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男装の女騎士は職務を全うしたい! 俺様王子とおてんば令嬢の訳アリ婚

丹羽夏子 / 著
ぽぽるちゃ / イラスト
ISBNコード 978-4-86669-294-4
定価 1,320円(税込)
発売日 2020/05/27
ジャンル フェアリーキスピュア

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内容紹介

王家のためならなんでもします! え、騎士の私にお世継ぎをもうけろと?
「なんでも聞いてくれると言いましたよね?」
無茶ぶりな女王陛下の命令で翻弄される、きまじめ女騎士と訳アリ王子。
第一印象最悪の二人が織りなす王宮ラブコメディ。
フェアリーキス大賞銀賞受賞作、書籍化限定書き下ろし満載!
騎士団最強の女騎士ユディト。そんな彼女に女王から世継ぎをもうけるため「王子の子供を産め」と命令が下される。忠義一筋のユディトはこれも職務だ! と受け入れるが、気難しくて人間不信なアルヴィン王子は断固拒否。「私は陛下を信じる! 私と子をお作りになれ!」「俺は絶対嫌だからな!」相性最悪で決闘まで挑む二人だったが、王家の圧力であっという間に外堀埋められて婚約披露パーティーまで一直線。そんな時、王女の誘拐事件が勃発し!?
「ここまで頑張ったんだから、ご褒美をもらってもいいはずだ」

立ち読み

「おい、ユディト・マリオン・フォン・シュテルンバッハというのはそこにいるか?」
 男の低い声だった。
 三人は顔を見合わせた。
 聞き覚えのある声だ。
 ユディトは冷や汗をかいたが、エルマとクリスは事情を知らない。今ユディトがどれだけ肝を冷やし口から心臓が飛び出そうになっているのか、この二人は知らないのだ。こんなことになるならやはり早めに説明しておくべきだった。
 もう遅い。
「おります。お開けします」
 クリスが立ち上がって手を伸ばし、ドアノブをつかんで、開けた。
 そこに数人の男が立っていた。
 基本的に男子禁制のヘリオトロープ騎士団の空間に複数名の男を連れてやってくる、というのは、本来非常識極まりなく無礼なことだ。だが、中央、先頭に立っていた男には、そういう繊細さや神聖性は通用しない。なぜなら、彼が王族だからである。
 非常に背の高い男だった。ヘリオトロープ騎士団でもっとも背の高いユディトよりも大きい。短く切られた黒髪は男らしく硬そうで、切れ長の目の中、紫の瞳に浮かぶ表情は読めなかった。口元は笑っていない。身に纏っているのは漆黒の詰襟——ホーエンバーデン王国正規軍の軍服だ。
 彼はずかずかと部屋の真ん中に入ってきた。
 ユディトとエルマも一度立ち上がった。そして、三人揃ってその場にひざまずいた。
 男が、先ほどまでユディトの座っていた椅子に腰を下ろした。ユディトたち三人とは違い、足を大股に開いた上で、左のの上に右足をのせながら、だ。
「で、どれがユディト・マリオン・フォン・シュテルンバッハだと?」
 ユディトの左側でエルマが、同じく右側でクリスが、真ん中にいるユディトを指差した。
 逃げられない。
「……私がユディト・マリオン・フォン・シュテルンバッハだ、アルヴィン殿下」
 男——アルヴィンが息を吐いた。
「お前がか。陛下からとても可愛らしい女だと聞いていたが、俺の護衛官にいても違和感がないくらいがたいがいいな」
 クリスが顔を上げ、毅然とした態度で言った。
「おそれながら殿下、ヘリオトロープ騎士団は殿下の火遊びのために設けられた機関ではございません。可愛らしい女を物色したいのなら娼館に行かれることをお勧め致しますが」
 アルヴィンもまた、クリスの言葉にまったく臆せずに応じた。
「残念だが陛下が俺にここで種蒔きをせよとおおせだ」
 冷や汗が止まらない。
「陛下からお聞きしたが、どうやら俺の子供を産んでくれるそうだな、ユディト・マリオン・フォン・シュテルンバッハ」
 エルマもクリスもユディトを見た。エルマは目を真ん丸にしているし、あのクリスまでもが薄く口を開けている。
「これから家族計画について話し合わせていただきたいのだが」
 万事休す。
「どういうことですか」
