書籍詳細
クズ夫との離婚のため腹黒貴公子と共闘することにしました
ISBNコード | 978-4-86669-491-7 |
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定価 | 1,320円(税込) |
発売日 | 2022/04/27 |
ジャンル | フェアリーキスピュア |
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電子配信書店
内容紹介
立ち読み
「どうせなら、派手に復讐してみたいとは思わないか?」
思わず頷きかけて思いとどまる。
こういう時、おいしい話にほいほい乗ってはいけないのだ。ティアとて、そのくらいの知識はちゃんと持ち合わせている。
半眼になり、だまされないぞというように見据えるティアを見つめ返し、セオは小さく肩をすくめた。
「俺の協力があれば、より効果的な復讐ができると思う」
「なんで、そんなことをしてくれるんです?」
子爵家から離れようとしているティアを援護することに、なんの意味があるのかまったく見いだせなかった。
「なんでって、面白そうだからだが?」
「はい?」
思わず聞き返す。今、面白いって言わなかったか。しかも愚問だと言いたげに。
聞こえていないと思ったのか、彼は同じ言葉を繰り返した。
「面白そうだから」
「面白いって!」
面白そうとはどういう了見だ。少なくとも、ティアは真剣なのだ。そんな理由で手出しをされても困る。
「お断り――」
「君の親の財産と遺品」
すかさず断ろうとしたら、セオはにっこりと微笑んで見せた。
取り上げられてしまった両親の財産や遺品は、ウォルトや彼の母親の手に渡っている。財産はともかく、遺品は一度手放したら二度と入手できないであろう貴重な品々。
救いは、ウォルトもその価値をよく理解していて、売り飛ばそうとはしていないところである――少なくとも、もうしばらくの間は。
「俺が手を貸せば、財産ばかりではなく君の親の遺品を取り戻すこともできるはずだ。平民として逃げ出すだけなら、そうはいかないだろ?」
「それは、そうかもしれませんけど」
遺品のことを口にされてしまうと、ティアも弱い。
この家を逃げ出す時に持っていこうと考えなかったわけではないけれど、たぶん、ティアが窃盗の犯人にされてしまう。諦めるしかないのだろうと思っていた。
「どうだ? 俺の話に乗ってみるか?」
ちょっと胡散臭いけれど、セオは悪い人ではないのだと思う。店で酔客が暴れた時もすぐに手を貸してくれたし。
けれど、ティアを疑ってあとをつけていた人が、こうやってぐいぐい来るのはちょっと怖い。
(……信じたいって思ってないわけじゃないけど)
人を信じることがどれほど危険か、ティアは身をもって知っている。
両親が信じていた子爵夫妻は、ティアを裏切った。
両親の親友だったというのに、目の前の財産に目がくらんだのだろう。死人に口なしという言葉の意味を、痛感させられているところでもある。
「俺が信じられない?」
それも当然だと言いたげな口調で、セオは重ねて問いかけてくる。それにもうなずくことはできなかった。
「別に、俺を信じる必要はないだろ? これはただの〝契約〟だ。君が目的を果たすまでの間、手を組むと思えばいい」
そう言われて、ティアの心もぐらぐらと揺れ始める。
この家に来て七年。ティアはないがしろにされっぱなしであった。ティアの存在そのものを、彼らはなかったことにしている。
「憂さ晴らし、したくないか? 俺はしたい」
いや、セオが憂さ晴らしして、どうしようというのだ。「面白そう」で首を突っ込んでくるあたり、たしかに面白半分なのだろう。
彼を信じるのは危険だと、忠告する心の声はたしかに聞こえてくるのに、セオの言葉は、ティアを揺さぶってくる。
(……ううん、それだけじゃない)
不意に気づいてしまった。
