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男装騎士になったらこじらせ夢魔の騎士隊長に捕まりました

灰ノ木朱風 / 著
旭炬 / イラスト
ISBNコード 978-4-86669-508-2
定価 1,320円(税込)
発売日 2022/07/27
ジャンル フェアリーキスピンク

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内容紹介

《第2回ジュリアンパブリッシング恋愛小説大賞銀賞受賞作》
私を溺愛する夢魔の正体はクールな上官!?
昼夜問わず愛されて脱出不可能です
秘密を抱えた二人が夢と現で愛を育む純愛ファンタジー
とある事情で女であることを隠し、騎士として鍛錬を重ねるフローリア。偽りを解き少女に戻れるのは、夢の中だけ。美貌の夢魔ルティとの甘い逢瀬が彼女の楽しみだった。そんなある日、ルティから現実でもフローリアを見つけ出すと宣言される。「どんな姿をしていてもひと目顔を見れば必ず君だとわかる」そう告げられて、期待と不安に揺れるフローリア。時を同じくして「氷の貴公子」の異名をもつ騎士隊長アルトゥールとの距離が近づいていき……?
「フローリア。君のすべて、君の丸ごとそのままを、俺は愛するよ」

立ち読み

 芽生えた想いとじっくりと向き合う暇もなく、現実は目まぐるしく過ぎてゆく。
 私は、アルトゥール隊長が好き。
 その事実は喜びと、戸惑いと、恐れと――様々な感情を同時に連れてきて、私はまだうまくそれらを整理しきれずにいた。
「あっという間に火祭りか……」
 強い陽射しが和らいで大樹の落とす影が濃くなった時間帯のこと。
 アルトゥール隊長の執務室で窓枠に跨がって硝子の拭き掃除をしながら、私はハァ、とため息をついた。
 今日はふたつの月が完全に重なって隠れる日。つまり火祭りの一日目だ。
 火祭りは今日から三日三晩続く。正確には今夜行われる聖火の点火式からが祭りのスタートなのだけど、既に街路にはたくさんの角灯がつり下げられて、祭り独特の高揚感がそこかしこから感じ取れた。行き交う人々も皆、心なしかいつもよりそわそわしているように見える。
 火祭りの期間中は騎士団も街の警らの手伝いに駆り出される。私も今日は朝から見回りに加わり、王都の西地区を巡回した。そしてつい先ほど、ようやく勤務が一段落したばかりだ。
 窓枠に跨ったまま遠くの角灯を眺めていると、書類を抱えたギィ先輩が執務室にやって来た。入るなり持ってきた書類の束を「は~どっこらしょ」とわざとらしい掛け声と共に執務机の上に置く。
「なあフロラン。お前、ほんとに大丈夫なの?」
「なんのことですか?」
 心配される心当たりは山ほどあった。体力はまだ本調子とは言いがたいし、加えて近頃は不眠気味だ。それでもあえてとぼけると、先輩はバンバンと今自分が築いた書類の山を叩いた。
「ディミトリのヤローのことだよ」
 眉間に皺を寄せた先輩が、私の目の下の隈をじっと見ていた。
「あれからふたりで会ったりしてねーよな?」
 先日、泣いている私を励ましてくれたギィ先輩は涙の理由を聞いてはこなかった。だけどどうやらその後もずっと心配してくれていたらしい。
(先輩の優しさはうれしいけど、さすがに「私が女だとバレて脅されている」とは打ち明けられない……)
 窓拭きを終え、私は床に下りて窓を閉めた。外気が遮断されると部屋に一瞬、沈黙が満ちる。
「大丈夫ですよ。気にかけてくださってありがとうございます」
「誤解すんなよ? タイチョーが不在の間、余計な問題起こしたくねーだけだし」
「はい。それでもありがとうございます」
 私が笑顔で言い切ると、先輩もそれ以上は深入りしてこなかった。
「……まあ、いよいよ祭りも始まったことだし、しばらくはアイツもちょっかい出してるヒマもねーだろうけど……」
