書籍詳細
転生ぽっちゃり聖女は、恋よりごはんを所望致します!
ISBNコード | 978-4-86669-331-6 |
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定価 | 1,320円(税込) |
発売日 | 2020/09/28 |
ジャンル | フェアリーキスピュア |
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内容紹介
立ち読み
お風呂に入って侍女ーズに全身を揉まれ、ナイトウェアを着てリラックスしてベッドに入ったわたしは、うとうとしかかったところをベランダから聞こえた物音で目を覚ました。
こんこん、とベランダに出る扉がノックされた。
「ポーリン、俺だ」
「黒影さん!」
わたしがベランダに通じる扉を開けると、彼は当然のように乙女の部屋に入ってきた。
「黒影さんこんばんは。あなたに聞きたいことが……」
彼はわたしの言葉を遮って「荷物はまとめてあるか?」と尋ねた。
「荷物って?」
「すぐにここから連れ出してやる。そら、着替えをまとめろ」
黒影さんは部屋に造りつけられているクローゼットに歩み寄ると、扉を開いて鞄を引っぱり出した。
「ま、待ってください! わたしを連れ出すって、いったいなにがどうなっているんですか? 突然そんなことを言われても困るんですけど」
「危機の回避には素早い行動が必須だ。冒険者の心得のひとつとして覚えておけ」
「わたしは聖女ですから! 冒険者ではなくって、みんなのアイドル『豊穣の聖女』ポーリンですからね!」
わたしは黒影さんの手から鞄をひったくった。
せっかくキラシュト皇帝と上手く話がまとまったというのに、黒影さんと一緒にここから出ていってしまったら、大変なことになるだろう。
「ダメですよ、わたしはここを離れるわけにはいきません」
「身代わりを連れてきたから大丈夫だ」
黒影さんは素早くベランダに出ると「そら、来い、来い」となにかを連れてきた。
部屋の中に入ってきたのは、白い豚だった。
……ちょっと、黒影さん!
わたしの身代わりが人ですらなく『シロブタ』だなんて、ディスるにもほどがあるわ!
「これがわたしの『身代わり』なんですか? いくらなんでも酷すぎます、どうして豚を……」
「これを見ろ」
黒影さんは豚の顔をわたしに向けた。白くて大きな豚は、つぶらな瞳で『んぶっ』と鳴いた。
「この豚の瞳を見ろ」
「……まあ珍しい、青い目の豚さんだわ……」
「そうだ。しかも」
黒影さんは腕を組み、カッコよくポーズを決めて「この豚は、太陽の下では産毛が金色に光るのだ」とドヤ顔をした。
「産毛が……金色に……」
「青い目に金の産毛の白い豚が残されていたらどうなると思う?」
「くーろーかーげーさーんー」
「誰かに呪われてお前の姿が変わったのだと、皆は思うだろう」
思うかよ! そんなこと、絶対に思わねーよ!
わたしは激しく突っ込みたい気持ちを抑えて、ドヤ顔のシュッとしたイケメン(顔半分は)を睨んだ。
「早く荷物をまとめろ」
「黒影さん、せっかくですがその計画にはかなり無理が感じられます」
「大丈夫だ。俺の連れていく場所に匿えば、めったなことでは見つからない。あの村はそういう場所なんだ」
「え、村って、もしかして……あっ」
ああ、間の悪いことに!
わたしの侍女ーズが、夜中にお腹が空いた時用のおやつをたくさん持ってやってきてしまった。
「ポーリンさま、その方は?」
「まさか、曲者でございますか!?」
すると、素早くわたしを背中に庇った黒影さんは低い声で侍女ーズに言った。
「お前たちはポーリンの敵か? それとも味方か?」
彼の背後から、なにやら不穏な気が噴き出している。効果音をつけるなら『ゴゴゴゴゴ』である。
「お前たちはポーリンにつらく当たるガズス帝国の女か? そうならば容赦はしない」
わたしは黒影さんに飛びついて、身体を張って止めた。
「ちゃうちゃうちゃうちゃう、違います! 黒影さん、違いますから! 殺気を引っ込めて! この方たちは、わたしにとても良くしてくれている、間違いなくわたしの味方なのですよ!」
「……ならいい」
ふっと黒いオーラが止まった。
「え……」
侍女ーズが、目を丸くして言った。
「もしやその方は、ポーリンさまの想い人……なのですか?」
「その方がいるから、皇帝陛下のありがたいお話にも表情がすぐれずにいらした……のですわね」
「そして、もしや、今まさに駆け落ちをなさるところなのですか?」
「駆け落ち! ポーリンさまが皇帝陛下を袖になさって、駆け落ち!」
侍女ーズは手を取り合って「さすがはポーリンさまですわ!」「なんてロマンチックなのでしょう!」と盛り上がってしまったけど……それって全部妄想だから!
