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いつか陛下に愛を3

Aryou / 著
氷堂れん / イラスト
ISBNコード 978-4-86669-382-8
定価 1,320円(税込)
発売日 2021/03/26
ジャンル フェアリーキスピンク

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内容紹介

王妃になっても、陛下の過保護がとまりません!? 夫婦の溺愛っぷりを見せつける感動の最終巻!
美しき国王アルフレドから溺愛されても、相も変わらずマイペースな王妃ナファ。妃の座を狙う者たちの思惑が渦巻く中で、無事王太子を出産。ますます王の愛は深まるばかりで——「どうして痕をつけたのよっ。この後、王妃披露があるのに」「痕があっても構うまい」寵愛っぷりを見せつける始末。そんなある日、ナファが命を狙われ、アルフレドも王妃の記憶をなくしてしまう事件が起こる。解決の鍵は彼が視察した神殿にあると考えたナファは……
「そなたが覚えていようと忘れていようと、余のそばに置く。余は何度でも、そなたを選ぶのだ」

立ち読み

「いらっしゃい、アル」
 ふさふさの布に埋もれた顔の大きな少女が、アルフレドを出迎えた。結婚年齢前の小さな娘だが、邸の女主人のように振る舞っている。おそらくこれが愛妾のティアだ。そういえば、美しくはない少女だったとようやく思い出す。
「さぁ、入って。今日はヴィルに会ってほしいの。リリア、ヴィルを連れてきて」
「承知いたしました」
 アルフレドは、小さな娘が張りきって大人の真似事をしようとするのを面白く見下ろしながら、娘の後に続く。そうしながら、この娘を愛妾にした意味がわかり、安堵していた。
 愛妾を作ったのは世間の目をくらませるためであり、この子供は本物の愛妾ではないのだ。この小娘相手に、子作りに励まなければならないわけではない。貴族家の血筋などを考えれば愛妾を選ぶのも簡単ではなく、そうした点でティアという街娘は都合がよかったのだろう。ここではただ時間を過ごすだけでよいのだ。
 アルフレドは狭い部屋に通された。狭いとはいっても客をもてなす居間であり、邸の中では広い部屋にあたる。愛妾にこのような邸しか用意できなかったのかと、アルフレドは室内を見回しながら不満に思った。ラシュエルはカウンゼルの職務に支障はないと言っていたが。
 アルフレドが考えている間に、女中が赤子を抱えて入ってきた。そして、小さな娘のティアの腕に抱かせようとする。バタバタと手足を動かす赤子がティアの腕に移ると、今にも落としそうで心臓に悪い。
「あぅうあー」
「ヴィル、ちょっと大人しくしてて。動いたら落ちちゃうでしょ」
 アルフレドは慌ててティアのそばに歩み寄った。さっさと赤子を女中の手に戻さなければ危ない。
 しかし、女中は礼をして下がり、扉が閉められた。この赤子も一緒にいるというのか。
「ほーら、ヴィル。お父様よ。久しぶりよね。覚えてる? お父様に抱いてもらいましょうね」
 アルフレドは赤子を差し出してくるティアをまじまじと見下ろした。
 お父様、ヴィル、非常に赤みがかった金髪に濃青の瞳の赤子。そこで、やっと眼下の赤子が息子であると認識した。
 我が子を忘れるのか。そのショックに、アルフレドは言葉を失う。
「何をしてるのよ、アルフレド?」
「んあーあー」
 アルフレドは娘から我が子を抱き上げた。小さな身体に大きすぎる頭がぐらりと揺れ、慌てて支える手に力を込める。アルフレドを見て笑みを形作る口元が、ティアによく似て見えた。どうしてなのかと思う目の前で、彼女が鬘を外しポイッとテーブルに放り投げた。
 真っ黒な髪が現れ、肩へと零れ落ちる。そして、彼女の顔をくっきりと縁どった。
「あら? また私を忘れていたの?」
 ティアは、驚くほどあっさりと言い放った。冴えない容姿の子供だからだと思っていたが、朝読んだ紙に書かれていた、ティアが衝撃的な容姿というのは、これだったのだ。
「そうだ」
 アルフレドは投げやり気味に答えた。息子を腕に抱えたまま腰を下ろすと、ソファがギシッと軋む。
 黒髪黒目の小柄な娘、目の前にいるティアが王妃だ。息子のヴィルフレドが彼女に似ているのも当然である。彼女にとっても息子なのだから。結婚年齢前の子供だから愛妾なのではない。王妃だから愛妾にして、ここに通う理由を作ったのだ。
