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没落寸前ですので、婚約者を振り切ろうと思います

夏目みや / 著
ぽぽるちゃ / イラスト
ISBNコード 978-4-86669-233-3
定価 1,320円(税込)
発売日 2019/09/27
ジャンル フェアリーキスピュア

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内容紹介

おてんば令嬢、ハイスペ婚約者を振り回す!
恋に鈍感な薬草オタク令嬢×幼馴染みのツンデレ婚約者。
変わりもの令嬢が薬草片手に繰り広げる魔法学園ラブコメディ!
名門魔法学園に通うアリシアは薬草オタクの変わり者。しかし親同士の取り決めで学園一の人気者リカルドと婚約しているため、いつも注目の的。クラスメイトの変人二人と穏やかに過ごしたいアリシアだけど、彼は世話を焼きたがり「しょうがないから俺が面倒みてやる。情が深くて優しい俺様に感謝しろよ」と上から目線! やたらと「空気を読め」と言うけれどサッパリ意味がわからない。しかし薬草探しの校外学習で助けられてから胸のトキメキを覚えて!?
「お前は鈍感でお人好しで、単純だ」
「うん? 私にケンカを売っているのかな?」

立ち読み

「リカルド、どうしたの?」
 リカルドはやや不機嫌な表情のまま、私と向き合った。
「お前を探していたんだ。管理長に聞けば、部屋に案内したと言っていたが、部屋にはいないし」
「そう、掃除の合間に、ちょっと休憩していたの。なにか用事でもあるの?」
 するとリカルドは深いため息をついた。
「お前、本当にあの部屋に住むのか」
「ええ、住むわよ」
 住むしかないじゃない。今ちょうど腹をくくって覚悟を決めていたところよ。
 そう答えると、リカルドは眉間に皺を寄せた。
「危ないだろう」
「えっ、やっぱり危ないのかしら?」
 甲冑の騎士が訪ねてきそう? それはどうやって防げばいいのかしら。
「あんな扉の鍵、あってないようなものだ」
「鍵?」
 首を傾げると、リカルドは呆れたように言った。
「ドアノブを少し強めに回したら、いとも簡単に開いたぞ」
「ちょっ、やめてよ! それは壊したというのよ!!」
 さすがにノーロック状態の部屋は私だって遠慮したい。そもそもせっかく掃除までしたのに、なにをやってくれるんだ。部屋ごと変えてもらったとしたら、また一から掃除のやり直しじゃないか。
 するとリカルドの後方からクスリと笑い声が聞こえた。リカルドの親友、ユーベル・ブロドライ様だ。どうやら私たちの一連のやり取りを聞いて、たまらず笑ってしまったようだ。
 ユーベル様はリカルドの親友、そしてリカルドと肩を並べるほどの有名人。王族に仕える人物の多くを輩出している名門ブロドライ家の長男であり、本人もまた、このセントロゼナ学園でリカルドと並んで魔力が高く、博識だ。そんな二人は親友同士で、リカルドの華やかさを太陽にたとえるなら、ユーベル様の柔らかそうな銀髪に薄い緑の目に浮かべる微笑みは、春の木漏れ日のようだ。激情型のリカルドに比べてユーベル様は優しく落ち着いた性格だ。対になる性格だからこそ、二人は親友なのかもしれない。
 まあ、どちらにせよ、私とは住む世界が違う人間だ。リカルドが私を構っている間、ユーベル様はずっと微笑みながら見守っているのが常だ。そして今日もまた、しかりだ。
 ユーベル様は背後から、リカルドの肩に手をポンと置いて、笑って口にする。
「リカルド、彼女に話があったのだろう」
 リカルドは言われて思い出したように、私に顔を向けた。そしてわざとらしく咳払いをしたかと思えば、顎でしゃくった。
「そこで、お前に一つ提案がある」
 偉そうな態度に若干身構えていると、リカルドが続けた。
「お前、南の寮に来い」
「え、無理!!」
 南の寮はエリートコースの方々が住まわれる場所であり、私だって場をわきまえている。即答すると、リカルドのこめかみ部分が、ひくついたのがわかった。
「お前なぁ……」
 そりゃリカルドが親切心で言ってくれたのだと思うけど、南の寮に住む方々だって、私のことを快く思わないだろう。
「まあ、いい。管理長に話はつけておいたから」
「えっ、待ってよ」
 さも決定事項だと告げられて、焦っている私の前に、リカルドは銀の鍵を一つ差し出した。
「これがお前の部屋の鍵。三○二号室だ」
 私はますます焦った。寮は三階建てだが、上の階ほどエリートコースの中でもさらに優秀な方々が生活している。いやもう、百歩譲って南の寮だとしても、一階の小部屋で結構ですから。それとも物置とか。これ以上、目立つことはしたくない。
「荷物は運んでおくように言っておいた」
「ええ——!! なんで!?」
 いきなりの急展開に驚きの声を上げると、リカルドは意地の悪い笑みを浮かべた。
「知っているか? 北の寮の噂を?」
「な、なによ」
 若干、身を強張らせ引きぎみになった私に告げた。
「甲冑の騎士がな、毎晩、部屋の扉をノックして——」
「ちょっとやめて、ストップ!!」
 続きは聞きたくないとばかりに、耳を塞いだ。リカルドは勝ち誇ったように鼻でフンと笑い、手に無理やり寮の鍵を押しつけた。
「じゃあな。あとで部屋を確認しておけよ」
 偉そうにそれだけを言うと踵を返し、ラウンジから出て行った。私の手に残されたのは銀色の鍵が一つ。
 深いため息をつくとイリスが肩を叩いた。
「良かったじゃない。これで甲冑の騎士に怯えずにすむし」
 だがその目は笑っている。完全に面白がっている。恨みがましい目で見つめると、イリスは声を張り上げた。
「リカルド様は優しいわね、やっぱりアリシアが婚約者だからね!!」
 ちょっ、やめて、これ以上、周囲を挑発しないで。案の定、それを聞いたエミリアは顔を真っ赤にして怒り出した。
「まったく、格式高い南寮にあんな人が入るだなんて、どうかしているわ。貧乏くさくなってしまうじゃない」
 あぅあぅ、火に油を注いだよー。
 だがフランクは真面目な顔で言った。
「でも、南の寮に入った方がいいと思うよ。無人の北の寮にいるより、はるかに安心だし。僕、今回の件はリカルド様の考えに従った方が賢いと思うんだ」
 フランクは神妙な顔付きで言ったけど、心配しているからこその助言だと思う。
 まあ、リカルドの態度はかなり上から目線だったけど、彼なりに私のことを考えてくれたのだと思う。ここはありがたく、厚意に甘えるとしよう。
 手にした銀の鍵をギュッと握りしめ、小さく息を吐き出した。

