書籍詳細
落ちぶれた私をライバル魔術師があざ笑いに来る。
ISBNコード | 978-4-86669-524-2 |
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定価 | 1,430円(税込) |
発売日 | 2022/09/28 |
ジャンル | フェアリーキスピンク |
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電子配信書店
内容紹介
立ち読み
「スヴェン、ちょっと待って。半分払うわね」
支払いはスヴェンがすませてくれていた。
前と同じように店を出たところで、モニカはお金を彼に渡そうとしたのだが。
「いりません」
財布を取り出そうと鞄に手をかけると、スヴェンが止めるようにモニカの手首をやんわりと?んだ。
「前のときも言ったけど、奢ってもらうと、次、誘いにくくなっちゃうから」
「あなたが誘ってくれなくても、僕から誘うので構いません」
「……え……そ、そう」
「あなたに不愉快な思いをさせてしまった。そのお詫びです」
スヴェンはそう言って、モニカを見下ろした。
酔っているのか、街灯に照らされた金色の双眸が僅かに潤んで見えた。
痩せたせいか、双眸もいつもより大きく見える。
じっと見つめられていると、何だか落ち着かない気分になってくる。
金色の眼差しから視線を逸らし、?まれていた手をモニカはそっと振りほどいた。
「あなたの相談を聞いたからって、不愉快な気持ちにはならないわ。食事も楽しかったし……。むしろ、あなたのほうがどうなのかなって……少しは気が晴れたならいいけど」
視線を逸らしたまま話していると、ふと目の前に白く長い指が見えた。
そして、その指に顎を?まれる。
「僕と一緒にいて、楽しかったんですか?」
逸らされた視線を合わせたかったのか。
スヴェンはモニカの顎を、くいっと持ち上げるようにして問うてくる。
「え……ええ。楽しかったけど…………スヴェン、どうしたの?」
「僕もです。あなたといると楽しい。幸せで、苦しくて、息ができなくなる。死にそうだ」
——死にそうなのに……楽しいの?
よくわからない。というか、近い。
顎に触れられているだけでなく、いつの間にか腰に手を回されていた。
「ちょっと、スヴェン……離して」
「僕が触るのは嫌ですか?」
「嫌っていうか……いくら暗くても、外だし……」
ちょうど食堂から出てきた集団が、モニカたちをチラチラ見ながら、通り過ぎていった。
「室内だったら、触ってもいい?」
スヴェンは声を落とし、僅かに笑みを浮かべて言う。
——おかしい……。
友人のような関係になったのは最近だが、スヴェンとの付き合いは長い。
いつも無表情で、笑みを浮かべても冷笑だった。こんな風に色っぽく微笑むスヴェンを見るのは初めてだ。
——……こっちが本性なの?
月長石を不特定多数の女性に贈りつけ、爛れた生活を送っているのだ——と思いかけたモニカの鼻に、ふわりとワインの香りが漂ってくる。
「…………スヴェン。あなた、もしかして酔ってる?」
そういえば三杯ほど飲んだ辺りから、若干様子がおかしかった。
彼にしては珍しく、にこやかに微笑み、モニカが話しかけると流暢な受け答えをしていた。
「あなたの美しさに酔っています」
スヴェンらしくないキザな言葉が返ってきて、モニカはやはり酔っていると確信した。
モニカはスヴェンの手を振り払い、胸を押して距離を取った。
「酔っ払いになっているわよ。スヴェン、早く帰りなさい。というか……一人で帰れる?」
家に帰る途中で何かあっては困る。
今みたいに女性を口説いたあげく、お持ち帰りされてしまっても大変だし、路上で寝てしまったら生命の危険もある。
国家魔術師の品性を疑われる真似をしても大ごとだ。
幸い明日は休みだ。スヴェンの家まで送ったほうがよいかもしれない。
「家まで送るわ。いつもはどうやって帰っているの? 馬車?」
この時間帯でも辻馬車はあるのだろうか。
なければ近くに宿があるので、そこに泊まらせよう。
考えを巡らせていると、スヴェンが小さく息を吐いた。そして。
「今夜は……帰りたくない」
切なげに双眸を細めて言った。
「あなたと一緒にいたい……」
先ほど振り払った指が、今度はモニカの?に伸ばされる。
スヴェンの?はほんのりと赤みを帯びている。唇も心なしいつもより赤い。
モニカの胸が甘く弾んだ。
スヴェンは綺麗な顔立ちをしている。モニカでなくとも大半の女性は見蕩れるに違いないというのに、その綺麗な顔が酔っ払っているせいで、色気ダダ漏れ状態になっているのである。
こんな風に『一緒にいたい』などと言われたら、誰だってときめくに決まっている。
それにモニカもワインを飲んだせいでいつもより気分が高揚していた。
思わず『いいわよ』と返してしまいそうになる。
——だ、だめよ……。これは酔っているせい。酔っ払いの言葉を真に受けてどうするの!
