書籍詳細
何度でも、オメガはアルファに恋をする
ISBNコード | 978-4-86669-709-3 |
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サイズ | 文庫本 |
ページ数 | 264ページ |
定価 | 836円(税込) |
発売日 | 2024/10/18 |
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電子配信書店
内容紹介
人物紹介
折田瑞稀(おりた みずき)
超レアな男性オメガ。七歳年上の義兄・亘の親友・瀬尾晧介が初恋。
瀬尾晧介(せお こうすけ)
瑞稀の義兄・亘の親友。瑞稀を実の弟のように大切に思っている。
立ち読み
兄の新居に向けて自転車を走らせていた折田瑞稀を、メタリックグリーンのSUVが追い抜いていく。
「しぶ…」
思わず呟くと、ヴォルヴォは少し先で停まった。瑞稀の自転車が接近すると、ウインドウが下りてイケメンが顔を出した。
「よ。元気してたか?」
サングラスをちょっとずらして瑞稀を見る。
「え、コースケくん?」
瑞稀の顔に驚きと喜びがぱあっと広がる。
いつもはどちらかというとテンション低めで、同級生からは顔が整っているだけに話しかけづらいと云われている瑞稀だが、このときばかりは感情がもろに顔に表れてしまった。
高校生男子とは思えない抜けるような白い肌に、可憐と云っても差し支えないほどの美貌。あまり笑顔は見せないが、それでも笑うと幼さが垣間見えて、何とも愛くるしい。長い睫毛が大きな眼を更に引き立てて、この笑顔を向けられた相手はたいてい平常心ではいられないだろう。しかし今日の相手は違っていた。
瀬尾晧介は動じることなく瑞稀の笑みを独り占めする。
彼は兄の親友で、瑞稀も小学生の頃から知っている。独特の雰囲気を持つイケメンで、昔から憧れの存在だった。目立つ彫りの深い容姿は黙っていればクールに見えるが、ときとして表情豊かでその印象的な微笑はどこか含みがある。一筋縄ではいかない、何かおもしろそうな悪巧みを考えてでもいるかのような。
「え? 晧介くんも?」
「ああ。聞いてなかったか?」
瑞稀は慌てて首を振った。今日はこれからキャンプなのだ。兄家族とその数人の友人たちと一緒のオートキャンプで、瑞稀は甥のお守り係を命じられている。
「聞いてない。びっくり!」
「亘んち、次の信号だっけ?」
「そっちからでも行けるけど、車だともう一つ先の信号を右折した方がわかりやすいよ」
「サンキュ。じゃ、後でな」
そう云って片手を挙げる仕草もカッコいい。
一気にテンションが上がってしまったが、これでは子どもっぽすぎると、ひと呼吸して気持ちを落ち着ける。
兄たちといるといつまでも小さい子どものように扱われるので、もう高校生だってところをちゃんと見せないと。そう思いつつも気持ちは逆らってしまって、つい立ち漕ぎする勢いでマンションに辿り着いた。
息を切らしながら駐輪場に自転車を駐めていると、瑞稀のスマホが鳴る。発信者を確認すると兄だった。
『瑞稀、今どこだ?』
「もう着いたよ。今駐輪場。晧介くんに会ったよ!」
『ああ、そう。ずっと無理っぽいって云ってたが、昨日の夜になって、行けそうってラインがあった』
なんだ、それなら云っておいてよと思ったが、それは口にしなかった。
『晧介が来客用の駐車場にいるから、部屋まで案内してやってくれ』
「わかった」
浮き立つ気持ちを抑えて、前カゴに入れていた荷物を抱えて駐車場に向かう。
これまで兄家族のオートキャンプには何度か付き合っているが、今回はバンガローを借りられるというので泊まりで行うことになっている。それに晧介が参加するということは、かなり長い時間一緒にいられるということだ。ゆっくり話ができるかもという期待が当然ある。
出会った頃、瑞稀はまだ小学生で、高校生の晧介にしてみれば単に友達の弟でしかなかっただろう。が、今は瑞稀も既に高校二年だ。晧介には聞きたいこともたくさんあったし、とにかくこれから明日まで一緒にいられるのだと思うと、もう今からわくわくしてしまう。