彼のこの態度。これは、命令することに慣れている人のものだ。少なくとも――彼はただの警備隊の隊員ではない。だとすると、これ以上彼の提案を拒むのも得策ではないような気がする。
「――よろしく、お願いします」
じっくり考えたのち、ようやくそれだけを口にする。
それが幸か不幸か、ティア自身にもわからないまま。
セオと共闘体制をとることになって一週間後。ティアは茫然としていた。
(……たしかに、協力してくれるとは言ってたんだけど)
目の前にあるのは、一軒の家である。
貴族の住まう地域と、裕福な平民の暮らす地域の境目あたり。
小さな庭を設け、そこに植えられている木々に遮られて、道路からは家の中の様子を見られないようになっている。小さいながらも、それなりに高級住宅であることがうかがえた。
もちろん、ティアにそのあたりの明確な知識があるというわけではない。なんとなく、お金がかかっていそう――というのを感じて、勝手に腰が引けているだけである。
「セオ、これは何?」
「これって――ここを君の教室にする」
教室。
教室ってなんだ――と問う間もなく、セオは玄関の扉を開いた。
小さな玄関ホールに入れば正面に階段。セオに案内され、家の中を見て回る。右手が応接間で左手が居間。
階段を上った先にはそれぞれに浴室のついた寝室が三つ。一階の裏手の方に厨房や食料保管庫、使用人用の部屋等があるらしい。
今ティアが暮らしている庭師小屋より、かなり立派なつくりである。
「……教室って、どういう意味です?」
「派手に復讐するって言っただろう。まず、君は貴族らしい立ち居振る舞いを学ぶ必要がある」
「家庭教師に一通りのことは習いましたけど」
固有魔術を使えるようになったら、人前に出さねばならないからという理由で家庭教師がつけられていた時期がある。十二の誕生日の頃までとはいえ、必要最低限、貴族の娘として必要な知識は身に付けているはずだ。
そう口答えしたら、「はーん?」と顎を突き上げて見下ろされた。その表情がちょっとむかつく。納得できない。ティアの口角が下がる。
「……だいたい、この家ってどうしたんです?」
「これは俺の家だ。仕事が忙しくて、あまりこちらには戻ってこられないんだけどな」
それにしては暇そうですね――と口が滑りそうになるのを慌てて押さえつけた。
忙しい割には、精霊のささやき亭に訪れる回数が多すぎではないだろうか。
「それで、私に何をさせるつもりなんですか」
「今言っただろ。ここに通って、貴族の娘として恥ずかしくない振る舞いを身に付けてもらう。いや、国一番の淑女を目指してもらう」
「――はい?」
今、とんでもないことを口にしなかったか。
国一番の淑女を目指すって、どういうことだ。だいたい、それがティアの復讐となんの関係があるというのだ。
「……精霊のささやき亭の仕事はやめられるか」
「それは、ちょっと」
おおらかな女将に、親切な店主。慣れないうちはてんてこまいだったティアを指導してくれた息子夫婦。
一応引き取って育ててくれたということになっている子爵家の人々より、精霊のささやき亭の皆の方がずっと近い家族のように感じられる。
今のセオの提案は、家族を捨てろと言っているも同然であった。
その様子だけで、セオも無理強いはできないと納得したらしい。自分のことを信じなくてもいいとか言った割に親切な人である。
「――だろうな。続けるなら忙しくなるぞ」
「やるなら、きちんと両立しろってことですか」
「そうだ」
セオが何を考えているのかわからない。
(この提案に乗るのって……すごく馬鹿げている気がするんだけど……でも)
ただ、逃げ出すだけでは足りないと感じていたのは事実。
奪われた十年を取り返すためにも、やってみてもいいのかもしれない。望みうる限り、最高の復讐ができるのならなおさら。
「……わかりました」
結論を下すまで、さほど長い時間はかからなかった。
どうせ、選択肢はそう多くない。
精霊のささやき亭の仕事も続ける以上は手を抜かない。店主家族に恩を感じているから。
「――さて、近いうちにここに家庭教師を呼ぶことにする。今までさぼっていた分、大変だぞ」