モニカは自身を叱咤し、?に触れたスヴェンの指を乱暴に振り払う。
「あのね、スヴェン……」
「一緒にいたいんです。だめですか……?」
スヴェンは首を傾げて、眉を下げ、その上軽く唇まで尖らせて、甘えるように言った。
その媚態はモニカの理性を、著しく一瞬で低下させた。
「っ……だめじゃないわ」
「嬉しいです……モニカさん」
スヴェンは嬉しげに微笑み、モニカの手を取り、指先に口づけをした。
そしてその指先をぱくりと口に含んだ。
「ちょっ……、何するのよ」
指を引っ込めると、唇は離してくれた。けれど手は?まれたままである。
「モニカさんの指、可愛い」
「可愛いって……何言ってるのよ……指に可愛いって……おかしいでしょ」
?が紅潮しているのが自分でもわかる。
「可愛いですよ。指だけなく、髪も目も鼻も唇も全部。喋り方も声も、モニカという名前も、吐く息も、玉子焼きも可愛い」
名前まではともかく、吐く息と玉子焼きはちょっとよくわからない。
「スヴェン……酔いすぎて言動がおかしくなっているわよ」
「モニカさんは可愛すぎて、おかしいです」
スヴェンがじっとモニカを見下ろし言う。
何を言っているの、と呆れながら金色の双眸を見つめ返していると、食堂から家族連れが出てきた。
「……お兄ちゃんとお姉ちゃん、チューしてる」
「こら、邪魔しないのっ」
子どもの揶揄する声と、母親の窘める声が聞こえてくる。
口づけはしていない。しかし身体を寄せ合っている自分たちは、子どもの目に『チュー』しているように映ったのだろう。
モニカは我に返り、自身の指を?んでいるスヴェンの手を握り、引っ張った。
「……スヴェン、行くわよ」
「どこに行くのです? チューをしに行くのですか?」
「何言ってるの……家に帰るのよ」
「家に帰って、チューをするのですか」
泥酔して眠ってしまったり吐いたりするなら介抱のしようがある。けれど、こういう悪酔いの対処方法がわからない。
「スヴェン、黙って」
「黙ったら、チューしてくれるのですか」
「……怒るわよ」
とりあえず、恥ずかしい言動をやめてほしくて睨みつけた。
スヴェンは真面目な顔になり、口を噤む。
——酔っ払ったスヴェンを放っておけないから、部屋を貸してあげるだけ。
決して、いかがわしい目的で、連れ帰るわけじゃない。
大人しくなったスヴェンが、モニカの手をぎゅっと握ってくる。
暗闇に浮かんだ星を見上げながら、心の中で言い訳し、モニカは自宅を目指し歩き出した。
ドアの前まで来たところで、モニカは部屋が散らかっているのを思い出す。
以前スヴェンを部屋に招いたときは、ドアの前で待ってもらい片付けた。あのときのスヴェンは大人しく待っていてくれたが、今回の彼は酔っ払いである。
こんな時間に大声を出しでもしたら、ご近所に大迷惑だ。
「スヴェン……あのね、最近忙しくて、部屋がちょっと散らかっているんだけれど……いつもは、こうじゃないのよ」
モニカは言い訳をしながら、スヴェンを部屋に通した。
「場所を空けるから、ちょっと待ってね」
散らかっているといっても、生ゴミなどはゴミ箱に捨ててあるし、洗い物も残っていない。衣服や本などが散乱しているだけなので、汚部屋ではない……はずである。
とりあえず、部屋のいたるところに吊り下げていた洗濯物を回収する。
「その辺りに座って……ちょっと、何持ってるの!」
スヴェンが床に落ちていたモニカの靴下を拾っていた。
モニカは慌てて、スヴェンの手から靴下を取り上げる。
「触らないでよ。汚いでしょ」