晧介の姿を見つけて手を振ろうとして、瑞稀はその手を止めた。
ヴォルヴォのボディに背を凭せかけてスマホを弄っている晧介の姿は、車のCMか何かみたいに絵になっていて、一瞬見惚れてしまったのだ。
どきんと、鼓動が速くなる。
瑞稀が声をかけられずにいると、晧介の方が彼に気づいてくれた。
「瑞稀!」
軽く片手を挙げて、スマホをポケットにしまう。
「悪いな」
「晧介くん、ここ初めてだったんだね」
「そう。まだ引っ越して何か月とかだろ?」
返しつつ、晧介は当たり前のように瑞稀の荷物を持ってくれる。そういうスマートさをカッコいい…と思いつつも、いつもそんなふうに彼女の荷物を持ってあげてるんだなとつい想像して、自分で凹んでしまう。
そんなこと…、今に始まったことではないのに…。
それを振り切るように、瑞稀はゲートを指さした。
「あっちのゲートが兄さんの部屋に一番近いから。ここ広くてさ、ちょっとややこしいんだ」
「けっこういいマンションだな。役所って給料安いんじゃないの?」
兄は県庁勤務で、まだ二年目だ。
「あ、聞いてない? ここ、リサちゃんの両親が買ってくれたんだって。兄さんたちは管理費だけ払ってる」
「マジか。亘ってそういうの嫌がりそうなのに」
「うん、最初は断ってたみたい。けど、向こうのお義母さんが、生活に余裕があった方がいいに決まってるって。余裕があればしなくていい喧嘩が減るのよって。若い夫婦がお金がないのは当たり前なんだから、そんなものは甘えておけばいいのって。それで折れたみたい」
「へえ。亘がねえ。あいつも少しは丸くなったってことかな」
くすくす笑いながら、エレベーターに乗り込む。
「それにしても、おまえ、相変わらず華奢だなあ。背も伸びてないし」
揶揄うように云われて、瑞稀の顔がむっとしたように歪んだ。
「…これからだもん」
「そうかあ? もう高二だろ」
気にしていることを云われて瑞稀は拗ねたように唇を尖らせる。デリカシーに欠けるが、晧介も兄もそういうことは遠慮なしだ。
「うっさいな。自分がでかいからって…」
晧介は一八〇センチを超す長身で、兄の亘は更に彼よりも高い。対して、瑞稀は一七〇センチに少し足りない。
「まあ、身長はともかくとして、もうちょっと鍛えた方がいいぞ」
瑞稀はそれには答えなかった。
高校に入ってからちょっとした筋トレはやっているものの、なかなか筋肉がつかない。それはおそらく彼がオメガなせいだ。が、もちろん晧介はそんなことは知らない。それは家族だけが知っていることで、個人のプライバシーだ。
オメガであることは医療機関に記録として残されているが、それはあくまでもオメガの権利を保護する目的からで、本人や保護者の許可なくその情報を活用することは法律で厳しく禁止されている。
たいていの人間は自分を含む周囲はみんなベータだと漠然と思っていて、そのことが話題にすらならなかった。アルファは特別な遠い存在で、そしてオメガの存在はそれ以上に知られていなかった。ただ、その存在が身近ではないとはいえ、オメガバースの概念は義務教育に含まれているので、小学生のうちからそういう性があることは誰でも学んでいる。
かつてオメガは虐げられた存在だった。発情期になるとその欲情を制御できずにアルファを誘惑して回る、そんなふうに云われて差別されていたときもあった。が、今では薬で発情が抑えられるようになってオメガだと知られることはない。
男性なのに妊娠もできる男性オメガの存在が一番レアなため、瑞稀は自分がそうであることを誰にも打ち明けてはいない。家族以外は誰も彼がオメガだということを知らない。
第二次性徴期に合わせて、オメガは医療機関を受診して自分に合った薬を処方してもらうことを推奨されている。避妊と発情を抑制するためのピルだ。瑞稀は定期的にピルを服用しているから、発情というのがどういうものなのかさえ知らずにいる。
