書籍詳細
殿下の趣味は、私(婚約者)の世話をすることです2
ISBNコード | 978-4-86669-434-4 |
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定価 | 1,320円(税込) |
発売日 | 2021/09/28 |
ジャンル | フェアリーキスピュア |
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内容紹介
立ち読み
「ちょっと、お茶のおかわりはまだ? 遅いわよ」
「君は私をなんだと思っているのだ!」
「離宮の使用人兼王子でしょう? 違うの?」
「兼とはなんだ、兼とは!」
「兼で十分じゃない」
こめかみを引き攣らせるルイスに、ベラリザが平然と答える。
すっかり見慣れた光景を前に、私はニコニコと笑っていた。
一週間ほど前に私たちのもとへ突撃してきたベラリザだったが、彼女はそれから本当に毎日離宮にやってきた。
とはいえ、ルイスを籠絡しようとかそういう話ではない。
彼女は自ら宣言していた通り、本当に毎日、私とお茶だけして帰っていくのだ。
「だって、殿下になんて興味ないもの」
クスクスと笑いながら、ルイスに淹れさせた紅茶を飲む。
今日も前庭でのお茶会。あまり同年代の友人が多くない私としてはベラリザと話すのは楽しく、実は彼女が訪ねてきてくれるのを毎日とても楽しみにしていた。
「全く……私は君の使用人ではないと言っているのに……!」
ムスッとしながらも、彼女の分のおやつも一緒に持ってきてくれるのだから、ルイスはとても優しい人だと思う。
「今日のおやつは『フワフワベリーのパンケーキ、たっぷり生クリーム添え』だ」
「うわあ……! すごい……! こんなパンケーキ見たことありません……!」
ルイスが置いてくれたパンケーキを目を輝かせて見つめる。
現れたのは、一枚の分厚さが三センチ以上もあるパンケーキだったのだ。それが三段重ねになっている。パンケーキの上にはバターと蜂蜜、そしてバニラアイスが載っており、食欲をそそる。
パンケーキの周りにはたくさんのベリーとソースがかかっていて、これらを絡めて食べても美味しそうだった。
極めつきが生クリーム。これでもかというほどの量がパンケーキに添えられている。……いや、まるで生クリームがメインであるかのような存在感だ。
「夢みたい……」
こんな夢のようなパンケーキが存在するなんて知らなかった。
今日のおやつがパンケーキだということは、事前に聞いて知っていたが、まさかこんな素晴らしいものが出てこようとは。
私の知っているパンケーキというのは、薄っぺらい丸い形をしたもの。こんなに心をときめかせる分厚さなんて知らないのだ。
「……こ、これはすごいわね」
さすがのベラリザも驚いたのだろう。彼が作ったパンケーキに釘づけになっていた。
「美味しそう……」
ナイフとフォークを持ち、早速食べることにする。
どう食べようか迷ったが、とりあえず一番上の段のパンケーキを下ろしてきた。最初の形のまま食べれば、間違いなく崩れる。それが確信できたからだ。
「わあ……ふっわふわ……」
一口食べて、夢の世界に飛ばされたかと思った。
今まで食べたパンケーキ。あれはなんだったのだろうと言いたくなるような、新たな境地。それがルイスのパンケーキにはあった。
生地はフワフワで柔らかく、それなのにしっとりとしている。蕩けるような味わいは、天国にいるような心地を私に与えてくれた。
生クリームを掬い、一緒に食べる。更なる幸せが私を襲った。
「……美味しい」
あまりの美味しさに、?みしめるように呟いてしまう。