 クリスが冷静な声音で、しかしほんの少しなじる雰囲気も滲ませた声で問う。
「いくら殿下であっても陛下を愚弄する言葉を口にされるようであれば我々ヘリオトロープの騎士には殿下をお斬りする覚悟がございます」
 クリスはアルヴィンを脅すつもりで言ったのだろうが、その言葉はユディトの胸に突き刺さった。
 愚弄だ。つまり、本物の女王ならそんなことは言わない、女王がそんなことを言ったというのは嘘であり誹謗中傷の名誉毀損で侮辱だ、と言いたいのだ。
 普通に考えたら、そうだ。あの清廉潔白にして家族や家臣への愛情の深い女王ヘルミーネが、身近な若者をくっつかせて子供を作らせるなどあり得ない。王位継承に関わってくるアルヴィンはともかく、ヘリオトロープの騎士として七年間女であることを忘れて生きてきたユディトの性という私的領域に踏み込んでくるなどあり得ないのだ。
「そうだな、冷静に考えたら、陛下がそんな馬鹿げたことをおっしゃるわけがない。陛下はご乱心なのだ」
 ユディトがそう呟くと、エルマが「えっ」と言ってユディトの顔を見た。
「マジで子供を作れって言われてきたの? 陛下ご本人に?」
 少し気持ちが楽になったので、軽い気持ちで「ああ」と頷いた。
「からかわれてんじゃないの? ユディトはいじると面白いって思われてんだよ、なんでも本気にするから」
 エルマに続いて、クリスも頷いた。
「私もそのように思います。陛下はお疲れなのでしょう。お忘れになるとまでは申しませんが、明日の朝には撤回されているのではないでしょうか」
「まあ、とりあえず、俺の話を聞け」
 アルヴィンはそう言うとテーブルの上のティーポットを手に取った。器用なことに、親指で蓋を押さえ、人差し指から薬指までの三本で取っ手を持ち、右手だけでティーカップに紅茶を注いだ。男性の大きな手だからこそできる芸当だ。
 そのティーカップは先ほどまでユディトが使っていたものだ。
 アルヴィンがユディトのティーカップで紅茶を飲んだ。
 間接キスである。
「まずお前ら、俺を殿下と呼ぶのをやめろ」
 一気に飲み干したらしく、ティーカップをひらひらと振るように揺らした。
「俺は王子じゃない」
 クリスが淡々と応じる。
「殿下とお呼びするようにと命じられています。他の誰がなんと言おうとも今の殿下は陛下の養い子であり王家の人間です。たとえ殿下ご自身のお言葉であろうともヘリオトロープの騎士は女王に背くことは致しません」
「頭の固い女だ。陛下がお前を選ばなかった理由を察した」
「お母上とお呼びになられたらいかがですか。陛下、ではなく」
「事情を知っているくせによく言う」
 アルヴィンは三人を見下ろした。
「わかっているだろう? 俺は陛下のあばずれの姉が産んだどこの誰の子とも知れない男だ。体裁が悪いから俺を養子にして王子という扱いにしているが——今回の子作り騒動ではっきりした」
 ユディトは目を丸くした。
「陛下は俺のことを本気で我が子だと思っているわけじゃない。だから種馬として扱える。可愛い娘たちを守るために、俺に汚れ役をやらせようとしている、というわけだ」
 思わず顔を上げた。そしてつい言ってしまった。
「どういうことだ。娘たちを——姫様たちを守るために? 殿下が——」
「アルヴィンと呼べ」
「アルヴィン様が子を作られることと姫様たちにいったいなんの関係が?」
「お前はわからなかったのか?」
 アルヴィンが顔をしかめる。
「王家の血を引いた男児が欲しいなら自分の娘に産ませればいいだろうが。あるいは自分も女王なんだし娘のうちの誰かを女王として立てればいい。それをわざわざ本当は甥である俺の子を、それも王族でない女に産ませる、というのはどういうことだと思う?」
 言われてから気づいた。
「大事な、可愛い可愛い娘たちに、産みたくない子供を産ませなくて済むためには、だ。よその女に産ませるしかない」
 頭を殴られたような衝撃を感じた。
 女王にとって我が子は絶対だ。政務においては公明正大に見える女王は唯一自分の子供たちのことに関してだけは冷酷非情な態度を取る。どんな忠臣でも可愛い我が子には代えられないのだ。自分の娘の体を守るためならなんでもするだろう。
