書籍詳細
侍女、ときどき第二王子(9歳) 弟王子と魂が入れ替わったら、王太子殿下(兄)と恋が始まりました
ISBNコード | 978-4-86669-471-9 |
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定価 | 1,320円(税込) |
発売日 | 2022/02/25 |
ジャンル | フェアリーキスピュア |
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内容紹介
立ち読み
「——っそ……、どうして!? 何これ、どういうこと……!?」
甲高い少女の声が耳につき、ニーナは呻いた。まだ眠っていたいのに、近くで誰かが喚いている。
「どうしてニーナがここにいるの……!? 入るなって言ったのに……!」
自分の名前を聞いて、ニーナはパチリと目を開いた。同時に枕がごそっと動き、起きようとしていたニーナはバランスを崩して、ベッドの上に転がってしまう。
「わ……っ」
ニーナは、自分の口から出た驚いた声に違和感を覚えた。高く、聞き覚えはあるが、自分のそれではない気がする。
「……悪い、リオン」
ぼそっと間近で低い声が聞こえ、その人が腕を?み、ひょいっと体を起こしてくれた。ベッドの中央にいたニーナは、自分を支えてくれた青年を見上げる。
艶やかな白銀の髪と藍に近い紫の瞳を持つ美丈夫——リチャードが真横に座っていた。
寝ていた彼は、乱れた髪を軽く?き上げ、ニーナの向こうで狼狽している女の子に声をかける。
「……ニーナ、どうかした?」
甘く優しい笑みを浮かべて話しかけられ、ニーナはぽっと?を染めた。しかし彼が見ているのは、自分ではなかった。
訝しく声をかけられた人を振り返り、ニーナは目を見開く。
「……えっ……」
驚きのあまり、一声発したきり言葉が出なかった。ニーナの目の前に、ニーナが立っていたのだ。
きっちりと髪を結い上げてお仕着せを纏ったもう一人のニーナは、ベッド脇で狼狽し、頭を?きむしる。
「こんなはずじゃなかったのにぃ……!」
「あ、お花が……っ」
自分の頭がぐちゃぐちゃにされ、リチャードにもらった花まで崩れかけて、ニーナは腰を浮かした。もう一人のニーナはこちらを見下ろし、涙目で声を荒らげる。
「ニーナは、僕の中にいるの? 部屋には入らないでって言ったのに、どうして入ってきちゃったの!? 僕、お兄様と魂を入れ替えるはずだったのに、ニーナになっちゃってるじゃないか!」
——魂を、入れ替える……。
その言葉はなぜかすぐに理解でき、ニーナは自分を見下ろした。
いつもより何か軽いと思ったら、胸がなかった。真っ平らの胸に、細い腕、華奢な足。自分より小さな掌。
「……私、リオン様になってるの……?」
それは使用人としての振る舞いなどが一切抜けた、素のままのニーナの物言いだった。
ニーナは小さな手で?を覆い、傍らに片膝を立てて座っているリチャードを見上げる。
寝起きでややぼんやりしていた彼は、ニーナに入ったリオンのセリフを聞いた今、はっきりと覚醒していた。
狼狽しきりのニーナ——もといリオンと、呆然としている目の前のリオン——もといニーナを見比べ、目尻を痙攣させる。
「……リオン……。俺と魂を、入れ替えようとしたのか……? ……弟といえど、俺を追放しようとするとは——大罪だぞ」
ギラリと鋭く睨み据えられ、リオンはびくっと肩を竦めた。じわりと目尻に涙を滲ませ、拳を握って言い返す。
「つ、追放しようとなんて、してないよ……っ。僕、議会に出席する権利がまだないから、お兄様になれば、ニーナを僕の侍女のままにするよう命令できると思っただけだよ……!」
ニーナの声と顔で、リオンそのものの我が儘いっぱいなセリフを吐かれ、リチャードはひくっと?を引きつらせた。
「……俺は呪い魔法を受けないように、常に自分に防御魔法をかけているんだ。よほど強力な魔法でない限り、どんな術も効かない。……全く、どんな魔法を使ったんだ? 魂を入れ替える魔法など、現代でも発明された記録はないはずだぞ。お前が作ったのか?」