 己の勘違いがあまりにも情けなく、アルフレドは大きく息を吐いた。彼女が『また』と言ったことを考えれば、前回会った時に、彼女に忘れていることを告げたか、今のように驚いて気づかれたかしたのだろう。己が忘れていることを彼女は覚えているという多少の居心地の悪さはあったが、王に忘れられた王妃本人のあまりにあっさりした態度も衝撃で、それどころではない。
 王に『また』忘れられても、この娘はこの態度なのか。初めてそうと知った彼女は、どんな様子だったのだろうか。さすがに今と同じ態度ではなかっただろうが、嘆き悲しみ喚き立てたとは思えなかった。
 取り乱されれば煩わしいと思っているにもかかわらず、そうしない彼女に、怒りを覚える。なぜ王に思い出してほしいと嘆願しないのか。なぜ寂しかったと媚の一つも示そうとしないのか。彼女にとって王はそれほど些末なものでしかないのか。王はそれほど頼りにならない存在か。
 一瞬のうちにアルフレドの中に湧いた激しい感情は、彼女への期待と願望に他ならない。彼女には縋りつかれ嘆願されたいのだ。覚えておらず、会ったばかりの娘でしかない彼女に、これほど感情が乱されることに戸惑いはある。しかし、それらは己を奮い立たせもする。
 対して、頭に浮かんだ『王の寵愛を失った王妃』という言葉は、アルフレドにとって、ひどく現実味のないものに思えた。
「ぉおーぅ、ぐぅおー」
 腕の中で、息子のヴィルフレドが這い上ろうとアルフレドの衣服を握り締め、足を踏ん張る姿に、自然と?が緩む。
「前より力が強くなっているの、わかる?」
 ティアが嬉しそうにアルフレドの横に腰を下ろした。そして、息子に笑いかける。
「さほど違いは感じないが、強くなっているのか」
 アルフレドは息子の顔を忘れていたとはいえ、思い出せないわけではない。王妃の場合は基本的には何も思い出せないので、忘れ方が違うのだろう。
 我が子の元気な姿を見て安堵し、ティアが王妃であるというこの状況にも慣れ、余裕が出てきたところで、アルフレドは別のことが気になり始めていた。左腕に身体を密着させているティアのことである。
 息子を構うためだが、胸の膨らみも身体の柔らかさも腕に感じてしまう。つまり、その肉感が多少の興奮を誘ってしまうのである。視覚的には、布の塊に頭が乗っている子供であるだけに、興奮を覚えることに抵抗はあるのだが。腕に受ける感触からは、簡単に柔らかな肉体を想像できてしまい、それを止める気はない。
「どうかした?」
 ティアがアルフレドの顔を見上げた。
 真っ黒な髪が、サラリと彼女の肩を滑り落ちる。見事に黒く、まっすぐだ。この髪が彼女の肌に絡みつく様を思い描くのは容易であり、それは興奮をともなう。それを表に出しはしないが。
「そなた、そのドレスは前のものと同じではないか」
「仕方ないでしょ? ドレスは高いのよ。そんなことにお金は使えないわ」
「そなたを愛妾とした。ドレスごときで、気に病むことはない。余がドレスを手配しよう」
「アルが? 遠慮しておくわ。自分で買うから」
「そなたが選ぶのでは、今と変わらぬのであろう」
「私だってこのデザインは気に入らないけど、お金持ちの子供のドレスは、こういうのが流行りみたいだから仕方ないのよ。だから、変わったデザインのドレスは買えないし、着れないわ。命を狙われてる身だから、目立ちたくないし。偽の使者の件、まだ解決してないんでしょ?」
「調査中だ。ならば、余がくる時にだけドレスを着替えればよい」
「そこまでしなくても……。でも、ヒラヒラじゃないドレスは着たいわね」
 アルフレドは熱心にドレスを勧めたが、実のところ、彼女の首元ないし胸元を緩めさせたいだけである。以前、彼女にロリコン呼ばわりされたため、自重はした。ここであからさまにドレスを脱がしたいと思っているわけではない。ただ、このドレスは布が多すぎて目に楽しくないだけのこと。
「室内専用なら、もっと脱ぎ着するのが楽な服でもいいかも。アルもここでは王様じゃないし、会う時はもっと軽い服でもいい?」
「軽い服? よいのではないか」
 今の服に比べれば、大概がマシだろうと軽く返事をすると、ティアはにやにやと笑った。一体、何がおかしいのか。アルフレドが呆れて見返すと。
「いつもだったら行儀が悪いーとか言うのに」
 ティアは楽しそうに言った。
「じゃあ、次はそうするから。文句言わないでね」
「見てみねばわからぬな」
「えー」
「ところで、そなたの騎士らが何やら探ろうとしているようだが」
 来る途中でラシュエルが漏らした言葉を思い出し、アルフレドが尋ねた。
 その途端、彼女ははたと動きを止めた。ラシュエルが探りを入れているだろうが、ティアには心当たりがあるらしい。騎士達の判断ではなく、彼女の指示で動いているのだ。
「彼等に何を命じたのだ?」
「ちょっと…………陛下の物忘れの原因を……」
