書籍詳細
転生ぽっちゃり聖女は、恋よりごはんを所望致します!2
ISBNコード | 978-4-86669-417-7 |
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定価 | 1,320円(税込) |
発売日 | 2021/07/27 |
ジャンル | フェアリーキスピュア |
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内容紹介
立ち読み
セフィードさんと仲良く手を?いだまま熟睡していたわたしだったが、頭の中に響く声で、徐々に眠りの淵から引き上げられた。
『ポ……リン……』
「……」
『……ポー……たすけ……リン……ポーリン……』
わたしに助けを求める声がする。
『お願い……聖女ポーリン……』
「はい」
目を覚ましたわたしは、ベッドに仰向けになったまま不思議な声に集中した。窓の外はまだ暗いが、わたしの体内時計はもうすぐ夜が明けると告げている。
『……光が満ちて……力をもらえたから、こうして伝えられます……』
「光というと、浄化の光かしら?」
『そう……聖なる光……ありがとう……』
浄化の光に感謝してくれるということは、神さまのお力が心地良い存在だ。ということは、もしかするとガルセル国の聖霊なのだろうか?
『急がせますが……助けを……お願い……』
部屋がほんのり明るくなり、見ると空中に小さな金色の光が浮いている。
「ポーリン」
?がれた手が握られる。セフィードさんも目を覚ましたようだ。
「セフィードさん、この国の聖霊さまがわたしに助けを求めているようなの。かなりお力が弱っているから、なるべく早く行かないと」
「そうか」
わたしたちの会話を聞いていたようで、弱々しい光は窓の方へと動いた。
「追いかけましょう」
ベッドから降りて靴を履き窓を開けると、光は外に出て少し戸惑うように揺れてから下へと降りた。そう、この部屋は二階にあるのだ。でも大丈夫、心配ない。
「行くぞ」
ドラゴンさんはそう言うと背中から黒い翼を出した。
彼は全身が白いドラゴンなんだけど、この翼だけは黒いのよね。不思議だわ。
そんなことを考えるわたしを慣れた手つきで抱き上げると、セフィードさんは窓から飛び立ち、空中で光を待った。
「こーいこいこい、こっちこい」
ドラゴンさんが呼ぶと小さな光が浮き上がり、わたしたちを案内するように進み出す。
「ちょっと、聖霊のお使いに対してそれはまずいでしょう」
わたしが『こいこい』発言を注意しても、セフィードさんは怪訝な顔で「なんで?」と首を傾げるばかりだ。
うーん、無敵すぎる。
そのまま光を追いかけてしばらく行くと、荒れ果てて草も生えていない土地に着き、空中のセフィードさんが止まった。
「どうしたの?」
「ここから先は進めないようだ」
彼が地面に降りたので、わたしは自分で立った。もうすぐ夜明けなのか、あたりがほんのりと明るくなり始めている。
「遠くに祠のようなものが見えるわ。ほら、光が吸い込まれた。あれがきっと天の祠ね」
わたしが手を伸ばすと、そこには嫌な空気がぎゅっと押し込められたような圧を感じた。けれど、通ることができそうだ。おそらくわたしが聖女だからだろう。
「天の祠に空の実を、だったわね。祠に納めて天に祈りを捧げればいいのかしら? でも、空の実ってなにを意味しているのかわからないわね」
『わたしの大事なお客さま 砂を越え 森を越え わたしの大事なお客さま 天の祠に空の実を 土の祠に炎実を 風の祠に光る実を 納めて天に祈りませ』
シャーリーちゃんが受けた神託だ。
「とにかく、行ってみるわ」
「ポーリン! ひとりで行っては危険だ」
これ以上祠に近づくことができないセフィードさんに聖女服を?まれたけれど、わたしは「大丈夫よ。神さまがいつもわたしと共にいらしてくださるから」と優しく言って、彼の手を外した。そして、深呼吸すると、重苦しい空気の中を進んだ。そこは、まるで悪夢の中を進むような奇妙な空間だった。空気がゼリーのようだ。身体に纏わりつき、前に進むのが難しい。幸い呼吸は苦しくないけれど、体力をかなり消耗しているのがわかる。後ろで見守るセフィードさんを振り返って、心配させないように笑いかけたいのだが、そんな余裕はない。
「重い……」
そして、わたしの身体がとっても重い。重力がのしかかっている感じだ。
これはもしや……神さまのご加護が届きにくくなっているの?
