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諸事情により預かった近所の金髪碧眼の美少年がヤンデレ科ヤンデレ属に属する立派なヤンデレ美青年へと成長した結果、食べられたが夫夫となり幸せになった件について!1

宝楓カチカ / 著
NOUL / イラスト
定価 1,320円(税込)
発売日 2025/05/09

内容紹介

平凡な社会人生活を送る春人はかつて、実家で預かっていた訳あり美少年・琉笑夢(るえむ)を弟のように可愛がっていた。自分にだけ懐く姿が可愛いけれど手に余る。そんな気持ちから軽率に「結婚するならSNSでフォロワー500万人いる、到底手が届かない人がいい」などと言ってしまったせいで、春人の言った条件を余すことなく満たした上、タレントとして人気絶頂、美貌にもヤンデレにも磨きをかけた琉笑夢が迎えにきて!? 「全部俺ので埋めさせて」執着心剥き出しで体力の限り愛し尽くされる日々――

人物紹介

春人

平均平凡なサラリーマン(27)。かつて実家で預かった美少年に懐かれたのが運のツキ……?

琉笑夢(るえむ)

モデル・タレントとして人気急上昇中の19歳。なんでもそつなくこなすが、春人のことだけには冷静でいられなくて……。

立ち読み

『diDi』

 とかいう名前を頻繁に見かけるようになった。
 雑誌で、テレビで、ネットで、CMで、広告で、SNSで。とにかくあらゆるところで。
 帰国子女かつハーフのモデルやタレントも数が増え、芸能界へ出たり入ったり炎上したり消えたり戻ったりを繰り返しほぼ飽和状態となっている現代社会。
 その中でも帰国子女でかなりの長身、スレンダーな体(たい)躯(く)、かつ女性と見まごうばかりの美貌を持つ金髪碧眼のハーフの美青年はかなり人目を引くらしく、あれよあれよとファンの数も凄いことになっていた。
 柔らかな曲線を描く艶やかで眩い髪に、ツーブロックの刈り上げ。男らしくもあり女性らしくもあり、そのどちらでもなく、そのどちらでもある。
 メンズ・レディース関係なく大手メーカーとのコラボも数多く、どんな派手なメイクすらもやりこなし、どんな服であったとしても着こなし、それがたとえヒールであっても履きこなす。
 最近では初シングル曲なんかリリースしちゃって、『3210』という謎のタイトルがファンの間では大いに話題になっていた。また、ファッション性の高いPVやダンスもさることながら、歌が驚くほどにうまいものだから動画の総再生回数も凄いことになり、男女問わず学生、そして社会人たちが盛り上がっている、らしい。
 なんでも、透明感のある美しい顔立ちと、漢らしくて色気のある芯の強そうな低音とのギャップが良いとか。
 また彼はメディアの中では常に微笑みを浮かべ、共演者からも礼儀正しく人当たりもいい若者だと絶賛され、ネット上ではファンへの対応がとても丁寧だと話題だ。
 海外のアイドルや俳優にのめり込んでいる若い世代も、突如として頭角を現した前衛的なモデル、タレントの『diDi』なる人物には興味を引かれるらしく、じわじわと戻ってもきているらしい……そういえば、前にテレビで特集組まれてたっけな。
 そのうち俳優業にまで進出するのではないかと実(まこと)しやかに囁かれてもいるらしいが、それには否と、春人は断言できる。

