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出戻り(元)王女と一途な騎士

イチニ / 著
氷堂れん / イラスト
ISBNコード 978-4-86669-364-4
定価 1,320円(税込)
発売日 2021/01/27
ジャンル フェアリーキスピンク

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内容紹介

《身分違いの初恋夫婦は、結婚後もいろいろあるようで!?》
悲恋の別離から数年。再会して初恋を実らせた二人の初々しい新婚生活?
WEBで人気の短編が大幅加筆+後日談を収録して、待望の書籍化!
政略結婚で嫁いだものの8年ぶりに母国に出戻ることになった元王女アデル。降嫁先となったのは少女の頃、淡い思いを抱いていた年下の騎士ルイスだった。幼かった面差しは凛々しい美貌の騎士へと成長していて驚いてしまう。まさかの相手に、これは偽装結婚? もしやお飾りの妻!? 恋愛小説好きなアデルは妄想が止まらない。ちょっとずれた思考の変わりもの元王女と堅物騎士が初恋を実らす、王宮ラブコメディ!
「いくらだって我儘を言ってください。おれは、我儘なあなたも好きです」

立ち読み

 義姉の王妃主催のお茶会に招待されたアデルは、同席した淑女たちと『結婚生活あるある談義』に花を咲かせていた。
 おのろけから、夫や姑の愚痴や不満などの体験談を面白おかしく皆に話すのである。
 側室時代にもこうした類のお茶会は開催されていたが、皆の夫は同じ人物であったし、妻といえども夫は大国の王で同等の立場にはない。少々の愚痴はともかく、大っぴらに悪口と捉えられかねない話題を口にする者はいなかった。
 アデルの義姉、王妃は夫である国王の、頭髪問題を取り上げた。
 兄王は最近、東方の国から髪がふさふさに生えてくるという怪しさ満点のオイルを手に入れたらしい。それを毎晩、眠る前にびしゃびしゃと髪、いや頭皮に塗りつけ、鏡の前で時間をかけて指圧をしているそうだ。
 鬱陶しいけれど、なんだか可哀想でいじらしく、ときどき私がマッサージしてあげるの——という愚痴からおのろけになるという、高度な体験談を披露して、アデルを含め出席者は皆、さすが王妃殿下と感心した。
 次は義姉の隣に座るアデルの番であった。
 淑女たちがアデルに期待の籠もった視線を向けてくる。
 ルイスと夫婦になってからひと月。喧嘩らしい喧嘩は、初夜のときくらいだ。しかしあのときのことは誰にも話したくない。
 夫の名誉に関わる話だからなどではなく、あの夜のルイスはいつもより三倍増しくらい可愛かった。あの特別、愛らしかったルイスは誰とも共有したりはせず、アデルの心の中だけで、何度も何度も何度も繰り返し回想して、一人で愛で続けたかった。
 姑への不満を口にしたくとも、アデルはルイスの母に会ったことがなかった。
 ルイスは家族と上手くいっていないのか、姑は結婚式には呼ばれず、舅だけが参列していた。
 ルイスの父親は、黒髪黒目以外は全くルイスと似ていなかった。
 そして、親子だというのに会話もなく、目も合わせていなかった……。
 不幸で不遇な過去を持つ者は、恋愛小説のみならず、冒険小説にも登場する。
 童貞であったのも、もしかしたら不幸な身の上のせいだったのかもしれない。いろいろ事情を聞いて、彼の心の傷を癒やしたいと思うけれど——人の心にずけずけと入っていくのが、正しいとは思えない。
(マーサがわたくしのことを救世主だと言っていたけれど……童貞でなくなったのなら、過去を乗り越えたことにならないかしら)
 心の傷を乗り越え、脱童貞に導いたのだ。救世主的存在だと思ってよい気がする。
「アデル様?」
 白いローブを纏った聖女になり、ルイスの股間に手を伸ばす。
 そんないかがわしい妄想をしかけていると、正面に座っている淑女が、不審げに声をかけてきて、アデルは我に返った。
「夫への不満……愚痴……ですね」
 やはり初夜のとき以降、同衾していないことだろうか。
 けれどそれを言ってしまうと、義姉が心配し、兄に伝わる気がした。そして兄が叱責し、ルイスが義務のようにアデルと交合する。
(それは嫌だわ……)
 結婚をし、降嫁しても、王族出身であることに変わりはない。
 臣下であるルイスが、王命に逆らえるわけがなく——つまりアデルの命令が絶対になるのだ。
 夜は『女王様』呼ばわりされるであろう。ルイスはきっと『おれは卑しい豚です』と謙るに違いない。きっとその先にあるのは『お仕置き』だ。
(大変だわ。鞭を用意しなくては。でも叩いたりすると可哀想……涙目になって痛いって言われでもしたら)
 少しだけど興奮してしまいそうだ。
「新婚ですもの。愚痴や不満など、ないのでしょう」
 黙っていると、何も思いつけず困っているのだと思ったのだろう。義姉が取りなしてくれた。
 淑女たちが「それもそうですわね」と和やかに言った。
 話すことが思い当たらなかったので助かったと安堵していると、斜め横に座っていた妙齢の女性が口を開く。
「でもアデル様。油断は大敵ですわ。今のところローマイア伯爵には女性のお噂はありませんが、あれほどの美形ですもの。しっかり夫の手綱を握っておかないと、どこに敵が潜んでいるかわかりません。結婚は終着点ではないのです。これからが本番。妻の矜持を守るための戦いですわ」
 実体験なのだろうか。妙な説得力があり、アデルはその言葉を真摯に受け止めた。

