書籍詳細
最強公爵様と異世界キッチンカー始めました 私に過保護すぎるのが難点ですが!?
ISBNコード | 978-4-86669-514-3 |
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定価 | 1,430円(税込) |
発売日 | 2022/08/26 |
ジャンル | フェアリーキスピュア |
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電子配信書店
内容紹介
立ち読み
「ココー! 昨日ぶりっ!!」
「わあああっ!?」
突然、何者かに背中からがばりっと覆い被さられた私は、びくーんっ! と飛び上がる。
危うく取り落としそうになったシビレモグラを、わたわたと抱え直した。
「あはは、相変わらず落ち着きのない子だねー」
「――マノンさん!?」
私の頭頂部に顎を乗せて笑うのは、マノンさんだった。
昨日のゴスロリ風ファッションはシンプルなシャツとズボンに変わり、スタイリッシュな海外モデルみたいだ。初めて太陽の光の下で見た彼の髪は綺麗な金色で、目は赤い色をしている。
マノンさんは私の背中に覆い被さったまま、右手で私の前髪をめくった。
「額のコブは……へえ、もう引っ込んでるじゃん。ココがわたわた庭を走っていくのが見えたからさ。また軽率にすっ転んでるかもと思って見に来てあげたんだけど、杞憂だったみたいだね。膝のケガも問題ないんでしょ?」
「はい、処方していただいた薬がよく効いて……じゃなくて、マノンさんこそ! 車をぶつけたところ、大丈夫ですか? 内出血とかしていません? 昨日は、本当に申し訳ありませんでした!!」
「平気平気。あのくらいでケガを負うほど魔物はやわじゃないし。まあ、ビックリはしたけどね」
「魔物……」
そういえばマノンさんも魔物だったのを思い出し、とっさに口籠もる。
そんな私の顔を肩越しに覗き込んで、彼がにんまりと笑った。
「なーに? 僕が魔物だと知って怖くなっちゃったの? 今まさに魔物を抱っこしてるくせに?」
「そ、そんなことは、ないですけど……ええっと、もう出歩いてもいいんですか?」
腕に抱いたシビレモグラやトカゲっぽい見た目のヨルムさんならともかく、マノンさんが人間とどう違うのか私にはまったく分からない。
招かれざるものだとかで、昨日の朝は縛られていた両手も、今はもう自由になっていた。
彼はちらりとシビレモグラを一瞥してから、私の頭上でため息を吐く。
「ミランドラに魔力をごっそり吸い取られちゃったんだけどねー。おかげで、今の僕の力はココ以下かもしれないよ。いや……ココってそもそも魔力ゼロなんだって?」
「ああ、はい……らしいです。あの、やっぱり何かお詫びを……クレープ召し上がられますか?」
「うーん、クレープって何? どうせ食べるならココがいいなぁ。ココを齧らせてよ」
「は? か、かじる!? いや、それはちょっと……」
驚いてもがこうとした私の身体を、マノンさんが反転させて向かい合わせにする。私の両肩を摑んだ彼の指には、いつの間にか長い鉤爪が生えていた。
尖った先端が肩に食い込む。腕の中のシビレモグラも、もぞもぞと居心地悪そうにし始めた。
「人間って、今まで味見したことないんだよねー。この僕のハジメテの相手になれるなんて、ココは光栄に思うといいよ?」
「いやいやいや! ま、待ってっ……わああっ!?」
ああーんと大きく開いたマノンさんの口の中に、人間のものよりも明らかに鋭く尖った犬歯を見つけて、私はたまらず悲鳴を上げる。と、その時だった。
「うわっ!?」
マノンさんが驚いた声を上げて、私の肩から手を離した。というのも、向かい合って立つ私達の間に割り込むようにして、突然足下から壁が生えてきたのだ。
マノンさんから逃れようと仰け反っていた私の身体は支えを失い、後ろにひっくり返りそうになったが、すかさず伸びてきた腕が危なげなく抱きとめてくれた。
「――ココ、大丈夫か?」
「オ、オーナー!?」
助けてくれたのはオーナーだった。
どうやら彼は、私とマノンさんの影から現れたようだ。まったくもってファンタジー!
