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転生したのに魔力ゼロ、王太子の侍従に強制転職させられました

日向そら / 著
SHABON / イラスト
ISBNコード 978-4-86669-503-7
定価 1,320円(税込)
発売日 2022/07/27
ジャンル フェアリーキスピンク

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内容紹介

添い寝も仕事のうちだなんて聞いてませんが!?
元社畜OL、過保護な王太子にじわじわ外堀を埋められてます
前世で社畜OLだったアンは、魔法のある世界に転生したものの魔力ゼロ。パン屋の看板娘として平民ライフを送っていたが、「転生者がそばにいることで王太子にかかった呪いを癒やせる」という理由で、王太子ディオンの侍従に強制転職させられてしまう(しかも男装必須)。一癖も二癖もある側仕えたちに囲まれながら、社畜精神を発揮して頑張るアン。……でも、お菓子で餌づけされたり毎晩添い寝したり、これって本当に侍従のお仕事ですか!?
「妃はお前一人でいい。俺はもうずっと……ずっと前からアンのことが好きだった」

立ち読み

(……ん、朝……?)
 汗で濡れたらしい身体は気持ち悪いのに、気分はとてもすっきりしている。
 すぐ近くにある温かさが離れ難くて近寄れば、とてもいい香りがした。仄かなミントとお日様のような優しい匂い。
 どこかで嗅いだ、と思ったその瞬間、アンはカッと目を見開いた。
 驚きすぎて身体を横たえたまま微動だにできないまま、アンと向かい合う形で同じ寝台の中で寄り添うように、こちらを向いて目を閉じている人物を凝視する。
 シーツには黒髪と金髪が半々に交じり合った髪。間近で見た睫毛は輝く金色で驚くほど長い。スッと通った高い鼻に、形のいい薄い唇は柔らかく弧を描いており――彼が、この国の王太子であることは間違いない。
(なんでディオン様と一緒に寝てるの……!?)
 もしやまだ夢を見ているのかもしれない。今目の前にある光景が信じられなくて、アンは目だけを何度も瞬かせた。
(え、……ちょっと待って! 昨日……昨日、なにしてたっけ……?)
 確か……そう、朝から体調が悪くて熱っぽいなって思っていたら、気づいたディオンがアンを抱えて、部屋まで運んでくれたのだ。
 寝台に押し込まれて、『過労』と『睡眠不足』だと診断され、その後もディオンは一人残ってアンの話を聞いてくれた。
 その上魔法まで見せてもらって、その可愛さと美しさに感動した……ことまでは、わりとはっきり覚えている。
『ほら、瞼を閉じろ。――ああ、いい子だ』
 耳の奥に優しく穏やかな低い声がふっと蘇る。どことなく甘くて、胸を切なくさせるような、そんな声だった。
 アンの顔がぶわっと赤くなり耳まで熱くなる。
(顔もいいのに声もいいとか反則……いや、うん! 知ってたけど!)
 そう、間違いなくアンは、幼い子供のように、ディオンに褒められ撫でられる大きな手に安心してしまった。だからこそ、あれほど簡単に眠れてしまったのだろう。
(ううう……寝かしつけてもらったなんて赤ちゃんなの私!? それにすごく可愛くて感動したけど、あんなにたくさん魔法を使って、ディオン様の身体に負担がかからなかったのかな……)
 しかしじっとディオンの顔を観察してみても顔色は決して悪くない。血色はいいし、髪もアンが少し前に見た時よりもずっと金髪部分が増えている。
 そうなるとやっぱり初めの疑問――なぜ、同じ寝台でディオンが一緒に眠っているのかということが気になるわけで。
 年頃の男女かつ、アンは寝着で、ディオンも上着を脱いだのだろうシャツ一枚だ。寝苦しかったのかボタンが三つほど開いた胸元が、とても色っぽくて目のやり場に困ってしまう。
(な、なにもないわよね……?)
 アンの夜着はそのままだし、身体の節々が痛くて怠いのは熱の後遺症だろう。
(……いや、うん! 王太子ともあろう方が、私に不埒な真似するわけもないから! 図々しいことこの上ない!)
 顔を取り繕うべく、そろそろとシーツに潜り込む。
(看病してくれて、そのまま寝落ちしたとか……眠くなって部屋に戻るのが面倒で、いいや一緒に寝てしまえ、って感じだよね。きっと、うん!)
 とりあえずそっとシーツから這い出す。
 ディオンが眠っているうちに、身支度してその間に心を落ち着かせよう。そう思って身体を起こそうとすれば、いつの間にかばっちり目を開けていたディオンが、アンを見上げていた。
「そろそろ落ち着いたか?」
「っきゃああああ!」
 どうやら寝たふりをしていたらしい。
 はっきりした声は明らかに寝起きではなく――アンは今までの行動を見られていたことの恥ずかしさと驚きに今更ながら叫んでしまった。ディオンはうるさそうに耳を押さえ、「お前な……」と呆れ顔で上半身を起こした。
 それからすっと手をアンに向ける。すると部屋の天井の方から飛んできた水晶玉がちょこんと、その大きな手のひらに載った。
「一応、冤罪はかけられたくないから一晩中記録を残しておいたんだが……見るか?」
「え……?」
 これは商会で使っていたのを見たことがあるので知っている。確か商談の記録の改ざんを防ぐ為に使っていた魔道具で、ビデオカメラのようなものだった。
(見たいような見たくないような……)
 けれどおそらく見なかったら見なかったで、一体なにがあったんだろうと、数日は悶々と過ごすことになるだろう。
「み、見ます……」
 おそるおそるそう言ったアンに、ディオンは「……そうか」と明らかに疲れた顔で頷いた。その時点で悪い予感がしたのだが――水晶玉の中に自分の姿が映り、慌ててアンは覗き込む。
 小さな球体の中で眠るアン。傍らにはディオンがいて、看病してくれているのだろう、甲斐甲斐しく額の布を替えてくれている。とてもありがたいが、王太子にさせることではない。
(こういう時こそ、クラークの出番でしょ! 私を叩き起こしてでも止めて欲しかった……!)
 同僚の嫌み眼鏡に八つ当たりしていたら、水晶玉の中にいるアンはどうやら熱が上がってきたらしく、小さな画像でも分かるほど、真っ赤な顔で「寒い」としきりに呟き始めた。
 それだけならまだしも――なんとディオンの腕に縋りつき、『……いっしょに、ねよ……?』と懇願したのである。
(きゃああああ! 死にたい! 幼女でも気取ってんの私! しかもディオン様はちゃんと宥めてくれてるのに、しつこくコアラみたいにくっついてるし……!)
 自分が同じ年頃の少女よりも力が強い自覚はある。ディオンも熱を出したアン相手に無理やり引き剝がすことは憚られたのだろう。その優しさが今は辛い。
「……ぅう……ディオン様、もういいです……!」
「ここからが面白いんだが」
 シーツに頰杖をつき、水晶ではなくアンを見ていたディオンが、作ったような笑みでそう答える。アンは水晶の映像から逃れるように離れると、シーツの上に土下座した。
「大変申し訳ございませんでした……!」
「いい。……いや、他では絶対やるなよ? ……まぁ、それにおかげでいいことが分かった」
「え?」
 アンが顔を上げると、ディオンは水晶を元の大きさに戻し、それを胸ポケットにしまい込む。
 口元に手をやり、大きく欠伸をして、「寝すぎたな」と時計を見た。
「あの、いいことって」
 ディオンにしては随分思わせぶりだ。首を傾げたまま先を促すアンに、ディオンは悪戯げに口角を吊り上げた。
「お前を抱いて眠ると、よく眠れる上に魔力の回復がかなり早い」
「――はい?」
 笑みを深めたディオンにアンは悪い予感を覚え――それはもれなく的中するのである。






