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悪魔な兄が過保護で困ってます2

香月航 / 著
RAHWIA / イラスト
ISBNコード 978-4-86669-410-8
定価 1,320円(税込)
発売日 2021/06/25
ジャンル フェアリーキスピュア

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内容紹介

元・シスコン兄は、婚約してもやっぱり溺愛が止まらない!
清く正しく美しい騎士を目指して斜め上に頑張る悪魔な元・兄と伯爵令嬢のファンタジック★ラブコメディ第2弾!
元・兄であるネイトと晴れて婚約したユフィ。彼の過保護で甘やかし体質は相変わらずで、悪魔なのにユフィと交わした契約を律儀に守ろうと、清く正しく美しい男を目指しているらしい。最強の騎士でありながら男としてのアレやコレやを抑えて「清廉潔白な騎士のままで、ユフィとイチャイチャするためにはどうすればいい?」と斜め上に悩む姿にもときめいてしまう。そんな時、王都を騒がす魔物事件が勃発。ネイトに憧れていたという悪魔が現れて!?
「惚れた女と想いを通わせたのに、清らかでなんていられるか。ああ、悪い……清く正しく美しく。頑張れ俺。悪魔じゃない、騎士だぞ騎士」

立ち読み

「ユフィ、お前も休んだほうがいいぞ。大変な目に遭ったのだから」
「え、私? ……あ、うん、そうね」
 急に名前を呼ばれて、一瞬面食らってしまう。
 公爵のことばかり気にしていたが、ユフィだって恐ろしい目に遭ったのは確かだ。
 ……もしネイトの救助が間に合わなかったら、今頃会場でボロ雑巾めいた軀になっていてもおかしくない。
(改めて考えたら、また怖くなってきたわ)
 無意識のうちに腕をさすると、ネイトがぴったりと体を寄せてくる。接触過多なやりとりは恥ずかしいが、今夜ばかりは温もりがありがたい。
「殿下、詳しい話は明日で構いませんね? 俺は婚約者を送って帰りたいのですが」
「まあ、そうだな。これは完全に管轄外業務だ。詳細は改めて騎士団のほうに話しておこう。その際は、また力を貸してくれると助かる」
「気が向けば。では、失礼します」
 善は急げとばかりにユフィを引っ張って立ち上がったネイトは、その足でさっさと応接室を出ようとする。
「わっ! あの、申し訳ございません! 失礼します!」
 ユフィがちゃんと挨拶をしようとしても、すでに遅し。なんとか室内をふり返れば、残された二人が苦笑を浮かべながら手をふってくれていた。
「兄さん、失礼にもほどがあるわよ。ご挨拶ぐらいさせて!」
「そう言うが、さっさと切り上げないと帰してもらえなくなるぞ」
「それは兄さんだけでしょ。私は別に、一人でも帰れるし」
「俺は今夜、絶対にお前から離れるつもりはない。あと、兄さんじゃない」
 ユフィの手を引きながら、ネイトはずんずん廊下を進んでいく。せっかくの公爵邸の内装を楽しむヒマもない速度だ。
 やがて、エントランスを抜けて外へ出れば、待ちわびていたように御者が恭しく頭を下げた。
「えっと、どちらの方でしょう? 公爵閣下が手配してくださったのかしら」
「殿下が手配したものだろう。ありがたく借りておこう」
「は!? 王家の馬車!?」
 言われてみれば御者の服装が明らかにちゃんとしているし、彼の後ろに見える馬車は二頭立ての立派なものだ。
 何より、客車の側面に見覚えのある王家の紋が飾られている。
「いや無理無理! 恐れ多くて乗れないってば!?」
「何も恐れ多くないから心配するな。それより、夜中に大きな声を出すほうが問題だぞ」
「恐れ多いでしょ!? 声は気をつけるけど!」
