書籍詳細
前世塩対応だった元夫が今世は溺愛モードで暴走しています
ISBNコード | 978-4-86669-515-0 |
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定価 | 1,430円(税込) |
発売日 | 2022/08/26 |
ジャンル | フェアリーキスピンク |
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電子配信書店
内容紹介
立ち読み
(どうやら彼の言う前世のわたしって今と違って、女神様のように素晴らしいお人だったみたいだし……。今のわたしをじっくり見て、しかも求婚を断ったんだから彼だって目が覚めたわよね)
ノイリエは自分が平凡であることを自覚している。まかり間違っても社交界の花になれるような主体性もファッションセンスも持ち合わせてはいない。そもそもファッションに至っては完全にリサたち侍女の手柄である。
電撃的な求婚も蓋を開けてみたら理由があった。ノイリエ自身が求められていたわけではなく、彼が欲しいのは前世の自分。
考えると空虚な気分になったノイリエは出かけることにした。家に閉じこもっていても面白くないと思ったからだ。
クレヴェリー伯爵家で暮らしていた頃は、未婚の女性が一人で外出などもってのほか、と言われ、社交以外でふらりと出かけることはなかった。
イスマン家では比較的自由にさせてもらっているため、リサを伴えばリュネーエ散策も叶う。治安も良いため、家政頭に外出する旨を伝えたところ、あっさりと頷かれた。
リュネーエ中心部にある格式高いアーケード街を冷やかし、暇つぶし用に本を一冊購入してイスマン家に戻ったノイリエは、昨日に引き続き仰天した。
「な……んで、あなたが……?」
帰宅したノイリエを待ち受けていたのはレイガルドだったのである。
応接間では、?を真っ赤に染めたオリビアと、まるでこの部屋の主のように寛ぐレイガルドの姿があった。
「やあ、ノイリエおかえり。いくらリュネーエが平和な街だとはいえ、侍女一人しか付けないで買い物に行くのは感心しないよ。次からは私が荷物持ちをするから、遠慮なく呼びつけてほしい」
いやいやいや……待て。そういう話ではない、とノイリエは?をひくつかせた。
「ええと……どうして公爵閣下がこの家に?」
「もう一度、きみと話がしたくて。それと、他人行儀に敬称で呼ばないで今後はレイガルドって名前で呼んでもらえると嬉しいな」
と、ここでレイガルドは一度口を閉ざし、オリビアに向かって「ノイリエ嬢と二人で話をさせてほしい」と断りを入れた。自分の不在時にどう丸め込んだのか、オリビアはあっさり部屋から出ていった。
(昨日の求婚騒動は、彼流のジョークだったってことで、何とか納得してもらえたのに)
レイガルドの突発的な行動のせいで、こっちは色々と大変だったのだ。主に我に返ったオリビアを宥めることが。昨日たっぷり時間をかけてあれは気のせい、むしろ聞き間違い、ただの冗談だったのだと丸め込んだのに、これではノイリエの苦労が水の泡だ。
一体、彼は何と言ってこの屋敷に上がり込んだのか。
恨みがましい視線を向けると、彼と目が合った。にこにこと機嫌が良い。こちらは頭痛がしてきたというのに。
目線で促され、ノイリエはレイガルドの正面に着席した。
きっと、彼は隣に座ってほしかったのだろう。ノイリエの行動に微苦笑し、ノイリエの分のお茶を置いた侍女が退出してから、話を切り出した。
「きみの記憶が私と同じでないことは理解した」
「ではどうして今日もこちらに? わたし、昨日あなたからの求婚をお断りしたはずですが……」
「きみと私の記憶の持ち方に相違があっても、きみは私が探し求めていた女性だ。昨日も言ったが、私はずっと後悔していた。次に会えたのなら、今度こそ真っ先にきみに愛を伝える、もう間違えないと。卑屈にならず、素直に想いを伝えたい。だからずっと妻の生まれ変わりを探していた。それなのに、見つけることができなかった。正直、とてもつらかったよ。年々心がすさんでいった。愛する人が、この世界のどこにもいないんだ」
それは重すぎる愛の言葉だった。
「そんな中、ようやくだ。ようやくきみに出会えたんだ。だから、簡単には諦め切れない」
(い、いえ……そこはわたしとエヴェーリは別人だと割り切って諦めてください)
