書籍詳細
女魔王は花嫁修業に励みたい なぜか勇者が溺愛してくるのだが?
ISBNコード | 978-4-86669-224-1 |
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定価 | 1,320円(税込) |
発売日 | 2019/08/27 |
ジャンル | フェアリーキスピュア |
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電子配信書店
内容紹介
立ち読み
「わたくしはフォルテア。この世界を創造した神グラティアの娘で、世界を支える役割を担っています」
それはクレイオスに向けて発せられた言葉だったが、当のクレイオスは冷ややかにフォルテアを眺めていた。
フォルテアは気にすることなく続ける。
「異なる世界の英雄よ。あなたの助力が必要なのです」
フォルテアが前に出ると長い裳裾が大理石の床にすれ、さらりと音を立てた。
「わたくしの世界には千年に一度、魔王なるものが誕生します」
魔王という単語に思わず反応したところ、フォルテアの青い目がわたしを一瞥する。
「あなたも元いた世界では魔王と呼ばれていたようですが、こちらの世界の魔王はまったくの別物です。人間たちの負の感情――悲しみ、怒り、妬み、絶望が集まることで生まれてくる。つまり、負の感情の集合体なのです」
説明するまでもなくわたしたちのことを知っているとは、さすがはこの世界の女神と言うべきか。
しかし、感心したのはわたしだけだったようで、クレイオスの眼差しは冷ややかなままだった。
「わたくしの父グラティアは肉体を捨て、世界そのものに魂と力を溶かし込みました。その結果、人間の中でも選ばれた者のみが魔力を得て魔法を操れるようになり、人間の社会に多大な恩寵をもたらすことになりました。ですが、反動もあったのです。人間たちの負の感情までもが力を持つようになってしまった。それは一定の期間を経ることで一つの集合体となり、意志を持って、この世界に害を及ぼすようになる」
横目でクレイオスをチラリと見ると、険しい表情になっていた。
嫌な予感がするとでも思っているのだろう。
わたしもだった。
「残念ながらこの世界の人間に魔王を倒すことはできません。ですから、魔王が誕生するごとに異世界から力を持った者を召喚し、助力を仰いでいます」
フォルテアはさらに進み出てわたしたちの前に立った。
近くで見ると赤い髪がいっそう鮮やかで、わたしはつい目を細めていた。
「クレイオスよ。あなたにはその力がある。どうか魔王を倒し、この世界を救ってほしいのです。もちろんただでとは言いません。無事魔王を消滅させたあかつきにはあなたが望むものを差し上げましょう。もっとも、わたくしの力の及ぶ範囲にはなりますが」
クレイオスがなんと返事をするのか見物だった。
きっと断るのだろう。助けてやる義理などないと言って。
その時この世界の女神がどんな顔をするのか、無感動な顔がどう変化するのか、興味があった。
「異世界の女神よ。お前には魔王を倒す力がないのか? 創造神の娘なのだろう?」
「わたくしは半神なのです。母親は力を持たない人間でした。ですから倒すことができないのです。一時的に力を抑え込むことはできても」
「元の世界に戻ることは?」
「可能です。機会は限られていますが。戻りたいですか?」
聞くまでもないことだった。
突然こんなところに呼び出されて、この世界の魔王を退治しろと言われて。
あのクレイオスが引き受けるわけがない。すぐに戻せと言うに決まっている。
そう思っていたのだが――。
「いや。もういい」
わたしは素っ頓狂な声を上げずにはいられなかった。
「クレイオス!?」
そんなわたしを無視してクレイオスは続ける。
「異世界の女神よ。力を貸してやろう。俺の願いを叶えてくれるのであれば」
フォルテアの表情に初めて変化が起きた。満足そうに微笑んだのだ。
わたしはというと、信じられない気持ちでいっぱいだった。
あのクレイオスが見ず知らずの女の頼みごとを引き受けようとしている。
そうまでして叶えたい願いとはなんなのか、気になって仕方がなかった。
