書籍詳細
残り物には福がある。2
ISBNコード | 978-4-86669-225-8 |
---|---|
定価 | 1,320円(税込) |
発売日 | 2019/08/27 |
ジャンル | フェアリーキスピンク |
お取り扱い店
電子配信書店
内容紹介
立ち読み
「旦那様、お茶をお持ちしました」
ワゴンを押したマーサさんが名乗りを上げると、中から扉が開いた。開けてくれたのはアルノルドさんで、正面の執務机にいた旦那様のコバルトブルーの瞳が、わたしを捉えて柔和に細まる。
「いらっしゃい。ナコ」
旦那様——! と、飛びつきたい衝動を抑えながら、わたしはにっこりと笑って口を開いた。
「お邪魔ではありませんか?」
「いいえ。ちょうど休憩を取ろうと思っていたところなのですよ」
「では、ジルベルト様。私はこちらを城に送っておきますね。返事を頂かないとこれ以上進まない案件ばかりですから、使者が戻って来るまで休憩です。ナコ様もこちらに来ることはあまりないので珍しいでしょう? ゆっくりお寛ぎください」
アルノルドさんがそう言うと、手早くお茶の用意をすませたマーサさんも一緒に部屋から出て行った。きっと二人きりにしてくれたんだろう。
二人の気遣いに感謝していると、旦那様はふぅと溜息を吐き、机の上の書類を揃えて箱の中においた。
わたしもマーサさんから任されたワゴンに向き直り、砂時計の砂が落ちきるのを待つ。そして時間がくると、零さないように慎重にポットを傾けた。
赤茶色の綺麗な色がカップに注がれていくけれど、実はこれは紅茶ではなくハーブティーだ。後味がとてもすっきりしていて眠気も醒めるので、お仕事の合間に飲む人が多いらしい。
「お茶菓子が結構甘そうなんですけど、お砂糖いりますか?」
「いえ。砂糖はいりません。お茶だけこちらに持ってきて頂いてもいいですか?」
……あ、私が作ったクッキー持ってこなくて良かったかも。旦那様は優しいからわたしが作ったと知ったら、そんな気分でもないのに無理にでも食べてくれそうだし。
うん、災い転じて福となすって感じよね。
執務机の端にカップとソーサをおけば、すぐに旦那様は手を伸ばしてくれた。そして一口含むと、美味しいです、と目元を柔らかくさせる。ああ、クッキーを食べてはもらえなかったけれど、これだけで十分尊い……。
このまま真正面で拝んでいたいけれど、お茶を飲んでいる間、ぼうっと目の前で立っていられるのは気になるだろう。斜め向かいにおいてあるソファに向かおうとしたら、旦那様が小さく笑ったことに気がついた。顔を向ければわたしの視線に気づいたのか、ああ、と頷いてソーサにカップをおく。
「マーサとアルノルドに気を遣わせてしまったと思いまして」
「私は嬉しいです!」
勢い込んでそう言うと、旦那様はくすりと笑った。そして悪戯げに目を細め、座ったまま自分の椅子を引いて両手を広げた。
「こちらに来てくださいますか」
喜んで——!