そう、わたしの今の体型は、ぽっちゃりを超えたぽっちゃり……いや、それも超えて、ぽっちゃりぽっちゃりぽっちゃりぽっちゃりぽっちゃりの5ぽっちゃりくらいである。
聖女服のウエストのゴムは、ぱっつんぱっつんなのだ。
かなり余裕を見て作ってある服なのに……。
そんな身体なのに身軽に動き、健康で、冒険者活動をしていられたのは、神さまのご加護があったからなのだ。そして、それが弱まった今は……。
「ヤバいわ、動けないデ◯になっちゃった……洒落にならない話だわ」
豊穣の聖女のわたしは、たくさん食べてぽっちゃりするのも大切なお仕事……本当よ!
けれど、こうして神さまのご加護を失ってしまうと自分の体重が扱いきれないのだ。
「帰ったら、本気でダイエットしなくちゃね。ウェディングドレスを着ることだし……がんばらなく……ちゃ……」
どうしよう、本気で苦しいわ!
でも、こればかりは、わたしがやらなければならないお務めなのだ。
「ポーリン、しっかりしろ! ああーっ!」
セフィードさんの悲痛な声がした。わたしがとうとう、膝から崩れ落ちてしまったのだ。
硬く栄養のなくなった土はわたしに冷たい。身体を打ちつけてしまったから、おそらく痣になったと思う。それでもわたしは進まなければならない。
「負ける、ものですかっ」
四つん這いになり、地面を握りしめるようにして、わたしは祠に向かって進む。祠の中ではわたしを導く光が弱々しく光っている。もうメッセージを送ることもできないくらいに弱っているのだろう。
「ふんっ、ふんっ、ふんっ」
乙女らしからぬかけ声と鼻息で、わたしは地面を這った。長い金髪が乱れて、傍から見たら妖怪だろう。
「ふんっ、ふんっ、ふんんんんんんんんーっ!」
着いた!
着いたけど……。
「そうよ、空の実、どうすればいいのかしら」
わたしは祠を観察した。小さな石造りの祠は階段を三段上がったところにあり、日本のものと違って切妻屋根はついていない。大きさは縦横それぞれ一メートルくらいで、雪で作るかまくらに似ている形だ。
「この中に空の実をお供えするわけだけど……あら?」
わたしが階段に手をかけて中を覗き込むと、そこには光に守られた小さな種があった。
「聖霊さま、もしかしてこれが空の実の種かしら?」
光が返事をするようにぽうっと光った。
「なるほど、わかったわ。それではわたしが……」
立ち上がろうとしたが、ふらついて倒れてしまった。
『ポー……』
遠くの方から声がするけれど、なにを言っているのかわからない。わたしは立つのを諦め、這いながら祠に頭を入れると種を持った。そして、右手を天に差し伸べて祈る。
「豊穣の神さま、どうぞポーリンにお力をお貸しくださいませ……」
力が出ない。
いつものようなお腹からの声が出ない。
そして、身体中から変な汗がだらだらと流れ出る。
「神さま……」
わたしの右手に、小さなスコップが現れた。金色に輝くクワを期待していたので「あら?」と思ったけれど、立てない今はクワを振るうことができない。
地面にぺたんと座ったわたしは、祠の前の土をスコップで掘った。小さくてもさすがは神さまのスコップだけあって、痩せてカチカチな土があっという間に黒くて栄養に満ちた肥沃な土に変わっていく。
その真ん中に小さな穴を開けて、わたしは種を植えた。土をかけてから、天に祈りを捧げる。
「神さま、どうぞ空の実をお育てくださいませ……うっ」
祈りを捧げると、身体からなにかがごっそりと引き抜かれるのを感じた。神さまのお力が届きにくいので、足りない分をわたしの中のなにかで補完しているのだろう。
わたしは両手の指を組み合わせると、真剣に祈った。
「ガルセル国の聖霊のお力を元のように戻して、獣人の皆さんが健やかに暮らせる大地となりますように……」
なんか、めっちゃ抜けていくわ!
でも、ポーリンがんばる!