 お茶会は正午過ぎに終わった。
 アデルはその足で訓練場へと向かう。なぜなら今朝、ルイスに騎士団の模擬試合があると聞いたからだ。
 模擬試合は、大国に嫁ぐ前、八年前も半年に一度の頻度で行われていた。
 一対一の試合形式で行われ、勝てば昇進の可能性があるので団員も真剣だった。
 幼い頃から騎士たちの訓練を眺めるのが好きだったアデルは、この模擬試合の観戦を特別楽しみにしていた。
 訓練場に向かうと、普段とは違い人溜まりができていた。
 王宮内なので夜会などの公の催しでもない限り、人の出入りは制限される。模擬試合があると知った騎士の身内や、仕事中の侍女たちがこっそりと観に来ているようだ。
 ライツヘルドはおおらかな国だったし、騎士たちも観客がいるほうが盛り上がるので、きつく取り締まりはせず、目こぼししていた。
 先ほどのお茶会に出席していた淑女たちの姿もある。アデルに気づくと、場所を空け、譲ってくれた。
 最初は入団したばかりの騎士見習い同士の戦いであった。
 万が一のことがあるので、剣は本物ではなく、棒剣を使う。
 ひょろりと背の高い少年と、小柄な少年が棒剣を振り回していた。
 アデルは八年前——いやそれ以上前の、出会ったばかりの頃のルイスのことを思い出した。
 今戦っている少年たちより、痩せていて背も小さかった。
 最初に観た模擬試合のときは、双眸だけは大人びていて好戦的だったけれど、あと一歩というところで惜しくも一回戦で負けてしまった。
 二回目に観たときは、一試合目は勝った。けれどトーナメント形式で行われるため、次の相手は最初の相手より強かったのだろう。すぐに負けた。
 三回目のときは初戦から強い相手との対戦でこのときもすぐに負け、四回目いや五回目だろうか、決勝戦まで勝ち残ったが惜しくも敗れてしまった。
 優勝したのは——アデルが隣国に嫁ぐ少し前のことであった。見習い騎士が優勝するのは異例で、皆驚いていたという。アデルはそのとき、どうしても空けられない公務があり、ルイスの勇姿を観ることができなかった。
 後日『おめでとう』と彼を讃えると、ルイスは眉間に皺を寄せ、『ありがとうございます』と答えた。見習いのくせに勝って当然とでも思っていたのか、あまり嬉しそうにしていなかった。
「ほら、アデル様。ルイス様ですよ」
 若者たちの真剣勝負を眺めながら、八年前のことを回想していたアデルは、隣の淑女の言葉に我に返った。
 副団長であるルイスは模擬試合には参加していなかった。
 試合の合間にある余興的な演習に登場するらしく、騎士団の一人が『副団長による鬼指導演習!』と声を張り上げた。
 鬼指導演習。なんて素敵な響きであろう。
 闇色の兵士服を纏い、『へっぴり腰のウジ虫ども』とか『軟弱なクソ野郎が』などと嘲笑と罵倒をしながら、若き騎士たちをしごくのだろうか。
 期待で胸を膨らませたが、ルイスは兵士服ではなく、いつもの紺色の騎士服を着用していた。これはこれで格好いいので別に問題は何ひとつない。
 広場の中央には五人の騎士がいた。比較的大柄な者が二人と、中肉中背の者が三人。年齢は皆ルイスと同じくらいだ。
 ルイスが腰に帯刀していた棒剣を構える。
(あれでっ……ビシバシお尻を叩くのね!)
 アデルは直立で並んだ五人をひたすらルイスが罵倒する鬼指導を想像していたのだが、実際は違った。
