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光属性のオタク神子は、寡黙な死霊術師に執愛される

入野沙織 / 著
都みめこ / イラスト
定価 1,320円(税込)
発売日 2025/02/14

電子配信書店

  • piccoma

内容紹介

竜の神子としてゲームの世界に召喚されたオタク大学生玲人は、持ち前のコミュ力の高さを活かし、刻印の勇士たちと楽しく過ごしていた。しかしただ一人だけ、クールな死霊術師クラリオからは、なぜか最初から嫌われているようで……。ある日玲人の神推し猫人族ムギに、幽霊に関する頼まれ事をされる。自分を嫌っているクラリオと共に行動することになるが、苦手な幽霊に怯える玲人に「君が賑やかでないのは……妙な気分だ」冷たいはずのクラリオが優しく手を引いてくれて――。さらに「君は私の神子だ。他の誰にも渡さない」激しいキスに翻弄され、激情のまま押し倒してきて……!? 『身代わり呪術師は、光の騎士に溺愛される』待望のスピンオフ!!

人物紹介

相澤玲人

竜の神子として異世界召喚された大学生。コミュ力が高く、重度のオタクなので、この世界にすぐに適応し、オタク用語を駆使して勇士たちと黒き竜に立ち向かう。

クラリオ

刻印の勇士の一人で死霊術師。なぜか最初から玲人を嫌っているが、それには理由があるようで……?

立ち読み

第一話 オタク神子と神子嫌いの勇士

 ――森で、骨(こつ)竜(りゅう)が目撃された。
 そんな情報を耳にして、玲(れい)人(と)は「クエスト発生!」という言葉を思い浮かべた。頭の中で、スマホのゲーム画面を想像する。
 ずらりと並んだクエスト一覧。新たにポップアップされたミッションは、『緊急クエスト:骨竜討伐』といったところか。
 玲人は脳内で、モンスター狩猟ゲームのファンファーレを流しながら、パーティ編成を始める。
 といっても、それはスマホのゲーム画面で行うわけじゃない。
 実在するメンバーに声をかけていく――これはあくまでゲームではなくて、リアルに起こっている出来事なのだ。
「クエスト行くぞー! 今日のメンバーは……とりあえず、一人目! ラインハルト、よろ」
「はい。玲人様、お任せください」
 玲人が声をかけたのは、『刻(こく)印(いん)の勇(ゆう)士(し)』と呼ばれる者だ。彼らは手の甲に『竜の刻印』を宿し、モンスターと戦う力を持っている。
 神殿に二十名ほど待機していて、なぜか皆、若い男で、やたらと顔がいい。
 そのおかげで、玲人はこの世界に召喚された時、『あー。ここ、女性向けゲームの世界か~!』とすぐに察することができた。
 刻印の勇士たちは様々なタイプがいて、使えるスキルや能力が異なっているのだ。
 玲人はこの世界で『竜の神(み)子(こ)』という役割についている。神子は勇士たちの能力を底上げする力を持っているらしい。でも、一度に効果を及ぼせる勇士は五人まで。つまり、パーティ編成は必ず五人で行わなければいけない。
 その話を聞いた時、玲人は大興奮した。
 何せ、日本では重度のゲームオタクだったもので。
 ――いや、こういうゲームあるわ! 俺、はまってたし、課金もしてましたわ!
 彼が異世界召喚されてからというもの、この世界にどっぷりとはまっているのも無理はないことだろう。
 そんなわけで、今日も玲人は楽しみながらパーティ編成を行う。
 五人中、四人の勇士はすぐに決まった。残り一人をどうするかで頭を悩ませる。
(今日はあいつも呼んでみるか)
 思い浮かべたのは、『死(し)霊(りょう)術(じゅつ)師(し)』の勇士だ。
 玲人は彼を探してみるが、神殿内には見当たらない。
 勇士たちは共同生活を義務付けられているため、修道院に個室を与えられているのだが、彼の部屋に向かってみれば、中はもぬけの殻だった。それどころか、ただの空き部屋……個室は一度も使われた形跡がなかった。
 玲人は勇士たちに彼の行方を尋ねてみる。しかし、誰もが困った顔で首を横に振るばかりだ。
「だー!? 今日もいないのかよ!」
 玲人は頭を抱えてから、声を張り上げる。
「おーい! クラリオー! クラリオ~!」
 すると、目の前の空間に、ぽんっ、と何かが現れた。
 小さな紙だ。クリオネのような形をしている。紙はひらひらと玲人の前まで下りてくると、
『……要件を』
 氷のごとき温度の声色。突き放すような態度で、紙が喋(しゃべ)った。
 玲人はぱっと顔を輝かせて、紙へと手を伸ばす。
「おー、いたいた! クラリオ! って、また式(しき)神(がみ)だけ!? お前さー、今、どこにいんの?」
『………………』
 その紙――式神は、玲人の手から嫌そうに逃れる。『そんなに距離とらなくてもよくない?』と呆(あき)れるほどに、離れていった。
 しかし、玲人はめげずに式神へぐんぐんと近付く。
「つーかさ、お前の部屋見たら、家具何(なん)にも置いてなかったけど? 刻印の勇士は、神殿に住むって決まりだろ?」
『………………』
 式神は玲人が近付いた分だけ離れていく。その上、空中でひらりと回って、今にも消えそうになっていて――玲人は慌ててすがりついた。
「うわー、待って待って! 用ならある! 任務だ! 討伐任務! 来てくれるよな?」
 式神はためらわずに消えていった。
『場所と時間を。手短に』
 最後にそんな声だけが降ってくる。
 玲人は唖(あ)然(ぜん)として、式神が浮かんでいた空間を見つめる。
(はは……。相変わらず、つれないな~……)
 呆れながら頬(ほお)をかいた。