そんなオーナーの右手は……
「ふンがー!」
マノンさんの顔面を鷲摑みにしていた。
オーナーは私を背中に庇うと、マノンさんに向かって何とも鋭く冷ややかな声で告げた。
「次の新月まで問題を起こさないという約束で自由を与えたはずだが……どうやら、今すぐ地下牢にぶち込まれたいようだな?」
「ふぎゅ……」
ミランドラ公国に侵入して捕まった魔物は、ミランドラ公爵――つまりオーナーに魔力を吸われ、次にアウドラへの帰路が開く新月の夜まで、ミランドラ公爵邸の敷地内で過ごすことになるという。つまり、出会った時のマノンさんもオーナーに魔力を吸われ済みだったため、大人しく連行されたらしい。
その後は大人しくすることを約束した上で自由に過ごすか、それとも囚人のごとく地下牢に繫がれるかは、オーナーの判断に委ねられている。
マノンさんのように地下牢を免れた送還待ちの場合は、離れに部屋を与えられるそうだ。
「あー、ミランドラ! あんたまた僕の魔力吸っただろ!? 爪が短くなっちゃったじゃないか! これじゃ、ココを突いて遊べな……」
「ちょうど、お前が来る直前に捕まえたスライムの隣の牢が空いているが?」
「えっ……いやそれ、絶対はみ出してくるやつじゃん! っていうか、地下牢なんて絶対イヤだから、ちゃんといい子にしてまーす!」
「まったく……今度面倒を起こしたら、問答無用でぶち込むからな」
スライムとは、ファンタジー作品で見るような、ゼリー状のアレのことだろうか? 私はちょっとだけ見てみたいと思った。
「はぁ、やだやだ。ミランドラってばほぼ人間のくせに、生粋の魔物の僕より魔力の器がでかいって何なの? 遠慮なく吸い取りすぎなんですけど? 魔力が足りなくなってこの身が保てなくなったら、どうしてくれるんだよ……」
そうぶちぶち文句を言うマノンさんの鉤爪は、確かに短くなっていた。
誰とも目を合わせられないくらい大きな魔力を持っているオーナー。
さらに彼は、それを蓄える器も大きいらしい。
魔力は体力と同じで無限ではないという話だったが、他者から吸い取った魔力もたくさん保有できるのだとしたら、それもまたオーナーの強さに直結するのだろう。
「ココ、ごめんねー。さっきのはさ、冗談だから! そもそも、魔力ゼロのココなんか食ったって、僕の魔力は微塵も回復しないしね!」
「マノンさん……やっぱり車をぶつけたこと、怒ってるんですか? それとも、元々そんな感じなんですか?」
オーナーの手から解放されたマノンさんは、ごめんねと言いつつ悪怯れる様子がない。
シビレモグラを抱きしめてじとりと見上げる私に、ところで、と彼が続けた。
「ココはなんで、ミランドラのことを〝おーなー〟って呼んでるの? それ、どういう意味?」
「それはですね、話せば長くなるんですが……」
昨日のプレオープンには居合わせなかったマノンさんに、私はまずこの異世界、ミランドラ公国にてキッチンカーを営業することになった経緯を説明しようとする。ところがそれを遮るように、私を背中に隠して一歩前へ出たオーナーが、何やら誇らしげに告げた。
「私が、ココのオーナー――所有者という意味だ」
「はぁ!? あんたが、ココの!?」
いや、私のじゃなくて、私の店の、オーナーです!
マノンさんのポカンとした顔を見て、私が慌てて訂正しようとした時だった。
ふいに、オーナーがこちらを振り返り……
「ココ!? シビレモグラには触るなと言っただろう!!」
「わあ、びっくりした!」
大きな雷を落とした。
◇◇◇◇◇
「ココ、忙しい中、すまない。実は、会談相手がクレープを食べてみたいとおっしゃっているんだ。一つ差し上げても構わないだろうか?」
「あ、はい! もちろんです!」
オーナーは、見知らぬ老齢の紳士と一緒だった。ドットさんさえ姿勢を正したところを見ると、身分の高い人なのかもしれない。
私が慌てて挨拶をすると、微笑みを浮かべて会釈を返してくれた。
ところがこの後――私はオーナーから、思いがけないことを告げられる。
「相手は、さる高貴な御仁でな。何かあった場合にココに責任を取らせるわけにはいかないから、私が作ってお出ししようと思う」
「えっ!? オーナーが、クレープを作るんですか!?」
老紳士は、本日の会談相手である高貴な御仁のお付きだった。彼は、オーナー自身がクレープを作るところを見届けるためにキッチンカーまで同行したらしい。
驚くことに、会談相手がクレープに興味を持ったのは、あのウェスリー侯爵の孫から話を聞いたためだという。坊ちゃんはお土産に持たせたTシャツも気に入って、親しい相手に見せびらかしているのだとか。宣伝効果は抜群である。
「ココ、クレープの作り方を教えてもらえるだろうか」
