書籍詳細
この世界のイケメンが私に合っていない件2
ISBNコード | 978-486669-218-0 |
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定価 | 1,320円(税込) |
発売日 | 2019/07/29 |
ジャンル | フェアリーキスピンク |
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電子配信書店
内容紹介
立ち読み
「トゥルンツはお茶も美味しいんですね。私、トラウスに戻ってもこちらのお茶を取り寄せますわ」
ミントの利いたすっきりとしたお茶は、どちらかというとハーブティーのような味わいで、ふわりと漂う湯気にもその清涼感を感じるほどだ。
ライラが全員分のお茶をいれ終わって、小さな焼き菓子とともにティーセットが並べられたところで、一口お茶を飲んだドミニコ様が口を開く。
「喜んでいただけて良かった。……それで、お二人はどのようにして知り合われたんです? 私はよく兄と手紙のやりとりをしておりましたが、何というか、何の前触れもなく突然……という印象しかなくて」
「うっ……」
なるほど。確かにそれは気になるだろう。
事実私は何の前触れもなく前世の記憶を取り戻し、偶然その日にあったパーティーでヴィンス様が独身の上に女性にモテない方だと耳にして、これ幸いとばかりにいきなりアプローチをかけたのだから。
ヴィンス様も同じように思ったのか、唸った私に苦笑を零しながら視線を向けてくる。
「俺も似たような印象だな……部下から言伝を貰ったのも、手紙を貰ったのも突然だった。それまであまり話もしなかったしな」
「そ、それは……ヴィンス様は素敵な方ですし、きっと恋人や婚約者や……奥様がいらっしゃるのだろうと、思っていたのですわ。……けど、いらっしゃらないということを、あの時のパーティーで耳にしまして、じっとしていられなくて……」
い、今思い出しても無鉄砲で無計画な行動だわ……そのおかげで今があると言っても過言ではないけど、でも、こうして誰かに話して聞かせるには少し恥ずかしいものなんじゃないかしら……。
火照る顔を少し上げれば、同じように?を染めたヴィンス様があさっての方向に視線を飛ばしていらっしゃった。
待ってヴィンス様引かないで!! 違うんですあれはちょっと焦りすぎた結果でして!
そんな言い訳を口にしそうになった時、ふふふ、とドミニコ様の上品な笑い声が耳に入る。
「スターレイ嬢は完璧な淑女と噂で伺っておりましたが、少し抜けてらっしゃるところもあってお可愛らしい方ですね」
「そ、そうでしょうか……お恥ずかしい限りですわ……」
「いいえ。恥じることなど……。ですが……やはり、お話に聞いていた通り、お二人は本当に想い合ってらっしゃるんですね」
「……え?」
少しだけ、声の低くなったドミニコ様に、私はつい聞き返す。
かちゃり。カップをテーブルに置く音が妙に響き、私はドミニコ様を見つめた。
「……兄上、スターレイ嬢、正直に言います。私はお二人が恋仲でいらっしゃることを疑っておりました。……兄は騎士として優秀ですし、弟の俺が見ても誇らしい存在です。……ですが、その反面で、心配しておりました。鍛え上げられた体?も鋭い剣さばきも、刃のような目つきもすべて、女性に恐れられる対象となります。そのせいで女性に近寄られることすらなかったというのに……まさか突然、スターレイ侯爵令嬢と恋仲になるなんて……」
「ど、ドミニコ様……?」
「おい、一体……」
動揺する私とヴィンス様の声に、俯いてほの暗くなっていた赤い瞳がこちらを向く。
だが、顔を上げて灯りが彼の顔を照らしているというのに、私はその瞳から陰りが消えていないように思えた。
