈打っていく。別人だとわかっているのに蓮と瓜二つである彼に心臓がやたらと大きな音で鼓動を刻んでいた。それはこの非日常が招いている混乱かもしれないし、これから彼とセックスするという期待からくるものかもしれないけれど。
「俺の顔、好みなんですか?」
 省吾の表情から察したのだろう、ミロが尋ねる。省吾はこくりと頷いた。
「うん……。前の世界で好きだった奴にそっくりなんです」
「なるほど」
 納得したような表情でミロは立ち上がる。身長も蓮と同じくらいで省吾と目線があった。
「その方はどのようにあなたと接していましたか? 俺もその方のようにふるまったほうがよろしいですか?」
 瞳に嘲りが見えたような気がした。そういうところまで蓮に似ているんだな、と泣きそうな気持ちになった。
 彼は優しかったが嘘がつけない性格で、たまに省吾が何かミスをした時にこういう目で見てきた。その視線を向けられるのが怖くて蓮の近くにいた時は気を張り続けていたな、と思い出す。
「とりあえず、その敬語はやめてもらえますか? なんか、気持ち悪いし、あいつは俺に敬語を使ったことなんてなかったですし……」
 はは、とミロが笑う。
「そりゃあ悪かった。俺も敬語を使い慣れてないから助かる」
 こうやって話すのか。省吾は口角をあげる。等身大の彼を見られた気がして嬉しかった。
「そんな感じで……。あと、変に演じなくていいです。なんか、そうされると逆に萎えるというか……。正直、演技あんまうまそうじゃないし……」
 素直に述べると、ミロは一瞬目を丸くしてから困ったような微笑を浮かべた。
「だったら、ヒジリ様も敬語は使わないでくれるか? 正直、むず痒(がゆ)くてかなわない」
「え……、あ、うん、わかった」
 うまく喋(しゃべ)れるだろうか。しかし、蓮に対する態度ならばこちらのほうがより彼との逢(おう)瀬(せ)のように思える。ミロは快活に告げた。
「演技が下手だというのは正解だ。正直腹芸が苦手だから兵士になったところはあるし」
 彼のフランクな態度に楽しくなってくる。話してみたら面白い人物なのかもしれない。
「へぇ、やっぱこっちの世界でも腹芸が上手くなきゃ出世できねぇのか?」
 調子を合わせると、ミロは快活に笑った。
「まぁな。実力とコネと腹芸がすべて。俺は実力しかなかったから騎士にしかなれなかったんだよ」
 ぷは、と省吾は噴き出した。冗談だったようでミロも片方の眉をあげる。新しい表情が出れば出るほど蓮に似ていると思ってしまった。更には声もそっくりで、蓮と話している気分になってくる。
 ふいに言葉が途切れ、沈黙が落ちた。
「……えっと、じゃあ、とりあえず、するか?」
 視線を泳がせて省吾は尋ねた。
 ミロもベッドのほうを見て気まずそうにしつつも頷いた。 省吾を先にベッドに乗せ、ミロが覆いかぶさってくる。
「してほしくないことはあるか? 前からはダメとか、キスは嫌とか」
 押し倒される形になり、省吾は心臓の脈動が速くなっていくのを感じていた。
「いや別に……、特にない。逆にお前はあるのか? キスはダメとか……」
「俺もない。じゃ、とりあえずキスしてもいいか?」
 問われ、省吾は子供のように両目をぎゅっとつむると頷いた。慣れていない反応に、ふふ、と笑われる気配がする。
 ちゅ、と唇に柔らかい感触がする。すぐに舌で省吾の唇の表面を舐められた。
「口、開けて」
 至近距離で囁(ささや)かれ、省吾はおずおずと口を開ける。中にミロの舌が入ってきた。
 舌を探り当てられ、くちゅくちゅと絡められる。口内を探るように舐められ、上顎のあたりにも柔らかい感触があった。
「っ……、ふっ……」
 頭がぼーっとしてくる。ノアが言っていたことは本当だった。彼は本当に慣れているのだろう。とはいえ、省吾はこれが初めてのキスだから誰かと比べられないけれど。
 一度ミロは口を離す。
「舌、動かしてくれるか?」
 再び口づけられる。柔らかさが心地いい。言われたとおりに省吾は舌を使う。ミロの舌を舐め、注がれた唾液を飲む。
「うん、よくできました」
 顔が離れ、二人の間を唾液の糸が伝う。まるで子供に接するような態度にむっとしたが、相手からすると初(う)心(ぶ)な省吾は子供みたいなものなのだろう。
「一応確認するけど、俺が入れる側でいいんだよな?」
 コクリと頷く。
 反応が想定通りだったのだろう、ミロは口角をあげた。
 筋張った手が省吾の頭を撫でる。
「了解。気持ちよくしてやるな」