下着ではないのでまだよかったが、履き古しの靴下だ。
「いえ、汚くはないです。可愛いです」
確かに黒い生地に赤い花柄の靴下は、可愛い。モニカのお気に入りだった。
「確かに靴下の柄は可愛いわ。でも、まだ洗ってもいないのよ」
「洗っていなくても、可愛さに変わりはありません。むしろ、より可愛く思え……すみません」
スヴェンは言葉を止め、モニカに頭を下げた。
「え? どうしたの?」
「………………」
「スヴェン? どうして黙っているの?」
「……怒ると言っていたから」
チューチューうるさかったので、『黙って』『怒るわよ』とスヴェンに言ったのを思い出す。
——だからずっと無言だったのね……。
道中声をかけても頷くだけで、スヴェンは一言も声を発さなかった。
スヴェンはモニカに怒られると思い、沈黙を貫いていたのだ。
「もう喋ってもいいわよ」
モニカが許可すると、スヴェンは「はい喋ります」と真面目な顔をして頷いた。
「とりあえず、毛布を持ってくるから……今晩は床で寝てくれるかしら」
寝室のベッドはここよりも散らかっている。スヴェンに貸す気にはなれなかった。
「モニカさんも一緒に、床で寝るのですか?」
「私はベッドで寝るわ」
「僕もモニカさんと一緒にベッドで寝ます」
平然とした顔でスヴェンは言った。
「スヴェン……あのね、泊めてあげるけど、そういう、あれなことはしないから」
「そういうあれなこと?」
「そういう……いかがわしい、あれなことよ」
「いかがわしい……? あれ?」
「前に来たときに、した……あれよ」
スヴェンは思い返すように、目を細めた。
「気持ちよかったです」
「…………そう」
あの交合は、モニカの失った魔力を取り戻すためのものだった。
スヴェンにとっては任務のようなものだったが、彼も愉しめたのならば、よかったと思う。
「……っ、スヴェン」
スヴェンがいきなり、ぐいっと身体を寄せてきた。
部屋に招いておいて今更だが、モニカは身の危険を感じ後ずさりした。しかし背後は壁で、すぐに追い詰められてしまう。
ドンとスヴェンが壁に両手を突いた。
スヴェンの両手に挟まれ、逃げ場がなくなる。
「今夜は……あれをしないんですか?」
スヴェンがモニカを見下ろし、訊いてくる。
「し、しないわ……だって、あれは、そもそも……私の……魔力を戻すためにしただけだし……」
金色の眼差しを直視できない。
モニカは視線を揺らしながら、しどろもどろに答えた。
「魔力のためじゃない。あれをしたのは、あなたを愛しているからです」
「………………え?」
いきなり愛の告白らしき発言をされ、モニカは驚いてスヴェンを見返した。
「僕は、あなたを愛しています」
こんな至近距離で甘い言葉を告げられたら、本気にしてしまう。
「…………スヴェン、悪酔いしすぎよ、ほら、離れて」
この酔っ払いめ、と心の中で悪態を吐きながら、モニカはスヴェンの胸を軽く押しやる。けれどスヴェンは退こうとしない。
そして——。
「ずっと……ずっとあなたが好きでした。たくさん人はいるけれど、初めて会ったときからあなただけが輝いて見えました。あなたに近づきたくて、あなたの目に綺麗なものとして映りたくて。あなたの隣にいても、嗤われない人になりたくて、だからたくさん学んだんです。魔術師になりたかったわけじゃない。魔力以外に僕には何もなかった。だから、魔術師になりました。好きです。愛してます。大好きです」
スヴェンはせきを切ったように、言葉を連ねた。
——え……初めて会ったときから……私のことが好きだったの……?