「兄に良い人が出来て喜んだというのに……相手があなただったなんて。スターレイ嬢」
「私……?」
「……私は、あなたが社交界デビューしたパーティーから、そのお姿をお見かけしておりました。金糸のような美しい髪も、宝石のような瞳も、陶器のような肌も、為すことすべてが女神のように美しく、あなたが微笑むたび、歩くたびに光が瞬くように眩しく感じた。トラウスとトゥルンツとの関わりは貿易以外にありませんし、まだ私は伯爵家を継ぐ勉強の最中で、あなたに話しかけるには足りぬ身の上と……遠目で見つめることしか出来ず。それでも、あなたの声をかすかに耳にするだけで、私は胸の奥がとても温かくなるほど嬉しかった」
じっと、ヴィンス様と同じ色の目が私を見つめる。
……その目が、かつて私に想いを寄せていたレオン様と同じものを孕んでいるのに気づき、ギュッと身が固くなる。側にいるヴィンス様に膝を近づけるように身を寄せれば、怯えた私に気づいたドミニコ様が、はっとして目を瞬かせた。
「……すみません、気持ちが高ぶってしまったようです。……私は、あなたのことを想っておりました。ずっと前から。きっと、あなたは気づいておられなかったでしょうが」
「そ、それは……」
「でも同じくらい、兄のことも尊敬しているんです。兄は素晴らしい人だ。見た目で怯えられるばかりで、ちゃんと中身を見てくれる女性もきっといると信じていた。だからこそ、ちゃんと女性と関わり合うべきだと進言していたのです。……ですが、その女性があなたとは……。いえ、まさしく相応しいのかもしれませんが」
悲しそうに、一瞬眉尻を下げたドミニコ様。
何と言っていいか分からず、ヴィンス様に縋ろうとちらりと見ると……その拳は、ぎちぎちと音がしそうなほどに強く握りしめられていた。膝も腕も強ばり、何かに怯えるようなヴィンス様。
……私は思い出す。
ヴィンス様は、私がドミニコ様を選ぶと思っていらっしゃるのかもしれないと。
ドミニコ様は、この世界では理想的な美男子だ。……いや、前世の記憶がある私から見ても綺麗だと思うし、兄を尊敬するその姿勢はとても好ましい。性格も気が利くし、私もきっと、素敵な方だと思っただろう——ヴィンス様に、会わなければ。
「ドミニコ様、お褒めいただきありがとうございます。私にはもったいないお言葉ばかりですわ」
「まさか。見た目ばかりに囚われず、兄の内面にも目を向けてくださったあなたはまさしく最高の女性です」
「……私はともかく、ヴィンス様は本当に素敵な方だと、私も思います。……けれど、中身だけでなく、私はヴィンス様の見た目も、とても好きなんですの」
「え?」
私の言葉に、思わずと言った風に目を丸くしたドミニコ様。ヴィンス様の目も私に向く。
好きな方の身内に思いっきり惚気るのはものすごく恥ずかしいけれど、それでもぐっと奥歯を?みしめて気合を入れ直した。
「ヴィンス様の広い胸も、逞しい腕も、強靱なおみ足も、とても頼りがいがあって、私…とても好きですわ。それに、刃のようだと言われる瞳だってキリッとしていてかっこいいと思うし、それでいて笑うとふにゃっと緩んで可愛らしいと思うし、大きな手のひらも、剣をたくさん振るっていらっしゃるためにたくさん出来た剣だこも、あったかくてすごく素敵だなって思うし、私が多少体重をかけてもびくともしないところとか、むしろ支えてくださる力の強いところもうっとりしてしまうし、それに」
「アンナ! ストップ! もういい! もういいから!!」
ヴィンス様の焦ったような声にはっとして、私は慌ててお二人を見比べる。
怯えて顔色を青くしていたはずのヴィンス様は、今は蒸気を出しそうなほど赤くなっているし、ドミニコ様は顔を隠してぷるぷる震えてらっしゃる。部屋の隅にいたライラは何だか薄ら笑いを浮かべているし……え、私やり過ぎたの!? え!?