 五人が同時にルイスに襲いかかる。
 ルイスはひょいひょいと軽やかに、彼らの振り回す棒剣をかわし、自身が手にしている棒剣でそれを振り払う。よろついたところを足払いすると、騎士の一人が地面に転がった。
(あんなに身軽なのに、ダンスが下手なのはどうしてなのかしら……)
 軽やかに舞いながら、ルイスは次々と男たちを地面に倒していった。
 そして広場に立っているのがルイスだけになり、観衆が拍手をした。
 見蕩れていたアデルも慌てて拍手をする。
「もっと訓練するように。お前たちは明日から居残り特訓だ」
 ルイスが低い声で言うと、よろよろと起き上がった五人が「はい」と威勢よく返事をする。声は元気であったが、表情は暗く、青ざめていた。
 嘲笑や罵倒を繰り返す鬼指導的な姿は見られなかったけれど、五人相手に汗ひとつ流さず、無表情のままのルイスも惚れ惚れするほど素敵であった。
「本当、格好いいですねえ、ローマイア伯爵」
「素敵」
 アデルの心の声が、他の淑女の口からも発せられた。
 夫を褒められると嫉妬心を抱くかとも思ったが、悪い気はしなかった。むしろ優越感のような感情を抱いた。
 ニヤつきながらルイスを観ていると、彼の黒曜石の双眸がちらりとアデルを見る。
 アデルは降嫁する前、見習い騎士のルイスにしていたときのように、ひらひらと掌を振った。
 あの頃は眉を顰めるだけだったが、夫になったからであろう。僅かに唇を緩ませ、会釈をした。
「アデル様が羨ましいわ」
 その様子を見ていた淑女が、うっとりとした眼差しで言う。
 彼女の気持ちはよくわかる。もし自分がアデルでなかったら、間違いなく『アデル様』を羨ましがっていたことだろう。
 ——もしアデルが二人いたら……。
 たとえば、過去の自分が現代にやって来たとしたら、ルイスは初恋の少女ではなく、今のアデルを選んでくれるだろうか。などと想像し不安になった。
「ローマイア伯爵を狙っている淑女はたくさんいたのですが、いつも素っ気なくされていて。女性に冷たいことから、男色なのではという噂が立ったことも」
 不安になっていると隣にいた淑女が新たな情報をアデルにもたらした。
「……まあ。そんなことが」
 それは聞き捨てならない。
「ローマイア伯爵にふられた淑女が流したのでしょうけれど、騎士団長が未婚なのもあって、お二人が実はただならぬ仲ではないかと噂されたこともあります」
「まあ! そんなことが!」
「そんな不謹慎な噂話をアデル様にお聞かせするなんて、失礼ですよ」
 アデルは目を輝かせていたのだが、別の淑女から窘める声が上がった。
「失礼いたしました。申し訳ありません、アデル様」
 根掘り葉掘り詳しく聞いてみたかったのだけれど、丁寧な謝罪をされ、もっと聞かせて欲しいとは言えなくなる。
「いえ、気にしていませんので。お気になさらないで」
 ものすごく気になっていたが、アデルは笑顔でそう言った。
「いろいろな噂がありましたが……ローマイア伯爵が他のご令嬢に見向きもしなかったのは、アデル様を一途に想い続けていたからなのですね」
 婚約発表の夜会での一件で、二人の結婚は身分違いの悲恋からの初恋成就だと、社交界に広まっていた。
 ルイスのいろいろな噂に興味はある。
 けれど自分との話が、もっとも胸に響く感動的な話であることは間違いないであろう。
 このときのアデルは、そう確信していた——。