「そ、それはもちろん、大丈夫ですけど……」
キッチンカーの前には、ドットさんも含めてまだ十人ほどの客が並んでいたが、快く順番を譲ってくれた。彼らに丁寧に謝意を伝えたオーナーが、早速靴を脱いでキッチンに上がってくる。
運転席との仕切り窓からは、ワットちゃんとボルトちゃんも何だ何だとばかりにこちらを窺っていた。順番を譲った客達も、今をときめくミランドラ公爵閣下がクレープを焼くというので興味津々である。
「長、オレの注文したので練習してくれてもいいぜ。バナナチョコとイチゴカスタードとバナナキャラメルとダブルクリームチョコな!」
「いや、いくつ食べる気だ。また腹が重くて魔物に対処できないなんてことになると困るんだが」
方々から突き刺さる期待の眼差しに苦笑いをしつつ、オーナーは上着を脱いでシャツの袖を捲る。いつもかっちりとした服装をしているため、こんなラフな格好の彼を見るのは新鮮で、私は思わずドキリとした。
しかも、キッチンは余計なスペースがないため、二人で入るとはっきり言って狭い。クレープ用鉄板の前に二人横並びになるのは無理だと判断したのか、オーナーは私を前に立たせ、後ろから覆い被さるようにして鉄板に向かった。
「オーナー、あのぅ……この体勢はさすがに、いかがなものかと……」
「うん、問題ない。ココの頭越しにちゃんと手元は見えている」
そうじゃなくて! と言い募ろうとしたが、バックドアの向こうでニヤニヤしているドットさんに気づいて口を噤む。
「何だい何だい、お二人さん。親密度増し増しになってんじゃねーか。オレは当て馬かよ」
ドットさんがここぞとばかりに茶化してくるが、オーナーは私の頭上でふふ、と笑っただけでその言葉を否定しなかった。思いも寄らない体勢にどぎまぎする私を挟んで、オーナーがドットさんと並んで笑みを浮かべている老紳士に話しかける。
「生地には、小麦粉、牛乳、卵、砂糖が入っていますが、問題ありませんか?」
「ええ、どれもこれも、主人が日頃から召し上がっているものばかりでございます」
そのやりとりは、私がミランドラ公国に来た初日、オーナー達にクレープを振る舞う際に医師でもあるロドリゲスさんとしたものと同じだった。あの時、生まれて初めてクレープを口にしたオーナーが、今は作る側に回ろうとしているのだと思うと、何だか感慨深いものがある。
私は背中越しに伝わる体温にドキドキとうるさい心臓をひとまず落ち着かせると、そんなオーナーの先生役を立派に務め上げるべく姿勢を正したのであった。
「レードルで鉄板の真ん中に生地を落としたら、トンボで素早く伸ばします。その際、トンボはできるだけ寝かせて力を入れないようにしましょうね。生地が寄ったり厚みにムラができたりしてしまいますので」
「うん、トンボを水に浸しているのはなぜだろうか?」
「トンボが乾燥していると伸ばすのに必要な重みが足りないことと、生地の水分を吸って張り付いてしまうためですよ」
「なるほど……」
生地を均一の厚みで丸く伸ばせれば第一関門突破。
続いての難関は、それを裏返すことだ。真ん中が浮き始めれば頃合いで、スパチェラを生地の下に入れ込み、ゆっくりと落ち着いて、破れないように気をつけながらひっくり返す。
私も修業を始めた当初はなかなか思うようにいかず、何度も何度も失敗を重ねたものだ。だからこそ、オーナーが失敗しても上手にフォローできる自信があった。
途方に暮れた顔をして肩を落とす彼を、先輩面して優しく慰める脳内シミュレーションだって完璧だったのだ。それなのに……
「……どういうことですか、これは」
オーナーは、私の期待を見事に裏切った。
初回こそひっくり返した際に少々の皺ができてしまったが、それでコツを摑んだのか、二回目からはほぼ完璧な生地を焼いてしまったのだ。つまり、客観的に見ればいい意味での裏切りである。
半年あまりを修業に費やし、その間に彼氏に浮気されてしまった私の不甲斐なさが際立った。
劣等感に打ち拉がれズーンと落ち込んだ私は、オーナーの脇の下を潜って先生役を惨めに退任しようとする。ところが、シャツを捲った腕に捕まり、瞬く間に元の位置に戻されてしまった。
「こら、ココ。どこへ行こうとした? まだドットの注文分も焼き終わっていないんだぞ」
「オーナーに教えることはもう何もないです。免許皆伝です。独り立ち、おめでとうございます」
「いや、驚くほど恨めしそうな顔だな。ココが言うようにやって上手くできたというのに、褒めてくれないのか?」
「オーナー……私に褒めてもらいたいんですか?」
私の問いに、うん、とオーナーはいやに無邪気な様子で頷いた。
さらに、赤い目を輝かせて言うのである。
「これで、私もいつでもココと肩を並べて働けるだろう?」
「えっ……」
