書籍詳細
コミュ障聖女は裏方でいたい 完璧王子の愛妻なんて荷が重すぎます!
ISBNコード | 978-4-86669-502-0 |
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定価 | 1,320円(税込) |
発売日 | 2022/06/27 |
ジャンル | フェアリーキスピュア |
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内容紹介
立ち読み
「無理無理無理無理、は? お見合い? 何でそんなことしなくちゃいけないんですか? だいたい社交デビューすらしていない私にお見合いの話なんて来るわけがありませんし? 何かの間違いですし?」
まくし立てるエウリーネの右手は、二歳下の弟ユーラスにがっちりと捕まえられている。
「姉上。その疑問形だらけのしゃべり方、いかにも人と会話できない引きこもりっぽいからやめろよ」
「じっさい陰気な引きこもりですし? いやホント、何で? お見合いなんて父上が断るはずでは? お見合いってことは結婚するってことでしょ? 私には無理だって、ユーくんもわかってるでしょう!?」
「ユーくん言うな」
ユーラスは呆れ返った表情で、ベッドの天蓋を支えるポールにすがりついたエウリーネの左手をベリッと引き剝がした。
「とにかく来て。先方はもう本館でお待ちだから」
「いやいやいやいや、だから何で不意打ち!? 私、聞いてませんし!」
「言うわけないだろ、姉上は『能力』を使って逃げるじゃないか」
淡々と言いながら、ユーラスは姉をぐいぐい引っ張っていく。
私室から出ると、目の前は螺旋階段だ。別館のこの塔を、エウリーネは一人で使っている。
暴れると転げ落ちるので、エウリーネは仕方なく階段だけはおとなしく降りた。一人ならともかく、可愛い弟を巻き込んで落ちるわけにはいかない。
塔から外に出ると、紅葉に彩られた美しい庭が広がっていた。その向こうには、重厚なたたずまいの灰色の屋敷がそびえている。カラム伯爵邸の本館だ。
エウリーネは即座に抵抗を再開する。
「会っても意味ないですって! ほら私、病弱ですし!?」
「引きこもりすぎて軟弱、の間違いだろ」
ユーラスの声はだんだん投げやりになっていた。
カラム伯爵家は、ここペルセイアス王国の建国時代から続く、由緒ある家柄だ。国を〝災厄〟から守る〝聖女〟はこの家から生まれ、そしてその聖女は不思議な能力を持っている。
――と、もてはやされたのも、今は昔。〝災厄〟など存在しない今、聖女の役目も形ばかりのものだ。
エウリーネもまた、この家に生まれ、不思議な能力も一応持っている。世が世なら『聖女』と呼ばれたのだろうが、平和なこの時代に出番などないし、その能力が原因で幼い頃に色々とあったため、人間不信になった彼女は人前に出られなくなっていた。
しまいには病弱ということにして、社交デビューすらしていない始末なので、十七歳の今も男性と知り合う機会などないのはもちろん、友達もいない。家族も半ば諦めて見守っている。
エウリーネは、他人とのコミュニケーションに難のある、立派な引きこもりであった。
「そんな私とお見合いしようとかトチ狂ってるのはどこのどなたですか!? 表向きは病弱なんだから、一日中ベッドから起き上がれないって言ってくれればそれで済みますし!」
騒ぐ姉をなおも引きずって歩きながら、ユーラスは面倒くさそうに答える。
「ついさっき、姉上は孤児院に慰問に行って、帰ってきたところだよね。知ってたよ、あちらさん。起き上がれることはバレてる」
(よりによって領地での月イチの外出を捕捉されるとか、とんだ凄腕諜報員ですね!?)