飛びつきたいのを堪え——きれずにちょっとした勢いのまま旦那様に突進してしまった。首に手を回したところで、旦那様が足を掬い上げるようスカートごと抱え込み、膝の上へと運んでくれる。いわゆるお姫様抱っこ。椅子バージョンである。
重い、かな。でも平気そうな顔をしてるし大丈夫かな。って言っても、できれば離れたくはない。
色んな意味でどきどきしながらも、旦那様の匂いを胸いっぱいに吸い込む。
「充電……」
触れている部分から元気が湧き上がってくる気がする。うっとりと身体を預けるように力を抜いたところで、少し擽ったそうに身動きした旦那様が首を傾けた。
「充電とは?」
「え? えっと元気を電気に見立てて補充……? 充電……、あ、旦那様から元気を吸い取ってるわけではありませんよ!?」
文明の利器をこの世界の何にたとえるのか思いつかなくて、しどろもどろに説明すると、旦那様はわたしの世界特有のものだと察してくれたらしく、ふっと口元を和らげた。
「はい。大丈夫ですよ」
その言葉にちょっと落ち着いて、考え考え言葉にする。
「えっと、今は……くっついている場所から嬉しいとかそういう元気な感情をもらって身体に溜めておくんです。ちょっと離れてても元気でいられるっていう感じでしょうか」
「確かに分かります。私も貴女に触れているとほっとしますし。——しかし私の場合、同時に離れがたいと思ってしまいますが」
「わたしも……!」
込み上げたときめきを抑えきれず、旦那様の首に回した手に力がこもる。胸元に?を寄せてスリスリする。旦那様の鼓動は落ち着いていて、包み込まれるように回された腕の中は温かくて心地好い。
こうして旦那様に触れていると安心して力が抜けることが多い。だけどまた時間が経てば色んなところに触れたくなる。なんだかじっとしているのがもったいないような、そのままでいたいような不思議な気持ちになるのだ。
ああ、猫になりたい。
猫になったら、こんな風にずっと旦那様のお膝に乗せてもらえるのかな。
背中を撫でてくれる大きな手が気持ち良くて、それこそ猫のように喉を鳴らしたくなる。しばらくそうしてじっとしていたら、ふと静かな声が降ってきた。
「——オセとはどうですか?」
突然上がった名前にドキリとしたのは、先ほどの騒ぎのせいだろう。
「オセ様ですか……」
そう呟いて、うーんと悩む。
謝ってくれたし、特に旦那様に言うつもりはない。旦那様はクッキーを駄目にしたくらいで怒るような人ではないけれど、わたしのために注意くらいはしそう。
……雰囲気が悪くなるのは嫌だしなぁ……。
言い淀んだわたしに、旦那様は少し間をおいて再び言葉を重ねた。
「……そうですね。では簡単に容姿が好ましい、というような感覚的な感想でも大丈夫ですよ」
「え?」
思いがけない言葉にちょっと驚いて目を瞬かせる。
え? 容姿が好ましいなんてわたしの中で旦那様が不動の一位である。戸惑うわたしに旦那様は少し気まずそうに視線を逸らした。
「……いえ、いやにオセが貴女に構いに行くので、ね。少し心配していたのです」
構われている……それもまた意外な言葉だ。心の中で反芻してみるけれどピンと来ない。
確かにオセ様は一つの場所にじっとしていないらしく、わたしが部屋から出れば顔を合わせることが多い。そして側には大抵ユアンさんかリックがいるので、挨拶がてらつい話してしまうのだ。リックやユアンさんとのかけ合いが面白いし、なにより時々語られる旦那様の過去話はつい聞き入ってしまう。
それに今さっき床に落としたクッキーをわざわざ食べてくれたオセ様を思い出して、わたしは口を開いた。
「……悪い人じゃない、気がします」
マーサさんと同じ感想になってしまうけれど、良い人って言い切るには言動が若干危ないし図々しいし無神経だし。……だけど優しくてお節介なくらい親切で、話していると面白い人で——お父さんに似て——……。
「……」
いやいや、そこは関係ないから!
自分で自分に突っ込みを入れてから、ふと思う。
結局、旦那様ってオセ様のことどう思ってるんだろう。
……旦那様とオセ様があまり二人で話しているところを見たことはない。夕食の時は普通に話しているんだけど、それ以外となると……? という感じだ。……かつてライバル同士だったって言うんだから、わたしもオセ様と一線は引いておくべきなのかも。
改めて意識すると、なんだか寂しい気がするのは気のせい……ではなさそう。悪い人じゃないって分かるからこそ、避けることに罪悪感を覚えるのかもしれない。
「……そうですか」
「旦那様?」
いつのまにか背中を撫でる手が止まっていたことに気づく。わたしの返事がおかしかったのかな、と心配になって旦那様の顔を窺えば、いつも通り穏やかな笑みを浮かべてくれた。
