書籍詳細
逆行悪役令嬢ですが、溺愛王子と処刑フラグは要りません!
ISBNコード | 978-4-86669-513-6 |
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定価 | 1,430円(税込) |
発売日 | 2022/08/26 |
ジャンル | フェアリーキスピュア |
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電子配信書店
内容紹介
立ち読み
「聞いたよ。今日、ローレンスとふたりで二重奏をしていたんだってね」
その日の夜、鬼のような形相で部屋を訪ねてきたマルスを見て、私はため息を吐きながら、部屋へと招き入れた。
ちなみに、逆行した日から毎晩、彼は私の部屋で眠っている。
こちらとしては遠慮して欲しいところなのだが、色々と理由をつけて、頷かせてくるのだ。
マルスが駆け引きが上手いと思うのは、こういうところからである。
そして今夜に至っては、絶対に言われると思ったので、言い返すのも馬鹿らしく、黙って部屋へ通したというわけだった。
「どこから話をお聞きになったのですか?」
我が物顔でソファに座るマルスに尋ねる。彼はムスッとしながら教えてくれた。
「どこから? 本人からの申告だよ! アリアリリー様と音楽室で二重奏をさせていただきました。お陰で溜まっていた疲れも抜けたようです、だってさ! すっごいドヤ顔だったんだよ! もう、嫉妬でおかしくなりそうなんだけど!」
「まあ……」
まさかの本人からの申告と聞き、頭痛がすると思った。
「……ええと、別に仲良く二重奏をしていたわけでは。殿下が勝手に合わせてきただけです」
「でも、一緒に音楽室にいたのは事実なんだよね?」
「……」
確認され、目を逸らした。
その点については、その通りだったからだ。
マルスは苛々とした様子で、ソファの肘置きをトントンと指で叩いた。
「……君が誰のものなのか、ローレンスは本当に分かっているのかな。本当にムカつくんだけど」
「分かっていらっしゃると思いますけど」
「本当に?」
信じられないと不快げにマルスは言い、思い出すのも嫌だという風に言った。
「音楽室から帰ってきたローレンスの様子を知らないから、君はそんなことを言えるんだ。あいつ、あのあとから、バチバチに私に対して敵愾心を燃やしてきたんだよ?」
「存じません」
「アリアリリー様が僕を必要としているので、これからも兄上を手伝って差し上げます、だってさ。そんな恩着せがましい手伝いなんか要らないよ!!」
「……」
前から思っていたが、ローレンスは、兄にはわりと、言いたいことを言えるらしい。
それだけでも十分仲の良い兄弟のように思う。
「まあ、良いではありませんか。ローレンス殿下が手伝って下さって助かっている部分があるのは事実なのでしょう?」
「だから余計に腹が立つんだけどね! しかもニコラスまでその話に乗ってきてさ」
「ニコラス様が?」
マルス付きのニコラスは、基本彼の側にいる。
ニコラスが何を言ったか気になると思っていると、マルスは苦虫を?み潰したような顔をして言った。
「?を染めて『分かります。アリアリリー様は素晴らしい方ですから。私もあの方のために働きたいと思っています』なんて言い出したんだよ。なんなの、あのふたり。揃いも揃って! アリアは私のものなんだけど。狙っているのがバレバレで嫌になるよ」
「狙っているなんて、そんな。私はマルスの婚約者ですよ?」
見事にフラグを立てた自覚はあるが、とりあえずそう言って誤魔化しておく。
だが、マルスにギロリと睨まれた。
「アリアもアリアだよ!」
「え?」
「君が優しい態度で対応するから、彼らも、もしかして、なんて思うんだ。期待させるようなこと、しないでくれる? 君は私のものなんだから。そうでしょう?」
「ええ、そうですわね」
婚約者なのだから、間違いではないなと思い、肯定する。
それに、今の彼には以前よりもよほど興味が持てるし。