 ◇

 北の地――魔の森。
 上空を厚い雲が常に覆っていて、辺りは薄暗い。周囲に生えている木も葉も紫色だ。生暖かい風が肌をぞわりと撫でていく――そんな薄気味悪い森である。
 その地に現れた骨竜を、神子と勇士たちは討伐していた。
「タゲとれてきてるから、スキルでヘイト稼げ! お、そろそろスタン、いけそうだな」
 勇士たちに指示を飛ばすのは、竜の神子・相(あい)澤(ざわ)玲人。彼の指示を聞いて、勇士たちは竜と戦う。
 玲人が口にしている「タゲ」「ヘイト」といった言葉は、ゲーム用語である。初めのうちはこういった用語が勇士たちに通じなかったので、玲人は苦労した。
 ここは日本とは異なる、異世界だ。言語も異なっているが、神様である『白き竜』の力によって、互いに翻訳されて話すことができるようになっている。
 しかし、上手く翻訳できない言葉もいくつかあるらしい。
 それが“オタク用語”だ。
「萌え」といったオタク用語、「ヘイト」といったゲーム用語は、この世界の言葉に置き換えられないらしく、そのままの発音になっているようだ。玲人はさして気にせずに、そういった用語もばんばんと口にしていたが。
「クラリオ! 猫ちゃんでスタンを頼む!」
 玲人の指示で、勇士は技を使う。
 クラリオと呼ばれたのは、薄水色髪の勇士だ。彼は冷めた面持ちを崩さずに呪文の詠唱を始めた。
 呪術――召喚《猫(ねこ)提(ちょう)灯(ちん)》。
 闇色の魔法陣が展開され、そこからモンスターが顔を出す。怪しげな登場の仕方の割には、可愛い見た目のモンスターだった。子供向け妖怪キャラクターのようなデザインだ。顔は猫で、体は提灯でできている。
 猫提灯は回転しながら、竜の周囲を飛び回った。竜の足元に闇の磁場が現れ、ばちばちと弾ける。すると、竜の体が麻痺して、動かなくなった。
 これが玲人の言っていた“スタン”状態である。敵を麻痺や気絶させることで、一定時間動けなくさせることを言う。ゲーム用語なのだが、勇士たちは正しく言葉の意味を理解していた。
「よし、今だ! いっせいに畳みかけろ!」
 玲人の指示で、勇士たちはいっせいにスキルを撃ちこむ。
 その日のモンスター討伐もつつがなく終わった。

 この世界を創造したのは、二柱の竜神だった。
『黒き竜』は世界を創ったのは誤りだったとして、この世界を滅ぼそうとしている。
 各地では『黒き竜の眷(けん)属(ぞく)』と呼ばれるモンスターが出現し、人々に危害を加えるようになった。
 それに対抗するために、『白き竜』は人間に力を与えた。
 竜神に選ばれた者は体に『竜の刻印』を宿し、不思議な力を得た。それが『刻印の勇士』と呼ばれる者たちである。
 そして、勇士を束ねる存在として、『竜の神子』が異世界より召喚された――それが玲人というわけだ。
 勇士と神子は力を合わせてモンスターと戦い、世界を守る使命を負っている。