「どのような願いなのか先に聞いておいた方が良さそうですね。先ほど申し上げたように、わたくしの力には限りがありますから」
「そう難しいことではないはずだ」
クレイオスがふらつきながら立ち上がったので、わたしもつられるように立ち上がっていた。
「俺とこの女をお前の世界の〝人間〟にしてほしい」
驚愕せずにはいられなかった。
まさかこの男がそんなことを願っていたとは。
もしかして、クレイオスもわたしと同様に人間が好きだったのだろうか。ずっと憧れを抱いていたのだろうか。
そんな素振りは微塵も見せなかったが。
「いや、ちょっと待て。わたしもか?」
思わずそう訊ねたところ、明るい緑の眼差しがこちらを向いた。
五百年の付き合いがあるせいか、フォルテアに向けられていたものよりもずっと柔らかい眼差しだった。
「人間に憧れていたんだろう?」
「それは……そうだが……」
「だったらかまわないはずだ。新たな人生を手に入れたと思えばいい。この世界で生き直せ。人間として」
わたしはひたすら困惑していた。
そんなことが許されるのだろうか。
本当ならすでに死んでいるはずだった。死ぬことですべてを終わらせているはずだった。
大好きな人間たちを生かしているはずだった。
それがまさか、人間として生きられる可能性が出てくるとは。
「でもクレイオス、おまえは……」
「俺もやり直したい。女神の人形として生きるのではなく、この世界で、一人の人間として」
クレイオスの真剣な眼差しを見た途端、耳飾りを着けてもらった時に交わしたやりとりが頭に浮かんだ。
あの時、クレイオスはわたしにこう言ったのだった。
『疲れているのか?』
わたし自身はよくわからなかった。
疲れていたのかもしれないし、それほどではないのかもしれなかった。
が、もしかすると――。
クレイオスは疲れていたのかもしれない。
わたしと同じで、自分の使命に疑問を抱くようになっていたのかもしれない。
だからあんなことを聞いてきたのかもしれない。
「彼女もですか?」
フォルテアは不満そうだった。
微笑も消え、元の無感動な表情に戻っていた。
「不服か?」
「はい。彼女には戻っていただくつもりでいました。わたくしが必要としているのはあなただけですから。何より力が強過ぎる。あなたと敵対関係にあったのも不安要素の一つです。ただでさえこの世界の魔王に手を焼いているというのに、別世界の魔王まで加わったとあっては――」
「杞憂だ」
クレイオスの口調はいつになく強かった。
「この女は何もしない。心配するだけ無駄だ」
「なぜそう言い切れるのです」
「争いを好まないからだ。街中に降り立っては人間たちの営みを笑顔で眺めているような女だ。人間と魔族が衝突する時も直接手を下すことはせず、魔物たちに任せきりだった。俺とは何度も派手に戦り合ったが、そう簡単には死なないとわかっていたからだろう」
普段は変化に乏しいクレイオスの顔だが、今はかすかな笑みが浮かんでいた。
わたしは息を止めてその微笑に見入ってしまった。
「俺が自らの意志で勇者になったわけではないように、この女も好きで魔王をやっていたわけではない。生み出された瞬間からそうなることが決まっていた。それだけだ。だからこの世界に、人間たちに危害を加えることはない。――そうだろう? アルテミシア」
すぐには返事ができなかったのは、クレイオスの言葉に感激していたからだった。
クレイオスはわたしのことをわかってくれている。
そのことがたまらなく嬉しくて、こみ上げてくる感情に胸を締めつけられていた。
「おまえの言う通りだ、クレイオス」
同意したわたしは改めてフォルテアと向き合った。
「何なら魔王退治に協力してやってもいい。自分で言うのもなんだがわたしは強い。この男と組めばすぐに終わるはずだ」
我ながら良い提案だと思っていた。これならフォルテアも頷くだろうと。
ところが、フォルテアの返答は――。
「いいえ。魔王を倒す力を授けるのはただ一人、クレイオスのみです。あなたの力は封じさせてもらいます」
わたしは慌てた。
それは困る。非常に困る。
「待て待て! 戦力は多い方がいいだろう!? わたしはこの男の補助役として――!」
「封じます」
フォルテアが手を上げる。