 火祭りの三日間、王都ではあらゆる祭事・式典が目白押しだ。王族の警護と式典の運営を担う金獅子騎士隊は一年で最も忙しくなる。特に重要なのが今夜中央広場で行われる聖火の点火式。普段は神殿に安置されている「叡智の炎」の火種を特設の櫓に捧げ、火祭りの始まりを宣言するのだ。
(もしも火祭りまでにルティと出会えたら、一緒に聖火を見られたらいいなあと思ったこともあったけど……)
 私はこれまで火祭りの聖火を見たことがない。だから今年こそはこの目に焼きつけるのだと決めていた。でも、冷静に考えれば魔族のルティがこの時期に姿を見せるはずがないので、彼と一緒に聖火を見るのは初めから不可能だ。
「ギィ先輩、今夜お暇ですか? よかったら一緒に聖火の点火式を見に行きませんか?」
 軽い気持ちで尋ねたのだが、先輩はものすごく嫌そうな表情を浮かべる。
「バーカ、男同士で行って何が楽しいんだっつの。そーいうのはちゃんとした相手を誘って行けよ」
「えっ、聖火って男同士で見たらいけないんですか?」
「ハァ? 色々あんだろ。『点火式を一緒に見に行った男女は結ばれる』とか『聖火の前で告白するとその愛は永遠になる』とか! カップルだらけで余計に虚しくなるだけだろーが」
「し、知りませんでした……。すみません」
「田舎出身のオレでも知ってるジンクスだぞ?」
 先輩は私の額を小突くと「じゃーな」とさっさと出て行ってしまった。い、痛い……。
(お母様がよく火祭りの風紀の乱れを嘆いていたけど、聖火を色恋に結びつけるような迷信が気に食わなかったのかもしれないな。――ん? いや、ちょっと待てよ)
 先輩の置いていった書類を仕分けしながら、ふとあることに気づく。
(そういえば私、アルトゥール隊長への手紙に「一緒に聖火を見られなくて残念です」って書かなかった? ギィ先輩の言う通り男女で聖火を見ることに特別な意味があるとしたら、それって遠回しな愛の告白になってしまうのでは……!?)
 ただの深読みかもしれないが、気にしだしたらきりがない。急に焦りで顔が熱くなったり寒くなったりしてきて、私はあわてて首を左右に振った。
(だめ、余計なことを考えるな! 誰にも気づかれたらいけないんだ。私がアルトゥール隊長を好きになってしまっただなんて、誰にも……)
 そう。この恋は誰にも気づかれてはいけない。
 アルトゥール隊長は、私が女だと知っても変わらず銀狼に置いてくれた。私をひとりの騎士として尊重してくれた。私はその信頼に応えたい。今さら個人的な感情を持ち出して、がっかりされたくない。
 だから私はこれ以上、アルトゥール隊長を好きになったらいけない。この想いは胸にしまっておかなければいけないのだ。
 まったく別のふたりを同時に好きになるなんて――そんな不誠実なこと、あっていいはずない。
 私の身体の奥に生きているルティとの魔力の繫がり(コネクション)が苛むように熱を持った気がして、ぎゅっと心が締めつけられた。
 悩みながらも事務仕事の手だけは止まらないのは、赤鷹で雑務を手伝わされていたおかげだろう。書類を次々と仕分けてゆくと、最後のひとつは両手ほどの大きさの小包だった。
「私宛ての小包……?」
 銀狼騎士隊員の個人宛ての郵便物も一旦はここに集約される。小包の宛て名は間違いなく、「銀狼騎士隊 フロラン・マロール様」と記されていた。差出人名はない。
 ――けれど私は、この流麗な字の主を知っている。
 途端に心臓がどきどきとうるさく鳴り始めた。逸る気持ちを抑えるよう一度息を吐いて、机から拝借したナイフの刃を包の紐に滑らせる。
「これ……!」
 なつかしさに思わず声が出た。生成の麻紙に包まれていたのは、真新しい一冊の本。『おてんば姫ジョゼットの冒険』だった。かつてボロボロになるほど読み込んで、捨てられてしまった愛読書。私が少女だった頃の思い出の品である。
(でも、どうして)
 疑問よりも先に手が伸びていて、おずおずと表紙に触れた。あの頃とまったく同じ、聖剣を片手に微笑むジョゼットの絵に胸が熱くなる。吸い寄せられるようにページをめくれば新品の紙の匂いがして、見返しに挟まっていたカードが一枚、ひらりと机の上に落ちた。

