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転生して平凡な人生のはずだったのに、チートのせいで王子が溺愛してきます

火崎勇 / 著
明神翼 / イラスト
ISBNコード 978-4-86669-749-9
サイズ 文庫本
ページ数 240ページ
定価 836円(税込)
発売日 2025/02/18

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内容紹介

このまま、俺のものになってくれ
平凡な会社員の勇馬は、貧乏子爵令息・ノアールに異世界転生した。飲みにくい紛薬を押し固め錠剤としてヒットさせ生活費を稼いでいると、ある日、湖に浮かぶ重傷の青年を発見する。焦って「怪我が治れ」と言葉を発すると怪我がみるみる治って!? 転生の際に『癒しの声』を得ていたのだった。青年は王位継承問題を抱えるカールハインツ王子で、愛人のふりで側に控え、秘かに怪我を治し王子の危機を救うことに!?「お前は俺の守護天使だ」偽愛人なのに、本気の眼差しに翻弄されて!
★初回限定★
特別SSペーパー封入!!

人物紹介

ノアール・ベルトス

平凡な会社員が異世界転生してきた。特に特技もないので、紛薬を錠剤にして販売したらヒットして!?

カールハインツ・フォンベルク

第一王子。大怪我していたところをノアールに助けられる。

立ち読み

 勤めていた会社の創立三十周年記念として行われた一週間の船旅。
 順調だった旅の最終日直前、大型の台風に巻き込まれて船は浸水し、沈没した。
 風は強く、雨も酷く、船はあっと言う間に傾いて救命ボートにたどり着く前に俺は海に投げ出されてしまった。
 濁った海の中、同じようにもがく人々の影。
 沈む船の渦に呑まれて、どんなに手足を動かしても浮上できず、肺に水が入ったのか胸が痛くて意識が遠のく。
 その時、目の前で小さな女の子が同じように渦に引き込まれまいと手足をバタバタしているのが目に入った。
 自分はもう助からない。
 でもこんな小さな女の子まで死ぬのは可哀想だ。
 俺は最後の力を振り絞って女の子の腕を掴んで引っ張ると、その身体を渦の外へと思い切り蹴り出した。
 それで助かったかどうかはわからない。けれど、小さな影は上へ向かったように思えた。
 人生の最後にいいことをしたな。
 自己満足に過ぎないかもしれないけど、それだけで少し満足できた。俺、滝川勇馬の短い人生は、きっとあの子を救うためにあったんだ、と。
 ゴボリと最後の息が口から溢れて泡となる。
 渦がどんどんと身体を深みに引きずり込んでゆく。
 上も下もわからず、ただ頭と胸の強い痛みだけが意識を引き留めていたが、もうそれも消えうせるだろうと思った時、頭の中に女性の声が響いた。
『私の娘を助けてくれてありがとう。私は海の魔女です』
 海の魔女?
 咄嗟に浮かんだのは人魚姫の物語だった。
『溺れることはなくても、まだ幼い娘は渦に呑まれては無事ではいられなかったでしょう。お礼にあなたの望みを叶えましょう』
 海の魔女って確か、人魚姫が人間になる時に声と引き換えに脚をくれたという魔女だよな?
『あなたの望みは?』
「死にたくない。声を……」
 声と引き換えにしてもいい。
 まだ死にたくない。
『わかりました。あなたに新たなる命を。そして声を……』
 俺も大概メルヘンだったんだな。
 ラノベとか読んでたせいなのか、海で溺れて死ぬから人魚姫だなんて。魔女と取引するのは人間じゃなく人魚姫の方だろ? 助けられるとしても、俺は王子様じゃないし辺りに人魚の姿もない。
『……与える』
 混乱してるな。
 でも夢見るくらいいいじゃないか。
 死の恐怖でまともでいられなくなっていたのだとしても、最期の最後でファンタジーに縋ったのだとしても、絶望よりはマシだろう。
 そう思った時、全身を襲う痛みに耐え兼ねたのかプツリと意識が途切れて俺は暗闇の中へ落ちていった。
 二度と目覚めぬ意識の底に……。