わたしの足元に魔法陣のようなものが広がり、銀色に発光してから消滅した。
「クレイオスがいれば十分です。あなたの力は必要ない。あなたもこの世界で人間として生きるなら強大な力などいらないはずです」
まさかと思って目を閉じ、意識を集中してみたが、何の反応もなかった。
本来なら体の奥底から熱が湧き立つような感覚があるはずなのに、何も感じられなかった。
「不安要素は早いうちに潰しておきたいのです。ご理解を」
わたしは呆然とするしかなかった。
知らない世界に無力な状態で放り込まれる。
人間になれるとしてもあんまりだ。何かあった時はどう対処すればいいのだろう。
せめて三分の一は残しておいてほしかった。最低限の、身を守る程度の力は。元々人外であるため身体能力は人間よりはるかに高いが、それでも魔王のいる世界で生きていくには心許ない。
思いがけない不運に脱力していると、フォルテアは何もない空間から細身の剣を取り出し、クレイオスに差し出した。
「これをあなたに。魔王を倒すために必要な力が込められています」
力を奪われたわたしとは反対に、クレイオスは力を強化されている。
ますます理不尽だと思い、抗議の声を上げようとしたのだが――。
「あとは地上の者たちに任せます。ご武運を」
再び辺りが真っ白になり、わたしとクレイオスはさらに別の空間に〝跳ば〟されてしまったのだった。
◇◇◇◇◇
「順調か? 家事を覚えるのは」
もちろんだと答えたかったが、実際のところはそうでもなかった。
「窓を拭いている最中、力を入れ過ぎて割ってしまってな」
「お前の力は強いからな。その気になれば男の首をねじきれる程度には」
「うん。だから気をつける必要があったんだが、汚れを落とすことに気を取られてしまって……」
その瞬間を思い出してため息を吐くと、意外なほど穏やかな声が返ってきた。
「失敗は誰にでもある」
「しかしだな……」
「同じことを繰り返さなければいい。あまり気に病むな」
似たようなことをベリンダとマルシリオにも言われたが、クレイオスの言葉は不思議と胸の奥の方まで響いた。
付き合いが長いとこういった言葉の感じ方も違ってくるものなのだろうか。
「他は上手くいったんだろう?」
わたしは座り直しながら答えた。
「ベリンダには上出来だと言われたが……あ、ベリンダというのはわたしに家事を教えてくれることになった女官だ」
「そうか。だったらなおさら気に病む必要はない」
そう言ってクレイオスは謎めいた行動に出た。
わたしの頭をぽんぽんと軽く二回叩いたのである。
「なんだ、今のは」
「励ましたんだ」
「今ので……?」
「そうだ」
撫でるならまだしも、軽くとはいえ叩くことが励ましになるのかと疑問だったが、悪い気はしなかった。
くすぐったくて、すぐに離れていってしまった手のぬくもりを思い出すと惜しいくらいだった。
「おまえの方はどうなんだ。この世界の魔物とはもう戦ったか?」
「ああ。だが、大したことはなかった。今日だけで占拠されていた町を一つ奪還した」
「さすがだな」
女神フォルテアがわざわざ異世界から召喚しただけあって、クレイオスの力はここでも十分通用するようだ。
この調子ならあっという間に北大陸を奪還し、魔王を倒して戻ってくるだろう。
「ところでクレイオス。一つ確認しておきたいんだが、おまえ、わたしと結婚したいなんて思っていないよな?」
クレイオスは目を大きく目を見開いた。
そんなことを聞かれるとは思ってもみなかったのだろう。
何か言いかけてやめ、再び口を開こうとするが、わたしはやつが声を発する前に片手を上げる。
「あー、いや。いいんだ。わかってる。そんなつもりはないと。ちょっと気になってな。念のため聞いておきたかったんだ」
言葉を遮られたクレイオスは口を閉ざし、すっと目を細めた。
不満そうなのは、わかりきったことを訊ねたからだろうか。質問すること自体が馬鹿馬鹿しいと感じたからだろうか。
「しかしあれだ。恋人同士で一緒に生きていく予定なのに結婚はしないとなると、その理由を決めておかないといけないな」
どんな理由だったらこの世界の人間は納得するだろう。
ラウラにそれとなく聞いてみようかと考えていると、クレイオスが長々とため息を吐いた。