ノイリエは心の中だけで突っ込みを入れた。どんより沈んだ彼の様相に、とてもじゃないが口に出せなかったからだ。
気を取り直して、別の疑問をぶつけてみることにする。
「疑問だったんですけど……。前世のわたしと今のわたしは顔も声も違いますよね。どうして、わたしがあなたの探すエヴェーリの生まれ変わりだって分かったんですか?」
「会った瞬間に分かった。目が合った瞬間に、くるものがあったんだ。雷に打たれたかのように、衝撃が走ったというか。一言で言えば、愛の力かな」
レイガルドはにこりと笑った。
「……」
一方のノイリエは先ほどと同じく?をひきつらせてしまった。少なくともノイリエは彼に会っても雷には打たれなかった。
「昨日、前世での行いを懺悔して……すっきりされましたよね。これからはお互い、前を見て新しい人生を歩んでいきましょう。わたしとエヴェーリは別人なので、怒ってもいないですし。ね?」
まだ彼が過去を引きずっているのなら、ここでノイリエが新しい道を示してあげないといけない。いつまでも前に進めないままでは不健康だ。
「それでも、きみは私の愛する元妻だ。エヴェーリの生まれ変わりだ」
「ええと……」
ノイリエは目を泳がせた。確かにそうかもしれないが、だからといってどうしろというのだ。
「きみとエヴェーリが違う人間であることは分かっている。きみはほとんど何も覚えていない。私だって、完全に前世の自分ではないんだ。レイガルド・リーク・ランフォードとして生を受けて、十四歳で前世を思い出すまでに培った記憶や性格を持っている」
「でしたら、別に」
「でも……、ずっと何かが足りなかった。この国の、国王陛下の甥という立場に生まれて、恵まれた環境だと理解しているのに、心の中に空洞があった。どうしてなのか、分からなかった。それなのに、私はいつも誰かを探し求めていた……」
十四歳の時、レイガルドはとあることをきっかけに前世を思い出したのだという。それはこことは違う光景の記憶だった。古い時代の異国風の城塞や町並み。そして甲冑を身に着けた男たち。
「そして私は幼い頃から抱えていた胸の中にある空虚さの理由を理解した。きみがいないから寂しかったんだ。きみを見つければ心が満たされる。だからずっときみを探していた。そして、やっとだ。やっと見つけたんだ。これは運命だ。私はきみと結婚したい。いや、結婚する」
そう言って彼は胸の内ポケットから折りたたんだ紙を取り出した。広げられたそれには結婚契約書と書かれてある。重たい。重たすぎる。
「いやいやいや。ちょっと待ってください! あなた、わたしの何を知っているんですか。そんな簡単に公爵ともあろうお人が結婚契約書を見せないでください!」
ノイリエは相手が目上の、王家の人間であることを忘れて叫んだ。
レイガルドは前アンヴェル国王を祖父に持ち、現国王の甥で王太子とは従兄弟の間柄。父親は殿下の称号を持ち、公の場では賜っている領地にちなんでアレンディール公と呼ばれている。その息子のレイガルドはランフォード公爵位を与えられている。
要するに、ノイリエにとっては雲の上のお人なのだ。
王家の血を引くこの貴公子は外交や国内外の視察にも積極的に参加。国民からの好感度も高いのだと、オリビアが得意げに教えてくれた。冷静に考えても、自分が彼の隣に立ち並ぶ姿を想像できない。
「だって、きみ以外と結婚する気なんてないし」
「軽い調子で重たいことを言わないでください。わたし、王位継承権第六位のお人と結婚なんて、絶対に無理ですから!」
「私をそんな理由で夫候補から外さないでほしい。今の王家には男子がたくさんいるから、私の継承順位は年々下がっていくし」
「わたしとあなたとでは身分的に釣り合いが——」
「グロウディアのクレヴェリー家といえば伯爵位を授かっているのだろう? 私は別に王太子でもないから、そこまで結婚相手に対して周囲がごちゃごちゃ言ってこないよ。何なら、爵位も領地も返上してもいい」
「そんな軽々しく言わないでください!」
「一応、私個人の財産もあるからノイリエに不自由な思いはさせないよ。王族とはいえ、これからの時代、自分の食い扶持はある程度自分で賄わなければね」
結婚を思いとどまらせようとあれこれ理由を口にするたびに華麗にかわされる。
うぐっと口ごもり、今度は別の方向から断ろうと試みる。
「お互いによく知りもしないのに、結婚は尚早です」