おろおろする私に、肩を震わせていたドミニコ様が、ゆっくりを顔を上げる。その顔は、涙を浮かべるほど笑っていた。
「……っふ、はは……スターレイ嬢は、兄上がとてもお好きなのですね……っものすごく……変わってはおられますが……くっ……!」
(やっぱり変わってると思われるのね……私……)
「ですが、尚更あなたが素敵に思える。やはり、みすみす兄に渡すのは惜しいと思いました」
「「……え!?」」
声を揃える私とヴィンス様に、ドミニコ様は浮かんだ涙を拭ってにっこり微笑む。
「兄上。私と勝負をしてください」
「勝負……だと……!?」
「はい。審判はスターレイ嬢で構いません。どんなに贔屓目があったとしても、あなたに兄よりも私がいいと言わせねば意味がありませんからね。それに、もたもたしていた私も悪いのですから。……私は実力で、あなたに選んでいただかねば」
「ま、待ってくださいませ、そんな……!」
「こうでもせねば諦めがつきません。ご無礼を承知で言っています。どうか認めてください。兄上」
強い瞳でそう言うドミニコ様に、ヴィンス様はぐっと押し黙る。
こ、こんなの、私をかけて勝負だなんて、前世では漫画とかのテンプレだったけど、まさか自分の身に起きようとは思わなかった。おまけにこれは、一方的で、自分勝手な挑戦状だ。
だが、持ちかけられた本人でもない私が余計な口を挟んでも良いものかと思いヴィンス様を見上げれば、その唇が、ゆっくりと開いた。
「……分かった。その勝負、受けよう」
「……!」
「ありがとうございます兄上。……勝負は三回。内容は追って知らせましょう。今日のところは、失礼いたします」
——おやすみなさい、兄上。スターレイ嬢。
にっこり笑ったドミニコ様。
私はその言葉に答えを返すことも出来ず、部屋を出ていく彼の背中を見送った。
◇◇◇◇◇
「今回の勝負内容は生け花です。剣山と花器は同じものを二つずつ、花はトゥルンツで用意できる種類をすべて用意してあります。テーマは自由ですが、最終的にスターレイ嬢に評価をいただき、勝敗を決めますので、強いて言えばアンネリア・スターレイ様がテーマということになりましょうか?」
「分かった。異存はない」
「!?」
当たり前、とでも言うように頷いて見せたヴィンス様を、私は思わず二度見する。
ドミニコ様も真面目な顔をしておっしゃっているけど、いろいろと突っ込みどころが……!
異存っていうか、テーマが私って何ですか!? と言い出す暇もなく、二人は長テーブルに並んだ二つの花器の前にそれぞれ立つ。
……異存、ないのですね……恥ずかしがるだけ無駄なのかしら……。真剣なヴィンス様の表情が素敵だからもういいけど……。
もごもごと意見できずにお二人の背中を見つめる私を置いてけぼりにして、チャニング家執事の号令とともに、生け花対決の火蓋が切られたのだった。
*
ものすごく心配していた生け花対決ではあるが、始まって五分。私はこの時点で心臓が胸から飛び出してきそうな危機に何度も直面していた。
燃えるような赤いバラや、はかなく揺れる小さなかすみ草、艶やかな色のヒヤシンスに、しなやかな上品さを醸し出す百合。
その一つ一つを手に取り、見つめ、選んだ花を花器に挿していくヴィンス様が、もうすべてにおいて絵になりすぎて心臓が痛い……!! 何故なの……何故そんなに花がお似合いになってしまうの……。
花を眺めるたび、首をかしげたり目を細めたりする様がセクシーで、ヴィンス様の手にある花に嫉妬すらしてしまいそうだ。
「お嬢様。お嬢様ったら……」
「っはぇ!」
突然かかったライラの声に飛び上がって驚く。慌ててライラを見れば、何だか?を赤らめて恥じらうような顔をしていた。
「お嬢様……す、少し落ち着かれた方がよろしいかと……」
「え!? わ、私、そんなに変な顔をしていたかしら……!?」
「変といいますか、もう目は蕩けて?は紅潮して唇は半開きで、熱っぽくため息なんか吐かれて……お美しさもここまで来ると凶器ですわ。お嬢様の色気に当てられて、チャニング家の執事様が三人目の交代をなさったところですし……」