倦怠感に負けずに祈っていたら、土が盛り上がり、先ほど植えた空の種が芽吹き、伸びていくのが見えた。そのまま三十センチくらいに育つと青い花をひとつ咲かせて、それは空色の実になった。
「これが、空の実……」
わたしが片手を伸ばすと、空の実がぼとりと落ちた。それを、祠の中に入れる。
すると、驚いたことに石の祠の中で実が膨らんで弾け、床を貫くように根が伸び、祠を包みながら枝が伸び、葉が茂り、花が咲いて実がなった。
地面の下を走った根は辺り一面に行き渡ったらしく、そこからどんどん芽が出てくる。
そしてすくすく育ち、花が咲き、実がなり、また根が伸びていき……。
「ポーリン! ポーリン! しっかりしろ!」
「……セフィードさん?」
気がつくと、わたしは空の実がたわわになる木々に囲まれていた。いつの間にか朝日が昇り、大樹の向こうには青空が広がっている。
『ありがとう、聖女ポーリン。天の祠が悪しき力より解放されました』
わたしの頭の中で、はっきりとした美しい声が響いた。
『その身を犠牲にしての献身……本当に、本当にありがとう!』
へ?
犠牲に?
「ポーリン、死ぬな! 俺を置いて逝くなーッ!」
え?
セフィードさん、どうして泣いているの?
わたしはどこにも行かないわよ、あなたみたいな物騒なドラゴンさんを野放しにしたら、この世界が終了してしまいそうですもの。
「セフィードさん、泣かないで」
「ポーリン! ポーリン、こんなに、こんなに身を削って痩せ細ってしまうなんて……」
セフィードさんが、わたしの手を握る。
あら?
「ちょっと見せて頂戴」
わたしの手が、縮んでいるわ。
いいえ、手だけじゃない、脚も、腰も? 聖女服がぶっかぶかに見えるわ。
これは、なにが起きたのかしら……一瞬でわたしが5ぽっちゃりから3ぽっちゃりになるなんて。
「神さま……もしかして、お力が足りない分をポーリンの体脂肪で……補われたのですか?」
『ポーリン……聖女ポーリン……』
わたしの名を呼ぶか細い声が、頭の中に響く。
『ありがとう、聖女ポーリン』
「どなたですか?」
なんとなく、天の祠の聖霊とは違うような気がして、わたしは尋ねた。
『土の……聖霊です。天の祠が解放されて……こちらにも少し、力を分けてくださって……でも、あまり時間が……危険な状況なのです……』
聖霊は、ここから馬で一日走ったところにあるという土の祠からわたしを呼びかけていると言った。距離があるためか声がかなりかすれている。そして、こちらの祠も危機的状況らしい。
『聖女ポーリン……あなただけが頼りなのです……」
「わかりました。それでは今すぐに参りますわ」
「ダメだ、ポーリン!」
「きゃっ」
土の祠の聖霊に返事をし、立ち上がろうとするわたしを、セフィードさんがむぎゅっと抱きしめて止めた。そして彼は、切羽詰まった口調でわたしに言った。
「こんな身体では無理だ! こんなにも弱々しくなってしまったポーリンを、次の祠に行かせるわけにはいかない」
「え? 弱々しい?」
わたしはまだ全然ぽっちゃり度が高い自分の手を見て「これのどこが弱々しいのかしら?」と首をひねった。間違いない、まだ3ぽっちゃりのぷくぷくした手である。
しゅっとした長いセフィードさんの指と比べると、むちむちして白くて、パン種をこねたらものすごく美味しくできそうなふくよかさだ。ちなみに、実際にパン作りは得意で、ふんわり膨らんだ美味しいパンはディラさんにも「こんな美味しいパンは、奥方さまじゃなくっちゃ焼けないよ、あたしもがんばってるんだけど、悔しいけど、かんっぺきに負けだよ、ヒューヒュー、パンごねクイーン!」と絶賛されている。
せっかくの美形さんなのに、苦しげに眉間に皺を寄せているセフィードさんに、わたしは言った。
「ねえ、よく見て頂戴。この手はわたしの目には全然弱々しく見えないんだけど。今すぐパン種をこねまくって、焼きたてのロールパンを町で売り出せるくらいに元気よ。朝のロールパンって美味しいわよね、フレッシュなバターと甘酸っぱいジャムをつけるとより一層……いいえ、朝食について考えている場合ではないわ。心配をかけて申し訳ないけれど、それでもわたしは行かなくてはならないの」
しかしセフィードさんは、目に涙を溜めてわたしを睨んだ。