リオンは眉根を寄せ、小声で「なんだよ。魔法がかからないようにしてたなら、先に言ってよ」と文句を言ってから、口を尖らせて答える。
「作ろうとしたけどできなかったから、行商人にこっそりそういう魔道具がないか聞いて回ってたら、あるよって昨日売りに来た人がいたんだ。これ」
リオンは正直にサイドテーブルの上の香炉を指さした。
近衛兵はよい眠りが得られると聞いたと話していたが、どうやら本当の効果を隠して購入したらしい。
ニーナはふと、部屋を見渡す。魂が入れ替わる前は部屋に充満していた白い煙が、今は綺麗に消え去っていた。
「……香りに全く興味のなかったお前が香炉を用意しているのは珍しいと思ったが……そういうことか」
リチャードはため息を吐いてベッドを降り、香炉を手にする。魂が入れ替わる前にニーナが立てかけていた蓋を外して中身を見聞し、眉根を寄せた。
「……これは、王宮に来た行商人から買ったのか? 魂を元に戻す方法も聞いたんだろうな?」
ちらりと横目に見て問われ、リオンは口を閉じる。明後日の方向に視線を逸らされ、リチャードは呻いた。
「聞いていないんだな?」
「そのうち、勝手に戻るんじゃないの……?」
リオンが曖昧に答えると、リチャードは唇を引き結ぶ。ニーナの姿をしたリオンに向き直り、眉をつり上げて言葉の雷を落とした。
「——向こう見ずにもほどがあるぞ、リオン! 戻れなかったらどうするつもりだ!」
いつも弟に甘いリチャードもさすがに見過ごせない悪さだったらしく、大きな声で叱責されたリオンは身を竦めた。
「……だ、だって……っ」
「だって、なんだ」
怒りを孕んだ声で聞き返され、ニーナの顔をしたリオンはまた瞳に涙を滲ませた。時を置かずしてぽろりと涙を零し、その様を見たリチャードが?を強ばらせる。
「だって……僕、お兄様になりたかったんだもん! お兄様みたいに剣術も馬術も上手くなりたかったの……っ。勉強だって、魔法だってお兄様の方ができて、羨ましかったんだもん——!」
それが、魂を入れ替えようと画策した本当の理由だったのだろうと、ニーナは思った。
リオンは、多くの侍女や従者から兄と比べられて育った。何においても他の追随を許さぬ王太子と、気難しい弟王子。誰もが兄王子の方がよいとぼやき、その心ない声を耳にしては、リオンは癇癪を起こした。
働く合間にサミュエルからそんな話を聞いていたニーナは、辛い目に遭われてきたのだなとリオンを不憫に感じた。剣術や馬術、それ以外の分野でも、リオンの成長はこれからだ。成人もしていないのに十五も歳の離れた兄と比べられては、太刀打ちできないのは当たり前。
だが人々は二人を王子という立場で括り、残酷に比較してきた。そんな仕打ちを受ければ、怒りっぽくなってしまうだろうし、皆に認められる兄になりたいと望むのも仕方ない。
しかし、普通はそこまで。
本当に兄に取って代わろうと行動に移す九歳児は——滅多にいない。
変なところで行動力と度胸のあるリオンは、兄に叱られ、九歳児らしく泣きじゃくった。顔をくしゃくしゃに歪め、涙をボロボロと流し、時々鼻水を啜り——。
ニーナは自分のあられもない泣き顔が恥ずかしげもなくリチャードの前に晒され、冷や汗を滲ませた。
「……リ、リオン様……っ、あの、泣きたいお気持ちはわかるのですが……っ、せめて顔を両手で覆ってくださいませ……っ。私のさして可愛くもない泣き顔が丸見えです……!」
涙を拭く布を探しキョロキョロと辺りを見回していると、リチャードがベッド脇に脱ぎ捨てていた自らの上着からハンカチを取り出す。そしてリオンの涙をハンカチでそっと押さえ、肩を撫でた。
「……泣くな、リオン。お前の気持ちはわかった」
「ご、ごめんなさい……っ。でも、お兄様がニーナを僕から取り上げようとするのも、すごく嫌だったの……っ」
怒られても尚、ニーナは自分の侍女のままでいさせてと訴えられ、リチャードは渋面になる。