「きみのことはよく知っているよ」
「それはわたしじゃなくて、前世のエヴェーリのことですよね? 今の、ノイリエ・クレヴェリーについて何を知っているんですか」
「それは……そうだな。今世では出会ったばかりだったね」
レイガルドは微苦笑を漏らした。ようやく根本的なところに気が付いてくれたらしい。
「分かってくれて嬉しいです」
「ではまず、私ときみ、お互いのことを知るところから……。そうだね、友達から始めよう」
レイガルドは考えるように言葉を紡ぎ、最後は爽やかな笑みを携え言い切った。悔しいが、大変に魅力的な笑顔である。
「オトモダチですか?」
「そう。きみの言う通り、私は今のノイリエとは出会ったばかりだ。では、今のきみを知るチャンスがあってもいいんじゃないか?」
◇◇◇◇◇
「きみが無事で本当に良かった。……だけど、少々言わせてもらいたい。どうして、人を呼ぶなり何なりしなかったんだ。私がきみのことを追いかけていたから、すぐに助けることができたけれど、そうじゃなかったら……。きみは死んでいたかもしれない」
死、という言葉が重たくのしかかった。
水に落ちた瞬間、パニックに陥った。体が深く沈み、前後の感覚がなくなった。水面がどちらにあるのか分からない。スカートが重たい。準備なく水の中に放り出されたせいで、口の中にたくさんの水が入ってきた。
すぐに呼吸ができなくなって、胸が苦しくなった。その後のことはあまり覚えていない。
次に覚醒した時は咳き込んでいた。
「それは……。すみません。確かに軽率でした。あのくらいならばわたしでも取りに行けると思って……。早くしないとミッティが流されてしまうって。ごめんなさい。判断力に欠けていました」
レイガルドが話した通り、ミルテを探しに行くと言って立ち上がったノイリエを追いかけるように彼もまた歩き出したそうだ。途中出会ったマーリンと一緒にノイリエたちに合流しようと公園の外れまで来たところで、運河のほとりに座り込むミルテを見つけた。
一体何をしているのだろうと訝しんだところで派手な水音が聞こえ、ノイリエが落下したのだと気付き、助けるために飛び込んだ。
「ああいう時は誰か人を呼ぶんだ。絶対に一人で行動してはいけない。安易な判断が、油断が結果的に大事故に?がることだってあるんだ」
「ごめんなさい」
みんなノイリエのことを心配していた。あの日の出来事を聞かされたオリビアもまた貧血で倒れたらしい。回復した彼女にも盛大な雷を落とされた。心の底から自分を案じてのことだと分かるから、黙って聞いていることしかできなかった。
リサにも「無茶はこれきりにしてくださいね。事後報告で聞かされた身にもなってください」と何度も言われた。
「あの時、生きた心地がしなかった。きみを失うんじゃないかって怖かった。もっと自分を大事にしてほしい。きみのことを愛する人が、大切に想っている人がいることを分かってほしい」
「……はい」
「顔が真っ青で、呼吸をしていなくて。本当に、本当に絶望しかけたんだ」
レイガルドはノイリエが生きていることを確かめるかのようにその胸に引き寄せた。
「ノイリエ……きみに何かあれば私は生きていけない」
その声に心が震える。とても心配をかけた。もしも、彼が死にそうな目に遭ったら。そう考えてひやりとした。きっと彼と同じことを考える。
「ごめんなさい……。わたし、一人で無茶して……」
「ノイリエ、きみを愛しているんだ。ずっと探していてやっと巡り合うことができた。もう二度と離さない」
レイガルドの切なる声が体中を駆け巡る。
彼にこんなにも想われている。その声に、触れ合った箇所から生まれる体温に、思考が溶かされそうになる。背中に回った腕に力が込められ、このまま身を委ねたくなる。
「だ、だめ……」
気が付けばノイリエはレイガルドを押し戻していた。
「もしかして……気分を悪くした? 言いすぎた? ごめん、きみを責めるつもりはなかったんだ。ただ、本当に心配して」
「違う……違うんです。今回のことは、わたしも軽率でした。色々な人が心配してくれて、そのことには感謝していて。だから言いすぎたとかじゃなくて」
「じゃあ、どうして今そんなにも苦しそうな顔をしているんだ」
「これは……」
ノイリエは唇を?みしめた。
レイガルドはエヴェーリの生まれ変わりであるノイリエを見つけた。それが二人の関係の始まりだった。彼が想いを寄せるのは、ノイリエ? それともエヴェーリ? どちらなのだろう。