 片手で頭を撫でられ、もう片方の手で首筋を触られる。甘い言葉も、優しい仕草も、すべて蓮と似た顔でされるものだから頭が沸騰しそうなほどに興奮した。
「ヒジリ……、あ~、省吾様は初めてか?」
 ミロは中空を見る。決まりきらない言葉に、省吾は緊張がほどけたような気がした。
「様ってつけんなよ。省吾でいい。俺もアンタをミロって呼んでいいか?」
「ああ、そういう感じでいいんだな。じゃあ、省吾は初めてか?」
「あー、うん、まぁ」
 きまり悪くて視線をそらす。
「ずっと、俺に似た顔の奴に操を立てていたのか?」
「操って……、付き合ってもなかったし、勉強や部活で忙しかったんだよ!」
「ブカツ?」
 聞き慣れない単語だったのだろう。ミロは首を傾げた。
「同い年くらいの子が集まって、走り回ったり、本を読んだり、好きな趣味を一緒にすること……、かな。俺はサッカーっていう球技をしていたんだ。勉強が終わった後に、毎日二時間くらいしていた」
 この言い方で通じるのだろうかと思いながらも返す。
「好きでやっていたのか?」
「……まぁ」
 蓮に誘われて始めたのだが、体を動かすのが好きだったので省吾は部活の時間を楽しみにしていたし、なかなか筋肉がついてくれない自分の体に焦(じ)れて体作りも勉強をした。
「……そうか」
 ミロは目を伏せ、何かを考えたような間を置いた後、着ていた服を脱ぎ始めた。
「省吾も脱げよ」
 騎士というだけあって鍛えられた体をしていた。自分もこれまでサッカーをやってきていたのだから体つきに自信はあったが、ミロほど全身が鍛えられてはいなかった。
「……ん」
 省吾も纏っていた簡易的なローブを脱ぐ。裸で向き合うとこれからすることがより一層現実味を帯びてきた。
「お前、男も経験あんのかよ」
「ない。だから、痛かったらすぐに言えよ」
 ないのに気持ちよくしてやるとか言ってきたのか。省吾は苦笑を浮かべた。こういうところも蓮にそっくりだと思ったのだ。
 ミロはまず省吾の鎖骨を舐めてきた。黒い髪が自分の肌の上をすべり、嬉しく思ってしまう。
 髪は蓮よりは少し長めだが、髪型も同じにしたらきっと瓜二つになるのだろうな、と思うと罪悪感で心臓が締め付けられたような心地がした。
 自分の気持ちを見て見ぬふりをして恐る恐るミロの首に触れる。彼は振りほどかずに顔を滑らせ省吾の乳首に緩く甘噛みした。
「ここに来る前に男同士でしたことのある先輩に話を聞いてきたんだよ。で、ココ」
 ミロは省吾のほうを向いて乳首の先を指でつつく。
「男でも乳首で感じるんだってな」
 言いながらミロは人差し指と親指で両方の乳首をつまんだ。
「んっ……」
 刺激に体を強張らせる。
「ふ~ん、アンタ、素質ありそうだな」
 ミロは牛の搾乳をするように指を動かして刺激をしてくる。
「素質あるっていうか……、開発されてる?」
「……っ!」
 びくびくと跳ねる省吾の反応を見てミロは首を傾げた。
 そうなのだ。
 蓮を思って後ろを開発している間に興味本位から乳首のほうにも触ってしまい、気持ちよさに目覚めてしまっている。恥ずかしい。絶対に言いたくない。口をつぐんでいると、ミロが顔を近づけてきた。
「やらしいな。ここ、自分でいじっていたのか? 初めてだって言ってたよな?」
 涙目になってミロを見返す。
 こいつちょっとS入ってるだろ。思うが言葉にできない。口を開いたら変なことを口走ってしまいそうだった。
「なぁ、教えろよ。ここ、弄るの好きなのか? どんなふうに自分でしてたんだ?」
「ぁっ……! ふっ……」
 ぎゅう、と引っ張られてちかちかと脳内で星が弾けたような気がした。言うまでいじめてくるのだろうか。我慢できず省吾は口にしていた。
「ぁ……、そこ、指の先で弾くの、好き」
 同時に頬が熱くなる。羞恥でいたたまれない。ミロの機嫌がよくなったようだった。
「こんな感じ?」
 ピン、とミロは両手で乳首を弾く。
「んんっぅっ」
 省吾の体が震える。
「ははっ。かわいっ」
 言いながら何度もつまんだり押したり弾いたりしてくる。そのたびに快楽の電流が体の中を駆け巡る。恥ずかしいのにもっとしてほしい。
 太もものあたりに何かがあたる感触がした。
 もぞり、と足で確かめると、ミロの股間が硬くなっていた。
「……お前だって、興奮してんじゃん」
 煽(あお)りながらも、省吾は安心していた。萎えられたらどうしようと思っていたのだった。
「そうだな。省吾がかわいいから」


この続きは「異世界召喚された聖女(男)、仕事として×××しろとのことなので、前の世界で好きだった男と激似の男を指名します」でお楽しみください♪