 抵抗しようにもネイトのほうが力が強いため、あれよあれよという間にユフィは馬車に押し込まれてしまう。中の座席は、高級なベッドと間違えそうなほどふかふかだった。
「うわ、なにこれすご……」
「よし、出してくれ。俺もまとめてセルウィン伯爵家の屋敷に頼む」
 ユフィがクッションに気を取られた隙にネイトも横へ乗り込み、さっと御者へ指示を出す。次の瞬間には扉が閉まり、馬車は動き始めていた。
「あー……乗っちゃった。こんなすごい馬車に乗せてもらえるなんて、いい思い出になったと思っておこう……」
「それは何よりだ。それで今夜のことが上書きできるならいいんだけどな」
 仕方なく諦めてクッションを堪能していると、ネイトがじりじりと近寄ってくる。
 なに、と問う前に腰を引き寄せられ、体同士がぴったりくっついた。
「兄さん、今日はいつも以上にひっつき虫なのね」
「兄さんじゃないと言ってるだろ」
「ネイト」
 名前を呼べば、満足そうにユフィに頭をすり寄せてくる。空いたもう片方の手はユフィの手を摑むと、確かめるように握ったり指を絡めたりしてきた。
「……本当にどうしたの?」
「俺が心配するのはそんなに不思議か? いつも過保護だなんだと言ってくるんだから、心配性なのは知っているだろう」
「それはそうなんだけど」
 言うまでもなく、ネイトは過保護で独占欲の強い男だ。ユフィが一人で動くと口を出してくるのは、兄でも婚約者でも変わっていない。
(わかってるけど、でも、今夜はちょっと違う気がする)
 こんなにもぴったりとくっついているのに、ネイトからは余裕が一切感じられない。
 最強の騎士たる彼が幼子のように落ち着きがなくて、ユフィの様子を窺いながらそわそわしている。その姿は、不安になっているようにも見えた。
「私はあなたに助けてもらったから、ちゃんと生きてここにいる。怪我もしてないわ。何がそんなに不安なの、ネイト」
「…………」
 あえて〝不安〟と言葉にして聞いてみれば、ネイトは口を閉ざして、代わりにぐりぐりと頭をすりつけてくる。
「ネイト?」
 もう一度呼んでも、反応はない。腰に回った手に、少し力がこもった気がした。
「不安じゃなかった?」
 もう一度、言い方を変えて問う。
 ……何秒か待った後、非常にかすかな声でぽつりと答えが落ちた。
〝――ヒトでいることが、煩わしい〟と。
「ひとでいること?」
 オウム返しに聞き返すと、ネイトはぎゅっと強く目を閉じてから、ゆっくりと開く。
 紫色の宝石のような瞳は、明かりのない暗闇の中でも妖艶に輝いていた。
「俺が悪魔として動けたなら、もっと早くユフィのもとへ戻れた。いや、そもそもお前の傍を離れることなんてなかった。ヒトの上下関係などに煩わされることなく、王太子も公爵も他の貴族も騎士も無視して動ける。ずっとずっと、ユフィの傍に」
「ネイト……」
 怒りとも苛立ちともとれる感情が、美しい瞳の奥で揺らめいている。
 だが、それは周囲に当たり散らすような激しいものではなく、逆に抑え込もうとしているような印象を受けた。
「俺だってわかってはいるんだ。こんなことを思うのは〝きれいなおにいちゃん〟には相応しくないことは。清く、正しく、美しい男こそが、ユフィには相応しいこともわかってる!」
「いや、別にそこまで清廉潔白なものは求めてないんだけど……」
 ぐぬぬ、と押し込めたような唸り声を上げるネイトに、ユフィは若干引いてしまう。
(というか、清く正しく美しくって、私自身がまずそれを守れないんだけど……)
 曖昧な条件で契約を結んだせいなのか、ネイトが〝きれいなおにいちゃん〟に求める意味は、妙に高尚なものになっている気がする。
 それを口にした当時六歳のユフィは、ただネイトの容姿に見惚れていただけだというのに。