次は周りに鏤められていたベリーと一緒に食べてみた。これも美味しい。溶けてきたバターとアイスクリーム、そして蜂蜜と、贅沢に使われた品々が、とても良い味を出していた。
「……幸せ」
あっという間に一枚食べ終わってしまった。
二段目のパンケーキを皿の上に落とす。大きくカットされたバターをパンケーキの表面に塗り、また、たっぷりの生クリームと食べた。
「はああああああああああ……」
こんな幸せがこの世に存在したのか。
表現しようのない幸福感に浸る。ふと隣を見てみれば、パンケーキを食べたベラリザが涙を流していた。
「ベ、ベラリザ……?」
声をかけると、彼女はハッとしたような顔をする。
「く、悔しい……。殿下がお作りになられたものがこんなに美味しいなんて……認めたくない……でも認めざるを得ない……悔しい……!」
泣きながら、パンケーキを?張るベラリザは本気で悔しそうだ。
悔しいなら食べなければいいようなものだが、その選択肢は彼女にないらしく、悔しい悔しいと言いつつも、パクパクとパンケーキを?張っていた。
「お気に召していただけたかな?」
私たちの反応を見ていたルイスが、自信満々に聞いてくる。それに私は大きく頷いた。
「最高です。ルイスの作るものはいつも素晴らしいですけど私、パンケーキがこんなにも幸せを運んでくれるものだなんて知りませんでした……分厚いのに生地は柔らかいし、口に入ったら蕩けてしまう。こんなパンケーキが存在したなんて……今日はパンケーキ革命です」
私が経験した喜びを少しでも伝えなければと思い、ルイスに感想を言う。
鼻息も荒く、いかにパンケーキが美味しいかを伝えると、ルイスは嬉しそうに笑った。
「良かった。君はきっと喜んでくれると思ったんだ。……君はどうだ? まあ、聞かなくても結果は分かっているが?」
ちょっと意地悪くルイスがベラリザに問いかける。
ベラリザは悔しそうではあったが、思ったよりも素直に頷いた。
「……ええ。悔しいけれど、とても……とても美味しかったですわ。なんなんですの? ただの世話好きの変人王子と思っていたのに、本職の料理人も驚くような斬新なアイデアに腕前。あなた、どうして王子なんてやっていますの?」
「それは常々私も疑問に思っていることだ」
ルイスが、まさにと言わんばかりに頷いた。
ベラリザが一枚食べ終え、ため息を吐く。
「はあ……殿下がこんな特技をお持ちだなんて……。殿下でなかったら、うちの料理長に推薦するところですわ」
「宰相の屋敷のか? それは絶対にごめんだな。それに私はロティ専属だから、どんな魅力的な条件を並べられても断るが」
「まあ、そうですわよね。でも、これをロティが独り占め……ちょっと羨ましいわ」
「あ、あげないから」
本気の声音を感じ取り、私は慌てて言った。
ルイスは私の婚約者でお世話係なのだ。胃袋までがっちり?まれていて、今更手放せと言われたところでできるわけがない。
焦る私にベラリザが呆れたように言う。
「馬鹿ね、要らないわよ、こんな男。今の話は、あくまでも『料理人としてなら』ってこと。言ったでしょう? 私、夫になるような男に世話をされるなんて冗談じゃないの。使用人がやることをその家の主人がやるとか……正気じゃないわ」
「正気でなくて悪かったな」
ルイスが文句を言う。本気で機嫌を損ねているようだったので、口を開いた。
「わ、私は、ルイスで良かったって思っていますよ? その……私には、ですけど、ルイス以上の方はいないと思っています」
「ロティ……」
ルイスが感激したように私を見る。私はといえば、自分の言った言葉がどれだけ恥ずかしいか気づき、羞恥で倒れそうになっていた。
——やってしまった! 私の馬鹿!
