書籍詳細
一目惚れした王子とされた私の七日間の攻防戦
ISBNコード | 978-4-86669-560-0 |
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定価 | 1,430円(税込) |
発売日 | 2023/03/27 |
ジャンル | フェアリーキスピュア |
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電子配信書店
内容紹介
立ち読み
「えっ……ここ?」
「ええ」
私が案内したのは、王都の中心地から少しはずれた場所にある、今は廃墟となったとある屋敷跡だった。
なんとなく昔の名残があるのが侘しさを醸し出している。
地下がある二階建ての屋敷。元侯爵邸なのでそれなりに広いが、ほぼ崩れ落ちていて、屋敷としては機能していない。
近くに建物らしい建物はなく、周囲には田畑が広がるだけで、屋敷の一軒も見あたらなかった。
ミントが驚いたように言う。
「なんというか……ずいぶんと寂れた場所だね。王都にこんなところがあったんだ」
「まあ、あまり人も近寄らないところだし。それに夜になるとお化けが出るって噂があるくらいだから、皆避けるのよね」
「お化け? へえ」
信じていないような口調で返事があった。
「あら、信じていないの?」
「一度も見たことがないからね。見えないものを信じることはできないよ」
「まあ、そうよね」
ミントの言うことは尤もだと思うので、腹は立たない。
実際、この廃墟にお化け——霊はいるのだけれど、私たち魔女以外には見えないのだ。
一般人にはただ、気味の悪い場所というだけ。
そんな場所に連れてくるとか、嫌われても当然だろう。私ならドン引きだし、巫山戯ているのかと怒るところだ。
だって、ここでどんなデートができるというのか、むしろこっちが教えて欲しい。
「えっと、カモミールはこういう場所が好きなの?」
ミントが尋ねてくる。
怒っているかと思ったが、彼の態度は普通だった。冷静に私の意図を探ろうとしている。
——へえ、怒らないんだ。
感情的にならないところは好感が持てる。こういう人は嫌いではない……というか、結構好きかもしれない……と思ったところでハッとした。
——駄目駄目。何を考えてるの。
嫌われなければならないのに、結構好きとか何だ、それ。
慌てて思考を打ち消し、先ほどの問いかけに答えた。
「す、好きとかではないけれど、落ち着くとは思うわ。こんな場所だから、当然人がいないでしょう? 人が多いところは疲れるの。だから」
?ではなかった。
実際、人が多いところはあまり好きではないのだ。いつ自分が魔女だと知られるかと思うと、心安らかではいられない。だから、誰もいない場所を好む。
ただ、それはそれとして、町中を歩くのも嫌いではないけれど。
人々が平和にしている姿を見ると、自分が魔女として頑張っていることに意味があるのだと思えるのだ。
静かな場所が好きなのに、賑やかな場所で人々が笑っているのを見るのも好き。
矛盾しているようだが、私の中では不思議と共存できている。
「普段は人と会話するのも、誰かと一緒にいることも好きなんだけど、時折無性にひとりになりたくなる時があるのよね。そういう時、突発的にこういうところに来たくなるのかもしれないわ」
紛れもなく私の本音だ。
とは言っても、この場所に関してだけは、できるだけ近づきたくないのだけれど。
実はここは魔女にとっては禁忌とも呼べるところ。
特に師匠が嫌がっていて、理由を知っているだけにこの場所の見回りは私が主に行っていた。
霊さえいなければ、見回りもしなくていいのだけれど、ここにはもう長く霊が住み着いていて、いつ悪霊になるやも分からない状況なのだ。
だから無視することはできない。
「なるほど。分かるかもしれない」
私の話を聞いたミントが、同意するように頷く。
彼を見ると、ミントはどこか遠い目をして言った。
「今まで気づかなかったけど、私も君と似たような感じかもしれないね。——私は、生まれた時からずっと誰かに見られている人生なんだ。だから常に気を張っている」
「ずっと見られている?」
どういうことかと思いながらも尋ねる。彼は頷き、言った。
「とはいっても、それが当たり前だったから気にもしていなかったんだけどね。今、唐突に気づいたんだ。ああ、誰も私自身を見ていないって。そしてそう思った途端、全身から力が抜けたんだよ。こんな感覚、久しくなかったな」
「そう、なんだ。でもそれって大変ね。普段から息抜きもできていないってことでしょう?」
「息抜きは私の立場ではなかなか難しいかな。今日なんかは、部下がこっそり逃がしてくれたから町に出てくることができたけど、普段は許されないしね」
「逃がしてくれたって……その、部下って例の友人?」