愕然としているうちに、エウリーネはとうとう本館に入ってしまった。
応接間はすぐそこだ。扉の向こうには知らない男性がいて、彼女はこれからその人とお見合いをしなくてはならない、らしい。
「ユ、ユーくん」
弟の名を呼んだ後、とうとう声が出なくなったエウリーネは、固まって立ち尽くした。
(本当に、無理。だって私、私は)
ふと振り返ったユーラスの視線が、哀れみをたたえる。
「姉上……可哀想に」
「…………」
エウリーネは一瞬、見逃してもらえるかと思ったが、彼はニッと笑った。
「でも、こういうことでもないと出会いがないしね。それじゃあ幸運を」
ガチャッ、と扉が引き開けられ、彼女はほとんど突き飛ばされる勢いで、応接間の中に押し入れられる。
背後で無情に、扉が閉まった。
ローテーブルを挟んで、二つのソファが向かい合っている。
窓側のソファに座っていた男性が、スッ、と立ち上がり――
――エウリーネは、まともに彼と視線を合わせてしまった。
二人はただ、見つめ合う。
入口側のソファに座っていた父・カラム伯爵が、「来たか」と振り向きながら立ち上がった。
「エウリーネ、ご挨拶を。ジリオス殿下だ」
男性――ジリオスの森の色の目が、優しく細められた。
エウリーネはあわててスカートを摘み、淑女の礼をする。
(……ジリオス殿下!?)
それは、ペルセイアス王国の第二王子にして、監察騎士団の団長を務めている、ジリオス・ラス・ペルセスだった。
監察騎士団とは、国の治安を守る騎士団である。王侯貴族が領民を正しく守っているかどうか、法はきちんと機能しているかを見張り、不正は見逃さず、全てを白日の下に晒す。
特に王城監察騎士団は、城塞都市である王都の治安を維持しながら、他国からの密偵の侵入にも目を光らせていた。
今日の朝食の席でも、エウリーネの父が「ホーズ卿が事業に失敗し、領地に重税をかけることで損失を取り戻そうとしたのが、監察騎士団の調査で明るみに出たようだ」と話していたところだった。
そんな、清冽な光で闇を駆逐するかのような功績を重ねている監察騎士団の団長が、巷で『烈日の騎士』『断罪の騎士』などと呼ばれているジリオス王子なのである。
(え、待って待って、この方がジリオス殿下って……! 私、最近お見かけしてます!)
エウリーネの脳裏に、ひと月ほど前の、王宮での記憶が蘇った。
◇◇◇◇◇
再び馬車で移動する。王城は、天高宮を中心に小さな宮がいくつかあり、ジリオスは北側の澄月宮で暮らしていた。大した距離ではないのだが、エウリーネのために馬車を用意してくれていたらしい。
到着すると、奥まった一角にある部屋に案内される。
「君の部屋だ」
ジリオスに言われ、エウリーネはおずおずと中を見回した。
(思ったより小さな部屋! 落ち着くー!)
居間の家具も、例えばソファは二人掛けのものが一つだけ、というように、どれも私的に使われる大きさのものを数を絞って置いてある。どれも艶やかな木製で温かみがあり、カーテンや椅子に使われている布も明るい色合いの植物柄で、目に優しい。
一番彼女の目を引いたのは、窓だった。低い位置に出窓があり、クッションが置かれて座れるようになっている。
近寄って外を見てみると、木々の合間から美しい庭園が覗き、窓自体が一枚の絵画のようだ。
(日がな一日、ここで裁縫をしたり本を読めたりしたら、言うことなしです!)