 と、思っていたのだけれど、俺は再び目を開けることができた。
 何と、童話からラノベへシフトチェンジしたらしい。
 俺は異世界に転生したのだ。
 マジ海の魔女っていたの? 声と引き換えに命を助けてもらったの?
 いや、声は失っていなかったから、魔女は関係ないのかもしれない。
 とにかく、俺は中世ヨーロッパっぽい世界の貴族の子供に生まれ変わっていた。
 普通、異世界転生といえば、女性なら悪役令嬢、男性なら冒険者無双だが、そこは微妙に現実的に地方の貧乏子爵の三男という平凡な立場だった。
 けれど、顔は可愛らしかったし、両親や兄弟の性格はのんびりしていて俺に愛情を向けてくれていたし、まがりなりにも貴族なので衣食住に不足はない。
 戸惑いながらも順調に成長し、成人したからには前世の知識を生かして立身出世を……、と思いもしたが、ダメだった。
 定番のセッケン作りをと思っても、この世界に既にセッケンはあったし。料理で無双をと思っても、前世の食生活はインスタントとコンビニ弁当メインだったので驚いてもらえるような料理なんか作れない。
 この世界に魔物はいるらしいが、うちの領地にはいなかった。
 ありがたいことだが、魔物を倒して名を上げることもできない。まあ、魔物を倒せるほど剣技の腕があるわけでもないんだけど。
 勉強は、家が貧乏で家庭教師は長男にしか付けられなかったが、前世の記憶のおかげで計算能力は高かった。でも地方の領地住みの三男には就職先もない。
 文官になるには王都の学問所に通って推薦状をとらなくてはならないそうだが、王都に行くお金も、学問所に通うお金も、三男では出してもらえなかったので。
 結局、俺は地道に勉強して、長男が結婚してもここに住まわせてもらえるように小金を貯める方法を考えるしかなかった。
 平凡な人生だ。
 それでも何とか足掻いて考え出したのが、薬草の採取だ。
 父親にお金になるからと頼み込んで高い薬草の本を買ってもらって、領地の森に薬草を採取に行って、それで作った薬を特産品として売る。
 森で採取した薬草で栽培できるものは薬草園を作って栽培する。
 粉薬しかない世界だったので、和菓子の落雁の要領で固形化し、錠剤として発売する。
 この錠剤が当たった。
 とはいえ、特効薬や新薬が作れるわけではないので、『飲み易い薬』というだけでは爆発的に売れたわけではないのだが。
 まあちょっと我が家が潤って、俺が将来居候を許されるようになった程度だ。
 というわけで今日も俺は将来の安定のために森へ薬草の採取に向かっていた。
 領地にある深い森は、開拓して農地を増やしたかったけれど、水源でもある大きな湖があるので手付かずのまま。
 けれど逆にそのお陰で貴重な薬草が手に入るのだ。
 危険な獣も少ないので、あちこちにセーブポイントならぬ安全な休息所も確保している。それを知ってるから、家族も一言声を掛けるだけで安心して送り出してくれた。
 今日は塗布用の傷薬になるヒラス草を採取することにして、ちょっと遠いけど湖まで来ていた。ヒラス草は水辺に多く生えているのだ。
 今日はツイてるのか、貴重な痛み止めのセアラ苔も見つけることができた。
 高額収入と喜んでつい夢中で採取していると、頬にポツンと冷たいものが触れた。
 見上げると、いつの間にか空に灰色の雲が広がっている。
 結構マズイ色だ。この世界には天気予報なんてないから、注意しなきゃいけなかったのに。
「しょうがない。止むまで休んで行くか」
 俺は薬草でいっぱいになった籠を持って、ここから一番近い湖のほとりにある洞窟へ向かった。
 あそこなら、薪も毛布も置いてあるから一晩くらい何とかなるだろう。
 足早に洞窟へ向かっている時、何げなく湖の方を見た。
 水面に雨粒が落ちる光景は、当たり前なのにどこか不思議で眺めるのが好きだったから。