「そんなことは俺が許さないからな! なぜポーリンばかりこんな目に遭わなければならないんだ! ポーリンを行かせるくらいなら、俺が代わりに行く。ポーリンは町で待ってて。いいか?」
……なんなの、この駄々っ子ドラゴンさん。
うるうるした瞳が可愛すぎてつらいんですけど。
「うーん、困ったわね。確かにセフィードさんはとてもタフだけど、聖霊さまが最後の力を振り絞っていて、時間に余裕はないようなの。変な気と戦っている祠の近くの空間は、神さまにご加護いただいているわたししか入れないと思うし……あなたでは次の炎の実を育てることもできないでしょう?」
するとセフィードさんは、涙をこぼしながら「ならば……聖女を、辞めてくれ」とわたしに懇願した。
「ポーリンのようなか弱い女の子には、こんなにつらい仕事は似合わない。もう……これだけみんなのために働いたら充分だろう。たくさん人助けをしたんだから、聖女を引退して欲しい。そして、これからは『神に祝福されし村』の奥方として、穏やかに暮らしてくれ」
「セフィードさんったら。それはできませんよ」
わたしは笑って、心配症のドラゴンさんの鼻を摘んだ。
「ありがとう。親身になってもらえて嬉しいわ。でもね、聖女としてのお仕事はわたしの大切な使命なの。セフィードさんに心配をかけて申し訳ないけれど、聖女を辞めるつもりはないわ。これからもみんなを救うために力を貸して頂戴。ね?」
「ポーリン……」
その時、わたしのお腹が盛大に鳴った。
「あら困ったわ、朝ごはんがまだだから、お腹に催促されちゃったみたい」
シリアスなムードが台無しである。
わたしがうふふと笑うと。
『あの、聖女ポーリン……お取り込み中……ですが……土の祠よりお伝え致します』
わたしたちの会話を聞いてちょっとハラハラしていたらしい聖霊さまが、小さく声をかけてきた。
『土の祠のある場所の近くでは、とても美味しいピグルールという魔物が狩れるのですよ。そして…祠に来る途中に、美味しいニンニクと黒胡椒が生えている場所と……味の良い岩塩が採れる場所も……あったりするのですが……』
「なんですって?」
耳寄りの美味しいもの情報が土の祠の聖霊からもたらされ、わたしは途端に真剣な表情になる。
「聖霊さま、ピグルールは豚に似た魔物で、その滋養に満ちたお肉は黒豚よりもジューシーで美味しく、脂肪はさらりとした口溶けと最高の風味を誇るという、豚の中の豚ではなくって?」
『豊穣の聖女ポーリンよ、その通りです……さらに、食後のデザートにピッタリな、甘くて美味しいスモモのなる木もございます。……ちょっと離れた森には木がたくさん倒れて乾燥しているので、ピグルールを焼くための薪になさるのにぴったりですよ……』
「大変だわ、セフィードさん、ピグルールがわたしを呼んでいるの! すぐに向かいましょう!」
「うわあっ」
わたしが腹筋の力で起き上がると、その勢いでセフィードさんが倒れてしまった。
「セフィードさん、土の祠の近くにピグルールがいるんですって!」
「え? ポーリンはこんなにやつれて見えるのに、この俺を一撃で倒したのか? SSランク冒険者で無敵と言われるこの俺を?」
わたしは遠い目をするセフィードさんの肩を?み、揺すりながら言った。
「だから、やつれてないのよ。この通り、わたしがまだまだ元気なのがわかったでしょ? ねえセフィードさん、土の祠に向かいがてらピグルールを一頭狩って、朝ごはんがわりに食べることにしますからね」
「お、おう、わかった」
まつ毛に涙の水滴をつけたセフィードさんは、ぱちぱちと瞬きをした。
「ピグルールか。確かにその魔物はかなり美味しいと評判らしい……え? ポーリンは今、聖霊のお告げでそれを聞いたのか? 美味しい魔物の情報を?」
「ええ。さらに、美味しい調味料や食後のデザートの情報もくださったわ。ほら、時間がもったいないから早く行きましょうよ。豚のガーリック焼きを早く食べたいわ!」
「聖霊め……ポーリンのことを知り尽くしているな」
そう言って、セフィードさんはため息をつき、立ち上がるとわたしを抱き上げた。馬で一日の距離も、セフィードさんが飛んだらあっという間なのだ。
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