書籍詳細
モブ推し同士で悪役令嬢がヒロインと争っていたら、婚約者に外堀を埋められていた件
ISBNコード | 978-4-86669-481-8 |
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定価 | 1,320円(税込) |
発売日 | 2022/03/25 |
ジャンル | フェアリーキスピュア |
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内容紹介
立ち読み
少々引っかかる幕開けとなったが、その後の学園生活は最初の不安などどこ吹く風、バラ色の楽しいものとなった。
「エドさま、美術室に行ってみませんか?」
「図書館で本を借りたいのですけれど、エドさまもご一緒にいかがですか?」
今までエドウィンが誘うばかりで自分からは一度も誘ってくれなかったビアトリスが、積極的に学園内のあちらこちらに一緒に行こうと言ってくるようになったからだ。
もちろんエドウィンが断るはずもない。毎日楽しい時間を過ごしている。
(しかも今日は、こんな人気のない裏庭に誘うだなんて!)
美しく可憐な花々が咲き乱れるこの庭は、別名を『恋人たちの庭』。愛を告白する生徒たちが利用する学園の隠れた名所なのだと聞いたことがある。
そんな曰く付きの場所に、愛する婚約者から誘われたエドウィンが、期待してしまっても仕方ない。
(ああ、でも男の俺が、ビアーテから先に告白されるのはどうかな? ここは先に言うべきか?)
迷うエドウィンは、なかなかきっかけが?めなかった。
ビアトリスも同じなのか、キョロキョロと挙動不審な二人の間を無駄に時間が過ぎていく。
(……残念だけど、さすがにタイムオーバーだな。いや、でもこういうジレジレした想いも悪くない。きっといつかはいい思い出になる)
「風が出てきたね。たしかに君の言う通り綺麗な花の咲いている美しい庭で、いつまでも一緒に見ていたいけど、体調を崩したらいけない。そろそろ校内に入ろうか?」
ビアトリスに風邪をひかせるわけにはいかないと思ったエドウィンは、彼女に手を差し伸べた。
(愛の告白は、またいつでもできる)
「……はい。エドさま」
ビアトリスも離れがたいと思っているのだろう。残念そうな視線を庭の奥に向けながら彼の手を取った。
(ゴメン、ビアーテ。次は必ず俺から誘うから!)
エドウィンがそう思った瞬間、なにかに気を取られたのかビアトリスはバランスを崩す。
「危ない! ビアーテ!」
「え? あ、きゃあっ!」
咄嗟にエドウィンは、彼女を庇った。
もつれ合いながら倒れこみ、なんとか自分の体をビアトリスの下にする。
少しでも衝撃を少なくしようとした結果なのだが……なんと! 彼女の唇が、偶然エドウィンの唇に触れてしまった。
つまり、二人はキスしたのだ。
(うぉっ!)
その瞬間、エドウィンの頭の中に、バッ! と花が散った。脳内がピンクに染まる。
(キス! キスしている! ビアーテと!)
喜びが爆発し、まともな言葉にならない。
見上げれば、ビアトリスの頬は真っ赤に染まっていた。
「ご、ごめん、ビアーテ。怪我はない?」
このまま可愛い彼女の顔をずっと見ていたいけど、まさかそうもいかない。
バクバクと高鳴る胸の鼓動を意識しながら、エドウィンは彼女に話しかけた。
頬がカッカッと熱いから、きっと熟れたトマトみたいになっていることだろう。
「だ、大丈夫で————って、痛っ!」
焦って彼の上から退き立ち上がろうとしたビアトリスだが、できずに足首を押さえて倒れかかってきた。
「ビアーテ!」
きっと足を挫いてしまったのだ。そう判断したエドウィンは、即座に跳ね起き彼女の背中と両膝の下に手を入れ抱き上げる。
「へ?」
「私の首に手を回して?まって」
「あ、はい」
ビアトリスの手がしっかり?まったのを確認してから走り出した。
「エ、エドさま?」
「すぐに保健室に連れていくから、しばらく我慢して」
一刻も早く養護教諭に診てもらわなければならない。
「エドさま! 私、自分で歩けます!」
「ダメだよ。たぶん捻挫だと思うけど、軽く考えてはいけない。無理をしたら治りが遅くなるからね。このまま私に任せて」
ビアトリスに痛みなど少しも感じてほしくない。
急がなければと思ったエドウィンは、周囲を気にせず突き進んだ。
途中、不安になったのか、ビアトリスが甘えるように彼の胸に頭を擦りつけてくる。
(か、可愛いすぎる!)