「あれ……?」
 何もないはずの水面に、黒い塊が見える。
 何かが浮いてる。丸太? 動物の死骸?
 目を擦ってよく見ると、それは人だった。
「うえっ! マジ?」
 生きてる? 死体?
 どっちにしても、放っておけるものじゃない。
 生きてるなら助けなければならないし、もし死体なら水源である湖に放置しておくことはできない。動物の死骸だって水質汚染に繋がるから定期的にチェックして見つけ次第引き上げるのが鉄則だ。
 俺はダッシュで洞窟まで行くと、籠を置いて服を脱ぎ、下着のまま再び湖へ戻って飛び込んだ。
 どうか生きてますように。
 自分が(多分)溺死したからというのもあるけど、どんな時でも人に死なれるのは嫌だ。
 ゆっくりとクロールで近づくと、その人は服が水を吸って半分沈みかけていた。でも息はあるようだ。
 ……よかった。
 意識がないならない方が、暴れなくていい。
 力を失くし丸太のように浮かんでいる男の腕を持って、肩に回して岸へ戻る。
 水の中にいる間は浮力があるから上手く運ぶことができたが、水から引き上げるのは一苦労だった。
 大きいんだ、この人。
「しっかりして!」
 何とか目を覚ましてくれないだろうか。せめて洞窟まででも歩いてもらえれば……。
「お兄さん、しっかり!」
 もう一度耳元で声を掛けると、男の目がうっすらと開いた。
 が、すぐにまた目を閉じる。
 唇は紫色。いつから浮いていたのかわからないけれど、もしかしたら水に体温を奪われてしまったのかも。だとしたら一刻の猶予もない。
 ふと見ると、男の人はマントを身につけていた。
 そうだ、これなら……。
 俺は肩口に留まっていたボタンを外し、マントを敷物にして彼を乗せたまま引っ張った。
 幸いにも雨で濡れた地面は滑り易く、何とかズルズルと動き出す。
「う……っ」
 重い。
 何度も何度も足を止め、手を赤く痛めながらも洞窟まで引っ張っていった頃には、もう雨はザーザー降りだった。
 日も暮れて、空気がひんやりとしてくる中、まず火を焚き、続いて男の服を脱がし始めた。
「……これは」
 黒い服を着ていたからわからなかったが、肌が薄赤く染まっている。
 原因は肩の傷だった。
 確認すると、肩に肉が見えるほどの傷がある。これは刃物で切った傷だろう。剣とか、鉈とか、かなり大きな刃物だ。
 俺はすぐに今日採ったばかりのヒラス草を籠から出して磨り潰すと、タオルを切って作ったハギレに塗り付けて傷口にあてた。残ったタオルも裂いて包帯にし、止血も兼ねて強く巻き付けた。
「治れ、治れ」
 死んだらどうしよう。
 せっかく助けたんだから、何とか生き延びて欲しい。
「傷口だけでも塞がれ」
 心から祈り、願いを口にする。
「せめて意識を取り戻してくれ」
 ぐっしょり濡れた服を何とか脱がし終えて焚き火の近くで乾かし、自分の脱いでいた服を同じように焚き火の側に掛けた。
 手当てしている時に触れた身体は冷たかった。
 濡れたせいか、失血のせいか。
 いずれにしろ身体を温めないと。
 互いに上半身裸のまま、常備していた毛布を巻き付けて身を寄せ合う。
 定番だけど、これしか方法がない。目覚めたら死体を抱いてることになるかもしれないけれど、それでもこうしない考えはなかった。
 間近で見ると、顔色が紙のように白い。さっきまで運ぶのに必死だったから気づかなかったが、整った精悍な顔立ちをしている。
 脱がせた服も上物だったし、きっと高位貴族の人に違いない。
 野盗にやられたのか、政敵に襲われたとか財産争いで身内に襲われたとか、何があったのかはわからないけれど、生きていればきっといくらでもいいことがあるはずだ。
 だから生きて。
 俺は祈りながら彼の筋肉質な身体にしがみついた。
「助かれ、助かれ」
 と呟きながら。