 戦闘後、玲人はお気に入りゲームの勝利曲を口笛で吹いた。玲人がいつも口笛で吹いているので、勇士たちもすっかり覚えてしまったらしく、
「神子様、今日の勝利曲は『DQ』ッスね!」
「そうだぞ! お前らも、どのゲームの曲なのか言い当てられるようになってきたな。異世界にまで俺の国の偉大な文化遺産を布教できて、嬉しいよ」
 などと、玲人の影響ですっかりオタクに毒された勇士たちは、皆が勝利に沸いている。
 ――一名を除いて。
 クラリオは戦闘が終わると用は済んだとばかりに、転移装置に向かっていた。玲人はそれに気付いて、慌てて声をかける。
「待てよ、クラリオ! 日課クエが終わったら、何をするべきか……お前、知ってるか?」
「……この後も、何か任務が?」
 クラリオが億劫そうに振り返る。
 律義に聞き返してきたのは、彼は刻印の勇士としての使命を放棄するつもりはないからだろう。共同生活は拒否するし、玲人が話しかけても嫌そうにするばかりだが……とりあえず、任務には必ず来てくれるし、戦闘は真面目にこなしてくれる。
(つまり、仕事が嫌なわけじゃなく、嫌われてるのは俺ってこと?)
 そう思うと、ちょっぴり心が痛むけれど……玲人はすぐに気を取り直した。
『こいつはただのツンデレ!』と自分に言い聞かせながら、クラリオに声をかける。
「いいか! 試合が終わったら、ウイニングライブが始まるんだぞ!」
「…………」
 クラリオは呆れ切った様子で、目を細める。
 蔑むような視線を向けられても、むしろぞくぞくしてくるのは、この男の見た目が恐ろしく整っているからだろう。
 美形ぞろいの勇士たちの中でも、彼は一際目を引く容姿をしている。
 照り輝いているかのように美しく白い肌。薄水色の長髪、色素が薄すぎて透明に見える瞳。
 彼の容姿をたとえるのなら湖面だ。夜の満天の星を映した水面。秘境に存在する、神秘的で美しい湖。
 冷ややかな面持ちが、水のような彼の雰囲気を更に増長させる。温度のない視線で射抜かれると、胸の内がぞくぞくとしてくる。それほどの美貌と、冷淡ぶりだった。
 一方で、玲人の見た目は平均的な日本人だ。黒髪黒目。彫りの浅い面立ちに、背も体格も並。勇士たちは長身で体格がいい者が多いので、その中に紛れると小柄に見えるという程度だった。
 しかし、彼の浮かべる笑みは明るくて人懐こい。たとえるのなら、全力で尻尾を振る子犬だ。その笑顔を見れば、多くの人間は警戒を緩めるだろう。
 玲人がオタク用語ばかりを口にする変人なのに、勇士たちにいつの間にか受け入れられ、あまつさえそのオタク語を浸透させてしまった要因はそこにある。こんなに邪気のない笑顔と態度を向けられたら、普通の人間は絆(ほだ)されてしまうだろう。
 しかし――。
「……異世界人は、恥知らずばかりだ」
 クラリオは玲人の笑顔を一瞥すると、興味がなさそうに顔を逸らす。
 転移装置を使って、さっさと神殿に戻っていった。
 玲人は唖然としてクラリオが去っていった方を見る。
 彼が普段、どこで何をしているのか。なぜ共同生活を拒否しているのか。玲人は知らない。
(あいつ……謎多すぎなんだよなー)
 脳内でぼやきながら頭をかく。
 どうせ一緒に仕事をこなさなければならないのなら、仲良くなれた方がお得だと思うのに。