「――あ、アンリもう上がっていいよ。今日からでしょ。ディオン様と寝るの」
(言い方ぁぁ!)
 ディオンの執務室の中にある側仕え用の控室にて、エミールにそう言われ、アンは思わず手にしていた本を絨毯に叩き落としたくなった。
(せめて添い寝とか、他に言い方があるよね……!?)
「これ、ディオン様の明日の服ね。鍛錬に行くならこっち、執務するならこっちだから」
 しかしわざわざ持ってきてくれたらしい着替えに、喉まで出かかった言葉をぐっと呑み込み、アンは大人しく受け取る。
 ――アンが熱を出した次の日に判明した『一緒に眠るとディオンの魔力の回復が早い』という現象は、マッテオ立ち会いのもと、何度かのお昼寝実験から、真実であることが確定した。
 その結果『できるだけ一緒に眠る』と決定されたのは仕方がないことなのだろう。そもそもアンの一番大事な仕事はディオンの側にいて、魔力回復の手助けをすることなのだから。
 そう、『仕事』だと言われれば大抵のことは了承してしまうのが、NOと言えない日本人……いや、単に社畜精神が魂に刻まれているアンである。
 そんなわけで熱が下がったその日は一日休み、次の日にはほぼ体調は戻っていたが、その例の実験をする為にディオンとマッテオが何度か部屋に来て、話し合いを重ねていた。
 その後、従者の仕事も今日から解禁となり――その例の『一緒に寝る』お仕事も始まってしまったというわけである。
「それにしても、他人と一緒の寝台に寝なきゃいけないなんてぞっとするよ。ましてや男とか臭いしごついしデカいし、寝返り打つのも気を遣うなんて、僕なら絶対眠れないね」
 可愛い顔をこれでもかと歪ませたエミールは、両腕を擦る。未だアンのことを男だと思っているので、一般的にはその反応は正しいのだろう。
 そんな理由もあったのか、エミールには倒れたことに関して健康管理も仕事のうち、と叱責される覚悟をしていたのに、いつになく真面目な顔で『新人への配慮が足りてなかった』と逆に謝罪されてしまい、とても感動した。なんなら『もう一生ついていきます!』と、アンはエミール教に入信を決めた。
 ああ、『熱ぅ? 俺がお前くらいの頃は四十度超えても仕事してたけどな』と嘯く前世の上司とは雲泥の差である。
 ちなみにラファエロは、頰に両手を当てて『ねぇねぇ、なんか進展あったら教えてねー?』なんて女子高生のノリで励ましてくるし、クラークは相変わらず無視であるが――なんとなく背中にねっとりと伸しかかっているような圧を感じるので、あえて見ないようにしている。触らぬ神にたたりなしだ。