 彼女は目を泳がせながら答えた。彼女にも余計なことをしている自覚はあるのだろう。
「そのようなことを、そなたが考える必要はない。そなたはヴィルフレドと、ここで無事に過ごすことに専念すればよいのだ」
「でも、陛下の物忘れの元凶は、私を殺そうとした人と同じでしょう?」
「ここは王宮ではないのだ。勝手に動くでない」
「陛、じゃなくて、アルは、大丈夫なの? この前は、かなりしんどそうだったけど」
「余に問題はない」
「……そうね。今は元気そうだし」
「余は、そのように……疲れて見えたか?」
「見えたわ」
 ティアはきっぱりと断言した。
「そうか」
 アルフレドは彼女の言葉をそのまま受け止めた。感情をあまり表に出さず、相手への威圧のために表すことはあるものの、普段は己を抑え隠す。身近にいれば、感情の起伏を感じ取れてもおかしくはない。しかし、この前に限っては、単に隠し切れていなかっただけに思える。
 彼女が感じたように、前回ティアと会った頃が、アルフレドが精神的に最も追い詰められていた時期だった。周囲に対しても余裕がなく、煩わしさばかり感じて些細なことにも苛立っていた。
 だが、アルフレドに向けられた視線は、不審ではなく、アルフレドの身を案じてのものだったかもしれない。
 そう思えるほどには、気力が回復し、精神的にも安定している。今のアルフレドには、たとえ王妃の記憶が戻らなかったとしても、己を失うことはないとの確信があった。アルフレドが恐れたのは、己が己でなくなることだったのだろう。
 周囲の反応に違和感を覚え、時折判断に迷い躊躇することに狼狽え、己に対して疑心暗鬼だった状態では、他者にも猜疑的になる。アルフレドは王として国を統べ、絶対者であらねばならない。誰にも隙を見せるわけにはいかないのだ。己を脅かすものは何であれ排除しなければならない。だから、王妃を遠ざけ、頭から排除すべきだと考えた。王妃の記憶を失った初期の頃のことだ。
 排除しなければならないというのは、恐怖の裏返しである。王妃についての判断を下そうにも、ろくに覚えておらず霞がかかったようにあいまいで、おかしいと疑念を抱くのに深く考えられない。常に不安がつきまとう。わからないはずがない。己はこんなに愚かなはずがない。なぜ迷うのか。何かがおかしい。だが、何がおかしいのか。己が狂っていくのか。何が正しいのか。なぜ。何が。王妃はアルフレドを最も混乱させる、恐れの象徴だった。王妃を排除することで、恐怖を克服しようとしたのだ。
 それが変わったのは、王妃が恐怖の原因ではないと判明したためか、彼女を排除したところで何も解決しないとわかったためなのか。それらは、確かにアルフレドの考えを変える要因になった。しかし、アルフレドを動かしたのは、もっと単純な理由だ。
 ティアは、アルフレドを強く惹きつけた。その特異な容姿も、唐突な言動も、アルフレドの想像を超えてくる。ティアに会っている時は、彼女の存在を意識し、翻弄されるため、己に対する恐怖におちおち沈んでいる間などない。彼女のことを考えている時も、感情が高ぶり、恐怖に抗する気力が溢れてくる。
 ティアこそが王に忘れられた王妃本人だというのに、また忘れたの?、と笑って流す。王妃としての生活から一変しているはずだというのに、すっかり順応しているようだ。彼女の日常は、そんなことくらいでは揺るがないらしい。王の寵など気にもとめない。呆れるほど、逞しく自由だ。
 この女の前では、強い男でありたい。愚かしいほど馬鹿げた理由だが、アルフレドが変わるには十分な理由だった。
「ヴィルが服を食べようとしてるけど、構わないの?」
 ティアがアルフレドの腕から身を離し、手で軽く叩いて言った。
「構わぬ」
 アルフレドは右手で息子を抱えなおすと、もう片方の腕でティアの身体を抱き寄せた。そして、その頭に顎を触れさせる。
「アルは私の黒髪が好きよねー」
「そうだ。次に来る時には、鬘を被らずにおれ」
「え、どうして? 跡がついてる?」
「ついてはおらぬが、乱れている」
「はいはい。次は綺麗に結っておくわ」
「結う必要はない。ドレスも替えよ」
「わかりました。ほんっとーに私の髪が好きだわねぇ」
 アルフレドはこうして話したことも、いつまで覚えていられるかと少し寂しく思った。寂しいなどという感情を、自らが認めたことに驚く。ここであったことを文字に記しても、思い起こすことはできず、また今朝のように頭を悩ませることになるのだろう。
 しかし、全てを覚えてはいられなくても、こうして過ごした時間が、己に精神的な強さを与えることは間違いない。全てが消えるわけではないのだ。
 アルフレドはしばらく彼女の黒髪の感触を指で楽しんだ。