誤魔化すように最後の一枚となったパンケーキを口に運ぶ。
ルイスが嬉しげにベラリザに言った。
「今のを聞いたか」
「ええ、残念ながら聞こえておりましたわ」
「ロティは私がいいと言ったぞ」
「趣味が悪いのですね。まあ、蓼食う虫も好き好きといいますし? いいんじゃありません? 私は絶対に嫌ですけど」
ふんっと、そっぽを向くベラリザ。最後の一枚を食べ終わった私は、名残惜しいと思いながらも彼女に聞いた。
「ベラリザ、気を悪くしないで聞いて。これ、単なる疑問なんだけど、私、決してベラリザとルイスの相性が悪いとは思わないの。話のテンポも良いし、ルイスの作ったものをベラリザは正当に評価してくれる。……もう終わった話だから言いますけど、婚約者って私ではなくてベラリザでもよかったんじゃないですか?」
最後の言葉をルイスに向けて言う。
でも、彼女と過ごすようになってからずっと思っていたのだ。
ベラリザは自分にとても正直な人だ。ルイスにも自分の言いたいことをバンバン言うし、ルイスもそんな彼女を憎くは思っていない。それは見ていれば分かる。
ルイスの作ったものを食べ、素直に美味しいと言える彼女なら……十分婚約者候補になりえたのではと思ってしまう。
だが、私の言葉を聞いたふたりは、同時にとても嫌そうな顔をした。
ルイスが顔を歪めながらベラリザを見る。
「まず、宰相の娘という時点でアウトだ。候補になりえない」
ベラリザも言った。
「夫に世話をされるなんて、絶対に無理。気持ち悪い」
「私も君を世話したいとは思えない。私は、ロティだから世話をしたいと思うんだ」
真摯に言ってくれているのは分かっているが、それにはつい、言ってしまう。
「でもそれはあとづけでしょう? 最初は誰でもいいと思っていたと、言ってらしたじゃないですか」
「うぐっ……そ、それは」
自らの発言を思い出したのか、ルイスが声を詰まらせる。
「だ、だが……今は違う。今はロティしか世話をしたくない。ロティが好きだから……だから君のことならなんでも世話をしてやりたいと思うんだ!」
「危険な発言ですわね」
必死に訴えてくるルイスに、ベラリザが冷静に断じた。
「ロティ、本当に考え直した方がいいかもしれないわ。なんでも、なんて危険よ。この男、世話と称していやらしいことをしてくるかもしれないんだから……」
「えっ……」
「ベラリザ!」
眉を寄せ、ひそひそ声で伝えてくるベラリザに戸惑っていると、ルイスが大声を上げた。
「君は!」
「あら、冗談ですわ。それとも図星を突きました?」
「……そんなわけないだろう。大体、私はロティが嫌がるようなことはしない」
「ええ、そうでしょうとも。そのあたりは信じております。だから今のはほんの冗談」
「……性質が悪い」
疲れたようにため息を吐くルイス。ベラリザは逆にとても楽しそうだ。
そうして残っていたパンケーキを綺麗に平らげると、ルイスに言った。
「ところで、離宮の使用人兼王子殿下。私、パンケーキのおかわりが欲しいのですれど、用意していただけませんこと?」
「……図々しいな」
眉を寄せるルイスに、ベラリザは艶やかに笑った。
「客に礼を尽くすのは当然ではありませんか? それにあなたに対して猫を被る必要はないと思っておりますので。……ロティ、あなたは? あなたもおかわりを頼む?」
「え、ええ!」
話を振られ、急いで頷いた。
パンケーキはふわふわで美味しかったが、お腹にはあまり溜まらなかったのだ。できればもう十枚くらい食べたいところ。
「わ、私も是非おかわりが欲しいです」
お皿をそっと差し出す。ルイスは私から皿を受け取ると、先ほどまでが?のように優しく笑った。
「愛しのロティの願いなら聞いてやらないとな。ロティ、あと何枚食べたい?」
「え、えっと……」
自分に向けられた笑みが眩しくてドキドキする。視線を逸らしたのを、言いづらいととったのか、ルイスが背中を押してくれた。
「何枚でも構わないぞ。材料はあるからな」
「何枚でも?」
目を合わせる。無視できない一言だった。
私の問いかけるような視線に、ルイスがしっかりと頷く。それにつられるように、私も頷いた。
「ありがとうございます。それなら十枚でお願いします」
「えっ? じゅ、十枚?」
ギョッとした顔でベラリザが私を見てくる。
その気持ちも分からなくはなかったが、遠慮していては食べたいものも食べ損ねてしまう。それが分かっていた私は、キリッとした顔で、「何か?」とそれがまるで普通のことであるかのような顔をし、豪快に話を流した。
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