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9784866694238

王女様に婚約を破棄されましたが、おかげさまで幸せです。2 ある辺境伯の恋

御鹿なな / 著
北沢きょう / イラスト
ISBNコード 978-4-86669-423-8
定価 1,320円(税込)
発売日 2021/09/28
ジャンル フェアリーキスピュア

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内容紹介

不憫な辺境伯、思わぬ勘違いからの大逆転!?
訳ありな異国出身のメイドと、恋に破れ結婚を諦めた辺境伯。誤解から始まった不器用者同士の愛の結末は? 大声援にこたえてスピンオフ登場!
身元を隠して辺境伯ディルクの屋敷でメイドとして働くことになった異国出身のシェーラは、ある日ディルクのお酒に付き合うことに。恋に不器用な彼は、何度目かの婚約者にふられてしまったらしい。反省を口にして酔い潰れた彼を介抱したところ、なぜか翌朝、真剣な顔で「責任を取るため、私と正式に恋人となってほしい」と告げられる。完全な早とちりから始まった関係は、二人に淡い想いを芽生えさせるが、誤解と勘違いが新たな事態を引き起こし!?
「君が女らしくないのも、男によく間違えられているのも知っている。それでも君がよいのだ」

立ち読み

「君のせいで、婚約を解消された!」
 思いもよらぬ糾弾をされ、シェーラは目を丸くする。
「……心当たりがないのですが……ディルク様の婚約者には会ったこともないですし」
 ディルクには婚約者がいると聞いていたが、シェーラはその女性の名も顔も知らなかった。
「今日、会ったであろう」
「……このリボンを渡された女性がディルク様の婚約者だったのですか?」
 自分がリボンを受け取ったせいで別れたのだろうか。渡してくれと言われたら、使用人なのだから預かるしかない。「ご自分でお渡しください」と突き返すのが正解だったのか。
「彼女は……君を男だと思い、私と同性愛の関係にあると誤解をしたのだ」
「……そんな」
 異民族を母に持つシェーラの容姿は、バーム国では異質であった。けれど十九年生きてきて、男性に間違われたことはなかった。――他国の、ロラント国の者以外には。
 ロラントには小柄な女性が多い。バーム国ではシェーラは背の低いほうであったが、ここでは長身扱いされていた。それも理由なのかもしれないが、この容姿はどうやら、ロラントでは男性的に見えるらしい。
「すみません。ディルク様の婚約者に、違うと……女であると言いに行きます」
「婚約は解消したのだから、言いに行ったところで変わらぬ」
「……すみません。これからは、女らしくします」
 メイド服をズボンにしていたが、スカートに戻したほうがよいかもしれない。
 どう謝罪すれば罪が許されるのかわからない。シェーラはうなだれた。
「なぜ謝るのだ! 君は全く悪くない!」
「ですが、先ほどわたしのせいで婚約を解消されたと……」
「勝手に、確かめもせず誤解をするほうが悪いのだ! 向こうが悪いのに、女らしくする必要はない。君は君らしくあればよい!」
 ディルクは憤慨したように言う。
 口調とはうらはらに、ディルクの言葉はシェーラの心に優しく響いた。
「それに……もともとそこに愛はなかったのだ。彼女は私との婚約は親に命じられたから仕方なく了承したのだそうだ。ふふっ……仕方なく、嫌々、了承したのだろうな。ふふふっ……だというのに、私は好かれているのだと、誤解をしていた。何という思い上がりだ。可笑しいであろう。ふふふっ、君も笑いたまえ」
 ディルクはふふっとご機嫌な様子で、笑いを零し始める。
 シェーラは命じられたので「ははは」と笑った。
「なぜ笑う! 馬鹿にしているのか!」
 笑えと言ったくせに、怒る。そして怒りながら「ハッハッハ! 今夜は飲むぞ!」と言った。
「……ディルク様……酔っていらっしゃるのですか」
「酔ってなどいない!」
 ディルクはさらに酒を呷ろうとする。
「もうおやめになったほうがよいと思います」
 制止するが、彼は構わずグラスを空にした。
「なぜ……私はいつもこうなのだろうな……もちろん私とて、彼女を本気で愛していたとは言えない……お飾りの妻を求めていたわけではないが……お飾りの妻か……彼女の面影があったから、彼女に彼女を重ねていたのもある……それは不誠実なのだろう。けれども……幸せにしてやりたいと思っていたのだ……」