私はじっと彼の目を見つめながら口を開いた。
「あなたの仰ることも理解できますが、私たちの今後を考えれば、あの方たちと交流を持つのはとても大切なことだと思います。それに、あなたは彼らが私のことを好意的に思っていると仰いますけど、実際のところ、彼らは私に対し、何も性的なアプローチはしておりません。それでも駄目、ですか?」
「う……」
うるうると見つめる。
マルスに言ったことは?ではない。
ふたりは確かに私に対し好意を持ってくれているが、決定的なアプローチは何も行っていないのだ。それは多分、これからもそうなのだと思う。
ニコラスは正義感が強い性格だから、主君の婚約者に懸想する……なんて自分で自分が許せないのだろう。
ローレンスに至っては、そこまで大胆に行動を起こすだけの勇気がない。
つまり、私さえ気をつけておけば、彼らはこれ以上動かない。そんな風に思うのだ。
そしてそういう男たちを転がすのは私の十八番なので。
来るかもしれないと分かっているのなら、いくらでもやりようはある。
「大丈夫ですよ。告白なんて、させませんから」
自信満々に告げると、マルスは複雑そうな顔をした。
「……その辺りは信用しているよ。君に誰よりも転がされているのが私だからね。ねえ、いい加減本心から私に堕ちてきてよ。私は君に愛されたいんだ。それって、我が儘かな?」
「好きな人に愛されたいのは皆、同じですから。我が儘だとは思いませんわ」
マルスが一番答えて欲しい問いかけには答えず、ただ、微笑む。
「話はおしまいです。今後ともお二方とは交友を持たせていただきますね。マルス、モテる男は寛容であることも大切ですわよ。私の心を手に入れたいと仰るのなら、器の大きいところを見せて下さいませ」
「……はあ、分かったよ。本当に君には敵わない」
「ふふ、ありがとうございます」
勝利の笑みを浮かべる。
しかし、それはそうとして、そろそろ考えなければならない問題がある。
マルスが言う通り、私はローレンスやニコラスとかなり親しくなることができている。それは今後を考えれば必要なことだと思うし、これからも続けていくつもりだけれど、ふたりと親交を持つことを良く思わない者もかなりの数いるのではと思うのだ。
だって、客観的に見ると、私はマルスだけでは飽き足らず、ニコラスやローレンスまでをも侍らせている女のように見えるのだから。
マルスはまだいい。婚約者という立場があるから。
だが、ニコラスやローレンスは少々拙いと思うのだ。
彼らは地位が高く、顔もいいから、女性人気が高い。狙っている者もかなりの数、いるだろう。
そんな人たちから見たら、私はどう映るのか。
婚約者以外の男を平然と侍らせる悪女としか思わないはずだ。
「……」
前回は、国庫を食い潰して悪女と呼ばれ、今回は複数の男性を侍らせたことで悪女と呼ばれるのか。
どこまで行っても「悪女」が付き纏ってくると思えば、ため息しか出ない。
逆行前の私なら別に構わないと断言できただろうけれど、今の私は違うのだ。
前世、社会人だった経験がある。
そしてその経験により知っている。
どんな時も一番怖いのは同性なのだ、と。
女性を無視すると、あとで痛い目を見るのは間違いない。回避するためには、こちらにも気を配らなければならないのだ。
「……お茶会」
「お茶会? お茶会がどうかしたの?」
小声だったのだが、マルスには聞こえていたようだ。聞き返してきた彼に頷く。
「はい。ちょっとお茶会を主催してみようと思いまして。いつの時代も一番怖いのは女性。彼女たちを敵に回すのは好ましくありませんわ。ですから、令嬢たちと交流を図ってみようと思うのです」
「……女性同士で集まるなら確かにお茶会が一番だと思うけど……君がお茶会とか、もしかしなくても初めてじゃない? それとも逆行前にはしていたっけ?」
「していませんわ。正真正銘初めてです」
マルスの疑問に答える。
自分のことしか興味のなかった私がお茶会など開くはずがないのだ。