「……それはできないと言っただろう」
聞き入れられず、リオンは地団駄を踏んだ。
「どうしてだよ! 今までずっと普通の侍女に仕えてもらってたんだから、ニーナでいいじゃないか! やっと大好きになれる侍女と会えたのに、どうして僕から取り上げるの……!?」
また滂沱と涙を零して我が儘を炸裂させ始め、ニーナはあまりの光景に青ざめた。
侍女が王太子に向かって敬語も使わず文句を言い、床を踏み鳴らしているのである。不敬であり、また淑女として目も当てられない有様であった。
リチャードは深々とため息を吐き、ベッドの上に座るリオン姿のニーナを見下ろす。
「……すまない、ニーナ。すぐにとはいかないかもしれないが、必ず元に戻すから」
その無慈悲なセリフに、ニーナは目を見開いた。
「え……それは、あの、魔法でぱっと元に戻せるものではないと……?」
リオンの声で尋ねると、リチャードは視線を逸らす。
「……本当に申し訳ないのだが……魂を入れ替える魔法は、今まで誰も作れなかったんだ。ここにあるからには、元に戻す術も必ずあるのは確かだと思う。しかし俺はその魔法を知らない。早急に調べさせるが、どれくらいで元に戻せるか明言はできない」
ニーナはくらりと目眩を覚えた。国一番の魔法使いであるリチャードが、すぐに直すと言えないほどの——高度な魔法。
そして自分の体の中に入った九歳児は、甘えた物言いで一国の王太子に向けて駄々をこねている。
「ニーナは僕の侍女のままでいさせてよ……! ねえ、お兄様……っ」
割と楽観的に生きてきたニーナはこの日、初めて目の前が真っ暗になるほどの絶望を味わった。
「……何も知らない方がこれを見たら……私の人生が……終わる……」
我が儘放題のリオンを前に、ニーナは堪えられず、かくりと気を失った。
◇◇◇
魔物が出没し、一般市民を害したという騒動は僅か四日で王都中を震撼させた。時悪く王都のいたるところで花々が咲き誇る春——多くの貴族が夜会に繰り出す社交シーズンだ。
古より魔物は真夜中に現れると言い伝えられており、貴族たちは夜間の外出を控えるべきか迷い、一刻も早い事件の解決を望んでいた。
リチャードは事件の収拾をつけるべく、調査隊を組み調べを進めている。
四日前に魔物とみられる何かに攻撃された一般市民は、酔客だった。酔っ払いの戯言かといえばそうでもなく、彼の肩には深々と獣の爪痕のような傷が残っている。それは猛禽類の鉤爪でつけられた傷に似ていたが、深さや形から、到底普通の獣がつけたとは考えられなかった。人と同等、またはそれ以上の体?の獣に襲われたと推測できた。
町医者に運び込まれて手当てを受けた被害者は、その後王都の警備を担う騎士団の詰め所で事情を聴取されるも、しばらく口はきけなかった。半狂乱で魔物に襲われたと騒ぎ続け、一夜経っても怯えていたからだ。
その後、酔いも醒めて落ち着いてから話を聞くと、被害者が見た魔物は二本足で歩き、人の二倍はあろう大きさで、体中に毛が生えていたという。瞳は闇を照らすが如く金色に光り、牙は掌ほどもあろう長さ。それは路地裏からのっそりと出てきて、足もとのふらついていた被害者がぶつかると獣の咆哮を上げた。被害者が驚いて叫ぶと、その肩を鋭い爪で引き裂き、建物の屋根へと跳躍して消えたそうだ。
——穏やかではないな……。
リチャードはかねてより魔物の噂があったいくつかの州の資料をもう一度読み直しながら、眉を顰める。そこへ、愛らしい声が呑気な調子で話しかけてきた。
「ねえ、お兄様。このお菓子食べてもいい?」
中央塔の三階にある執務室で仕事をしていたリチャードは、部屋の一角に置かれた円卓前に立つお仕着せ姿の少女——ニーナを見やり、なんとも言えない心地で頷く。
「ああ……」
いつもきっちり結い上げていた彼女の髪は、今日は片側に寄せて緩くまとめただけだった。髪が引っ張られて痛いと、中のリオンが嫌がったせいだ。
化粧は当人が出向いていつも通りしているが、お菓子を食べればその淡い色の紅も取れるだろう。