「ディルク様……?」
 ディルクはグラスを握りしめて、俯く。
「誤解され……婚約を解消……誤解はよいのだ。誤解から始まる愛もあるだろう。だがみな、私を愛さない……ささやかな幸せすら、今はこれほどまでに遠い……」
 ポツポツとテーブルの上に滴が落ちた。
「泣いていらっしゃるのですか」
「泣いてなどいない!」
 ディルクは顔を上げてこちらを見るが、目は潤み、はらはらと涙が零れ落ちていた。
「げ、元気を出してください」
 泣いているディルクを前に動揺しながらも、とりあえず励ましてみる。
「私は元気だぞ! シェーラ」
 ディルクはそう言いながら、グラスに酒を注ぎ始める。
「もうやめたほうが」
 シェーラはディルクの腕に手を伸ばし、彼を止めようとした。
「私はまだ飲む!」
 ディルクがムッとして、シェーラの手を払う。
 その反動でグラスに入っていた酒がテーブルに飛び散り、シェーラの手にかかった。
「すまない」
「いえ、拭けばよいだけですから。大丈夫です」
「シェーラ。君は優しいな。ありがとう。ありがとう。本当にありがとう。ありがとう」
 ディルクは眉尻を下げ、涙声で感謝を何度も口にする。
「そんなに感謝されるほどのことでは……」
「私の感謝が気に入らないというのか!」
 下がっていた眉尻がキッと上がり、怒鳴られた。すみませんと謝罪すると、今度は弾けるように笑い出した。
「君も飲みたまえ」
 そして酒を勧められる。
「わたしはもういいです。ディルク様ももうやめ……」
「私の勧める酒が飲めぬというのか!」
 仕方なく、ちびちびと酒を口にしていると、ディルクはシェーラのつけているリボンに目を留めた。
「美しい色合いのリボンをしているな」
「……先ほどディルク様が譲ってくれたものです」
「そうだ。サブラで購入したのだ。サーシャは喜んでくれなかった」
 サーシャというのは彼の婚約者……元婚約者の名だろう。
「気に入らなかったのでしょうか」
 祖国の織物が気に入られなかったのは残念ではあるが、好みは人それぞれである。
「リボンではなく、私が気に入らなかったのであろう……。バーム産の織物技術の素晴らしさは耳にしていたが、こういうリボンも作っているのだな。高価ではあるが、民も手が出せる値だ。君の綺麗な赤色の髪によく映えていて美しい」
 髪とバーム族の織物を褒めてもらい、嬉しく思っていたのだが……。
「バーム国の織物は素晴らしいからな。サブラで購入したときは、サーシャも喜んでくれると思ったのだが、彼女は喜んではくれなかった。私が好かれていなかったせいだ。ふふっ……バーム国の織物は技術こそ素晴らしいが高価だ。だがこういうリボンであれば、民も手を出せるだろう。シェーラ、バーム国のリボンがよく似合っている。バーム国の織物は高価だが技術が素晴らしい」
 ディルクはしつこく、同じ話を繰り返し始めた。
 シェーラはだんだんと苦痛になってくる。
 酒を飲むよう誘われ、気楽に応じたことを後悔し始めていた。
「あのディルク様。夜も更けてきましたし、そろそろ部屋に帰ってもよいですか」
 明日は休みではあるが、久々に酒を口にしたのもあり眠たくなってきた。
 泥酔しているディルクを一人で放置するのは心配だったが、こういう状態の主人の扱いには家令のアルホフやハーケたち古株の使用人たちが慣れているはずだ。彼らに任せたほうがよい。
 そう考え、腰を上げようとしたのだが。
「私を捨てて行くのか!」
 ディルクが声を荒らげた。
「部屋に戻るだけです……アルホフさんを呼んできます」
「みな、私を捨てるのだ。私を捨てて、別の幸せを見つけるのだ……」
「捨てません。使用人としてお仕えします」
「いや、私を嫌っているのだろう。本当は、ゴミ……ゴミ屑だと、掃いて捨てたいと、嘲っているのだ……」
 ディルクは自嘲するように唇に笑みを浮かべた。婚約解消がよほどこたえたのか、自虐的になっているようだ。
「わたしもですが、誰もディルク様を捨てたりはしません」
 アルホフをはじめとする使用人たちは主人であるディルクを慕っている。
 ごくたまに、アンネが彼の陰口らしきことを口にするが、それは耳にしたディルクが感情のままに自分を解雇しないと、信じているからこその軽口に聞こえた。
「君は……君は私を捨てないのか? ずっとここにいてくれるか?」
 ディルクはゆらりと立ち上がると、シェーラに近づいてくる。傍に立ち、長椅子に座るシェーラを見下ろした。
