書籍詳細
執着幼馴染みのせいで人生を何十周もする羽目になった私の結末
ISBNコード | 978-4-86669-358-3 |
---|---|
定価 | 1,320円(税込) |
発売日 | 2020/12/26 |
ジャンル | フェアリーキスピュア |
お取り扱い店
電子配信書店
内容紹介
立ち読み
「ふふ、子供のように目を輝かせて。あなたはそういう人なのですね」
「あ、すみません……」
楽しそうに笑われて恥ずかしくなった。完全に自分の趣味の話だけで盛り上がっていたことに気づいたからだ。
今日のこれはお見合いのようなもので、楽しむ場ではなかったのに。
しまったという顔をする私に、ルギア王子が言う。
「謝る必要はありませんよ。私も楽しかったですし。……国にいた時にあなたの噂は聞いていました。神に愛された姫。いるだけで富をもたらす絶世の美女。半信半疑、物見遊山な気持ちでこの国には来たのですけどね。来てみるものだ。ここにはこんなに素晴らしい花が咲いていた」
「……」
目を見開く。
突然、王子の雰囲気が変わった。彼の口調は優しく、その表情は私を蕩かそうとしてくるかのように甘い。
「結婚相手を探しに来たわけではなかった。だけど実際に来てみれば、あなたはこんなにも愛くるしくて。美しい見た目だけではない。あなたはその中身もとても私好みの素敵な人だ。……マグノリア姫、ぜひ、私の国へ来てもらえないでしょうか。私の妃として。あなたを得るためならばどのような対価でも支払うと約束します」
「……」
決定的な言葉が紡がれた。
彼は正式に私に求婚しているのだ。
「あ、あの……それは、父に……」
結婚は私が決めることではない。
彼が第一候補であることは知っているが、それでも勝手に頷くことは許されない。
私と結婚したいのならまずは父に話を通して欲しい。そうしどろもどろになりながらも言うと、王子は秘密を打ち明けるように言った。
「実は国王陛下にはすでに許可をいただいているんですよ。どうやら彼は私の国が気になるようで。私が望むのなら、あなたを私に嫁がせてもいいと。ただ、あなたが頷いたなら、という条件はありましたが」
「……」
絶句した。
父はすでに彼と約束をしていたようだ。
確かに父ならそれくらい言いそうだとは思ったが、同時にひとつ気になったことがあった。
——私が頷いたら、ってどういうこと?
そんなこと、今まで一度も言われたことがなかった。
いつだって私は父の決めた相手と、言われた通り婚約していただけで、その意向を尋ねられたことなどなかったからだ。
それなのに今回は、最終決定に私の意志がかかわるという。
どういうことだと思いつつも、自分が決めていいとなると、即座に『はい』とは頷けなかった。
——べ、別に悪い人ではないし、お父様が望んでいるのなら婚約するのは構わないんだけど。
あなたは、とあえて聞かれると、答えられない。
少し前までなら、特に何も考えず「はい」と言うことができただろう。だけど今の私には頷けなかった。
それはどうしてか。
認めたくはないが、シャムロックのことが気になっているからだ。
返事をしようとすると彼の顔が脳裏にちらつき、何も言えなくなってしまう。
——どうしてよ。私はシャムロックのことなんて好きじゃないのに。
そう思い込もうとしても心は正直だ。
『はい』という返事をしようとする度に、それは嫌だと叫び声を上げる。
——この人ならいいと思うのに。
自分のことなのに思い通りにいかなくて絶望する。
答えられない私を見て、何かを悟ったのか、王子が困ったように笑う。
「今、返事をいただかなくても構いませんよ。帰国まで一週間あります。その時までに返事をいただければ」
「……分かりました」
猶予を与えてくれたことが有り難かった。
ホッとしたように返事をすれば、ルギア王子は「あなたには思い人がいるのですか?」と聞いてきた。それには首を横に振って否定する。
「いいえ。そのような方はいません」
「本当に?」
「はい」
はっきりと返事をした。
そう、私に好きな人なんていない。シャムロックなど好きでもなんでもないのだ。
「そう、それならいいのだけれど。帰国時、あなたを連れて帰れるよう祈っています」
その言葉に、私は何も返せなかった。
◇◇◇
どうしようもなく気まずくて、申し訳ないがルギア王子には先に夜会会場に戻ってもらった。
少しでいいからひとりになりたかったというのもある。
今夜の夜会の主役が私であることを考えると、あまり長時間ぼんやりもしていられないのだが、今はどうしても冷静になる時間が欲しかった。
「……はあ」
噴水の縁に腰掛けたまま、空を見上げる。今日の夜空は曇っていて、残念ながら星の輝きは殆ど見つからなかった。
「私、どうしちゃったのかしら」
今までなら国のためと即答できたのに。
あそこでシャムロックのことを思い出してしまった自分が恨めしかった。
「……でも、こんな状態で『はい』って返事するのも不誠実よね」
いや別に、シャムロックと何らかの約束をしているわけではないから、不誠実でもなんでもないのだが、自分の気持ちに振り回されているような現状で何かを決断することは避けたかった。
それに、だ。
「今までのパターンで行くと、私が頷いたところで絶対にシャムロックの邪魔が入るのよね。特に婚約したら終わり。破断になる未来しか見えないんだもの。頷いても意味はないような気がするわ」
そして気づいた時には、婚約者がシャムロックに変わっているのだ。
もう二十回くらい見たパターンだ。間違いない。
「……まあ、それも今回ならありかもしれないけど」
シャムロックが自分の婚約者になる。そう考えただけで何故か顔が赤くなった。
彼が婚約者になるかもしれないということが、私はそんなに嬉しいのか。
そんなこと、初めてだ……って、ないないない!!