「そもそも全部を明らかにした時に、もうお兄ちゃんには戻れないって言ってたじゃない」
 やや呆れた気持ちで訊ねれば、ネイトは拗ねたように唇を尖らせる。
「今だって戻りたくないのが本音だ。心底惚れた女と想いを通わせたのに、清らかでなんていられるか。俺はユフィにもっと触れたいし、こうしてずっと抱き締めていたいと常日頃から思ってる。誰の目にも触れないように、閉じ込めておこうと何度計画したことか!」
「仮にも現役騎士が監禁はやめてよ!?」
 好きな人に想ってもらえるのは嬉しいが、さすがに監禁は歓迎できない。この男ならば、完璧にできることがわかるからなおさらだ。
 とっさに距離をとろうとするものの、馬車の座席で腰を抱かれていては逃げようもない。
「実行はしないから、逃げないでくれユフィ。〝きれいなおにいちゃん〟は、酷いことはしない。心とできることが矛盾してしまうから、困っているんだよ……」
 絡めた指先が、すがるようにくっついてくる。
「……もどかしい」
 また落ちた小さな呟きには、恋人として抱く情欲と、理想の騎士像を守ろうとする理性がせめぎ合っているように聞こえた。
「それは、ネイトが私の魂とやらを手に入れたら、解消される問題?」
 恐る恐る訊ねれば、彼は思い切り首を横にふってくる。
「解消されない。ユフィの願いを叶えていないのに魂を奪ったら、二度とユフィに触れられなくなる。そんなことになるなら、死んだほうがマシだ」
「そ、そこまで」
 魂というものが何なのかユフィには未だよくわからないが、ネイトにとっては〝今は欲しくないもの〟のようだ。
 魔物たちは、それを目的としてユフィを襲ってくるのに。
「俺の誤解だったとしても、契約は絶対だ。俺はお前がわずかでも望むなら〝きれいなおにいちゃん〟でいなければならない」
「そっか、悪魔って難しいのね」
 彼を兄ではなく婚約者として認識しているユフィとしては、もう『お兄ちゃん』でなくなってもいいとすら思っているのだが、そう簡単にやめることはできないようだ。
〝なり損ない〟と言われる魔物は自分勝手でとても恐ろしいのに、崇拝すらされる本物の悪魔は、こんなにも生真面目で……愛おしい。
 それともこれは、ユフィに対してだけなのか。……そこに、恋や愛の心があるからなのか。
「俺はユフィを愛している。ありのままのお前の全てが欲しい」
「なっ!? きゅ、急に何」
 突然の告白に、ユフィの頰が火がついたように熱くなる。
 だが、ネイトはそんなことはおかまいなしに、言葉を続けていく。
「俺はお前の伴侶になるためにヒトの世のルールに従って生きてきたが、面倒なことがどんどん増えてきて、煩わしくて仕方ない。何故ユフィよりも他人のことを優先しなければならない? 何故俺はずっとユフィの隣にいられないんだ? そのせいで、ユフィが危険な目に遭ってしまったのに、何故どうでもいい有象無象を守らなければならない? 邪魔をする全てを殺せばいいのか? そうしたら、ずっと……」
「――ネイト!!」
 だんだんと不穏になっていく言葉を、慌てて叫んで遮る。
 指を絡ませていた手をぐっと強く握り返せば、途端にネイトの美しい顔がくしゃっと歪んだ。
 ……理不尽なことで怒られて、納得できない子どものように。
「ああ、悪い。またやってしまった! 平常心平常心……そう、清く正しく美しく。頑張れ俺。俺はネイト・セルウィンだ。悪魔じゃない、騎士だぞ騎士」
(正しくはネイト・ファルコナーだけどね)
 ふうふうと深呼吸を繰り返しながら、ネイトはまとっていたほの暗い空気を散らしていく。
 やがてもう一度深く息を吐き出すと、泣きそうなほど弱々しい表情をユフィに向けてきた。