 誰かが、俺の髪に触れていた。
 そっと優しく。
 触れた手は額にかかった前髪を掻き上げたかと思うと、すぐに離れて代わりに何か柔らかいものが当たる。
 何だろうと思っていると、今度は胸を撫でられた。
 胸?
「何!」
 ガバッと起き上がると、目の前にいた誰かにガチンと頭が当たった。
「痛った……」
 痛みは走ったが、お陰で目が覚めた。
「……痛いだろう」
 見ると、そこには同じように痛みを堪えて頭を押さえた男がいる。
「誰?」
「お前こそ誰だ」
 睨みつけてくる精悍な顔。
 この顔は……。
「傷の人!」
「傷の人?」
 起き上がってる。
 上半身は裸で、肩には俺が巻いたタオルの包帯が残っているが、血色は戻ってるし言葉も喋っている。
「よかった……、生きてた」
「お前は誰だ?」
 男は偉そうに俺を睨んだまま尋ねた。
 その態度に少しムッとする。
「助けてもらっといてその態度はないでしょう。まずはありがとうじゃないんですか?」
 言い返すと、彼は視線を少し和らげた。
「助ける?」
「覚えてないんですか? あなた、湖に浮いてたんですよ。あ、そうだ。肩の痛みは? 酷い怪我だったから取り敢えず薬草をあてておいたんですけど、痛むなら痛み止めの薬草を……」
「怪我、か」
 彼は肩に巻いていたタオルを乱暴に取り去った。
「あ、そんなことしたら傷が……」
 ぱっくり開いた傷口が現れることを想像していた。動いているのだから、血は止まったのだろうけれど、傷口は開いたままだろうと。
「……ない?」
 けれどそこには赤い痕があるだけで、傷口などなかった。
「何で!」
 思わず彼に飛びついて傷口を確認する。
 昨夜は確かにそこにあった。
 血が流れ、肉が見えるほどの傷が。
「……特異体質?」
 俺が知らないだけで、この世界には傷口が勝手に塞がる人がいるんだろうか?
「裸で抱き着いてくれるのは嬉しいが、お前がやったんじゃないのか?」
「裸って……。あ、あなた、寝てる人間の胸触ってましたよね……」
 寝起きの感触を思い出し、慌てて離れる。大丈夫、下はちゃんと穿いてる。
「そりゃ裸で隣で寝てれば夜伽かと思うだろう」
「……何言ってんの」
 この人、アブナイ人? 助けるべきじゃなかった?
 思わず身を引いて構える。
「言っておくが、俺は特異体質などではない。確かに肩に剣を受けて傷を負った」
 さっきまでのからかうような口調から真面目な口調になったので、少しだけ警戒を解いて彼に向き直る。
「しかも毒を受けていたと思う」
「毒?」
「傷を負って逃げる途中に立っていられなくて川に落ちた」
「……あなたは湖に浮いてました」
「では流されたのだろう」
 湖に注ぐ川に落ちたってことか。
「傷の手当てをしたと言ったな。剣の傷も見たのか?」
「見ましたよ。肉が裂けて、血も流れてました。失血が酷くて身体が冷えていたから服を脱がせて肌で温めてたんです。決して変な意味で一緒に寝てたわけじゃありません」
 わかってると思うけど、一応クギを刺しておく。
「薬というのは何を使った?」
「何って……、ヒラス草です。傷薬としては一般的で、止血と炎症止めの作用があるので、磨り潰して塗布して貼りました」
「これか?」
 彼が外したタオルの中から布を取り出した。
 塗布していた薬草は既に乾いてボロボロと崩れてくる。
「それです」
 答えると、彼は布に鼻を近づけて匂いを嗅いだ。
「確かにヒラス草の匂いだな。他に何か使ってないのか?」
「使ってません」
「何故ヒラス草を持っていた?」
「何故って、薬草の採取に来てたんです。そこで湖に浮いてるあなたを見つけて、わざわざ湖に飛び込んで助けたんですよ?」
 そろそろ感謝の言葉を口にしてもいいんじゃないですか? という目を向けたのだが、まだ感謝の言葉はなかった。
「お前は俺が誰だか知ってるのか?」
 それどころか、疑いの眼差しのままだ。
「知りませんよ」
「薬草の採取ということは平民か?」
「これでも貴族です」
「家名は?」
「あのねえ、言いたくはないですけど、助けてもらってお礼の一言もなく、自分の名前を名乗る前に相手に名前を訊くって、失礼だと思いません? 傷が治ってるんなら、どうぞご自由に。俺ももうあなたにかかわりたくないんで、服を着たら帰ります」
 こんな失礼なヤツをいつまでも相手にしていたくない。そう思って立ち上がろうとした俺の腕を、彼が掴んだ。
「何なんですか?」
「本当に俺が何者だか知らないようだな」
「だから知らないと言ってるでしょう」
「俺はカールハインツ・フォンベルクだ」
「はい、はい、カールさん……ね……?」
 カールハインツ・フォンベルク?
 フォンベルクって、王の家名じゃないか。しかもカールハインツといえば第一王子と同じ名前。まさか同姓同名……、なわけないよな。フォンベルクは王族しか名乗れない姓だもの。
 ……ということは。
「ほう、一応はわかるようだな」
 勝ち誇ったような笑み。
「……殿下?」
「そうだ」
 マジか!
「今一度問う、お前の名前は?」
 今度は答えるだろう? という訊き方。もちろん、答えないわけにはいかない。
「ベルトス子爵家の三男、ノアール・ベルトスです」
「ベルトス子爵か。確か錠剤という飲み易い薬剤を考案したところだな」


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