書籍詳細
婚約者様、好感度が丸見えです!
ISBNコード | 978-4-86669-539-6 |
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定価 | 1,430円(税込) |
発売日 | 2022/11/29 |
ジャンル | フェアリーキスピュア |
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内容紹介
立ち読み
喧騒から離れたバルコニーに移動し、ホッと息を吐き出す。
「疲れたか?」
「ええ、少し」
ジェイドは腕を組み、私を見下ろす。
「それで、なにかわかったのか?」
そこで私はクロスター侯爵のことを話すことにした。好感度の数値の件は内緒で、ただ耳鳴りがして胸が苦しくなったことを告げた。
「もしかしたらクロスター侯爵が関係しているかもしれない。ただの勘だけど……」
ジェイドは顎に手を添え、深く考えるような仕草を見せた。やっぱり、私の言ったことはおかしいかな。大した証拠もないのに、怪しいだなんて。
「わかった、信じる。俺の方でも探ってみよう」
ジェイドは顔を上げると、きっぱりと私の顔を見て宣言した。
信じてくれるんだ。
胸がドクンと高鳴った。
真っすぐに私を見つめる彼の顔は真剣そのもの。夜空の月の輝きで、暗闇なのにその表情がはっきりとわかる。
彼とこの空間で二人っきりだということを急に意識してしまい、顔が火照った。
なぜ、彼は私のことを信じてくれるのだろう。そもそもクリスタルが私に吸収されてしまったことは、彼に責任はないはず。エルバルト様の指示もあって私の側にいてくれるのだろうか。
山にも行ったし、もう私と婚約している必要もないのではないかしら。それにエレノアから聞いた言葉が脳裏をちらつく。ジェイドは初恋の人を探している、って。
だったら、どう思っているのだろう、私のこと。
「――もう婚約を破棄するのかと思っていた」
本音がポロリと口からこぼれた。
ジェイドは一瞬、ハッと目を見開いた。
私は下手な駆け引きなんてできないし、回りくどいやり方も苦手だ。初めからこの婚約には裏があると疑っていた。エルバルト様から話を聞き、パンソン家の管理する山に行くための協力者としての役割だと思った。
だけどその後も彼は私の側にいてくれる。
いつまで甘えていていいのだろう。急に突き放されてしまったら、その時は立ち直れないかもしれない。だからこそ、期限があるなら教えて欲しい。覚悟を決めないといけないから。
「なぜそう思った?」
ジェイドの低い声が響く。
「この婚約はタルナード山に行くのに、パンソン家の人間が必要だったからだと思っていた」
私は正直に答えると、ジェイドが息を呑んだ。
「そんな風に思っていたのか」
ゆっくりと首を縦に振った。
ジェイドは一度目を伏せたあと、真っすぐに私の目を見つめた。
「俺はお前が好きだ」
えっ……。
あまりにもストレートな、しかも予想外の言葉を聞かされ、息を呑む。
「う、噓でしょう?」
「噓なものか」
否定されたジェイドはムッとした。
「だ、だっていつも私のことをからかってばかりいるじゃない」
ジェイドは一瞬、パチクリと目を瞬かせた。それからあきれたように小さく息を吐き出し、そっと近づいてくる。
「それはな、構いたくなるんだよ、お前のことが好きだから」
指先でそっと頰に触れてくる。
いつもみたく、冗談を言っている顔ではなく、真剣な表情だ。
えっ、でも初恋の人はどうなったの!?
聞きたいけれど聞けずにいると、彼の数字がピコピコと輝き、赤色に変わる。
ジェイドも意識しているの? 表情はいつも通りなのに。そのギャップに私の心音も爆上がりする。
しかも数字は一瞬大きくなったかと思うと、数値が上がった。今は〝96〟を示している。た、高すぎじゃない? それにいつにも増して数字がキラキラと輝いて見え、ドクドクと速い動きで瞬いている。
「ど、どうして」
疑問がそのまま口から出た。
だって私には彼から好意を持たれる理由ない。つい最近まで接点があったわけではないから。どうしてそうなったのか知りたいと思うのは自然なことだ。
ジェイドは大きくため息をついた。
「その前に俺たちが初めて出会った時のことを思い出せ」
「えっ!? 初めては私の誕生日パーティーの時じゃなくて?」
思わず叫んでしまった。だがジェイドの言い方はまるで、それ以前に会っていたような口ぶりだ。
目を細めたジェイドが顔を近づける。
「えっ、ちょっと、どうし……」
もしかして口づけされる!?