《かつて少女だった君へ
 火祭りの夜、夢の扉の鍵を開けていて》

「アルトゥール隊長の字、だよね……?」
 赤鷹騎士隊にいた時から、ジェラルド兄さんの執務室で何度も署名を目にしたことがある。知性と気品を感じさせる、流れるような筆記体。
 そう。字は間違いなくアルトゥール隊長のものだ。だけど。
(だけど、このメッセージの内容はまるで――)
 白いカードの上にルティの面影がフッと浮かんで、すぐに「違う」と打ち消した。やはりこの字は、間違いなく隊長の筆跡だ。――でも、どうして。
 濃紺のインクの文字を指でなぞって、この一文をカードに書き留める隊長の姿を目蓋に思い描こうとした。けれど思い浮かぶのは、いつも調練場で剣を握っている彼の背中ばかり。この部屋で書類仕事をしているところすらほとんど見たことがないのだ。ましてや手紙を書いているところなんて――。
 本の送り主と、カードの文面。そして私の知るアルトゥール隊長。どうしてもにわかには結びつかない。
 それでもこの予感を確信に変えたくて、私は執務室にアルトゥール隊長の面影を探した。元々殺風景なこの場所に、部屋の主を思い起こさせるものはほとんどない。ただ唯一、部屋の隅の木製ポールに隊長がいつも身につけている外套が掛けられていた。
 私は無意識のうちに駆け寄って、その外套を手に取った。金糸で縫い取りのされたそれは私の支給品とは仕立てが違うらしく、大きくて厚みがある。埃っぽい中にわずかに彼の――薔薇の朝露のような香りが立ち上った気がした。思わずぎゅう、と抱えると、両腕にまとわりつく重みが不思議な安心感をもたらす。
「本当に、アルトゥール隊長が送ってくれたものなの……?」
 そうでなければ説明がつかない。でも、それではおかしい。
 窓の外がほんのり橙に染まり、白いページに西日が落ちる。私は吸い寄せられるようにぺたりと床の隅に座り込んだ。
 そして外套にくるまりながらなつかしい物語を指で追い始めた私は、いつの間にか心地よい睡魔に身を委ねていた。