手を伸ばしたいのに、肝心なことを尋ねる勇気が持てない。
「何か、悩み事? それとも、私は気付かないうちにきみのことを傷つけていた?」
優しく穏やかな声に、自分のほうこそレイガルドを困惑させていることに改めて気付いた。
「違うんです。わたしが勝手に卑屈になっていて。あなたに惹かれているのに、あなたの気持ちを信じ切れなくて」
「私の気持ちはノイリエ、きみのものだよ」
「でも! あなたはわたしの中にエヴェーリを見ているのかもしれない。わたしは、どうしたって女神のような女性にはなれなくて。そのことが苦しくて、今回だって一人で勝手に行動してみんなに心配かけて。これじゃあ……またあなたに幻滅される」
「幻滅なんてしない。するはずがないだろう?」
「でも……」
ノイリエは鼻をすんとすすった。
「私はノイリエをこの世界で一番に愛しているよ」
彼の灰緑色の瞳に熱が籠った。彼の眼差しの中に宿る熱情が確かに自分にだけ向けられているのだと、信じてもいいのだろうか。
「エヴェーリのことはもういいのですか?」
「確かに、最初はきみがエヴェーリの生まれ変わりだという思いのほうが強かった。けれど、今世で出会ったノイリエと接していくうちに、私はきみ自身を見るようになっていった。私は今ここに存在する、ノイリエ・クレヴェリーを愛しているんだ」
再びゆっくりとレイガルドが近付いてきて、こつんと額同士がくっつき合う。
「それに、今の私はレイガルド・リーク・ランフォードだ。前世の記憶を持ってはいるけれど、この時代に生まれ育って、レイガルドとして生きてきた人生もある」
目の前にいるのは、金髪に灰緑色の目の青年で、ノイリエは彼に出会って恋をした。
出会った途端に求婚されて、断っても諦めてくれなくて。突拍子もない言動に振り回されるのに、いつの間にか彼の言動を受け入れていた。
それはきっと、彼が王族の一員だという地位をひけらかすことなく、身近な人に親身になって寄り添っていたから。そういう誠実さに惹かれた。
レイガルドはノイリエを再びそっと引き寄せ、落ち着いた声で気持ちを語る。
「エヴェーリの生まれ変わりを探していたのは本当だ。彼女に会いたいとずっと願っていた。そうして出会ったノイリエ・クレヴェリーという女性は、警戒心が強くって、自分の意志を持った女性で、その割にお人好しで優しくって純粋で。きみを知るたびにもっときみのことを知りたいと思った」
その真摯な言葉が、ノイリエの不安を消していく。彼を信じていいのだと思わせてくれる。
「前世の縁が?いでくれたのは否定しない。でも、私は今のノイリエと未来を歩んでいきたいと思っている。私の知らないきみの色々な顔をもっと見たいんだ」
「わたし……、自分の前世に嫉妬していたんです。あなたに愛されていて羨ましいって。あなたの好きという言葉は、わたしの中のエヴェーリの残像に向けられているんじゃないかって」
「きみは世界中でただ一人、ノイリエ・クレヴェリーという女性だ。私の愛おしい人だよ」
「あなたは……生まれ変わったわたしを、ノイリエとして見てくれていたんですね」
「きみを知っていくのが嬉しくもあったし、楽しかった。きみの色々な表情を見るのが新鮮だった。笑顔も困った顔も、少し怒った顔も、全部が可愛いんだ」
気が付けば彼の顔がとても近くにあった。
今更ながらにどぎまぎしたが、それ以上に彼に触れてみたいとも思った。
「エヴェーリに嫉妬していたって言っていたね。私に心を傾けてくれたって解釈でいいのかな?」
「……はい。わたし、レイガルド様に恋しています」
ふわふわした心地のまま、気持ちを口に乗せた。
「本当?」
「あなたに振り回されてばかりだったのに……いつの間にか好きになっていました」
「ノイリエ。ようやくきみを私のものにできた」
◇◇◇◇◇
「このまま次の曲も踊ろうか」
「いいんですか?」
「私たちは婚約したばかりだから大丈夫」
通常同じ相手とばかり踊り続けるのはマナー違反だ。
けれども、婚約者同士や夫婦であれば二、三曲くらいまでなら大目に見てもらえる。特に婚約したての話題の二人とあれば、わざわざ仲に割って入ろうとする猛者などいるはずもない。
ノイリエはレイガルドと続けて三曲踊った。
さすがにこれ以上彼を独占し続けるわけにはいかない。
そう思い手を離そうとすると、レイガルドががしりとノイリエの背中に腕を回して歩き始めた。