「……ビ、ビアーテ。……大丈夫だよ。私が君を必ず守るから」
安心させるように囁けば、ますます頭は擦りつけられ、エドウィンは胸の鼓動を早めた。
大切に、大切に、愛する婚約者を抱きしめながらエドウィンは走る。
この日、このとき、彼は愛するビアトリスの体も心も、己が手にしっかり抱きしめていると確信していた。
————その確信が儚い幻想だったと判明したのは、一週間後のことだ。
場所は学園の教室。
今日は公務のため一旦学園を早退したエドウィンなのだが、ビアトリスの足が心配な彼は、即行で仕事を終え婚約者を送るためだけに学園に戻ってきていた。
既にほとんどの生徒が帰宅したり課外活動に出ていたりで、教室はほとんど無人になっている。
それなのに、ビアトリスはまだ教室に残っていた。
彼女を待つ公爵家の馬車の御者からそれを聞いたエドウィンは、やはり足の具合がよくないのかと不安に思う。
心配しながら教室に近づけば、なにやら言い争う声が聞こえてきた。
(残っているのは、ビアーテだけではなかったのか?)
不穏な雰囲気に耳を澄ます。
「————さっさとエドさまを攻略して、ハッピーエンドになりなさいよ! それがヒロインの役目でしょう!」
大声で怒鳴っているのはビアトリス。
(は? ————俺を攻略? それに、ヒロイン?)
「……え? ビアトリス……さま?」
「今さら『さま』付けで呼んでもらわなくて結構よ。あなたはヒロイン、私は悪役令嬢。私たちは敵同士なんだから!」
エドウィンは、愕然とした。
(悪役令嬢? ビアーテが?)
その後も、ビアトリスと誰かはなにかを怒鳴り合っている。
しかし、あまりに驚きすぎたエドウィンの頭には、言葉が入ってこなかった。
(ヒロインと悪役令嬢……といえば千愛が好きだった乙女ゲームのことか? ……それの攻略対象? 俺が?)
前世ではゲームをそれなりにやった悠人だが、さすがに女性の好む乙女ゲームには手を出していない。ただ、千愛に頼まれて誕生日だかクリスマスだかのプレゼントとして買ってあげたことがあった。
(やたらキラキラしいイケメンキャラがパッケージを飾っていて、千愛に『こういう男が好みなのか?』と聞いたら、きっぱり『違う』と言われたんだよな)
パッケージの中心にいるのだから、そのキャラが主人公なのだと悠人は思ったのだ。
なんで好みでもない主人公の出るゲームをするのか不思議になったのだが、イケメンは主人公ではなくメイン攻略対象者。悠人は、そのときはじめて乙女ゲームの概念を知った。
(要は、恋愛シミュレーションゲームの女性版なんだよな。ヒロインが複数の攻略対象者と恋をするゲームだ……と、思う)
男性向けであれ女性向けであれ、恋愛シミュレーションゲームそのものをやったことのない悠人には、よくわからないことなのだが————。
しかし、その乙女ゲームの用語が、なんで、今、ここで、怒鳴られているのだろう?
しかも、エドウィンのみならずビアトリス自身もゲームの登場人物のような言い方をして。
(まさか、ここはゲームの世界なのか?)
前世の大学時代の友人に、そんなラノベに嵌まっていた奴がいた。
(たしか、ゲームのキャラに転生した現代人がストーリーをぶち壊して自分の幸せを?む話だった。今の流行りだから読んでみろって、しつこく勧められたんだ)
結局悠人は読まなかったのだが……それと同じことが自分たちに起こっているのだろうか?
エドウィンは、混乱してしまう。
しかし、その中でもたったひとつだけ、はっきりとわかったことがあった。
(そうか。千愛には前世の記憶があるんだな)
どうやらそれだけは間違いない事実のようだった。
その後のビアトリスともう一人の女子生徒————エイミー・スウィニー男爵令嬢の会話は……正直、思い出したくない。
それは、エドウィンをひどく傷つけるものだったからだ。
悪役令嬢とヒロインだという二人は、どちらも攻略対象者であるエドウィンを疎み互いに押しつけ合っていた。
「————私はエドさまに婚約破棄される立派な悪役令嬢なのよ! そして、あなたは曲がりなりにもヒロインだわ。この世界に転生したからには、きっちりと役目を果たしてもらうわよ! 撤退なんて認めないから!」
「そんなこと言われても、私、他人の婚約者を取るとか、無理なんで————」
二人の言葉がグサグサとエドウィンの心に、刃となって突き刺さる。
特に痛かったのは、ビアトリスが必死の形相で叫んだ言葉だった。
「私は、ベンさま一推しのモブ担なんだから! しかも、断固、同担拒否なのよ!」
(『モブ担』……なんだ、それ?)
エドウィンは首を傾げる。
再び前世の記憶を辿って————そういえば、アイドル好きの友人が似たようなことを言っていたなと思い出した。
(たしか、好きなメンバーの名前をつけて『〜担』とか称していたな。ということは、ビアーテは、モブキャラが好きで応援しているってことなのか? しかも、ビアーテの一推しのモブキャラは、ベンさま? ————って、あのベンジャミン!)