「ユフィ……俺のユフィ。俺はヒトのままでいられるように頑張るから。どうか無事でいてくれ。安全な場所で生きてくれ。お前を閉じ込めることも、周りを殺し尽くすことも駄目なら、こうして乞うことしかできないんだよ」
 そのまま、ユフィに懇願するように言葉を落としていく。
 血を吐くような、痛々しさすらある声に、ユフィはようやく自分が今夜〝何をしてしまったのか〟に気づけた気がした。
「ごめんなさい……私が無茶したせいで、ネイトがそんな思いをしていたなんて知らなくて。ごめんなさい」
 目を見て、心から謝罪をすれば、握り合っていた手が離れて、両腕でユフィをしっかりと閉じ込めてきた。「やっぱり俺のユフィは、可愛くて誠実だ」と呟いて。
 彼が何度も何度もこうして抱き締めるのは、ただユフィにくっつきたいという理由だけでなく、言葉通り〝閉じ込めて〟ユフィが危険な外へ出ていかないようにしたいという願望も込められているのだろう。
 比喩でもなんでもなく、ネイト自身を檻として。
(この人は本当は、全てを破壊し尽くせるほどの強い力を持っている)
 それを使わないように我慢して、ユフィのためにヒトでいようと努力しているのだ。十年前に出会った時から、今もずっと。
 ヒトでなくなったほうがはるかに楽なのに。白い騎士制服を着て、ヒトの王族に従って、悪魔らしい力も使わず、自分の体と剣で戦ってくれている。――全て、ユフィのために。
(なんて、健気な献身。可愛いのは私じゃなくて、ネイトのほうだわ)
 改めて考えると、彼のいじらしさに頰が緩みそうになってしまう。
 けれどこれは、ネイトにとっては苦痛なのだ。愛しくても、笑っていい話ではない。
(私が無茶をして危険な目に遭ったら、それは困るわよね)
 今夜ユフィがしたことは、きっと正しかった。ユフィが囮になって人々を逃がしたおかげで、一人の怪我人も出すことなく魔物は討伐されたのだ。
 魔物が好む魂を持っているユフィと、類稀な剣の技術を持つネイトだからできたこと。
 だから、ネイトも〝褒めるしかなかった〟。ヒトとして見た時に、その危険な行動が導いた結果を〝正しい〟と評価しなければいけなかった。
 本当は、嫌で嫌でたまらなかったとしても。
(彼の我慢を知っているなら、私は皆と一緒に避難するべきだった)
 ネイトが必死でヒトらしさを守っているのだから、ユフィもそれに合わせて、普通のヒトとして危険から遠ざかる行動をすべきだ。それは理解できる。
(だけど……)
 ユフィがもしそうやって逃げていたなら、今頃公爵家の警備の者たちは大怪我を負っていたかもしれない。
 あるいは、ユフィの魂を魔物たちが追ってきて、避難していた別の参加者が巻き込まれたかもしれない。ユフィの背を撫でてくれた、あの令嬢も。
「ごめんなさい。ネイトの気持ちを無下にするってわかってても……私は多分、選択を迫られたら、同じことをすると思う」
 正直な気持ちを伝えれば、「わかっている」とネイトも応える。
「……だから、もどかしいと言っているんだ」
 その声が本当に、ものすごく不機嫌そうで、それでいてとても甘くて、可愛くて。
 申し訳ないとわかっているのに、思わず笑ってしまった。
「はあ……やはり何か方法を探さないと駄目だな。清廉潔白な騎士のままでもユフィをずっと傍に置いておけて、イチャイチャできて、危険を退けられる方法を」
「どんな条件なの、それ」
「俺ばっかりもだもだして、不公平じゃないか」
 荒っぽい仕草で座席にもたれかかるネイトを見て、ほんの少し「いい気味だ」とも思ってしまったユフィは、性格が悪くなったのかもしれない。
 ユフィだって、結婚できないと思っていた相手を諦められなくて、しかもその男に婚活も邪魔され続けて、ずっともだもだしていたのだから。