 にこっじゃなくニタァッと笑うあいつに、自然な笑顔なんて作れるはずがない。


 ***


「よぉ、ダーリン」
 そんな低すぎる声の「ダーリン」があるものか。
 春人は煙草(タバコ)を咥(くわ)えたままニタァッと片側の口角を吊り上げたかつての美少年そして現美青年から逃れるべく、思い切り扉を閉めようとしたのだが。
 ガッとえらく長い脚を玄関扉の隙間に突っ込まれて、ひえっと飛び上がった。
「――んで閉めんだよ」
 一瞬で怒気が込められた地を這(は)うような低い声に、もう両手はぶるぶるだ。
「ばっ、やめろおまえ、壊れるだろうが、ドアが!」
「心配すんの普通ドアじゃなくて俺ね。現役だぞこの美脚は。おら開けろ」
 自分で言うかと突っ込もうと思ったのだが、ちょっとでも気を抜けば確実に突破される。
 どんどん強引に隙間にねじ込まれていく足は大きくて、隣に並んだ春人の平均的な大きさの足とは比べ物にならなかった。
 このぐらいの大きさでも、ヒールとか履けちゃうんだもんなぁこいつ。
 ネットのごく一部では、「若い男が女物のヒールなんかを履くだなんてけしからん、気味が悪い」なんて言う人もいるらしいけれど、春人はそう思わない。だってあんなにも素敵で様になっているのだから。
 その美しさに思わず駅前のポスターの前で立ち止まり凝視してしまった昨夜の自分の姿を芋づる式に思い出してしまい、慌てる。
 今は感心している場合じゃない。
 この長すぎる脚の主を追い返すことが先決だ。
「帰れってば! なんでこんな夜中にくんだよ」
「いいから開けろ、扉壊されたくねえだろ。それとも壊されたくてやってんの?」
 外は夜、暗い隙間から覗く爛々(らんらん)と輝く青い瞳。
 いやホラーかよと、心の中だけで突っ込む。
 全国のこいつのファンが今の発言を聞いたら何を思うだろうか。みてくれだけはいい琉笑夢に将来が楽しみねぇとにこにこ笑っていた母親も、まさか琉笑夢がモデルという道に進み、ましてやこんな超一流の有名人になるとは思ってもいなかっただろう。
 テレビやら広告やら雑誌やらでよく見かける『diDi』――ディディこと飛鳥間・ディディエ・琉笑夢――の姿は、春人の知っている本来の彼とはだいぶ違う。
 クールビューティーかつ妖艶(ようえん)で色気のある青年とかいう設定で通ってはいるが、実際の琉笑夢はかなりワガママだし些細なことですぐに怒るしキレ散らかす。
 とは言っても、キレる理由の九割は大抵春人絡みなのだが。
 例えば春人が琉笑夢を追い返そうとしたり、琉笑夢を放置して別のことに集中したりしていると激しく機嫌を損ねる。つまり春人がかまってあげないと子どものように怒るのだ。
 そしてその怒りは、ただいま現在進行形である。
「早く開けろって。開けろよ開けろ開けてって、なあ、なあなあ」
 扉の隙間の高い位置から自分を見下ろしてくる視線が痛い。どんどんでかくなっていく血走った青い目に背筋がぞっとする。
 いやだからホラーかって! はるにいなんで閉めるんだよぅ一緒に寝たいよぅと切ない声を出しながら春人の部屋の扉をとんとこ叩いていたあの頃の琉笑夢が懐かしい。今の琉笑夢はこれ以上叩いたら扉が壊れるんじゃないかと不安になるほどの力でドンドン重い一撃をお見舞いしてくる。
 ご近所迷惑になるから静かにしろと何度言っても止めてくれない。
「明日も仕事なんだよ!」
「はい嘘、余裕で休みじゃん、自発的な三連休だってな」
「えっ、なんで……」
「道子さんから聞いたー」
「おまえらほんと仲いいな!」
 何余計なことバラしてんだ母さん!
 道子は琉笑夢に今でも甘かった。
 春人の頃は鬼教育だったくせに、酷いよ母さん。
「ふうん、嘘つきは泥棒の始まりって知らないわけ。春もいい大人になったもんだよなァ」
 ぎちぎちと隙間に手を突っ込んできながら、もう片方の手では悠々と煙草をふかし続ける十九歳がニィッと笑った。
 ニタァッとも違う笑みをいつのまにか修得していたようだが、それでも心地よい笑みには見えない。なんというか、獲物を狩る肉食獣のような目をしている。
 獲物は誰だ、いやオレかと内心で結論づけて、頭を抱えそうになる。
 思い出補正も入っているかもしれないが、それでも小さい頃の琉笑夢は本当に天使のようだったのに。