「さぼりたくてさぼっていたわけじゃないんですけど?」
思わず反論する。
家庭教師が来なくなって以来、たしかに勉強はしていなかったけれど、見よう見まねで自分の生活を調えるのに精一杯だったからしかたないではないか。
(――今から学ぶもの。絶対に、よくやったって言わせて見せる)
◇◇◇◇◇
――そして、いよいよ決戦の時を迎えたわけである。
レースと真珠で、ティアの美しさを最大限に引き立てる紫紺のドレス。オルブライト公爵家の子息であるセオにエスコートされてやってきたティアは、この場の中心人物であった。
自分の顔を凝視している名ばかりの夫――ウォルトの視線を痛いほどに感じながら、ティアは頭を下げた。
「ええ、私がクローディア・ハーベイです――はじめまして、旦那様」
はじめましてを必要以上に強調しながら下げていた頭をゆっくりと起こせば、真正面からウォルトと視線が合った。目を見開き、口までぽかんと開けた間の抜けた表情だ。
「クローディア?」
「はい、旦那様。そう、お呼びしてもよろしければ」
開いた扇で口元を隠す。困惑したような、心細いようなはかなげな笑みは消え失せた。
そこに浮かんでいるのが苦笑であると、周囲の人にはよく伝わったようだ。察しの早い人達で、本当にありがたい。たしかに自分の妻に挨拶されてうろたえる姿は滑稽だ。
「だ、だが、君は――病弱、で……身体の具合は大丈夫なのか」
慌てた様子で、ウォルトは態度を取り繕おうとする。今までの人生で、病弱だったことは一度もない。勝手にウォルトがそう言いふらしていただけだ。
「その方が子爵家には都合がよろしかったのでしょう? ご心配なく。シルヴェリア侯爵夫人が、身元を引き受けてくださることになりましたの」
シルヴェリア侯爵夫人は元王族で、先王の妹。
降嫁した侯爵家をよく支え、社交界に君臨した女傑。第一線からは退いた今も、その名はこの国で大きな影響力を持っている。
ちらりと目を向けた先には、扇を手にこちらを見守る侯爵夫人の姿。
「いったい、どこで侯爵夫人と知り合ったんだ?」
「それは秘密ですわ、旦那様――初対面の方とするお話でもありませんよね?」
書類上だけとはいえ、十年の間結婚していた相手と初対面とは。あの噂は本当だったのか――と、周囲の人達は思っているだろう。
今までの間、ウォルトが呼ばれるはずもない高位貴族だけの会に出席した時、ティアとセオは毎回のように話をしてきた。
聞いた人は、二人の予想通り、噂をばらまいてくれた。人の不幸は蜜の味とも言うが、ティアの置かれていた境遇には、まさしくその言葉がふさわしい。趣味は悪いが、貴族社会におけるささやかな楽しみと言ったところか。
ティアの置かれた状況にいたく同情した侯爵夫人も、いろいろな場所で〝ついうっかり〟口を滑らせまくってくれた。彼女が「ここだけの話にしておいて」と相手に言えば、「ここだけの話」として、その場に居合わせなかった人達にも伝わっていく。
当然、当事者には伝わらないように心掛けたから、知らぬはハーベイ子爵だけ。
周囲からひそひそ言われているのに、今までまったく気づいていなかったというのだからおめでたいにもほどがある。
「で、では、君は――」
「侯爵夫人のお屋敷でお世話になっておりますの。離婚しようと思いますので、書類はそちらに届けていただけます?」
開いた扇をぱちりと閉じて、微笑みかける。
セオのつけてくれた家庭教師から、徹底的に扱かれた女王の微笑みだ。身分にふさわしい立ち居振る舞いと教養をおさめた者のみに許された、勝利の微笑み。
再び、ウォルトが呆けたような表情になる。アンジェラが、ぎりっと奥歯を嚙みしめる音が聞こえたような気がした。
(そう、すべてはこの時のため)
家庭教師の厳しい授業に耐えたのも、一年もの間、社交界に根回しを続けたのも。
『そうよ、たしかハーベイ子爵夫人って……』
『ご両親の親友の家に引き取られたと聞いていたけれど』