 その晩、玲人はベッドに入りながら考えていた。自分がこの世界に召喚された時のことを思い出す。
 それは推(お)し声優のライブに参戦していた時の出来事だった。
 いつものように夢中でペンライトを振り、コールしていたら、突然、足元が光った。ライブ会場の風景が消え去り、気が付くと自分は見知らぬ場所にいた。周囲には、国宝級イケメンたちの姿があった。
 玲人を見て、イケメンたちは盛り上がった。
『新たな神子様が現れたぞ!』
『ワッ、ツ……!? ここ、どこだ? ライブ会場は? 俺の、りるるたんはどこに消えたんだ?』
 それが刻印の勇士たちとの出会いだった。
 その時から、クラリオは勇士たちの輪には入っていなかった。この世界で暮らすようになって数日が経ち、「実は勇士がもう一人いる」ということを知ったのである。
 その後、クラリオに接触を試みると、式神を遣わしてきた。任務に呼び出してみれば、本人が現れて、そこで彼とは初めて会った。
 その時からクラリオは玲人のことを拒絶していた。あれこれ話しかける玲人の言葉をいっさい無視して、それでもしつこく声をかければ、
『黙ってくれないか』
 と嫌そうに言われた。
 初めて会った時から敬遠されているので、彼から嫌われている理由がまったくわからない。