 それに、ユディトは知っていた。一年おきに十人も子供を産み続けた女王の体はぼろぼろだ。それでも彼女は子をなすことは王の務めだからと言って励んできた。女王である以上は、政務と出産を両立させなければならない。そういう苦しみを自分の娘には味わわせたくないということか。
「お前は人身御供になったんだ。お姫様たちを守るための、な」
 そして最後に付け足した。
「俺もだ」
 場が静寂に包まれた。そこにいた全員がしばらく沈黙した。
 アルヴィンは少しの間黙ってティーカップのつまみを指先で弄んでいた。ややしてから、こう続けた。
「——というわけだ。こんなクソみたいな親馬鹿に付き合う必要はない。お前はこの件について忘れろ。俺も従わない。しばらく様子を見て、頭が冷えても同じことをおっしゃるようなら、一般民衆に対して女王はひとにこんな非道徳的なことをやらせようとしていると公表すると脅して撤回させる」
「いや」
 ユディトは考えた。本気で考えた。全力で考えた。
「それならば、なおのことお受けしなければならない」
 ユディトはヘリオトロープの騎士だ。叙任された時、全身全霊をかけて、身も心もすべて王家の女性たちに捧げると誓った。主君のヒルダ姫のために、そして、主君の母であるヘルミーネ女王のために、自分はこの世に存在する。
「その行いがヒルダ様をお守りすることにつながるのであれば、私は子を産ませていただく」
 アルヴィンが目を見開いた。エルマが「はあ?」と呟いた。クリスが溜息をついた。
 ユディトは本気だった。アルヴィンの顔を見上げて、はっきりと申し立てた。
「女王陛下は決して過ちを犯さない。それが王家にとって最善の策に違いない。私は陛下を信じる」
「おい、お前な——」
「我が子と臣下の者をに天秤にかけた結果、我が子を取っただけのこと。母親として正しいご判断だ。それに陛下もきっとおつらかっただろう、本来陛下は慈悲深いお方だ。私の犠牲を尊く思って重んじてくださると思う」
 アルヴィンが「なんだこいつ、バカなのか?」と呟いた。エルマとクリスが「そうです」と唱和した。
 ユディトは立ち上がった。
「というか、さっきから黙って聞いていれば陛下のお人柄を批判するようなことばかりおっしゃって、いくらアルヴィン様といえども聞き捨てならん! 陛下がそうとお決めになったらそう! なぜ黙って従うとおおせにならないのか!?」
「いや、これ、俺が悪いのか?」
「だいたいアルヴィン様は種をつければ解放される身ではあるまいか、何がそんなにご不満だ? 産みの苦しみがあるわけでもなし、男ならばここは黙ってひとつ陛下に孫を見せるおつもりで励まれたらいかがか!」
「そう来たか」
「あと、冗談でも陛下のご意思をクソみたいななどと言うやつは許さん! 撤回しろ!」
 アルヴィンは、深い溜息をついた。
「とにかく。俺は、子作りは、しない。いいか、俺は、しないんだ。わかれ」
 ユディトは即答した。
「断る。私と子をお作りになれ」
 アルヴィンとユディトの視線がかち合った。
「王家のために! 子種を! 捧げろ!」
「お前だいぶ気持ちが悪いやつだな!?」
 エルマもクリスも首を横に振った。
「俺はお前のために言ってやっているんだぞ!」
「押し付けの善意などご無用! これぞまさしく小さな親切大きなお世話!」
「俺は絶対嫌だからな! 何が悲しくてこんな色気もクソもないあんぽんたんを抱かなきゃいけないんだ!」
「それが本音か!? 私のことも愚弄するのか!」
 エルマとクリスも立ち上がった。「落ち着きなよ」「落ち着きなさい」と言いながら、左右からそれぞれユディトの腕をつかんだ。
 だがユディトは腹が立って仕方がなかった。
 自分はヘルミーネとヒルダのためならなんでもする。子宮を提供することぐらいなんとも思わない。なんでもすると約束した。それでヘルミーネが元気になってくれるのなら構わなかったし、ヒルダの体に負担をかけずに済むのであれば万々歳だ。
 それを、お前のため、と言われて否定されるのは納得がいかない。
 その上、なんとなく、何がどうというわけではないが、アルヴィンが上から目線で腹立たしい。
「やはり貴様は陛下の御子などではない! 陛下の御子は皆様お優しくてお可愛らしくて貴様のような捻くれ者とは違うのだ!」
「言ってくれるじゃねーか!」