「え、あの?」
ダンスの輪から抜けたレイガルドの周囲に人々が集まり出す。彼らと挨拶を交わし、時に談笑しつつも長話へは発展させずに、レイガルドはノイリエを庭園に連れ去った。
まだ舞踏会も序盤なのに大丈夫なのだろうか。ちらりとそのような懸念が頭をよぎったが、二人きりになれるという喜びが心の奥に湧き上がってきたのも本当のことだ。
「今日はどこも明るいのですね」
大広間では軽やかな曲が奏でられている。風に乗って耳に届いたそれも次第に遠ざかった。
宮殿はリュネーエの街中にあるにもかかわらず、とても静かだ。建物を取り囲む庭園が広いためだ。緑が多いので庭園内にはリスなどの小動物も生息しているのだという。
そこかしこに設えられたベンチの一つに座ると、待ち切れないとばかりにレイガルドがノイリエに覆いかぶさった。
甘い口付けはまるで最近流行りのチョコレートケーキのようだ。その甘さが忘れられなくなり、まだ欲しいのだと心が訴える。
その気持ちを感じ取ったかのようにレイガルドの舌がするりと口内に侵入する。歯列をなぞり上げ、顎や舌を撫でる感触に体が弛緩する。
背中がぞくぞくして甘い声が漏れてしまうのに、これをやめてほしくはないと思っている。
彼を欲しいという想いのままに舌を絡ませると、喜ぶかのように奥まで探られた。
互いの舌を擦り合わせながら、レイガルドの腕に手をやり、背中へと腕を回す。胸の鼓動がとくとくと速くなる。
上顎の内側を優しく撫でられ、くぐもった声を出せば、彼は執拗に同じ場所に刺激を与えてくる。
ついこの間初めて口付けを経験したばかりなのに、彼を受け入れようと体は素直に反応する。熱が灯り、芯の部分が疼き出すのだ。その感覚の正体も知らないまま、ノイリエはレイガルドの舌戯を受け入れる。
いつの間にか体から力が抜けていた。ベンチにくたりと体重を預け、ほんのわずかに顔を離したレイガルドを見つめた。
彼はまだ足りないとでも言うように、ノイリエの唇に何度も触れたり、?やこめかみに口付けを落としていく。
「ノイリエ、可愛い」
合間の吐息に呼応するように体の奥が切なく戦慄いた。先ほどから鼓動が速い。何かの衝動に突き動かされるように、二人はもう一度唇を合わせた。
好きな人と触れ合うことはこんなにも嬉しくて幸せなのだと初めて知った。
もっと触れてほしい。ごく自然にそのような思いが湧き上がった。
「レイガルド様……」
「どうしたの?」
「い、いえ」
ノイリエはふるふると頭を左右に振った。
この衝動をどう口にしていいのか分からない。さすがに自分から言うのは恥ずかしい。そのくらいの理性は残っていて。何をどう伝えればいいのか分からなくて、ノイリエはそっと目を伏せた。
「私のことを好きだって。可愛い声で言ってみて」
「……好きです。レイガルド様」
請われるまま囁けば、レイガルドは嬉しそうに唇を塞ぎ、ノイリエの「好き」という声ごと呑み込んだ。それだけでは飽き足らず、耳や首筋に舌を這わせるものだから、ノイリエは必死になって口から漏れそうになる吐息を堪えた。
耳が弱いことはすでに知られている。優しく食まれたり舐められたりするたびに体の奥が熱くなった。
「ん……んんっ」
いたずらを仕掛けるようにレイガルドの指がノイリエのもう片方の耳に触れ、首筋やうなじを辿っていく。その刺激に体を小刻みに震わせた。
彼に触れられた箇所が全部敏感になっていた。
自分で触れる分には平気なのに、どうして好きな人だとこんなにもおかしなことになるのだろう。
「ノイリエはどこに触れても甘いんだね」
「そんなこと……」
レイガルドの声がいつもより上擦っているように感じられた。
彼の唇はノイリエの首筋から鎖骨、それから膨らんだ胸元へ移動していった。
夜会用のドレスは昼間のドレスよりも胸元が開いている。こういうものだからと今まであまり気にしていなかったのに、彼に触れられているのだと思うと急に全身が火照り出した。
柔らかな肌に触れるざらりとした舌の感覚。それを鋭敏に感じ取った。
「あっ……」
レイガルドがノイリエの胸に触れた。コルセットで守られているとはいえ、男の人にそのような場所を触れられるのは初めてのことだった。
「このままきみの全てを私のものにしてしまいたい」
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