「……それってだらしない顔をしていたってことではないの……!? どのへんに当てられたのか全然分からないけれど、とりあえず公序良俗に反する顔をしていたことは分かったわ……こ、こほん」
ライラの言葉に気を取り直して、私は?をペチリと叩く。
「お二人とも花に集中なさっていたのが幸いね……」
改めて視線を前に戻して安堵する。
「幸いと言うべきなのか不幸と言うべきなのかは私では判断できかねますわ……」と呟くライラには首をかしげてしまったけれど、ひとまず私は表情を引き締めてまたしてもヴィンス様……とドミニコ様を見守った。
……決して忘れていたわけではないわ……。ヴィンス様が素敵すぎたからちょっと視線がそちらに向いてしまっただけよ……。
前後左右上下の空間を上手く利用し、お二人とも個性豊かに花の世界を表現なさっていて、私はそんな真剣な殿方の背中にもほうっと息を吐く。
本当に、どうなることかと思ったけれど、どちらも手慣れてらっしゃるというか……こ、この世界じゃやっぱり生け花も男性のたしなみになるのかしら……。それともモテる男のステータスに『特技:生け花』っていう記載があるかないかは大切なことなの……!?
そこんところ聞けるのは、今のところライラか親友のキャロルくらいしかいないんだけれど……くうっ! 私の友達の少なさが悔やまれる……!!
ちらりと隣を見れば、完璧なポーカーフェイスでまさに侍女の鑑といった佇まいのライラが、二人を眺めている。まるで価値を見定めるようなその冷静な視線に至極真面目なものを感じて、私はドキドキと妙な緊張感を抱いた。
わ、私だけじゃないかしら、お花と並ぶヴィンス様にときめいてるの……うぐぐ、私だけ審査に真剣じゃないと思われたらヴィンス様に呆れられてしまいそう……ちゃんと作品の評価が出来るように気を引き締め直さねば。
……とは、思うものの。
ヴィンス様にうっとりしていた頭をしゃっきりさせた時から、妙にチクチクと痛い視線を感じている。私もヴィンス様を見つめていたし、人のことは言えないのだけれど、あまりにも強いそれに居心地が悪くなってきてしまう。
ヴィンス様と同じ赤い瞳が、火傷しそうなほどの熱を宿してじっとこちらを見つめてくる。赤い目の持ち主……ドミニコ様に、私は眉尻を下げながらも、一応の愛想笑いを返す他なかった。
ものすごく、見てくる。
作品のイメージのために私を見るとか、そういう次元でくくれないほどの熱視線だ。たまに花を見、生けて、そして私を見る、といったような。目が合うと蕩けるように綻ぶ目元にヴィンス様との血の?がりを感じてしまってドキドキするが、そんなときめきはほんの一瞬で、やっぱり居心地は良くはなかった。
わ、私が見つめているわけでもないのに、何だか浮気をしているような嫌な気分だわ………でも、勝負の内容が『私をイメージした生け花』なのだから、見るなというのも変だし、私を見過ぎている、なんて指摘は自意識過剰っぽくて憚られるし……!!
一体どうすれば……!! と冷や汗をかいたところで……ヴィンス様が、私とドミニコ様の状態に、気づいた。
——ビリッ、と電流が走り抜けたような。ゾッと背筋を氷が撫でたような。
冷え冷えとした感覚に体が震え、私は思わず息を止める。
赤い瞳が、状況を理解した途端に怒りを孕んだのが分かった。ぎちり、と手にしている花の茎が握りつぶされ、くたりと哀れに萎れるのも気にせず、その目は私とドミニコ様を映す。
ヴィンス様の怒りを、正面から見たことがなかったせいか、心臓が悲鳴を上げるようにきしむ。
◇◇◇◇◇
湯気の立つ洗い立てほやほやの自分の肌を見下ろし、私はふかふかで真新しいベッドの上で、前世の畏まった座り方、『正座』をしていた。
ご丁寧に膝の上で手を重ね、ガチガチに緊張してしまっている私は、自分から香るボディオイルに癒やしを求めたが、今夜のために準備されたであろう高級ボディオイルの効果は余計に私を緊張させるだけだった。
これ準備したの誰なの……!! すごく肌がもちもちしっとりになったし、香りもすっごく好みだけど、わざわざいつも使っているものと変える意味はあったのかしら……!?