 アルヴィンも立ち上がった。至近距離で睨み合う。
 ドア付近で様子を見ていた男たちが入ってきた。慌てた様子で二人の間に入ろうとした。
「アルヴィン様落ち着いてくださいっ」
「いくら騎士と言っても相手は女性ですよ!?」
「うるせぇ黙れ」
 アルヴィンが男たちにも一喝する。
「何をどうしたら納得する? 一発ぶん殴れば目が覚めるのか?」
「いいだろうやりたくばやるがいい。ここにいる全員が貴様を女を殴る卑怯者だと認識するだろうが私は痛くも痒くもないな」
「この俺を卑怯者だと? 俺は正々堂々ここにいて相手をしてやっているだろうが」
「では決闘だ」
 エルマが「あちゃあ」と呟いた。
「表に出ろ。正々堂々剣で決着をつける。それが騎士というものだ」
 アルヴィンは即答した。
「わかった。俺も形だけとはいえ一応軍人だ。そう簡単に負けてくれるとは思うな」
「上等だ」
 エルマとクリスを振り払い、男たちを?き分けて、廊下に出た。目指すは広い裏庭だ。
「私が勝ったら子作りだからな」
「俺が勝ったら全部ナシだぞ」
 途中でアルヴィンが「ん? なんか普通逆じゃないか?」と呟いたが、誰も何も答えなかった。

 宮殿には庭が大小合わせて三つある。正門から正面玄関へ続く広大な前庭、壁に囲まれて四角形になっている中央の吹き抜けの中庭、そして宮殿の裏にある広いが薄暗い裏庭だ。
 さすがのユディトにも目立つ前庭や王族の目に触れやすい中庭で事を荒立てるのはまずいと思う理性はあったので、アルヴィンを裏庭に誘導した。
 裏庭は宮殿の北の棟の北側から敷地の北の縁を示す壁までの間すべてを使っているため広い。けれど二階建て——一般住宅と比較すると四階建てに相当する高さ——の宮殿の北側で日当たりは悪い。しかも今は春になったばかりで寒い。行事にはめったに使われない。
 好都合だ。王族の皆に迷惑をかけるわけにはいかない。できるだけ目立たないように始末したい。相手のアルヴィンも一応王族だが、こんなクソ野郎はヘルミーネの子ではないのでカウントするのはやめた。
 ユディトはそう思っていたのに、いつの間にか野次馬が現れて辺りを取り囲んでいる。
「いいぞユディト! やっちまいな!」
「ヘリオトロープ騎士団のなんたるかを見せつけろ!」
「男なんかに負けてなるものか!」
 威勢のいい、若干暴力的な野次を飛ばしているのは、ヘリオトロープ騎士団の紫の制服を着た女たちだ。半分はユディト同様髪を短くした背の高い女で、ともすれば少年の集団のようにも見えるが、ヘリオトロープ騎士団の制服を着ている以上は全員女性のはずだ。しかしそれがなかなかどうしてか好戦的で、ユディトは声援を受けて気持ちがさらに高まっていくのを感じた。
「まずいですよアルヴィン様! 万が一怪我をさせちゃったらどうするんですか!」
「いくらなんでも相手は一応女なんですから! こんなこと女王陛下に知られたら!」
「あくまで黙らせる程度ですよ! 絶対本気になっちゃだめです!」
 対して、王国正規軍の黒い制服を着た男たちの方が少々弱腰だ。彼らはできれば決闘を回避したいようだ。しかしそれが余計にユディトの怒りに火をつけた。
「つまり、貴様らは私が女でアルヴィン様より弱くて下手をしたら怪我をさせられてしまうくらい力がないと言いたいわけだな」
 ユディトが唸るようにそう言うと、男たちは一瞬黙った。
「そりゃな。女の子だし」
 誰かがぽつりと言う。
 それに対して誰かが続ける。
「いや、本当に女なの? 俺には男に見えるけど」
「おい、バカ! 言うなよ! みんな言いたかったけど我慢してたことなんだぞ!」
「皆殺しにしてやる」
 ユディトの言葉を聞いて、ヘリオトロープの騎士たちが「やっちまえー!」と叫んだ。
「女だからとて甘く見ていると——怪我をするのは貴様のほうだ」
 腰に携えていた剣の柄を握る。ゆっくり引き抜く。
 自慢の得物はレイピアだ。騎士の伝統の剣であり、刺突に長けた形状をしている。刃の部分が長く柄の部分が短い槍のようなもので、長さはユディトの腕ほどあり、重さはゆうに一キロを超える。だが鍛え上げられたユディトの腕では大した負担ではない。これでヒルダを狙う悪党を一突きにして倒したことも一度や二度ではなかった。人間の分厚い胸を突き抜ける瞬間、ユディトはいつも爽快に感じていた。