 ラウンジでフランクとイリスと別れ、南の寮へ向かう。寮の前まで来ると立ち止まり、門を見上げる。格式高い南の寮は新しく、どこかの屋敷かと錯覚してしまうほど趣がある。
 本当、北側の寮とはえらい違いだわ。重そうな門を手で押すと、案外簡単に開いたことに驚きながら足を進めた。扉を開けるとすぐ横には管理人室があるが、どうやら無人のようだった。エントランスは吹き抜けになっており、見上げると、部屋がいくつか並んでいるが、隣の扉との間隔が広い。これは一部屋が広いからだろう。勝手に侵入していいものかとその場でしばし悩んでいたところで、上から声が聞こえた。
「遅かったな」
 聞きなれた声に顔を上げると、二階の廊下から顔を出しているリカルドがいた。彼は手招きをして、上に上がってこいと促した。
 目の前にある広い階段を上り、リカルドのもとへ行くと、彼は背中を向け歩き出した。どうやら案内してくれるつもりらしく、大人しく後ろをついて行く。階段を上り、やがて三階にたどり着いた。そして一室の前で立ち止まると、扉を遠慮なく開けた。その先の光景を見て、驚いて思わず大きく口を開けた。
「すごい、立派な部屋」
 思わず本音がこぼれたが、アンティーク調の家具がそろっており、どれも高そうだ。それになにより、その部屋の広さにも驚いた。二部屋が続き部屋になっていて、一室には机と椅子、そして革張りのソファに大理石のテーブル。日差しの入り込む大きな窓から見える景色は眺めもよく、花柄のレースのカーテンが可愛らしい。隣の部屋はベッドルームになっており、大きなベッドが置かれている。
 これ、私の部屋よりもうんと豪華じゃない。それに北の寮と比べると雲泥の差だわ。
 豪華な一室に興奮していると、扉に寄りかかっていたリカルドがクッと口端を上げ笑う。
「気にいったか」
「ええ、最高の部屋だわ」
 興奮ぎみに答えると、リカルドは満足そうにうなずいた。
「荷物がベッドルームに運んであるはずだ。荷ほどきするといい」
 備え付けのクローゼットに荷物をしまう前に、リカルドに向き直った。大事なことを言い忘れてはいけない。
「ありがとう」
 素直になってお礼を口にし、ニコリと微笑んだ。
 リカルドは一瞬、返答に困ったのか、言葉を詰まらせサッと視線を逸らした。
 なによー、その反応。いつも文句を言ってくる私が、珍しく素直な態度だから驚いているわけ?
 リカルドはそっぽを向いたまま、瞬きを繰り返している。そして耳が少し赤くなっていた。この部屋、そんなに暑いかしら。
 南の寮に入るのは気後れすると思っていたけど、実際に目にしたら豪華さにテンションが上がる。それにここなら、学園に直結する通路もあるので、朝寝坊の心配もない。まさかこんなに至れりつくせりの対応だなんて、逆に良かったかもしれない。うきうき気分で荷ほどきをしようとしゃがみ込み、トランクを開けた。リカルドは扉の横に立ったまま、さらっと口にする。
「じゃあ、俺も荷ほどきするか」
「えっ、いいわよ。たいした荷物もないし。一人でできるわよ」
 リカルドの申し出を遠慮した。だいたい、トランク一つ、そう時間はかからない。それに寝間着なども入っているので、さすがに見られるのは恥ずかしい。するとリカルドは呆れたように笑った。
「誰がお前の荷ほどきなど手伝うか。俺は自分の荷物を片づけるんだ」