 神殿には、刻印の勇士たちが共同生活を行うにあたって、それ用の設備が整っている。
 広い食堂もそのうちの一つだ。普段はテーブルと椅子が並ぶだけの、殺風景な部屋。勇士たちが食事をとるためだけに使われている場所である。
 そこは今――特設のライブステージと化していた。
 飾り付け担当は玲人。
 日本では絵も描くオタクだったため、それなりに絵は上手い。ただし、男体を描くのは苦手なので、女性キャラと百合専門だ。
 彼がこの日のために作成したのぼりには、「萌え萌えニャンズ」の文字と共に、猫の絵が描かれている。
 そして、食堂のテーブルをステージにして、歌って踊っているのは、猫(ねこ)人(びと)族(ぞく)たちだ。
「にゃん♪ ニャン♪ お届けにゃ♪ 肉球まみれの、このお手紙♪ かつおぶしと交換してにゃ~♪」
 猫人族は二足歩行の猫の姿をしている。彼らはぷるぷるの肉球を振ったり、ふわふわのしっぽを振ったりしながら、歌声を披露していた。
 正直、彼らの歌はド下手だった。
 しかし、テーブルクロスで爪を研ごうとしたり、途中で飽きたのか紐にじゃれついて遊んでいたり、踊るよりもテーブルの上のコップを落とすことに精を出していたりする姿は、恐ろしく愛らしかった。
「うおおおおお! ニャンず、萌え! 最高だぜー!」
 玲人のテンションは最高潮に達していた。
 自作したペンライトを振りながら、猫人族を応援する。推しライブで鍛えたペンライトさばきも、オタ芸も、プロレベルの腕前である。
「神子様~! 僕らのらいぶ、ご満足いただけてますかにゃ?」
 玲人の下に、一匹の猫人族がとてとてと歩いてきた。
 頭と体の上半分は、オレンジ色。それ以外の毛皮は白くて、ふわふわとしている。猫耳は常に垂れている――元の世界にいた猫種でたとえると、『スコティッシュフォールド』が近い。
「おお、ムギたそ! もちろんだぜ! やっぱり猫人族は最高! 存在が萌えの塊! にゃんにゃん~♪」
「にゃんにゃん~♪ それはよかったですにゃ~」
 玲人とムギは、恒例となっている挨拶を交わした。手を招くような、猫のポーズである。
 ムギは両手の肉球で挟むようにしてコップを持つと、玲人の隣に来る。うんしょと椅子の上に登って、足を投げ出す体勢で座った。
 猫人族のライブは盛況だった。
 刻印の勇士たちも楽しそうに酒を酌(く)み交わしながら、特設ステージを眺めている。
 初めはライブ文化も彼らに通じなかったので、玲人は布教に苦心した。三カ月かけて、ようやく『ライブとはこういうもの』という価値観を彼らに植え付けることに成功したのだった。
「でもさー。やっぱりライブなら、キャラソンが定番だと俺は思うわけよ。刻印の勇士たちが歌って踊れば、市民にも大人気だぜ? なあ、ノア、一曲でいいから歌ってみねえ?」
「絶対、嫌」
 対面に座るノアに声をかけると、彼は嫌そうな顔をした。
 勇士の一人であるノアは呪(じゅ)術(じゅつ)師(し)だ。金髪赤眼で、すらりとした体付き。黒いローブに包まれた肌は異様に白い。その上、こちらへと向けられた赤眼は平坦で、感情が読みとりづらい。
 彼の肩には使い魔が乗っている。しかし、使い魔と聞いて想像できるような可愛らしい姿ではなく、つぎはぎだらけの薄汚れたぬいぐるみである。“ウサギ”のような長い耳が垂れている。ぬいぐるみは玲人を見ると、「……くっけっけ……」とギザギザの歯を見せながら笑った。
 不気味な雰囲気の男だが、刻印の勇士はイケメンが標準装備なので、顔面偏差値は大気圏を突破している。
「玲人様。ノアは人前では歌わないと思いますよ」
 ノアの代わりに告げたのは、ラインハルトという男だった。彼も勇士の一員で、騎士だ。実直で優しく、女性が理想とする『騎士像』を具現化させたような容姿をしている。銀髪碧眼で爽やかな顔立ち。もちろん、顔面偏差値は大気圏を突破するレベルである。
 ――ノアとは正反対な雰囲気の男だが、二人は仲が良く、一緒に行動していることが多い。
 ノアが平坦な目付きでラインハルトを見る。
「そういうのは、こいつにやらせたら?」
「それがなー。やらせてみたこと、ある」
「……あるんだ」
「玲人様、その話は……!」
「すげード下手だった」
「ふっ……!」
 ノアが口元を押さえて、笑いの発作に耐えている。クールキャラの貴重な笑顔、ポイント高し、これはSSRカード級だぜ、と考えながら、玲人はうんうんと頷(うなず)いた。
 隣ではラインハルトが顔を真っ赤にして、困っている。キタコレ、イケメンの照れ顔、これまたSNSがバズっちゃうなー、と思いながら、玲人は内心でにっこりした。
「その話は秘密にしてくださいって言ったじゃないですか~……!」
「あっはっは、そうだったかー?」
 必死な訴えを玲人はにこやかにかわす。
 ムギがコップの水を舌でぴちゃぴちゃとすくいとってから、こちらを見上げた。
「神子様~。“きゃらそん”って、何ですかにゃ?」
「おお、ムギたそー。君は存在自体がUR(ウルトラレア)級だぞー。よしよし」
 ムギの頭を撫で撫でして、更なる萌えを補給してから、
「そいつのイメージに合わせて作られた歌を、本人が歌うんだよ。刻印の勇士のキャラソンを発売したら、絶対、大バズり間違いないと俺は思うわけ」
「にゃにゃ、なるほど~。でも、勇士様の中には、歌が苦手な方もいらっしゃるのでは?」
「そこなんだよなー。俺、日本でさ、キャラソンを聞く度に不思議に思っていたわけよ。『こいつ、絶対、歌とか歌うタイプじゃねえよな!?』ってキャラとか、『こいつ、歌、絶対下手そうだけど!?』っていうキャラも、キャラソンだとそれなりに上手いし、ノリノリで歌ってんの」
 玲人は頬杖をついて、勇士たちを見渡した。
 ――世界観は完全にスマホゲームだと思うのに。
 それでも、ここは二次元とはちがうのだ。
「でも、こっちの世界ではさ、歌ってくれないやつは何をしても歌ってはくれないし、こんなに国宝級のイケメン顔持っているくせに、歌わせてみたらヘタだったりすんだよ」
 しみじみとここが現実世界であることを認識する。
(そういえば、あいつも絶対に歌ってくれそうにないタイプだよな)
 そんなことを思いながら、辺りを見渡していると、
「神子様。誰かをお探しかにゃ?」
「あ……あー。いや。来るわけねーよな」
 玲人は、たはは、と笑いながら頭をかいた。
 死霊術師のクラリオ。
 彼は唯一、この神殿で暮らしていない勇士だ。そもそも玲人は彼に嫌われているし、今日だってこの場に現れるわけがない。
 ――あいつ、今、どこにいるんだろう。
 ――何で俺、あいつに嫌われてるんだろう。
 玲人は彼について何も知らないということに気付く。
「なあ、ノア~。死霊術師ってさ、呪術師とはどうちがうんだ?」
「死霊術師も、分類は呪術師になる。専門に扱っている分野によって分かれていて、僕は呪いを専門に使うから、“呪い師”。クラリオのようなタイプは、“死霊術師”と呼ばれる」
 そこでラインハルトが口を挟んだ。
「死霊術って……彼が戦闘でも使っていた、幽霊を操る術とはちがうのか?」
「…………幽霊」
 その単語を耳にした途端、玲人はぴくりと反応する。
「玲人様。どうしました?」
「あ、いや! でもさ、クラリオが使ってたのは、幽霊じゃなかったよな? どっちかと言うと、あれだ。妖怪~、ようか~い♪」
 玲人は子供向け妖怪アニメの歌を軽快に歌った。勇士たちには通じなかったらしく、ラインハルトはきょとんとしているし、ノアには嫌そうな顔をされた。
「オタクヨウゴやめて」
「今のは用語じゃなくて、オタクソング……いや、パンピーにも人気なアニメだったから、オタソンともちがうぞ!?」
「知らないけど。クラリオが使っていたのは、呪(じゅ)霊(れい)。こういう生き物」
 ノアは自分の使い魔を指さす。
 すると、“ウサギ”のような使い魔は片手を上げて挨拶した。
 ――不気味だが可愛い。
 それはクラリオが召喚していた生き物も同じだ。キャラクターと思えば、不気味な要素もコミカルになるので、可愛らしく見える。
 玲人はにこやかに“ウサギくん”を見返した。
「うんうん。今日も萌え! そっちなら、セーフだ」
「何が?」
「いや、こっちの話な。じゃあ、呪霊を操る技と、死霊術っていうのは別なのか?」
「呪霊を使役して操ることは、どの呪術師でもできる。もともと、死霊術は戦闘のために作られた技じゃない。現世にとどまっている死霊を成仏させたり、降霊術で死人から話を聞いて、遺族を慰めたり、問題を解決したりするのが、彼らの仕事なんだ」
「え……?」
 玲人は顔を引きつらせながら尋ねた。
「じゃあ、いんのか? この世界にも幽霊的なものって……」
「うん。いるよ」
「へ……へええ……」
 この話題はこれ以上、広げない方がよさそうだ。
 そう判断して、玲人は立ち上がった。
「おっと、そろそろ猫ちゃんたちが歌に飽きちゃったみたいだな! 俺、行ってくる!」
 ステージの上では猫人族が歌に飽きて、お腹を出しながらゴロゴロと転がっていた。
 その姿に萌えをもらいながら、玲人は『今の話は、聞かなかったことにしよう!』と考えていた。