「いえ、違いますから、これは……」
そこではたと気づく。
黒影さんの『ゴゴゴゴゴ』を抑えようとしたわたしは、彼に抱きついてしまっているではないか!
「きゃっ、ちっ、違っ、違っ、これっ……」
離れようとしたわたしを、なぜか片手でがっしりと引き寄せながら、黒影さんが無駄にカッコよくポーズを決めて言った。
「女たちよ、味方だというのなら事情はわかっているのだろう。つらい目に遭わせる奴らのもとにポーリンをこれ以上置いておく気はない。こいつを身代わりにして、ポーリンは俺が連れていく」
「まあ、素敵な豚さんですわ」
「瞳が青い豚さんですのね! こんな珍しい豚さんを見つけていらっしゃるなんて……これは間違いなく愛ですわね」
「愛ですわね」
「あなた方、間違いよ! それは、誤解よ!」
おろおろするわたしの手に、いつの間にか聖女服と小物が詰められていた鞄が渡された。さすがはデキる侍女、仕事が手早い。そして「夜は冷えますからね」とナイトウェアの上から、しっかりしたガウンを着せられた。夜のおやつが袋に入れられて、笑顔で手渡される。デキる侍女はすべてが完璧だ……って、褒めている場合ではない!
「わたしたち、いつでもポーリンさまのお味方ですわ!」
「この豚さんをポーリンさまだと思って、お世話させていただきますわ!」
え? ……金の豚を身代わりにする話があっさりと受け入れられてしまったけれど、ガズス帝国では、人が豚になるのは……よくあることなの?
「どうぞお幸せに」
「ポーリンさまをよろしくお願い致します」
「ああ」
黒影さんがわたしの手を引き、ベランダに連れていくと、そこには大きな黒い籠……家畜を運ぶための頑丈な籠があった。その上部には大きくて丈夫そうな持ち手がついている。力持ちの黒影さんはこの籠をぶら下げながら飛んできたようだ。
彼はその中にわたしと荷物を押し込んだ。
「後は頼む」
「はい!」
「行ってらっしゃいませ!」
「違うのよ、これは違うの!」
籠の小さな窓から侍女ーズに向かって、ふるふると頭を振る。
「黒影さん、わたしをどこに連れていく気なの?」
「俺の村だ」
「村……もしかして、『神に見放されし土地』だという、あの村なの?」
「そうだ。誰もたどり着けない、ガズス帝国にあってガズス帝国にない村に行く」
「それって……秘境にあるってことなんですか?」
「……行き場をなくした者たちだけが入れる場所なんだ……最後の砦のような」
「不思議な村ですね」
わたしは、もしやこれは神さまの思し召しではないだろうかと考えた。
なぜなら、聖女としてのわたしが行きたいと考えている謎の場所、キラシュト皇帝すら知らない『神に見放されし土地』にたどり着けるチャンスなのだから。
「行くぞ、ポーリン」
わたしが押し込まれた籠は、どうやら翼を出した黒影さんに持ち手を?まれているらしい。ガタガタ揺れてもう動き出しそうなので、わたしは侍女さんたちに叫んだ。
「陛下に伝えておいて頂戴。『ポーリンは例の村へ行く』と!」
聖女はチャンスを逃さない。目を閉じて祈っているだけではお役目を果たせない、やる時はやるのだ!
「『例の村』でございますか?」
「そうよ、皇帝陛下でもロージアさまでも、ピョドルさんかリージーさんでも事情をわかっているから大丈夫。後で改めて連絡するからと伝えてね」
「……承知致しました、必ずお伝え致します」
「豚さんも可愛がります」
侍女ーズは、わたしの目を見て頷いた。
「行くぞ」
黒影さんが飛び上がったらしく、ふわっと浮き上がる感じがした。
「まあすごい、さすがはポーリンさまの恋人さまですわー」
「力持ちですわー」
「愛の力ですのねー」
「そうですわねー、愛ですわねー」
——ち、違うのよー。
なんだかとっても恥ずかしくなり、わたしは籠の中で身悶えた。
小窓の外を見ると、宮殿の灯りはみるみる遠ざかっていった。さすがは黒影さん、わたしの入った籠を持って軽々と飛んでいく。愛の力で。
じゃなくて、それは違うんだってば!
