書籍詳細
王太子様に骨の髄まで搦め捕られて、元の世界に帰れません
ISBNコード | 978-4-86669-279-1 |
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定価 | 1,320円(税込) |
発売日 | 2020/03/27 |
ジャンル | フェアリーキスピンク |
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電子配信書店
内容紹介
立ち読み
「じゃ、ちゃんと言うから聞いて。——ささら。私は君が好きだ。愛してる。君がいないと生きていけない。だから、私の恋人になってくれないかな。大事にするって約束するから」
「……」
「君を、思いっきり甘やかしたいんだ。兄ではなく、大事な恋人としてね」
「う……」
つけ足された言葉が酷く甘く感じるのは、私がクリスのことを好きだからだろうか。
クリスが返事を要求してくる。反射的に頷きたくなったが、ぐっと堪えた。
——このまま勢いで頷いてしまって本当にいいのかな。
そう、思ってしまったからだ。
だってクリスは異世界の人だ。付き合ったってどうせすぐに別れなければならない。先が見えているのに付き合うとか、意味がないのではないか。
だから、私も彼を兄として見続けることに決めたのだから。
彼と距離を置いて、思いを昇華させようとしたのだから。
——でも。
チラリとクリスを見る。彼は私の返答を、じっと待っていた。
その顔には焦りのようなものも、悲愴感のようなものもなかった。ただ、私から与えられる答えを待っているだけ。そんな風に見えた。
そのクリスの顔を見て、気がついた。
——わずかな時間しか付き合えないって……それ、クリスも一緒だよね。
当然、彼はそのことを私よりも理解しているだろう。その上で告白し、付き合って欲しいと言ってきているのだ。ある意味、玉砕覚悟で。
私にはとてもできない芸当だ。
「……」
クリスは私にちゃんと向き合ってくれている。
それなら私も、彼のことを本気で考えなければならない。
——そう、だよね。それが礼儀だよね。
うん、と頷く。
最初から、考え直してみようと思った。
私は、クリスに告白されて嬉しかった。好きになった人に好きだと言ってもらえて嬉しかった。
そして私は、恋人が欲しかった。自分だけを見てくれる人。
身内としてではなく、異性として、自分を唯一として甘やかしてくれる恋人を望んでいたのだ。その願いは、日本にいた時は叶わなかったけど。
——ここなら、それが叶う。
しかも相手は、自分も好きだと思っている人。たとえ短期間とはいえ、迷う必要がどこにあるだろう。
異世界の人が相手。確かに、悩みはいくらでもある。だけど、その問題は、今は棚上げしても構わないのではないだろうか。その時になれば、どうせ向き合わなければならないのだ。今は少し目を瞑って、恋愛を楽しんでも許されるのではないだろうか。
——女神様だって、お勧めするって言ってたし、いいよね。
クリスに応えても。
好きな人と付き合うという、女性なら誰もが願うことを体験したいと思って何がいけないというのだろう。
そこまで考えれば、私の答えなど一つしかない。
「……いいよ」
「本当!?」
かなり小声だったとは思うが、それでも肯定の返事をすると、クリスは綺麗な赤い瞳を見開いた。そうして両手で私の肩を揺さぶる。
「本当に? 本当にいいの? 私と付き合ってくれる?」
「クリス……ちょっと、落ち着いて」
ガクガクと揺さぶられて、ちょっぴり気持ち悪い。
私の言葉を聞いたクリスがハッとしたように手を放してくれたが、今度は私の手を握ってきた。
「いいんだね? 嬉しい! 嬉しいよ。ささら、君と恋人になれて嬉しい」
「う、うん」
食い気味に尋ねられ、私は少し退き気味になりつつも頷いた。
「わ、私も、クリスのこと好きだったから」
「私もささらのことが大好きだよ!」
「ひゃあっ……!」
握っていた手を引っ張られ、彼の胸元にダイブしてしまった。よろける私を、クリスは危なげなく抱き留め、そのまま抱き締める。