 ◇ ◇ ◇

 抜けるような青と、対照的なあたたかみを帯びたピンク色。そしてそれを縁取るグリーン。その正体は雲ひとつない青空と、数え切れないほどのピンクのガーベラの群生。
 私はガーベラの花畑に埋もれるように寝転び、微睡んでいた。
(――ああ、夢を見ているのか)
 右手をかざして陽の光に透かせば、半透明の羽を生やした妖精が小指にキスして消えてゆく。
 どこまでも続く一面のガーベラ畑は、今の私の心象風景そのものだった。だってこの花は、アルトゥール隊長が私の枕元に飾ってくれたものだから。
(ずいぶん久しぶりに夢を見ている気がする。最近はディミトリ副隊長との件もあって不眠気味だったし、それに無意識のうちに夢の世界を避けてしまっていたから……)
 不意に頭の上で一陣の風が吹き、視界がざわりと揺れた。ピンクの花弁が舞い踊って、思わず目を瞑る。次に目蓋を持ち上げた時、青空と私を隔てこちらを見下ろしていたのは、風に揺れる銀の髪だった。
「久しぶりだな」
「ルティ……!」
 こうやって言葉を交わすのはいつぶりだろう。その姿を目の前に捉えるのは。久しぶりに見るルティの姿に、心臓が強く速く鼓動する。けれどそれは、ときめきによるものばかりではなかった。
 アルトゥール隊長を想って咲く満開のガーベラ。その只中でルティと邂逅する、後ろめたさのようなもの――。
 動揺する私をよそに、ルティは手近なガーベラの一輪を手折ってそっと寝転んだままの私に差し出した。
「ピンクのガーベラの花言葉は『崇高な美』。……君によく似合う」
「……ルティ、花に詳しくなったのね……?」
 ほんの少し前のルティは花言葉になど興味がなさそうに見えたのに。私の問いかけに、彼の整った口元が綻んだ。
「君を知ってから、少し興味を持つようになった」
「そう……」
(会えない間も、ルティは私のことを考えていてくれたんだ。それなのに私は……)
 優しく弧を描く赤い瞳から、思わず視線を逸らした。彼の目に覗き込まれたら、今の私の心を占めているものが何なのか、暴かれてしまう気がして。
 チクチクと小さな罪悪感の棘に胸を痛めながらも、差し出されたガーベラを受け取ろうと手を伸ばす。彼の手に触れた瞬間、その手を摑まれ強い力で引き寄せられた。
 後頭部を支えられ、上半身をすっぽりと抱き込まれる。ルティの端正な鼻先が顔に近づいてきて、キスされる――!
 そう直感した時、私は反射的に彼の口に手を当て覆っていた。
「あ……わ、私……」
 意図せず彼を拒んでしまったことに、自分自身が動揺する。
 私だって会いたかった。ルティに触れたかった。それなのに、彼の顔をまともに見ることができない。私はルティに対して、ひどい裏切りをしているのではないか。
 おそるおそる手を離して、ぎゅっと胸元で握り込んだ。けれどルティは少しも動じない。弁解しようと開きかけた私の唇に人差し指を押し当てると、そっと言葉を奪い取った。
「恐れないで」
「ちがうの……わたし、私……」
 ルティに隠し事なんてしたくない。まっすぐ私を求めてくれる彼の想いに誠実でいたい。それなのに、なんと言ったらいいかがわからない。
 戸惑うばかりの私の髪にルティはガーベラの花を飾った。そのまま慈しむように髪を撫でて左耳を露わにすると、顔を近づけささやく。
「目を瞑って。この夢から目覚めるんだ」
「え……?」
(目が覚めたら夢が終わってしまう。夢が終われば離ればなれになってしまうのに、どうして?)
「どういうこと? せっかく、会えたばかりなのに」
「目覚めればわかる。君の夢の扉をくぐらせてもらうよ」
 反論を封じるかのごとくフッと耳に息を吹きかけられて、私は小さく身じろいだ。
 何がなんだかわからないけれど、言われたまま目を閉じてみる。祈りを捧げるように両手を組み直すと、ガーベラ達が風に揺れる音がした。そのまま眉間のあたりに力を込めて、眠ったままの自分の意識に語りかける。
(ええと、私、起きるのよ。夢の時間は終わり。今すぐ目覚めるのよ――)

「…………?」
 既に日が落ち、執務室は暗くなっていた。目覚めた私はアルトゥール隊長の外套にくるまった状態で、窓際の壁に寄りかかって小さく丸まっていた。
「私、こんなところで眠って――」
 まだ目が慣れず、あたりは真っ暗闇だ。一体どれだけの時間居眠りしてしまったんだろう。不自然な寝姿勢に凝り固まった首を持ち上げた時、不意にぬるい風が頰を撫でた。
 ハッとして窓の方へ振り返ると、締め切られていたはずの執務室の窓が開け放たれている。星空を切り取る窓枠に、何者かの影が佇んでいた。
「誰っ!?」
 驚き跳ね起きて剣の柄に手をかけると、膝の上に乗せられていた『おてんば姫ジョゼットの冒険』が外套と共に床に落ちる。宵闇に目を凝らした中に浮かび上がったのは、ひとりの男の姿だった。
 頭まですっぽり覆われたフード付きの外套。投げ出されたすらりと長い脚。そしてフードの合間から覗く、紅玉よりも赤い瞳。
「……ルティ……?」
 ただの直感。けれど気づけばそう呼びかけていた。私の言葉を肯定するように、フードの奥で赤い瞳が細められる。
「会いたかった。花園の君」
 魔が内なる力を狂わせその身を焦がすという、月蝕みの夜。こちらを見下ろすフードから銀の髪が伸びている。今一度吹いたぬるい風を受けて、銀糸はきらりと輝いた。
(どうやってここへやって来たの? 貴方は本物のルティなの? これは――夢じゃなくて現実なの?)


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