振り向くと、扉近くに立ったまま彼女の様子を見ていたジリオスが、手で部屋の中を示した。
「狭くはないか? あまり広いと、何かするたびに歩き回らなくてはならないと思ったんだが……どうだろう」
(色々、気遣って下さったんですね。……優しい、方。本当に……)
エウリーネはつっかえつっかえ、お礼を言う。
「はい、あの……小さい方が、嬉しいです。ちょっと似てますし、あの、カラム家の、私の部屋に。ありがとう、ございます」
「良かった。後は、こちらが寝室だ」
ほっとしたように微笑んだジリオスが扉を開けて見せてくれた寝室は、やはりこぢんまりとしていた。ベッドは一人用に見える。
「体調に合わせて、いつでも一人でゆっくり横になれる場所が必要だろう。この居間と寝室はエウリーネのものだから、変えたいところは自由に変えてくれ。俺と君の二人の部屋は、また別にある。……それと、これを」
彼は、エウリーネに一本の鍵を差し出す。
「澄月宮の書庫が、すぐそこにある。君は本が好きだと聞いた。自由に使ってくれ」
「わ、嬉しい、です」
エウリーネは思わず、鍵を両手で受け取って抱きしめた。
「ありがとう、ございます」
ジリオスは微笑む。
「喜んでもらえたなら、俺も嬉しい。……座らないか」
「え、あ、はい」
(そうだったわ、ゆっくり話を、って。まだ色々と、ここで暮らす際の注意事項があるに違いないわ。ちゃんと聞かなくちゃ)
エウリーネは鍵を書き物机に置き、ジリオスとソファに並んで腰を下ろす。
当たり前のように、二人並んで、だ。
(わ、私は、書き物机の椅子を持ってきた方が良かったかしら)
ぐるぐる考えているうちに、エウリーネ付きの侍女となったニアという女性がいつの間にか茶の用意をしていた。
かつてのメイドのことがあるので、正直エウリーネは侍女もいらないと思っていたが、この宮ではさすがにそういうわけにはいかない。
ニアはとても無口だが、まとう空気は柔らかかった。
(そういう侍女を、選んで下さったのかも)
人間が恐ろしいエウリーネだが、自分の家族のように、優しく誠実な人がいることも知っている。
(ニアが、そんな人だったら嬉しいです。……どちらにせよ、何かない限り、ニアの裏側をうっかり見てしまわないように気をつけましょう)
ニアが仕事を終えて出ていくと、ジリオスはソファの背にもたれ、軽くため息をついた。
「陛下や妃殿下方の前に出るのは、気疲れするな」
(あれ……お父上やお義母上様方と会うの、ジリオス様もお疲れになるんですね)
エウリーネは思わぬところで共感を覚えながら、彼に促され、ティーカップを恐る恐る両手で取った。
(温かい。きっと香りもいいのだろうけど、緊張しすぎてよくわかりませーん……)
とにかく一口飲み、喉を潤す。
身体を起こしたジリオスが、軽く咳払いをした。
「……エウリーネ」
「は、はいっ」
カップを置くと、彼は続けた。
「覚えているかな。君はただ、俺のそばにいてくれればいい、と言ったこと。毎日、顔を見せてくれれば、それでいいと」
(覚えていますとも)
びくっ、と、エウリーネは固まる。
(でも結婚するんだからやっぱりそういうわけにはいかないっておっしゃるんでしょう、わかってますし! 同じ宮で暮らす以上、今日から夫婦らしく寝食ともにしろって言われるくらいの想像はしてましたし! あああ、食事なんて喉を通らないだろうし、二人の部屋が別にあるってことは夫婦の寝室もあるんでしょうし! 今夜のことを『初夜』って言うんでしょ、私は詳しいんですからね!)
耳年増のエウリーネは破れかぶれになりながら、悲壮な決意を固めた。
(私、今夜、緊張のあまり心臓発作か何かで死ぬかもしれない。父上、母上、ユーくん。私が死んでも、あーやっぱりエウリーネには無理だったか知ってたー、くらいでサラッと流して下さいね。ジリオス様を責めないで)
しかし、ジリオスはどこか申し訳なさそうに、組んだ両手を見つめる。
「身体が弱くて他人との交流ができない中で、君は自分なりに、居心地のいい生活を作り上げてきたはずだ。それを、俺が無理を言って、急激に変えさせてしまった」
(ええまあ……その通りでございまして)
「本当なら、俺を少しずつ知ってもらい、好かれる努力をするべきだったし、できるならそうしたかった」
一度、口をつぐんでから、思い切ったように彼は告白した。
「白状する。子どもの頃に結婚の約束をした、というのは、噓だ」
エウリーネは目を剝く。
(っ!? や、やっぱり何か思惑があって!?)