 シェーラは酔いが回らない質だ。けれど碧玉の双眸があまりに真摯だったせいか、酒を飲んでも顔色ひとつ変わらなかったというのに、頰に熱が集まった。
「ずっと……ここにいます」
(バーム国には戻れない。だから、ここにいるしかない。それだけだ)
 ディルクの傍にいるわけではない。ヘルトル家にはアンネもいるし、他のみんなも優しい。とても働きやすい環境だ。できるだけ長く働きたいと思う、それだけだ。
 シェーラは熱くなった頰に手を当て、心の中で誰にともなく言い訳をした。
「そうか」
 ディルクが嬉しげに微笑む。どこかあどけない、無邪気な笑み方だった。
(……この人は……こんな顔もするんだ……)
 いつもと違う表情に、思わず見蕩れていると、ディルクがうっと呻いた。
「ディルク様……?」
「うっ……うぅ……」
 ディルクはゴッと喉を鳴らし、そして――勢いよく、吐いた。
 吐瀉物は顔にこそかからなかったが、シェーラの衣服を汚す。
「うっ、うう……」
 呆然としていたシェーラだったが、ディルクが床に蹲りまた吐き始めるのを見て、我に返った。
 慌てて彼の傍に寄って、背をさする。
「大丈夫ですか」
 ディルクはしばらく吐き続けると、落ち着いたのか「すまない」と詫びてきた。
「構いません」
 シェーラは彼の体を支え、長椅子に座らせる。
「アルホフさんを呼びましょうか?」
 酒を飲みすぎて吐いてしまう者を見たことは何度もあった。
 おそらくディルクも飲みすぎただけだろう。しかし念のためアルホフを呼び、必要なら医師を呼ばねばならない。
「いや、いい。飲みすぎただけだ。飲みすぎるなと散々言われているのに……アルホフに叱られてしまう」
 悪戯を知られた幼子のようにディルクはしょんぼりとした表情で、唇を曲げた。
「……とりあえず、水を汲んできます」
「水は……机の上にある」
 見ると、執務室の頑丈な机の上にガラスの水差しが置かれていた。
 シェーラはグラスに水を注いで、ディルクの傍に戻った。
「……ディルク様?」
 ディルクは目を閉じ、スースーと寝息を立てていた。水を汲む少しの間に眠ってしまったらしい。
(アルホフさんには隠しておいたほうがよいのだろうか)
 だとしたら誰かに助けを乞わず、自身で処理しなければならない。
 シェーラは辺りを見回し、何か役立つものがないか探す。壁側にディルクの上着が何着か掛けてあるのが目に入った。
 シェーラは自身の汚れた衣服を脱ぐ。下着にまで染みこんでいたので、そちらも脱いだ。
 丈が長く、できるだけ高級そうではない上着を選び羽織る。借りるだけだ。ディルクも事情を話せば怒りはしないだろう。
 そしてもう一着、適当な上着を手に取る。
 ディルクのシャツは少しではあるが汚れが付着していた。
「ディルク様?」
 名を呼んでも、返ってくるのは安らかな寝息だけだ。
 シェーラはディルクの胸元に手を伸ばし、シャツの釦を下から順番に外していった。
 不埒な欲望は抱いていない。汚れたシャツを着替えさせるためである。
 滑らかな肌が目に入る。
 男の裸体を見るのは初めてではなかった。バーム国ではロラント王国ほど浴場の整備が整っていない。木の板で仕切っただけの男女兼用の浴場を使用していた。そのため見たくなくとも目に入ることが、たびたびあった。
 けれどバーム国の男……いや男も女も、バーム族の者たちの肌は体毛でふさふさだ。かたやディルクは体毛が薄い。
 見慣れないせいもあって、見てはいけないものを目にしてしまったような、罪悪感と高揚感の入り混じったおかしな気持ちが芽生えた。
 飲酒のせいで火照っているのか、触れる体温が高いのも、何だかおかしな気分にさせる。
 シェーラはぶんぶんと首を横に振り、大きく深呼吸をして心を落ち着ける。
 そうしてからディルクの体を起こし、シャツを脱がせた。
 脱力した体は、重いというか動かしにくく、何とか脱衣はできたものの上着を着せるのは難しい。
上着は体の上に掛けるだけにする。
(寒くはないし、風邪をひいたりはしないはずだ……あとは)
 吐瀉物で汚れた床を見る。盛大に吐いていたが量はそこまで多くない。
 シェーラは先ほど脱いだばかりの自身の服と、水差しに入っていた水で床を拭いた。
 洗濯しても匂いが残るかもしれないので躊躇われたが、ディルクの服を駄目にしてしまうよりはよい。
 アルホフに見られては困るだろうから、空になった酒瓶は棚に戻した。
 そうしてからディルクの寝息が穏やかなのを確認し、シェーラは執務室をあとにした。