「別に! 嬉しくなんてないから!」
立ち上がり、声を張り上げた。そうしてハッと我に返る。
誰が聞いているわけでもないのに大声を出してしまったのが恥ずかしかった。
「ううう……」
顔から湯気でも出たかのような気持ちになった。もう一度、同じ場所に腰掛ける。
とはいえ、なかなか落ち着くことができない。
困った私は、今まで彼のせいで起きた数々の酷い出来事を思い出し、冷静になろうと努めた。
「落ち着きなさい、私。今までシャムロックのせいで何度死んだと思っているの。アレにかかわれば死ぬ。それを知っているはずよね? 今回だって、たとえ婚約者になったところで……そうね、ルギア王子辺りに殺されるのがオチだわ」
言っておきながら、ものすごくありそうだと顔を歪めた。
婚約者のすげ替えが起こった時は、大体前の婚約者に殺されることが多いのだ。今回の場合なら、ルギア王子。彼の『カタナ』とやらで斬られて死ぬ、という辺りが妥当だろう。
「……死ぬほど気持ちが落ち着いたわ」
想像して、どこか浮かれていた気持ちが一瞬で沈んだ。
やっぱりシャムロックはない。あり得ない。
少々ときめこうがなんだろうが、アレのせいで死ぬと思った瞬間、全ての気持ちが冷めるというものだ。
そしてルギア王子と婚約したところで、シャムロックの邪魔が入るから……もしかして、すでに今の時点で詰んでいないだろうか。
「婚約者が決まった時が死へのカウントダウンの始まりって……笑えないわよね。でも、今までそうだったんだもの。もう私が死ぬことは決まったと思っていい……か」
いや、もしかしたら今世のシャムロックは、私に執着したりはしないかもしれない。
婚約したと言っても笑顔で「おめでとうございます」と言って、私の嫁入りを心から喜んでくれるかもしれないのだ。何せ、今世の彼はただの友人でそれ以上ではないのだから。
「……それはそれでなんかムカつくわね」
私に興味がないみたいではないか。私はこんなにシャムロックを気にしているというのにそれは不公平だと思う。
とはいえ、いきなり豹変されて「姫様は僕のものです」となられて、結果死ぬというのも遠慮したい。我が儘を言っているように聞こえるかもしれないが女心は複雑なのだ。
死にたくないが、気になっている男に興味のない態度を取られたくない。それが本音なのである。
「はっ……! 違う! 気になってないの!! ないったら、ないわ!」
……自分の思考に気づき、慌てて修正した——が、もう駄目かもしれない。
いい加減、彼への気持ちを否定するのもしんどくなってきた。
「はあ……」
嫌になってしまう。
今世のシャムロックは、私に執着するのだろうか、それとも友人として祝福し、笑顔で結婚する私を見送るのだろうか、それがどうしても気になって仕方なかった。
「答えが得られたところで、私にできることなんて何もないのにね……」
ぼんやりと呟き立ち上がる。
そろそろこうしているのも限界だろう。夜会に戻らなければならない。
暗くなってしまった気持ちを会場に戻るまでになんとか立て直さなければ。そんな風に思っていると、誰かが中庭の小径を歩いてくるのが見えた。暗くて顔までは見えないが、仕立てのいい服が見えたので、婚約者候補の誰かが探しに来たのかもしれない。
——だとすれば、暗い顔なんてしていられないわね。
きちんともてなすのが、ホスト側の役目だ。そう思い、その場にじっと立っていると、その誰かは私に気づいたようで声をかけてきた。
「姫様! こちらにいらっしゃいましたか」
「え? シャムロック?」
聞こえてきた声にギョッとした。驚いていると、徐々に彼の顔が見えてくる。
間違いなくそれがシャムロックだと気づいた私は、慌てて彼に駆け寄った。
「どうしてあなたがここに? 今日の夜会にあなたは参加していなかったわよね?」
今日は私の見合いなのだ。それに『神の寵児』たるシャムロックはその存在だけで私と同じように注目を集めてしまう。だから彼は今夜の夜会には出ていなかったはずなのだが、やってきた彼は間違いなく私の知るシャムロックだった。
