書籍詳細
アルファの王子に求婚されましたが、私はオメガではありません
ISBNコード | 978-4-86669-464-1 |
---|---|
定価 | 1,320円(税込) |
発売日 | 2022/01/27 |
ジャンル | フェアリーキスピンク |
お取り扱い店
電子配信書店
内容紹介
立ち読み
王子が学校に復学して、早くもひと月が経った。
私の複雑な心境は別として、彼は非常に順調だった。あっという間に学校中を掌握し、そのトップに君臨したのだ。
生まれながらのアルファ。支配階級の頂点に立つ男。それがアーク王子という男。
彼自身が何かしたわけではない。ただ彼はそこにいただけだ。それだけだというのに、わずか数日で王子は学校を支配するに至った。一週間かからなかった。
学校には少なくない数のアルファがいるにもかかわらず、だ。
彼が歩けば、皆、道を譲り、彼の命令を喜んで聞いた。それはアルファもベータも関係ない。彼に視線を向けられただけで皆、膝を折り、頭を垂れるのが常だった。
こんな光景見たことない。
だがこれこそが誰よりも国王にと望まれた第一王子のアルファとしての力なのだろう。
彼自身が無自覚に放つ圧倒的なオーラは抗いがたいものがあり、最初は抵抗していた者も、気づけばその支配下に置かれているという有様。
こんなことは第二王子にもできなかった。彼は協調性を大事にするタイプで、第一王子のように相手を支配したりはしない。性格の違いもあるのだろうが、国王に相応しいのはどちらかと聞かれれば、第一王子を選ぶ者が多いのも当然だった。
アルファというのは、自身が優れているという強烈な自覚を持つ者が多いのだ。つまり、非常にプライドが高い。自分よりも明らかに優れている者になら膝も折れるが、それほどでもないと思えば、下に置かれるのは我慢ならない。そういう、優秀であるが故の傲慢さを持つ者が多いのがアルファの特徴だった。
とはいえ、いくら皆が望んだところで第一王子には運命のつがいがいないので、国王になることは不可能なのだけれど。
それどころか、毎日私につき纏っているので、傍目からはすっかり王位継承を諦めたように見えるはずだ。
そんな有様にもかかわらず、次々とアルファたちを従えていくのだから、彼のアルファとしての優秀さがいかに飛び抜けているか分かるというもの。本当に特別で、規格外な人物というのは存在するのだということを、私は数日ほどで嫌というほど知る羽目になった。
何せ、王子は私の側から離れないので!
こちらとしても恋人と肯定してしまった以上、邪険にはできないわけで、結果として学校のある日は毎日のように一緒に過ごす結果になっているのだ。
最悪である。
唯一の救いは、屋敷までは訪ねてこないことだろうか。
彼は学校外では一切私に接触することはなかった。それはつがいが見つからないとはいえ、彼が第一王子という身分で、自由に動き回れるほど暇ではないからなのだろうが、こちらとしては息抜きができる時間があるのは有り難かった。
プライベートなところまで押しかけられると、さすがに気が滅入ってしまう。
王子と話すのはすっかり慣れた……というか、たぶんなのだけれど、王子が私に気を遣ってくれているのだと思う。でなければ、皆が反射的に頭を下げる彼と、普通に接することができるはずがない。
ベータの私を萎縮させないように、怖がらせないように最大限に気遣ってくれているのだと早い段階からなんとなく気づいていた。
その気遣い自体は有り難いのだけれど、ひと月経った今も、彼と恋人であるというデマを正せていないのだけは遺憾である。そう、恋人! 恋人関係は絶賛継続中なのだ! ?だけど!