いや、普段使っているオイルが何なのかなんてきっとヴィンス様はご存じないだろうけど、何だか私が今夜を心待ちにしていたみたいで恥ずかしい……!! い、いや、心待ちにしていなかったと言えばそれは?になるわ! もちろんとても待っていましたとも……待って……いややっぱり恥ずかしい! 今日を心待ちにしてたって、そこだけ聞いたら痴女みたいじゃない!?
一人ベッドの上で悶絶しながら、今度は自分が纏っている夜着を見下ろし、さらに?を赤らめる。
今着ている夜着も下ろしたての新しいものだ。光沢のある肌触りの良い布地で出来たゆったりとした造りのものでとても着心地がいい。……何故か肩や袖や胸元がレースで透けていて、セクシー感増し増しな気もするが、まあはしたなくない程度なのでそれはいいとして。
……何故か今日は、入浴後、ショーツしか下着を用意されなかったのだ。
な、何故かなんて実際気づいていますとも……何といっても今日は初夜だ。
そう。あの初夜!! 新婚の夫婦が初めてともに夜を過ごす、あの、初夜である。
その上、ヴィンス様には初夜に……その、処女を、奪っていただける手筈になっているのだ。こ、これは本人の口から聞いたことなので間違いないはず……!!
ということは今夜、わ、私はヴィンス様にだ、だか……抱かれ……!!!
「ひいえええ……!!!」
心臓が口から飛び出してしまいそう……。一人顔を覆って火を噴きそうなほど熱い?を隠す。が、少し目を閉じると、まぶたの内側にピンクな妄想が広がりそうになって、私は慌てて顔から手を除けた。
「こっ、こんな時はどうやって落ち着こうかしら……お、お水、お水を飲みましょう。とりあえず!」
ぶつぶつ独り言を言いながら、側のサイドテーブルに載っていた水差しから一杯分水を分ける。はしたないけれど、一気にそれをあおった。
ごくごくと喉を滑り落ちていく水の感覚が冷たくて心地よいほど、私は顔に熱を溜め込んでいたらしい。
落ち着くのよ私。ヴィンス様がお風呂から戻られる前に、顔色を普通に戻しておかなければ、一人で興奮している痴女だと思われてしまう……!! 初夜から失態は犯せないわ、シャキッとするのよアンネリア!
スーハー、スーハーと何度も深呼吸を繰り返し、暴れ狂う心臓はともかく、?の熱は少し収まってきたかと、私はベッドに座り直す。
ガチャリ。
「すまない、遅くなってしまったな」
「ひいえっ! だっ、大丈夫です!」
……扉が開く音に過剰に反応しすぎて、変な声を出してしまった私を、ヴィンス様が変な顔で見ているかもしれないと思うと振り返れない……!!