ギュッと瞼を閉じた時、額に痛みが走る。
「痛っ!!」
のけぞった私を見て、フッと笑うジェイド。
指で弾いたでしょ!?
私は額を押さえ、痛みに耐えた。
「思い出したその時、教えてやる」
「それにしても痛いわよ」
「――見せてみろ」
私の痛がり方が大げさだと思ったのか、ジェイドはそっと顎に手を添えた。抵抗する間もなく、グイッと上を向かされる。
「大丈夫だろう、大げさだな」
文句を言おうとすると、額に柔らかな感触があった。
「いっ、今……!?」
間違いない、口づけをしたのだ。真っ赤になって後ずさるが、ジェイドは私の腰を抱き寄せ、耳元でささやいた。
「早く思い出せ。待っていてやるから」
熱い眼差しで微笑むジェイドの顔が目の前にあった。照れくさくて耳まで真っ赤になってしまう。
なによ。自分一人、余裕ありげな表情を見せているけれど、ジェイドだって数字は真っ赤なんだから。
それに私と彼は過去に出会っているということ? それなら私が忘れているだけなの?
でも、忘れるわけがないわ。彼ほどの人なら、印象に残らないわけがない。
恥ずかしくなってうつむき、足をソワソワ動かしていると、室内に繫がるガラス扉が勢いよく開いた。
「お姉さま!!」
ラントが息を切らせて登場した。
「あ、あら、ラント」
「な、なんなのですか、ローウェン家の方々は寄ってたかってアレを食べろだのコレを飲めだの、僕を食べ物攻めにして!!」
ジェイドが声を出して笑う。
「姉と同じく、弟も食べることが好きだと思ったのだろう」
「お姉さま、ローウェン家でどれだけ甘やかされていたのですか!!」
あきれたような視線が私に突き刺さる。
「一番は俺とリシェカの時間に、邪魔が入らないように気を遣ったんだろうな」
「さてはお前の差し金だな~~!!」
ビシッとジェイドに人差し指を突き付ける弟に焦った。
「ちょっ、ちょっとラント!!」
さすがにお前呼びはよくない。慌てて彼の口を手で封じようと試みた。けれどジェイドは気分を害した様子もなく、腕を組んで笑っている。
「僕を邪魔者扱いするな!! 僕にはお姉さまを守る使命がある。さっきだってキーラントのポケットには魔力球を仕掛けておいたんだ!!」
「それは危ないじゃない!!」
この会場が火の海に包まれるなんて、冗談じゃない。
「大丈夫。時間差攻撃の魔力球で、クロスター邸に戻った頃に発動するはず。ちなみに新作!!」
そういう問題じゃない。というか、いつの間に作っていたの、そんなもの。
過激な発言をするラントに額を押さえた。時折、私のため行き過ぎた行動をすることがあるので頭が痛い。
一連の話を聞いて、ジェイドのこめかみがピクリと動いた。
あっ、ジェイドが怒り出すかもしれない。
「よくやった、ラント」
いや、そこで褒めるんかーい。
ラントもまさかそうくると思わなかったのか、まんざらでもないどころかどこか得意げだ。
いや、ちょっと、あなたたち、下手すればケガをしてしまうからね? クロスター家とわが家はライバル同士だけど、表立って揉めたくはない相手だ。父の顔だって立てねばならないだろうし。
焦り顔の私を見て、ジェイドが察したようだ。
「大丈夫だ。なにかあったら、ローウェン家が盾になろう。クロスター家の息子は放蕩で有名だ。抹消するのも、そう難しいことではない」
ん? 物騒なキーワードが聞こえた気がする。気のせいかな?