『本当に、親友の家だったのだろうか。今まで夫と顔を合わせたことさえないとは』
周囲の人達の、声にならない声が聞こえたような気がした。お互いが自分の知っている〝噂〟を教え合っているのだろう。
奇妙な沈黙が場を支配する中、勇気をもって踏み込んだのはアンジェラであった。
「――あの、クローディアさん」
「今まで夫がお世話になったようでお礼を申し上げます。私にはお世話をする機会はありませんでしたけれど」
首を傾げて微笑む。ウォルトに向けたのとはまた種類の違う笑み。
明らかにアンジェラを敵とみなしていない――敵にすらならない小物である――と認識していると周囲に知らしめるための微笑みだ。
このくらいの腹芸ができなくては、社交界は渡っていけないものらしい――ティア自身、そのあたりの事情はよくわからないのだが。
「あ、あなたは――夫がいるのに、他の男性と遊び歩いているのですか?」
「あなたが、それをおっしゃるの?」
やれやれ、とティアは首を横に振った。今の発言は、アンジェラ自身の首を絞めているではないか。
妻のいる男性に同伴し、あちこち出歩いていたアンジェラが、何を言えるというのだろう。
何もできない哀れな幼馴染を助けてあげているだけと主張するハーベイ子爵。その好意に甘え続けたアンジェラ。
その陰で、存在そのものをなかったことにされ、社交の場に出ることも許されなかったティア。どちらが悪かは、明白である。
「わたくし、男性と遊び歩いた記憶はございませんわ。田舎に行く前に、両親と親交のあった方にご挨拶をしていただけです。親切な方に助けていただいて、ダルモアでの滞在が思ったより延びていますけれども」
ちらり、と意味ありげな目を侯爵夫人の方に向ける。彼女もまた、ひらひらとこちらに手を振り返していた。実にいい笑みを浮かべている。「やっておしまいなさい」というところだろうか。
「だ、だからって勝手に家を出ていいということにはならないだろう」
「使用人の一人もおりませんのに? 私があの家を出たのを、あなた今まで気づいていませんでしたよね?」
ウォルトが口を挟んできたので、ティアも反論した。
今の今まで気づいていないという方がおかしいのだ。いくら周りが隠していたとはいっても、「妻を放置して愛人と出歩く夫がいる」という言葉ぐらいは耳に入るだろう。〝クローディア〟のことを少しでも気にかけてさえいれば、それが自分のことだと気づかないということはなかったはず。
少なくとも、侯爵夫人の屋敷に滞在するようになってからは、小屋に届けられる食事も消費することはなくなっていたのに。
「親切なのは、大叔母様であって俺じゃないぞ」
保護者然として、ティアの斜め後ろでセオが言う。
ここしばらくの間、セオの〝純愛〟については、社交界のもう一つの格好の噂の種であった。
(……まさか、こんな誤解が生じるとは思っていなかったわよねぇ)
ティアとしては、セオには付き添いだけを頼んだつもりだった。
だが、母のドレスを直した流行遅れの装いで初めて社交の場に出た時。その日〝出会った〟セオが、ティアに一目惚れをしたと周囲は誤解しているらしい。
一目惚れをしたからこそ、ティアの置かれていた不幸な状況を放っておくことができず、セオはシルヴェリア侯爵夫人にティアを預けた。
ハーベイ子爵家に戻さず、侯爵夫人に託したのは、〝既婚女性と道ならぬ恋をしている〟と噂になるのを避けるため。
セオとティアが顔を合わせるのは、社交の場で多数の人に見られている時と、シルヴェリア侯爵邸で夫人に厳重に見張られている時に限られている――というのが周囲の認識である。
侯爵夫人は実に厳格な女性であり、道ならぬ行いは許さない。それが国王であっても――というのは、この国ではよく知られている。妃を放置して不貞を繰り返した兄王の性根を叩き直したのは、若かりし頃の彼女の一番の武勇伝だ。
とはいえ、噂の〝セオ〟像はちょっと出来すぎではないか、とも思う。