オメガプログラムというものがあって、オメガは自宅でも受講できるようになっている。自分の身に起こるかもしれないことの対処法を学ぶものだ。早い段階から学ぶことで違和感なく自分の性を受け入れることができるということで、小学生くらいから年齢に合わせたプログラムが作られていた。瑞稀もごく自然に、自分は条件しだいで妊娠が可能な身体であることを受け入れている。
男性オメガは特別な存在ではあるが、それは自慢することでも卑下することでもない。オメガだからといって差別される時代ではないのだ。
兄たちのような高身長を羨ましいと思うことはあるが、同世代の平均身長より僅かに低い程度なので悩むというほどでもない。とりあえず、これまで一般的な高二男子として生活していて特に不便を感じてもいない。
「あのヴォルヴォ、渋いねえ。めちゃめちゃ高そう」
「中古だよ。従兄に譲ってもらってさ」
「そうなんだ…」
晧介が中古車を買うというイメージがなかったので、瑞稀には少し意外だった。
「今日、乗せてやるよ」
「やった!」
思わずガッツポーズを作ってしまう。
「可愛い反応するなあ」
晧介はふっと笑うと、エレベーターを降りた。
瑞稀はその笑みに、一瞬心臓が止まりそうだった。慌てて後を追いながら、晧介が自分を見てなくてよかったと思った。咄嗟のことなので自分がどんな顔をしていたのかわからないが、たぶんかなりやばい顔だったと思う。
…ひと目で、彼に恋していることがバレるほどの。
瑞稀が晧介と最初に出会ったのはまだ小学生の頃だ。母が再婚して、瑞稀には七歳年上の兄ができたのだが、晧介はその兄である亘の親友の一人だった。
当時の瑞稀は、高校生の兄ができたことが嬉しくて、亘にべったりくっついていた。亘も面倒がらずに可愛がってくれて、瑞稀はそんな兄が大好きだった。
いかつい亘に花のように可憐な弟ができたことをおもしろがって、亘の友人たちはよく家を訪ねてくれて、瑞稀とも遊んでくれた。
中でも晧介は、自分には兄弟がなく母親と二人の家庭で育ったこともあって、瑞稀を弟のように可愛がってくれていた。
ちょっとチャラくて悪っぽくて、でもどこかクールで、そして独特の色気がある晧介は、小学生の瑞稀から見ても、ヤバいくらいカッコよかった。
端整な容姿は黙っていると近寄り難くてクールなイメージだが、意外と人当たりはよく、人を惹きつける不思議な魅力があった。当然年上年下にかかわらずモテまくっていて、女性連れで歩いているのを瑞稀も時折見かけた。そのときの晧介は、自分といるときとは違ってどこか大人っぽく見えた。
高校を卒業した兄は、地元の大学に進んだが、晧介は地元を離れてしまった。
それを知ったときはショックだったが、まだ小学生だった瑞稀は、そのうちに晧介がいない日常に慣れていった。
瑞稀が高校に入学して間もない頃、就職したばかりの兄が結婚することになって、その披露宴会場で晧介と再会した。
新婦が既に妊娠していたため、式は少しでも早い方がいいと日程が急遽決まったこともあって、披露宴に出席できない友人も少なくなかった。兄と晧介の付き合いはそれなりに続いていたようだったが、そのことを瑞稀はあまり知らなかった。招待状を送ったということは聞いていたが、兄も晧介は来られないだろうと云っていたし、瑞稀も期待はしていなかった。
それだけに、披露宴会場のホテルで晧介に再会したときは、瑞稀は驚いて暫く言葉が出なかった。
「瑞稀か? でかくなったなあ」
仕立てのいいフォーマルスーツを着た晧介は、何とも云えない色気のある大人の男になっていて、瑞稀は思わず見惚れてしまう。
「晧介、くん…」
「元気してたか?」
まだ新しい高校の制服を着た瑞稀の頭を、晧介はぐりぐりと撫でた。
高校生のときから雰囲気のあるイケメンだったが、更に成熟されていた。それでも瑞稀に笑いかけた表情はあの頃のままで、瑞稀はこのとき完全に恋に落ちた。
とはいえ瑞稀自身はまだそのことには気づいてなくて、ただ披露宴の間ずっとそわそわしていた。