 模擬試合を最後まで観戦したアデルは、王妃の自室を訪れた。
 義姉とお喋りしながら、甥と姪と遊ぶ。そうしていると、しばらくして帰り支度をしたルイスがアデルを迎えに来た。
「ルイス。頼まれていたものが用意できそうです。そのことで話があるので、また寄ってください」
 帰り際、義姉が言う。ルイスは「はい」と無表情で答えたのだが、なんとなく動揺しているように感じた。
「お義姉様に、何かを頼んだの?」
 義姉の部屋を出てから、アデルは訊ねた。
「アデル様が気にかけるようなことではありません」
 政治的な、あるいは兄王に必要な何かだろうか。少し不審に思ったけれど、問いただすほどのことでもなかろうと、追及はしなかった。
 ルイスは王宮の馬車を借りようとしていたが、アデルは反対する。
 ローマイヤ邸宅まではそう遠くなく、彼も王宮までいつも徒歩で通っている。
 歩いて帰ることのできる距離だったし、ライツヘルドに帰国して結婚をするまで、あっという間で、アデルはルイスと恋人らしいことを何もしていなかった。
「夕暮れの街をお前と、恋人みたいに手を?いで歩きたいの」
 アデルがお願いすると、ルイスは一瞬息を詰まらせた。
「嫌?」
「嫌ではありません」
 視線を揺らしたあと、手を差し出してくる。
 王宮の門を出て、王都の石畳の道を並んで歩く。
「今日のお前、とっても格好よかったわ」
「ありがとうございます」
「昔のお前も強かったけれど……今はもっと強くなったわ」
 五人を相手にしても余裕綽々だった姿を思い出す。
「誰よりも強く、ライツヘルドで一番の剣士になろうと……訓練をしましたから。立派な騎士になれたかはわかりませんが、今なら団長が相手でも負けません」
「まあ、すごいわ。よく頑張ったのね」
 あの雄々しい熊のような騎士団長と争っても勝てるなんて、さすがルイスである。
 感嘆すると、アデルの手を握っている指に力が籠もった。
 見上げて、彼の顔を窺う。真っ直ぐ前を向いたルイスの頬が、夕陽のせいかもしれないが、赤く染まっているように見えた。
 ルイスの手は温かく、夕暮れの王都の街並みは美しい。
 少女の頃、こんな状況を想像したことがあった。
 けれど妄想の中の夢物語で、現実にルイスと手を?いで街を歩ける日が来るなんて、思いもしなかった。
 胸の奥がほんわかと優しい気持ちで満たされる。
(わたくし、きっとライツヘルドで一番、幸せな新妻だわ)
 初夜以降、同衾していないと悩んでいたのが、些細でつまらないことに思えた。


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