「嬉しい……ささら、大事にするから」
「……うん、そうして」
心底喜んでくれているのが分かる声音に、頷いてよかったなと、こちらまで嬉しくなってしまった。
そして、自分の今の状況に、なんだかとても恥ずかしくなってくる。
クリスにしっかり抱き締められている現状がどうにも羞恥を誘い、顔が熱くなった。
「ク、クリス。離して……」
「嫌だ」
離すどころか、クリスはますます抱き締める腕の力を強めてきた。その力強さにドキドキするも、恋人になったという気恥ずかしさの方が勝ってしまう。
私はイヤイヤをするように、彼の腕の中で?いた。
「お願い。その……なんだかすごく恥ずかしいから」
「何それ、すごく可愛いんだけど。絶対に離したくない」
「……」
正直に言ったのに、離してもらえなかった。
今までの優しいクリスなら、私がお願いすれば、困った顔をしつつも言うことを聞いてくれたのに。
「クリス……」
顔を上げ、訴えるように彼の綺麗な赤い目を見つめる。クリスは「う」と呻きながら、私と同じように顔を赤くした。
「そんな可愛い顔をしても離さないよ。だって、君は私の恋人になったんだから」
「そ、それは分かってるけど。前までのクリスなら離してくれたのに。なんか、急に強引になった?」
顔を赤くしたまま尋ねると、クリスは憮然とした表情になった。
「仕方ないじゃないか。君が、何度も私のことを『お兄ちゃん』みたいだって言うから。兄弟がいない私には、兄という存在がどういうものか分からないけど、君の望みならと、私なりに理想の兄像を演じていたつもりなんだよ。でも、もうそんな必要はないでしょう? だから、離してあげない。君の言うことを何でもはいはい、って聞いてあげるのは終わり」
「……クリス。私のお兄ちゃんは、何でも言うことを聞いてはくれなかったよ? 確かに甘やかしてはくれたけど、クリスほどじゃないし、厳しいところもあったと思う。クリスとお兄ちゃんじゃ全然違う」
「そうなの?」
「うん。クリスとお兄ちゃんは違うよ」
もう一度、自分にも言い聞かせるように告げる。
そうだ。クリスと兄が違うなんてこと、最初から分かっていた。それなのに、クリスを兄のようだと言ったのは、彼を『兄』だと思い込むことで、彼を恋愛対象と見ないように無意識に壁を作っていたからだ。
私は異性として、クリスに惹かれていた。その気持ちをあり得ないと封印し、更には兄に対する気持ちへシフトし、何とか誤魔化そうとしていたのだろう。その作戦はすぐに駄目になってしまい、私は彼に恋をしていると認めざるを得なくなってしまったけれど。
「クリスとお兄ちゃんは違うし、クリスのことをお兄ちゃんだとはもう思っていない」
そういう風に扱ったことは認めるし、実際そうしてきたけれど、もうそんなことはしない。する必要もないからだ。だって、クリスは私の恋人になったのだから。
そう告げるとクリスは、じっと私を見つめた後、「じゃあ、試してみてもいい?」と言った。
「試す?」
「君が本当に、私を兄だと思っていないかってこと。本物の兄が相手なら絶対にしないことをしてもいいかな?」
「いいけど……」
本物なら絶対にしないこと。はて、それは何だろうか。
意味は分からなかったが了承すると、クリスは私の顎に指をかけた。
「え」
クリスの綺麗な顔が近づいてくる。それにぼうっと見惚れているうちに、彼の唇が私の唇に重なった。
甘い触れ合いに、ゾクンと身体が震えた。
柔らかく温かい感触が心地よい。思考が一瞬、停止する。遅れて、彼に口づけされたのだと理解した。
唇を離したクリスが、至近距離で私を見つめ、優しい顔で問い掛けてくる。
「こういうこと。実の兄とキスなんてしないでしょう?」
「そ、そりゃ、しない、けど」
「嫌だった?」
慌てて首を横に振った。
クリスに触れられて嫌なんてことあるわけがない。異性に口づけられるなど初めてのことで混乱してはいるが、じわじわと彼とキスしたのだと実感が湧いてくる。
——私、キスした? クリスと?