晧介は友人ばかりのテーブルで楽しそうに盛り上がっていたが、瑞稀は親族席で、周囲と特に話も合わず、晧介が気になって仕方なかった。
披露宴が終わると、父に頼まれて祖父母をタクシー乗り場まで案内しなければならず、その役目を終えて慌てて戻ったが、バンケットルームに晧介の姿はなかった。
廊下に出て周りを見回すと、クロークで荷物の受け取りを待っている晧介を見つけた。
「晧介くん、二次会出るでしょ?」
瑞稀は慌てて声をかける。
「いや、もう帰るよ」
「え、帰るって…」
「出張で、最終の便に乗らなきゃならなくてさ」
そう返すと、スタッフからスーツケースを受け取る。
「…そうなんだ……」
瑞稀は、晧介がどこに住んでいるのか、どんなところに就職したのか、何も知らなかった。
もう二度と会えないような気がして、慌てて云った。
「あ、あの、写真一緒に…。いい?」
云いながらポケットを探ってスマホを取り出す。
切羽詰まった顔をしている瑞稀に、晧介はふっと微笑んでくれた。
瑞稀はちょっと緊張して、写真に収める。
「何年ぶり?」
「ご、五年?」
「そんなにか」
別れ難くて、瑞稀は晧介についてエスカレーターに乗った。
「あの、晧介くん、ラインしていい?」
瑞稀は思いきって聞いた。
「ああ」
優しく微笑むと、瑞稀がスマホに表示させたQRコードを読み込んで、登録してくれた。
「さっき撮った写真、送って」
「うん」
瑞稀はどきどきしながら返す。身体中に多幸感が溢れてくる。
「おまえ、前から可愛かったけど、より可愛くなってないか? 制服着てなかったら女の子と間違われるだろ」
それを聞いて、瑞稀は思わず唇を尖らせた。
「間違われないよっ!」
「可愛いって誉めてるのに、怒るなよ」
「それ、誉めてないから」
晧介は笑いながら、拗ねて云い返す瑞稀の髪をくしゃっとかき上げた。
「誉めてる誉めてる。てか、そのルックスならアイドルとかやれんじゃね? 女子高生ってそういうの好きだろ? こりゃモテてそうだなあ」
「モテないよっ」
ふんと云って顎を反らす。それを見て、晧介はくすくす笑っている。
「モテるって云われて怒る奴も珍しいな」
「モテるってのは、晧介くんみたいのを云うんだよ」
それに晧介はにやりと笑うと、徐に頷いてみせた。
「まあ、確かに」
「…自分で認めないで」
「おまえが云ったんだぞ」
こんな他愛ない会話ができることが、瑞稀は嬉しくてたまらなかった。
冗談でごまかしたものの、晧介のモテオーラがハンパないことを瑞稀はよく知っていた。現役の高校生である瑞稀の周囲には、晧介が高校生だったときのような雰囲気を持つ同級生など一人もいない。
兄の亘のようにデカくて皆から頼りにされるような存在の同級生はいるし、他にも兄の友達のようなそれなりのイケメンで気さくな人気者タイプはいても、晧介のような生徒は学校中を探してもいない。クラスの女子がカッコいいと噂している上級生だって、晧介とは比較にならなかった。
「そうそう。決まったばっかりでまだ亘には云ってないんだけど、研修終わったらこっちの支社に配属されることになりそうなんだ」
瑞稀は驚いて晧介を見上げた。
「え、そうなの…?」
「とはいえ、まだ住むとこも決まってないんだけどな」
「…ほんとに?」
「決まったら遊びに来いよ」
「い、行く!」
前のめりになって返した。そんな瑞稀を見て、晧介は目を細める。
「もしかしたら、直前になって変わるかもだけど」
「えー、なにそれ」
エントランスまで来ると、晧介は腕時計を覗き込んだ。
「おっと、もうこんな時間。んじゃ、またな」
スーツケースを引きながら、片手を挙げる。その姿がカッコよくて、瑞稀はその後ろ姿をつい写真に収めてしまった。
「だってカッコいいんだもん…」
誰に云うでもなく呟いてしまう。
それにしても、晧介とまた会うことができるなんて。自分でも不思議なくらい、じわじわと喜びが込み上げてくる。
そう、ずっと会いたかったのだ。
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