慌てて返答したものの、早速犯した失態に頭を抱えていると、ヴィンス様がこちらに歩み寄る気配がした。ベッドが揺れ、体が右側に傾く。
そうっと顔を上げれば、すぐ隣にヴィンス様が座っていた。
「……緊張するなと言う方が無理だろう。ゆっくり肩の力を抜けばいい」
「……は、はい、ありがとうございます……」
ものすごく優しい目で微笑まれながらそう言われ、私は恥ずかしさで肩をすぼめた。
お風呂から上がったばかりで、バスローブ姿のヴィンス様。腕と腕が触れ合うほど近くにいて、さらにしっとりとした湿気を纏った熱がバスローブ越しに伝わり、心臓が強く胸を叩く。
彼の体がとても熱く感じるのは、湯の温度が残っているせいだろうか。筋張った、私の何倍もある太い腕。ふんわり香る石鹸の匂いが、自分が使ったものと同じだというのにずっと良い香りに感じられて、収まったばかりの顔の熱が再発するのが分かった。
じいっと腕を見つめているのに気づかれたのか、ヴィンス様が私に腕を伸ばして、正座したままだった私の腰を引き寄せる。いつもよりも少し高い体温を全身で感じて、私は思わず息を呑んだ。
「まだ、直接的なことはしない。安心して慣れてくれ」
「ぁ、う……はっはい、頑張ります……っ」
「ふふ、頑張るのか」
バランスを取るためにヴィンス様の胸に突いていた手が、低く笑う振動を感じ取ってぞくぞくした。ただでさえ、ヴィンス様の低い声は腰に来るというのに、手からもビリビリ感じてしまうと余計にクラクラする。
湿った髪がこめかみをくすぐって、少し目を細めれば、するんと?を包まれた。
「髪が目に入ったか?」
「い、いえ大丈夫ですわ……ん、あの……」
「ん?」
すり、すり、とゆっくり優しく、?や目尻、鼻先や下唇を撫でられ、近い距離でじっと見つめられる。聞き返す声も心なしか甘く、安心して慣れてくれ、なんて言っていたのにとてもスパルタでは……!? と私は戦いた。
訴えるようにヴィンス様を見上げれば、溶け落ちてしまいそうなほどに甘く細められていた瞳が、楽しそうに弧を描く。
「どうした、アンナ。慣れてきたか?」
「う……ヴィンス様、これでは、慣れるどころか……ドキドキしてしまい、ます……!」
「どうして? まだキスもしていない。あなたをいい子いい子しているだけだが?」
いっ、いい子いい子……!! ヴィンス様のいい子いい子、ものすごい威力……!! 何ていうか、ヴィンス様の口からそれが聞けるだけで心臓が射貫かれるっていうか、むしろさっきのはいい子いい子にしてはエッチすぎるんじゃないかなっていうか……!!
絶えず顔を撫で回すヴィンス様に、反論出来ずに口をつぐむ私。すると、ヴィンス様の顔が急に近づき、「もう慣れてきただろう?」と問いかけてくる。そして答えを言う間もなく唇が額に触れた。
「っ……!!」
「これくらい、これまでに何度もしてきたから大丈夫だろう?」
「きっ、今日は別です……! それに、さっきと言っていることが違います……!」
「ふふふ。あんまり可愛らしいんで、俺も我慢が利かないんだ。大丈夫、ゆっくり進めるから、あなたはついてきてくれればいい」
「あっ……」
耳元に吐息を吹き込むような位置でヴィンス様が笑う。腰が痺れるような感覚に思わず声が出てしまったけれど、同時にこめかみにキスされたので、そちらが原因と誤魔化せただろうか……。ヴィンス様が笑うだけで感じてしまうなんて、そんな変態みたいな性癖がバレるのは避けたい……!!
ギュッと唇を?み、ちゅっちゅっと耳の縁に口づけられる感覚に耐えていると、ヴィンス様の指が私の唇をなぞった。
「?んだらだめだ。声が聞けない」
「で、でも……っ」
「今日は全部聞きたいし、全部見たいんだ。あなたが恥ずかしがっているところも、感じているところも……俺の声に反応しているところも」
「ぅ……!!」
ばっ、バレてた……!! かすれた声で囁き込まれ、ぶるっと背筋が震える。
私の腰を抱きしめる手が、するりと太ももを撫で、私は思わず体に力を込める。嫌なのではなく、わずかな刺激に過敏に反応してしまうのを避けるためだ。
けれど、それもすぐにヴィンス様に咎められる。
「力を抜くんだ、アンナ。あなたが嫌がることはしないから。……いい子だから」
「あぅ……っ、み、耳元でしゃべるのは、やめてください……!」
「どうして? これは嫌ではないだろう?」
嫌じゃない、嫌じゃないです、むしろ低い声に全身痺れてふにゃふにゃになっちゃいそうなくらいです。なっちゃったら困るんです!!