 クラリオに避けられているという一点を除けば、玲人の神子ライフは順調だった。
 日課の討伐任務をこなして、猫人族からは萌えをもらって、たまにライブをしたり、絵を描いたりして、オタ活を満喫。刻印の勇士たちとの関係性も良好だ。
 ――そんなある日のことだった。
「神子様~!」
 転がるように神殿にやって来たのは、猫人族のムギだ。むしろ、本当に転がっていた。足をもつれさせ、コロコロと前転しながら、ムギは食堂になだれこんでくる。
 ――俺の神推しムギちゃんに、傷一つ付けてはならない!
 玲人は素早く動いた。ヘッドスライディングを決めながら、ムギの体をキャッチする。ムギのオレンジ色の毛は、ふわふわで、ほんのりとお日様の匂いがして、極上の触り心地だった。あまりの尊さにノックアウトされかけながら、玲人はムギを抱え直す。
「ムギ! どうした? 大丈夫か!?」
「うにゃ~ん……神子様! ありがとにゃん」
 玲人はムギの体を持ち上げ、食堂の椅子に座らせてあげた。両足を投げ出すようなポーズでちょこんと座って、ムギはこちらに向き直る。
「今日は、神子様にお願いがあって、来たのにゃん」
「おう、何でも相談してくれ」
「神子様……どうして、僕の肉球をふにふにしてるのにゃん?」
「萌えの補給だぞ。それで、どうしたんだ?」
「猫人族の間で、最近、困りごとが起きているのにゃん」
「何だと!? 俺の最推しにして、神萌えにゃんずを困らせている奴がいると? それは絶対に許せないな」
 玲人は真面目な顔をすると、ムギの肉球から手を離して、隣の席に腰かけた。ムギはこくりと頷いて、
「猫人族がみんな、おかしな夢を見るのにゃん」
「夢?」
「そうですにゃん。その夢には、死人が出るのにゃ」
「……死人……?」
 その瞬間、玲人の顔が引きつる。
「ええっと……あれか。それってノアが言ってた、呪霊ってやつか?」
「そっちじゃないですにゃ。幽霊の方にゃ」
「ゆ……幽霊!?」
 玲人は、がたっと席から立つと、よろめいた。


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