首を傾げるとラントがそれに続いた。
「それはいい案かも!! あのバカむ……クロスター家の子息の抹消をお願いしようよ、お姉さま!!」
いや、だからそこでなぜ、便乗するのかな、君は。
「ちょっと待って、二人とも。穏便にいきましょう」
片手を上げ、二人を制する。
こんな時だけ、なぜ意気投合するのか。
「だってお姉さま。あいつには、ずっとしつこくされていたじゃないか」
「それは……そうだけど」
もごもごと口ごもった。
キーラントはよほど自分に自信があるのか、彼に言い寄られて私もまんざらでもないと思っている。何度否定してもダメで、もはや話の通じない違う人種なのだろう。
言葉に詰まるとジェイドの眉がピクリと動いた。
「ずっとだと?」
低い声で確認するジェイドにラントが返答する。
「そう、昔からお姉さまに絡んでくる。本当にしつこくて」
するとジェイドは目をスッと細めた。
「それは、今後の処分を検討しなければいけない」
「それがいいかも。ジェイド様、頼もしい!! 僕、見直したかも。ほんのちょっとだけど」
恐ろしいことを口にするジェイドと、またもやそれに便乗するラント。あなたたち、どうしてこんな時だけ意見が一致するかな。そしてラント、言葉尻が失礼だぞ。
その時、バルコニーの扉が勢いよく開いた。
「ラント様――!! ここにいらしたのですね!!」
エマーソンさんが顔を出す。
「うわっ!! やっとまいたと思ったら、ここまで来た」
ラントがあたふたと慌て出す。
「ささ、アップルパイが焼き上がりましたぞ。ぜひ、お食べください」
「いや、僕はもう十分食べました!!」
「またまたご冗談を。ホールでたいらげてくださいませ」
「そうですよ。あちらにラズベリーと木苺のケーキもございます」
ここですかさず、横からヒョイッと顔を出したドルマさん。
「いや、気持ちだけで結構です!!」
ラントの拒絶も二人は涼しい顔で聞き流す。
「リシェカ様の弟君なのですから、もっと食べられるでしょうに」
「そうですよ。パイがお嫌でしたら、クラッカーなどはいかがです? あっさりとして塩気が利いていますよ」
二人がかりでラントの腕をガシッと摑む。
「僕、もうお腹いっぱいだから~~~~!!」
ズルズルと足を引きずられながら、ラントは連行された。
あっけに取られているとジェイドがつぶやく。
「二人っきりにしようと気を利かせたのだろう。あとで二人には特別手当をつけてやるか」
そういう問題かなと、内心首を傾げていると、優しい眼差しを向けるジェイドと目が合った。
「すべてが片付いたら、良い返事が聞けることを期待している」
そっと私の頰に手の甲を滑らせてくる。唇に彼の指先が触れ、体がビクリと震えた。
手を伸ばせば届く距離。――目が離せない。
ジェイドはフッと微笑むと広間に視線を向けた。
「そろそろ戻るか。先に行っている」
「えっ、ええ」
主催者のジェイドがいつまでもここにはいられないだろう。本来客人の相手で忙しいはずだ。
「リシェカは熱を冷ましてから来るといい」
「どういうこと?」
「顔が真っ赤だぞ。リンゴみたいだ」
「えっ!!」
自覚していることを指摘されることほど、恥ずかしいことはない。
「そ、それはあなたのせいじゃない!! それにそっちだって――!!」
数字は真っ赤じゃないか――!! リンゴどころか、よく熟れた食べ頃トマトだわ!!
ビシッと指を突き付け指摘したくなるが、悔しいことに、私にしかわからない。やむなくパクパクさせた口を閉じる。
「なんだ?」
眉をひそめて怪訝な顔を見せるジェイドの顔色は変わっていない。涼しい表情をしているくせに、内心では心臓ドキドキしているんでしょ。そう思うことで気を晴らす。
「なんでもない!! 早く行っちゃって」
顔をプイッと背けると、ジェイドは楽しそうな笑い声を残してバルコニーをあとにした。
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