「やめるなら今のうちだぞ」
 アルヴィンも腰に携えていた剣の柄を握った。そして、ゆっくり引き抜いた。
 彼の剣は軍用のサーベルだった。歩兵同士の白兵戦になった時に斬り合うための剣で、レイピアより若干短く、重量も少し軽いはずだ。刃は大きく磨かれていて斬った時の殺傷能力は高い。だが王族として名誉将校をしているアルヴィンの腕など大したものではないだろう。将校の軍刀は見せびらかすための装飾品だとユディトは認識している。
「何度でも言うが、俺はお前のために言ってやっているんだからな。傷つけたくてやっているんじゃない」
「私の名誉は傷ついた。忠誠心やプライドが貴様に傷つけられたのだ。これは命をもって贖っていただきたい」
「お前いつの時代の騎士だ?」
 右手で持ち、軽く肘を曲げて構え、腰を落とす。
「……本気でやるんだな」
「当たり前だろう。貴様も本気でかかってこい」
 アルヴィンも、溜息をつきながらではあったが、サーベルを構えた。柄を両手で握り締めている。サーベルを使う、というより、ロングソードを使う時の構えだった。それこそ、古き良き時代の騎士を思わせる姿勢だ。
 背が高く筋骨隆々とした男性であるアルヴィンなら、両手でロングソードを握るだけでいにしえの悪しきドラゴンを倒した英雄のように格好がつく。
 腹が立つ。
「行くぞ」
 一言言い放ってすぐ、突進した。
 風よりも速く跳び込む。
 左胸を狙って繰り出した。
 アルヴィンはサーベルを横に薙ぎつつ一歩右に逃れた。
 サーベルとレイピアの刃がかち合う。金属音が鳴り響く。
 重い。
 ユディトは思った。
 こいつは強い。
 だが負ける気もしない。腕力ならユディトも自信があった。
 互いに剣を弾き合いながら足に力を込めて留まった。
 すぐに第二撃に移る。
 アルヴィンのサーベルの切っ先とユディトのレイピアの切っ先が重なる。かちかちとぶつかる音がする。
 一歩踏み込む。アルヴィンもまた踏み込む。すれ違うように立ち位置が入れ替わる。
 振り向いてまた一歩踏み込む。
 レイピアのほうが長い。間合いは有利——のはずだったが、アルヴィンも一歩踏み込むと彼の剣の切っ先がユディトの頬をかすめた。たとえユディトの武器のほうが長くとも、腕が、男性のアルヴィンのほうが長いのだ。相殺されてしまう。心の中で舌打ちをした。
 刃元まで滑り込んでくる。アルヴィンのサーベルの鍔とユディトのレイピアの鍔がぶつかる。
 すさまじい腕力だ。このままだと押し切られる。力を逃がすために横に振った。
 アルヴィンは左手を柄から離した。そして、その左腕で、ユディトの胴を抱え込んだ。
「なん——」
 力任せに地面へ叩きつけられた。あまりの衝撃に一瞬何が起こっているのかわからなかった。
 アルヴィンが剣を捨てた。地面から今まさに体を起こそうとしているユディトにのしかかってきた。重い。体重が違いすぎる。
 右の手首をつかまれた。一度上に引っ張り上げ、さらに地面に叩きつけられた。手首に強烈な痛みが走った。
 けれどユディトはまだ剣を手放さなかった。
 それならそれでこちらも対処のしようがある。
 ユディトも左手を伸ばした。アルヴィンの詰襟をつかんだ。肘を内側に曲げ、思い切り引く。彼の表情が一瞬苦痛で歪む。その額を地面に叩きつける。
 同時に、足を彼の腰に絡めて、力任せに横へ倒した。押し退けることに成功した。
 二人の間に少し距離ができた。
 なんとか体勢を立て直そうと、レイピアの先を地面に突き立て、杖として使って立ち上がった。
 アルヴィンは完全に素手だ。だが体術の心得もあるに違いない、軽く拳を握って顎の下辺りで構えた。
「お前、なかなかやるな」
「貴様のほうこそ」
「女だからって手加減するんじゃなかった」
「最初から本気で来いと言っただろう」
 次で決める。
 ユディトのレイピアがアルヴィンの体を貫けばユディトの勝ち、ユディトのレイピアが外れてアルヴィンがユディトのふところに跳び込めたらアルヴィンの勝ちだ。
 二人とも、気合を入れるために声を上げた。
 一歩を踏み出そうとした。


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