おかげでこの三年の間にできたベータの友人たちからは遠巻きにされ、知り合い程度の関係だったはずのアルファたちからは分かりやすく敵意を向けられている。
ベータごときがアルファの王子と付き合っているなどおこがましいというやつだ。
うん、私もそれには全面的に賛成だし、別れられるものなら別れたいから助けて欲しい。
なんでこんな酷い目に遭っているんだろう。私が一体何をしたというのか。こんなのって辛すぎる。私は平凡な人生を歩みたいと思っているのに、今の私は平凡とはほど遠いところにいるのが現状で、考えるだけで泣けてくる。
在学中にベータの恋人を作るという目標も完全に諦めた。今の私は、一刻も早く卒業して、王子から逃れたいというだけだ。
果たして卒業したからといって逃がしてもらえるのかは分からないが、深く考えると怖いので、その辺りはあまり気にしないことにしている。
きっと卒業すれば、元の生活に戻れる。今の私はこの希望だけを頼りに頑張っているのだ。
「はあ。今日もようやく終わったわ」
午後の座学が終わり、皆はいそいそと帰宅の準備を始めていた。
私も机の上に広げた教材を片付ける。相変わらず隣を陣取っていた王子が話しかけてきた。
「サラ」
名前を呼ばれては無視できない。私はにっこりと笑みを浮かべた。
「はい。何かご用ですか、殿下」
「お前は頑なだな。アークでいいと言っているのに」
「線引きはきっちりとしておきたいタイプですので」
殿下と呼ぶと、王子は嫌そうな顔をした。実はあれから、何度か名前で呼んで欲しいという要望を受けているのだ。あと、できれば敬語もやめて欲しいというお願いも。
冗談ではない。とてもではないが承服できる話ではない。
私と彼は、本当の恋人ではない。それなのに名前呼びに敬語をやめろ? 王族相手に? 普通に無理だ。
大体そんなことを実行した日には、ただでさえ『恋人』という立場を羨んでいるアルファたちの怒りを更に買うことになる。
そういうわけなので、彼から望まれる度、きちんとノーを突きつけているのだが、王子はなかなか諦めない……というか、私が頷くまで言い続けるつもりだそうで、正直嫌がらせか何かかと思ってしまう。
「あんまりしつこいと嫌われますよ」
「大丈夫だ。サラはオレのことが好きだからな」
「……は? どこからそんな話が出てきたんです? 初耳ですけど」
好き、という言葉にギョッとする。やけに自信たっぷりな態度が気になった。
私は一切、そんな態度を取った記憶がない。それなのに確信を持って断言されると、何かやらかしたかなと動揺してしまう。
「なんやかんや言いつつ、オレに付き合っているだろう。本気で嫌ならとうに逃げていると思うのだが、違うか?」
「……え」
言われた言葉を理解し、目を丸くした。じわじわと羞恥が襲ってくる。
嫌よ嫌よも好きのうち、と言われた気分だったのだ。
「な、なんでそうなるんです! 違いますよ!」
「そうか?」
「そうです!」
むむむと王子を睨みつける。その顔はやっぱり恐ろしいほど整っており、近くで見ると大迫力の顔面力だったが……私はそれよりも彼の目の方に気を取られてしまった。
私を見つめる彼の目が酷く優しいような、柔らかいような、そんな気がしたからだ。そしてそういう目を向けられていることを少し嬉しいと思う自分がいることにも気づいて——。
——って、ない! ないから!!
ぶんぶんと勢いよく首を横に振った。
あ、危なかった。
優しい目で見てもらって嬉しいとかなんだ、それ。
あまりの自分の愚かさに、頭をどこかに思いきり打ちつけたくなった。
——王子はアルファ、アルファなのよ。その時点で私の恋愛対象外。そうでしょ!
自分に言い聞かせる。
そう、いくら彼が私を恋人扱いしようと、私がそれに本当の意味で応えることはない。
そしてきっと、王子にとってもその方がいいのだ。
このひと月、彼という人を近くで見てきたからこそ分かる。
彼は国王になるべくして生まれてきた人物なのだ。そうなのだと断言できる。
そんな彼がベータの私と付き合ってどうするのか。くだらないことをしていないで、己の運命のつがいを見つけるために、外国にでも行くのが一番良い。
「……殿下は、国王になりたいとは思わないのですか」
考えていたことが、つい口に出た。己の失態に気づき、舌打ちしたくなる。
現在進行形で運命のつがいが見つかっていない相手に対して言っていい台詞ではない。下世話にもほどがある。それなのにどうして私は口にしてしまったのか。心の中に留めておけばいいのに言葉にするなど最低すぎる。
「す、すみません。今のことは忘れて下さ——」