「荷物って?」
 不思議に思い、首を傾げた。
 リカルドは扉から廊下側へ顔を向けると、右側を顎でしゃくった。
「俺は三○一号室に住むから」
「ええええっ!?」
 驚きのあまり叫ぶのは無理もない。思わず立ち上がり、リカルドのもとへ詰め寄った。
「なんで、どうして!?」
 リカルドが寮に住む理由などないはずだ。私と違って没落するかもしれない瀬戸際でもないし、立派なお屋敷だってあるじゃないか。
 リカルドはグッと言葉に詰まって、プイッとそっぽを向いた。
「お、俺だって自立するにはいい機会だから、家を出てみることにした」
「あんな立派な屋敷があるのに、今すぐわざわざ出なくても……」
 彼の真意が読めず、眉をひそめた。そして、すぐに気づいてハッとして叫んだ。
「えっ、まさか三○一号室って、隣の部屋!?」
 思わず廊下に飛び出て、隣の部屋を確認する。目と鼻の先ですごく近く、ものの数秒で行ける距離だ。
「ねえ、そもそもこのフロアは女生徒だけじゃないの?」
 そうだ、男女が隣の部屋同士というのは、どう考えてもおかしいだろう。年頃なのに、男子寮と女子寮があるんじゃないのか。
「ああ、このフロアはお前と俺だけだから安心しろ」
「どうして——??」
 意味がわからず混乱するも、リカルドはシレッと答えた。
「しょうがないだろう。続き部屋はここしか空いてなかったのだから」
「だからと言って……」
「はーん。お前、なにを心配しているんだよ。まさかとは思うが、俺に襲われるとか思っているんじゃないだろうな」
 からかうような口調で意地の悪い笑みを見せるリカルドだったが、ちょっと冷静になってみると、自分が勘違いしていたことに気づいた。
「そうね、よく考えてみれば、それはないわね」
「は……」
 きっぱりと断言すると、逆にリカルドが言葉に詰まった。だが構わずに続けた。
「そもそも、リカルドが私相手に、そんなことするわけないわね」
 一人で納得して腕を組み、うなずく。だいたい、彼が私を女性として見ているわけないじゃない。幼い頃から知っているんだし。それこそ、綺麗だったり可愛かったりする女性からも大人気のリカルドが、わざわざ私に手を出してくるとは思えない。
「じゃあ、しばし隣人、ってことでよろしくね」
 笑顔を向けると、若干彼の口端が引きつっていた。
「……ちょっとは危機感もてよ」
 ボソッとつぶやいた言葉を拾い上げ、首を傾げた。
「え、なにが?」
 彼の顔をのぞき込むと、リカルドは舌打ちをして、吐き捨てるように言った。
「なんでもない!!」
 そしてどこか不機嫌な態度でずかずかと大股で隣室へと向かい、荒々しく扉を開けて入室した。扉が大きな音を立てて閉まり、私も肩をすくめて部屋に戻る。
 リカルドは機嫌が良くなったり、悪くなったり、波があるから大変だ。だが、昔からなので慣れているから、気にしちゃいられないわ。
「さて、荷ほどきしよう」
 広い部屋にトランク一つだけ。豪華な部屋まで用意してもらい、リカルドには感謝するけれど、学園中に新たな噂が流れるのだろうなと思うと、少しだけ憂鬱だ。
 だが、そんなことは言っていられないと思い、トランクの荷をほどいた。

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