◆ ◇ ◆

 ディルクは窓から差し込む朝陽の眩しさで目を覚ました。
 頭の奥が重く、体が痛い。
 上半身が裸で、上着が掛けてあるのを不思議に思いながら、半身を起こす。
 重さと痛みの理由はすぐにわかった。頭が重いのは二日酔いのせいだ。そして体が痛いのは狭い長椅子で眠っていたからだ。
 ディルクは長い溜め息を吐いた。
 サーシャと婚約解消をした件は、いずれ噂好きの者たちの耳にも届く。ディルクは以前にも婚約が何度か白紙になっていた。きっと今回も話に尾ひれがつき、面白おかしく噂されるであろう。
 辺境伯という立場だ。次の婚約者に立候補する令嬢もいるとは思う。しかしまともな家柄の令嬢ならば、評判を気にして、ディルクと結婚しようなどとは思わない。
 ディルクも流石に気落ちしていた。
(そのうえ……)
 昨夜のことを思い返す。
 サーシャがシェーラに会い、リボンを預けていた。
 あれはディルクがサーシャのために買い、贈ったものだ。サーシャなりの誠意なのかもしれないが、贈ったものをいらないと返されるのは、残酷な誠意だとディルクは思う。
 落ち込みが激しくなり、その場にいたシェーラを衝動で酒に誘ってしまった。ロラントでは十八歳から飲酒が許される。しかし、まだ年若い女性である彼女を酒に誘うなど、褒められた行動ではない。
 そのうえ酒を飲み始めてからの記憶はあやふやだが、サーシャについて愚痴を零し、八つ当たりをした気もする。
 サブラから連れ帰ったのはディルクだし、頻繁に会いに行っていたのも、絵のモデルを頼んだのもディルクだ。シェーラはディルクに従っただけである。
 彼女には何の咎もないのに、苛立ちをぶつけてしまった。
(次に彼女に会ったとき、謝らねばならないな……)
 己の軽率さと深酒の反省をしていると、ノック音がして、アルホフが顔を出した。
「……おはようございます、ディルク様」
 いつも朗らかな家令だが、今朝は機嫌が悪そうだ。眉を顰めて、長椅子に座るディルクを見下ろしている。
 以前、深酒をしたせいで、次の日は二日酔いで使い物にならず、彼に迷惑をかけたことがあった。酒はほどほどにするようにと言われていた。飲酒したと察し、怒っているのだろう。
「すまない。つい飲みすぎてしまった……だが動けぬほどではないので、仕事に支障はない」
「昨夜はシェーラと一緒だったのですか?」
「ああ……どうやら、そうみたいだ」
「記憶がないのですか?」
「彼女を誘い、一緒に酒を飲んだ記憶はある。私が無理矢理誘ったのだ。彼女は悪くはない」
 メイドの立場を弁えず、主人と酒をともにしたと彼女が責められては困る。そう思い、庇ったのだが。
「そうでしょうとも」
 アルホフは顔を顰めて、頷いた。そして――。
「昨夜、ここから出てくるシェーラを見ました。彼女はあなたの上着を着ていました……下はどうやら裸で……こっそりと浴室に向かったようです」
 アルホフは主人の失態を責めるように、厳しい視線でそう言った。