そう言いたいのに、はむ、と耳を唇に挟まれ、思わず背筋をぴんっと張った。
「ひゃんっ!」
「耳、赤くなっている。……何だか美味そうだな」
「たっ、食べちゃだめ、です……!」
「そうか? 味見は?」
「だっ、だめ……あっ!」
だめって言ったのに、ぱくりと食べられ、さらには熱く湿ったものがゆっくりと耳をなぞった。くすぐったくてむずがゆくて、それでいてぞわぞわと背筋に走る感覚が何とも言えず、私はヴィンス様に縋りつく。私をこんな目に遭わせているのはヴィンス様なのに、助けを求められるのがヴィンス様しかいないのだ。
ちゅる、と唾液で舌が滑る音が、直接耳に入ってくる。びくりと体が震える。音にすら反応してしまうのかと、私は自分を叱りつけたくなった。
「は……ほら、やっぱり甘くて美味しい。あなたはどこもかしこも甘そうで、つい食べたくなってしまうな」
「ヴィンス様……っ」
「あなたのその唇も、果実のようで、つい……食べたくなってしまう」
言うが早いか、耳の刺激に蕩けてしまった私の唇をぱくりと奪うヴィンス様。
吐息の混ざった声に目眩がしそうだが、柔らかくて温かな唇の感触に、ああ、ヴィンス様のキスだと安心感を覚えてしまい、肩の力がふっと抜ける。
が、すぐさまぬるりと私の舌を絡め取るヴィンス様のそれに、私は慌てて縋る手の力を強めた。
……しっかりと捕まっていないと、どこかに落ちてしまいそうな気分になるのだ。気持ちが良すぎて怖いということがあるのだと、驚くくらい。
「んっ、ん…………ぁ、んふ……っ」
「はあ……アンナ、舌を出してごらん」
「ふえ……? んぅ……」
口の中のあちこちを舐められる気持ち良さにうっとりしていた私は、言われるがままに、べえっと舌を出す。出してから、これって間抜けな顔をしているんじゃなかろうかと恥ずかしさに眉を寄せるが、目の前のヴィンス様が、それはそれは意地悪そうにニヤリと笑って見せたことで、恥ずかしがっている場合じゃないことに気づく。
あむり、と突き出した舌に美味しそうにしゃぶりつくヴィンス様。じゅる、と啜り付く音ともに、先ほどのキスよりもずっと深く舌を交わらせ、舌の裏も根元もくすぐるように刺激されると、私の体の力が抜けていく。
味わったことのない濃厚なキスに息も絶え絶えになりながら、どうにかついていこうとヴィンス様の舌に吸い付くと、太ももを撫でていた手が褒めるようにお尻をぐっと揉んだ。
「は、ふ……っ、はあっ……ヴィンス、さま……!」
「……んっ、上手に出来ていたぞ……アンナ。いい子だ」
唇が離れると、必死で呼吸を整えようとする私をなだめるように、人差し指の背で?を擦るヴィンス様。ヴィンス様の呼吸もかすかに乱れ、額にかかるその吐息はあまりにも色気を孕んでいる。
その吐息を含んだ声でいい子だと褒められると、お腹の奥がきゅうんと切なくなって、私は膝を擦り合わせた。
「さあ、もう進んでもいいよな? アンナ……俺ももう、我慢が出来そうにない」
「は、い、ヴィンス様……続きを、私にしてください……」
疼くお腹をどうにかしてほしい——私は、その疼きが発情を意味するのだと自覚している。もう、私も体を撫でられる程度では満足できそうにない。もっと深く、直接触ってほしい。
「触って、ヴィンス様……」
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