 そしてエミールのお言葉に甘えて軽く食事を取り、湯浴みを済ませるとあっというまに夜が来た。
 同じく湯浴みを済ませてきたらしいディオンが寝台に腰を下ろせば、その反対側に足を向けて座っていたアンは緊張のあまり、動けなくなっていた。
(ディオン様と一緒に寝るなんて……ますます眠れなくなりそうなんだけど……)
 しかもアンには今回のこの添い寝に関して、誰にも聞けなかった心配事があった。
(元々愛妾にって話だったし、もしかして夜のアレやコレもしたり……する……?)
 そもそも、その結果――妊娠するのが嫌で、わざわざ男装してまで従者になったのだ。そうなればまるきり意味がなくなってしまう。
「――アン?」
「……っはい!」
 黙ったままのアンを不審に思ったのかディオンに名前を呼ばれた。思っていたよりも近い距離に、アンは飛び上がった。
「そろそろ寝ないか?」
「え? あ、はい!」
 上擦った声で返事をすると、ディオンは、「そうだ」と、一足先に寝台に乗り上げ、アンの顔を覗き込んできた。
(ち、近い!)
「俺が来るまで、わざわざ起きて待ってなくていいからな?」
 気遣うディオンの瞳は穏やかで、あくまでいつも通りだ。色っぽい雰囲気は欠片もなく、アンは少々拍子抜けし、「えっと……善処します」と曖昧に頷いた。
 しかしそれを聞いたディオンは、すうっと目を細め、アンの毛先を摘み、つん、と引っ張った。
「『ニホンジン』のソレはほぼ無理な時に使う言葉と、マッテオに聞いたことがあるんだが?」
(マッテオさん、余計なことを……!)
 恐るべし、『聖女語録』。
 じぃっとアンを見つめるディオンの瞳は胡乱げだが、アンの健康を考えての提案なのだろう。
(侍従として主より先に寝るってどうかと思うけど、今頷いとかなきゃ滾々と説得されそう……)
 不本意だがここは譲るしかない。
「ちゃんと寝ます」
 なるべく真面目に聞こえる声でアンはディオンにそう告げる。しっかり頷いたアンに、ディオンもようやく表情を緩め、シーツを捲ると中に入り込んだ。
 そのまま片手で隙間を空けて、「早く入れ」と促してくる。
 その姿はまるで甘いロマンス小説に出てくる挿絵のように様になっていた。ディオンが美形だから余計にはまったのかもしれない。
(うわぁ、普通に恥ずかしい……!)
 羞恥心に固まったアンに、ディオンはシーツを押し上げたまま、再び目を細めて低く笑った。
「アン? 自分がやったみたいに、無理やり引きずり込んで欲しいのか?」
 考えるまでもない。水晶の中の自分の痴態を思い出して、アンの顔が熱くなる。
 俯いたアンはおずおずと「お邪魔します……」と、断ってからシーツに潜り込んだ。せめて赤くなった顔をこれ以上見られないように、ディオンに背中を向ける。
「……触れても構わないか?」
 しかし早々にディオンにそう尋ねられ、口から心臓が出るかと思った。
(触れるってどこに……!)
 問い質したいが、まるで縫いつけられたように口が動かない。そんなアンの緊張を察したのか、ディオンは幼い子供を宥めるような優しい声で名前を呼んだ。
「後ろから抱き締めてもいいか?」
(も、もしかして勘違いした!? いやそこから始まる可能性はないワケじゃないけど!)
 するかどうか別にしても、少しくらい時間の猶予はあるはずだ。赤くなったり青くなったりと、みっともない顔を見られないのはいい。
(うん、顔を突き合わせるよりだいぶマシ!)
「ど、どうぞ!」
 アンが許可を出すと、ディオンは思いのほか慎重な手つきで、アンのお腹に手を回した。下の手は一旦アンが顔を上げて枕と首の下に敷かれる。あ、これなら腕枕でも痺れないよね、と思った途端、ますます恥ずかしくなってしまった。目の前にはディオンの大きな手のひらがあって、日に焼けていない腕の内側の皮膚は白いけれど、太い血管が浮いていた。大人の男の人の腕だ。
(なんで一緒に横になっただけで、こんなにどきどきするかな……。前世では普通に恋人くらいいたでしょ!)