「夜会には出ていませんが、陛下のご命令で、別部屋から様子をうかがっていました。姫様に何かあっては困りますから」
「そ、そりゃあ、シャムロックがいれば安心だけど」
公爵家の御曹司でもうひとりの『神の寵児』。その彼を護衛として使うのはどうなのだろうか。
そう思ったのだが、シャムロックは真剣な顔で言った。
「僕が立候補したんです。姫様をお守りしたいと。陛下はそれを許して下さっただけです」
「そ、そう……」
ちょっと嬉しいと思ってしまった。最悪だ。
彼が護衛として待機していたと聞いて納得するも、どうしてシャムロックがここにいるのかが分からない。それを尋ねると、シャムロックはムッとしたような顔をした。
「姫様がルギア陛下と中庭にお出になられたことは知っています。ですが、戻ってきたのは殿下おひとり。気にならないわけがないでしょう?」
「そ、それは……」
確かにその通りだ。ふたりで抜け出したのに、戻ってきたのがひとりだけなんて、何かあったのかと邪推するには十分すぎる。
「……少しだけ、ひとりになりたかったのよ。だからルギア殿下には先に帰っていただいたの」
正直に今、ここにいる理由を話すと、シャムロックは胸を撫で下ろした。
「そうですか。ルギア殿下に何かされた、というわけではないのですね?」
「そんなわけないじゃない。あの方はとても紳士だったわ。話をしていてもとても楽しかったし」
ルギア王子の潔白を主張する。
実際、彼は私に対して始終優しく、丁重に接してくれた。その彼を悪く言われるのは、それがたとえ心配してくれたからだとしても許せなかったのだ。
——あ、そうだわ。
ふと、魔が差した。
シャムロックとふたりきりという現状。これは先ほど抱いた私の疑問を解決するチャンスなのではないだろうか。
——私がルギア王子に求婚されたと言ったら、シャムロックはどう反応するのかしら。
いつものように私に執着して嫉妬を押し出してくる? それとも友人としての顔を崩さない? どうしてもその反応が知りたかった私は、いい機会だと思い、シャムロックを試すことを決めた。
してはいけないことだと分かっている。だけど、止めようとは思わなかった。
だって私は彼がどう答えるのか、知りたいのだから。
「ねえ、シャムロック」
「はい」
ドキドキしながらも、こちらを見てくる彼に微笑んでみせる。彼の顔が分かりやすく赤くなった。
やはり友人としての距離を保っていても、彼は私のことを好いている。それが分かる表情だった。
そしてそれを見た私は確信した。
答えはほぼ間違いなく『執着』パターンだな、と。
愛する私を誰にも奪われたくないと、気づいた時にはシャムロックが婚約者に納まっているパターンだ。どうやって毎度私の婚約者の座を奪い取っているのかは知らないが、彼にはそれができるだけの力がある。
それなら最初から婚約者になっていればと思わなくもないが、その場合はシャムロックが婚約者の座から引きずり落とされて、無理心中を図る展開になるのだ。
大体は、婚約者が途中で誰かに変わる。もちろん変わらない場合も何度かあったが、それはほんの数回だし、そういう時は、何か別の事件に巻き込まれて死ぬのだ。
どう考えても『婚約』が私の死へのカウントダウンである。とはいえ、婚約を回避して独身を貫こうとしても失敗するから、私にできることは何もないのだけれども。
——詰んでると分かっている人生を何度も繰り返すのって、本当疲れるわね。
クインクエペタ様のご意志でなければ、とうに放棄していると断言できる。
考えれば考えるほど憂鬱になる。だけど今はうんざりしている場合ではない。
目の前の男に集中しなければ。
思考を中断し、シャムロックを見る。
彼は私の言葉を待っている。
言おうとした疑問の答えは、彼の表情で察したけれど、せっかくなのだ。直接彼から言葉を聞いてみるのも悪くないだろう。これで執着されたところでいつもと変わらない……というか、ちょっとされたいと今なら思っているし……って、違う!