今世は、根回しをしておかなければ拙いかもという知恵が働いただけのこと。
「せっかくやり直すことができているのですもの。後悔のないように、やれることは全部やらないと、と思ったのですけど、駄目ですか?」
「駄目ではないよ。女性の社交の場としてはオーソドックスだしね。やりたいのならやればいいと思う」
「ありがとうございます」
許可を得ることができてホッとした。
あとは、お茶会に呼ぶ面子だけれど、さて、誰を呼ぼうか。
せっかくなら社交界に影響を与えられるような面々が良い。そういう女性は誰なのか、あとで女官を呼んで聞いてみようと思っていると、マルスが言った。
「ねえ、それ、明日でも良いよね。今日はもう、寝ない?」
「え、あ、はい」
確かに、今日決めてしまう必要はないので頷いた。
時間もいつも寝るくらいだし、大人しくベッドに入る。
マルスも一緒なのが未だに不思議だが、もう考えないことにした。
いくら噂されようが、実際は手を出されていないのだからそれでいい。そう割り切れるようになったのだ。
正確には、割り切るしかなかったのだけれど。
「お休み」
「お休みなさいませ」
いつも通りベッドの端と端に身体を横たえる。
目を瞑ってしばらくすると、マルスが話しかけてきた。
「ねえ、もう、寝ちゃった?」
「……起きてますけど」
寝たと思うのなら聞かないで欲しいと思いながらも返事をすると、マルスは「ちょっと話そうよ」と言ってきた。
「寝るまでですよ。私は眠いので」
「うん、それで良いよ」
ふたりで、とりとめのない話に興じる。
マルスのゆっくりとした話し方は眠気を誘う。話はやがて、逆行前のものへと移っていった。
宝玉が王宮のどこに隠してあったか、なんて話題になり、そんなこと聞いていいのかと思いながらも彼の話を聞く。
ふと、気になり、口を開いた。
「マルス。ひとつ聞いても構いませんか?」
「ひとつでもふたつでもいくらでも聞いてくれて構わないよ。何?」
「気になったんです。前回、使ったという宝玉。もしかして、過去に戻ったのだから、もう一度使えるとかありませんか?」
使う前に戻ったのだから、再度使用可能なのか。
純粋に気になっただけだったのだが、彼はあっさりと言った。
「ああ、無理だよ。あれはもう二度と使えない」
「え……」
「一応私も同じことが気になって見に行ったんだけどね。使えなくなっていた。宝玉ってさ、ほのかに光っているんだけど、その光が消えて、どこにでも転がっているようなただの石ころになっていたんだ」
「……」
「一度だけっていうのは、そういう意味なんだってなんとなく思ったよ。過去に戻ったから、もう一度なんてあり得ないんだ。一度だけという縛りがあるからこそ、どんな願いも叶えてくれる。あれはそういうものだ」
宝玉について淡々と語るマルス。彼の話を私は驚きながらも黙って聞いた。
「本来、宝玉は、国の存亡の危機に使われるものと、そう定められているんだ。建国時から存在したと言われる宝玉。まあ、今までは眉唾だと思っていたけどね。実際は本物で、私の願いを叶えてくれたってわけ」
「国の存亡の危機……」
さらりと告げられたが、そんなに貴重なものを、私を取り戻すために使って構わなかったのだろうか。
「私は別に……死んだままでも良かったのですけど」
ポツリと零した。
処刑されたあの時、私は自らの死に納得していた。生きたくなかったのかと問われれば、生きたかったと答えるけれど、あれはあれで仕方ないと思っていたのだ。
だから逆行したと気づいた時には混乱したし、何故こんなことになったのかと驚いたのだけれど。
「宝玉を使ってまで私を取り戻して、本当に良かったのですか?」
国の宝を、個人の望みを叶えることで消費してしまった。
それは本当に正しいことなのだろうか。
前回、散々国庫を食い荒らした私が言うことではないと思うが、そう感じてしまった。
「別に良いんじゃない? 私は王子だし、次の国王になるんだからさ。国のトップがそう決めたのなら、それは国としての願いでしょ」
「そう、ですか?」
——本当に?