 ディルクは上半身裸だった。シェーラも裸だったという。
 なぜか――。考えられる理由に、ディルクは青ざめる。
 深酒をし、女性を襲ったことはない。しかしだからといって、襲っていないとも言い切れない。
 話をしていたところまでは思い出せるが、その後の記憶は空白だった。
 いつも若いメイドと二人きりになるときは、扉を開けるようにしていた。しかし昨夜は酒を飲んでいるのを見つかりたくなかったため、扉を閉めていた。
 それをよいことに、襲ったのだとしたら――非道な行為にゾッとした。
 シェーラに確認しなければならない。
 覚悟を決め、彼女を呼び出したのはその日の午後過ぎであった。
「……寝ていたのか?」
 ハーケに頼み、彼女に執務室に来るよう命じた。
 現れたシェーラは寝起きなのか、どこかぼんやりとした顔をしていた。
「はい。今日はお休みですし、昨夜あまり眠れていないので」
「……す、すまない」
「ディルク様は大丈夫でしたか? アルホフさんに知られたくないと仰っていたので、あなたを放って部屋に帰ったのですが」
 どうやら自分は、シェーラに口止めをしたらしい。
「アルホフが執務室から出て行く君の姿を見たそうだ」
「見られてしまったのですね。……もしかして気づかれてしまいましたか?」
「君が……その……私の上着を羽織っていたと言っていた」
「大切なものだったなら、申し訳ありません。わたしの服は汚れてしまって……裸で部屋に戻るわけにもいかないので。あの上着は洗いました。乾いたらすぐにお返しします」
「私は……君をそれほどまでに汚してしまったのか」
 ディルクの問いに、シェーラはどぎまぎと視線を揺らした。
「ディルク様も汚れてしまっていたので。上着を掛けたのですが……、夜、冷えはしませんでしたか」
 どこか恥ずかしげに、シェーラは言う。
 酔っ払い、行為を迫るなど、男として最低だ。
 主人と使用人という関係上、シェーラは抵抗できなかったはずだ。だというのに……そんな非道な行為をしたディルクに対し、シェーラは気づかってくれている。
 申し訳なく、居たたまれない気持ちになった。
「私は君に……酷い真似をした……。怒ってよいのだぞ。殴ってくれてもいい」
「お気になさらないでください。ディルク様も婚約を解消され、寂しかったのでしょうし。理性を失いたくなる夜もあるでしょう」
「君は……初めてだったのだろう? ……初めてならば体もきつかったはずだ」
 酔っ払っていたので記憶にない。初心者のシェーラに対し、優しく――紳士的な振る舞いができていたか心配だった。
「初めてではありません。今も眠いだけで体は平気です」
「き、君はっ……初めてではないのかっ⁉」
 ディルクは思わず、失礼な発言をしてしまう。
「え? はい」
 シェーラは不思議そうにディルクを見つめながら、頷く。
「そ、そうか……そうだったのだな……いや、うん……」
 勝手に初めてだと思い込んでいたディルクは、激しく動揺していた。しかし、初めてでないからといって、自身の罪が軽くなりはしない。
「……いや、君がどうであろうが、私が悪いのは事実だ。責任を取らせて欲しい」
 使用人だから、酒の上での行為だから、彼女が経験済みだったから……そんな言い訳はしたくなかった。きちんと誠意をもって、彼女に接したいと思った。
「責任……ですか?」
「ああ。私と、正式に恋人として付き合って欲しい」
 ディルクが言うと、シェーラは驚いたように、黒みがかった赤い目を大きく瞬かせた。


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