先ほど、友人が代わりに頑張ってくれている的なことを言っていたのを思い出し聞くと、肯定が返ってきた。
「うん、そう」
「そうなんだ。でもどうして今日は出て来たの? 逃がしてもらわなければならないほどの用事でもあった?」
気になったので質問すると、彼は私に視線を移し、にこりと笑った。
「カモミールを見つけたかったから」
「え」
「だからどうしてもってお願いして、逃がしてもらったんだよ。君をどうしても見つけたくて……会いたくて仕方なかったからね」
「……」
告げられた言葉には力と心が籠もっていた。
何も言えないでいると、ミントは小さく笑う。
「君に一目惚れしてからというもの、私は本当に駄目なんだ。仕事も碌に手につかなくなってしまうし、こんなの初めてだよ。これでもわりと真面目で通ってたんだけどな。逃がしてくれた部下にまで『今日のあなたは役立たずです』と言われてしまったし……うん、そんなことを言われたのも初めてだった」
何故か楽しそうな顔をするミント。
私はといえば、どう答えればいいのか本当に分からないでいた。
彼の言葉を聞けば、いかにミントが私のことを想っているのかが伝わってくる。
彼が私を好きだというのは冗談でもなんでもなく本気なのだと、否応なく理解してしまうのだ。
それなのに私は、彼に嫌われようとしている。
こんなに真面目に、真っ当に愛を告げてくれる人に、わざと嫌われるよう仕向けているのだ。
——私、最低。
そう思っても、計画を変えられるはずもない。
だって私には、こうするより他はないから。
——でも、こんな人もいるんだ。
彼を見てつくづく思う。
基本、私はごく身近な人以外とは関わらない。家族と友人、あとは師匠。それだけで世界は完結しているし、実際それで十分なのだ。
だから、年の近い異性とこんなに長い間話したことなんてなかった。
当然、愛を告げられたことだってなくて、でも気持ち悪いとか嫌だとかは全く思わなくて、むしろこんな人に好いてもらえるなんて光栄だな、なんて思えてしまう。
——ああ、だから駄目なんだって。
光栄なんて思っては駄目なのだ。気持ちを彼に傾けるわけにはいかない。
自分が魔女だという事実をしっかり?みしめ、彼から距離を取るようにしなければ。
嬉しいと感じてしまう自分を叱咤し、気持ちを引き締める。
そもそもこの男は、かなり厄介な物件なのだ。
おそらくは高位貴族で、下手をすれば父と関わりのある家の人間かもしれない。そんな人物に万が一、私が魔女だと知られたらまずいどころの話ではない。
私は家族に迷惑を掛けたくないのだ。
魔女に生まれてしまった私を、父や家族は大切にしてくれた。守ってくれた。そのことを感謝しているし、恩を仇で返すような真似はしたくない。
家族に迷惑を掛ける可能性があるのなら、全力で排除する。それが私の方針。
だから、ミントに好感を持とうが関係ないのだ。何が何でも嫌われなければならない。
「ええと、私、ちょっと奥の方まで行ってくるわね」
ミントに話し掛ける。
嫌われると決めたが、とりあえず魔女としての責務もこなさなければならない。
私の役目は、この廃墟にいる霊の現状を確かめること。
昔からここにずっといる霊の様子に変化がないか、確認するのが仕事なのだ。
「危ないよ!」
「大丈夫」
廃墟へ向かって歩き出すと、ミントが慌てて追いかけてきた。
「すぐに戻ってくるから」
「そういう問題じゃない。こんな場所で女性をひとりで行動させるなんてできるはずないだろう?」
「えっ……」
「何かあってからでは遅い。私も一緒に行くよ」
真摯に告げられ、目を丸くした。なんか……やっぱり良い人だ。
勢いに呑まれ、頷いてしまう。
「えっと、あの……じゃあ、うん」
一緒に連れて行くつもりなんてなかったのに、彼が私を心配してくれているのだと分かってしまっては断れなかったのだ。
ボロボロに崩れた屋敷跡は足場が悪い。だが、ここには二週間に一度は見回りに来ているので慣れている。ひょいひょいと瓦礫を避けながら屋敷の奥へ向かった。
「……いた」
遠目から確認し、小さく呟く。
以前は応接室だったと思われる場所。そこに『ソレ』はいた。
灰色の煙のような塊が、割れた窓の側で揺れている。洞のような目がふたつついていて、どこを見ているのかも分からない。この場所に長年住み着いている霊だ。
いつまで経っても天に還らず、悪霊化もせず、ただ、ここで所在なげに漂っているだけの存在。
この霊を定期的に確認するのが私の仕事なのだ。
「……」
「何を見ているの?」
じっと霊を見つめていると、ミントが声を掛けてきた。霊が見えるのは魔女だけなので、彼には私が何を見ているのか分からないだろう。
「……別に。ちょっとぼんやりしていただけ」
何でもないと首を横に振る。そこで気がついた。
いつもフラフラと漂うだけの霊が、妙にこちらを気にしているということに。
——あれ?