意外な言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなる。
けれどどう見てもスヴェンは酔っ払いだった。俄には信じがたい。
「……ス、スヴェン……あなた、酔っているのよ」
「酔っていますが本心です」
「で、でも……あなた、出会ったばかりの頃……いいえ、出会ってからしばらく経っても、ずっと……私にツンツンしていたじゃない」
「優しくされるのが初めてだったので、どう接してよいのかわからなかったのです……あの頃からあなたはずっと僕の女神だった」
出会ったばかりの頃の、小さくてガリガリに痩せていたスヴェンを思い出す。
金色の目はいつもモニカを鬱陶しげに睨みつけていた。
あの頃と同じ金色の双眸が、今は切なげに、真摯にモニカを見下ろしている。
——……ど、どうしよう。嬉しい。
自分でもよくわからないが、鼻歌を歌いたい気分だ。跳ね回りたいほど嬉しい。
足下がふわふわとしてくるし、顔に熱が集まってくる。酔っているみたいだ。いや、実際に酔っているのだろう。
このまま酔いに任せて、スヴェンに身体を委ねたくなってきた。
どうせ一度性交しているのだ。一度も二度も大して変わらない。
「……月長石、他の女の子に贈ったりしていない……?」
酔っ払っていてもスヴェンの言葉に?はないと思う。けれど、たくさんの女の子のうちの一人になるのはどうしても嫌だったので、モニカは念のため確認する。
「月長石は、パラードさんに贈っています」
「パラード……? ベンノさん?」
なぜベンノに月長石を贈っているのだろう。意味がわからない。
「月長石の石言葉は、恋。あの石はあなたへの想いです。僕はあなたに恋をしています」
ならなぜ、自分ではなくベンノに渡しているのだろう。謎は深まるばかりだった。
けれど、他の女の子に渡していないのなら、まあいいかと思った。
「今度は私にも贈ってね」
「……贈ります。たくさん。僕の命……生涯をかけて世界中の月長石を集めます。そして、あなたに贈りつけます」
世界中の月長石を贈られても迷惑だ。
「そんなにいらないわ。一粒で充分よ」
「でも……」
「それより、スヴェン……チュ……いえ、あなたとキスがしたい」
モニカはスヴェンを上目遣いで見つめ、口づけを強請った。
唇が触れ合う。
触れては離れ、そしてまた触れる。
モニカはスヴェンの首に手を回し、顔を仰のかせた。
——もっと深く、スヴェンと混じり合いたい。
胸の奥から湧き上がってくる衝動のままに、モニカは唇を開く。
「……んっ」
モニカの欲を感じ取ったのか、スヴェンもまた唇を開いた。
舌先が触れ合い、そうするのが当然のように、お互いの舌を求め合う。
ねっとりした舌の感覚も、舌を動かすたびに鳴る小さな水音も、顎を伝う唾液も。鼻から漏れた息が当たる感覚さえ、モニカの官能を刺激した。
「……もっと……スヴェン」
口づけだけでは物足りない。
もっと奥深くで、スヴェンを感じたい。
ぎゅっとスヴェンにしがみつくと、大きな腕に抱き上げられ、床に押し倒された。
スヴェンがのしかかり、モニカのブラウスのボタンを外し始めた。上手く外せないのか、もたもたしている。
「……自分でするわ」
モニカは焦れったくなり、自分でボタンを外した。
「あんまり……見ちゃだめ」
スヴェンがその様子をじっと見下ろしているのに気づき、急に恥ずかしくなる。
思わず胸元を隠そうとしたのだが、スヴェンのほうが早かった。
モニカの胸をスヴェンの手が覆い、下着の中に手を滑り込ませてきた。
直に肌に触れたスヴェンの手が冷たかったせいか、それとも硬い掌に胸の中心を擦られたせいか。背筋がぞくぞくし、モニカは首を竦めた。
「……モニカさんの胸のここ、硬くなってる」
モニカの乳房を撫で回していたスヴェンが、嬉しそうに微笑み言った。
口づけしているときから、モニカの胸の先端は硬く尖っていた。事実なのだけれど、何だか悔しい。
「……あなたも、硬くなっているわよ」
自分だけではない。口づけのときから、モニカのお腹の辺りにスヴェンの硬いそれが当たっていた。
モニカは膝を立て、膝でスヴェンの股間の辺りを探った。
「……っ、あっ……ん」
スヴェンは艶めかしい吐息を漏らし、唇を?んだ。
「……悪戯をしないでください……いけない人だ」
苦しげな表情でそう言うと、スヴェンはモニカの胸から掌を離す。
胸への愛撫が終わったのかと寂しく思っていると、スヴェンの手がモニカの足を?む。そして膝頭にスヴェンが口づけを落とした。
「モニカさんの膝頭、可愛い」
スヴェンはチュッチュッと吸いつくように口づけしながら、モニカの靴下をするすると脱がせていく。
靴下を脱がされているだけなのに、やけにいやらしく感じた。
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