「構わないが、どうしてそれを聞こうと思った? オレが国王になりたくないように見えたのか?」
「へっ……」
頭を下げ、謝罪の言葉を告げたが、それは王子自身に遮られた。
咄嗟に顔を上げ、彼を見る。王子はいつもと同じ表情で、気を悪くしたようには見えなかった。
「別に怒っているわけではない。なぜ、お前がそれを質問したのか、理由を聞きたいだけだ」
「理由、ですか。それは——」
どう答えようか、一瞬迷った。だけど、ここで変な?や誤魔化しをしても意味はない。それに、気づけば私たち以外教室には誰もいなくなっていて、誰も聞いていないのなら構わないかという気持ちにもなった。
「簡単な話です。殿下が、ベータである私を好きだ、なんておっしゃるから」
「ほう?」
続けろ、とその目が告げている。私は頷き、己の考えを述べた。
「国王になるには、運命のつがいを見つけなければならない。そんなの、誰でも知っています。でも、あなたには運命のつがいがいない。見つかっていない。……探そうともしていない。それどころか、ベータの私を捕まえて、一目惚れしたなんて言う。そんなの、国王にならないと宣言しているようなものでしょう?」
「なるほどな」
何を考えているのかよく分からない顔で王子が頷く。妙に不安に駆られた私は慌てて続けた。
「あ、あんまりこういうこと、言わない方がいいって分かっています。でも、ここには私たち以外誰もいないから言います。私、殿下は国王になるべき方だと思います。ううん。私だけじゃない。国民皆がそれを望んでいる」
「皆が、か。だいぶ大きく出たな」
ククッと楽しそうに笑われ、ハッとした。
恥ずかしくて?が熱くなる。
「……べ、別に代表しているつもりはありません。傲慢に聞こえたのなら謝ります。申し訳ありません」
「怒っているわけではない、と言ったぞ」
「……はい」
「よく分かった。それでお前も言うわけか。王になるために運命のつがいを探せ、と」
「——はい。それが、あるべき姿だと思いますから」
少し迷いはしたが、彼の言葉を肯定した。だって否定するべき要素がどこにもない。
「……」
王子は何も言わなかった。ただ楽しげに私を見つめているだけだ。それが酷く肩身の狭い気持ちになる。
余計なことを言った。言う必要のなかったことを。そんな風に思った。
彼が何を言い出すのかビクビクしていると、王子が口を開いた。
「——さて。ひとつ言っておくが、オレにとって伴侶とは王になるための道具でも条件でもない。ただ、共に生きる存在だ」
「え……」
「その伴侶が運命のつがいであってもなくても、オレは別に構わないと思っている。オレが選ぶ。そのことこそが運命だと考えているからな」
自信に満ちあふれた言葉。真実そう思っているのだろう。
彼が選べばそれが運命になる。誰にでも言える言葉ではない。それを自信を持って発言できる彼を、すごく尊敬した。
だけど——。
「結果として王になれなくても、それでも構わないと? 皆、あなたに期待しているのに?」
皆の期待を知っていて、どうでもいいと言い切るのは、王族としてあまりに傲慢すぎはしないか。
王族として生まれた以上、彼には様々な責任がつき纏う。
運命のつがいを得るためにできうる限りの努力をすること。それは王族に課せられた使命と言っても過言ではないはずで。
「別に。そんなものどうでも良いだろう」
だが私のそんな考えを王子は軽く笑い飛ばした。
「王になるというのは、オレにとっては重要なことではないからな。たとえば、だ。オレがベータの女を伴侶に選んだとする。国の法律に当てはめれば、オレはその時点で王籍から抜かれることになるだろう。国を守るのにオレの選んだ女は相応しくないと判断されたというわけだ」
「そう……ですね」
その通りだ。
「だが、こちらだって言わせてもらいたい。オレが選んだ女だ。オレが運命だと思った女だ。それを運命のつがいではないからと否定されて、そんな国を守ってやろうなどと思えるか? オレはそんな風には思えない。オレはオレが選んだ伴侶を認めない国の王になどなりたいとは思わない」
「……」
すがすがしいほどはっきりと断言され、思わずポカンと口を開けてしまった。間抜け面を晒しつつもパチパチと目を瞬かせる。そんな私に王子は笑いながら聞いてきた。
「何か反論は?」
「え……えーと、で、でも……それは皆の期待を裏切ることになるって……」
同じことの繰り返しと分かっていたが、他に出てこなかったのだ。それに、やっぱり一番思うのはここだったから。
だが、王子は平然と言ってのけた。
