書籍詳細
王女様に婚約を破棄されましたが、おかげさまで幸せです。
ISBNコード | 978-4-86669-332-3 |
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定価 | 1,320円(税込) |
発売日 | 2020/09/28 |
ジャンル | フェアリーキスピュア |
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内容紹介
立ち読み
あれは、そう……十四歳の時。七年ほど前のことだ。
春の初め、王都ではロラント王国の建国祭が三年に一度、大々的に開催されていた。
以前は一年に一度だったらしいが、四代前のロラント王が倹約家で、華やかな行事に税を使うのを嫌い、減らしたのだという。建国祭自体をなくす案もあったらしいが、商業組合をはじめとする民からの反対もあり、三年に一度というかたちで残された。
現王は華やかな行事を好むため、建国祭を毎年開催に戻そうとしているとの噂も聞くが、セレイアには本当かどうかはわからない。
お祭りが毎年になれば嬉しい気もする。けれど、たまにあるからありがたいのだ、とメイドから言われればそうなのかなとも思った。
ひと月前。
セレイアは婚約者から、一緒に建国祭に行こうと誘われた。
婚約者と一緒に街に行くのは今回が初めてではない。しかし建国祭へは初めての、二人だけでの外出だった。
これまで出かける際は、護衛として使用人が必ず同行していたのだが、互いの年齢が十四歳になったこと。建国祭は国を挙げての行事で、問題事を取り締まるため多くの騎士が街の警備にあたっていることもあって、二人だけの外出を許された。
もちろん、多くの人が集まる祭りなので全く危険がないわけではない。
決して人気のない裏通りなどには行かないこと、婚約者の指示に従い、傍を離れず迷子にならぬように、と家令やメイドにセレイアは何度も何度も、しつこいくらいに言い聞かされていた。
同い年なのに、自分よりも婚約者の方が信用されていることには釈然としなかったけれど、家庭教師を呼び屋敷内で学んでいるセレイアと違い、彼は騎士学校に通っていた。
彼の方が社会の何たるかを知っていて、しっかりしていると判断されるのは当然のことだった。
服は動きやすい膝丈のワンピースが用意された。
人混みの中にいても目立つようにと色鮮やかで派手な若草色だったのは恥ずかしいし、好みじゃなくて嫌だった。けれど腰の部分のリボンには、花柄の刺?があしらわれていて可愛らしかった。
髪は後ろでお団子に纏め、ワンピースと同じ生地のリボンをつける。
頭を振ると、若草色のリボンがひらひらと揺れる。
姿見に映ったセレイアはいつもより少し、華やかだった。
初めての二人っきりのお出かけだ。
セレイアと同じく、彼もいつもよりちょっとお洒落をして来るかもしれない。期待していたセレイアは彼の姿を見て落胆した。
「……ねえ、なんで? なんで、いつもと同じ格好なの?」
彼は深緑色の騎士服——いつもと同じ、見飽きた騎士学校の制服姿だった。
「なんで、とは?」
「いいわよ。もう」
何がなんだかわからないとでも言うように眉を寄せ見返され、セレイアは溜め息を吐く。
期待して馬鹿みたいと空しくなったが、深緑と若草だけど同じ緑色。お揃いに見えなくもないので、まあよいかと思った。
王都の街は多くの人で賑わっていた。
街のいたるところで、括りつけられたロラント王国の国色である黄と赤のリボンが風で揺れている。
黄色に赤の線が三本並んだロラント王国の国旗もところどころで掲げられ、はためいていた。
彼のあとをセレイアはついて歩く。
頻繁に騎士服姿の男性とすれ違い、そのたびに彼は軽く頭を下げていた。
どうやら、制服姿で参加するのは決まりだったのだろう。深緑色の騎士服を着た人もちらほら見かけた。
たまに話しかけてくる人もいたが、彼の返答は誰に対しても素っ気なかった。中にはじろじろと、セレイアに意味深な視線を向ける者もいて、少しだけ不快な気持ちになった。
そうこうしているうちに、目的地である王宮前の大広場に着いた。
「わあ、すごい」
いつもは散歩や日向ぼっこをする人がいるくらいで閑散としている大広場は、街道と同じく、大勢の人で混み合っていた。
それだけではない。華やかな看板を掲げた露店が、いくつも連なっている。
「セレイア」
ぱちぱちと瞬きしながら周囲を見回していると、彼がセレイアに手を差し出してきた。
「……手? ?ぐの?」
「迷子になったら困る」
「……そうね」
幼子扱いを不満に思うが、喧嘩しても仕方がないので、セレイアは素直に彼の手を握った。
「……手、かさかさしてる」
触れ合った手はかさついていた。
「タコと、それからマメがつぶれた」
「まめ?」
「剣もだが、訓練で重いものを持ったりする」
重いものを持つと手の中に蛸や豆ができるのだろうか。セレイアは先を促されるまで不思議に思い、じっと彼の手を見つめていた。
「あれ見て! 可愛い」
最初に目に留まったのは、飴細工の露店だった。
模様のついた指先ほどの大きさの飴が、平たい瓶に入れられて売られている。
「欲しいのか?」
「うん」
セレイアは握っていた手を離し、肩から斜めにかけていた鞄から、銅貨を出そうとした。
「どれがいるんだ?」
「……これ」
セレイアが指差すと、彼はすぐさま露店の店主に話しかけ、銅貨を支払う。
「ほら」