ジリオスは続ける。
「ああ言えば、カラム伯爵夫妻の俺への印象が良くなって、早く結婚できると考えた。病弱だと聞いたから、最短でここに呼び寄せて養生させたいと焦ったんだ」
「え、え、あの、じゃあ、離宮で会ったことも、噓」
「いや違う! 九歳の俺と六歳の君は、あの日、本当に離宮にいた」
ジリオスは急いで言葉を継いだ。
「そしてその時、結婚するなら君がいいと思ったのも本当なんだ。俺の方が、一方的にだが」
「!?」
(いやいやいやいや、だから私は覚えてないんですって! その日、いったい何が? 結婚したいと思ったなら、今までカラム家に何も言ってこなかった理由は!?)
口をパクパクさせているエウリーネを見て、ジリオスは眉尻を下げて微笑む。
「何と言っていいか……困ったな」
(いや私こそぶっちぎりで困っているような気がしますが!?)
エウリーネは心の中で叫びながらも、初めて見る彼の弱気な表情に、一瞬ドキッとしてしまった。
「済まないが、今話してしまうと、おそらく君はもっと混乱すると思う。近いうちに必ず話すから、許してくれ」
そう言ったジリオスは、エウリーネの方に身体を向けて、姿勢を正した。
「今日から共に暮らすわけだが、その事実は少し置いておいて……俺たちはまだ、互いのことをよく知らないだろう?」
「……はい」
「だから、初めて出会ったのが今日、ということにしないか?」
ジリオスは不思議な提案をする。
「これから毎日、ひとつひとつ、段階を踏んでいこう」
「ひとつ……ひとつ」
「そうだ。毎日、挨拶をして。名前を呼び合って。一緒に食事や散歩をして。これまでの人生を教え合って。慣れてきたら、王宮の外に出かけてもいい」
森の色の瞳は、まるでエウリーネを包み込むように優しい。
「ゆっくりと、二人の関係を作っていこう。いつか、二人で過ごす時間が居心地のいいものになるように。……さて。今日、君と俺は、この王宮で『初めて』出会った」
ジリオスは、カラム家に来た時のように、もう一度名乗る。
「俺は、国王ダヴィド陛下の子、ジリオス・ラス・ペルセスだ」
「あ、あ、ええと……エウリーネ・カラムと、も、申します」
エウリーネも名乗る。
ジリオスはエウリーネの手を優しく握ると、指先にキスをした。
それは、王侯貴族の女性ヘの一般的な挨拶だったけれど、不思議なときめきをエウリーネにもたらした。
(何? 今、何か……新しい気持ちを知ったような気がしたわ)
手を握ったまま、ジリオスがささやく。
「今はただ、君のことを深く知りたい。また明日、会ってくれるか?」
こくこく、とうなずくと、彼もまたうなずき返した。
「約束だ」
そして、立ち上がる。
「では、仕事をなるべく早く終えて、明日また来る。今日はゆっくり休んでくれ」
部屋を出ていくジリオスを、エウリーネは半ば呆然としながら見送ったのだった。
◇◇◇◇◇
エウリーネが目を覚ました時には、窓の向こうはほのかに明るくなり、小鳥の声が聞こえていた。
一糸まとわぬ姿のジリオスに、一糸まとわぬ姿で抱きしめられていた彼女は、白目を剝いて固まった。
昨夜の記憶が容赦なく蘇る。
(きゃあああああ! 恥ずかしすぎます!)
「目なんて覚めなくていいー!」
「目覚めなかったら死んでしまうだろう」
とっくに起きていたジリオスは優しく突っ込み、エウリーネの額に口づけた。両手で彼女の顔を包み、目を細める。
「おはよう。身体は、辛くないか?」
「………………」
もはや返事もできないエウリーネは、真っ赤な顔でガクガクとうなずくばかりだ。
(物語に出てくる男女って、よくもまあこんな状況でピロートークとかできますね、信じられない……!)
しかし、ジリオスはただただ、幸せそうだ。
「このままもう少し、ゆっくりしよう」
唇を近づけてくるジリオスの口元を、エウリーネは両手を添えて、必死で押し返した。
「あ、あああ、あの、服を……服を着たい、のですが」
ジリオスはちらりと悪者のように笑う。
「ダメだ、と言ったら?」
(即死します!)
恥ずかしさのあまり涙目になったエウリーネを見て、ジリオスはあわてて「わ、わかった」と彼女の世話を焼いたのだった。
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