ふっと旦那様の顔が近づいてきて、高い鼻が耳元を掠める。
擽ったさに身体を捩ると、「甘い香りがしますね」と声が追いかけてきた。首筋に吐息を感じ、ざわっとした感覚が背中を駆け上がった。
……甘い香り? と、一瞬だけ思って、すぐに原因に思い至った。
「あ、……クッキーを焼いていたんです」
「クッキー?」
オウム返しに聞き返されて困ってしまった。言うつもりなかったんだから、黙っていればよかったのに。
「えっと——失敗しちゃって」
「……そうですか。残念です」
本当に残念そうに声が沈んだので、わたしはそろりと旦那様を見上げで尋ねてみた。
「あの、今度……うまく作れたら食べてくださいますか?」
「ええもちろん。喜んで」
すぐにそんな返事が返ってきて?が緩む。これは是非ともリンさんにお休みを交渉して、時間を捻り出さねば。
計画を練っていると、旦那様がとん、と肘置きに片方の肘をおいた。顔と顔の距離が空いて旦那様の表情がはっきりと分かる。不安定な体勢だけど、もう片方の手は私の腰をしっかりと支えてくれているので安定感はばっちりだ。
そして少し遠くからわたしを見つめる旦那様に、ちょっと戸惑ってどきどきする。
そんなわたしに気づいているのかいないのか、旦那様はコバルトブルーの瞳をふっと眇めたかと思うと、気怠そうに首を傾けた。視線はわたしに固定されたまま。ゆっくりと薄い唇が開く。
「……まいりましたね。甘い匂いをさせている貴女が美味しそうだ」
その溜息交じりのウイスパーボイスの破壊力たるや、もう鼻血を噴くかと思った。
ぶあわぁっと、顔が赤くなったのが自分でも分かる。
首に回していた両手を外して?を押さえる。確実に熱が出ている体温だ。
「次は失敗しても持ってきてくださいね」
その上、甘い声音で物憂げにそう言われて、拒否なんてできるだろうか。
反射的にこくこくと頷けば、旦那様はいっそ凶暴なほどの色気を垂れ流したまま、上半身を起こし、そしてわたしの背中を自分の方へ寄せた。
唇に柔らかい感触とさっき飲んだお茶の香り。
ゆっくりと合わさった唇が一度離れて、角度を変えてまた合わさる。緩く開いていた唇を割って温かい舌が侵入してきた。
「っふ……」
息が変な風に鼻から抜け、吐息が漏れる。舌で上顎まで丁寧に舐められ、お腹の奥がぞわぞわするのが分かった。
「は、……っ」
熱い吐息と水音が静かな執務室に響き、羞恥心を煽られる。ゆっくりと絡まった舌がいやらしく蠢いて舌を丁寧に扱いた。お腹の奥に響くような気持ち良さに身体の力が抜けていく。
そうして下唇を?むように離れていった頃には、もう骨がなくなったみたいにふにゃふにゃで——。身体はますます体温を上げ、息まで熱くなってきた。久しぶりのキスにしては、深く官能的すぎて、頭が霞がかったように白くなっていく。
旦那様の顔が少し離れて、代わりに親指が唇にそっと触れた。
「……これ以上やると我慢が利かなくなりそうだ」
「——っっ!」
我慢しなくてもいいんじゃないですかね!?
もういっそそう言ってしまいたい。
そしてそんな素直な気持ちが顔に出てしまったのだろう。ますます熱くなった顔を見て、旦那様がふっと低く笑った。
唇をふにふにと弄っていた手が下へと滑って、胸の膨らみにそっと乗せられた。
「鼓動が速いですね」
そう囁く声が甘ったるい。淫靡な雰囲気に呑まれてしまい、言葉が出なくなってしまう。
何がスイッチだったんだろう、とどきどきしていると、旦那様の手が一旦離れて、両手が腰に回った。そのまま軽々と持ち上げられて机の上に座らされる。お仕事の書類をお尻で踏んでしまっていないか気になって後ろを振り向こうとしたら、旦那様が艶っぽく笑った。
「そのまま手を後ろにおいて、身体を支えてもらえますか」
ほぼ反射的に言葉通り後ろに手をつく。と、同時に旦那様がスカートの裾を軽く捲り上げてその間に身体をねじ込んだ。当たり前だけど両足が開くわけで。そこまできて、机の上でものすごい格好をしていることに気づく。
「あ、あの、旦那様」
?き出しになってしまった膝にこれ見よがしに唇が落とされる。細まった旦那様のコバルトブルーの瞳はやや熱を持ち始めて、ぞくっと肌が粟立った。
反対側の太腿にはすでに旦那様の大きな手が入り込んでいて、裏側を優しく撫でていた。擽ったさに身を捩れば、すうっと上がってきた指が足の間——下着の上をゆっくりと辿る。
「ふ……っ」
とっさに足を閉じようとするけれど、がっちりと押さえられて抵抗ができない。いや、抵抗はするつもりはないんだけど、まだ、その明るくてですねっ、窓が全開なんですよ!