「ラシュエル、王妃付き騎士が探っているという件で、詳しい情報は得られたか?」
 王宮に戻り、アルフレドはラシュエルに尋ねた。
「いいえ。私では詳しい情報は得られません」
 ラシュエルは、ティアの邸で王妃付き騎士の隊長であるボルグと話した内容について語った。
 ボルグ達はカウンゼルが王妃を忘れ、王妃は王にとって不必要な存在だと思ってしまうことを、十分に理解していた。そのために、王妃付きの者達と距離を置きたがっていることも。
 しかし、王がティアに強い関心を示していることをカウンゼルはわかっている。そして、彼自身がティアに驚き、王妃である彼女を守るボルグ達の能力に感心し、王妃を不必要と切り捨てることに抵抗している。多少の葛藤があるとしても、カウンゼルがボルグ達の信頼を裏切ることはない。
 だから、貴方が連携役を務める必要はないと、きっぱり断られたのだという。
 ラシュエルは、言葉は残念そうだが、嬉しそうな顔をしていた。
「彼等のことはカウンゼルに任せるとしよう。では、王の使者を騙ったイスルの件は、その後どうなっている?」
「イスルに使者の印と命令書が作れたとは考えられませんので、どのような経路で彼の手に渡ったのかを調べていますが、はっきりとは?めておりません。使者の印は五年前に一時紛失したことがあり、その時に偽造されたものではないかとのことです」
「命令書は灰になっていたのだったな」
「はい。命令書を見た事務官吏のソンゲルは、陛下の字に見えるほど精巧だったと言っておりました。しかし、命令書には王妃様のお名が記されていなかったので、偽造者は王妃様が王宮に入られる前の陛下の文字しか手に入れられなかったのかもしれません」
「数年前から準備していたのかもしれぬな」
「はい」
 アルフレドはふうっと息を吐いた。
 王妃を殺すためだけに王の偽使者を送り込むとは、よほど焦っているとしか考えられない。これほどの仕掛けができ、かつ、王妃を殺したい者、となれば王族家やそれに近い旧家が一番疑わしい。
 王太子が四歳になるまでに、彼等が持つ利権の一部が王妃に移されるからである。これまでの慣例では、その頃まで後宮に残った妃、王妃には領地や利権が貸与される。誰にどの程度というのは王が決定するが、やはり寵の大きさが反映される。
 ただし、そうした妃達のための領地や利権は、全てが王妃と妃に渡るわけではない。先代、先々代の王に貸与された後、妃や王妃の実家が代わりに管理し、そのまま留保される場合もある。逆に言えば、留保されない場合、歴代の王に与えられた財産が、現王に取り上げられると感じる者もいるだろう。
 例えば前王妃を輩出したドーリンガー家に貸与されている宝石商の営業許可権を返却させるとなった場合、ドーリンガー家や関係する貴族家、宝石商の関係など与える影響は少なくない。そして、奪われた利権が他者へ移ることによって、妬み嫉みが生じ、互いが牽制し合うようになるのは、王家とっては都合がよい。
 王が制御できないほどには、特定の貴族家を肥え太らせてはならないからだ。
「王妃の名は何であったか」
「……陛下……」
 ラシュエルは口籠った。王妃の名は臣下がむやみに口にしてよいものではない。
 王妃の名を尋ねるべきではないとは、アルフレドにもわかっていた。ラシュエルがそれを知っているとしても、王が王妃の名を忘れていると伝えるべきではない。彼は、王妃を忘れているのはカウンゼル達だけだと、知らぬふりを行動で示してくれているのだ。しかし、
「構わぬ。答えよ」
 それでも、アルフレドは彼女の名が知りたかった。
「王妃様のお名は、ナファフィステア様とおっしゃいます」
「ナファフィステア、か」
 口にした途端、アルフレドの記憶からその名前は消えていった。王妃の名は、姿と同じで記憶には残せないらしい。
「妃候補を選ぶための夜会を企画させる。その場に娘を出そうとする家を、徹底的に調べさせよ。その中に、王妃の死を望み偽使者を仕掛けた者がいるはずだ」
「はっ」


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