飴の入った瓶を手渡される。
「……お金」
「いい」
「……いいの?」
「今日は君に金を使わせるなと母からきつく言われている。その分の金も貰っているから、心配いらない」
「……そう」
彼はまだ働いていないので、彼自身のお金でないことは当たり前なのだが、母からのくだりは正直なところ聞きたくなかった。
「ありがとう」
「ああ」
礼を言ったセレイアは瓶を手のひらに載せ、飴を見つめた。
近くで見ても精巧な飴細工に、セレイアは目を輝かせる。
「可愛い! 食べちゃうのもったいないわ!」
「いや、食べないと駄目だろう。早めに食べないと溶けて、飴がくっつき、べたべたになる」
「……そうね」
冷静な声で返されて、はしゃいでいるのが馬鹿らしくなり、セレイアはそそくさと鞄に飴の瓶を仕舞った。
「あれは何かしら?」
少し行った先の露店の前。小型のナイフのようなものを手にした若者が並んでいるのが見え、気になったので近くに寄ってみる。
丸や四角や三角など、大きさもかたちも異なる絵柄のついた板が、露店の奥にいくつもかけてある。どうやらそこに向かって小型のナイフを投げているようだ。
「ナイフを投げて、あの的に当たれば、あそこにある景品が貰えるのだろう」
彼の指差した先には棚があり、置物や、人形、菓子箱などが置かれていた。それらの下には的と同じ絵柄の紙が貼ってある。
その中に茶色いぬいぐるみがあった。
目がくりりと大きく、顔の大きさに比べて体は小さい。赤い舌をぺろっと出している。
猫のようにも見えたが、熊のようにも栗鼠のようにも見えた。その絶妙な何かわからない具合が愛らしい。
「わあ! あれ、可愛い!」
「……どれだ?」
「あれ! あの可愛い、茶色い舌出してるの!」
セレイアの指差した先に、茶色い舌を出した可愛い景品は、それ以外なかった。
「あれだな。わかった」
セレイアが一目惚れしたぬいぐるみを手に入れるために、挑戦してくれるのだろう。
彼は任せとけ、とでも言うように力強く頷いた。
順番待ちで五人ほど並んでいたが、その五人はみな絵柄のついた板に当てることすらできなかった。
彼の番になる。もし失敗しても残念がらずに笑顔で迎えようと心に決め、どきどきしながら見守っていると——。
「おおお」
という歓声が周りから上がった。
彼の放ったナイフは、パシンッと軽やかな音を立て、板に突き刺さっていた。
「すごい!」
周りや店主が拍手し始める。
感心して見蕩れていたセレイアも、慌てて拍手をした。
しかし——。
「ほら」
景品を受け取り、戻ってきた彼が手にしているモノを見て、セレイアは笑顔をひきつらせた。
「えっ……ああ……」
狙った的に当たるとは限らない。
てっきり狙っていた的を外したのだろうと思ったのだが。
「これが欲しかったのだろう?」
得意げな顔つきで言われ、これを狙ったのだと知る。
確かに、茶色いし舌も出している。しかし——どう見ても。どこから見ても可愛くはない。
ぐるぐると、とぐろを巻いていて、口からは細い舌をつるるんと出している。精巧に作られているがゆえに気色の悪い蛇の置物だった。
「……違ったのか」
黙ったまま受け取らず、じっと蛇の置物を見ているセレイアに、彼は自身の間違いに気づいたようだ。
「違うに決まってるじゃない。どうして私がこれを欲しがってるって思ったの? 蛇よ、蛇。可愛さ、かけらもないじゃない」
「いや……てっきり……。すまない」
「せっかく、一投げで当てて! すごいって思ったのに!」
「いや……だが、東方の古い民族の間では、蛇は、悪いものから身を守ってくれる言い伝えがあるそうだ」
「だから? だから何?」
セレイアは別に悪いものから身を守ってくれる置物が欲しかったわけではない。
あの可愛くて、猫か熊か栗鼠か、もしかしたら狸か。何なのかわからないぬいぐるみが欲しかったのだ。
「……待っていろ。もう一度、行ってくる」
焦った顔をした彼が再び、ナイフ投げをしている露店へと向かう。しかし店主と話すと、すぐに戻ってきた。
「……すまない。成功した客は、もうできないと言われた」
その時、おおお、という歓声が再び上がった。
再び的当ての成功者が出たらしい。
そちらを何気なく視界に入れていたセレイアは、二十歳くらいだろうか。長身で金髪の男が、セレイアの欲しかったぬいぐるみを手にしているのを見て、あっと声を上げた。
「行って、交換を頼んでくる」
彼も気づいたのだろう。
そう言って追いかけようとする彼を、セレイアは腕を?んで止めた。
「……もういいわ」
「だが……欲しかったのだろう?」
柳眉を寄せ、黒い瞳を翳らせている。
自慢げだった顔が、意気消沈していることに気づき、セレイアは反省する。
せっかく自分のためにと挑戦してくれたのに、違うものだったからと怒るなんて、心が狭すぎる。そんなセレイアに対し怒り返すことなく、必死にぬいぐるみを手にしようとしてくれている彼に申し訳なくなった。そして、そんな彼の態度に、胸の奥がふわりと浮遊するように揺らめいた。
「いいの。これで。だって……この蛇、私を守ってくれるんでしょう?」
「……いいのか」
「うん。いいの。可愛くはないけど。怒ってごめんね……ありがとう」
「……ああ」
セレイアが蛇の置物を受け取りながら謝罪とお礼を口にすると、彼は?を少し紅く染め、セレイアから視線を外した。
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