「せ、せめてカーテン……っ!」
肩に手を伸ばして押し止めると、旦那様は、ああ、窓の方を振り返った。
すぐに閉めてくれると思ったのに、指は止まらずそれどころか、下着の上から蕾をぐりっと親指で押し潰してきたのだ。
「ひゃあっんっ」
「明るい方が貴女の顔がよく見えて嬉しいのですが——確かにそんな声が聞こえでもしたら、もったいないですね。今は屋敷に人も多いですし、閉めておきましょうか」
びくびく身体を震わせて肩で息をしているわたしからそっと離れた旦那様は、カーテンを閉めにいく。さすがにその間そのままの体勢でいるのも憚られて、わたしは慌ててスカートを引っ張って押し戻し、不安定な身体をなんとかしようと靴を脱いで、ぺたっと足を閉じた。
……なんか『待て』してるワンコみたい……?
カーテンは閉じられたけれど、若干薄暗くなっただけで心許ない。声が外に漏れないだけでも良しとするべきか。
そんなことを考えていると、振り返って戻ってきた旦那様がわたしを見下ろして、口元に手をやりくすりと笑った。
「可愛らしいですね」
そう言いながらわたしの喉や顎を節ばった太い指で擽る。まるでワンコの喉を撫でているみたいな仕草だけど、もうきゅんきゅん言いたくなってしまう。おそらく旦那様も同じことを思ったのだろう。
うっとりと目を閉じていたら、再びスカートを捲り上げられた。
少しは暗くなったけれどやっぱり恥ずかしくて、ついつい裾を摘んで少しでも肌を隠そうとしてしまう。そんな指の動きを見ていた旦那様が、少し含んだように笑った。
「おや、手早くすませようと思ったのですが」
……そうか。アルノルドさんが戻ってくるもんね。しばらく……って言ってたけど、どれくらいかかるんだろう。しかし『手早く』とは一体。
「分かりました。けれど下着は脱いでおきましょうね」
「え? ゎあっ……」
スカートの中に旦那様の手が侵入し、あっという間に下着の結び目を解いてしまう。この世界のパンツは基本紐パンなので、防御力はゼロなのである。
思わず抵抗する私に、旦那様は、笑みを残したまま「残念ながら執務室に貴女の着替えはありませんから」と諭してくる。いや、はい、それは当たり前なんですけども!
「それとも濡れた下着のままか、もしくは穿かずにご自分の部屋に戻りますか?」
困り顔でそうつけ足されて、わたしは一瞬固まってからぶんぶん首を振った。
そうか……! 確かに困る。濡れたパンツが、気持ち悪いことなんて想像しなくても分かるし、部屋までノーパンで歩くなんて、まだまだわたしには難易度が高すぎる。
ええいままよ! と促されるまま、旦那様の首に手を回す。腰を浮かせるとするりと下着が引き抜かれた。直にお尻に感じる机の冷たさに、ぶるりと肌が粟立った。
「——ご希望通りに、いつも通り胸から触れましょうか」
ぷつんぷつんとシャツの襟元のボタンが外されて、胸を押さえていた下着がずらされる。胸だけが露出しているという我ながらエロい格好に、旦那様が言った『手早く』の本当の意味をようやく理解した。
ああっそういう意味じゃないし、むしろ駄目だ! アルノルドさんが戻って扉開けたりなんかしたら、わたし半裸状態じゃない!? しかも旦那様は襟元一つ乱してないし、これは恥ずかしい。
しかもここ執務机の上だからね!? 硬い机の感触に今更ながら背徳感を覚えてしまう。
外気で少し立ち上がった胸の先端を、大きな手の親指と中指で押し込まれた。
「……んっ」
「さて、ナコはどちらを可愛がってあげた方が、早く達することができますかね?」
片手で器用に交互に先端を側面から撫で上げて、確認してくる。旦那様が安定の自覚のないドSモードで良い意味で辛い。
「それとも唇で意地悪に責められる方がお好きですか?」
すっかり硬くなった胸の先端に顔が近づき、生ぬるい感触がまとわりつく。咥えられ舌で転がされて、反対側は擦るように摘まれた。それもまた交互に繰り返されて自然と腰が揺れる。
「あ、っや、っどっちも、気持ち、いい……っ」
「欲張りですね」
この続きは「残り物には福がある。2」でお楽しみください♪