セオとティアが不埒な関係ではないことを示すため狙ってやっていた節もあるとはいえ、ティアに悪い噂が立たないよう気を配るセオへの世間の評価はうなぎ登り。本来なら許されないセオの〝純愛〟を後押ししてくれる人も出てきたというわけである。
(その分、ハーベイ子爵の株が下がりっぱなしなのは否定できないんだけど)
今まで女性を側に置かなかったセオ。その彼が恋をしたのは、既婚女性。
結婚している彼女に無償の愛を向けながらも、決してセオの方からは行動に出ない。
ただ、愛する人の名誉を守るのみ。物語として刊行されたら、読者に涙を流させるであろうお話だ。
「公爵令息には助けていただきましたけれど、それだけです。恩返しは、すべて片付いた後、私自身でいたします。私は、〝人に言えない行い〟をするつもりはありませんので」
にこにことしながら続ける。目の前にいる二人は、さぞや居心地が悪いだろう。
「べ、別に俺はそんなつもりは――だから、その、君を追い出すつもりは」
「追い出されたとは思っていません。私が、勝手に出ていっただけですから」
目の前にいるウォルトは、顔を引きつらせている。見る人が見れば整った顔立ちなのだろうが、今は焦った表情を浮かべているからか崩れて見える。
周囲のまったくひそひそしていないひそひそ話も、彼の居心地悪さに拍車をかけているのは間違いない。
『寝たきりだと聞いていたのに、今まで家にいないのに気づいていなかったの?』
『あれだけ噂になっているのに気づいていなかったくらいだもの』
嫌悪感を見せている女性達がささやき合う。意図的に、ウォルトやアンジェラに伝わらないように噂をまいてきたのは彼女達なのに。
『家にいる時は、懸命に看護していると彼は語っていたのだが』
まさか、懸命に看護されているとは思ってもいなかった。そんなこと、された覚えはまったくない。
男性達も、身近な女性達から噂話は聞いていたのだろう。ここで改めて、ウォルトには近づかない方がよさそうだと判断したらしい。
◇◇◇◇◇
「屋敷まで送る」
「セオドリック様、私は大丈夫なので、あちらに戻ってください」
たしかに恐怖は覚えたけれど、もう大丈夫。安心してもいい。
ティアはここにいても何もできないけれど、セオにはやらなければならないことがたくさんあるはずだ。
「行って、あなたの仕事をしてください」
ティアがそう言ったら、セオは驚いたように一瞬動きを止めた。
「――だが」
「大丈夫です、私。王宮を出れば、何かあっても精霊の力を借りられるでしょうし」
先ほど、一瞬だけ精霊の声を聞くことができたが、あれきりだった。あれは精霊達が起こした奇跡だったのかもしれない。
だが、王宮を出て精霊魔術が使えるのなら、自分の身ぐらい自分で守ることができる。今日、これ以上何かあるとも思えないけれど。
ティアの言葉を嚙みしめるように小さくうなずいたセオだったけれど、次の瞬間、思いがけない行動に出た。
セオの腕が、強くティアの身体に回される。今まで彼がそんな風にしたことはなかったから、息が詰まった。
「あ、あの……」
「君が、無事でよかった――心配、だったんだ」
セオに協力するということは、ティアが危険に巻き込まれるということも意味している。精霊の助けがある分、他の人よりは安全だろうけれど、それでも危険なことには変わりがない。
特に今回は、ティアの固有魔術が奪われるかもしれなかったのだから。
「助けに来てくださったじゃないですか。それで十分ですよ」
心おきなく、仕事に戻ってほしかったから、精一杯の笑みを浮かべる。無理をしているように見えなければいいのだが。
「……わかった」
背中に回された腕に力がこめられる。ぎゅっと彼の胸に顔を押しつけられて、息が止まるかと思った。
次の瞬間、顎に手がかけられた。
そのまま顔を持ち上げられたかと思ったら、そっと唇が重ねられる。
ティアは目を瞬かせた。
触れたのは、ほんの一瞬だけ。今のは、現実だったのだろうか。
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