霊が気にしているのは、私ではなくミントだ。どうもチラチラとこちらを窺っているように思える。
今まで見せなかった様子に眉を寄せたが、すぐに原因に気づいた。
——ああ、そういうこと。
ミントという男は、すごく陽の気が強いのだ。
人間は皆、陽と陰の気を持っていて、どちらかに片寄っていることが多い。
陽の気が強い人もいれば、陰の気が強い人もいる。
それは私たち魔女から見れば一目瞭然なのだけど、魔女でない人たちには分からないようなのだ。
ちなみに魔女はほぼ陰の気しかない。逆に王族は陽の気が非常に強く、陰の気しかない魔女には心地好く感じることが多かったりする。
陽と陰は裏表一体。強い陰には強い陽。何事にも釣り合いというものは存在するのだ。
——へえ、王族並じゃない。
今まで特に気にしていなかったが、改めて確認すると、ミントの陽の気は、それこそ王族に匹敵するほど強かった。
国王とは面識があるが、彼に近いくらい強いかもしれない。
お陰で、近くにいるとほかほかと暖かいような気がするし、心地好い。
陽の気が強い者になんとなく惹かれてしまうのは陰の気を持つ魔女の性なので仕方ないのだけれど、彼に対する印象が更に良くなったのは間違いなかった。
霊が彼を気にする様子を見せるのも当然だ。
陰の気でできている霊は、陽の気に吸い寄せられる。
気持ちは分かるなと思った。
「どうしたの?」
私の視線を感じたのだろう。ミントが不思議そうな顔をして聞いてきた。それに答える。
「ううん。ただ、あなたの側ってすごく心地好いなって気づいただけ」
私にとっても霊にとっても。
そこは口にせず告げると、彼は何故か驚いた顔をした。
「えっ……」
「? 何?」
ミントが目を見張っている。その顔はいつの間にか熟れた林檎のように真っ赤になっていた。
「そ、その……本当に? 心地好いってそんな風に思ってくれているんだ」
「? ええ、それがどうかしたの?」
「……結婚しよう」
「は?」
突然、真顔になり、ミントが求婚してきた。
怪訝な顔をして彼を見る。ミントは私の両手を握ると、キリッとした声と顔で言った。
「今すぐ結婚しよう。きっと君を幸せにすると誓うよ」
「ちょ、ちょっと……」
「一緒にいて心地好いなんて、最早プロポーズみたいなものだよね。大丈夫。私はいつでも君と結婚する用意があるよ。今すぐ父上にも紹介して君を妻に迎え——」
「なんでそんな話になるの! そもそも付き合ってすらいないでしょ!!」
訳の分からない暴走をし始めたミントの手を思いきり振り払う。
ただ、陽の気を持つ彼の側にいると心地好いと言っただけで、どうして結婚云々の話になったのか、意味が分からない。
「私は、そういう意味で言ったんじゃないの!」
「え、でも、夫婦になるのなら一緒にいて心地好いかどうかは大事じゃない?」
「それはそうだけど……」
「その点、私たちは相性が良いみたいだから心配要らないよね。私も君と一緒にいると、自然体になれるような気がするし」
「それは気のせいだと思うわ」
バッサリと切り捨てると、ミントはムッとした顔をした。
「酷いな」
「そう言われても、思い込みで突っ走られるのは迷惑だもの。ああ、もうこんな時間。そろそろ行きましょ」
気がつけば、日は落ち、夕方になっていた。
霊はミントを気にする様子を見せていたがそれだけで、特に悪霊化する様子も見られなかった。今日も問題なしということでいいだろう。
用事が終われば、こんな場所に長居する理由はない。
さっさとほぼ全壊と言っていい屋敷から出る。ミントが慌てた様子でついてきた。
「ちょっと……待ってよ」
「知らない。妙な妄言を言う男なんて待ちたくないわ」
「悪かったって……! ただ、君にプロポーズできる良い機会だと思ったから、逃したくなくて——」
「……廃墟でプロポーズされて嬉しい女がいると思う?」
立ち止まり、彼を見た。
彼は目を瞬かせ、真面目に答える。
「それは——うん、難しい問題だね。ただ、タイミングを見計らっていたらいつまで経っても願う結果にはならないかなとも思うんだ。私にはそういう友人がいるから特にね。彼を見ていると思う。待っていたところで始まらない。それならもう気にせず行けると思ったタイミングで行かないとって」
「……」
彼の言葉にはやけに実感が籠もっていた。
よほどその友人とやらはタイミングが悪いのだろう。私の兄も同タイプなので、彼の言っていることはよく分かる。
タイミングを見計らい続けた結果、いまだ好きな女性に求婚できない身内がいるので「そんな馬鹿な」と一笑に付すことができなかった。
どちらかと言うと「分かる」と同意しながら握手を求めたい。
その気持ちを隠し、渋い顔を作った。
「……言いたいことは分かるわ。でも、今の状況で行けると思ったというのは頂けないわね」
苦言を呈すると、ミントもそこは納得のようで頷いた。
「そうかな。いや、そうかもしれないね。でも、人を好きになったのも初めてなら求婚するのも初めて——いや、本屋の時が一回目だから……うん、まだ二回目だから、そこは目を瞑って欲しいと思うんだよ」
「考えてみれば一回目の時から、タイミング最悪だったのよね……」
本屋でのあり得ないプロポーズを思い出し、ますます渋い顔になった。
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