 出会ったその日から春人に懐き、常にべったりで、頭を撫でてやると嬉しそうに口許(くちもと)をほころばせて、抱っこしてなんて甘えてきて。ヒヨコのように後追いをしてきて、トイレの中までついてこようとしてきて、春人が興味を示すものや人に全て嫉妬して、嫉妬のあまり部屋の壁に貼っていたポスターをびりびり破いてきたりCDをカチ割り「おれをみて」アピールをしてきたり時には人にコップを投げつけてきたりこっちを見ないからという理由で蹴ってきたりするような天使――いや違うな、思い出補正すぎた。昔からホラー感が強くてその片鱗(へんりん)はあったのだ。
 俗にいう、ヤンデレというものの。
「ど、堂々と煙草吸ってるおまえの方がやべえだろ! あのな、琉笑夢。煙草は二十歳になってからだって」
「いい加減黙れば」
 尚(なお)も言葉を紡いで時間を稼ごうとしていると、琉笑夢がすっと笑みを消した。一気に深海へと落ちたかのような深く暗い青に見下ろされる。
 ふうと、燻(くゆ)らされた紫煙が扉の隙間から降りかかってきた。押されては押し返す、じりじりとした攻防戦が力のある者の手によって破壊されようとしている合図だ。
 負け戦であることは、初めからわかっていた。
「開けろ、春。開けねえと躾け直すぞ」
 びしりと固まってしまった春人を無視し、さっさと長い脚でドアを押し開け中に入ってきた長身。玄関先は彼にとっては天井が低く、幅も狭そうだ。かつんと茶色の革靴を響かせただけだというのに、そんな動作の一つでさえ洗練された動きに見えてしまう。
 当たり前か、本業がモデルなのだから。
 春人の部屋を訪れる時の琉笑夢は、テレビや雑誌で見かけるような派手な格好は全くしていない。今日だって目立たないように、アウターとトップスとパンツは黒っぽい色で統一されている。
 ブラックスキニーに、同じくブラックのVネックの長袖カットソー、そしてネイビーのテーラードジャケットという出で立ちだ。
 しかも黒の帽子を目深に被り、目立つ髪色を隠していた。
 どれもあちこちの店で見かけるような量産型の服のはずだし、普通の男ならばこんなに重そうな色合いを重ねるとどこか芋っぽくなってしまいそうなのだが(少なくとも春人は着こなせない)、すらっと背が高く手足の長い琉笑夢が身に着けるとどれも値の張ったブランド品に見えてしまうので不思議だ。
 これでまだ二十歳前なのだから恐ろしい。
 どうして自分はこんな深夜に、八つも年下の男に押しかけ訪問なんぞをされてるのだろうかと遠い目になりそうになって頭を振る。
 乱雑に放り投げられた帽子が玄関の棚からずり落ちそうになって、とっさに掴んで載せた。
「おまえなぁ、適当に置くなっての。そういうとこだぞ」
「喉渇いた、なんか出して」
「……水しかねえからな」
「酒」
「飲ませるかよ。二十歳なってねぇだろおまえ」
「こまけー」
「細かくねぇよバカ、背ぇ伸びなくなるぞ」
 こいつには注意書きが必要だな、っていうか首から下げとけ、未成年の喫煙・それと飲酒は法律で禁止されていますって。
「もう十分伸びたからいいわ、あと春」
「なに」
 じっくり上から下までを目だけで往復されて、言われた。
「……説得力ゼロ」
「うるせぇ! これでも身長ひゃくななじゅーあんだぞ!」
「百六十九の間違いじゃね」
「う」
 秒で言い返された。なぜバレているのか、ではなくて。
「や、やかましい、四捨五入したら実質百七十なんだよ」
 心底バカじゃね? という目で見下された。
「だる……」
 ――くっ、こいつ。いつからこんなに口が悪くなったのか。
 高身長となった琉笑夢には二十歳を過ぎても百七十を超えられなかった男の苦しみなんて一生わからないに違いない。
「そんなこと言ったら俺も百九十だから。そこ邪魔」
「ってこら」
 帽子と同じように雑に脱ぎ捨てられた琉笑夢の靴をぶつくさ言いながら丁寧に並べ直し、我が物顔で部屋に侵入してくる琉笑夢の後を追う。
 続いてテーブルの上に放り投げられた小さめのカバンは別にいいが、しわくちゃのままばさりと椅子の背もたれにかけられたジャケットは気になる。
「あーもう、なんでいちいち適当に投げるかな、シワになんだろ」
「うるせぇよお母さん」
「オレはおまえの母親じゃねえよ……」
 丁寧に広げて伸ばし、しっかりとハンガーにかけてやる。
「――で、何があってこんな夜中に突撃してきたわけ? 来れんの来週じゃなかったっけ、オレ眠いんだけど……」