* * *

 あれこれ話しているうちに、いつの間にかセルウィン伯爵家のタウンハウスに到着していたらしい。
 馬車が停まっても一向に降りない二人を御者が気にして、『着きましたよ』と扉を開けたのは間違った対応ではなかっただろう。
 まさか車内で、二人が抱き合って座っているとは思わなかっただけで。
「わっ!? し、失礼しました!!」
「いえ、驚かせてすみません」
 わずかな隙間もなく密着した塊、もといユフィは、少しだけ顔をずらして御者に謝罪する。
「ほらネイト、ついたから降りましょう。もう遅いんだから、御者さんを帰してあげないと」
「ん」
 腕の中からぺしりと胸板を叩けば、彼は抱き締めていた腕を一本は背中、一本は膝の裏へと回して、ユフィの体を横抱きにして動き出した。
「え、ちょっと!?」
「遅くにすまなかった。殿下によろしく伝えてくれ」
 そして、それがさも当たり前のように馬車から降りていく。
 男性が手を差し出したり、背中を支えて降りやすくしてあげるぐらいならエスコートの範疇だが、横抱きなど幼児のお世話か介護でしかない。
「やめてよ! 一人で歩けます!」
「断る。今夜は絶対に離してたまるか」
 ぽかんとしている御者に、慌てて飛び出してきた伯爵家の執事が謝礼を渡してくれる。迷惑をかけた彼に、礼儀は通せたと思っておこう。
 ……できれば、口止め料だと思ってくれることも願いたい。
「ユフィ、ネイト! よく帰ってきたな」
 扉を開ければ、すぐさま聞き慣れた声と足音が耳に入る。駆け寄ってくるのは、この家の主である父と夜勤の使用人たちだ。
 普段なら皆もう眠っているような時間だというのに、娘が戻るまで起きて待っていたらしい。
「ただいま戻りました。遅くなってすみません、お父様」
「無事でよかった……怪我はしていないと王太子殿下から伺ってはいたが、顔を見るまで安心できなかったよ。ネイトも大丈夫だね?」
「はい、もちろん」
 ネイトに抱かれたままのユフィに近づいた父は、顔や肩を触って確かめた後に、安堵の息をこぼしている。この体勢を一切気にしないところが、伊達に十年以上ネイトの過保護ぶりを見ていない彼らしい。
「お父様もお怪我はありませんか? お帰りになったという連絡だけ受けていたもので」
「ああ。私は人波に流されて、そのまま外へ避難していたからね。人が多すぎて会場に戻れず、帰るしかなかったんだよ。お前が恐ろしい目に遭っていたというのに、本当にすまなかった」
「いえ! 安全なところにいてくださったのなら、それが一番です」
 目に涙を浮かべながら帰りを喜んでくれる父に、胸が熱くなる。心配したり、帰りを喜んでくれる人がいるというのは、やっぱりありがたいことだ。
 それから、いくらかネイトと話をした父は、早く休むように伝えて自室へ下がっていった。きっと明日も仕事があるだろうに、睡眠時間を削らせてしまったのは申し訳ない。
「俺も今夜は泊まるつもりだが、構わないか?」
「もちろんですネイト様。お部屋も毎日掃除しておりますので、すぐに使えます」
 父が連れてきた使用人たちも、ちらほらと涙を見せながらユフィとネイトの無事を喜んでくれる。当然ながら皆顔見知りの使用人だが、そこにユフィ専属侍女のモリーの姿はなかった。
「モリーはもう休んでいるのかしら?」
「いえ、実は……お嬢様がまた魔物絡みの事件に巻き込まれたと聞いて、モリーは気をやってしまいまして。今日は早退を……」
「ああああ……ごめんなさいモリー」
 ユフィに並々ならぬ愛情を注いでくれる彼女には、今夜のことはショックが大きすぎたようだ。
 ほんの一月ほど前にも心配させたばかりなので、明日彼女に会ったらしっかりと謝っておこう。
 そんなわけで、いつもとは違う侍女たちに二人がかりで盛装をといてもらう。彼女たちもネイトのことはよく知っているので、ユフィの部屋まで横抱きで運ぶことも当たり前として受け入れているようだった。……解せない。
「すみません、お風呂を用意できたらよかったのですが」
「こんな時間じゃ仕方ないわ。むしろ、ここまでやってくれてありがとう」
 深夜なのでお風呂に入ることは最初から諦めていたが、それでも彼女たちは湯桶を持ってきてユフィの化粧を落とした後、体を拭き、髪も洗ってくれた。
 調理場を使って準備していたそうだが、何度もお湯を替えてきれいにしてくれたおかげで、思っていたよりもずっとサッパリした気持ちで眠れそうだ。
「おやすみなさいませ、お嬢様」
 揃って去っていく二人を、ユフィも精一杯の笑顔で見送る。
 と、彼女たちと入れ替わるようにして、こちらも礼服から着替えたネイトが廊下で待っていた。
「兄さん、どうしたの?」
「兄さんじゃない。入っても構わないか?」
「それはもちろん」
 下がる侍女たちに会釈をしたネイトは、ユフィの部屋へすたすたと入り、そのままごく自然に扉を閉じた。
「え」
 流れるような動作だったせいで、ユフィが気づいた時には、もうネイトはこちらへ近づいてきている。
 ……これは貴族社会の暗黙の了解なのだが、未婚の男女が部屋で二人きりな場合、扉は開けておくものだ。理由は、何もやましいことはしていませんよ、というアピールである。
 婚約関係にある者でも同じで、正式に夫婦となるまでは二人きりですごさないようにとされている。ユフィとネイトは実の父の計らいで密室に二人きりになったこともあるのだが――あれは告白の場だったので、特別だと思っている。
「あの、ネイト?」
 無言のまま、彼はゆっくりと近づいてくる。
 どうやらネイトのほうも、軽く髪と体を清めたようだ。まだ半分ほど濡れた髪が、肌にしっとりと張りついてなんとも艶めかしい。
 おまけに今彼が着用しているものは、首元が広く空いた襟のない寝間着だ。先ほどまで着ていた礼服よりもはるかに薄着なせいで、彼の引き締まった体軀がはっきりとわかる。
(それに今は夜で、私の部屋って……これはまずいのでは!?)
 ついでに言うなら、ユフィ自身もストンとしたワンピース型の寝間着しか着ていない。一応下着はつけているが、盛装用とは違う簡素なものだ。
「あ……あの」
 否が応でも意識してしまって、顔に熱が集まってくる。大変なことがあった夜だから、きっとユフィの身を案じて来てくれただけだろうけれど。

「今夜は俺もここで寝る。いいな?」


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