魂が入れ替わって二日——時間が経てば戻るかもしれないという淡い期待は裏切られ、二人はそのままでいた。
許可を得たニーナ——いや、リオンは遠慮なく高級菓子のリボンを解き、クッキーを手に取る。それは以前、ニーナが身も心も彼女自身だった時に、リチャードが贈ったお菓子の残りだった。
「このクッキー、ニーナの部屋にもあった。人気なの? おいしいよね」
リオンが何気なく言うと、リチャードの傍らに座っていたリオン姿のニーナが「あっ」と言って肩を揺らす。
横目に見た彼女は、眉尻を下げ、しおしおと項垂れた。
「……まだ食べてなかったのかな?」
明らかにリオンに食べられたのだと知ってがっかりしているニーナに、リチャードは微笑みかける。
ニーナの体であるため、リオンはこの二日、彼女の部屋で寝ていた。ニーナは「そんなわけには……っ」と狼狽したが、致し方ない。
彼女の自室にリオンと共に出向いたリチャードは、リオンのそれとだいぶサイズが異なるニーナのベッドを見て、どんな反応をするかヒヤヒヤした。しかし弟は意外にも「すごい。体にぴったりサイズだ!」とはしゃぎ、冒険気分でシングルベッドを楽しんでくれ、一安心だった。
そんなリオンは普段、他人のものを勝手に拝借する子ではない。先程のように、確認してから手にする。
だが現状、彼の体はニーナ。寝るためだけとはいえ、夜はそこが自分の部屋だからと言われてニーナの部屋で過ごしている。部屋にある化粧品なども、自分の体のために使うよう言われていた。
つまり彼にとってニーナの部屋は、自分の部屋でもあるのだ。故にそこにあったお菓子も自分のものだと混同し、食べてしまったのだろう。
リチャードに声をかけられたニーナは、こちらを振り仰ぎ、かあっと?を染める。
「も……っ、申し訳ありません……。すぐに頂くのはもったいなくて……」
滅多に手に入らないお店のお菓子だから、もう少し箱を眺めたあと少しずつ食べようと思っていた。
恥ずかしそうに小さな声で答えられ、リチャードは柔和な笑みを浮かべたまま、あまりの可愛さにぞくぞくと高揚感を味わった。
ニーナは外見も好みだが、内面も知れば知るほどリチャードを魅了した。
彼女は生真面目で、甘えのない性格をしている。リチャードが物を運ぶのを手伝おうとしても、自分ですると言って拒む。立場を弁えてリオンを主人として立て、しかし言うべきことははっきりと口にする芯の強さもあった。
リチャードも男なので、彼女に代わって物を持った際は何を言われても返さなかったが、いつ会ってもニーナは打算のない振る舞いをした。あの気難しい弟にもまっすぐ向き合い、今や離れたくないと駄々をこねられるまでに懐かれているのだ。その人柄は確実にリチャードの心を?み、一方でほんの少し距離を詰めて微笑みかけるだけで動揺する初心さには、支配欲が煽られた。
衝動的に理性を失い、すぐにも彼女を自らのものにしたくてたまらない気持ちになる。
魔物が出没して対応に追われ、疲れ果てていた時もそうだった。間近で話していると、彼女の甘い香りが鼻先を掠め、リチャードは心が疼いてニーナの髪に花を挿した。予期していなかった彼女は小さな悲鳴を上げ、その敏感な反応に、疲れで緩んでいた理性が切れそうになった。
弟の目の前だというのに、本格的に口説いてやろうかと身の内が騒ぎ、間違いなく男の顔で彼女を見つめていた。
しかし、たまに我慢が利かなくなりそうになっているが、リチャードはちゃんと順を追って彼女にアプローチするつもりだった。
まずはプレゼントやさりげない仕草で意識させ、彼女が自分に興味を抱いた頃合いでデートに誘い、着実に愛を育む。そんな計画だったのだが——。
リチャードは口惜しさに襲われ、内心盛大に舌打ちした。
——くそ……っ。リオンと魂が入れ替わってさえいなければ、そろそろ彼女を口説き始めるところだったのに……!
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