 やっぱり完全にアンという十六歳の女の子の精神に引きずられているらしい。
 どうかさっきからうるさい心臓の音に気づかれませんように――と、アンは身を縮こまらせ、普段全く信じていない神様に祈った。
「アン。……無理強いした俺が言うのもなんだが、身体から力を抜け。緊張してたら眠れないだろ?」
 頭のてっぺんに顎を置いたディオンが、ぐりぐりと動かしてくる。
「いたっ……ちょ………やめてください!」
 慌てて逃げようとすれば、自然にぎゅうっと抱き締められる。悔しくなって手のひらをくすぐれば、「オイ、やめ……っ!」とディオンが身を捩り、首から腕を引き抜かれそうになった。そうはいかないとアンが抱え込むと、「……もうくすぐるなよ」とぶすっとした声が耳の近くで聞こえる。なんだかそれが妙に可愛いと思っていたら、いつの間にか緊張が解けていった。くすぐったくない程度に大きくて硬い剣ダコのある手を撫でていると、ふと気づいたことがあった。
「ディオン様、今日は手、あったかいですね」
「あ? そうか? まぁ、ちょっと眠いしな」
 そう言ったディオンの言葉に、アンは思わず目を見開いた。
(――これは『しない』流れなのでは?)
 そう気づいたアンの行動は早かった。
「……っ! じゃあ、さっさと眠っちゃいましょう! いっぱい寝た方が回復するんですよね!」
 そう言って、アンはディオンの手を両手で挟み込み、いっそう優しく擦り合わせる。
 ぴく、と指先が動いたけれど、止めようとはしないので、きっと大丈夫だろう。
「アンは……あったかいな……」
 確かに羞恥心で体温が上がっている自覚はある。それに、やっぱりくっついている場所から温かくなってくるのは自然の摂理だろう。だからどちらかというとアンの体温だけじゃなく、お互いの熱で温め合っているような感じで……。
 そう言おうとして、慌てて口を閉じる。なんだか熱を分け合う、なんて意味深に思えるのはアンだけだろうか。
「そ、そうですかね……」
 当たり障りのない返事をすれば、ディオンは言葉にせずにこくりと頷く。
 そのまま十秒、二十秒と沈黙が落ちて、ふとお腹に回っていた手が少しだけ重さを増した。
「……ディオン様?」
 思わず呼びかけた後に聞こえてきたのは、規則的な寝息だった。
(……もう寝てる? そんなに疲れてたのかな……それともアレかな? 『前世持ち』の隠れた能力とか……っていうか最初からそういうのは『しない』つもりだったのかな。……そんな感じだよね……うわぁああ! もう!)
 自分の自意識過剰っぷりが本当に恥ずかしい。しかも二度目という学習能力の低さ!
 アンはひと通り心の中で叫ぶ。
 けれど、どうにか短時間で心を落ち着かせると、ディオンを起こさないように静かに寝返りを打ち、思い切って向き合ってみた。さらさらの金のメッシュの髪が白いシーツに散らばっている。ディオンは目を閉じていると、いつもよりも無防備で幼く見える。……あ、やっぱりちょっと可愛い、なんて再び思ってしまう。
(二十歳かぁ……私が成人した年って、なにしてたかな? 大学はわりと充実してたような気がする……就活前だったし、バイトして、好きなアーティストのライブ行ったり、友達と旅行したり……今考えればお気楽に過ごしてたよね)
 それに比べてディオンはどうだろう。
「……ディオン様は偉いね」
 頭には手が届かないので、そっと回した手で背中を優しく撫でる。
(オキシトシン、オキシトシン……幸せホルモンよ、出てこい。ディオン様がぐっすりいい夢見られますように。……っていうか、私もくっついてたら眠くなってきた……)
 アンは小さな欠伸を一つしてから、そっと目を閉じた。
 だから眠っているはずのディオンの耳がほんのり赤くなっていたことには、気づけなかったのである。


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