「だから? 期待を裏切って何が悪い。それともお前は皆の期待のためにオレの意志は封じ込めろとでも言うわけか? そんなのはごめんだ。オレはいつだってオレの思う通りに生きる。その邪魔は誰にもさせないし、オレの未来はオレが決める。それを勝手に可哀想だとか、こうあるべきとか、他人に決められてたまるか」
「……」
「オレはオレのやりたいようにするだけだ。外国に行ってつがいを探したいと思ったらそうするし、復学してベータの女を口説きたいのならそうする。いつだってオレはオレのやりたいことしかしない」
ただ呆然と王子を見つめる。
すごいと思った。
何かに流されることなく、自分の行くべき道をすでに定めている王子のことをすごく素敵だと、トキメキさえ感じてしまった。
誰よりも玉座が似合う彼が、誰よりもそこに座ることを求められている彼が、それを本心からどうでもいいことと言い切ってしまった事実に胸を打たれたのだ。
——ドキドキする。
我が儘とか傲慢とか思う前に、まず格好良いと思った。そして一度そう思ってしまうと、その感情は覆しがたくて。
ああ、この人は、自分で自分の生き様を決められる人なんだ。他人の意見に左右されるような人じゃない。
私がぶちぶち言ったところで、彼の道を動かすことなど微塵もできないだろう。それがよく分かった。
なんでこんな人がいるんだろう。
どこまでも強くて、自分に自信があって、選んだ道を笑って進んでいける人。
きっと彼は後ろを振り返らない。たとえ前に道がなくてもそこだと定めれば、道を作ってでも進んでいく。そういう人なのだ。
「……そう、ですか。じゃあ、本当に国王にならなくてもいいと思ってるんですね」
自分に確認するように言う。別に答えが欲しいわけではなかった。独り言のようなものだった。
だが、予想外に返事が返ってくる。
「もちろんだ。——お前を認めない国の玉座に座ろうとは思わないからな」
「?」
どうして、私?
首を傾げ、彼を見る。王子は彼特有の意地悪い顔をして私を見ていた。
すっと私の胸を指す。
「ここまで言ってもまだ分からないか? オレが選んだのはお前だからだ。当然だろう?」
「っ!」
囁かれた声に反応し、ボッと茹で蛸みたいに顔が真っ赤になった。
——だって王子が、すごく格好良いから。
唇を曲げる角度も少し寄った眉も、私を真っ直ぐ見据えてくる、煌めく碧の瞳も、何もかもが格好良くて、ときめかずにはいられない。
その生き様を知ってしまったからこそ余計に反応したと分かっていたけれど、自分ではどうしようもなかった。
——ああ、駄目。駄目なんだってば。
泣きそうな気持ちで自分に言い聞かせる。
グラグラ揺れる自分の心を必死で叱咤した。
お願いだから傾かないで欲しい。
好きになりたくない。私は彼を好きになんてなりたくないのだ。
——アルファとなんて恋愛したくない。終わりが見える恋などごめんだ。
だって私は知っている。
運命のつがいを見つけたアルファがどれだけ残酷になれるのか、どれだけつがい以外の存在に無情になれるのか事実として知っている。だから彼の言葉を鵜呑みにはできない。彼だってきっと、運命のつがいを見つけたら、私のことなんてあっさり捨ててしまうに決まっているのだから。
それは本能的なもので、理性でどうこうできるものではない。私はそれをこの目で見たから知っている。知っているというのに——。
——それなのにどうして。
彼に引きつけられる気持ちを止められない。ときめく心を抑えられない。
でも駄目。駄目なのだ。この先に進んでは駄目。
だって私は強くない。
もし彼と本当の恋人になったとして——そして未来で破局が訪れた時、それは自分で選んだ道だ。だからしょうがなかったなんて思えない。きっと私は自滅する。つがいに捨てられたオメガのようにとまでは言わないけれど、心は死んでしまうと思うのだ。
それが分かっているからアルファを恋愛対象外としているのだ。運命のつがいがいない、安心安全なベータと恋愛して結婚しようと、そう決めているというのに。
——やめて。私の心をかき乱さないで。
「サラ?」
何も知らない王子が私の名前を呼ぶ。
本当は聞いてみたい。
じゃあ、あなたはどうするの、と。
私を選んだあと、運命のつがいを見つけたら。
その時あなたはどうするの、と。
答えは分かっている。
本能には逆らえない。
だけどそれを今、王子の口からはどうしても聞きたくなかった。
自分の欲しいものは自分で?むと言った彼を、「やっぱり所詮はアルファなのか」と詰りたくはなかった。
「……」
私の心と未来をグチャグチャにしてしまいそうな彼の目を、私は見ることができなかった。
この続きは「アルファの王子に求婚されましたが、私はオメガではありません」でお楽しみください♪