ベンジャミン・キーンはエドウィンの側近候補だ。多少口が悪いがそれ以外は目立つところのないごくごく平凡な男子学生。
(……ああ、そう言われればたしかにモブキャラかもしれないな)
少々可哀相だが、なんだかストンと納得した。きっと間違いないだろう。
同時に、ズン! と落ちこんだ。
前世からずっと好きで大切にしてきた婚約者が、自分以外の、しかも自分とはずいぶんタイプの違う男を好きだったのだ。打ちのめされても仕方ない。
しかし、その反面、心のどこかで納得する自分もいた。
(千愛は俺のせいで殺されたんだ。その前も、いろいろひどい目に遭っていたと聞いている。そいつらにはきっちり報復したけれど、それで千愛のいやな思い出がなくなるわけじゃない。きっと、悠人みたいな人間には近づきたくないと思っているはずだよな。……今の俺は、当たり前かもしれないが、悠人に似たところがある。……好かれていなくても当然か)
自分を殺した人間を思い起こさせる相手を好きになるのは難しい。それくらいエドウィンにもわかっていたし、自分にそれを責める資格がないことも十分承知していた。
(千愛を殺したのは俺なんだ。むしろ、俺は嫌われていないことを幸運に思わなければならない立場だよな。…………っと? あ、俺は、本当に嫌われていないのか?)
急に不安になった。
エドウィンとビアトリスの互いに向ける想いに温度差があることは、彼自身も周囲も薄々気づいている。だからこそ両親や臣下は、エドウィンの努力にエールを送ってくれているのだ。
それでも、それは好きの度合いが違うだけで、嫌われているとは今の今まで思ってもみなかったエドウィンだ。
(……だ、大丈夫だ! と、思う。ビアーテの今までの態度を思い返すに、積極的に愛情表現をしてくれることはなかったけれど嫌悪感を向けられることもなかったから)
ビアトリスがエドウィンに向ける感情の中で、一番多いのは困惑だろう。
美しい緑の目が揺れるとき、彼女は戸惑いの表情を浮かべていることが多い。
そのほとんどは、エドウィンが彼女に好意を示したときで————。
(ああ、そうか。それも当然だったんだ。もしも、本当にこの世界がゲームの世界で、ビアーテが悪役令嬢、そして俺が攻略対象者なのだとしたら、俺たちの仲がいいのは、ゲームのシナリオ上ありえないことだから。さぞかし不思議に見えたんだろうな)
よくは知らないが、そんな乙女ゲームなど、聞いたことがなかった。
しかし、ゲームがどんな内容でエドウィンがどんな性格だったにしても、彼に前世の記憶がある限り、ビアトリスを嫌いになるはずがない。
(俺はビアーテと婚約破棄などしない!)
それだけは、絶対の自信があった。
どんなに好かれていなくとも————たとえ、嫌われていたとしても、ビアトリスを手放す未来を、エドウィンは選べない。
天と地がひっくり返ろうとも、その選択のせいで世界が終わるのだとしても、断じてありえなかった!
(婚約破棄だと? そんなこと誰が許すものか! 絶対、俺はビアーテを逃がさない! どんな手段を取っても俺のものとする!)
強く強く決意する。
諦めるつもりは、毛頭なかった。
(……それに、それほど絶望的な状況じゃないはずだ)
エドウィンはそう思う。
彼にはそう信じるに足る理由があった。
(ビアーテが好きなのは、ベンジャミン・キーンという個人じゃなく、モブというゲームキャラクターの一人だ。その証拠に、彼女はベンとろくに話したことはおろか会ったこともない。そんな相手を心から愛せるはずがないからな)
ゲームの中で愛していたのだと言うのかもしれないが、モブキャラとは特徴のない目立たないキャラクターだ。ほとんど行動せずセリフもないモノへの恋愛など、本当の恋愛とは言えないはず。
(本物のベンジャミンに恋したというならまだしも、虚構のモブキャラになんか、負けてたまるものか!)
グッ! とエドウィンは、拳を握った。
「————あなたはヒロインでしょう! さっさと王子を攻略しなさいよ!」
「————あなたは王子の婚約者でしょう! 絶対邪魔しないから、そのまま結婚してちょうだい!」
相変わらず彼を押しつけ合う言葉を聞きながら、エドウィンはそっと教室に背中を向けた。
(俺が立ち聞きしていたことを知られるわけにはいかない)
気づかれないうちに遠ざかり、声が聞こえないくらいの場所で、話が終わって出てきたビアトリスを待ち伏せるのだ。そして、彼女を迎えにきたばかりといったふりをして、偶然出くわさなければならない。
「————私は、モブ担なのよ! 悪役令嬢だし、エドウィンさまから婚約破棄される予定なの。あと、断固同担拒否だから! ベンジャミンさまには近づかないで!」
後ろから響いてくる声に……もはや傷つくことはない。
(残念だけど、俺が婚約破棄する予定は、未来永劫ないよ。ベンジャミンにも近づけさせない。……君を手に入れるのは、俺だ! 他の誰にも渡さない!)
フツフツと闘志を燃やすエドウィンだった。
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