こうして、黒影さんに籠に押し込まれ、空の旅に出たわたしは、鞄を背中に当てて心地良く寄りかかっていた。豚が入っていた割には幸い変な臭いもなく、狭いけれどなかなかいい感じの籠である。
……自分の適応力が怖い。
それにしても黒影さんはとんでもないことを思いつくものだ。レスタイナ国から来た聖女が豚になってしまったなんて、そんな話が通じるわけがないのに。
侍女ーズが陛下たちに伝言を伝えてくれれば、わたしが事件に巻き込まれたわけではないとわかるだろうし、キラシュト皇帝陛下は『神に見放されし土地』にわたしが興味を持っていたことも知っている。剣の手合わせを何度もするくらいに陛下に信用されている黒影さんが一緒なのだから、それほど心配もしないと思うけれど。
いろいろなことをぐるぐる考えて、眠れない夜を過ごすはずが……やっぱり寝ていた。
空を飛んでいるというのにしっかりと熟睡して、起きたらお腹も空いていた。
わたしは心身ともにタフな、健康優良乙女なのである。
「あら、もう外が明るいわ」
一晩中飛び続けるなんて、黒影さんもタフな男性ね、なんて思いながら小さな窓から籠の外を見ると、ちょうど太陽が昇るところだった。
「まあ……神々しいばかりの朝日だわ」
わたしは両手を組み合わせて、神さまに祈りを捧げた。
「いつもご加護をくださいまして、ありがとうございます。ポーリンはどこに行ってもどんな場所でも、豊穣の神さまの敬虔な聖女でございます」
たとえ豚の籠に入れられても。
すべては神さまのお導き。わたしは聖女としての役目を果たし、清く生きればいいのだ。
神さまにお祈りをして心が軽くなったわたしは、侍女に持たされたおやつを食べ始めた。どんなことも、よく眠ってよく食べれば乗り切ることができるのだ。
「あら、この干した果物をたっぷり焼き込んだケーキは美味しいわね。果物の甘みとねっとりした歯ごたえがいいし、ナッツとの相性もばっちりだわ。お茶が欲しくなるけれど……」
『もうすぐ着くから、そうしたら茶を飲ませてやる』
脳内に声が響いてきたので、わたしは驚いた。
「黒影さんは、念話が使えるんですか!」
『ああ』
「耳もいいんですね」
『お前がぶうぶういびきをかいて眠っていたのも知っている』
「ぶっ……それは乙女に言ってはならないことです!」
わたしが狼狽えて叫ぶと、黒影さんは『そうなのか? 別に気にすることでもないだろう。よく眠れたようで良かったじゃないか』となんでもないように答えた。
この人は絶対わたしを女性扱いしていない。していたら、身代わりに豚なんて連れてこないはずだ。あまりにも失礼すぎる。
ふんふんっ!
わたしは口におやつを詰め込んで、もぐもぐ食べながらやさぐれた。
そして、しばらく籠の外を見ていたらすっと高度が下がり、森の中に降りていくのがわかった。やがて籠の底が地面に着く振動が伝わってきた。
「着いたぞ」
黒影さんが籠を開けたので、わたしは外に出て伸びをして、それから目の前にあるお屋敷を見た。
「あら、村じゃないのね」
森の中に、貴族の住むような立派なお屋敷がぽつんと建っていた。なんとなく陰鬱な雰囲気がする。寂れてる、と言ったらいいのだろうか。人の息遣いが感じられない家なのだ。
「黒影さん、ここはどこですか」
「俺のうちだ」
「はい?」
「俺のうちだと言っている」
「大きなお屋敷に住んでいるんですね」
わたしはお屋敷と黒影さんを見比べた。
もしやこれは、わたしは彼氏のうちに連れてこられたということなの? 彼氏いない歴=年齢の敬虔な聖女に、とうとう甘酸っぱいラブロマンスが始まるの?
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