「お前のことは好きだが――」
次の瞬間、強い力で肩を押され、視界が反転する。
気がつくとわたしは寝台に押し倒されていて、明るい緑の双眸に間近からのぞき込まれていた。
「時折無性に腹が立つ」
息が、唇にかかる。
やつの前髪がわたしの額をくすぐる。
手首が異様に熱かった。両方ともクレイオスにつかまれているからだろう。
逃げようにも体の上に乗られているため身じろぎするのが精一杯で、ただ呆然と呼吸を繰り返すしかない。
なぜ無性に腹が立つのか。
なぜわたしは押し倒されているのか。
混乱する頭で必死に考えていると、クレイオスはわたしの耳に唇を寄せ、上の部分に歯を立てた。
「……っ」
加減はしたようだったが、十分痛かった。
これにはさすがに抗議しようとすると、今度は濡れた何かがその場所を這っていく。
温かくぬるりとした感触には覚えがあった。以前唇に滑り込んできたものと同じ――つまり、クレイオスの舌だ。
クレイオスはわたしの耳を嚙んで、さらには舐めたのである。
「なんのつもりだ! おまえは何がしたいんだ!」
必死に暴れるがクレイオスの体はびくともせず、手首をつかむ力は強くなっていく一方だった。
「アルテミシア」
かすれた声で名前を呼ばれ、暴れるのをやめる。
すると、今度は唇と唇が重なり、すぐに離れていった。
「どうすればお前の特別になれる」
わたしは大きく息を吐いた。
これ以上ないくらい速くなっている胸の鼓動を少しでも鎮めるためだった。
「何を言うんだ急に。すでに十分特別だぞ」
長い付き合いで、お互いに好意を抱いていて、これから共に生きていく約束をしていて。
少し会わなかっただけ寂しくなる。
励ましの言葉も、他の誰に言われるより胸に響く。
喜んだ顔や驚いた顔を見たいと思う。
これを特別と呼ばずしてなんと呼ぶのだろう。
しかし、クレイオスは否定するように首を横に振り――。
「そうじゃない」
額と額が合わさり、先ほどよりも熱い吐息が唇にかかった。
「俺だけを見てくれ。俺だけを想って、俺のことだけを考えて生きてくれ。心も体も、魂すら俺に捧げると言ってくれ」
懇願の言葉も軋んだ声も、苦痛に耐えているような表情も。
クレイオスらしくなくて、息を呑むしかなかった。
何を言えばいいかわからない。どう反応すればいいかもわからない。
困惑しているとクレイオスは体を起こし、わたしから離れて寝台の端に腰かける。
「無理なのはわかっている。望むこと自体間違っていると」
そう言って振り向いたクレイオスはいつもの無表情に戻っていた。
手が伸びてきてわたしの耳飾りに触れ、滑るように下に降りていく。
首筋、肩、腕――そしてもう一度手首をつかむと、そっと持ち上げ、手の甲に自身の唇を押し当てた。
「だが、俺はお前にすべてを捧げられる。心も、体も、お前が望むなら魂さえも」
明るい緑の双眸がわたしを捉えた瞬間、一際大きく心臓が跳ねた。
体の奥が熱くなり、その熱が少しずつ顔へと上がっていく。
「それじゃあまるで……」
つかまれている手を引き抜き、そっと息を吐くと、自分でもおかしくなるくらい震えているのに気づいた。
「愛の告白みたいだ」
「みたいじゃない」
間髪いれずに否定され、わたしは固まるしかなかった。
どういうことなのかと視線を向けると、クレイオスは深々と嘆息し、億劫そうに前髪をかき上げる。
「今のはまさしくそうだ」
わたしはあんぐりと口を開けた。
クレイオスの一連の行動には驚きっ放しだったが、今回の衝撃は最大級だった。
今のが愛の告白。
つまり、クレイオスの言う〝好き〟の種類とは――。
「急ぐつもりはなかったが、もういい。はっきり言わせてもらおう。――アルテミシア、俺はお前を一人の女として愛している」
◇◇◇◇◇
家事修業五日目の午後。
わたしは色んな食材を茹でさせてもらっていた。
火の熾し方、燃料である魔石の量、火力の調整方法を教えてもらい、自由に使っていいと言われた食材――野菜、肉、乾燥させた魚を片っ端から茹で、好きな調味料を振り、ベリンダと一緒に味見をするという工程を繰り返していた。
どれも悪くなかった。
調味料によっては合わないものもあったが、食べられないほどマズイということはない。