「君が存在しない世界に私は生きる価値を見出せなかったしね。あのままだったら、父の代でウィンザニア王家は終わったよ。弟は殺したし、私は自死する気満々だったから。それに、国庫は空で国自体がすでに傾いていたからね。まあ、国家存亡の危機、みたいなものだったんじゃない?」
「軽いですね」
「少なくとも、私にとっては世界の存亡の危機だったよ」
「……」
急に重くなった。
衣擦れの音がする。気になり、そちらを見ると、マルスが私の方を向いていた。
別にこちらに近づいてきたわけではないからどちらを向こうが構わないのだけれど、なんとなく視線が気になる。
「マルス」
「君が生きている世界に戻りたかったんだ」
「……」
言葉が心に重く響く。
「私は、君のことが好きだから。君を愛していて、君なしでは生きていけないと思っているから、だから、君のいる世界に戻りたかった。本当はね、戻りたいとしか、宝玉に願っていないんだよ。この時代に逆行したのは偶然。私と君しか記憶を持っていないのは私が望んだからではなくて、多分、宝玉が私の願いを汲み取ってくれたからなんだと思ってる」
「汲み取る、ですか?」
「私の『戻りたい』は、言うなら『君と幸せになりたい』なんだ。だから宝玉はやり直せるタイミングであるこの時を選び、私と君だけに記憶を残したんだと考えてるし、多分間違っていないと思うんだよ」
「……そう、ですか」
代々秘宝として王家に大切にされてきた宝玉が、最後の末裔になりかねないマルスの願いを最大限に叶えたというのは、分からなくもない話だ。納得しつつも口を開いた。
「でも、どうして戻りたい、だったんでしょうね。普通に考えれば、私を生き返らせたいとか、そういう方向へ行くと思うんですけど」
彼の戻りたいという願い。
否定するつもりはないけれど、彼なら私を生き返らせることを願うのではないかと思ってしまったのだ。時を逆行できるなら、それくらい可能だろう。だが——。
「不思議とそれは考えなかったな」
「……」
「失った君を取り戻したいと考えなかったわけでは多分、なかったんだと思う。それよりも私は戻りたい気持ちの方が強くて。宝玉を目の前にして、叶うわけがないと思いながら頭に浮かんだのは、楽しかった昔のこと。自分のせいなんだけど、今はもう全部グチャグチャで、なんでこんなことになったんだろう、私はただ、アリアと幸せになりたかっただけなのにって思ってた。こんな結末望んでいなかった。戻りたい。戻れたらきっと、全部やり直してみせるのにって、それだけを考えていたんだよ。そうしたら宝玉が光って——」
五年前に戻っていたということらしい。
「気づけば私は自分の部屋にいて、だけどすぐに宝玉の効果だと分かったから、日付だけ確認して君の部屋に押しかけた。あとは知っての通りだ。せっかくやり直せる機会を貰えたのだから、今度こそ君と幸せになろうって、そのためならどんな犠牲でも払ってみせると思っている。君は私の全てだ。君のためなら私は全てを捨てられるし、どれだけ壊れたって構わない」
「……」
「君を得られるのなら、私はどうなったって良いんだよ。この手が血に塗れようと気にしない。だから分かって欲しい。それだけ私が、君を、愛しているってことを」
小さく最後の台詞を呟いたマルスを見つめた。
彼が宝玉を使用した時の詳細を初めて知ったわけだが、思っていた以上に重かったしシリアスだった。
そして彼がどれだけ私に気持ちを傾けているのかも改めて知り……やっぱり悪くないと思った。
重いくらいの愛だが、私にはむしろ心地よく感じられたくらいだ。
自分が彼の何よりも大切な場所にいる。
命を賭けられる『一番』の座にいる。
それは、なんて素敵なんだろう。
逆行するまでは、ただ、優しいだけの人だと思っていたのに。
私に惚れきっていることは知っていたけれど、どの程度のものかまでは分からなかった。
それを明かされ、お前のために壊れたのだと告げられ、心底ゾクゾクした。
——ああ、悪くない。本当に悪くない。
自分の口角がゆっくりと吊り上がっていくのが分かる。
また、マルスに対する興味がひとつ、新たに湧いた気がした。
「アリア?」
「……なんでもありませんわ。もう、寝ましょう?」
話を打ち切り、彼に背を向けて目を瞑る。
だけど眠れないのは分かっていた。だってすごく興奮している。
マルスが見せてくれた私への執着と愛情。それが楽しくて仕方ない。
やっぱり、逆行前より今の彼の方が私には魅力的に映る。
——ふふ、ふふふ。
声に出さずに心の中だけで笑う。
自分の心の変化がなんだか楽しくなってきた。
私を得るために、どこか壊れてしまったマルス。
だけどそれが私には嬉しくて、本当に我ながら最悪な女だなと思った。
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