おやおや、とドットさんが目を丸くする。まあまあ、と老紳士も笑みを深めた。
私がキッチンカーを始めると決めた時、思い描いていたのは、元彼氏とこうして二人で働く姿だった。今から考えれば、それは私の完全な独り善がりであり、彼が同じビジョンを描いていないことに気づけないまま突っ走ってしまったのがいけなかったのだろう。
けれども、オーナーは違う。多忙な身の上である彼がキッチンカーに立てる機会はそう多くはないだろうが、少なくともこうして私と並んでクレープを焼くビジョンを持ってくれている。
私はそれが嬉しくて嬉しくてたまらなくなって、彼の顔を振り仰いで叫んだ。
「私も……私もです! オーナーと一緒に、ガッポガッポ稼ぎたいです!!」
「いや、言い方……まあ、もう少しで状況が落ち着くはずだから、そういう機会も持てるだろう」
「本当ですか!? じゃあ、その時は絶対Tシャツ着てくださいね! この、私とお揃いのやつ!!」
「ん? うん……その、胸にデカデカとイチゴが描かれたやつをか? それは、どうしてもか?」
オーナーはとたんに遠い目をしたが、いったいイチゴの何がいけないと言うのだろう。
ただ、オーナーとお揃いを着るのが楽しみだと言うと、彼は私の頭に無言で頰擦りをした。
そんな私達のやりとりを見守っていたドットさんや順番待ちの客達が、一様に笑顔になる。
老紳士もくすくすと上品に笑いながら呟いた。
「これは、帝都にいる友人夫婦にいい報告ができそうですな」
彼が、前ミランドラ公爵夫妻の友人であるということは、この日の帰りの車中で聞いた。
◇◇◇◇◇
「オーナー……私、ここに、この世界にいたい――オーナーと、一緒にいたいです」
「ああ、私も……」
オーナーはここで一度言葉を切ると、胸にしがみついていた私を抱き上げた。
カツカツと靴底を鳴らして、大股で部屋を横切る。
そうして、私をベッドの端に座らせると、その前に膝を突いて再び口を開いた。
「ココを帰したくない――いいや、もう断言しよう。私は、ココを帰さない」
ほしかった言葉をくれた唇が、そっと私のそれを塞いだ。
反射的に目を閉じようとして、思い止まる。だって、自分しか見ることができないというオーナーの目が今どんな表情をしているのか、見逃したくなかったのだ。
艶やかな赤も、じっと私を見ていた。
お互いしか目に映らず、一瞬この世界に二人だけになったみたいに錯覚する。
オーナーの両手が私の背中と後頭部を支え、私も自然と彼の首に腕を回した。
ドキドキと、自分の鼓動が騒がしい。けれども、決して不快ではなかった。
今、私の世界の全てを占める目の前の人が愛おしく、その人に求められることがただひたすら喜ばしい。
オーナー越しに見えるのが壁から天井になるまで、そう時間はかからなかった。
私の背中を柔らかに受け止めたベッドが、乗り上げたオーナーの膝に小さく軋む。
激しくなる鼓動に耐えかねた私が、ついに目を閉じようとした時だった。
「……参ったな。ココ、観客がいるんだが?」
「……え?」
ふいに唇を離したオーナーが、苦笑いを浮かべつつ私を抱き起こす。
彼の視線を追った私はぎょっとした。ベッドの下に隠したはずのワットちゃんとボルトちゃんが、じっとこちらを見上げていたからだ。
「ココ? 魔物を部屋に入れるのは感心しないな」
「いや、あの、これには、その……のっぴきならない事情がありまして……」
「そういえば……ココはロドリゲスの部屋に何の用があったんだ? まさか――」
「あの、その、まさかな感じです……はい……」
私の視線を追って左腕を見たオーナーが、とたんに眉を跳ね上げる。
有無を言わさず腕を摑まれ、血が滲んだ絆創膏をまじまじと見られてしまった。
このままお説教コース突入の気配を察知した私は、慌ててベッドから飛び下りてワットちゃんとボルトちゃんを両脇に抱え上げる。
「ボルトちゃんと、悔いのないお別れができるようにしたいんです! 新月の夜まで、こうしてワットちゃんも一緒に過ごしてはいけませんか?」
「みゅう!」
「みゃあ!」
私の言葉に賛同するみたいに鳴いたワットちゃんとボルトちゃんが、つぶらな瞳をうるうるさせてオーナーを見上げた。可愛いという意味では最強の布陣である。
私も一緒になって涙目で訴えていると……
「……その顔はずるいぞ」
呻くような声でそう言ったオーナーが、ワットちゃんとボルトちゃんと、そして私をひとまとめに抱き締めた。
魔物の国アウドラに戻ることが決定事項のボルトちゃんと、元の世界には戻らないと決めた私。
私たちの道を分かつ新月の夜は、すぐそこまで迫っていた。
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