大事なのは茹で加減と塩加減で、茹でる時間に関してはまだまだ研究する必要がありそうだったが――。
「最悪、これさえ覚えておけばどうにかなりそうだな」
「否定はしませんが、アルテミシア様なら他の調理方法もすぐに覚えられるかと」
「どうだろうな。不器用だし」
「根気と忍耐と、どうにかしたいという強い意志さえあれば克服できます」
この要領で、簡単なスープの作り方も教えてもらった。
小さめの鍋に水を張り、沸騰したら肉の切れ端、一口大に切ったジャガイモ、タマネギを入れる。
火を弱くし、野菜に火が通るまで待って、仕上げに塩と香草で味つけ。
こちらは茹で加減を気にせず、煮込めば煮込むほどおいしくなると言われた。野菜が溶けるまで煮込んでもいいと。
時間の都合上そこまではできなかったが、教わった通りに作ったスープはとてもおいしくて、感動したわたしはぜひともクレイオスに食べさせなければと思った。
このおいしさをやつとも分かち合いたい。
そして驚いてほしい。わたしがこれを作ったという事実に。
わたしの進歩を実感してもらいたい。
ついでに一言、「さすがだな」なんて褒め言葉をもらえたら、きっと嬉しくて飛び上がってしまう。
料理長に申し出ると快く許してくれたので、その日の家事修業が終わると深皿二つに入れて部屋に持ち帰り、そのうちの一つをラウラに試食してもらった。
「まあ! アルテミシア様がこれを!?」
「そうだ。食べて感想を聞かせてくれないか」
一口食べたラウラは目を輝かせながら絶賛してくれた。
「おいしい! とってもおいしいです! 初めて作ったとは思えませんわ!」
「そ、そうか。改善した方がいいところはあるかな?」
「いいえ! このままで十分です!」
夜になるといつものようにクレイオスが現れたので、待っていたとばかりに深皿を差し出したところ――。
「これは?」
わたしが作ったとは夢にも思わないのか、不審そうな顔つきになった。
「ふふふ。聞いて驚くがいい。わたしが作ったんだ」
途端に固まるクレイオスを見て、唇が緩む。
表情そのものに大きな変化はなかったが、長い付き合いのわたしだからこそ、やつがひどく驚いているのがわかった。
戦うことしか知らなかったわたしが、簡単とはいえ料理を一品作れるようになったのだ。
驚くのも無理はない。
だが、食べたらもっと驚くはずだった。
わたしはスプーンを手に取り、深皿の中身を凝視しているクレイオスに渡して言った。
「食べてみろ」
「……食えるものなんだろうな」
「失礼な! 料理長とベリンダのお墨つきだし、ラウラには絶賛されている!」
「そう怒るな。今のはからかってみただけだ」
「なっ……!」
クレイオスはスプーンを手にし、スープをすくって口に運んだ。
表情にはっきりとした変化が起きたのはその直後だった。
「うまいな」
目を見張るクレイオスはまさに期待していた姿そのもので、わたしは憤慨していたことを忘れて飛び跳ねてしまった。
「だろう!? 冷めてしまっているがおいしいだろう!? 作りたてはもっとおいしかったんだ!」
「そうか」
クレイオスはもう一度スープを口に運び、今度は微笑を浮かべてみせた。
「おまえがこれほどのものを作るとはな」
「すごいだろう!」
「ああ。すごい」
「さすがだと思うだろう!」
「ああ。さすがだ」
その一言を引き出すことができてますます嬉しくなり、自然と唇がほころんでしまう。
料理長とベリンダ、ラウラに褒められた時も嬉しかったが、ここまでではなかった。
やはりクレイオスは特別なのだろう。
「おまえに褒められるのが一番嬉しい」
目を細めながらそう言うと、二口目をすくおうとしていたクレイオスは動きを止め、わたしの顔をじっと見つめた。
「クレイオス?」
一体どうしたのかと思っていると、やつは長々と息を吐く。
「頼むからそう煽らないでくれ」
「煽る……?」
「そんな顔を向けられると押し倒したくなる」
押し倒してどうするのか。
その後のことを想像したわたしは先ほどとは別の理由から飛び上がりそうになり、深皿を抱えたままじりじりと後ろに下がっていた。
この続きは「女魔王は花嫁修業に励みたい なぜか勇者が溺愛してくるのだが?」でお楽しみください♪