どうしよう。嬉しくて堪らない。
甘い触れ合いを思い出す。ファーストキスはレモンの味、なんてフレーズを昔どこかで聞いたことがあるが、レモンよりももっと甘かったような気がした。
ただ、とにかく照れくさい。言葉にならない気持ちが押し寄せてくる。心臓がバクバクいう音が比喩ではなく聞こえた。
そんな気持ちが顔に出ていたのだろうか。クリスが嬉しそうな顔をした。
「よかった。嫌がられたらどうしようかと思った」
「嫌なんて。そんなこと……言うわけない」
好きな人に触れられて、恥ずかしいはあっても嫌はないと思う。
突然のファーストキスに戸惑いはしたが、私はクリスに求められて嬉しかったし、もっと求められたいとすら思った。
自覚はあるが、基本私は愛情に飢えている。
それは幼少期に、父母にあまり構ってもらえなかったから。
二人は私と兄を育てるため、働いてくれた。
兄だって、私を愛してくれた。自分の時間をたくさん私のために割いてくれたし、いつだって気に掛けてくれた。だけど、そこまでしてもらっていても、私の中にあった『寂しい』『構って欲しい』という思いは消えなかったのだ。だから私はより兄に依存したし、もっとを求めるため、恋人が欲しいと思っていた。そして念願の恋人を得た今、その相手であるクリスに過剰なまでの愛を求めているのだ。
「ごめん。クリスのこと、お兄ちゃんとは思ってないけど、私、すごく重たいと思うし、今よりももっとクリスに依存すると思う」
自覚がある分、質が悪い。
そして、自覚があるのに、自分を止めることができない。私はこれからクリスに今までの比ではないくらい甘えるだろうし、独占欲を発揮するだろう。それはとても醜いものだと分かっていてもきっと私は止まらない。
「それでも、いい?」
嫌なら最初に突き放して欲しい。今ならまだ戻れるとそう思うから。
そんな気持ちでクリスを見つめると、彼はムッとしたような顔をして言った。
「そんなの全然構わないよ。こっちとしては、むしろもっと依存して欲しいって思ってるくらいなのに。ささらが甘える相手は私だけでいいよ。遠慮なく甘えて。私がいないと生きていけないくらいに甘やかしたい」
「……うん」
多分、断られはしないだろうと思ってはいたが、それでも返事を聞いて安堵した。
クリスが私を見つめてくる。もう一度彼の顔が近づいてきたのを確認し、今度は素直に目を瞑った。
思った通り、唇が触れる。
二度目のキスもやっぱり心地よい。勝手に表情が緩む。好きな人に触れられるのはなんて素晴らしいのだろう。
「ささら」
「ん?」
キスの余韻に浸っていると、クリスが唇を離し、甘い声で囁く。その声の甘さに、身体が溶けてしまうかと思った。
「ね、きっと、ささらなんかより、私の方が君を独占したいと思ってるよ」
「そ、そうかな。そんなことないと思うけど」
「ううん。君は気づいていないだけで、私は君を雁字搦めにしたいほどに愛しているからね。それで、お願いなんだけど」
「何?」
真剣な顔で目を覗き込まれ、また心臓が派手に音を立てた。何を言われるのかと思っていると、彼はもう一度私に口づけてきた。うっとりするほど気持ちいいし、なんならもっとして欲しい。
「んっ」
名残惜しい気持ちでクリスを見つめる。彼は私を熱の籠もった目で見つめながら言った。
「早速で悪いんだけど、君を抱きたいんだ。だってほら、可愛いささらは、私のものになったんでしょ? それなら、本当かどうか確かめたい。今から君の全部を可愛がりたいんだけど——構わないよね?」
「えっ……」
さすがに、我に返った。
——抱く? 抱くって、エッチするってことだよね?
「え? は? ええええ?」
いきなり、抱きたいと言ってきた相手をまじまじと見つめる。何かの冗談かと思ったが、クリスは全く笑っていないし、私を抱き締めていた腕は力強く、少し?いたくらいでは逃げ出せない。
まるで檻の中にでも閉じ込められてしまった気分だ。
「えっと、クリス?」
「ごめんね。端から、ノーの返事を聞く気はないんだよ。君が私の恋人になってくれるって頷いてくれた時からね」
「あ、でも……」
あまりにも急すぎやしないだろうか。
そりゃ、私ももっと彼に触れたいという欲求はある。恋人になったばかりではあるが、出会ってから半年以上は経っているし、毎夜彼と話をしていたから、互いをもっと知って……というのも必要ないだろう。だけど、恋人になった。じゃあ、エッチしましょうは、いくらなんでもついていけないのだ。
「え、えっと……それは、さすがに。も、もう少し、時間を置いてからじゃ、駄目?」
したくないとは言わないが、せめて段階を踏んで欲しい。そう思ったのだが、クリスは引かなかった。私から視線を逸らさず、訴えるように口を開く。
「君を心身とも私のものにしたい。私に全部を見せてよ。ねえ、ささら。愛しているんだ。気が狂いそうなくらいに、君だけを愛してる」
「……」
「君を欲しいと思ってはいけない? 好きな人を抱きたいのは、生物として当たり前の欲求だと思うんだけど」
「う……」
甘く、だけども強引に迫られ、私の?は更に熱を持った。
駄目だなんて思わない。どちらかというと、初めて得た恋人の、有無を言わせぬ誘いが嬉しかったのだ。
実は、男性の強引さに弱いところのある私には、見事に突き刺さった。
性癖を刺激され、思考がガタッとクリスを受け入れる側に傾く。
——そ、それだけ求めてくれるのなら、いいかな。
いつも満たされなかった、満たして欲しいと願っていた『自分だけのたった一人に愛されたい』という穴が綺麗に埋まっていく。
「ささら」
最初から止める気のない声の、なんと心地よいことか。
私はそれにうっとりと聞き惚れながら、彼の首に両手を回し、その耳元で肯定を返した。
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