 風呂から上がるのが遅くなり、「今から行く」という唐突なメッセージに気がついたのは三十分ほど前だった。ここしばらく琉笑夢は仕事が忙しかったのか、全然連絡もよこさなかったというのに。
「ん」
 ずいっと目の前に差し出されたのは琉笑夢のスマートフォン。
「……ん?」
「見れば」
 買い置きの飲料水を出してやるため冷蔵庫にかけていた手を止める。表示されているのは琉笑夢のSNSのアカウントだ。自慢じゃないが春人はそういうのに疎い。いろいろ面倒臭いなぁと思ってしまい、暇な時にだーっと眺めはするのだが、自分から深く手は出せずにいる。
 けれどもそんな春人であっても、よくわからないポーズを決めている洒落た琉笑夢の個人写真だとかポスターだとか食事風景だとか、そういうのにとんでもない数のいいねがついていることはわかる。
 いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅうまん……まで数えて止めた。残業が祟(たた)って目が疲れていた。こんなに他人の個人情報に興味を引かれるのか、最近の若い子たちは。
「見……ましたけど」
「何か気づいたこと全部。早く正解まで辿(たど)り着けば」
 ええ……と頭を掻(か)く。そんなことを言われましても。気づいたことなんて、琉笑夢が褒めてほしそうな顔をしているということだけだ。何も知らない人から見れば普段の表情と変わりはないのだろうが、こういう時の琉笑夢はホクロのある方の口許と目許の端がむふ、と緩むのだ。今現在、緩んでいる。
 だが、肝心のどこを褒めればいいのかがわからない。
「えっ……と、いいねがたくさん?」
「当たり前」
「……ほぼ毎日更新してて、偉いな」
「あとは」
「身長、また伸びたとか?」
「伸びてねーけど百八十八・三センチ」
「いやでか」
 すくすく育てよとは思っていたけど、育ちすぎである。
「次、早く」
 せっつかれても見当もつかなくて、だんだんと言葉に詰まってしまう。
「……一昨日の朝食オシャレだな、これ何語?」
 琉笑夢の眉間のシワが増えた。
「あっなんだよピーマンあんじゃん。おまえピーマン食えるようになったのかよ」
 眉間のシワがまたまた増えた。しかもかなり深い。
 な、なんだよ。昔はピーマンの欠片だって全部春人に流してたし、今でも人参(にんじん)は皿の端っこにこっそり避(よ)けて食べてんじゃねぇか。
「野菜食ってる奴全員キモい」とか人畜無害なベジタリアンすら罵るような大の甘党のくせに、イメージ戦略のためとか言って甘いもの苦手と公表してて、毎朝コーヒーを飲んでますとかインタビューでは嘘八百ぶちかましてるけど、おまえが朝一番に飲みたがるのはココアかオレンジジュースだってこと知ってんだからな。
「その……あれか、おまえこのコーヒー、絶対後から大量の砂糖ぶちこん……」
「さっきからふざけてんの? 俺、気長くねぇの知らなかったっけ」
 ついに琉笑夢の額にびしりと青筋が立ってしまった。琉笑夢の気が長くないことは今日に至るまでの経験上十二分に理解はしているが、困った。
 ここまで来ても、琉笑夢が気づいてほしがっているものがわからない。
 しかしこれ以上間違えると、たぶんこの男、キレる。
「えっと……まあ、あれだ。公式マークがついてる。琉笑夢はやっぱりすげえな~」
 切れ長の目を極限まで細めた琉笑夢に最後の回答も不発だったことを悟る。昔なら頭の一つでも撫でてやれば機嫌もよくなったものだが、今のこいつにはそんな子ども騙(だま)しは通じない。
「な、なんなんだよ、ちゃんとわかるように言えって」
 ふー、と呆れに満ちたため息が降ってきて、煙臭さにげほっと唸る。
 近くのテーブルにスマートフォンを置いた(ブン投げたとも言う)琉笑夢の手が伸びてきた。そのままぐっと胸ぐらを引き寄せられて、後頭部を大きな手のひらでわし掴みにされる。
 凄まじく美しい顔が近づいてきて、思い切り唇を押しつけられた。ぶつけられた唇は夜風のせいで冷たく乾いていたが、風呂上がりで濡れていた春人の唇に、すぐに馴染(なじ)んだ。
「ッ……む、ん――!」


この続きは「諸事情により預かった近所の金髪碧眼の美少年がヤンデレ科ヤンデレ属に属する立派なヤンデレ美青年へと成長した結果、食べられたが夫夫となり幸せになった件について!1」でお楽しみください♪