——本当、自分が嫌になるわ。
すぐにシャムロックへと気持ちが傾きそうになるのを必死で抑え、私はなんでもないような態で彼に聞いた。
「私、さっき、ルギア殿下に求婚されたの。帰国時に一緒に来て欲しいって。妻になって欲しいと言われたわ」
言った。言ってしまった。これで後戻りはできない。
ドキドキしつつもシャムロックを見上げる。大人になった彼は身長が高く、少し見上げないと視線が合わないのだ。
「どう思——」
「おめでとうございます」
「え……」
紡がれた言葉に耳を疑った。
おめでとう? 今、彼はそう言ったのか。
「シャムロック?」
「東方のブロッサム王国については、僕も知っています。陛下からも姫様の結婚相手の第一候補として考えていると聞いていますし、宜しいのではないでしょうか」
「は?」
——宜しいのではないでしょうか?
予想していた回答とは違うものが返ってきた衝撃で咄嗟に言い返せない。目を白黒させる私にシャムロックは更に言った。
「もちろん、あなたが彼を好ましいと思えば、の話ですが。陛下もそうおっしゃっていましたし」
「……シャムロックは嫌だ、とか思わないの?」
声が掠れた。頭がグラグラする。
私の問いかけにシャムロックは柔らかな笑みを作り頷く。
「それは僕の自由になることではありませんから。それに僕の望みはあなたが幸せになることです。ですから、あなたが彼を好きだと言うのなら、笑顔で見送るだけです」
「えがおでみおくる……」
それは一体誰の言葉だ。
あまりにもらしからぬ答えすぎて、頭が理解することを拒否する。
シャムロックの台詞とは到底思えなかった。
彼は絶対に嫌だと、あなたの相手は僕だと言うのだと思っていたのに——。
——まさかもうひとつの『笑顔で祝福する』の方だなんて思うはずないじゃない!
一応、その可能性もあるとは考えていたが、ほぼゼロだと思っていたのだ。なのにそれが選択されて、私は何と言えばいいのか分からなくなっていた。
「そ、そう……あなたは私を祝福してくれるのね」
やっとの思いで出た言葉は誰が聞いても分かるくらいに震えていた。それなのにシャムロックは何も言わない。それがものすごく辛かった。
「祝福……そうですね。ええ、そうあれたらなと思っています」
「っ! わ、私、会場に戻るわ!」
もう無理だと思った。
我慢できなくなった私は声を張り上げ、彼との話を打ち切った。
「姫様?」
「み、皆様、私のことをお待ちなのでしょう? それに結婚相手候補はまだ他に四人もいて、ルギア殿下だと決まったわけでもないもの。全員とお話ししなければ不公平。そうではなくて?」
「それは、そうですが……」
「でしょう? そういうわけだから私はもう行くわね」
「あ、姫様……」
シャムロックが私を呼んだが、返事はしなかった。彼をその場に残し、ひとりでずんずんと歩く。
後ろから小走りでシャムロックが追いかけてきたが、どうでも良かった。
頭が痛い。
こめかみがズキズキと痛んで、どうしようもなかった。
——なんなの。
歩きながら、頭を指で押さえる。
この頭痛は、急激なストレスによるものだと分かっていた。
首の辺りが酷く痛む。頭は痛むだけではなく、グラグラして、吐き気までしてきた。
——シャムロックはきっと嫌がると思っていたのに。
私はそんな彼の反応を見て、やっぱりなと思うだけだと考えていたのに。
現実は酷く残酷で、私は今、大いに傷ついている。
そう、傷ついているのだ。
「本当、嫌になる」
後ろをついてくるシャムロックに聞こえないくらいの小声で言った。
分かってしまった。
今回の件で否応なしに理解させられてしまった。
私が、もうどうしようもないくらいに、シャムロックに嵌まっているということに。
でなければ、ここまでショックを受けることはなかった。
私は彼に嫌がって欲しかった。そして執着心を露わにされたいと願っていたのだ。
そんなの、彼を好きでなければ思うはずがない。
——はは……ははは……。
一番惚れてはいけない、惚れるはずのない男に惚れてしまった。
そして私はそれを認めてしまった。
もう、後戻りはできない。私はシャムロックが好きなのだ。
この続きは「執着幼馴染みのせいで人生を何十周もする羽目になった私の結末」でお楽しみください♪